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今日、面白い本を読みました。「男は火星人、女は金星人・・・!」いえ、タイトルは別にちゃんとあるのですが、言ってることは、こういうこと。男と女の違いを大胆に分析してヒットした「話を聞かない男、地図が読めない女」という本がありましたよね。それの「オフィス版」というイメージです。オフィスパートナーとしての男と女の性質がどんなに違うかどんなにすれ違っているかどうしたらうまくやっていけるのかといったことが書いてありました。読んでみて・・・わたしは女だから、女について書いてある部分は「なるほど、そうかも・・・」と理解できるのですが、男については「ほんとにそうなの??」と、よく分かりません。でも、もしそうだとしたら、それを知っておくのも仕事をする上でちょっとは役立つかも?(全部当てはまるとは限らないので!!^^;) では、ここで男と女をどんな風に分析していたかご紹介します。<男は・・・問題解決請負人>男は、話をする目的を「問題解決のため」と捉える。何より重んじるのは、力、能力、効率性、行動、成果。男が興味を持つのは、自分が何かを成し遂げるのに役立つ情報。男の自己イメージは物ごとを成し遂げる能力によって決まり、成功は生み出した成果を基準に計られる・・・これに接した女はこう思う・・・問題解決をして欲しくて話しかけたのではないのに、テキパキと頼りになる態度をとったつもりで意気込んで問題解決に取り組まれ、迷惑~~・・・<女は・・・オフィス改善委員長>女が重んじるのは、支え合いや信頼、コミュニケーション。大きな成功をおさめるために、わかちあい、協力し合うことに充実感を覚える。わざわざ頼まれるまでもなく、助けの手を差し伸べたり、うまくいっているものにでも改善の余地があろうと取り組んでいく。・・・・これに接した男はこう思う・・・うまく行っていると思われる現状を変えようとされると、あなたは駄目だと言われた気持ちになる。頼まれたのでもないのにアドバイスされたら、自分では問題解決できないとレッテルを押されたようなものだ・・・男性のみなさま女性のみなさまいかがでしょう?ご意見聞いたら、え?そうなの?と、どきっとしちゃうかな。「オフィスのベストパートナーになるために」~男は火星から、女は金星からやってきた~ジョン・グレイ
September 30, 2004
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昨日、自分にとって豊かな時間というものを考えてみました。いろんな方からもコメントを頂いて・・・頭の中でなんとなくそれらを考えていた昨夜、ふと見たテレビで心に響く場面に出会いました。●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● 紹介されていたのは、とある地方都市にお住まいの老婦人。もう100歳になるという・・・お嬢さんと二人暮し、毎日のお料理やお洗濯といった家事はこの方がされているそう。おぼつかない手元ながら、生き生きとお料理をされていた。料理は楽しい・・・と嬉しそうに。旬の野菜や魚、素朴な素材で作られた料理が彩り豊かに盛り付けられていた。器にもこだわりがあり、全国各地で求めたお気に入りの器を愛しそうに使われていた。高級品ではないが、どれも土のぬくもりの感じられるような温かい器たち。優しい色合いのものが多かった。お友達を招待して、お料理を振舞われていた。野菜のオムレツ トマト添えクリームスープせりとナッツの和え物 ・・・どれもちょっとおしゃれで、個性があって、彩りも抜群だった。「美味しいといってもらえること、喜んでもらえることがうれしいです」こころからのホスピタリティと生きがいを持ってらっしゃる姿、そして生き生きとしたお肌が美しくて、印象的だった。涙を溜めているようにも見えた。●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● 豊かな時間だ、と思いました。たった二人の食事でも、こんなに愛しそうに料理されている姿。毎日の料理。ともすれば、ルーティンワークとして義務的になってしまいます。特にわたし、反省の意味をこめて・・・・「もっと、作る自分を楽しもう。」楽しめることを一つ、自ら義務に変えてしまっていたのかもしれません。たとえ腕は急に変わらなくても、今日からこころは違うはず(^^)。
September 29, 2004
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毎日、仕事や家事であわただしく過ぎる一日。時間に追われてる印象も、実際多々あります(^^;)・・・でも、同じ過ごすなら「追われてる」なんて感覚でいたくないですよね。時間に自分を支配されるのではなくて、自分が主導で時間を使っていきたい。そうやって、豊かな時間を過ごしたと感じたい・・・ふとそんなことを思います。 では「豊かに過ごす」って、どういうことなんだろう・・・どうしたら、自分にとって「豊か」だと感じられる時間の過ごし方ができるだろう。なんとなく考えて、思いついたのは・・・■すでに立てた計画■自分の中に知らずに芽生えていた「~すべき」、「~であるべき」という固定概念そういったものに縛られすぎないことから、始まるのかなという気がします。そして、「毎日の生活の中で、その都度自分の行動を『選んで』いく。」という感覚・・・例えば、まず計画が前提にあったとして行動を起こす時に、ふと・・・(予定外の)~~の方が楽しそう、~~の方がやってみたい、~~の方が重要度が高そう、~~の方が自分のためになりそう、~~の方がひとのためになりそう、と感じたら、もう一度考える。選んだ結果、やはり先に立てた計画や考え方がよい、と思えるときもあるかもしれない。そのときは計画通りにすることに、そのまま戻る。こういう過程を経て再び選んだのであれば、それが一番いいのかもしれない。でもそうじゃないときは、変更もよしとする。「変更を許す可能性」を選択肢に持つことで、心にゆとりが生まれる気がします。ハンドルの遊びのような、自分に対する猶予。こんなふうに、自分の行動をその時その時で「選んで」いったら、予想外のチャンスも逃さずにいられるのではないかな。思いがけない人との出会いや、意外な心地よい体験の機会にも、遭遇することができるのではないかな。●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●●予定外の道草をしたときも、計画どおりにばっちり行ったときも、それが自分で「選んで」進んだ道なら、そこにはやった意味があるはず・・・ぽっかりと時間が空いたり、立てこむスケジュールにつぶされそうなときにも、その状況にただ飲み込まれていかない。ふっと立ち止まり、今の自分を斜め上くらいから見る。進んでいくのはこっちでいい?今進んでいい?この速さでいい?そんなふうに客観的になり行動をもう一度「選ぶ」ことそれが、時間に自分を支配されないこと、自分が主導となり、豊かな時間を過ごすことにつながるなるのかな・・・と感じます。捉え方は、ひとによってさまざまあるでしょうね。みなさんは、どうでしょう・・・
September 28, 2004
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とくに普段から涙もろい、ということはないと思います。別れの場面などでは、どちらかというと、涙を浮かべている友人に「また会えるよ・・・」と笑って言っているタイプ・・・でも、どうしても弱い場面、というのがあります。それは・・・子のことを想う親の気持ち、親のことを想う子の気持ちが描写されているもの。ドラマでも、映画でも、本でも、新聞記事でも、実際の場面でも・・・例えば、親子の別れや再会、つれない親でも子が慕っている場面、子どものことを必死に守ろうとする親の姿など・・そういうものに触れた時、自然と涙が盛り上がってきてしまうのです。 まるでそのシーンの中の子ども、または親に自分自身がなったような錯覚に落ち入り、その場面で感じるであろう想いが、自分の中にあふれ出してきます。辛さと愛おしさが、生の感情のように押し寄せてきて、気付いたら泣いています。ニュースや新聞で、悲しい話を知ります。親は子を愛し、子は親を愛すこと、そしてそれが通じ合い、満たされ合うことがどれだけ不可欠なものか感じて止まず、やはりわたしは泣いてしまいます。自分が子どもを持ったから、というのもあるかもしれません。でも、もっと前からそうだったような・・・自分が親に愛されたいと、深く願っていたからかもしれません。わたしは長女で、手のかからない子といわれていました。十分愛してもらっていたと思います。でも、奔放な弟を見て、少しだけさみしかったのかもしれません。今日も、ひとつ悲しい話を目にして、涙がぽろん、出てしまいました。そばにいた息子が、急に目をクルクル回し、舌を出して、ピエロみたいに踊り出しました。どうしたの?と聞いたら、○○くん、面白いことしてあげるから!・・・もう泣いてない?って・・・・そんな姿に、また涙してしまうわたしでした。
September 27, 2004
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今日は、普通の「日記」を書いてみたくなりました(^^)。ひつじの普通の休日(土曜日です)を見たい方、どうぞ~。あさ・・・遅めの起床。9時でした^^;出勤日だったダンナさんは、すっかり一人で起きて出かけた模様。ごめんね、土曜日は「お弁当お休みデー」にしていて。(にしても、出かけたことすら気付かず・・・はは)ちょうど、ぶう(息子)も起きました。二人とも十分寝たので、ご機嫌♪朝ご飯はいつもパン。歩いて1分のパン屋さんは、とても美味しくて有名。普通の食パンでも、とても柔らかくて味わい深いのです~パンといれたてのコーヒー(ぶうはコーヒー牛乳)。ジャムは野いちご。ぶうはもちろん、大切なひつじのぬいぐるみ(ひっちゃん)にも、パンを上げてます。通りを挟んで向こうにある小学校は、今日が運動会。賑やかな音楽と、子どもたちの歓声、高学年の子のアナウンスが聞こえてきます。音楽は、ミスチルや森高千里、サザン・・・懐かしくて、つい口ずさんじゃう。デカレンジャーやトトロのテーマの時は、ぶうの出番!のりのりで、おどりつき。次々といろんなBGMが流れてきて?、何だか嬉しいね。さて、お出かけ。今日は、DVDを借りに行く予定。何のDVDか?それは、「ウルトラセブン」・・・いま、ぶうちゃんのマイブーム。30年以上?前にやってた、アレです。毒マムシ三太夫(何隊員だっけ)も、まだ20代です・・・DVDは12巻も出ています。もうほとんど借りたけど。家を出る時は、もちろんひっちゃん連れで。無事、第3巻を借り、ぶうちゃんご機嫌。DVD屋さんの向かいは、お花屋さん。ふと見ると、青年の樹の鉢がぽつんと置いてある。葉が結構大きくなっていて、もしかして売れ残ってるのかな。という雰囲気。しかも、根元には別の観葉植物まで生えてるから・・・・時間経ってそう。↓ なんとなく、これは、うちに来たいって言ってる??っていう気がして、買うことにしました。家にもって帰り、鉢が少し小さめだったので、一回り大きいものに植え替えました。すこし、かっこ良くなった!おひる・・・焼きそばをもりもり食べて、ぶうはDVD鑑賞タイム。わたしはちょっとお勉強。明日はキャリアカウンセリングの授業です。予習と復習を、しっかりしないとね。(しかし「セブン~セブン~セブン~♪」や、運動会の音楽が結構激しかった!)そのあとは、近所をちょっとお散歩。帰ってきたら、お昼寝・・・ZZZ(親の方がしたい)そうこうするうちに、ダンナさん帰宅!もう5時!そのあとは、ご飯、お風呂、とひととおりすんで・・・ぶうちゃん9時に就寝。のはずが、全然眠くないらしく(昼寝1時間半しちゃった)、10時頃まで布団でごろごろ。やっと大人の時間になりました。だんなさんは、ロード・オブ・ザ・リング2のDVD(4時間もあるらしい!)を見始め、わたしは本を読んだり、日記を書いたり。平和でした~神様ありがとう~~そうそう、こういう日の価値を忘れませんように・・・
September 26, 2004
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我が家の息子は、4歳児らしくいわゆる「ヒーローもの」が大好き!です。○○レンジャーとか、○○マンとか・・・毎日、真剣になりきっております(笑)。敵(必ず負けなくてはいけない)は、毎晩のダンナさんの役目(いたそう~)。その一方で、もうひとつとても愛して止まないものが・・・・それは、<ぬいぐるみ>!!さっきまで、ヒーローで「やーーーーっ!!」と勇ましい声を上げていたかと思うと、今度は、ぬいぐるみたち(複数あり・・・^^;)を優しく布団にねかせたり、ご飯をあげるまねをしたり、ほおずりしてみたり・・・びっくりするほどよく世話を焼いていて、一緒に寝るのはもちろん、自分の食事の時に隣に座らせたり、外出の時も連れていく程です。でも、たくさん外へ持っていくのは無理なので、いつも一つに絞ってもらっていますが(^^;)。そして、中でも一番のお気に入りは、ある動物のぬいぐるみ。それはちょうど、背中にひもがついていて、リュックとして背負える形なのです。だから、外出時には、ぬいぐるみが背中でぴょこぴょこはねて・・・かわいいわね~、と言われることもあります。でも4歳になった男の子で、ぬいぐるみを持ち歩く子は、あまり見たことがありません・・・いいのかな、と思いつつ、それでもこんなに愛しているのだから、彼に好きなよう~に、してもらっています。何かに愛情を持つのに、男の子、女の子の差を付けるのも、おかしいですしね。ところで、みなさんの息子さんは、こんなことありますか・・・?または男性の方、小さい頃を振り返って・・・?そういえば、思い出しました。うちのだんなさんも、子どもの頃から大切にしている小さなゾウのぬいぐるみ、今もこのうちに持っているのでした(^^)。子どものぬいぐるみ好きは、親譲り、なのかな・・・?あ、わたしも人のこと言えません。「相当」好きでした(*^^*)。ちなみに、我が息子の大切なぬいぐるみというのは・・・ ↑ひつじ、です(笑)。
September 25, 2004
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我が家にも、ご多聞にもれず新聞の勧誘がよく来ます。月に3~4回くらい?会社も人もまちまちなのですが、「勧誘の仕方」もそれぞれです。わたし「しばらく契約しているので、今日は結構です」勧誘「そうですか・・わかりました。では今度、機会があったらお願いします。」という方だと、「そうだな~、次回取ってもいいかな」と思います。でも、こんな人はほとんどいなくて・・・「今日は、どこそこ(少し遠方の地名)から応援で来ていて・・・」「今月末で契約の切れる方が多くて、なんとか新しい契約を取って帰らないと社長が・・・」「2年先でもいいんですが・・・」と、「泣き」パターンでくる人とか、「とにかくサービスしますから!」「お願いしますよ!」と強気だったり、なかには、「どうしてだめなんですか!?」なんて・・・・・・・こちらが断っているのに、それでもなんとかしようと言葉を続けられると、ますます引いてしまいます。最初に断った時よりも、ずっとずっと「取りたくない~!」という気持ちが強くなっています。どうして、こんな勧誘の仕方をするんでしょうか。相手に伝わらないどころか、次回の契約にもつなげられないとしか、思えないんですが・・・。●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●●相手が話に耳を傾けてくれるかどうかは、話の内容よりも、話す「ひと」をどう捉えているかによって決まるといいます。「話すひとを信頼しているかどうか」という「先入観」が、これからの話を素直に聞くか、それとも聞くことさえ拒否するか、に影響している部分が多いのだそうです。相手に話を聞こうと思わせる力、つまり影響を与えられる力、それを「メディア力」というのだそうです。新聞勧誘のマニュアルがあるのでしょうが、このやり方では、いつもいつもこの「メディア力」は下がる一方で・・・どうしてこんな方法でしかアプローチできないのか・・・疑問だらけ、です。●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●●そして、ふと自分の「メディア力」はどうだろう・・・なんて思います。ひとが話を聞きたくなるような、自分でいるだろうかあのひとの話なら、あまり聞きたくない・・・そう思われる振る舞いをしていないだろうかひとの目を気にしてばかりいることとはまた違って、単純に、不愉快な思いをさせていないか・・・それは心に留めておきたいと思います。
September 24, 2004
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昨日のわたしの日記に、12本の薔薇さんからこんなコメントをいただきました。~~~~私も、いまカウンセラーとして活動していますが研修を重ねている時に、夫の両親をふたり見送り夫の転勤も加わり、挫折しかけましたある”大きな出来事”が起き、”私の人生は一度終った!”というような打撃を受け・・この勉強の資格を何がなんでも取ろうと決心しましたいまは、あの時のエネルギーがどこから湧いてきたのか自分でも不思議なくらいです~~~~このコメントが、最近本で読み、気になっていた言葉とリンクしました。中国では「危機」という言葉は二つの文字で成り立っている一つは危険を意味し、もう一つは機会(チャンス)を意味しているジョン・F・ケネディ本当に「危機」と呼べるもの、そういものに出会った時、そのひとの力量がためされるのでしょう。苦しんでもいい、辛いと思ってもいい、それは自然なことだけれど、そこで終わらないで・・・・その時は・・・その時こそ・・・「危機」の中から「チャンス」を見つけよう出会った「危機」がもたらす、自分の成長に活かせる部分考え方次第で、それは見つかるはずない、と思ったら、ないけど、ある、と思ったら、きっとある・・・そしてそれを、無駄にしないでいたいそんな気持ちを、持ち続けていたいものです。
September 23, 2004
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ここのところ、ちょっとした「人生の岐路」に立っているように思います。(岐路、なんていっても、毎日はそもそも小さい岐路の連続かな?)わたしが岐路だと感じるのは、わたし自身の進路を考える時期に来ているからです。いま、わたしは学校に通い、「キャリアカウンセラー」になるための勉強をしています。学生、社会人、仕事をしている人、していない人、探している人、何もしたくない人、転職したい人、異動したい人、リストラにあう人、キャリアアップに苦しむ人、人間関係に疲れた人、自分の目標に迷う人、将来に悩む人・・・社会には、ますます悩める人々が増えてきています。そんな方々が、自分らしく生き生きできる道を見つけるためのお手伝いをするのが、キャリアカウンセラーの仕事です。まだ認知度も活躍の土壌も確立されていない分、これから重要な役割を担うことになろうと心を引き締めています。しかしこれもまた、いわゆる「職業」の一環・・・わたし自身がどのように、この仕事でキャリアを展開していくか?を考えなくてはいけません。先輩のキャリアカウンセラーにカウンセリングしていただきながら、わたし自身の方向性、計画を立てている真っ最中です。企業、教育機関、公的機関への就職のほか、独立、ボランティア、NPOなどなど数々の選択肢があります。将来を長く見据えた上で、ラフなプランを練ろうと思います。家庭生活への影響も考慮して、無理のない、しかしやりたくないことだけはやらない計画にしようと思っています。自分のこだわりに反するものだけは、どんなに条件が良くても、途中で苦しくてつぶれてしまいますから・・・考えただけでわくわくできるか?自分の良心と、そもそもこの仕事をしたいと思ったきっかけに反しないか?体力的に大変過ぎないか?そういったことから、決めて行くつもりです。決定は、まだしばらく先になると思います。でも、夢を叶えていくこれからの過程こそ、わたしに毎日のエネルギーをくれるもとになるでしょう。それを楽しみながら、あっちいったりこっちいったり・・・、少しずつやっていきますね。
September 22, 2004
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今日は、ちょっとした「振り返り」を・・・この日記を始めて、約1か月半。え?たったの1か月半??なにもなければ、この1か月半の間、何をしていたかな~と、思い出せなかったかもしれません。でも、日記と向き合ったこの期間、とても充実した素晴らしい時間を過ごせました。自分の気持ちを考えること。ひとの気持ちを考えること。夢を思い描くこと。これらを改めて、文字にすること。それが、こんなに自分に元気や希望をくれるなんて、想像していなかった世界でした。そして、来訪頂くいろんな方の言葉に励まされ、様々な個性ある日記からは新しい視点に気付かされ、PCの向こうの温かい気持ちをたくさん感じることができました。温かい気持ちや、新たな気付きは、薄く淡い色のベールのように一枚ずつわたしの心の上に舞い降りて・・・・いまでは厚みのある、えも言われぬ美しい布となっているようです。まだまだこれからも、みなさんのこころがわたしの生地をきっと美しくしてくれるでしょう。生かされているのだな、そう感じずにはいられません・・・ありがとうございます。ひつじ123
September 21, 2004
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今日は、「Planned Happenstance Theory(プランド ハプンスタンス セオリー)」シリーズの最終回でございます(^^)。昨日は、こんなキャリア展開ができる人が共通して持つと言われる「5つの特性」を書きました。それらがそろっていると、自分が生み出す勢いに乗って、次々とステップアップしていける、豊かな人生に近付ける、ということなのでしょう。でも、でもね。ここでわたしが思うのは・・・・またこの「特性」というものに縛られてしまうと、苦しくなっちゃうのではないかな、ということです。根っからこのまま!という人はいいのだけど、そうでない時・・・無理してこの通りにならなきゃ、ということはないと思うんです。それよりも、すでに今持ち合わせている特性をもっと活かそうと思ったり、好きなこと、興味のあることに関係した「おおまかな目標」を立ててみようとすること。そして、それを楽しむこと。楽しんで楽しんで・・・もっと楽しもう!そんな自由な気持ちでいれば、いいと思うんです。その自由な気持ちこそ、「素敵な偶然」を呼び込む一番の秘訣!とわたしは思っています! ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● 「Planned Happenstance Theory」理論について、わたしが参照した本をご紹介します。高橋俊介氏 「キャリアショック」宮城まり子氏 「キャリアカウンセリング」JMAM人材教育出版 「人材教育」(雑誌です) 2004年1月号~8月号 この雑誌には、毎回「Planned Happenstance Theory」をもとにした記事が連載されています。 偶然からキャリアを展開していった各界の方々のお話が載っていて、とても面白いです。
September 20, 2004
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さてさて・・・「Planned Happenstance Theory(プランド ハプンスタンス セオリー)」をいよいよ実践するためには、どうしたらいいでしょう?今日は、そのために必要とされている個人の「特性」をご説明しますね。●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● 次のような行動特性のあるひとが、自分にとって都合の良い「偶然(=本当は必然なんだけれど)」を引き起こし、キャリアアップしていける、と言われています。1.好奇心(Curiosity) 自分のうちに沸き起こる自然な好奇心を、そのまま受け止めること。そして、それが今の自分の目標に直接必要かどうかにこだわらず、素直に追いかけること。2.こだわり(Persistence) 自分の基本となる「価値観」には、こだわりを持つこと。それを簡単にくつがえしたり、あきらめたりはしないこと。3.柔軟性(Flexibility) 計画通りにものごとが運ばなくても、それにとらわれ過ぎないこと。それならそれで、やれることは何か考えること。予想外の展開もチャンスと考え、活かそうとすること。4.楽観性(Optimism) たとえ計画とは違う方向にすすんでも、自分のキャリアにとって役立つ部分や、素晴らしい成果があったと、前向きに捉えられること。5.リスクを取る(Risk Taking) 挑戦にはリスクも伴うかもしれない、という現実も受け止めていること。つまり・・・好奇心を感じることに目を向ける自分の根底となるこだわりは捨てない状況の変化を受け入れるま、なんとかなるさと思える多少のリスクも心の奥では覚悟してるよそんな柔軟で能動的な姿勢。これこそが、偶然をその場の偶然だけで終わらせない、つまり必然化する条件なのです。それはつまり、出会いたかった人に出会える。知りたかった情報を得られる。やってみたかったことに、挑戦できる。何よりも、もっと自分にあったキャリアや人生に出会える・・・・そういうことなのです。今たとえ大きな目標が持てない人でも、日頃の自分の心に従い、日々ポジティブ&柔軟に過ごしていれば、き~~~~っといいものに巡り会います!●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●●
September 19, 2004
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「Planned Happenstance Theory(プランド ハプンスタンス セオリー)」は、クルンボルツという学者の説いたキャリアデベロップメントに関する理論です。理論と言っても、知ってみると堅苦しい感じがしません。実生活になじみやすく、何よりも人生全体へわくわくした希望を感じられるもの・・・私にはそう感じられます。 ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● まず最初に目指すゴールを決め、それに向かってひとつひとつ計画通りに進めるひと、それもそれで素晴らしいと思います。しかし、実際の生活の中には予期せぬ出来事が起こり、計画を変えざるを得ない場面もあります。また、そもそも最初から、目標や計画があいまいな場合もあるかもしれません。そして、そういう状況の中にいると、自分のやってきたことに一貫性がないような・・・、仕事でも趣味でも、何の「プロ」にもなれないような・・・、そんな一抹の不安を感じたりすることがあるかもしれません。しかし、この理論の考え方では、自分らしいキャリアや人生を作り上げるために、「立てた計画通りに全てをクリアしていくこと」を必要としていないのです。それよりも、もっと大切なことがある。それは、「好奇心」と「それに基づいて行動を起こす」こと。意図的にキャリアを作っていかなくても、好奇心を持って、それにしたがって行動しているうちに、「素晴らしい誰か」に出会います。「心に響くもの」に出会います。それは、あたかも偶然のように思えるかもしれない。運が良かったようにも。けれど、元をたどれば、その様な行動を無意識にしていた自分がいたからこそ、そんな出会いを得られたのです。これは、自分自身で切り開いていった道なのです。 ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● ●● 自分の心に目を向け、興味の先はひとつにこだわらず、幅広く門戸を広げておく。その中で、ピンと来るもの、直感的に惹かれるものに正直に従い、より深く目を向けてみる。大きなことをしなくても、好奇心に従いちょこちょこ動いてみる。そうしているうちに、気づけばずっと先まで進んでいた自分に、はっとするかもしれません(^^)。次回は具体的に、こうなるためにはどのような特性が必要なのかをまとめてみます~。お楽しみに(^^)
September 18, 2004
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これからしばらく、「Planned Happenstance Theory」特集です(^^)。わたしが生きる上でとても勇気づけられたこの理論について、お話ししていこうと思います。「進み続けなさい。あなたの期待していたことが、偶然につかめるでしょう。座ったままで、偶然にチャンスを見つけたという話はこれまでわたしは聞いたことがない」これは、チャールズ・F・ケタリングという人の言葉です。偶然つかめる、なんていうと、ちょっと「タナボタ」的・・・!?人生そんなにうまくいくものかな、と思ったりしますよね。でも確かに、多少不安ながらも進み続けていると、何かしらの発見があったり、出会いがあったりして、少し前の時点よりもちょっと何かが変わっている。しかも、いい方向に。っていうこと、ありますよね。また、「自分が進み続けていく方向は、本当にこれであっているのかな・・・」と不安になることもあります。でも、何かを得たい、ちょっとでも成長したいな、という気持ちのもとに自ら行動を起こしている場合の多くは、たとえ小さくとも何かを得たり、誰かいい人との出会いがあったりすることが多いものです。これはわたしの見解ですけれど(^^)。そしてそれは、あたかも偶然の道筋上にあり、たまたま運が良くて出会えた!と一瞬感じたりするものですが、わたしはこれは「本当は偶然じゃない」と思います。これが、キャリアカウンセリングの新しい理論、「Planned Happenstance Theory」そのものです。仕事を含めた人生全体で、計画的な目標を着実にクリアしながら、一つの目標に向かって無駄なく進んでいく人もいるでしょう。でも多くの人は、まるで筏下りのように、流れの中で自分の興味や価値観を徐々に知りながら、何となく進んでいるのではないでしょうか?こういった流れの中で、自分をいうものを見つけ、どういう方向へたどり着きたいかを探っていく、そんなキャリアの積み方だってあっていいと思うんですよね。わたし自身、以前はゆれる流れの中にいることが不安でした。ちゃんと筋の通った一本の道を若い頃からまっすぐに歩いている友人を見て、わたしはこのままたいして何もできない人で終わっちゃうんじゃないか、と思ったのです。でも、そんなことはない!と「Planned Happenstance Theory」に出会って、すごく勇気が出たのです。(つ・づ・く・・・・)
September 17, 2004
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またまた、海外に語学留学中の学生の話です。今日もまた、その彼からメールが来ていました。昨日わたしが送ったメールに対する返信でした。昨日送った内容というのは、現在彼が留学中の大学から、わたしたちあてに来た彼に対する評価を、彼自身にフィードバックしたものでした。留学先大学側の評価というのは、まだ課題は多いものの、彼のモチベーションは素晴らしい。教えがいのある学生である。など、とてもいいものだったのです。彼はこれを知って、とてもエキサイトしていました。ますますやる気が出ました!嬉しい!悪いところはないんですか?それも知りたいです!と、さらに意欲を増したようです。わたしが取り組んでいるキャリアカウンセリングの世界でも、このように「プラスの経験を積み重ね、その行為自体への意欲的な取り組みを一層強めること」を「プラスの強化」と呼び、重要視しています。大人でも子どもでも、あてはまりますよね。なにかの行為を自分が行ったとき、それをひとから褒められたり、いい成績などの結果を手にしたら、ますますそれをやろう!!と思うこと。自然なことですね。これを活かし、意識的にまわりにプラスの強化を与えることによって、周りの人たちが活気づいてきます。(もちろん、お世辞や過剰な内容ではなく、真実に基づいていることでなければなりません)自信ややる気に満ちていくひとの顔は素敵です。それがまた、わたしにもエネルギーをくれています。家族も、友人も、職場の仲間も・・・そうやってお互いに高め合いたいですね。
September 16, 2004
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海外に留学中の学生から、近況報告のメールが来ました。英語はあまりできないままで向こうへ行ったので、ちょっと苦労している様子・・・それでも、積極的に質問したり、課外活動に参加したり、頑張っているようです。メールの文章も明るく、彼の前向きな性格が表れていました。向こうの大学の担当者からは、彼についてこんなレポートが届きました。・・・He is not reluctant to take risks that may lead to language mistakes and this will ultimately increase his confidence in speaking.決して、現時点で「優秀」ではないんです。でも、ミスを恐れずとにかく話そうとする、ひとと関わりを持とうとする・・・そんな彼について、現地担当者も、彼は教えがいがあると素晴らしい評価をしてくれています。ただでさえ慣れない海外という環境、しかもまだうまく言葉が伝えられないという状況で、「ミスを恐れず積極的になる」というのは、想像以上に大変なことでしょう。それでも取り組んでいこうという姿勢は、担当者も言うように、きっと大きな自信へ結びつくに違いありません。きっと彼は、大きく成長して帰って来るでしょう。今からとても楽しみです。 また、こんな彼の姿勢に、わたしたちスタッフも大きな励みを感じます。昨日の日記にも書いたのだけれど・・・ひとの前向きなエネルギーは、回りに波及します。ひとが活き活きしいていることは、本人は自覚していなくても、周りにも元気を与えるものだと、ひしひしと感じます。そうやって人知れず、誰かは誰をに元気を与え・・・ひととひとは、つながっているのですね。
September 15, 2004
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長かった大学の夏休みも終わり、今日から一斉に学生たちが大学へ戻ってきました。しばらくひっそりとしていたこの職場も、急に学生たちのにぎやかな声で、息を吹き返したようです。今日から始まったばかりだと言うのに、わたしの職場である留学担当部署にも結構な学生がやってきました。みな、次の春休みや、来年の夏休みに留学に行きたい学生たちでした。どんな制度があるのか、手続きはどうすればいいのか、単位はどのくらいもらえるのか(現実的)・・・興味津々で聞いてきます。最近の学生は、正直言って、ご想像通りとても幼い感じがします。これでもうすぐ社会人になって大丈夫かな・・・と思うような学生もいます。確かにそうだけれど、自分だってほんの10年前は、世間知らずな子どもだったに違いない・・・そう思うと、そんな学生たちを責める気にはあまりなれません。「しっかりして~」と思う反面、「頑張ってね!!」と温かい気持ちで心の中のエールも送っています。とくに、留学相談に来る学生は、「希望」を抱いた学生たちがほとんどです。熱心で、明るくて、多少あいまいではあっても夢や目標もある。エネルギー、という言葉がぴったりかも知れません。それは、綿密な計算や計画のされたものではありません。まだ輪郭のぼやけたもの・・・不安定なものではありますが、大人の計画的で用意周到な夢とはまた違う、みずみずしさを感じます。留学は、目的ではありません。それを通して、彼等が何を考え、何を経験し、何を得るか、・・・そういったことの手段の一つに過ぎないと思います。そうやって、いまはほわほわした夢を、少しずつ形あるものにしていってくれたら、と思っています。また、彼等の青いエネルギーのそばにいることで、わたしも日々元気にさせてもらっています。ひとは、エネルギーを自ら持とうとすることだけでなく、エネルギーのそばにいる、ということからも、新しい刺激を得られるんですね。
September 14, 2004
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一日の仕事を終え、家で4歳になる息子とじゃれて遊んでいると、時々「しあわせだねえ~」と言う時があります。わたしが、ではなくて、子どもが、です。こんな小さい子でも、いっちょまえに「しあわせ」なんて言ったりするんですね。ちょっと可笑しく思いながら、わたしもほのぼのした気持ちになります。今日子どもがそう言った時、「しあわせって、なに?」と聞いてみました。息子「んんん・・・、とーとと、かーかと、○○くんがいること」(とーと=父親、かーか=母親、○○くん=息子、です)子どもの言葉ながら、まさにその通り・・・真髄をついてるな、と感心しました。シンプルで、そして欠かせないもの・・・ちゃんと子どもだって、気付いているんですね。大人の方が煩悩が多い分、「しあわせ」というものを複雑にしてしまっているのかもしれませんね。 幅広い視野で物事を見たり、新たな目標を持ったり、今より上のレベルに挑戦したりすることは、大切なことだと思います。そして、あれが欲しい、こんなことができるようになりたい、人に認められたい、・・・ひとそれぞれ求めるものがあり、それがあれば今よりしあわせになれる・・・と思ったりもします。でも、それがないから不幸なんだ、と思ってしまったとしたら、そう思ってしまったことが本当の意味での不幸の始まり、なのではないかと思います。上を目指すのは素晴らしいこと、でも、真に上を目指す人であれば、それは終わりがないはずです。これでもう全て満たされている、これ以上何もいらない!なんていう状態はないのではないでしょうか。どんなに理想に近付いても、常にまだ先はあるはず。しあわせの「ゴール!!」、なんてないと思うのです。そうすると、真にしあわせを感じるということは、「自分には足りないものがある」ということをそのまま認めていることではないか、と思います。ある「何か」は足りないかもしれない。けれど、しっかり満たされている部分だってある。そして、足りないものがあるからこそ、明日への希望と意欲が持てるのではないかな・・・と感じます。
September 13, 2004
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今日は学校の日。わたしは、割と早く教室に到着します。総勢16人なので、そんなに人数の多い授業ではありませんが、始業の時間近くなると、次々とクラスメイトが挨拶しながら入ってきます。既に座っている私たちも、「こんにちは」と言います。そのひとの方を見て。 それにしても、入ってくるひとたちの挨拶の仕方は、ひとそれぞれですね。ざっと全体を見て「こんにちは」、と言うひと。「こんにちは」と言いながら、目線は下を向いたり、席を探しているひと。声も小さくて、気まずそうにささっと入ってくるひと。まだそれほど仲良しというわけでもないので、気まずさや照れや緊張があるのでしょうね。そういうわたしも、ちょっと緊張しているところはあります。そんな中で、感じがいいなと思うのは、そこにいる、全てのひとの顔をちゃんと見るひとです。一人ずつに「こんにちは」とは言わないまでも、なんとなくひとりひとりに会釈をして。返すこちらも、気分がいいものです。逆に、挨拶しているのにこちらをちらりとも見ないひとは、ちょっとさみしく思います。こういうことは、毎朝の職場や、いろいろな集まりでもある風景ですよね。一日をこれから始めましょう、というときに、視線を合わせて挨拶できたら、そうでない時より相手に好意を持って接することができるような気がするのは、わたしだけでしょうか?ほんの一瞬の、ささいなことですが、受け取り手の好感度は結構違うような気がします。大勢のひとと会う時、挨拶はいっしょくたにしない。やってみると、返ってその後は自分自身も堂々と、気持ち良くいられるものです。またある同窓会で、とても懐かしいメンバーと会うことができました。彼は遅れてやってきたのですが、「久しぶり!」と笑顔で言って、全員に右手を差し出したのです。久しぶりに会うひとと握手をするのは、少しどきっとしました。でも、彼が再会を喜んでいることが自然に伝わってきたので、こちらも嬉しさが込み上げてきました。挨拶は一瞬のことだけれど、相手の心にはとても残るんですね。
September 12, 2004
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今日は、ちょっと忙しい一日をすごしました。午前中は、子どもの保育園で「敬老の集い」という行事があり、ダンナさん方のお母さん、わたしの両親も一緒に出かけました。子どもたちの歌や手話などの出し物を見せてもらって、お昼頃終わり、そのあと家族で食事会。それからわたしは、大学時代のサークルの20周年記念パーティーのため、電車を乗り継ぎ2時間かけて某ホテルへ(150名くらい参加していました)。夕方終わって、電車で帰宅。ご飯を食べひと段落・・・と思ったら、明日は学校でテストがあるため、これから勉強しないといけないんです!フル活動中・・・この忙しい中で(頭の中は、ずっとテストのことが引っかかっているのですが)、この日記を書いているわたし。昨日書いた、何かで頭をいっぱいにしすぎないこと・・・を実践中かな。焦ってきりきりすると、その方がずっと疲れます。テストではいい点を取りたいから勉強はすごくしたいと、今週ずっと思っていました。でもそれを気にしたら、保育園の行事も楽しめない。同窓会もパスしたかも。勉強はこれから、頑張ります(^^)それは、100点取るつもりで。でも、楽しみたいことの前では、割り切る!そうでないと、勉強が辛いだけのものになっちゃうものね。
September 11, 2004
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今日ひろった、いい言葉たち。何かあっても、そのことだけで頭をいっぱいにしないでほんの一歩ひくだけで心にゆとりが生まれます慌てたり、怒ったり、悩んだりする前に、ちょっとだけ間をおいてみたら、意外とたいしたことじゃなかったり、しますよね。どうしたらいいのかわからなくなったら、 「こんなとき、どうする自分が好きなのか」を 考えればいいどうすれば、満足できるんだろう?心地よくいられるんだろう?納得いくんだろう?自分を見つめる一瞬は、自分のために生きてくる。それが少しずつ積み重なると、もっといい自分になれそう。
September 10, 2004
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このごろ、子ども向けのキャリア教育が行われ始めている、という話を聞きます。例えば、グループで会社設立体験をしてみるとか、お父さんの職場見学など・・・フリーターやニートの増加が問題視されている上、少子化問題も相まって、この後の日本を支える人材の質と量はどうなって行くんだろう・・・確かに考えますよね。自分のことを振り返ってみると・・・大学を受験する時=まだ自分のなりたい職業についての認識はあいまいで、何をしたいのか、はっきり見えていませんでした。大学を卒業する時=そこでも、まだ「なんとなく・・」しか見えていなくて。それで、ひとと同じように就職活動をし、入社した商社で事務をすることに。子どもの時、一番なりたくない!と思っていた「OL」ってものに、なってるよ~・・・と初めは感じたものでした。「OL」ってつまらなそうで、それにだれにでもできる、なんて思っていたんですね。 しかしやってみると、そこには新しい世界、知識が溢れていて、目の前の業務はルーティンワークではあっても、その向こうに見える大きなものや、人の素晴らしさなど、感じられることはたくさんありました。ここをスタートに、「仕事をする」目的のお金以外の部分、つまり、包括的に言ってしまえば「自己実現」のために仕事ってするものなんだ!ということ、を知って行くことになりました。だけれども、その時すでに24歳。できるなら、社会人スタートの前に、多くの情報や、知識、将来への希望や目標を持っていられたら、もっと将来に活かせるものを学生のうちから勉強できたり、社会へ出ることに対する意欲も培われたのでは、と思わずにいられません。だいたい、この世の中にある職業、つまりどんな「選択肢」があるのか、ということさえ、分からなかった気がします。知らないと、選べない。だから、知っている中で選んで行くしかない。とても少ない、選択肢の中から・・・社会経験を積む中で、見えてくる仕事への適性や興味ももちろん存在すると思います。事前の準備だけで、それらを予測しきることはできません。経験の中で、いろんな偶然の出会いが重なって、自分らしいキャリアができていくというのが、実際のところだとは思います。しかし、事前の準備がなさ過ぎるのはどうでしょうか。世の中には、こんなにいろいろな職業があるんだよ。自分は、どういったことが得意なのかな。どういうことが、嬉しいのかな。どういったことが、辛いのかな。どうしたら、やってみたいことができるようになりそうかな。・・・・やはり、ある程度の年齢までに、大人が手助けし、考え始めて行くことは必要だと思います。それは、将来を一つに決めてしまうためじゃなく、こんなに可能性があるんだ!こんなに面白ことがあるんだ!こうやったら、それができるようになるんだ!ということを、知ってもらうためです。そして、若い人たちが働くことを楽しみに、社会人スタートができたらと願っています。
September 9, 2004
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昨日から3日間、いつもの仕事がお休みです。(あ、もしかしてちゃんと言ってませんでした。某大学で、学生の留学を担当してます。)でも家にいても、たまっていた?在宅の仕事をやったり、結局は働いているのですが^^;(これも言ってませんでした。ちょっとしたDM、パンフなどのデザインを依頼され、たま~~にやってます)それでも、時間に融通が利くので、楽しみながら♪家での仕事をやってます。美味しいコーヒーを自分のためにいれ・・・お気に入りの音楽をかけ・・・ま、その程度ですけれど(笑)ちなみに音楽は、むかし山下公園を歩いていて、路上で売っていたちょっとレトロな雰囲気のfrench music・・・ここはパリのアパルトマンじゃないけれど、気持ちだけでもパリジェンヌ。(気持ちだけ、ね^^;)そしてこういう日は、いつもより少し早めに子どもを保育園に迎えに行きます。いつも5時~5時半のところ、4時半くらいに。たった30分の違いですが、うちの子どもはにっこにこで飛びついて「今日、お迎え早いね~!」と喜びます。そしてわたしも時間にゆとりがあるから、少しそのままそこで遊びます。他の子も、まだほぼ全員残っています。みんなで一緒におままごとしたり、お絵描きしたり、粘土したり。そんなに長くはできないのだけど、ちょっとだけでも子どもたちと遊ぶと、ほんと~に癒されます。どの子もみんな、かわいい~(^^)遊ぶことで、すごくほんわかした気持ちにさせてもらっています。思えば、仕事をしていると、平日に家で子どもと向き合って遊ぶことってなかなかできません。ご飯食べて、お風呂入って・・・としていると、あっという間に寝る時間。でも、ちょっとだけでも、一緒に遊びたいな~と思っています。毎日じゃないけれど、子どもと一緒にかるた(マイブームらしい)をしたり、本を読んだりすると、本当に嬉しそうにします。「また明日もしようね」といつも言います。ああ、一緒に遊びたいんだな・・・と感じて、ごめんね。という気持ちになります。そうだよね、遊びたいよね・・・もっと、遊ぼう。わたしも、遊びたい。ごめんね、ぶうちゃん!(うちの子の我が家での愛称、です)あら、いつのまにか、懺悔の日記に・・・^^;
September 8, 2004
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ここ数日、わたしがよく出会う「言葉」があります。それは、「与える」という言葉。興味を持って読み始めた本だったり、ひととの会話の中だったり・・・ふと、気付くとよく目の前に現れるのです。そこで言われている「与える」ということへの考え方は、「どんどん、ひとに与えましょう」というものがほとんどです。では、ひとに与えられるものとはなんでしょう。わたしなりに、考えてみました。自分の持っているもの・・・例えば、知識例えば、ノウハウ例えば、ちいさな気付き例えば、共感例えば、支え例えば、勇気を出した経験例えば、泣いた経験例えば、感動した体験例えば、あなたのことを考えていますよ、というサイン例えば、一緒に歩きましょう、というメッセージ例えば、友情例えば、愛情・・・もっと、あるでしょう。そのひと、そのひとが、きっとさまざまな、そして、他のひとにとって、とても価値のある「ギフト」を持っていることでしょう。 「与えること」は、自分の持っているものを減らすことそう思ったこともありました。以前のことです。でも、そうではないと。与えてしまっていい、惜しみなく、出せるものは出してしまっていい。相手が、喜んでくれることなら。そう思ってからの方が、ずっとずっと自分が楽になりました。出したいと思えるものを出せた方が、楽です。出していいんだ、与えていいんだ、そう思った方が、心にフィルターを作らなくていい。自由な風のように、相手への気持ちや自分の良心を解き放たつことができる。出し惜しみを計算する方が難しく、気持ちも尖ってきます。そして、外との壁が厚くなり、世界が小さくなっていきます。「与える」という言葉が、わたしの回りにちらちら姿を現すということは、それがいま、わたしに投げかけられている神様からのメッセージなのでしょうね。
September 7, 2004
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私の朝は、お弁当作りから始まります。だんなさんの分と、私の分と・・・例外にもれず、私も朝起きるのは得意ではありません(^^;)。でも、6時にセットしためざましがなったら・・・「よしっっっ!!」気合いを入れて、がばっと起き上がります。この、最初の「がばっ!」が、大事。それがないと、ずっとだ~らだ~らして、「二度寝」の世界へ行ってしまいます。もちろん、だんなさんとちびっこは、まだぐうぐう寝ています。さて、起き上がってしまえは、もうあとはこっちのもの。半分頭は寝ているし、目もちゃんと開いてないかも?しれないけど、ひとまず台所に立って、お弁当箱を広げて、冷蔵庫を開けて、使う食材を取り出して・・・もうあとは、なぜか勝手に体が動いてる状態です。20分したら、しっかり目は覚めて、お弁当も完成!「あさよ~~!」と二人を起こしに行きます。休みの日には、起こしても起きない私?が、なぜお弁当の朝だけは起きられるか!?それはやっぱり、「お弁当を作らないといけない!!」という使命感だと思います。使命感、なんて言うと大げさだけど(^^)でも・・・仕事=楽しんでやってる♪勉強(学校)=もっと楽しんでやってる♪日曜日=だんなさんが子供と二人で留守番して、その日の洗濯や夕飯を準備したりしてくれている♪掃除=朝出かける前わたし(簡単)平日の夕飯=帰ってきてからわたし(簡単)・・・・となってくると、「これはちゃんと、やってるよ」というものが何か一つくらい欲しい・・・という変な義務感でしょうか。これくらいはやらないと、「真の手抜きびと」になってしまうんじゃないかと。それに、仕事をしているのにお弁当も作って偉い!なんていわれますが、やってみると結構そうでもないんです。だって、台所にさえ立ってしまえば、なんだかんだ、できちゃうものですから(笑)。ただ、一番のポイントは、「がばっ」と起き上がるところ。それだけできれば、あとは頭が寝ていても?できます。(火気には注意・・・^^;)何ごとにでも、あてはまることですね。●最初の、勢い。●それと「やる!」と決めた強い意気込み。それがあれば、流れが自然にできて、物ごとはすでに始まっているんです。慣性の法則みたいですね。PS ときどき「がばっ」が足りず、起きられなくてごめんなさい・・・
September 6, 2004
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涼しい空気が、秋を感じさせるようになってきましたね。温かいコーヒーがひときわ恋しくなる季節です。学生時代までは、コーヒーは苦くて美味しいと思えなかった私です。でも、数年前に本当に美味しいコーヒーに出会って、それからはブラックで頂くようになりました。豆は、バリやマンデリンなどの、酸味がなく苦味の利いたストレートのものが好きです。ふとくつろぎたい時に頂く一杯は、なんともいえないリラックス感を与えてくれます。しかし、コーヒーがもたらすのはリラックス効果だけではないようです。ある実験によれば、カフェイン入りのコーヒーを飲んでから計算問題に取り組んだ場合と飲まないで取り組んだ場合では、前者の方が正解率が高いということです。カフェインによって脳が刺激を受け、集中力が高まった結果なのでしょう。また、落ち着いて勉強できるような安定した心の状況を作り出すためにもコーヒーは有効に働きます。コーヒーの苦味、酸味、香り、温かさは人の心にゆとりを与え、イライラを取り去ってくれるのです。勉強や仕事の合間に飲む一杯のコーヒーは、心身のリフレッシュだけではなく、能率アップを促すためにも有用な一杯だといえそうですね。コーヒー党の方の、お勧めの一杯も伺ってみたいです。
September 5, 2004
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学ぶ心さえあれば万物すべてこれわが師である語らぬ石、流れる雲つまりはこの広い宇宙この人間の長い歴史どんなに小さいことにでもどんなに古いことにでも宇宙の摂理、自然の理法がひそかに脈づいているのであるそしてまた、人間の尊い知恵と体験がにじんでいるのであるこれらのすべてに学びたい松下幸之助小さな栞に書かれていた言葉です。目の前に起きること、TVのニュース、人との何気ない会話、子どものちいさなひとこと、道に咲く花・・・わたしたちの回りにあるもの全て、わたしたちに何かを教えてくれます。本当にちょっとしたことかもしれないし、同じものを見ても人によって学ぶことはちがうかもしれない。それはそれでOK。大切なのは、何からでも学べることがある、と気付いていることではないでしょうか。そう思って見渡したら、いつもの生活がまた新鮮に見えますね。マイナスなことが起きても、これもまた自分に何かを気付かせてくれる指標と感じられます。生活でもビジネスでも趣味でも、全てが学びの場だと思ったら・・・・「その先に何があるんだろう?」「これを学んだらどんな自分に出会えるんだろう?」・・・・ますますわくわくしますね。
September 4, 2004
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今日はちょっと、昔話を。今はこうして「ひとを支援する」ことを目指している私だけれど、ずっとポジティブ思考でやってきた訳ではない多分こうなったのは、一度かなりつらい時期があったから、かな・・・新しく飛び込んだ仕事の世界そこにあったのは、抱いていた夢や理想と、あまりにもギャップのある現実こんなことをするために、私は皆にあたたかく見送られ、激励され、ここへやってきたの?後悔と、意地と、プライドと、プレッシャー・・・その時の私は、嫌な感情にがんじがらめになっていたどんどん、苦しくなっていった新しい職場では、いつも元気にこにこして、愚痴も、悪口も言わない誰にでも受けがいいだけど、本当は違った一歩外にでたら、ぐったりと肩の力が落ちた足取りが重かった電車の窓に映る、自分の姿が大嫌いだったもう誰にも会いたくない、特に前の職場の人には・・・ココロは、体にも影響した食生活が、偏っていった来るべきものが、来なくなったそのときは、苦しい「感じ」はしていてもイライラするのがなぜなのか考えもできなかったましてや、解決策などそれでも、転機はやってきたほんの僅か、ココロの片隅に残っていた夢を見る気持ちが行動を起こさせたまずは、仕事を離れ・・・そこから先、いろいろなことが流れた異国へ渡り、一人になり、家族ができ、気付いたら、私はもうどん底にはいなかったものごとを、ふつうにいや、ふつう以上にあたたかく、前向きに、やさしく、とらえたいそんな私がいたむかし私を苦しめていたプライドやプレッシャー、意味のないものだったことが今なら分かるだれも、ひとのこと、そんなに気にしてないのにねみんなに見られてるかっこいい自分じゃないといけないもうこんな姿は見せられないなんて、自意識過剰(笑)すぎました分かっていればいいのは、自分自分が納得する自分でいられているか目標を持ちでもあまり厳しくし過ぎず遠くから近くから自分を見ていたい見守ってあげたいそしてひとのこともそのまま、ありのまま、くるんであげられたら・・・
September 3, 2004
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今日、ある人の過去に触れた。といっても、直接話を聞いた訳ではない。メールの返信に・・・書いてあった、ちょっと辛い過去。その人は、とても実直で信頼できるひと。ピュアで、まっすぐなひと。うそがない分、体に受ける風に、素直にぽきっとおれてしまいそうなひと。まじめだとは思っていた。謙虚にものごとを受け止めるタイプだとは思っていた。でも、こんなに、これほどまでに・・・誰だって、ポジティブに生きたい。夢や希望を持ち、前向きに、明るく、多くの人と交流し、小さなミスにへこたれず、・・・・自分を肯定して。でも、これが自然にできる人、何かの影響を受けたら、自分もやってみようと思える人、そういう人は、もうその時点で、実は幸せな部類の人。頭で分かっていても、そう思えない。教えられても、さとされても、それがいい、自分だってそうなりたいよと思っていても、簡単にはそういう感情になりきれない。そういう人だって、いる。弱い、と見えるかもしれない。でも、それだって、その人の特性。善と悪、優と劣 そういう問題じゃない。内面のデリケートな部分。それを、責めることはできない。繊細な人だから、人一倍、小さなことを気にかける。社会への適応が苦しい。この世に普通に生きることさえ、辛い。そんな苦しみを、そんな辛さを、前向きに突っ走る私たちは知らない。なぜ、そんなことで?と 思う。そんなひとたちを、責めてはいけない。そのひとの苦しみ、そのひとの辛さを、知らないのだから。思っている以上に、この世にはいろいろなひとがいる。そういうこと。自分のことも分からないのに、ひとのことをすべては分からない。理解はしたい。でも、全てはできない。それは、それでいい。理解、しようとした、されようとした、この交流から、つながりは生まれる。一番大切なのは、そんなひとたちの手を引いていくことではなく、手をつなぎ、並んで歩いていくことだ。ちょうどいいペースを、お互いに感じあいながら。
September 2, 2004
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新しい仲間のcocomonetさんに、今日のテーマを頂きました。私が、キャリアカウンセリングに取り組みたいと思ったきっかけは・・・今の仕事は、キャリアに関してではないのですが、カウンセリング的な要素のある業務があり、まずそこに面白みとやりがいを感じたのが発端でした。そこから進展して、人の話を聞くことや、人が自ら成長することへのお手伝いがしてみたい、そう思うようになりました。また、もともと私自身「仕事」というものがとても好きで、わくわくしちゃうものですから・・・(笑)、仕事を通して、または仕事を含んだ人生全般で、人がますます活き活きしていくことを援助したい!、と思ったのです。アメリカでは歴史も実績もある分野ですが、日本ではまだ社会に浸透していない現状があります。しかし、働き方が多様になり、また雇用状況に様々な変化が見られるこれからの世の中、働く人を巻き込む問題は、種類も数もますます増えて行くように思われます。そして、そういった多くの人々を支援するという役割は、非常に重要になって来ると思っています。自分の関心のあることの上、社会にも必要だと思われるこの分野を知った時、「これだ!」と思いました。人が成長するのに一番必要なのは、その人自身の中にある成長を願うエネルギーだと思います。ただ、一人ではどうやって外の殻を破り、芽を出せばいいか、分からない時がある。そんな時に、家族・友人の支援や、メディアからの情報、行政の支援が、太陽、肥料となって、すくすく伸びる力を助けることができるでしょう。そこに、私も雨のようにその人を支える力になって、いつか花咲くのを助けたい、と思っています。(それが、トップに載せてある「短い詩」の意味、だったんですね~)夢は果てしなく?でも、見なきゃ始まらないものね!
September 1, 2004
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