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2021.02.26
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カテゴリ: 心暖物語
​ 私は昭和生まれ、ショートストーリの中で
「女が一人で酒場にいるなんて、
って思うのは男のエゴ」
なんて台詞を吐かせている。

世相を表しているのがCMか。
70、80年代、「男は黙って~」というCMがあった。
私の同年代の女性の友人は、男女間の差別を示すような話が出ると、
すぐに、この言葉を口にしてしかめっ面をしていた。

例えば、母親の味を継ぐのは女性の役目。
君はぬか床を作っているかい。
なんて言おうものなら、あなたがぬか漬け作ればいいじゃない。
と反発を食らった。

私は草食人間。
ぬか漬けも母に教わり作っている。
家事も妻と分け合っている。
今現在は、りっぱな主夫だ。

70、80年代って、男女差別をしていたのかな?
私はこのCMが好きだ。
「男は、グラスの中に自分だけの小説を書くことができる」
シーン1 ​、​ シーン2 ​、​ シーン3 ​。ナレーションは森山周一郎?

お酒って、やっぱり、一生懸命に働いた人へのご褒美だと思う。
だから労働者がたくさん集まるところに、お酒がある。
一杯汗を流した後の方が美味し、
嬉しいとき、悲しいとき、心が動いたときお酒を飲みたくなる。

特に、
年の瀬が迫ってくると、
人は寂しさを紛らすために、
宴会に明け暮れるのだ。

**アイリッシュパブ**

ここは産業革命の頃の、英国の田舎町。
炭鉱夫たちは朝から晩まで、
暗い坑道の中を這い蹲りながら
石炭を掘り出していた。

石炭は水蒸気タービンをまわし、
水蒸気タービンは工場の動力源として怒号を上げていた。
お陰で、町は石炭を燃やすスモッグと
水蒸気タービンの霧とで昼でも暗くどんよりしていた。

1 日の仕事を終え、炭鉱夫が立ち寄るのはいつものアイリッシュパブだ。
洗ったはずの顔には深いしわと染み込んだ石炭の黒が写っている。
だが、どの顔もにこやかだ。
仕事をやり終えた充実感が、彼らの人生を良き物に仕立て上げている。

この店で彼らを待ち受けているのは、
馴染みの女でも、
優しい家族でもない、
それは、クリーミィな泡がうっすらと上に乗った黒いビールだ。

そう、
それがギネスビール。
この時ばかりは黒のシルエットから離れればいいのに、
彼らはビールの中にも石炭を持ち込む。

味はよく言えば、
炭焼きコーヒーのような苦味であり、
悪く言えば
煤けたようなざらつきがある。

しかし、彼らにはこれが極上の飲み物になっている。


そんな想像をしながら、私は一口目を口にした。
目の前にあるのは、独特の濃い琥珀色の液体。
苦味と強いホップの香りを漂わせている。
そして何よりもこのクリーミーな泡立ちだ。

味は想像以上に上品だ。
『煤けたようなざらつき』
とは失礼千万だ。
誰が言ったのだ。

どうしても
ビールだと聞くと、
喉を潤すためにゴクゴク音をたてて飲むのが
醍醐味だと信じていた。

デパートの屋上で飛び交っている特大ジョッキに入った生ビールの泡と違い、
私が見つめる約
5mm の厚さは、
ブラウン色の極めの細かな泡であり、
時を置いても消えていくことはない。

この泡の元が
窒素と二酸化炭素の混合ガスだと聞くと、
それに抱かれたいと思っていた私は
酸欠に陥る前に抜け出した方が良さそうである。

泡を通して
液体が喉に流れ込んできた。
ビール初心者にとっては、
この苦味は敬遠したくなるという。

人生の達人とまでは言わないが、
子供じゃないぞと粋がる輩には、この味は登竜門だ。
苦くてもうまいと言わなくてはいけない。
でも、幸いにして私は見栄を張らなくても、この味が気に入った。

こいつは味わう飲み物だ。
この店に入ったのは偶然だった。
年の瀬、忘年会シーズンが今年もやってきた。
酒好きの私であるが、皆でわいわい飲む酒は性に合わない。

2 次会を辞退して、早々に仲間と別れた。
仲間と反対側に針路を取り、
道の角に来るたびに人通りの少ない方へ曲がって、
繁華街の端っこにやってきた。

もう少しで住宅街に入ってしまうぎりぎりにいた。
小さな街灯の下に幅の狭い階段が見えた。
近かよって見ると、階段はガーデニング好きのマスターを想像させる
プランターが狭い階段をさらにせまくしていた。

見上げると、赤のネオン管で彩られた入り口が見えた。
『アイリッシュパブ・オ・カロラン』と言う名前を掲げている。
呼びにくく、覚えにくい名前だ。
それだけに、アイルランドっぽい。

私は躊躇せず階段を昇った。
口直しのスコッチを飲もうと思ったのだ。
私はイギリスとアイルランドを混同していた。
地球の裏側の事とはいいながら、後で物を知らないことを恥じた。

店の中はまさに、『これがアイリッシュ』という世界だった。
正面にカウンターがあり、酒が並んでいる。
テーブル席が窓側に乱雑に並んでいる。
客たちが勝手にテーブルや椅子のアレンジを変えてしまうからだ。

カウンターに沿った、奥の壁に天使が描かれていて、
その下に古めかしいピアノが置いてある。
時にはライブも開かれるようだ。
私が入った日は幸いにライブはなかった。騒がしいのは好まない。

客である若者たちがそれぞれのスタイルで楽しんでいる。
自分たちを区切る物は何も無いが、
それぞれのプライバシーを守られている。
不思議な空間だった。

後で知ったことだが、
このアイリッシュ風の
和気あいあいとした雰囲気を
現地ではクラックと言うそうだ。

ポンと弾けそうな明るさを想像させるが、
それが日本に来ると落ち着きが付け加えられる。
一瞬、
教会の中で酒を飲んでいるのかと勘違いした。

各自がカウンターで酒や飲み物を買って、
席に持ち運ぶシステムのようだ。
私はもう食べものはいらない。
とりあえず一杯の酒があればいい。

そういえば、
どうしていつものようにウィスキーを飲んでいないのだと言うと、
それも偶然なのだ。
と言うか、私にそれほどの信念が無いということかもしれない。

カウンターでウィスキーを頼もうとしたときである。
前に並んでいた、2人の若い女の会話が聞こえてきた。
「何飲む」
「ここにきたら、ギネスをまず飲まなくちゃ」

「やっぱりそうよね。そのために来たんだもんね」
と、彼らは黒い液体を運んでいった。
そこまで言われると、
あえてウィスキーと言うのも気が引けた。

顔をあげると、
アイルランド人と思われるウエイターが
怪訝な顔で私を見ていた。
注文を促しているのだ。

「もちろん、私もそのために来たんだよ」
と、意味不明なことを言ってから、
「ギネス」
と口走っていた。

黒い液体を手に持ち窓際の一席を確保した。
一つ空けて、仲睦まじいカップルが並んでいる。
特にお邪魔虫な感じがしないのが、
この店のいいところだ。

私は落ち着いて琥珀を味わった。
「ふう、酔ったのかな。うまいやこのビール」
この表現は浮気をした私の、
ウィスキーに対する言い訳が入っている。

一杯を時間かけて味わった。
そこへ、クリスマスを全身で表現した若者たちが登場し、
私の後ろの席に陣取った。
社会人
1 年生の忘年会の 2 次会と言ったところだ。

ごそごそと、椅子と机のアレンジを変え、人で埋まっていく。
ギネスを買ってくるもの、つまみを買ってくるもの。
あっと言う間に後はパーティ会場にはや変り。
そして、私の横の空席には女が座った。ただし、後を向いている。

女の耳には一際大きなイヤリングが輝いていた。
あまりにも大きいので私が見つめていると、
女がそれに気づいて、
「ちょっと、そこのを拝借したの」と物落ちもせずに答えてくれる。

みると、クリスマスツリーに金色の飾りがたくさんぶら下がっていた。
彼女の耳たぶから下がっているものと同じだ。
「『帰るとき返していってね』って、マスターに言われちゃいました」
陽気さは罪にはならない。まして、かわいい女なら特にだ。

2 杯目を飲もうかとも思ったが、
押され気味の後の若者たちに遠慮して、
店を出ることにした。
出掛けに耳飾の女が振り向いて会釈してくれた。

「似合っているよ。それ」 といっている私がいた。





ギネスビールはアイルランド生まれである。
ビールは大麦を発芽させ、麦芽として醗酵させて作る。
これがラガービールだ。
麦芽の時に焙煎するとエールビールとなり、やや赤黒い色のビールとなる。

ギネスビールは大麦の時に焙煎して作る。
このいきさつには色々な話がある。
当時麦芽に税金がかけられたことから、
税金逃れに大麦を焙煎して作った庶民のビールが始まりだとする逸話。

まるで現在の発泡酒と同じだ。
単なる失敗作を捨てるのがもったいないので安く売り出したら、
大当たりしたと言うのもある。今は確固たる地位を築いている。
ギネスビールはアイリッシュパブとセットで日本に輸入された。

ちなみに、
醗酵の過程で蒸留しアルコール度数を高めたものが
ウィスキーとなる。
だから、ビールを飲んだとしても、
それはウィスキーの親戚だった。  なんてね。

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最終更新日  2021.02.26 14:39:06
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