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今日は韓国ブログはお休み。最近は忙しいので、なかなか更新が進まない。今は韓国のことを考えるのもそうだが、野球の新しいシーズンにはまっている。特に松坂の快投。これはテレビで見た。韓国のケーブルテレビで。ただし朝の3時からは無理で、5時から見たが、それでも2イニング松坂の投球が見れた。韓国でもこの試合は注目を浴びていたのだ。松坂は韓国でも有名である。ここ数年間の彼の投球が変化球がよくなっているのは知っていたが、見事な変化球の投球だった。気温が2度だと言うことだったので、速球主体のピッチングは無理もあっただろう。今後もっと速くなっていくだろう。さてその後の午前中(現地では夜)のヤンキースとタンパベイの試合も韓国のソジェウンが登板の試合だったので、韓国でも中継。一日に松坂も松井も岩村も見られるとは、いい日だった。この試合ソ投手はそういい感じでなかったが、それでも最初は何とか抑えていた。ただある選手が相手打者の時、私が見る感じでは、明らかにいい投球をしていた。松井である。松井の打席の時は、外角、内角、低目と最高のピッチングであった。他の打者の時はここまでいい投球ではなかった。ここでもかのWBCの時と同様、日本人にだけは負けたくないとなってしまうのだろうか。私はテレビのまえで独り言。「何で松井の時だけあんな言いピッチングなんだ」そしたら、松井が2打席目でヒットを打った。その後ソ投手は打たれまくった。そして降板。敗戦投手にはならなかったが。以前の日記にも書いたが、スポーツの場で、過度の民族意識、国民感情を持っていると、精神的にはあまりいい影響はもたらさない。特に韓国人の反日感情は、私にはスポーツで正常な精神状況をもたらすとは思えない。基本的なパターンとして、日本(或いは日本人)には実力以上の最高のパフォーマンスで勝ったりもするが、その反動で次の試合ころっと格下のチーム(選手)に負けたりするということが韓国(或いは韓国人選手)の場合よくある。スポーツと言うのはある面文化である。非常に精神世界が大切な分野である。憎しみをを土台にした精神状況と言うものはスポーツにはいい影響を及ぼさない。悔しさやライバル意識とは違うものである。ソ投手もそうだが、スポーツ選手としての精神世界を韓国人は考える必要があるかもしれない。愛国心だけでやっていけるものではない。そんな中、最近の韓国のスポーツでも新しい風が。フィギュアスケートでの金ヨナ。彼女は日本の同い年の浅田真央とも仲がいいことで知られている。また水泳の世界選手権で韓国人初の金メダル、しかも男子の自由形ではアジア人初の金メダルの朴テファン。スピードスケート500mで世界記録出した・・・・名前忘れた・・・。彼らからは典型的反日韓国人の匂いがしない。彼らは純粋にスポーツを楽しみ、スポーツの挑戦している、「普通」のスポーツ選手の香りがする。まあ野球やサッカーは日本と韓国の実力が拮抗しているのでどうしても、特に韓国の方で民族意識が高まってしまうのかもしれないが。野球では日本でのイスンヨプぐらいしか海外でいい活躍をしていない現状で、韓国人選手も何が大切なのか考える必要があるのではないかと思ったりもする。日本人メジャー選手があれだけ活躍しているのは実力もさることながら、理由がある。韓国人選手にはない何かが。スポーツを楽しむ心である。サッカーで朴チソンがマンチェスターUで活躍していると言うのもある。彼は今までの韓国のサッカー選手とは違う。引退後は実業家になりたいからと、英語と経営のことを勉強しているそうだ。そしてサッカーは楽しんでやる。国の威信をかけてなど、ほとんど感じられない。結構そんな選手がうまく行くものである。過度の日本人に対抗意識を持つソジェウンなどはその辺、早く気づかないと、数年後は韓国の人気が落ちまくったプロ野球に戻るしかなくなるのではないか。結局今日のはスポーツ日記ではなく、韓国ブログになった。今題目を「韓国で迎えた野球シーズン」に変えた。
2007.04.07
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今日の内容は複雑怪奇な内容であることをまず申し上げておく。要は韓国語の発音のことなのだが、発音の話、特に韓国語の発音の場合実に複雑なのである。韓国語の分からない方には御理解いただけない内容であるかもしれないという断りを入れておく。今日小さなスーパーに行った。そこでコーヒーや飲み物を少し買ったのだが、袋も欲しかったので言った。「ポントゥ チュセヨ」軽い気持ちであまり発音も気にせず言ったのだが、最初聞き取ってもらえなかった。もう一度発音を意識しなおして「ポントゥ」と言ったら分かってもらえた。そして「うちは言われなくても差し上げますよ」と言われた。最近韓国では袋は有料(と言っても10ウォンとかそこらだが)なので、言わないともらえない場合も多い。ポントゥと言うのは正確には封筒であるが、小さな買い物の袋もポントゥと言う。私はこの言葉の発音でよく苦労した。ポントゥくれと言っても、何のことか相手が分からないことが多かった。この言葉分析してみると日本人には言いにくい発音構造になっている。ポンのンはgのつくパッチムつまりngだが、これは日本人の場合意識しないとnになる。知らない人にはngとnの差なんてあるのかと思う人もいるだろうが、これ結構な違いである。特にポンの後ろがトゥなのでngよりもnになりやすい。それでngを正確に言おうとすると、前のポの発音がpoでなくpeoになってしまう。実際のところnとngの違いぐらいなら韓国人も聞き取ってくれないことはないのだが、oとeoの違いになるとちょっと違和感をもたれやすい。だからngの発音は多少は無視してeoの母音を意識した方が実際には聞き取ってもらいやすくなる。またngのパッチムのこだわりすぎると前のポだけでなく、後ろのトゥも正確な発音であるtooでなくteuになりやすいと言うのもある。パッチムngの前のpoと後ろのtooがpeoとteuになるとこれは聞き取ってもらえないようである。多少発音が間違っても聞き取ってもらえる場合が多いが、ポントゥの場合は前後の文脈も弱いので、発音が崩れると中々聞き取ってもらえない。だがこのngも正確に発音したいと言う韓国語をマスターした日本人としてのプライドからかよくこだわってしまう。だがこのngパッチムにこだわりすぎると、前後の母音がくずれやすくもなる。ここまで来ると何か発音の迷路である。昔は買い物したら袋にそのまま入れてくれたので、ポントゥと言う発音の難しさを私は意識しなかった。この言葉を使うこともあまりなかったと言うわけである。他の場面でポントゥと言う言葉を使う場合でも前後の文脈があると、それなりに理解してくれたものだった。だからその発音の悪さをそのままにしてしまったようである。だが最近は買い物をしても言わないと袋に入れてもらえない場合も多くなった。そこで買い物と言う場面でポントゥと言う言葉を使わなければいけない場合も多くなった。私は袋をもらっておくと、あとで車の中のごみ捨てに使えるので必ずもらうようにしている。それで最近になってこの言葉を使う場面が増えたようである。韓国生活の中で前半期はこの言葉の発音の難しさを考えたこともなかった。だが最近になって、このような環境の変化から、この言葉を使うようになり、それで初めてこの言葉の発音の難しさを意識し始めたようである。スーパーでの場面だが、店員からしたらレジを打っている最中にいきなり発音のよくないポントゥと言われたも中々分からないようである。ただ余裕のあるレジの人は結構聞き取ってくれる場合が多いような気もする。レジを打つのに忙しい人はそうなりやすいようである。最近は私も意識してポントゥを言うようにしているので、前よりもしっかり通じている。だがスーパーに行くたびに意識することもできないし、子供と一緒の時など私も精神的余裕がなく、発音まで中々意識できない場合もあったりする。以前末っ子とスーパーに行ったとき、やはりポントゥが通じなかったが、私も幼い子の相手をしながらで精神的余裕がなく、通じないのでいらいらしてきたら、レジの相手がポントゥですねと言いながら、こちらを蔑むように接してきた。まあこのレジの女の子がちょっと礼儀のないタイプであったのだが、あとになって発音の重要性を実感したりもした。ただこんな場合、こちらが日本人だと分かっていれば理解してもらえるものだが。一番いいのは意識しなくても自然とポントゥの発音ができるほどに練習したりとかすればいいのだろうが、実はこれ結構難しいのである。これは説明しようとすると、言語学の領域になってくるのだが、大人になって外国語を習得した人には無意識で完璧な外国語の発音ができるようになると言うのはかなり苦しいのである。実は言語学の研究もしたことがあり、関心のある部分でもあるのだが。今日は久しぶりにポントゥの発音のことを考えたが、機会があれば日本人の韓国語シリーズでもやって見たいと思う。人間の言語活動と言うものは実に複雑な要素が入り込んでおり、これ結構研究すると面白いのである。それこそこれだけで数回は更新できると思うのだが。
2008.02.21
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