1

という記事を見た。 この記事の中では、やはり生活保護の子だくさんには否定的な意見。 ただし、場合分けあり。 子だくさんがなにがしかの事情で生活保護になるのは致し方なしとしている。 が、生活保護になって、子どもが増えるのはどうなの?と。 確か、京都かどっかで生活保護を受給するにあたり、「受給中は結婚したり子供を産んだりしません」的な誓約書を提出させていたというのが問題になったのだそうな。 生活保護を受けているときに結婚して、生活保護から抜けるのであれば、それはよろしいことかと。 しかし、生活保護をもらいながら結婚(事実婚もね)して子供を産むのはどうなんだろうねえ。 そういうことすらなく、子どもだけが増えていくのは考えられないよなあ。 普通なら、生活が厳しい中で子供をあきらめる夫婦もいるというのに、生活保護をもらってる人は、子どもが増えたら保護費も増えるくらいにしか思ってないのかね? そしてもう一つ。 生活保護世帯の子どもが高学歴を望むことにも否定的だ。 その記事の中で、当人が生活保護を受け、仕事をしながら大学に行ったりと相当な苦労をしているという。 そういう人からすると、保護費をもらいながら進学することはどうなの?と。 まずは生きるために働くのが先だろう、と。 これに一理ある。 が、私的には、生活保護かどうかなんて、子どもには関係のないこと。 これは大人の事情だ。 だから、生活保護世帯であっても、高校、大学と進学したくて、相応の実力があるならいいのではないかと思う。 そのために奨学金を活用するとかさ。 そういや、奨学金が収入認定されて保護の返還を求められたって話もあったが、これはおかしいよな。 実際、裁判でもこれは不当って判決が出てたっけ。 子どもが進学して、いいところに就職できたりすれば保護を抜けることもできていいじゃないか。 保護世帯だから、進学はだめで、結果就職先がなくて、子どももまた保護世帯になるって悪循環が続いたんじゃあね。 だけど、金がないのに進学だなんて、って意見ももっともな話。 普通の家庭もそうだろう。 大学に行かせる金がないから高校で諦めて就職って人もたくさんいるじゃないか。 今は、学ぼうと思えば働きながらでも学ぶことはできる。 話を戻すが、生活保護を受けながら子どもが増えていくってのはやっぱだめだよねえ。 生活保護は「健康で文化的な最低限の生活」を保障すべく存在するもの。 生活保護を受けてない世帯以上に手厚い援助はないよねえ。 お金がなくてもなんとかなる、って話はもう過去のことだと思う。 いや、生きるだけならお金がなくてもなんとかなるかもしれん。 が、それ以上を望もうとすればお金が必要だ。 以前、月29万円の保護費ではとても足りないと言ってた一人親世帯の話があった。 習い事に行かせたり、小遣いがどうとか言ってたかなあ。 これはもう、「最低限の・・・」ではないよねえ。 やっぱり子どもを育てるにはお金がかかるってことだよ。 だから、先のような誓約書なんてかかされるわけだ。 今後、生保世帯が増えていけば、国の財政は間違いなく圧迫されるわけで、議員数を0にしても、公務員の給料を半額にしても、とても追い付くものではない。 議員の報酬が、3,000万円として、先のひとり親世帯6世帯分。 みんなが生保になったらこの国も立ち行かなくなるよなあ。
2015年10月27日
閲覧総数 588
2
![]()
今日は2週間ぶりの稽古の日。今回は天神明進流になってた。この流派は私も演武会でやることが多かった。個人的にはけっこう気に入ってるのだ。 天神明進流柔術というのはあまり馴染みのない言い方で関東方面では「天神明進流兵法」と言った方が通りがいいかもしれない。 なぜこうなったかと言えば、師匠が師家としてこの流派を継承しているのだが、先代が「天神明進流柔術」と名乗ったからなんだそうだ。だから流れは「兵法」と同じだ。 実はこの流派は元を辿れば片山伯耆流にたどり着くのだそうだ。片山伯耆之守安久の次の代あたりから分派して東北地方に伝わったものが現在に至っているらしい。 片山伯耆流に発するとはいえ、随分と雰囲気は違っている。師匠曰く「この流派はとにかく最初から最後まで痛い」のだそうだ。道場一痛みに弱い私がこの流派を主にやってると言うのも矛盾した話だと思うのだが、私がやっている三つの流派でやっぱり天神明進流はかなり実践的な気がする。 片山伯耆流柔術は古来の形を守っていると言う点で武術というよりは伝統芸能に近いんじゃないかと思っている。もちろん武術としてもかなり質の高いものではあるとは思うのだが。 もう一つの不動智心流はより現代の柔術に近いような感じだ。それだけに実践でかなり使えるんじゃなかと思う。 天神明進流も当初の形からはかなり変わっているんじゃないかとは思うが、それでも古流と言っていいだけの形式は残っていると思う。 今回はこの流派の根幹ともなるべき技の検証をやった。これは師匠が先代の教えに疑問を持っていたことで、私もやっていて今一納得しきれないところでもあった。 もちろん、教わったとおりにできないことはないのだが、古流はもともと実践むけのはず。それなのにかなり形式的になってしまう(つまり効かない)のだ。 私は柔道もかじってたから、教わった形でもやれないことはない。ただ、なんでこんなことをするんだ?とは常々思ってはいたが。 結局はこの根幹をなす技をきちんと理解できれば全て納得のいく形になるのだ。本来、古流においては師匠の教えを継承するべきで理に合わないからといって軽々しく変えていいものではない。 だけど、先代が必ず正しいかと言えばそうでもないような気がする。なぜならその人の経験等で形が変わる可能性があるから。これは以前にも少し触れた。 例えば、空手に通じた人の突き、蹴りは古流のそれとは少々違ったりする。空手をやった人はわかると思うが突きでは拳は横向き。古流では縦なんだそうだ。だから空手の得意な人が横拳でやったとする。そう教わったら弟子としては「それは違う」と言えないあたりが古流らしい。 で、結局、微妙に技が変化しながら伝わっていくのだが、これは仕方のないことだ。これは技が洗練されていく過程でどうしてもあるのだ。 今回のことも、師匠はそのあたりに疑問を感じながらも「自分はこう習ったからそのとおりを教えなければならない」としている。 古流武術であってもそういう点を変えてもいいんじゃないかと思うのだが、それだとオリジナルの形は残らない。 現代の動きに合った形に変えるか、伝承をそのまま残すか。このあたりが古流武術の悩みどころだろうか。 書に残し、絵に残しても変わってしまうんですよね。
2005年11月30日
閲覧総数 1534
3

そろそろスキーシーズンも近づいてきたとあって、スキーヤーのみなさんもだんだん山が恋しくなってきたころかな? スキーを取り巻く環境もずいぶん変わってきたもんだが、ここ数年、あまりいい話題がなかったよな。カービングスキーが普及し始めてからスキーヤーの衝突事故の話もよく聞くようになった。なにしろ、板の性能が滑走速度を格段に速くしてしまったのだが、それに乗る人間の身体能力が向上したわけじゃないんだから、これはある意味仕方のないことなのかもしれない。 初期のころはスピードが出てコントロールが出来なくなるために事故が起こったもんだが、結局、そのことが分かってからも事故がなくならないのはそういった、安全対策よりも、板を売ることが優先してしまったからではないかい? ここ最近になってようやくスピード熱もだいぶ収まってきて、「とにかくカービングターンでスピードに乗った滑り」から「カービングだけれどもターンをコントロール」というふうに変わってきている。 そして、事故に対する認識も変わってきて、SIAでは平静19年度から会員に対して日赤、消防等の救命救急講習の受講を義務付けることになった。そして、平静20年度からはスクールに一人は日赤の救急員養成講習の修了者を置かねばならないことになる。 この点については、私的には少々不安がないでもないことは以前に書いたと思う。スキー場にはパトロールがいる。公認パトであれば必ず日赤の救急員養成講習を修了している。資格の取得条件だからだ。スクールのイントラが救急法を修了するのはいいことだとは思うが、プライオリティーについてはきっちりとしておいてもらいたい。 そして、もう一つ。 皆さん方は「PL法」というのを知ってるだろうか。そう、「製造物責任法」のことだな。モノを作る仕事をしてる人には馴染みのものだと思うが、実はスキーにも関係があったんだそうだ。 それはなにかと言うと...「ビンディングの調整」。これがPL法の対象になるんだそうな。 スキーの板、ビンディング、ブーツそのものが対象になるのは異論はなかろう。板に欠陥があって折れたとかビンディングに欠陥があって誤作動を起こして怪我したとか、まあそんなときに製造業者は責任を負わねばならない。 で、ビンディングの調整になんの関係が...?と思うだろうが、これがPL法にいう製品の「加工」に該当するから調整ミスで事故が起こったら責任問題が発生するんだとか。 しかし、だ。これだと一件過失の問題に見えるだろう。取り付けミスなんだから過失が問われるんじゃないの?となる。しかし、PL法になるか、過失問題になるかってのは天と地の差がある。 それは「立証義務」の問題。 よくありがちな話をしよう。職場なんかでスキーをやってる人が、後輩を誘ってスキーに行き、その後輩がスキーを始めたいと言ったとする。そこで、道具を揃えるのは金がかかるから自分のをあげるよと、今まで使ってたのを譲ったが、その後輩のブーツにはビンディングのサイズが合わなかった。 そこで、かつては自分でビンディングの取り付けなんかもしてたからと、「調整してあげるよ」と、後輩のブーツのサイズに直して渡したのだが、実はその調整が適切ではなくビンディングの誤作動が原因で怪我をしてしまった... まあ、よくありがちだ。が、最近はなにかと裁判沙汰になることが多いのもので、その後輩も損害賠償を求めることにした。 ここで、過失とPL法とで大きく変わってくる。 もし、これが過失責任の問題だとすると、後輩は先輩の調整に過失があったことを立証しなければならない。が、はっきり言ってこれは不可能に近い。というか不可能だ。 そこでPL法では調整をした先輩に「無過失責任」を負わせたわけ。このケースでは「先輩が調整した」「ビンディングの誤作動が怪我の原因」と、これだけで先輩に責任アリとなるのだ。そこで先輩は自分に責任がないことを立証しなければならなくなる。 どうだい?ずいぶん違うだろ? 販売店やレンタル屋、スキースクールでもこういうことは起こりうるのだ。スクールに入ったお客さんのスキーに不具合があるってのはよくある話。ブーツが合ってない、ビンディングの調子が悪い、きちんと板が履けない... そのときにすぐにレンタル屋に行って対応してもらえればいいのだが、場合によってはイントラが調整しなきゃならないケースも出てくる。そこで「PL法にかかるからできません」と言ってもいいんだろうが、そのお客さんは怪我のリスクをしょってスキーを続けなきゃならない。スキーを楽しくするのがイントラの役目なのにそれができないとなると本末転倒... そこで、ビンディングメーカーもそれじゃイカンとそういう講習会をやるようになった。で、今日はそれに参加してきたわけだ。が、中身はまた次回。 地味な存在ですけど、最先端の技術がぎっしりですよ。
2006年10月02日
閲覧総数 1063
4

この時期はあちこちで秋祭りというか、お祭りがあるのでちょっと田舎の祭りに行ってみた。 まあ、田舎の祭りなのでそんなに人もいないんだろうとか思っていたんだけど... これがまたけっこういるじゃない? メインの会場ではいろいろとイベントだの販売だのやっていて、少し離れた通りではよさこいのステージがあるみたい。 こういう田舎の祭りでは芸能人(あまり有名な人ではないが)とか呼んでのステージもありそれなりに盛り上がるそう。 が、今回はちょっと有名な芸能人が呼ばれており、実はそこを目当てに来たというのもある。 岩国には5つの酒蔵があり、その酒蔵が集まっての飲み比べというコーナーもあったが、車で行ったのでさすがに飲み比べるわけにもいかず... で、屋台など見て回ってステージで地元のヒーローショー?など見たり、ここいらは神楽もあるので、やはり神楽もやっていたので見てたり... ただねえ、ちょっと気になってたのが、なんか変な音というか音楽というか...聞こえてくるわけ。 ときおり雄叫びのような声も聞こえてきたりする。 最初はなんだろう?とか思ってたんだけど、どうやら少し離れた通りでやってるよさこいのようだった。 ヒーローショーのときはまだそこまで気にならなかったんだが、神楽のときにはさすがに違和感を覚えていた。 神楽の舞をやってるときに変な重低音が鳴り響いたりまったくリズムがあってないドラムの音が聞こえてきたり... さすがにこれはないよなあと思っていたんだが... で、芸能人のステージ。 今回は歌ということで、まあちょっと嫌な予感はしつつ見ていたんだが、バラードのしんみりな歌のときに変な爆音が聞こえてきたり変な雄叫びが聞こえてきたり... さすがにこれはないんじゃないかい?と思ったんだが、まあ、場所も違うちよさこいの連中はお構いなしなんだよなあ。 全く別のイベントではなくて祭りの中のイベントなので、主催側もちょっと考えてもよかったんじゃないかと思うんだけどね。 いくら有名ではない(今回はまあ有名だけど)とはいえ、安くはないギャラを払ってきてもらって変な爆音をBGMにというのもどうなんかなあ。 そしてもう一つ。 まあ、これは田舎なんで致し方なしなんだが...カメムシがね。 座って見てるとけっこう周りを飛び回っているわけ。 どうやらステージ上も同じような状況のようで、なんか歌の間のMCでもカメムシの話題が。 これは自然現象なんでどうにもならんわな。 まあ、それなりに楽しめた祭りではあったけど... よさこい、あれ、どうにかならんもんかな? 以前からよさこいというと池に放たれたブラックバスみたいなもんだという印象がある。 凶暴的な勢いでその地域の伝統的な踊りを駆逐していくんだよな。 しかし、今日ほど迷惑な存在だと感じたことは...なかったこともないが改めて迷惑な存在だなと認識した。
2025年11月17日
閲覧総数 20
5

連日続いているマスコミどもの政権批判。 とにかく批判しかないのだが、物価対策としての第一弾というか、ガソリン税の暫定税率を廃止し、ガソリン価格を引き下げる対策が発動しているのをほとんど報道しない。 台湾の問題も、立憲の岡田議員がわざわざ状況設定して問うたものなのにそこはスルーで「高市が台湾問題に踏み込んだ」と大騒ぎ。 中国はそれに便乗してお祭り騒ぎ。 これって、南京問題で過去に同じようなことがあったよなあ。 マスコミ...このときは朝日新聞だったか、これが大騒ぎして中国がそれに便乗して今も引っ張られているよな。 そうそう、靖国参拝の話もだ。 とにかく、マスコミどもは煙も立たないところにわざわざ火を付けて大騒ぎする。 そしてもれなく中国がそれに便乗して盛り上がっているわけだ。 今回の台湾有事の問題も同じ構図をたどっているよな。 マスコミどもは戦争をしたくて仕方ないらしい。 まあ、これほどセンセーショナルなネタはないからな。 結局84年前もだが、マスコミが戦争の引き金になるのかねえ。 やはりマスコミにはそうとう中国の力が働いているらしい。 中国はこうやって他国を侵略していくんだなという典型だ。 それはそれとして、マスコミがどうしても報じないものがある。 それは尖閣諸島の話。 数ヶ月前まではやたらと中国の海警が尖閣諸島沖の領海に侵入しているというニュースが見られたが、ここのところさっぱり見かけない。 これはなぜなんだろうねえ。 高市政権になったときに海警が尖閣諸島沖から引き上げたという小さなニュースを見たが、それを最後に中国に領海侵入のニュースを見かけていないような気がするんだ。 すでに手遅れかもしれんけど、マスコミをどうにかせんと、ますます日本の国益を損なう事態になるかもしれんな。
2025年11月19日
閲覧総数 9
6

最近、ニュースの見出しを飾ることの多い言葉ではあるが、「台湾侵攻」となぜマスコミどもは書き立てるんだろう? ここでいう「台湾侵攻」なんだが、台湾に「侵攻」するのはどこの国だ? ここをマスコミどもははっきりと書かない。 これはあまりにもひどいのではないかな? この「台湾侵攻」で言う、台湾を「侵攻」する国は中国...「中華人民共和国」だ。 この事実をマスコミどもははっきりと書いてほしい。 ここ数日のニュースを見ていても、まるで日本が台湾に侵攻するかのように高市首相が発言したかのように報道されている。 あるいは、中国が台湾に侵攻したら日本が中国を攻撃するかのように高市首相が発言したかのような報道も見受ける。 が、高市首相の発言は「中国が台湾に介入した際、軍事行動により日本が被害を受ける恐れが出たときには自衛隊を出動し防衛しなきゃならん」と言っているわけだ。 もう一つ、「中国の台湾侵攻によりアメリカ軍が介入した際、米軍が攻撃を受けたら自衛隊も集団的自衛権の行使を行うかも」と言っているのだ。 どちらも相手は中国となり、日本は台湾に対しで何かをするわけではない。 簡単に言うと「中国と台湾が揉めたところで日本が何かすることはないが、その銃口を日本およびアメリカに向けたら許さんよ」と、そういったところか。 なんで日本のマスコミどもはここをはっきりと書かないんだ? あたかも日本が台湾に侵攻するみたいな勢いの記述すらあるが、日本が台湾に侵攻しなければならない理由はなんだ?と言いたい。 もちろん、マスコミが現政府にとって都合のよいことばかり書き立てるというのも決してよいものではない。 マスコミが政府の監視役であるというのはその権能の一つであることも間違いないのだ。 が、それならそれで一貫すべきだな。 岸田、石破内閣のときはどうだった? その前の管内閣のときは? 安部内閣のときは? それぞれに対応が違っただろう? 岸田、石破のときはまるでそれぞれの後援会の機関誌のような存在だったものな。 それが高市政権になってからまた批判...ではないな、揚げ足取り難癖、足を引っ張る、とにかく高市を悪く書かねばならんという使命に燃えとるよなあ。 その証拠に林総務大臣、これまで下げ報道はほとんどなかったが、ここにきて衆議院選挙のときのスキャンダルがぶち上げられた。 実にわかりやすいよなあ。 衆議院選挙のときだぜ? なんで石破政権のときに出さなかった? まあ、そういうことだ。 これが日本のマスコミだと思うとただただ残念でしかないな。
2025年11月21日
閲覧総数 7
7

プルークボーゲンからシュテムターンへの展開で最近違和感があったこと。 加重、抜重のタイミングというか、体の使い方というか、なんかしっくり来てなかったのだが、その理由が分かった。 子どものレッスンの中で、プルークボーゲンをやっているとき、加重するのに「体を小さく縮んで」、抜重するのに「体を大きく伸ばして」と言うことがある。 これはプルークファーレンで速度のコントロールをするときにプルークスタンスを大きくして減速するときに「縮んで」、スタンスを小さくして加速したいときに「伸びて」なんて言うわけだ。 これは加重するときに足首を曲げてブーツのタンを押すときに膝を曲げ、股関節を曲げて腰が低くなるところなんだが、ここを「体を小さくして」とか「縮んで」とかいう表現を使う。 抜重するときには少し足首を伸ばして、その分膝、股関節も伸ばすので腰が高くなるわけで、ここを「体を大きくして」とか「伸びて」とか言っている。 このタイミングについてプルークボーゲンとシュテムターンでなんか合わないなあと思っていたわけ。 でも、よく考えたら合わなくてもおかしくなかったんだよな。 加重するタイミングが違ってたから。 というか、初心者、初級者に対するプルークボーゲンのときは同じタイミングだ。 というのが、谷回りの部分で、加重するかどうかというところにある。 プルークボーゲンでは山回りの部分はしっかりと外スキーに加重していて、切り替えのところで抜重して、次の谷回りのところではすで反対のスキーに加重を始める。 対して、シュテムターンでは切り替えのところから抜重しながら外スキーを開き出しているから谷回り部分では加重していない。 ということなのだが、本来、初心者、初級者に対してはプルークボーゲンでも切り替えから谷回り部分は抜重しながらスキーの先落としをしなきゃならないところ。 そうすると、プルークボーゲンとシュテムターンの感覚が合ってくる。 プルークボーゲンでは表現は様々だが、重心移動の話で展開することが多いと感じていて、切り替え直後から加重を始めていることが多いと思う。 まあ、それはそれでいいと思うんだけど、プルークボーゲンからシュテムターンにつながらないなあ、と。 これはSAJの教程では、「プルーク(速度制動)」「プルーク(速度推進)」という分けになっているようだけど、制動では山回りでエッジングしながずらしていき、推進では谷回りからエッジングしながら板を前に走らせるようなイメージになっている。 で、そこからシュテムターンにつなげようとすると、ちょっと話がおかしくなるということだ。 シュテムターンでも最初はエッジングを山回りで行っているからな。 これを子ども相手に指導するとなると、こんなこ難しい話はできないので、「伸びて」「縮んで」とか「大きくなって」「小さくなって」みたいな表現になる。 もっといい表現はあると思うんだが、子ども相手にレッスンをするとなると、指導者の語彙力が試されるなあと思うわけだ。
2025年03月04日
閲覧総数 39
8

今年の消費税収は約25兆円が見込まれているという。 ちなみに去年は約24兆円というから約1兆円の増加となる。 単純に1%あたり2.5兆円と考えると、消費税を1%下げたら税収は22兆円くらいになるということだ。 なので消費税を5%も下げたら大変なことにあんるというのが減税反対派の理屈なのだろうと思う。 しかし物価は上がり続けているので、何もしないでも来年にはまた1兆円くらいは増えるということだ。 なんで、ここで1%下げたところで2.5兆円減るわけではなくて、下がった分くらい増えるのでやはり24兆円くらいは税収があるということになりそうだ。 減税による消費増も期待できるしな。 では物価上昇が収まったらどうかというと少し減収になるという見方もできるけど、やはり物価上昇が収まることによる消費贈が期待できるので、そんなに税収は変わらないとみる。 ここで消費税を5%に下げると税収は13兆円くらいに減ってしまう。 が、これはほかの条件設定が変わらないという前提の話であって、単純に言うと、その現象した12兆円くらいは国民の懐に残っているということなので、それが消費に回る可能性は高い。 仮にその半分の6兆円が消費に回ったとすると、3千万円は税収として計上できるということだ。 まあ6兆円に比べたら微々たるもんかもしれんけどな。 ただ、消費税が下がればトータルの支出も下がるわけで、それにより消費がさらに喚起される可能性がある。 消費が増えれば生産も増えるので、景気全体が上向いていくことになり、結果、消費税以外の税収も増える。 もちろん税率を下げてしばらくは税収減にはなるから、そこに手当をする必要は出てくるけどな。 103万円の壁であるとか基礎控除を上げたとか、いろいろと目に見えにくいところで対策はしているものの、やはり国民は目に見える形での対策を望んでいると見える。 その対策として、消費税を1%でも下げることがあれば、これはインパクトが大きいと思うんだけどな。
2025年11月18日
閲覧総数 19
![]()
