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鳩ポッポ9098

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2005.01.08
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テーマ: 白い巨塔(291)
カテゴリ: カテゴリ未分類
 皆様は、「白い巨塔」を見られたでしょうか。年末にダイジェスト版が放送されていましたね。鳩は、フジテレビの番組はあまり好きになれない物が多いのですが、このドラマだけは例外で、しっかりと見ていました。勿論、旧バージョンも見ました。


「白い巨塔」という作品のテーマは「医療に関する医者の怠慢と、大学病院における、悪しき権威主義」の描写でした。その意味で、山崎豊子女史が、前半部(財前が教授になり、一審で勝利)で、一度筆を止め、完結とされたのは鳩としては、正解だったように思われます。理不尽の描写は、理不尽な完結によってのみ、色を鮮明にする事ができるからです。しかしながら、世論はそれを許しませんでした。勧善懲悪調のストーリーを求める声から、山崎女史は、続編を書かれました。前半と後半で少しチグハグな印象があるのは、こういった経緯からだと思われます。そしてそういう、チグハグなイメージを弱める働きをしたのが、「柳原医師」と「亀山看護婦」、そして「東佐枝子」という存在です。彼らは、脇役ながら、ストーリー全体に働きかける影響には計り知れないものがあります。
 この観点で見ると、旧作は、彼らの扱いが非常に淡白かつ、一次元的であったと思います。財前が権謀術数を使って戦う様を描くのに腐心するあまり、彼らの行動は、悩みぬいてはいるものの、どこか直線的な物があります。対して、新作では、柳原医師の行動に対する批判も、別の科の同僚という、第三者から出ておりますし、佐枝子が父を「権威主義に凝り固まっていて、医者としての信念が無い」と言うと、里見医師がきっちりとその言葉に「東教授なりの信念があるはずだ」と答えている辺りは、細かい事ながら、「善悪二元論に拘泥しない」という態度、すなわち、旧作、並びに原作の構成に対する果敢な挑戦であったように思われるのであります。

 こう見てくると、「財前・里見」という、ライバル同志の描き方にも、旧作と新作では、違いが出てくるのは、当然の事です。新作の最終章の決め台詞、「無念だ」は、本当に前作との大きな方向性の違いだと鳩は受け止めました。これは、医者という職業に対するプライドと、それに基く、恥辱の念の表明であります。旧作では、自身が病む事で、財前は、里見に対し、自分の敗北と懺悔の気持ちを表明する事で、「勧善懲悪」が成立します。即ち、そこで財前、里見という二本の直線は、交わるという事になります。ところが、新作では、そういう構成にはなっていません。財前は、医者として、精一杯やっている、という事に関して、死ぬまで里見に対し、負い目を感じてはいず、ただ、同じ方向性を持ったライバルとして、その人間性を強く意識しているという構成であり、言わば、二本の平行線のような描き方であります。花森の里見に対する言葉「五郎ちゃんは、どんなに頑張っても里見先生には勝てない、といつも思っていた」は、新旧両作品にありますが、今までの趣旨から考えるに、その指す所は大きく違っています。
新作の方は、特に最終回に力を入れて製作されたのか、その深い哲学的演出に唸ってしまうような所が沢山ありました。鳩としては、絶対に新作の方がお勧めです。





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Last updated  2005.01.08 21:49:31
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赤い月@ Re:犯罪を生む犯罪(05/19) T○Sの学校に行こうで放送されていたマザ…
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