書くことの意味

書くことの意味

2004年03月17日
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 大きな変化の直前に来ているのに壁を越えられない。最近、そんな気がする。

 1、2月とずっと、冬ごもりのような生活を続けていたが、一昨日から、久しぶりに仕事に出ている。これまで私は、好奇心が強くて、ひとの話を聴くのが好きだったから、同僚やクライアントの方々に色々な質問を投げかけ、返してくれる言葉を反芻し、さらに言葉を紡ぐというのが全く、苦にならなかった。相手が、自分と会話することでどのぐらい愉しんでくれているか、見るのが楽しみだった。

 ところが、今は、ひとと会話するのが苦痛でたまらない。多分、相手の感情の揺れがよく分かるようになってしまったからだと思う。具体的に考えている中味までは分からない(これが分かったら大変だ!)が、そのひとの感情のエネルギーの強弱を感じるので、うかつに口を利けなくなってしまった。おまけに、油断すると、すぐに相手の根源的な部分に近づいてしまう。相手がとても安定しているのであれば良いのだが、そういうケースはまれで、不協和音を発していたり、苦痛を耐えていたりというひとの方が圧倒的に多い。

 ストレスへの耐性が大きく下がってしまったのだろうか。以前はなんでもなかったことが、今はやり遂げるのに大きな努力が必要になっている。自分という人間の性質が、ここ数年で全く違う方向に向かっている。自分自身でも信じられないほどだ。

 さらに、過去が様々な形で立ち上ってくる。14年前、シューベルトのCDと一緒に、芝木好子さんの「貝紫幻想」という小説を図書館から借りた。芝木さんの作品はそれが初めてだったが、二つの世界がぴたりと符合して恐ろしいほどだった。その後、何度も読み返したいと思ったが、こちらもすでに絶版になっていて、見つからなかった。しかし、数日前、友人も同じ曲のCDを持っていることが分かって、どうしてもあの小説を読みたくなった。アマゾンのサイトで検索したらなんと、古本屋さんから1冊、出展されているではないか。すぐに注文したら一昨日、家に届いて、夢中で読んだ。

 今見返しても、非常に質の高い作品で、シューベルトのCDとの相性が非常に良い。CDと小説があったからこそ、大学受験を乗り越えられたのだと分かる。となれば、今、このタイミングで再び、CDと小説が私の目の前に現れたというのは、何を意味するのだろう。壁を越えなさいと励まされているのか。







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最終更新日  2004年03月17日 12時58分46秒
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