HANNAのファンタジー気分

HANNAのファンタジー気分

July 23, 2026
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 暑くて頭がぼーっとしてしまう日々に合う話、 長野まゆみ『レプリカキット』 。私が持っているのは単行本で、後で出た文庫本には 「螺子式少年」 という漢字のタイトルがついています。
 初期の長野まゆみワールドによくある、近未来の少年たちの物語。 『天体議会』 『テレヴィジョン・シティ』 を以前取り上げましたが、この本でも、少年たちは家族と離れて暮らしています。主人公百合彦、いとこの葡萄丸、友人の野茨(のばら)、相変わらず名前が個性的。
 離れていれば家族から解放されているかというと、そうでもなくて、野茨は休暇で訪れていた「ママ」がサテライトへ戻るのを、「義務」あるいは「習慣」から見送りに行きます。するとママは、野茨そっくりのレプリカを連れて宇宙船に乗りこむ。それを見て、

  「さすがによくできてるよな。まるで双子だろう。・・・彼(ヤツ)を見たとたん吐き気がした。・・・考えるだけで気分が悪くなる」     ――長野まゆみ『レプリカキット』

 母親が息子を私物化するためにレプリカを注文したのだ、と野茨は憤る。


 彼らの年齢は、どうも10~12歳ぐらいに思えます。いつも取り上げる、精神的自立を始めるプレ思春期の、心の揺れを、作者はとらえているのでしょう。
 アイデンティティが形成される途上で、いろんな自分(自我)がせめぎ合ったり分裂したり情緒不安定になる、いわゆる疾風怒濤時代。この物語のような”もう一人の自分(アルター・エゴ)”の出現は、それをファンタジー的に表したものといえそうです。同じような考察は、 内田樹 「響く声・複数の私」 で読んだことがあるし、今思い出したのは、 大原まり子『未来視たち』 に出てくる「分裂自我」。
 ドッペルゲンガーや臨死体験も、もう一人の自分を見るらしいのですが、共通するのはそういう体験をするともうじき死ぬ(かもしれない)、つまり死が近づいた時の現象だということ。
 少年たちも、子どもとしての自分がもうじき”死”を迎えて大人になる、その通過儀礼を体験中なのかもしれません。

 この物語にはあからさまな”死”はないけれど、舞台となる海沿いの白亜の町は、レトロで死んだように静まりかえっています。照りつける夏の強い日ざしや、沖合で発射されたロケットのきらめきなどが、まぶしくけだるく作用して、読んでいる方も頭がぼーっとして認知力が低下してしまいます。
 そんな夏の午後、百合彦たちは、空き家で、そこを借りたサーカス団の軽業少年たちに出会いますが、彼らもまた野茨そっくりで、レプリカだというのです。さらに、レプリカを狩るハンターがいて、どうも学校の教師の一人もそうらしい・・・

 あの先生、裏の顔があってさ、ヤクザなんだよ・・・などと、嘘っぽすぎる噂が、中学生のころ友人たちの間で面白半分に囁かれたりしたものです。そんなことを思い出しながら読み進むと、今度は、百合彦と葡萄丸の父親たち(兄弟)が彼らのもとを訪れるという報せ。何年も会っていなくて、特に葡萄丸の父は宇宙で遭難してずっと行方不明だったので、二人とも戸惑ってしまいます。

  ・・・父親の顔を思い浮かべてみたが、どうもはっきりとしない。
  「外見なんて不確かなものさ」


 おまけに野茨のママもまた訪れるというので、野茨はしばらく家出。
 百合彦と葡萄丸は父たちと対面しますが、葡萄丸は自分の父はレプリカだと言い始めます;

  「・・・誰かがぼくを哀れんでレプリカを寄越したんだよ。よけいなお世話だ」     ――同上書

 親子の会話もなく、気まずいなあと読者も思っていると、意外にも、二組の親子は、模型作りや卓上ゲームを一緒にしながら少しずつなじんでゆきます。父親たちは、本物とレプリカの違いになぜこだわるのか、「目の前にいる人物や事実を今の時点で信頼するかどうか」が重要なのではないか、と、年長者らしくまっとうな意見を述べます。人もモノも変わってゆき、不確かであるからには、自分の信じるものを信じるしかない、という達観は、いかにも大人ですね。
 そして葡萄丸は、レプリカかもしれない父と一緒に月へ行くことにします。
萩尾望都『A-A'』 を思い出します。事故死したヒロインの代わりに、彼女のクローンが現れたとき、恋人との関係は? というお話です。これも一種の”もう一人の自分”ですね。そしてこの話でも、恋人は「明日には愛せるかもしれない」「思い出は明日つくればいい」と考えるのです。自分に近しい人に自己分裂が起こったとき、とりあえず現実に対処するにはそれしかないのでしょう。

 ラストは、百合彦にも葡萄丸にもレプリカがいるらしい、という発見で終わります。煙に巻かれたような結末ですが、大人への道をみんな踏み出していくんだなあと思えば、なるほどですね。





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Last updated  July 24, 2026 11:36:55 PMコメント(0) | コメントを書く


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