


ただし 依代としての 門松の風習は平安時代 (794 ~ 1185) になってから行われるようになった宮中の「小松引き」を起源とする説からすると、万葉集にはすでに松を詠んだものが 75首 以上もあることを考えると 依代を由来とする説にも無理があるようにも思える。
日本を代表する松には、主に海岸地帯に生育するクロマツ ( 男松 ) と内陸で山林を構成するアカマツ ( 女松 ) がある。
どちらの松も手入れ次第で美しい樹形を作れるので、盆栽や庭園樹として重要されている。
特にクロマツは亀甲型にひび割れた荒々しい幹・垂れ下り気味の枝ぶり・葉の濃い緑などが好まれ、全国に名松と言われ樹齢 300 年を超える松が多く知られている。
全国名松 100 には入らないものの安芸の宮島には、一見の価値がある黒松が二株有る。
そのうちの一株は、厳島神社の出口を出た右側の大願寺の前にある。
大願寺の九本松と言われ、地際の 根元から幹が9本に分かれて直立する松である。
案内板では 明治時代、伊藤博文が植えたマツだとの伝承があるという。
後藤新平と伊藤博文が明治 40 年の9月 29 日、宮島の岩惣旅館で会談している ( 後藤新平伝「いつくしま夜話」 ) ので、宮島と伊藤博とは無縁ではなく実際に松植樹の事実があったのかも知れない。
「日本の巨樹・巨木林
中国・四国版」
(
環境庁
)
では、樹齢100~199年としている。
先端部分が折れていることもあり、案内板では樹高
30m
としているが実際はそれより低そうである。
大願寺左側の茶店の従業員も自然に一本が九本に分かれて成長したのか、纏めて植えたものが合体したのかあるいは接ぎ木したのか意見が分かれていると説明していた。
もう一つは千畳閣前の五重塔左側坂道を下る途中の茶屋の前に、「龍髯の松」と呼ばれる樹齢二百年以上とされるクロマツがある。
茶屋の前には樹高 3m に満たないような本来の主幹と見える松が直立しており、地際 70cm ほどの高さから坂の手すりに沿って上に向かって2本の枝が約 20m 、下にも 10m ほどの枝を伸ばしている。
その横枝からさらに上に出た枝が青々とした小さな樹冠を綺麗に並べており、あたかもその一つ一つが盆栽を並べたようにも見える。
因みに日本一の名松として知られる群馬県連取町菅原神社の「笠松」と呼ばれる樹齢 300年の クロマツは、「老之松」として知られ樹高 5m 、枝張りは東西約 35m ・南北約 26m とされる。
宮島塔の丘の「龍髭の松」は主幹から左右に伸びた枝を龍の髭に見立てて付けた名前だと言うが、その名前の妥当性はさておいて今まで見たこともない樹形で見事な松である。
後数十年もすれば、名松の仲間に入るのかも知れないほど見応えがある。
龍髭の松はこの樹の形から付けた愛称だが、「龍髭草」という薬草がある。ジャノヒゲの一般名で知られており、根が球状に肥大した部分を鎮咳・強壮・抗炎症に用いる。漢方では、麦門冬湯・清肺湯・温経湯ほかに配合されている。
この草の場合も、細い葉が龍の髭に似ているとして付いた名前だと言われる。
龍髭の松は料亭の細長い庭に植えられていたため、枝が長くなったとも言われているようである。
PR
フリーページ
キーワードサーチ
カレンダー
コメント新着