トレッキングのあとの温泉は最高~

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

yurihis

yurihis

コメント新着

どぴゅ@ みんなホントにオナ鑑だけなの? 相互オナって約束だったけど、いざとなる…
ドライブ好き@ 風呂入るのメンドクサイ! http://feti.findeath.net/35umlfw/ 今日…
チリチリ@ 次は庭で全裸予定w http://kuri.backblack.net/mkaqw-l/ ち○…
まさーしー@ なんぞコレなんぞぉ!! ぬオォォーーー!! w(゜д゜;w(゜д゜)w…
ヒゲメタボ@ クマたんと呼ばれてます(^^; 最近はこれが流行ってるって聞いたので …

バックナンバー

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月
2005年12月17日
XML
テーマ: 歴史を訪ねて(7)
カテゴリ: 昔を楽しむ
熊襲の穴 入り口



大好きな坂本竜馬さんや竹中半兵衛さんの時代も好きですが、実はもっと、もっと昔の頃が大好きだったりします。

今日の主人公は日本武尊。

霧島連峰麓の妙見温泉を車でいくと「熊襲(くまそ)の穴」という大きな看板が目につきます。

ここはハヤト族の祖先である熊襲の首領が住んでいたと言われている場所です。
熊襲の首領といえば大和朝廷に叛き、日本武尊が征伐したカワカミタケルでしょうか。

道沿いの看板のところから80mくらい登っていきます。
入り口は、かがまないといれない位の狭い入り口です。
はいる前に右手のスイッチを押しておきましょう。


洞窟内にはいると色とりどりの壁画が出迎えてくれます。
原色に彩られた壁画は、ま・さ・か・当時のものではないでしょう。
熊襲と呼ばれていたのは5世紀の頃ですからね。

しかし、入り口の狭いのですが中は思いのほか広いです。
100畳くらいはあるのでしょうか。
想像以上の広さに、想像外の壁画が現れてビックリします。
おくにはもっと広い洞窟があるそうですが、今は崩落していけません。
熊襲の穴 壁画


さて、ここで起こったという事件は・・・。

その頃、大和朝廷に逆らっていた熊襲を征伐にやってきたのが日本武尊ですよね。
熊襲の首領はカワカミタケルという大男だったということです。
日本武尊は単独で征伐したのですが、少々卑怯な方法だったとか。


しかし、カワカミタケルは瀕死の中で日本武尊に自分の名を贈ったそうですね。
それまではオウスノミコトだったんだそうです。
う~ん、だまし討ちに近い殺されかたなのに・・・。
理解できない・・・。

その日本武尊も父の景行天皇に疎まれて悲劇の英雄として名を残すことになります。

六観音池も深い緑色をした綺麗な湖です。

大和と熊襲の争いですが、その元はずっと遡り神代の時になります。
山幸彦と海幸彦の物語です。

この兄弟喧嘩に勝った山幸彦の末裔が天皇家・大和朝廷になり、負けた海幸彦の末裔がハヤトの民になったとか。

700年頃にハヤト族が朝廷に逆らい討伐されたと記録に残っています。
その時の首塚といわれる隼人塚も近くにあります。

山幸彦の御陵、お墓は鹿児島空港の近くにある上屋山稜です。
山幸彦こと彦火々出見命は初代天皇、神武天皇のおじいちゃんになります。
上屋山稜の紹介もそのうちに・・・





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年12月17日 19時07分18秒
コメント(6) | コメントを書く
[昔を楽しむ] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: