ひこじいさんのブログ

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2014年12月11日
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大山誠一(歴史学者・専門は日本の古代政治史)は聖徳太子について、720年当時の権力者であった藤原不比等・長屋王などと共に唐から帰国した道慈らが、大宝律令で完成した律令国家の主宰者モデルとして、中国的聖天子像を描くために創造した人物像であったとして聖徳太子が存在したことを否定している。


六角堂で知られる頂法寺(ちょうほうじ)は京都市中京区にある寺院で、山号を紫雲山といい本尊は如意輪観音で西国三十三所第十八番札所である。

頂法寺由来によると、幼い聖徳太子が淡路島で唐櫃に入った一寸八分の黄金如意輪観音を拾って念持仏とした。

ある日池で水浴をするため畔の木の枝の間に如意輪観音を置いて、水浴が終わってから手に戻そうとしたが重くなって木から離れなくなってしまった。

その夜、「お前の守り本尊となってから、すでに7生が過ぎた。これからは、この場所にとどまって衆生の救済に当たりたい。」というお告げを夢で見たことからこの場所に伽藍を建てようと決めた。

お堂を立てる木を探していると、老翁が紫雲たなびく杉の霊木のありかを教えてくれたので、その材を用いて六角形の伽藍を建立し、念持仏の如意輪観音を安置したのがこの寺の始まりとされる。

寺号は紫雲山頂法寺だが本堂が平面六角形であることから、「六角堂」の通称で呼ばれている。

六角堂の創建は寺縁起類では飛鳥時代とされているが、1974年から2年間にわたって実施された発掘調査では飛鳥時代の遺構は発見されなかった。実際の創建は、10世紀後半頃ではないかと推定されている。

藤原道長の日記「御堂関白記」寛仁元年(1017)に、「六角小路」という地名が出てくる。このように六角堂の名前が最も早く出てくるのは、11世紀初めとされる。



頂法寺は華道、池坊の発祥の地としても知られる。
池坊の僧は、頂法寺の住持として本尊に花を供えることとなっており、花の生け方に別格の妙技を見せることで評判となっていたことが15世紀の記録に残っているという。

以後池坊は生け花の名手として知られるようになり、わが国最古で最大の会員を持つ家元となった。

聖徳太子が偶像で、創建縁起で587年とされる頂法寺創建もずっと時代が下がって推定10世紀後半とされるのであれば譬え聖徳太子が実在したとしてもこの寺を創建することなど可能なわけが無い。

わが国の「生け花」が頂法寺から興ったことには違い無いとしても、「池坊」の「池」で聖徳太子が沐浴したという言い伝えは牽強付会以外の何物でもないように思われる。

世に残る「…縁起」といわれるものには、後の時代になってから空想で作られた尤もらしい伝説や作話が多い。

六角堂の前を通る六角通りが、京都市と福井県を結ぶ主要道路のひとつである国道367号線と直角に交わっている。

何故か鐘楼は六角堂の門を出た、六角通りの右斜め前にある。





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最終更新日  2014年12月11日 11時41分54秒


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