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上記はノートの出だしである。
能登旅行記 徳田と共に
1982
年
7
月
20
日(火曜) 天候はくもり後雨
夜の
7
:
40
、応物の校舎前を出発する。
佃井先生を送りに、名古屋まで。 高速料金は
3300
円
10
:
30
、佃井家に到着。
老犬の歓待を受ける。うなぎを馳走になる。
ワンゲルスは良かった。
佃井のお母さんが、子供のようにはしゃいでいた。いいお母さんだ。
と、ある。思い返してみよう。
私は大阪の大学の応用物理学科の学生で、この年、修士
1
年生だった。
私の愛車、『赤腹のコロナ』に乗って、学校の校舎前から出発した。
赤腹のコロナは、前年、車好きのおじさんから借用した車だ。
おじさんはコロナのエンジンを乗せ換えて、車の下側を赤色に塗っていた。
旅の道連れは徳田(仮名)。
同じ学科で、同じサッカー部の親友だ。
学部の
4
年間はサッカーの練習に明け暮れた。
そのため、私にとっては、この旅が旅と呼べる初めてのものであった。
佃井(仮名)先生とあるが、彼も同級生で、先生はニックネーム。
私たちが能登に旅行に出ると言ったら、名古屋の実家まで送れとなった。
少し遠回りにはなるが、同乗者が増えれば、ガソリン代・高速料金がうく。
商談成立だ。その代わり、佃井の家で
1
泊とめてもらうことになった。
吹田
IC
から高速に乗り約
2
時間で、名古屋の佃井の家に着いた。
ノートには、『老犬、うなぎをちそうになる』とあるが、
老犬を食べたわけではない。
人懐っこい老犬が座敷に飼われていた。
浜松に近いこともあって、ウナギの白焼きの姿焼きだったと思うが、
大皿に一人
1
匹以上の数が盛られていたと思う。
いやー、うまかったな。
おおげさかもしれないが、まだ、これを越えるウナギを食ったことがない。
息子が友達を連れて帰って来たことに、
佃井の母親は少々はしゃいでいた。
「母さん、心臓大丈夫か」
と、佃井が心配していたと覚えているが、この記憶は定かでない。
『いいお母さんだ』なんて、偉そうなことを書いているが、
久しぶりに息子が帰って来た。それも学校の友達を連れて。
私も親になって思うことだが、
子供が友達を連れて家に来ることは、とても喜ばしいことだ。
佃井の
お母さんは、本当にうれしそうだった。
まるで、恋人にあった若い女性のようにホホを染めていた。
佃井は照れていたが、私たちはいい光景だなと見ていたのだ。
それが『いいお母さんだ』の感想になったと思う。
一つ分からない表現がある。
『ワンゲルス、いかった』
たぶん、佃井の家で何かして、それについての感想だと思う。
音楽でも聴いたか。と、あたりをつけて、
Web
で検索した。
『ワンゲルス、歌』をキーワードに調べると、
「ワンゲルスで映画ブレードランナーのメインタイトル
~
」
と、引っかかってきた。さらに調べると、
1982
年に公開された『ブレードランナー』の主題歌を歌った
ヴァンゲルス(
VANGELIS
)では、と思い至った。
それで、 YouTube
でブレードランナーの主題歌を聞いてみた
。
確かに聞き覚えはあるが、これに自分が感動したとは思えない。
さらに、
VANGELIS
の曲を調べていくと、
『炎のランナー』に行きついた。
1981
年公開の映画、こちらも
VANGELIS
が音楽担当だ。
YouTube
で曲を聴いた
。背筋に電気が走った。間違いない。
で、満足して、その夜はおとなしく寝たみたいだ。
しかし、能登旅行
1
日目と言いながら、まだ名古屋にいた。
旅はこれから。続く。
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