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この間のこと、夫の高校時代の友人でもある我が家のホームドクターが5年前から次男の症状を見て・・・ひょっとしたら膠原病かもしれない・・???良くなりかけたらまた寝込むの繰り返しでした。え~~~~っつ・・今までの症状・・慢性頭痛・疲れやすい・微熱・風邪の症状・突然頬に出た湿疹本人の自覚の問題か?親の責任か?学校の問題か?答えの出ない問いかけを続けていました。昨年の12月からパックを2日で1袋それからガードとスプリングを時々飲んでいましたが、飲みにくいとかまずいとか言ってやめてしまいました。まあちょっと様子をみようと思ったところ、膠原病かもしれないとの診断に・・先生のおっしゃるのには、治療法としてステロイドを投与し、悪化した場合は腎臓に障害がでることもあるとのことでした。”アメイズィング リザルト”の中で、膠原病の方のお母様の手記が載っていたので読み返したところ、やっぱり娘さんも最初は拒否していたそうです。身体の調子が悪いと受け入れにくいと聞いていましたが、やっぱりそうかって感じですね。もう一度チュアブルを試してみよう思います。雅代さんに出会えたこと本当に感謝しています。
2005.06.30
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この山合いの小さな村にかじかおじさんが住んでいました。日が暮れてほたるが乱舞し始める頃、かじかおじさんはやってきます。ほたるとかじかは大の仲良しです。ほたるくん、きみたちはいいね空を飛べて。それにきみたちの明かりで月が雲に隠れてもまわりが良く見えるよ。ああそうだね。僕たちはみんながそうして喜んでくれるのが好きなのさ。去年の台風で仲間がたくさん亡くなってさ。今年はちょっぴり寂しいけれど・・思いっきり飛ぶよ・・よく見てて・・空中宙返りだって得意なんだからさ。おじさんはかじかの鳴き真似がとってもうまいのです。かじかも仲間にしては”ちょっとおかしいぞ”って・・・へんな鳴き声をするそうです。”おいおまえよそものだろう!”って感じかな。私はかじかとかえるの区別っていまいちよくわかりませんが・・・かえるをスマートにした感じで高い声で鳴くそうですよ。10数年ぶりに見たほたるの乱舞。可憐で神秘的でした。それに最近、どこまで行っても川沿いがコンクリート護岸になっているでしょう?ここは自然がいっぱいでした。山そのものが庭ってかんじ???もう、心の底から嬉しくなって・・感激しましたね。mindyさんありがとう!!ただ歓迎しないお客様も居るのですよ。”ハブ”(毒があるやつです)”危ないから長靴を履いてけ”と・・・”まあ踏んずけなきゃ大丈夫”と言われても・・ねぇ私達が到着したときはバーベキューの用意がすでに準備されていて、近所の方達が集まってきていました。で・・このかじかおじさん来月から1ヶ月休暇をとってデンマークとグリーンランドへ行ってくるそうです。(もちろんテント持参で・・)ひょっとしてご近所でも名物おじさんかも・・
2005.06.28
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雨が降らないかな~~我が家のあじさいも水分不足で悲鳴をあげていました。・・・なので水切りをして茎を火であぶって一晩おくと元気になりましたよ。あじさいも元気なところを見て欲しいですよね。雨乞いをしたいところですが、mindyさんの日記でほたるが舞ってる様子を伺い・・私も見に行きたくなり、今晩ちょっくら行って来ます。それまで雨乞いはお休みです。
2005.06.26
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友人から苗を分けて貰ったのですが・・初めて花が咲きましたよ。どんな実がなるのやら・・・知りましぇーん・・今年はどうなっているのかしら?!我が果樹園はパワー全開です。
2005.06.25
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1本枯れてしまいお婿さん募集中だった我が家のオリーブに実がなりましたよ。わかりますか?中央より少し右上です。別の種類の木がないと受粉できず、あっても実のなりにくい木だそうですが、なんと実が付いたのです。蜂か蝶々がきっと運んできてくれたのでしょうね。ということで今日のランチはイタリアン。バジルのペースト(にんにくと松の実とオリーブオイルをミキサーにかけたもの)とアンチョビのパスタでした。
2005.06.25
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ヤスコさん ローンリードさん北海道には竹ってないのですか?笹だんごって聞いたことあるけれど笹たけのこって初めて聞きました。勤め先の同僚の奥様が”函館の人”なので帰ったときに採ってきたとのことでおみやげに頂きました。直径1cmくらいのかわいいたけのこでした。ホワイトアスパラガスを少し太くした感じかなぁ。とっても美味しかったですよ。
2005.06.23
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この間の日曜日友人の勤め先である会社に遊びに行ったら突然”鉢を作りませんか?”と誘われたので作ったのがこの鉢。如何かしら?かすみ草とピンクのミニバラとラベンダーのドライとナスタチゥムで飾ってみました。
2005.06.21
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初めて実を付けたのですよ。アプリコットです。もう美味しくって・・来年はジャムにできるくらい実がつくといいなぁ・・
2005.06.20
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机の上に飾っている花はレモングラス・ラベンダー・セージ・レモンバームです。
2005.06.20
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ここは、日本三大名園のひとつである後楽園を望む街区公園(石山公園)です。毎月第1と第3の土曜日に試験的に公共空間を利用してオープンカフェを開催しています。コーヒー及びハーブティー(マロウ・ハイビスカス)・黒豆茶を無料で提供しています。みなさんお近くの方はどうぞ遊びに来て下さいね。
2005.06.20
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今日は岡山市内の中心河川である旭川水域の清掃ボランティアに参加してきました。遠目で見たときは”綺麗じゃん”でも河川敷に下りていくとあるわあるわゴミの山。こうやって拾っても拾っても捨てる人がいるっていうのもね~私達がゴミを拾ってる最中にも車で遊びに来る人・・みんながモラルが無いとは思いたくないけど、ゴミは持って帰りましょう!!これだけダイオキシンの害が叫ばれているにもかかわらず、燃えかすの中から奇形のペットボトル。まだまだあるよ・・扇風機・看板(見晴らしの良い家 見学会)そんなとこ行くかい(怒)でもとっても景観の良いとこなんです。私達の財産ですからね。その後母が入居している施設へ・・この間私にも気の力があると確信し、母と一緒に入居しているおばあさんにハンドパワーで気を送ってきました。mindyさんに”家族以外に気を送っちゃダメ!!”って言われていたのですが・・その後おばあさんの記憶力がアップしたのは気のせいでしょうか!?その後友人の勤め先で見学会があるから来てみないと誘われ行って来ました。何の見学会?おー何か面白そうだぞぃ・・土で植木鉢を作りましたよ。my植木鉢・・・えーこんなに貰っていいのぉと言いながら・・見学会会場を後にしました。また誘ってね。
2005.06.12
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いらなくなったパソコン回収しま~す。最近古新聞古雑誌の回収車を見かけなくなりましたが、パソコンもリサイクル料がかかるご時世に・・・えー持って帰ってくれるのぉ~とばかりに表に出るとすでに姑が業者のおじさんをひきつれて凱旋。大事に持っていたパソコン。しかも4台も・・7000x4=28000円も得しちゃった。”またいらなくなったら取りに来てくれるのかしらん”と抜け目なく電話番号等聞けば言いにくそうにここの家とはあまり仲が良くない関係で・・とモジモジ・・内緒にしておいて下さいねと前置きして、実は義弟の別れた嫁さんの姉さんのご主人の弟だそうで・・そう言えばよく似てるわ。義弟とは離婚問題でかなり争い、離婚後義弟の土地で工務店をやっています。それも100mくらいしか離れていない場所でね。この間、義弟もブログを始めたというので早速訪問してみましたが、もっと人間的に成長してほしいなぁ。。とため息。。でも人を変えようとするより自分が変わる方が簡単!!と雅代さんに教えて戴き目から鱗でした。
2005.06.11
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私が癌の宣告を受けたのは3年前の8月のはじめ、手術は翌月の2日に決まりました。思いの外回復が早く1ヶ月弱で退院出来ました。退院した頃、マカオに仔猫が生まれて2週間くらいでしたがもう可愛くって・・・”きっと神様が私を癒すために送ってくれたプレゼントだわ”と思ったくらいでした。年末から兄の容態が急変し、生死を彷徨うことになります。このままでは100%の死が待っているという緊迫した状態でした。悪性リンパ腫瘍の恐ろしさを痛感しました。生きるためには幹細胞移植の道しか残されておらず、想像を絶するほどの苦しい治療でした。春には少し容態も安定しかすかな希望もありましたが、6月に55才の誕生日を迎えた翌月帰らぬ人となりました。この間二子山親方が癌でやはり55才で亡くなり、団塊の世代と取り上げられていましたが、兄もやはり団塊の世代・・・常に頑張り続けた人でした。”ゆっくり休んでね”また次の世でお会いしましょう。
2005.06.09
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彼女はしっかりもののお姉さんでした。
2005.06.09
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わんぱくで甘えん坊の彼は癌でママが亡くなり寂しくしているパパのもとへ貰われていきました。
2005.06.09
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マカオと仔猫たち
2005.06.08
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園内にて
2005.06.05
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英国庭園の中です。
2005.06.05
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昨日会社の研修で写真撮影に行って来ました。
2005.06.05
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先日ビルモンローさんにリーディングをして貰ったとき長男が家具職人になりたいのでデンマークの学校に行きたいというようなことを相談したら、ヨーロッパではデンマーク家具が良いけれどアジアでは日本の家具が最高だよ。日本の家具を勉強して海外に渡ればもっと独自のいいものが出来るよとのアドバイスを貰った。ニューヨークで活躍する和家具店経営者”花房寿夫さん”の記事が掲載されていたので紹介したい。彼のモットーは”デザインしない家具をつくる”だった。虫食い穴は、処理することなく開けたまま、形状も直線にカッティングされることなく、伐採したときそのままの形、さらに釘も使わない。ニューヨークで50年以上の歴史をもつ「MIYA SHOJI」は机、畳など日本家具を製造販売する。これまで納入した企業、個人宅の数は15万。値段は1脚3万ドル。人気の秘密は、自然の良さを活かしたデザインだという。素朴で質実な日本文化。これが他人の意思表示を自分の生活に持ち込みたくないという建築家や服飾デザイナー、アーティスト、写真家、さらには洗練された家具に慣れきってしまった人々の心を捉えたのだという。
2005.06.04
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今日ご紹介する本も不思議な出会いがありました。「孤高に生きる」の著者佐能正さんは小学校の同級生のお父様です。何故私の手元に舞い込んできたかというと、勤め先の会長が佐能正さんの奥様と同じ英会話教室に通われていた時に戴いたとのこと・・世間は狭いです。佐能正さんは昭和16年大東亜戦争が始まったとき軍医見習士官として南方戦場に送り出されたとたん米軍潜水艦の魚雷により撃沈され、海を漂流しているところをルソン島で助けられたり、その後ビルマに行くため乗せられた輸送船が敵機の空襲を受け、再びマニラ湾に放り出されたり・・・ついに軍隊の組織は崩壊し、最後の戦いは獣性をむき出しにした人間同士のいがみ合いだったと言います。彼は何度も死にかけプラスアルファの人生を救急医療に傾けました。私の父も終戦間際に負傷し、病院で終戦を迎えました。戦後日本は高度成長を遂げたが、たぶん父の心は癒されてはいなかったと思います。幼い頃の父の記憶は、短気で無口でした。そして口癖は”眠れない”と・・いつもうなされていました。勤め先の会社の倒産そしてその後肝臓を患いました。しばらくして縁あってお寺で働くことになりますが、その頃から顔色が良くなり周囲もびっくりするほどでした。その時”父は救われた”と思いました。晩年の父は優しく朗らかで可愛かったです。特に小さな動物や花が好きでした。佐能正さんの手記を読み、父もまた戦争の記憶を背中に背負っていたのだと思いました。今世界中の人々に平和が訪れますように・・祈りたいと思います。
2005.06.03
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