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今回は、このシリーズのテーマ曲にしたい名曲である。
小林亞聖作曲『 夜が来る
』である。(右クリックで)
この曲が作り出した名作が これ
だ。
さて、
独身時代の事だ。
仕事が終わり、帰宅途中の電車の中での話である。
私は疲れた体を支え、つり革につかまりながら、
暮れ行く窓の外の風景を見ていた。
つるべ落としに陽が陰り、都市部のまばゆい輝きから
田園都市に入ったとたん、
街の灯りが小さくなった。
すると、急に窓ガラスが魔法の鏡のように、
映し出す世界を変化させた。
夜の景色の
焦点がぼやけて、再び何かを補足したと思ったら、
隣に立っている女性だった。
魔法の鏡の反射率が、女性を魔性として映し出す。
ショッキングピンクのワンピースも目を奪う。
目と目が合ったとしても、
私はその先の風景を見ている振りをしていた。
鏡越しだとそんな勇気を与えてくれる。
ただ、相手もそうだったりする。
**黒大理石に映る魔性**
「カチッ、シュポー」
赤い細身の電子ライターに、頼りなげな幼火が灯る。
正面の黒大理石に映る炎に、私は目を奪われていた。
出張先のホテルのラウンジバー。
ジョニ黒のオンザロックをころがしていると、
3つ隣の席に、真紅のスーツに身を包んだ女が座った。
私は何故か、そちらを振り向くことができずにいる。
女の姿は、カウンターの正面にある磨き抜かれた黒大理石に写っていた。
反射率が低いので細部までは見てとれないが、一目で美人と知れた。
バーテンダーが現われ、
女はオレンジジュース系のカクテルを頼んでいた。
女にしては低音の、落ち着いた声である。
運ばれてきたカクテルを一口含むと、
ハンドバックからセーラムスリムを1本取り出し、
人さし指と中指で、不安定に挟んだ。
それからカクテルをもう一口。今度は少し多めに含んでいる。
カクテルの冷たさを口の中で楽しんでいるのか、
なかなか喉の奥に流し込もうとしない。
私は黒大理石に映る女の喉元を、息を詰めて見守っていた。
もちろん、女からも私の姿が見えているはずだ。
しかし、私の視線がどちらを向いているかまでは分からないだろう。
私からも女の視線が分からない。
だから、私は勇気を持って黒大理石に映る女を見ていた。
その間、私はジョニ黒を口に運ぶことを忘れていた。
「ゴックン」
待ちわびた音が黒大理石からではなくて、
隣の席から聞こえてきた。
私はほっとして自分のジョニ黒のグラスを口に運んだ。
奇妙な緊張で咽喉が乾いていた。
私が口元のグラスに視線を落とした瞬間である。
「カチッ、シュポー」
私の注意を喚起する、電子ライターの音が聞こえてきた。
私は反射的に顔をあげた。
黒大理石に映っていたのは、
2本の細い指に支えられたタバコをくわえ、
真っ赤なルージュに彩られた女の口であった。
ライターの灯りが黒大理石の反射率を増加させ、
女の口の周りだけを鮮明に
映しだしていた。
魔性の口が小刻みにタバコを吸った。
その度に、ライターの炎が揺らいで、
やがて、消え去った。
魔性の口
も黒大理石の闇の中に戻って行った。
私は気を取り直して、
口に張り付いていたグラスの底を持ち上げようとした。
目は黒大理石の中に潜む、
魔性の口
を見据えていた。
すると、ホタルの灯りのようにはかない点滅が生じた。
2度、3度。
それは私がグラスに口をつけるタイミングを図っているようだ。
試しにグラスの底をゆっくりと持ち上げてみた。
4度目の点滅が先ほどよりもゆっくりと瞬いた。
見られている。
私に緊張が走った。
可笑しな話だ。
無礼にも見つめていたのは私の方である。
私はグラスを下に置いて、緊張を解くことに努めた。
首が凝っていた。私は下を向いて大きく呼吸をすることにした。
目は相変わらず上目使いに黒大理石を見ている。
すると、かすかに女が笑ったような気がした。
女は半分ほど吸ったタバコを灰皿に押し付け、
軽くカクテルを口にすると席をたった。
私は振り向くこともできず、氷ついていた。
私の席の後ろを通る際に、女は少し腰をかがめたかと思うと、
私の耳元でささやいた。
「ごゆっくり」
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