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2008.09.25
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カテゴリ: 日本映画
歩いても 歩いても

and aka STILL WALKING
Hirokazu KoreEda
114min(1 : 1.85、日本語)
(桜坂劇場 ホールAにて)

walk0.jpg

桜坂劇場、今回は是枝監督のこの新作『歩いても 歩いても』が本命で、関連作品として 『ワンダフルライフ』 『誰も知らない』 を同時期に取り上げていた。『誰も知らない』は巣鴨子供置き去り事件を題材とし、事件の事実をそのまま描くのではなく、人々を善意の側にシフトした翻案が良かった。それで期待した新作と、まだ見ていなかった『ワンダフルライフ』を今回見たわけだけれど、『歩いても 歩いても』の予告編を見て感じた悪い予感がドンピシャ的中してしまった。 巷の人気も評価も高い作品を批判するのは、しかも酷評するのは勇気もいるし気がひけるけれど

walk1.jpg

8月の終わり頃か。老齢で引退した元開業医の父(原田芳雄)と母(樹木希林)の家に、次男(阿部寛)と子連れ再婚の妻(夏川結衣)、長女(YOU)一家が集まってくる。今日は15年前に死んだ長男の命日なのだ。このホームドラマ、日常的会話風景の描写等から、この横山家一族の人間関係を浮き彫りにしていく。その家族の描写はかなりリアリティーがあり、観る者の中には自分の家族との相似性を見ている方も多いようだけれど、ボクの目から見ると、やはり不自然と思える細部もあり、ドキュメンタリー作家の是枝監督ではあっても、破綻した部分、あるいは意図的な作為が強いと感じられる部分もある。「映画的に」やや突飛、特別、不自然な設定や描写からリアリティーある人間を描こうという映画はたくさんある。簡単な例を挙げれば、SF等未来世界を舞台として描かれた人間性とかだ。しかしここではそういう特異性を排して、ただただ「実際にありそうな」家族をそのまま描く。こういうあり方は、SFとか、あるいは自分とは直接何の関係もない、たとえば「ヤクザ」の世界を使った映画と違い、観る人に無反省に現実として感じさせるから、思想的すり込みの効果には危険性も孕んでいる。

walk2.jpg

この映画で浮き彫りにされてくるのは各人物の、本音ではあるかも知れないけれど非常に卑小な人間的性格であり、身近な人々に対する奢り、甘え、支配、卑屈・・・等々だ。例えば初婚の息子(次男)が子連れの再婚女性と結婚したこと。それが母は心の本音として何処かで気にいらない。潜在的に批判の鉾先はその嫁に向いており、息子に対しては「何もそんな女と結婚しなくても」という不満がある。その心情を理解できない自分ではないけれど、それは間違っているものとして各自が、ここでは母が自分の中で消化しなければならないことだと、ボクは考える。しかし映画の作りは、そういう心情を肯定し、許してしまっている。確かに映画の中では次男やその妻の心情として、そういう母や父に抵抗する、あるいは批判する部分も描かれてはいる。しかしそういう反感を子供が持つこともさもよくあることとして描かれ、映画全体としては、そのどちらのあり方をも肯定してしまう。それは映画の最後の部分、翌日去っていく次男のセリフにも表われているし、3年後に両親が死んでから数年たった後日談の扱いにも感じられる。

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上に書いたように、非常にありそうな家族関係として描かれ、観る人々に自分の家族も同じだ、と感じさせる。監督にどういう意図があるにせよ、ないにせよ、結果として、そういう風に観ている観客の感想をたくさん目にする。そしてそこで肯定される、つまり免罪符が与えられるのは非建設的現実肯定であり、より良くあろうという意志ではない。ちょっと汚い用語を使わせていただいて、実にム○ツ○作品だ。こういう映画を観て建設的に家族のあり方を考えるなどというのは、きれいごとであって、たいていは、特に時間が経てば、単に安心感を与える効果しかない。だから最初に書いたように、「99害あって利は1」でしかない。是枝監督がこういう作品を作ることに異論はない。表現の自由は大切だから。しかし観る側はもっと批判的であって良いのではないだろうか?!。

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Last updated  2008.09.30 18:52:21
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