ひこじいさんのブログ

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2015年12月21日
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中国元代(1351年頃)の劇作家高明の戯曲に、「琵琶記」がある。蔡伯喈と趙五娘の人生の悲哀を描いた、わが国でも良く知られた物語である。

「秀才の伯喈は新妻の趙五娘と両親を残して単身で上京し、科挙の試験を受け合格した。牛丞相に見込まれ出世した伯喈は、強引にその娘の入り婿にさせられてしまう。
伯喈の郷里では何年も凶作が続いて、食べるものさえ無くなった。しかし五娘は舅姑に孝養を尽くし義理親には米を、自分は糠を食べて飢えをしのいだ。
その事実を知り感動した姑は嫁と一緒に糠を食べたが、糠が喉に詰まって死んでしまった。やがて舅も、病気で死んでしまう。
自らの髪の毛を売った金で二人の葬式を出した五娘は、琵琶を弾いて歌を唄い物乞いをしながら伯喈を探す都への旅に出た。
牛丞相の邸の前に通りかかったところ、歌を披露するよう邸の中に招き入れられた。
五娘は牛氏に、わが身の境遇を打ち明ける。それを聞いて家の不幸を知った伯喈は、郷里に帰って喪に服するため辞表を提出する。
牛丞相の同意を得た伯喈は、五娘と牛氏をつれて帰郷し父母の墓の傍らに庵を建ててそこで寝起きし3年間墓守をして喪に服した。」

その中の「第三十一出 幾言諫父」に

とある。

「誰知好事多磨起風波」の「好事多磨」の磨は、「魔」と同じである。

好事にはよいこと・喜ばしいこと・よい行いの意味 の他に、風変わりなもの・風流を好むこと・物好き・風流な様子などの意味がある。

一般的には(こうじ)だが、好事に家が付くと「こうずか」と読む。その意味は変わった物事に興味を抱く人、物好きな人、風流を好む人となる。

この場合のように事を「ず」と読む場合には禅宗の雑務を行う者や、太政官の総裁局に置かれ庶務に従事した職員が弁事(ばんず・べんじ)と呼ばれた例がある。

高麗茶碗で白土にやや黄みを帯びたねずみ色の釉がかかり、淡紅色の円い斑紋が表れているものを判事(はんす)という。
李朝の半使(通訳)が、日本に伝えたのでついた名称という。半使・判使・判事・判司とも書く。

好事(こうじ)を使った成句にはその他に、好事不如無(好事も無きに如かず)がある。
その出典は「巌棲幽事」(明陳繼儒撰)で、たとえよいことでもそれがあれば煩わしいのでむしろ何事もないほうがよいとの意味。

「北夢瑣言」(五代孫光憲撰)にある「好事(こうじ)門を出でず悪事千里を行く」はよい行いはなかなか世間に伝わらないが、悪いことはすぐに遠くまで知れわたるという意味で使われる。


好事魔多しとは「良いことにはとかく邪魔が入りやすい」という意味で、良いことには邪魔が入りやすいから、良いことがあったからといって有頂天になってはいけないという戒めの意を含む。



「好事魔多し」の成句を知っている人は多いが、これを続けて読む人が大半である。「好事魔」では、意味が通じない。

出典を見れば理解できるように、読みは「好事、魔多し」である。
またこの場合の好事は「好きなこと」では無く、「良い出来事」の意味である。

人生は常に順風の中にあることはなく、逆風に遭って挫折する場合の方が多い。順風の時にこそ、逆風への備えをして置くべきなのは昔も今も変わらない真理なのであろう。







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最終更新日  2015年12月21日 06時53分49秒


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