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2021.03.02
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カテゴリ: 心暖物語
真田広之が歌っている​ CM ​がある。
それと今日の物語とのつながりは、閃いた人だけ分かります。
分かりました。
ぜんぜん?


物語の中では、ジョニ黒大好き青年なんだが、
実際の私は日本酒もワインも焼酎も、
美味しければ、何でもウェルカムだ。
今日は、ちょっと浮気をして日本酒の話。(20数年前の話かな)


**満月 14代と而今というお酒**

近頃のことである。
故郷に帰ると必ず立ち寄る店がある。
駅前の喧騒から少し離れたところにポツンと孤立しているビルがあり、
その地下に新しく出来た『満月』という名の居酒屋だ。

藍色のじんべいに
女性は赤の、
男性は紺の帯を締めた店員が
礼儀正しく出迎えてくれる。

一人酒の私はいつも5席しかないカウンターに通される。
不思議にいつもカウンター席だけは空いているのだ。
雰囲気が洋風だからであろうか。
最近の居酒屋はどこも若者受けを狙って洋風になってきた。

若者は私のように一人で酒を飲むことはしない。
そのあおりを受け、カウンター席も少なくなってきた。
しかし、少ないが故に空いているのだ。
お通しのうどのぬたが小鉢に入ってやってきた。

ここでは、
いつものジョニ黒は仕上げの一杯と決めている。
基本、
日本酒の店である。

ウィスキーは同じ名称なら味はほぼ変わらない。
他のアルコールよりは安定している。私はそこがすきなのだ。
ワインや日本酒のように、その年々で微妙に味が変わることはない。
また、ウィスキーを飲むとき私は浮気をしない。ジョニ黒一筋だ。

しかし、私も男である。
浮気への憧れはある。かと言って、
ウィスキーにはジョニ黒という確固たる正妻がいるので、
浮気する勇気が出ない。

そこで、故郷に帰ったとき、
この『満月』の日本酒で浮気を堪能している。
カウンターの前の棚には、
入荷した日本酒が並べられている。

メニューに書かれていない銘柄も多数ある。
カウンター席でなければ、それに気付かない。
さらに私は店員と顔馴染みだ。
数しげく通っているので顔を覚えてもらっている。

マスターがやって来た。
パッチリした目と、
白髪交じりのひげ。
アイヌの民芸品のニポポの老人に似ている。

「今日は珍しい酒が入っているよ」
いつもの言いようだ。
確かにいつも珍しいものがおいてある。
少なくとも始めて聞くものばかりだ。

もっとも私は日本酒通ではない。私の興味はうまいかどうかだ。
「『14代』という酒が入っているよ。昨年の金賞を受賞した酒なんだ」
棚から取り上げた一升瓶のラベルには
シンプルに『14代』と書かれている。

「この酒を造っているトジは15代目なんだけど、
 親父である14代目を尊敬していて、
 自分の作った酒の名前にしたんだ」
日本人が好きそうなお涙頂戴のいわれである。

まあ、能書きはいい。
ヒノキの升に入ったグラスが私の前に置かれた。
マスターが1升ビンの栓を開けた。
(ラッキー、開けたてやん)

日本酒の飲み時は、
酒によって、飲む人によって
色々あると聞くが、
素人の私は、開けたてがうれしいものだ。

マスターが一升瓶を傾けた。
けっしてグラスに一升瓶の口を付けない。
グラスに透明な液体が注がれていく。
やがてグラスの縁を越えて升の中に流れ出す。

酒が注がれる場面を見ると、
必ずイメージするものがある。
朝もや立ち込める山深い森林のどこかに、
密かにコンコンふき出している湧き水だ。

決してその存在は見えないが、湧き上がる音とその香が伝わってくる。
表面張力により
升の縁に酒が盛り上がる瞬間、
最後の一滴が一升瓶の口を離れ、
ゆっくりとグラスの液面に落ちてくる。

「コーン」
という神木の音が聞こえた気がした。
「いつもながら、神業ですね」
「だめだめ、息を吹きかけるとこぼれるよ」

私はまずグラスの神水を一口いただく。
「これは」
予想していたイメージとぜんぜん違う。
昨今、端麗辛口がもてはやされている。

『甘口は女の酒だ。たくさん飲めない』
日本酒好きは知ったかぶりで宣う。
私は浮気だ。
うまければ辛かろうが甘かろうがいい。

だが、この酒は浮気にしても、人を本気にさせる味わいだ。
ワインを思わせるように、
フルーティーでありながら、芳醇な香りがある。
「うまいね、マスター」

思わずマスターに満足を
報告してしまった。
マスターはカウンターの中で
親指を立てた。

時が流れて……。

14代の味が忘れられず、
私は次の浮気の機会をうかがっていたが
中々、故郷に帰れない。そのうちに、
14代のお酒は有名になり市中で手に入らなくなった。

恋心が募ると浮気は場所を選ばずだ。
仕事の帰り、駅前通りのはずれで
小さなスナック『十五夜』を見つけた。
(十五夜? うん。満月じゃん)

『珍しい日本酒あります』
扉に張り紙がされている。
浮気心が止められない。
私は、吸い寄せられるように扉を開けた。

内装を見た途端、
(まずかったかな)
私は浮気を後悔し始めた。
照明が怪しい色合いで、いたって安っぽい。

カウンターもないし、
酒ビンも見えない。
客も店員もいない。
見た目はぼったくりのスナックのような雰囲気だ。

奥からひょろっとした、のっぽの男が出てきた。
力の弱そうな男だ。
(いざとなれば……、うん、なんとかなるだろう)
私は覚悟を決めて浮気を続行した。

「ここはどんな店なんだ」
普通、聞かない質問をしている自分自身に驚いた。
「日本酒を飲ませる店ですよ」
魚や、野菜の料理が自慢だと言う。

男はメニューを渡しながら、
奥の席に私を導いた。
「今、団体さんが出たばかりで、ひと段落してたんです」
流行っていることを私に告げている。

男と入れ替わりに、
奥から普段着の上品な女がお通しを持ってきてくれた。
ちょっと見とれてしまった。
浮気最高。

女にお勧めの日本酒を聞いてみた。
味の好みを聞かれたので、14代をイメージしていた私は。
「
フルーティーなもの」と答え、14代が出てくるのを期待した。
女が奥に入っていった。

のっぽの男が2本の酒を持ってきた。両方とも、14代ではない。
「14代は置いていないの」
期待を裏切られたので、私は声を荒げてしまった。
どっちの期待かって? それはもう……。

「14代はメジャーになりすぎて、手に入らないんですよ」
すまなそうに、男は答え、
「これも負けずにフルーティーですよ」
と、私の答えの意味を察したようだ。

1本は、桃色の酒だった。
見た目が女性用と思い却下した。
何やら薀蓄をたれたが、
まだこの男を信用したわけでない。

もう一本は山形の酒でこちらは日本酒っぽかった。
酒の名前もしっかり確かめもせずこちらに決めた。
うまい、これはいける。
少し、男を信用してしまった。

二杯目は逆に「辛めの酒」を勧めて欲しいと言った。
男はやはり、2本持ってきた。
薀蓄をたれていたが、耳に入ってこない。
今度も、後の酒を頼んだ。

確かにしっかり辛かった。
舌がぴりぴり刺す感じだ。
身を正して飲まなければ、
弾かれてしまう。

こうなると、3杯目が楽しみだ。
「お兄さんのお勧め」をお願いした。
のっぽの男は『而今(じこん)』というお酒を一本もってきた。
今回は1本だけだ。 自信があるのだろう。

今、人気上昇中の酒で、手に入りづらいと言う。
「先ほど、14代がお好みと言ったので、これにしました。
 多くの酒が、十四代に似せて作っているが、
 この而今は一番それに近いですね。

この説明はちょっといただけないと私は思った。
確かに十四代は 美味しいと思う。
だからと言って、それに似せて作るとは志が低いのではないか。
酔った頭で目の前の 而今のグラスに説教していた。

「若い酒造主が、新しい酒作りを志しているんですよ」
こちらのほうが、何だかワクワクする。
「ウォー」
一口飲んで、私はうなってしまった。

バック・ツー・ザ・フィーチャーのデロリアンが体の中を通りすぎ、
火のついたタイヤの後が残ったような感じだ。
口に含むと、舌先にシャンパンのような弾ける感じがする。
これは酸味なのだろう。

ごくりと喉を通ると、フルーティーな味わいだ。
直ぐ後を、やはり酸味が追いかけてくる。
シャンパンの感じが辛さを演出し、でも全然辛いのではない。
フルーティーの味わいが甘さを期待させ、でも甘ったるいのではない。

酸味なのだ。
酸味がうまくコントロールされていて、口の中で大騒ぎさ。
十四代に一番近いといったが、十四代ってこんな感じの酒だっけ?
これは若さ溢れる21世紀の酒だと、大絶賛の私でした。

……。

丸いロックが浮かんだジョニ黒が目の前にある。 仕上げ の酒だ。
でも浮気が過ぎて、手が出せない。
『あなた、浮気しているでしょ』
ジョニ黒の正妻が私を勘繰っている。

「いや、ぜんぜん」


​
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最終更新日  2021.03.02 17:30:14
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