HANNAのファンタジー気分

HANNAのファンタジー気分

April 11, 2006
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ふしぎな虫たちの国 『ふしぎな虫たちの国』 も、小学生のころそんなふうにして中味もあまり確かめず、ねだって買ってもらいました。

 13歳の少女マリスが、別世界に入りこみ、虫や小動物と力を合わせて恐ろしい「けもの」に立ち向かい、至高の存在である「あの人たちの国」に至ったあと、現実に還ってくるというファンタジー。
 こう書いてしまうと、ファンタジーにはよくあるパターンです。けれどこの物語は、別世界を徹底してマリスの視点からのみ描いていて、しかも前半では世界の構成や探求の目標などがまったく説明されません。読者はマリスと一緒に、この先何があるかさっぱりわからないまま、てさぐり状態で冒険の旅を続けてゆきます。

 はじめ、マリスは不思議な石を見つけます。この石がとても魅力的。

  石は、クルミくらいの大きさで、ふしぎなことに、指先でさわってみると、ビロードみたいにやわらかなの。よく見ようと思って持ち上げると、それがまた、びっくりするほど重くて、落っことしそうになりました。あたしはすっかりこの石に夢中になってしまったの。色は青みがかったこい緑色だけど、外がわだけじゃなく、中もその色なの。すっかり透明とまではいかなくて、花粉みたいな色の筋がうずを巻いたようになっていて、中のほうでなにか動いているような感じなの。
                   ――シーラ・ムーン『ふしぎな虫たちの国』山本俊子訳

 こんなふうに、物語全部は、13歳のマリスの“語り”のような文体で訳されています。原書は知りませんが、訳者さんが少女の心をうまく表現する、それでいて現代風にくずれすぎてもいない、ちょうどいい日本語を使っていると感じます。まるで、質のいい少女漫画の独白のセリフのよう…

 カブトムシやイモムシなどと一緒に旅をすることになったマリスは、初めは石、のちには未来を見せる「マンティッドの鏡」を持つ者として、寄せ集めの旅の仲間(『指輪物語』や『冒険者たち』と同様です)に加わりますが、指導者になるでもなく、料理や力仕事やいろんな役割を、おっかなびっくり果たしていきます。



 それから、けものの捕虜だった男の子ジェットサムが登場します。野性味あふれた、でもまだ子どもっぽい彼に対し、マリスも恋愛感情とか乙女心とかは全然なく、「仲間」として接していきます。この関係も、私は好きなんです。
 登場人物の年齢がもうちょっと上がると、どうしても男女の間柄に恋愛的要素が入ってきて、純粋な友情とか仲間関係じゃなくなってしまいます(それはそれでおもしろいと思えるようになったのは、私の場合、すっかり大人になってからでした)。

 旅の仲間はチョウたちの国「オパールの谷」でようやく探求や使命の説明を受け、谷の宝物オパールを魔法のアイテムとして託されます。そしてキャンプを作って、いよいよ「けもの」と対決。といっても、欧米のファンタジーとしては珍しいことに、「けもの」を滅ぼそうとするのではなく、つかまえて「あの人たち」のもとへ連れ帰る(「けもの」は昔「あの人たち」から造反したのです)、というのが目標。
 そこで「けもの」をおびき出して落とし穴に落とすことになるのですが、やはり最後には戦いがあります。ジェットサムは心も体もヒートアップしますが、女の子であるマリスには、体力的にもかなり苦しい場面となり、それゆえここでも全体の状況がつかめず、修羅場をさまよいます。このあたりも、いわゆる勧善懲悪の大活劇、とは趣を異にしていて興味深いです。
 そして、戦いが終わり、犠牲者をとむらいます。死のおそろしさ、生命の重み、みたいなものをはしょらずそのままマリスが語っています。

  …あたしの心には、失ってしまったものへの悲しみ、これまであったものがどうして今はないのだろうというあのおそろしい疑問がおそいかかって来たの。    ――『ふしぎな虫たちの国』

 そして、自分がやりすぎたためか、と自責の念におしつぶされそうになるジェットサムの姿が。彼の心が救われるまで、マリスは彼を見守り続けます。
 この辺りで、物語はだいたい終わりかな、と思うと、そうではありません。一行は死者と負傷者を連れて、洞窟や不可思議な景色の中を「あの人たちの山」へと登ってゆきます。マリス自身の心の奥を迷いながらたどるようなこの最後の旅のあと、神域のような「あの人たちの国」に着き、「けもの」の浄化を見届けて…ここで前触れなく霧の中をすべり落ちて、現実に戻ります。
 マリスは何事もなかったかのように帰宅します。

  一度、ふりかえってうしろを見てみました。…浜の向こう、ずっと遠くに、体の細い人が、向こうに歩いて行くのが見えるの。ジェットサムかしら? そうかもしれないわ。あたしは手を上げかけましたが…でもあたしは手をふらず、その遠くの人が、光る砂浜の上を見えなくなるまで、じっと見送り、その人を待っているもののところへ行かせてあげたの。     ――『ふしぎな虫たちの国』

 冒険を終えた後の余韻と感傷。そして、いつもの町や家族の光景が、多くの体験をしたマリスの目にはなつかしくもみずみずしく映っているようです。これもまた、ファンタジーの効用のひとつ。

『別世界通信』 のおすすめ本の一つに挙げています。その他には、この本を読んだ人を私は知りません。
 作者はアメリカの精神科医・心理学者だそうです。あとになって私が河合隼雄の心理学にハマったのも、こんなところに原点があったのかも。





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Last updated  April 11, 2006 11:35:00 PM コメント(3) | コメントを書く
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