ゆうべカイロ日記

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カテゴリ: 勉強会
ここのところ忙しく、ブログの続きがなかなかかけませんでした。

で、前回の続きです。


オルタナティブは「代案」「代用」と約されます。
「もうひとつの世界」「もうひとつの選択」という意味で使われたりもします。

これから書く事は、どちらが正しいとか間違っているとかではありません、
しかし表現の方法でオーバーに受け取られる部分もあると思います。
あらかじめご了承ください。



前回の続きですが、
ほとんどの日本人は、日本での戦後からの教育を当たり前のものとして受け入れています。

「教育の基本スタイルはこれ!」と多くの先生方も生徒も親御さんも思い込んでいると思います。
でも、本当にそうでしょうか?
教育はこの形しかないのでしょうか?他の国はどうなのでしょうか?
という発想からの教育論が、今回受けた講義の大きいテーマです。

実際、他の国(この講義ではメキシコでした)では、
80年代のメキシコでの教育観は日本のそれとは全く異なるものだったみたいです。
(ここで80年代としたのは、現在はアメリカ資本が大量に入ってきて、
当時とかなり変わってしまっているみたいです。)


まず、時間の概念が全く違うようです。
●日本で時間とは・・〈時計の時間・永遠の時間〉
●メキシコで時間とは・・〈人生の時間・有限生〉


そのため、中心となる時間軸が
●日本では、スケジュールや時間割を重視するため〈未来中心〉
●メキシコでは、時間は限られた貴重な人生の時間なので今を楽しむ〈現在中心〉

授業の仕方でこのことを大げさに現すと、
◆日本では、今楽しむのを犠牲にして、実際に来るか来ないかわからない将来の幸せや成功のために、計画的に授業をする。

◆メキシコでは、時間は有限な人生の時間だから、今を精一杯楽しく授業する。楽しくノッてきたら授業はどんどん延長。時間割らしいものはあるが、適当にそのくらいの時間に担当の先生が来たら授業がはじまる。休憩時間は無い、疲れたら休憩する。そんな授業スタイル。
親や先生は子供達に「今」何が大切で必要かを考えて関わる。

こんな違いがあります。
どちらも一長一短ありますね。
くどいですが、どちらが正しくて間違っているかではありません。
教育は画一的ではなく、国によって、色々なスタイルがあるんだなぁと気づかされました。

国民の人生観と教育観はご存知のように多くがリンクしてきます。

では、なぜこのように日本と80年代メキシコで人生観が違っているのかを、それがどんな意味を持っているのか、次回書いてみようと思います。





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Last updated  2009.04.28 16:18:49
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