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知事1期目の平成20年5月、35年間連れ添った夫と離婚した後は、自らが宣言したようにまさに公務に邁進(まいしん)してきた。気力、体力、行動力はまったく衰えを感じさせなかった。それだけではない。関西広域連合での発言など彼女の思いは県政の枠をも超えていた。田舎の滋賀という地方行政に飽き足らなくなっていると感じていた。だから、「動いたな」なのだ。想定内とはいわないが、ありえない行動ではなかった。
しかし、気になることがある。原子力政策について嘉田知事が提唱しているのは"卒原発"である。この卒原発は元滋賀県知事で元官房長官の武村正義氏(78)が昨年6月、京都大学での講演で使った。「言葉の感覚として近い」と嘉田知事は武村氏に断った上で、以降、さまざまな場面で「滋賀から生まれた卒原発を広げていきたい」と訴えていた。東日本では静岡県三島市議の古長谷(こながや)稔さん(41)が使っていたが、関西では2人が先駆けだった。
卒原発は、代替エネルギー、安価なエネルギー供給、電力会社の経営が成り立つようにするなど課題を解決しながら原発依存を卒業するという意味だといった。「脱原発」でも「反原発」でも「非原発」でもない言葉に性急ではないしなやかさを感じていた。実際、昨年6月に原発依存卒業までの期間を嘉田知事に尋ねると「(代替エネルギー開発など)まだまだよちよち歩き。卒業までは何十年とかかる」と、40~50年後を見据えた現実的な回答をしていた。
ところが、ここにきて卒原発の使い方が変わってしまった。「できるだけ速やかに原発をゼロにする。見通しとして2022年を考えている」「子供でも義務教育9年で一つの方向が出る。『卒原発』のプログラムも、義務教育の9年を目指して変換していきたい」と10年以内の脱原発実現を目指す考えを嘉田知事が明らかにしたのだ。どうしたことだろう。
よちよち歩きが急に小学1年生になっているのも驚きだが、単位が取れなければ卒業できない。そんなことは学生でも知っている。課題が解決できなければ留年もある。このわずか1年半で代替エネルギー、安価なエネルギー供給、電力会社の経営など課題解決に向けての将来の道筋が見えたというのだろうか。そんなはずはない。冷静に考えればわかるはずだ。それとも、政権を取れば、それだけで単位を自然に取得できるとでも勘違いしているのだろうか。
考えを変えることは誰にでもある。ただ、性急ではないしなやかさに好感をもっていただけに今回の変化はとても残念だ。多くの県民が恐らく思っている。「嘉田知事らしくない」と。動いたはいいが、何かおかしな風に乗って、飛んでいってしまったようだ。(野瀬吉信)
小沢氏の処遇に関して、嘉田氏は28日、小沢氏が実権を握るとの見方に関し「外から言われる筋合いはない」とした上で、「これまでの永田町や霞が関の論理とは違う運営の仕組みを党に入れていきたい」と反論した。
ただ、嘉田氏は29日、「選挙後に改めて組織はつくらなければならない」とも指摘。選挙後の要職起用には含みを残した。
原発をめぐりどのような立場の人も、この事実を知る必要があるだろう。
外交カードが一つ足りない。核を保持する但識こそが現実的戦略なのである。よくよく現実国際世界(欧米世界)に眼を見開いて、大東亜戦争の教訓と経験と戦死した人々を無駄死ににしないようリーダシップある類い稀な資質と明確な目的意識とアイデアを持った首相(統治機構も『日本主義』では6年間の統領制にした方が国際社会へ政治的アピールもよいことが、「戦後保守主義」の政治家たちは分かっていないようだ)。
産経新聞によると自民党が第一党の勢いという。憂慮すべきは統治機構と戦後の似非保守主義だ。これからは中国と冷戦時代の到来で、元祖は秦の始皇帝がとった戦略の 『富国強兵』
のような、新たな交渉力、諜報力、経済力、技術力などの総合的「戦争力」を再構築して、抑止力強化による交渉力でしたたかに同盟国を多くした多角的平和の独自外交こそが、国家・国民のための『 日本主義
』政治が必須なんですが・・・。
←賛同されると更新意欲が増す癖あり。今回のこのお話は、これで「お仕舞いにさせていただきます」
「鳥インフル、本当の恐怖はこれから?」 2013年04月09日
「中国を敬遠する日本企業にインドが秋波」 2013年04月06日
「習近平体制に襲いかかる鳥インフルエン… 2013年04月05日