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数年前の事である。
私がまだ、会社勤めをしていた頃、
会社の同僚から私の故郷である和歌山について相談をされた。
「熊野古道を歩きに行こうと思うのだがお薦めのコースはありますか」
相談の主は私の対面の席に座っている千恵子41才である。
流行りの言い方をすればアラフォーだ。
言葉の響き通り、彼女はバイタリーがあり、
『まだまだこれから人生を謳歌するぞ』の意気込みが感じられる。
それに、独身で、若い頃はとても美人でモテたと思われる。
もちろん、今もお美しいが、それ自体を売りにはしていない。
女友達4人で行くらしい。健脚で歩きたいとのことだ。
2泊3
日のコースを求めてきた。
それで、かつて私が回ったことのある下記のコースを勧めた。
第1日:
東京地区を朝の
6
時ごろ出発。
のぞみで名古屋まで、
1
時間半ほど、
そこから黒潮に乗って新宮に向かう。
この行程は地図上ではすぐだが、実際には
3
時間ほどかかる。
昼ごろに新宮に着く。
まず、駅前でさんま寿司を食べることを勧める。 徐福寿司 を勧めた。
お腹が満たされれば、歩いて 熊野速玉神社
に行く。
帰りに 徐福公園
による。
それでは、ストリートビューで少し歩いてみましょう
新宮駅前
:左手に駅、右手の徐福寿司が見えています。
浮島の森
:市街地の住宅街にこつ然と現れる 不思議な森
。
熊野速玉大社
:参道を進み探索しましょう。弁慶がいたりします。
めはりや
:もう一つの寿司の名物、めはり寿司。今は 完成してます
。
新宮城跡
:元々は源為義の娘、丹鶴姫の住まいだそうです。
徐福公園
:門の中に入りましょう。徐福さんに会ってきてください。
新宮の駅に戻り、
バスにて、今夜のお宿になる、湯峰温泉に向かう。
夕方、お宿の周りを散策してみるのもよいが、小さなムラだ。
1
時間もかからないだろう。
湯の峰温泉も ストリートビュー
で見てみましょう。
右手に小川を見ながら進んでください。
右手に、 湯の峰温泉公衆浴場
、 湯胸薬師東光寺
、 つぼ湯
があります。
少し、熊野本宮大社への熊野古道に入って、 湯峯王子社
があります。
熊野本宮大社はかつて、熊野川の河原(大斎原)にあった。
それを描いた図だ。これで見ると湯の峰温泉がすぐ近くにある。
また、気になるのは帆掛け船が描かれていることだ。
ということは、川を船で遡上できたということか?
第2日:
湯峰から、熊野本宮大社に向かうには
2
つの選択肢を示した。
ひとつはバスで行って、歩くのを熊野本宮大社界隈にする。
もう一つは、湯峰から熊野本宮への熊野古道を歩く。
ただし、こちらは私自身が歩いたことがないし、
本人たちのハイカーとしての力量がどれくらいかわからないので、
とりあえず前者を勧めた。
私自身は時間があるなら、後者を歩きたい。
ストリートビュー
でも歩けます。
むちゃくちゃ時間がかかり、
実際歩いたほうが早いと思う。
それに直ぐに、方向を見失うし……。
熊野本宮大社
から、熊野川畔の 大斎原
を歩く。
かつての熊野神社があった場所だ。
熊野本宮大社
。
鳥居をくぐっていきましょう。階段の下までです。
階段の上の ポイント
。階段を 登り切ったところ
。
砂利道を少し歩いて、石畳を右に進んで拝殿です。
続いて、 大斎原を歩きましょう
。
鳥居に向かって歩いていきましょう。真下まで来たら見上げましょう。
さらに奥に進むと石段に囲まれた場所にでます。
上の絵の、かつて熊野本宮大社があった場所です。
熊野大社から田辺に向かう間に 熊野古道
が整備されている。
途中バスに乗れて、時間とそれぞれの歩く能力に合わせて距離が決められる。
ここも、観光地すぎて、私は歩いたことがないので
Web
を教えた。
夕方バスで新宮に戻り、
JR
で那智または紀伊勝浦に向かいお宿に入る。
那智には宿がないだろうから、
たぶん紀伊勝浦だろう。
第3日:
那智の駅から那智滝まで歩く人もいる。それも手だ。
この場合、補陀洛山寺にも行ける。
途中の~坂入口までバスで行って熊野古道を歩くものよい。
せっかくだから、駅から歩いて行ってみましょう。360度ビューで。
まず、 那智駅裏の那智湾
、後ろの緑の屋根が那智駅です。
次が 補陀落山寺の正面
で、左を向くと渡海舟が見えます。
県道43号線に沿って
しばらく3Kmちょっと歩きます。
那智勝浦新宮道路の高架下を越え、途中から県道46号線に変わり、
那智勝浦町井関の交差点を通過する。
この交差点を左に行けば、妙法鉱山ですが、本日はまっすぐ。
100mほどのふたらく霊園の看板を右に曲がりましょう。
王子神社
を見て、さらに進む。
再び、県道46号線に交わるので、右手に曲がり、
すぐの左への小道に入っていくと、
大門坂
の熊野古道につながります。
どんどん登って行くと熊野那智大社の駐車場に着きます。
熊野那智大社
、 青岸渡寺
、 那智滝
を見て、
午後9時までに関東地区に着くならば、
午後6時までに新宮に戻り、黒潮に乗ればいいだろう。
ざっくりこのような日程だった。
滝に向かう道
も熊野古道っぽいので
歩いてみましょう。
鳥居をくぐって進んでください。
滝の前の鳥居に来たら、左の建物で料金を払い
さらに奥に進み、マイナスイオンを浴びることのできる
滝壷近くまで見に行きましょう。
以上が智恵子に示した日程だった。
さて、これに対し、
千恵子たち
アラフォー一行は、お宿を逆転させた行程をとった。
「友達が
1
日目、紀伊勝浦の宿をとったので」が理由だ。
「新宮の駅前でさんま寿司を食べました」
私のお勧めに素直に従ってくれたようである。
「日本酒も飲みました。黒牛、美味しかったです」
いや~、昼間から日本酒を飲めとは勧めていない。
4
人のアラフォーの破天荒さが目に見える。
熊野速玉神社に行って、徐福公園にも寄っている。
ただしバスで。歩いて行ける距離だが、
たぶん日本酒の酔いのため、バスにしたのだろう。
その後、新宮駅に戻り
JR
で紀伊勝浦へ。
聞いた名のちょっとお高めのお宿だ。太平洋を望む露天風呂もある。
食事も良かったそうだ。日本酒をまた飲んだそうだ。
さすが独身アラフォーだ。お金は持っている。
2日目
JR
で那智まで戻り、歩いて那智滝へ向かう。
進めた2日目と3日目の行程が逆になった。それでもよい。
補陀落山寺から、少しアスファルトを歩いたが、
途中から参道があり、北条政子に関した史跡があったそうだ。
「でも、どうして北条政子なの」と聞かれたが、
私も知らなかった。そこで調べてみた。
北条政子は尼将軍と呼ばれていたらしい。
そういえば、ふだらく霊園の看板を右に曲がってすぐのところに
尼将軍参道入口と書かれた碑があった。
ストリートビューではいけなかったが、そちらに行くと、
尼将軍供養塔があるそうです。
政子は、源頼朝の妻です。頼朝が死んでから尼となり、
2人の息子たちの後見人として政治に関わっていましたが、
息子たちは暗殺されてしまいます。
政子は2度熊野三山詣をして、子の供養塔を建てたそうです。
2
日目のお宿は湯の峰温泉。あずまや旅館に泊まったそうです。
順番は逆だが、私のお薦め地に泊まってくれた。
「良かったよ」とは言ってくれたが、本当はどうだろうか。
あの何にもない、ただ湯だけが特上の温泉地を分かっただろうか。
それに小栗判官の物語を知っていただろうか。
その物語に何か思い入れはあったのだろうか。
まあ、
良い。
3
日目、
湯峰からバスに乗り熊野大社に向かう。
大斎原も見た。ガイドつきで熊野古道を部分的に歩いたそうだ。
ただ多くの人がぞろぞろ歩くのに、我慢ならず、
そうそうに離脱して自分たちで歩き、途中からバスに乗り新宮へ。
後は
でひたすら関東地方に戻ったそうです。
大満足と感謝されました。
「また行きたいので次もよろしく」
と催促されました。
機会がありましたら、もう一つのコースをご紹介します。今度ね。
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