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「 ウイスキーが、お好きでしょ
」
石川さゆり
フルで聞くのもいいものです。
それで、この歌が語る物語として、 小雪バージョン
を選択しました。
(右クリックして、新しいウィンドウで開く)
**スポットライトの中の語り部**
北陸の城下町。
古の名所旧跡めぐりと、港町を中心としたグルメ探訪。
これがこの町を訪れる人々の主な目的である。
と言っても、私は仕事だ。
津津浦浦、
仕事で日本中を歩いている。
楽しみといえば、早く仕事をやり終えて、
堀出し物の酒場を探すことだ。
代々の城主が眠る菩提寺の参道に、
一昔前の店が並んでいる。
中には、新しい繁華街となった駅前通りに引っ越して
空き家になった店もあるようだ。
今は夕暮れ時、
レトロ調に益々磨きがかかる。
個々の店からこぼれ出る灯りも街灯も、
裸電球を思わせるオレンジ色が基調である。
その中に「茶房」と書かれた
酒場を見つけた。
看板が古く、漢字が右から左に書かれている。
骨董屋で高く売れそうな看板である。
私は不安と期待とを織り混ぜながら扉を開けた。
スポットライトが3ヵ所にあり、それ以外は闇だ。
ライトの中を煙草の煙がなびいていた。
間口2間、奥行き4間程度の店である。
左奥にカウンター席があり、
それを囲むようにテーブル席が配されている。
テーブル席は1人、2人の客で全てふさがっていた。
私は奥のカウンター席に座った。
「ジョニ黒をダブルで」
「すみません。うちは角しか置いてないんですよ」
見るとカウンターの後ろに陳列されているのは
酒瓶ではなくてティーカップである。
私がそれを眺めているのにバーテンダーが気付いた。
「昼間は茶店をしているんです。夜になったらお酒を出しているんです」
すまなそうにバーテンダーがいう。
「いや、それじゃ角でいい」
バーテンダーは、
大きめのグラスにかち割氷をあふれるほど入れ、
角瓶から、ほとばしる液体を並々と注いでくれた。
店内には、小さな音でクラッシックジャズが流れている。
確かにスポットライトのみの明るさは
ジャズライブの雰囲気である。
私はグラスの中の液体を一口、
体に流しこんだ。
アルコールがしみ渡り、体のセンサーが覚醒する。
店内に少しずつ、ざわめきがもどり始めた。
どうやら私が秋の虫の泣き声を一時的に止めたようだ。
ざわめきがもどるに連れて、私自身がこの場に同化していく錯覚に囚われた。
カウンターの中央にスポットライトの1つがある。
私はこの光を避けるためにカウンターの左端に座っていた。
光は私の足元に届いていた。
私以外に、カウンターにもう一人、年配の女が座っていた。
光は女の左肩から下を照らし出している。
顔は闇の中だった。
割烹着姿からして近所のおばさんが
喉を潤しにきているという感じだった。
「わたしゃこう見えても、小さい頃は網元の娘だったんだよ」
誰に言うともなく、その女はしわがれた声で言った。
「いつの頃だい」
入り口近くのテーブルから男の声がした。
肩越しに覗くと、
ランニングシャツにタオルをひっかけた労働者風である。
どうやら私が入ってくるまで、
秋の虫たちは、一つになって語らっていたようである。
「先の戦争で工場が焼けるまでかな。
大きな釣船が50はあった。
釣舩が漁からもどってくると
そりゃもう、港は活気ついたよ。
高級魚は料亭に運ばれ、
あとは、かまぼこや開きに加工されるんだよ。
近くの百姓が野菜を持って、魚を買いに来たもんだ。
そのころは物々交換だったんだ。
家には大きな囲炉裏があって、
訪れた人が好きなだけ焼いて食べていけるようにしていた。
ご飯や酒も振る舞ってね。
たらふく飲み食いできるものだから、毎日多くの人がやってきた」
「工場が焼けてから、どうなったんだい」
カウンターの後ろから声がした。
右肩越しに覗くと小太りの老人だった。
スーツを
来ているところからすると、私同様、他所者のようだ。
「あの戦争で父と兄がもっていかれた。
母は一人で網元を切り盛りできないからと、
権利を売ってしまった。
今は港の近くで小料理屋をしているよ。
あれだけ家に飲み食いしにきていた人も
金がかかるとなると、店には来ないと
母は文句ばっかり」
「あんたは何してんだい」
質問は順番制らしい。
今度は私の後ろから声がかかった。
振り向かなくともそこには、
普段着姿の中年男がいることを座る前に確かめていた。
「あれ、言わなかったかい。この店のオーナーだよ私」
女はその時始めて光の中に顔を現わした。
苦労を重ねてできた小皺に白粉を丁寧に塗込めていた。
歌舞伎役者の登場に似ている。
見栄を切るそのしぐさに一同からどよめきが上がった。
「どうして、母親の店を手伝わないのさ」
私を除いた最期の学生風の客が尋ねた。
次は私である。わずかに緊張してしまう。
とその時、入り口の扉が開いた。
秋の虫たちが再び沈黙した。
カツンカツンとハイヒールの音である。
そのまま奥までやってきてカウンターに座った。
私とオーナーの間のスポットライトの中である。
歌舞伎の舞台が
一気にキャバレーのステージになったようだ。
一同が息を飲んだ。
オーナーが入ってきた女を見つめて、
大きなため息をついた。
そして、また、
闇の中に顔を沈めていった。
「ママ、相変わらずね」
一同は、もう一度息を飲む事になる。
登場した人物は男の声を出したのだ。
「私の息子よ。母がこの姿を嫌がってね。だから手伝えないの」
「ママ、また、その話」
話が滞った。
沈黙である。
秋の虫たちの目が、
私の背中に
注がれていることを感じていた。
『こんどはおまえの番だ』と。
私は話の展開に戸惑った。
「美人ですね」とも言えないし。
「お気の毒に」とも言えない。
迷ったあげく、
「お愛想お願いします」
**
仕事で金沢に行った時だった。
その日は台風が近づいていた。
私はふらふらと町を歩いていたのだが、
突然土砂降りの雨。
私は近くの茶店に入った。
看板に「茶坊」とかかれていた。
入ると、おばちゃんと、近くのおじさん風の人が話をしていた。
私はコーヒーを頼んだ。
おじさんはひとしきり話すと雨が小ぶりになったので、と出て行った。
店に私だけが残された。
おばさんは話し好きのようだ。
話す相手を私に切り替えたのだ。
おばさんは網元の話しをしてくれた。
もっともおかまの息子はいない。
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