書くことの意味

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2004年03月14日
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 シューベルトのピアノ三重奏曲第二番変ホ長調作品100。シューベルトの作品の中でも特にマイナーな作品だけれど、無人島にたった一枚、CDを持っていくとしたら、迷わずこの曲を選ぶだろう。この間、久しぶりに、この曲について、ひとと語り合った。

 ピアノ、ヴァイオリン、チェロの三重奏曲で、4楽章から構成される。死の前年、30歳の時に作曲された。シューベルト自身、死期の近いことを予感していて、不安や嘆きがはっきりと影を落としている。中でも、第二楽章の、葬送行進曲に似たリズムに支えられてチェロが奏でる主旋律が、一度聴いたら耳から離れない。

 この曲と初めてめぐり合ったのは浪人時代の12月。その時、わたしは大きなスランプに陥って、第一志望大学の模試の合否判定でEランクを取ってしまった。平日の昼間、予備校をサボって図書館に行って、このCDと出合った。ロシアのボロディン・トリオによる演奏で、リューバ・エドリーナのピアノがヴァイオリンとチェロの音色を優しく包み込んでいた。

 第二楽章を聴くと、作曲当時のシューベルトの心情や彼の不遇な人生と、自分自身の心情が重なって、いつまで聴いていても飽き足りなかった。CDは既に絶版になっていたが、当時、CDにコピーするなんて技術は無かった。カセットテープに録音して聴きつぶすというのを10本ぐらい繰り返しただろうか。

 3年後、東京タワーの近くで開かれたCDの再販セールで漸く、そのCDを見つけた。ずらっと並んだ中から発見したとき、手が震えて危うく、CDを落としそうになった。私の所有物の中で、これほど望んで手に入れたものはほかに無いような気がする。あの時点でもしかしたら、一生分の物欲を使い果たしてしまったのかもしれない。

 28歳のとき、後輩の死と失恋が重なった。どうしてもシューベルトに近づきたくなって、ウィーンへ行った。彼の生まれた家、亡くなった家、お墓、よく通ったレストラン。1週間、とぼとぼと歩き回って日本へ帰る当日、広場のベンチに座って、最初から最後まで通しで、この曲を聴いた。

 第四楽章が終わってはっとした。シューベルトは第二楽章の悲痛なメロディを、第四楽章でも繰り返しているのだが、最後、ふわっと明るくなって曲が終わっている。人間の力ではどうしようもならない深い孤独と悲しみ。けれどそれらと正面から向き合って初めて実感できる生への憧れが確かに存在する。おそらく、シューベルトはそれを表現したくてこの曲を作ったのだろう。31歳という短い人生だったけれど、そういう境地にちゃんと達したシューベルトは、不遇だったどころか、とても充実した生き方をしたひとだったのだ。ぽたぽたと涙が膝に落ちて、両手を顔に押し当てた。30分ぐらい、そうしていた。

 数日前、友人からメールで、父親がビジネスに失敗して自己破産を申請中なのだと打ち明けられた。どうしても、友人に第四楽章を聞いてほしくなった。「苦しみと真正面から向き合うことで初めて得られる実りが必ずあるから。今度、シューベルトのピアノ三重奏曲第二番のCDを持っていくね」とメールを送った。

 驚いたことに、友人はこの曲のCDを持っていた。知り合って1年経つが、この曲の話題が上ったことは無かった。二人で一瞬、絶句してしまった。泣き笑いというのはこういう感情を指すのだろうか。





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最終更新日  2004年03月14日 23時17分56秒
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