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・日本年金機構について、ちょっと振り返ってみたい。「消えた年金問題」と云う問題が発覚して、社会保険庁が年金機構と健康保険協会に解体されたのは民主党政権の時だったと思う。今回の個人情報流出に際し、民主党は攻勢を強めているが、自らの責任を果たそうとしないのだろうか?つまり、解体したことによる弊害に対する責任だ。毎年のように人事予算が削られ、年金機構職員の退職者は増える、残った職員の仕事量は増えるばかりで、余裕がなくなる。そのような中、士気をどう保つか苦労している現実を知っているのだろうか?「消えた年金問題」と云う問題があるのだから仕方がないというのだろうか?ほとんどの職員はまじめに勤務して、不正には関わっていないというのに。あなたと同じ普通の人間なのに、好きなだけなじり倒して、正義の味方気取りだ。一部の問題をすべてに当てはめようとする姿勢は、優越感に浸りたいだけの劣等感の裏返しに過ぎないと私は思う。国民もマスコミも、公官庁に対しては容赦がない。何故なのか、不思議である。ところで、こんな例がある。就職する度に、年金手帳を紛失してしまい、新しく「基礎年金番号」を払い出すことがある。様々な情報から、その人を特定しようとするが一致しない。その人らしい番号はあるのだが、「らしい」では一致させることができない。しかも、「らしい」人物は、基礎年金番号を3つくらい持っているのである。こんなことは、さほど珍しいことではない。日常茶飯事と言って良いだろう。さらに、こんな可能性もある。届出の際、本人確認を事業所はしなくてはならない。しかし年金機構側では、本当に本人確認がされているか確かめられない。届出に嘘はないものとして扱う。ここに付け込んで、生年月日や名前を偽って加入すれば、年金記録の突合できないものがいともたやすく出来るのである。ついでに、「消えた(突合できない)年金」を作らない方法は、「基礎年金番号」の厳密な活用です。そのためには、「マイナンバー」実施はとても有効であると考えます。さて、会社員に限らず、多くの人々が社会保険に無関心である。本当にそう思いませんか?いま、自分が加入している公的保険にどの位守られているか知っていますか?こんな話もよく聞きます。健康保険(後期高齢者医療制度)の窓口負担は1割だけなのに「老人は早く死ねということか!」と怒り出す人がよくいると。あなたの分の社会保険料を負担している若者に「早く死ね」とあなたはいまここで言うのか?と思う。とりとめのないことを書いてしまった。次回は個人情報流出についての疑問を書いてみたい。
2015年06月18日
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また韓国話で、申し訳ないです。居合術など稽古していると、少しは剣道にも興味は湧きます。ただ、普段はチャンバラなどと揶揄してしまうことも多いのですが…。先月、剣道選手権大会が行われました。団体決勝は、日本対韓国。接戦の末日本が勝利できました。しかし、剣道の起源は韓国である主張し、国レベルで工作をしている彼らは納得しません。「勝つのは自分達である、勝てなかったのは日本が工作しているに違いない」と考えます。6/1yahoo!ニュースより 韓国・スポーツソウルは31日、日本の武道館で同日行われた 第16回世界剣道選手権大会団体戦決勝の日本―韓国戦で、韓国が 「日系主審の不公平な判定によって負けた」と報じた。 (中略) 記事はこの試合について「理解できない判定が横行した」と激しく批判。 特に、中堅戦について「パクが正代の頭を正確に撃ったが、審判は旗を上げなかった」 としたほか、 副将戦と主将戦についても「ユ・ジェミンもイ・ガンホも相手を撃っているにもかかわらず ポイントを認められず、苦戦した」と非難した。 さらに、その2日前に行われた男子個人戦の準決勝の判定にもチャン・マンオクが 「面を認められずに、3位にとどまった」と不満を爆発させた。 主催国の日本については、「今大会の36人の国際審判のうち12人を自国出身者で構成し、 残りも日系が多かった」などとし、「宗主国にふさわしくない態度」と非難。 チャン・マンオクの個人戦準決勝の審判が日系カナダ人、団体戦決勝の審判が日系米国人 だったと紹介した。試合前にはこんな記事もありました。(リンク切れのためか元記事が見つからなかったので、同内容のものを紹介します。)5/28 スポーツ・ソウル 「コンサートの準備で入場不可です。」韓国剣道が恐ろしいようだ。 45年ぶりに ‘武道の聖地’武道館で第16回世界剣道選手権大会を誘致した宗主国日本が 隠密にホームアド バンテージを働かせている。 9年ぶりに世界のトップを狙う韓国男女剣道代表チームは大会開幕を二日後に控えて決戦の地、 武道館を訪れたが、大会場の床を一度も踏めないまま引き返さなければならなかった。 なぜか。 武道館はこの日、日本の人気ガールグループ、モーニング娘コンサートの準備真っ最中だった。 場内ではリハーサルに忙しく、大きく響いたマイクの声が外部まで聞こえてきた。 前日もまた他の公演が開かれていて選手は近所をうろついただけだという。 武道館関係者は二日連続コンサート の準備の関係で剣道選手団の出入りを許さなかった。 57カ国963人と歴代最多の剣客が参加する今回の大会は29日から31日まで開かれる。1万 4471人を収容できる武道館は1964年、東京夏季オリンピック試合場の一つとして設立された。 剣 道と柔道、合気道、空手など武道場・専用競技場として名声をはくした。 しかし、剣道の最高権威 大会である世界選手権2日前に選手団が大会場内部を覗くことさえ できないのは理解できない。 今回の大会日程は3年前、イタリアで開かれた国際剣道連盟(TIK)理事会で決定された。 シン・スンホ大韓剣道会専務理事は「普通、開催国で大会の10日前に他の国の選手たちに 場内を開放して練習できるう配慮する。非常に当惑する状況だ」といった。 また、大会場の近隣に設置されなければならない練習場も全く見られなかった。 モーニング娘のレコードCDなど関連商品を販売す るブースが見えるだけだった。 シン専務は「最初から大会場近所に来ないのと同じ」と虚しく笑った。さて、・剣道では審判の判断は絶対的です。抗議は受け付けられません。 前回大会で、審判に不服を持った韓国人選手が、蹲踞、礼をせず退場したことがありました。・国際審判の人数、日本人、日系人が多くて当たり前です。剣道は日本の武道であり、広めたのも 日本人・日系人なのですから。 確か前回大会も12名の日本人審判だと記憶しています。 大阪教育大学の資料に、「剣道の国際的普及の現状と課題についての一考察」 というものがあります。 その中に、平たく言ってしまえば「国際審判のレベルが低いから教育しないといけない」 と受け取れる内容があります。 日本国内の大会の方が、国際大会よりハイレベルであると云う評価があります。 審判の力量は、日本人の方が高いのでは?と思います。・日本武道館のスケジュールを調べてみました。 およそ、月の半分はコンサートなど、残りの1週間程度は武道系のイベントでした。 武道系のイベントは例年同じ頃に同じ団体が使用する習慣があるでしょう。 いかに全剣連といえど2週間近く日本武道館を押さえるのは無理な話です。 コンサートの準備中に中を見せろと云うのも傍若無人な要求です。彼らの理屈は、 「我々は負けた、ただし、我々が悪いのではなく、日本が様々な妨害を行ったからだ。」 「やはり日本は、狡い国だ。」と いつもの他者のせいと責任を転嫁する方法に精神が発露しているのでしょう。 武道の精神の欠片もないのに、起源説を根拠もなく言いふらされるのは不快でたまりません。 もうひとつ、彼らのメンタリティは、根拠なく何かを主張できるところにある。 「自分は正しいのだから、根拠など不要である」と…。
2015年06月06日
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気にしていたことだが、控訴を断念された。残念な結果である。新聞、TVなど肝心なところを扱わない。韓国の制度に現れない、メンタリティの違いだ。さて、素人目にみて、会見で浮かぶ疑問点だ。・検察が提出した犯行現場とする防犯ビデオ自体に証拠能力がないのでは? 肝心な日付、時刻がないのでは、犯行日時と断定できない。 画像が不鮮明で冨田選手であること確認できない(これは司法も認めている)。 弁護士が他の映像を請求しなかったのもこれが証拠として上げられたからだと言っていた。・「第三者がいた事について僕(冨田選手)が立証しなけばならないと言われた。」 彼には防犯ビデオを提出する能力はあるまい。 司法はもっと明確な証拠を求めてもよかろう。・自白に関する証人が呼び出しを受けているにもかかわらず、2回とも欠席した。 弁護人の証人として、証言に立てない理由があったのか?検察は不十分な証拠で起訴し、司法は疑わしいだけで判決を出したのではあるまいか?冨田選手の控訴断念の決断の裏には、絶望感に染められていたのではあるまいか?残念ながら、韓国に対し疑いの目を向けたくなってしまう。(日本にも是正されなければならない問題がたくさんある。)たとえばこんなことがある。朝鮮日報2010年2月2日では 「韓国は、法廷で、虚偽の証言をする偽証や、他人による嘘の告訴・告発により いわれのない事件に巻き込まれるケースが、世界で最も多い。(中略) (日本と比べると)偽証罪が、427倍、虚偽告訴罪は、543倍に達する。 (中略)血縁・地縁・学閥を土台とする縁故主義・温情主義と、金さえもらえるのであれば、 何でもできるという考え方が、時に、”息を吐くように嘘をつく”などと言われるような社会の 雰囲気を作り上げているのだ」法の不遡及の原則については・日帝強占下反民族行為真相糾明に関する特別法・親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法・反民族行為処罰法・光州事件特別法 ・朝鮮姓名復旧令 戦後これだけの事後法が成立している。過去の行為がほじくり返され処罰されるのである。日本の司法では、極力避けていることだが、かの国ではことなる。中央日報で、2005年8月に掲載された「噴水台」というコラムには、 「韓国でこの罪刑法定主義を否定する『国民情緒法』という妙な論理が登場した。 これは手につかめる実体も、文字で記録された文件(文献?)もない。 長期にわたって蓄積された慣習法でもない。だが国民情緒に合うという条件さえ満たせば 実定法に拘束されない不文律となっている。憲法上にも君臨する」国民感情に沿う判決でなければならないと、裁判所は戦々恐々としているということだ。その国民感情は教育とマスコミに扇動されていてもかまわない。我々は 「韓国は自由や民主主義、基本的人権などの価値を共有する最も大切な国だ」 と考えて良いのだろうか?
2015年06月04日
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社会とは、それ自体存在者として存在するものではない。社会は、それを構成する人々の「気持ち」によって成立する。それを言葉にしたものが「法」である。 私と云う存在者が、生存する形式は、社会の中での何らかの役割を担うことによってのみ生存しうる。パーソナリティ(個性)の語源はペルソナ(仮面)である。可能性としては無限である私は、限定されなければ生存し得ない。限定、それが、ペルソナである。 キャリアとは役割のことである。キャリアアップと云う言葉の使い方に違和感を感じて久しいが、このキャリアを選択すると云う行為が、ペルソナを決定する。 武術では、ひたすら形稽古をする。形に自己をはめ込む。初めはぎこちないが、不要な動きを削いで削いで削ぎ落として、形と自己が一体になる。形が自己を規定する。 形とは、ペルソナであり、キャリアである。自らがそれを選択せねば、社会生活、或いは、生存することが出来ないようになっていると諦め、それを生きる他はあるまい。
2011年12月19日
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価格は安いが、気に入っているボールペンがある。 一つ目は、イタリアのアウロラの「アウレッタ」。1987年に廃盤になっているにもかかわらず、未だに購入できる。¥1,500-とアウロラの品の中では最安だろう。ちゃんとインクが出るのか心配したが、杞憂であった。細身ではあるが、手にしっかり馴染み、書きやすい。ステンレスのボディで、ノック式。ノックの感触が気持ち良い。リフィルが特徴的で、少々値が張るのが玉に瑕。【ボールペン】【アウロラ AURORA】【筆記具なら高級万年筆の文栄堂】アウロラ アウレッタ ボールペン【メール便対応商品】アウロラ ボールペン替芯 (アウレッタ用) もう一つは、ペリカンの「NO.1」。【ボールペン】【ペリカン Pelikan】【筆記具なら高級万年筆の文栄堂】ペリカン No.1 ボールペンドイツ生まれのプロダクトデザイナー「ルイジ・コラーニ」のデザインによるものだそうだが、正直このデザイナーのことは知らない。プラスチック製で少々軽い。握りの部分が三角型になっていて、握りやすい。ラミーやステットラー、ファバーカステルにも3角形タイプがあるが、この品がはしりのような気がする。もった感触はラミーの「ノト」の方が好きなのだが、書きやすさが違う。パーカータイプのリフィルを使っているので、パーカーのクインクフロー(黒のFとMのみ)のリフィルを使えば、書き心地は、昨今流行りの低粘度インクよりやや粘り気のある感触で書きやすい。(下に紹介しているのが最安のリフィルだが、クインクフローか確かめてからご購入を願います。)PARKER(パーカー)ボールペン用替芯 ブラック F(細字)【マラソン2011冬_生活】【YDKG-f】【インテセール限界MAX】 この「NO.1」廃盤商品で、多分この店が最後ではあるまいか。クリップが特徴的で、横から見るとペリカンの頭のような形をしている。また、サイドにスライドがあり、ノックの方法も面白い。コレクターズアイテムなのかもしれないが、とても実用的で好みではある。
2011年12月11日
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真・善・美廃れてしまい、もはや死語である。しかし、人が求めてやまないのは、これらである。忘れてしまうから、何を求めているのかわからなくなる。人は幸せになる為に生れてきていることすら忘れてしまう。 「なぜ、人を殺してはいけないのか」と言う問いに学者先生がいろいろ理屈をこね回しているが、簡単なことである。その問い「なぜ人を殺してはいけないのか」と問う意識があること自体が答えである。殺す事が当たり前である、罪と思わない者にはその問いは発生しない。 「人はよいと思うこと以外、なす事は出来ない」良しにつけ、悪しにつけそのように出来ている。仕方があるまい。 素直に、「真・善・美」を求めることに従うしかあるまい。
2011年11月25日
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ラミーの品でのお気に入りは、「スイフト」と「ティポ」。スイフトのギミックが中々面白い。ノック式なのだが、ペンを出すとクリップが収納される。ペンを回しながら書く癖のある私には、クリップが当たらずに嬉しい。グラファイトは、微妙に凹凸があり、少しざらついた感触があり持ちやすい。なかなかの優れものである。ところで、リフィルのM66はかなり描線が太い。アルファベットの速記には向くかも知れないが、漢字の場合、潰れてしまう。が、ありがたい事に国産のゼブラのサラサや三菱のシグノ、低粘度油性インクのジェットストリームが使える。リフィルの長さを調節して、ジェットストリームだけ、ペン先の軸の中頃にある段差を削ってしまえばそのまま使える。同じ要領で、ティポも中身を替えてしまうことが出来る。ティポが安かったので、4本程購入し中身を替え仕事に使っている。ティポはノックの棒が折れてしまいそうに感じるが、結構頑丈に出来ている。軽いので、テンキーを操作しながらの筆記には丁度よい。[送料\210~]【ラミー】 スイフト L334 グラファイト/ローラーボール (LAMY swift 334 graphite RBP) [並行輸入正規品] 【あす楽対応】[エコ][メ01]LAMY ボールペン ラミー ティポ L339 レッド/ローラーボール (LAMY tipo 339 red RBP) 【あす楽_土曜営業】【あす楽_日曜営業】LAMY ボールペン ラミー ティポ L339 レッド/ローラーボール (LAMY tipo 339 red RBP) [並行輸入正規品] 【あす楽対応】[★]
2011年11月15日
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このところ、低血圧の状態になっている。さすがに、上が80などと云う、昔喰らった痛い状態ではない。が、朝、起床出来ない、体が重い、やる気が出ないとちと困っている。高麗人参を処方されたが、効いていない。次に、エホチールを処方されたがこれも今一である。仕事を休む日数が増えている。なんとかならんか、もどかしい。
2011年11月15日
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この頃、筆記具(ボールペン)にハマってしまっている。特段に必要ではないのだが、ついつい買い物の虫が騒ぐ。 最初に比較的高価な筆記具にはまったメーカーはラミーだ。ラミーは「サファリ」のシリースが有名なのだそうだが、スーツのポケットに入れるには、ちょっと貧弱である。 で、引っかかったのが「ステュディオ」。私が買ったのは、パラジュウムコートの品だが、今は下にあるバイオレットの価格では買えなくなってしまった。ラミーの公式サイトでは、バイオレットは限定品で、なかなか良い色でもある。クリップが特徴的で、好きである。書き味は、リフィルM16のことになるのだが、悪い方ではない。お気に入りのウォーターマンほどではないというだけかな。油性インクの粘度が少し高いのかもしれない。書き始めに少し掠れるが、その後は良いものである。気にしなければ、実用的な「ノト」も悪くない。500円台で購入できる。リフィル並みの価格だ。姉妹店のダイレクトトーキョーでは、ペリカンの安い品を買い、レビューを書くと送料が無料になる。これはありがたい。先の40時間限定セール期間では利用させてもらった。 【ラミー】 ステュディオ L266 バイオレット/油性ボールペン (LAMY studio 266 violet BP) 【あす楽対応】[エコ][メ01]ラミー(LAMY) ボールペン 【あす楽_土曜営業】【あす楽_日曜営業】【ラミー】 ノト L282BLK ブラック/油性ボールペン (LAMY noto 282 blk BP) 【あす楽対応】[★]
2011年10月25日
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少し細身だが、バランスも良く書きやす。なんと行っても、価格が安い! 【パーカー】 「ソネットオリジナル」 マットブラックCT ボールペン (PARKER S0818140 SON07 MBLK CT BP ASS GB1) [並行輸入正規品] 【あす楽対応】[エコ][メ01] 上海問屋
2011年10月24日
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40時間のポイントアップ。今まで、ほとんど利用したことがないのに、今回はずいぶん買ってしまった。最近、筆記具収集に凝っている。こうなると、もう止まらない。次々と興味の湧くものに手を出してしまった。一体、これだけあって何に使うのかって?本当は不要なことであることは分かっているが、買い物衝動を抑えられない。病気だな。
2011年10月23日
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今日は、家人が「ゆる体操」に出かけている。私も行くつもりでいたが、仕事が遅くなり断念した。 家には、猫が待っている。誰かが帰宅すると、「ごはん」をもらえると思っているのか、かなりしつこく鳴く。時々、「おはん」と猫語でねだる。 家人のことだから、既に「ごはん」を与えているはずだと思うのだが、かなり激しい。ふと、「食べていないのかな?」と弱気になる。 「にゃぐ~」「ぶるるわん」「はんぐー」などとかなりの攻勢だ。黙ってもらうには、ごはんをあげるのが手っ取り早い。私もお腹が空いたので、安心して食べるにはやはり…。
2011年10月12日
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甲矢、乙矢とも外した。審査の対象外。学科は受けねばならないから、受けてそのまま帰った。 前日の疲れがしっかり残り、「会」で「離れ」を待つことができなかった。家人に付き合い、夜遅くなってしまった。馬鹿なことである。疲れているのなら、弓を弱くすれば良い。そんなことにも気づかないのだから、致し方あるまい。自身の体調管理は自身ですべきことだ。 腹立たしいかぎりである。
2011年10月03日
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今年の、春・夏(これは惜しかった…)を経て、明日三段の昇段審査に臨む。弓を長年愛用してきた童心(桑幡元象)から、桑幡正清に変えての挑戦である。会の時、矢が床に対し水平であれば、ほぼ的中するのだが、水平ののつもりでいて、矢が下に向いているようだ…。 まあ、明日は運次第か…。 家人も審査を受けるのだか、またもや先を越されそうな気がする…。
2011年10月01日
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この一週間、血圧が落ちている。朝、上が100を切り、下が60程度。それが、昼過ぎまで続く。以前、大量に抗鬱薬を服用していた時に似ている。当然、仕事に出られない。今日は月末なので、なんとか昼に出勤したが、結局帰ってきた。この所の天候に関係するのだろうと、勝手に思っている。 それにしても、血圧の上が90台というのはキツイ。もともと、低血圧の人には当たり前の数値なのだろうが…。体はふらつくは、怠いは、参るね。明後日、弓の審査があるが、どうなる事やら…。
2011年09月30日
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年に数回、京弓師の柴田勘十郎さんが道場に来てくれる。ありがたいことである。 殊に竹弓の扱い方や、疑問について直接尋ねることができるのは、ありがたい。弓師としての基本的なスタンスがはっきりしているだけに、とても役に立つ。日々、天然の素材と向き合うところからくる発言には、私自身が前職で天然の素材から出来る商品を扱っていただけに、とても説得力がある。 初めて柴田勘十郎さんにあったのは、もう10数年以上前のことである。新宿の小田急百貨店での「京都物産展」でのことだ。当時、私も出店社の一員として販売をしていた。柴田さんのコーナーが盛況であるのにとても驚いた。学生の頃から弓道を習いたかったので、暇があると柴田さんの様子を伺っていたのを思い出す。 取り留めもない。
2011年06月23日
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6/5の日曜日、お迎えがやってきた。家人がネット上で調べた「移動火葬車」である。 はじめは、土曜日を考えていたが、別れの時間を作りたいとの家人の要望で日曜日になった。およそ三日間、最後の別れの時を過した。触れるとまだまだ滑らかな長毛が、死体と化した事を嘘であるかのような錯覚に引き込まれる。 死は、常に他者の状態である。不可逆的な、機能停止である。 僧侶が営んでいる「移動火葬車」が夕刻到着した。段ボール箱に花を沢山たむけ、好きだったドライフードをくるんで添えた。40分程度、自宅前で火葬され、骨となった。骨壺が用意されていて、人と同じように、足・腰・背骨・前足・首・頭と区分けされ、金属トレイの上にならんでいた。順々に壷の中に入れ、終わった。 なんとも、あっけないものである。
2011年06月14日
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6/3 金曜日の午前9時過ぎ。丁度、18歳になった猫が死んだ。家人からの連絡で、昼休みに知った。親や親戚が死んでも涙など出さなかった私が、思わず涙を流した。 私とのつきあいは、5年程しかない。体調を崩したころ、私のアパートに、家人が押しかけて居座ってしばらくしてからである。 本当に鳴かない猫であった。マンション暮らしが長く、家人が鳴くこと禁じたため、鳴かなくなった。鳴き方を忘れたせいか、今の家に越してきても、ほとんど鳴かない。ご飯が欲しくても、家人が気がつくまでじっと待っていた。「かー」・「あー」・「はー」「うこー」・「うかー」、位のバリエーションしかない。まったく、猫らしくない猫であった。
2011年06月06日
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Windows7 SP1のせいか、IE9のせいか、まったく、今月は翻弄された。YouTubeは画面が緑一色で視聴できなくなるし、突然、電源が落ちるし、アプリケーションは応答しなくなるし、散々だった。 様々てを尽くしてみたが、改善どころか悪くなる一方。FLASH playerの更新、或は再インストール、不要なアプリケーションのアンインストール、デフグラフのクリーンアップ、Cドライブの最適化、果ては、更新プログラムのアンインストール。仕舞いに、PCそのもが起動しなくなった。まったく。弓の三段審査を前に、余計なことになってくれる。 結局、バックアップ用のHDDに換装する事になってしまったが、面倒な作業が残ってしまった。これを片付けるのにも数日を要した。 Windows7 SP1を何の気なしにインストールしてからだ。あまりにも評判が悪いことを知らなかった。無知は罪だよ。やっぱり。
2011年05月28日
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以前、主治医に「切れた時の出来事をブログにアップしてごらん」と言われた。「そりゃ面白いものができるから、そのうちまとめて本にしてみたら」などと…。 そりゃあ無理だ。切れている時は、危ない。何回かPCを壊しているし、家の壁にへこみをつけたり、パトカー10台位に取り囲まれたこと1回、留置場に入ったこと1回、もう一度パトカー3台に取り囲まれたこと1回、救急車で搬送されたこと1回、猫を半殺しにしそうになったこと数知れず、車に乗っていて、走行中に降りたこと数回、赤信号を無視して渡ったこと十数回(クラクション無視)、そりゃ、無理だよ。 ただ、「かっとなって人殺しをする」気分はわかる。健全で、常識的な人には理解不可能なのだろう。 世は理不尽なのだから、この身に理不尽なことが降りかかっても運が悪いだけ。怒りに満たされた私の心は、何処に収まるのか。
2011年04月25日
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男ものの織物では、西は京都の鳥居良・東は米沢の鈴源が良いと聞いたことがある。銀座の「もとじ」にでも行けばタンマリとあるであろうが、敷居が高すぎて暖簾をくぐれない。「着物で銀ブラ」のように集団と化して自己を隠すようにすれば別だろうが、とても分不相応な気がしている。以前、百貨店の催事で角帯をもとめた時、販売のマネキンさん(と言っても、呉服専門のプロだけど)に「もとじ」を紹介され、名刺までもらったが結局行かずじまいだ。 先日、弓の道場での話で、安い紬の反物を探すことになった。そうしたら、偶然見つけてしまった。正絹 男物 紬 反物 利休鼠色 【送料無料】鈴源の反物。今時、「紬」と言っても糸は「紬」ではないでしょ。取り敢えず、糸の撚り方や、織り方、染めの後先程度違いでしかない。まあ、分類上大切な違いだが…。ともかく、利休鼠のこれ、凄い。画像からだけでも食指が動く。糸・染め・織、一級品はこうも違うかと見せつけられる。希少性によって高価になってしまった品とは違う力がある。触ってみたい。張り、コシ、柔らかさ、違うのだろうぁ。
2011年04月25日
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またもや、眠れない夜だ。このところ、酷くなっている。リリカを飲み始めてから、あまり調子に変化が見られなかった。結局、三環系のトフラニールの出番が増えてきた。が、体調のしんどさは変わらない。仕事が繁忙期を迎えて、休まずにいる。「行かざるを得ない」状況の方が仕事に行くことが出来る。とはいえ、今月3日ほど午前休をもらったが…。まあ、以前のように3日も休んでしまうようなことはしていない。体調のしんどさのピークにいるのかもしれない。で、結局、リリカは1月以上服用をやめてみたがあまり変化なかったので、点滴に切り替えることにした。血液量の20%ほどの点滴だから、2時間くらいかかる。平日、勤務を休んで行くことになるか…。体調のしんどさが少しでも解消されれば、助かるのだが…。
2011年04月22日
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マスコミは自身が第四権力者である事を自覚しているのだろうか?全く、無能と不遜さに呆れる。福島の原子力発電所について、「予断を許さない状況である」と報じているそのあとで、東京電力及び政府に対して、具体的な対応策と時期の明示を求める。「予断」という言葉の意味すら忘れているのだろうか?東京電力の社長の会見の終了に際し、記者から、「まだ終わっていないだろう!」「席に戻れよ!」などと怒号が飛び交った。何様のつもりなのか?「予断を許さない状況」において、何らかの具体策をそう簡単に明示できるハズがない。東京電力の社長の会見はその時点での、精一杯の回答であろう。一方で、専門家様の権威を利用して、情報を単に垂れ流して、不安を煽っている馬鹿さ加減に腹がたつ。算数の基礎である、単位、倍数に対して何の考慮もない。少しましなところで、まともな解説をしているが、普段からちゃんとせい。
2011年04月20日
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生命の誕生などと云う番組があった。生命の誕生と言いつつ、生命体の発生のことを指している。生命と生命体とを混同していることに全く気がついていないないのか、それとも分かっていないのか。存在と存在物の違い位に、全く異なると言うのに。延命治療とか、生命維持装置だとか、言葉を間違っている。生体維持治療とか、生体維持装置と言う方が事実に即しているだろう。ほっておけば、死体になる体を、生体として維持するのだから。生命と生命体を混同するからこんな言葉になる。生も死も体に関わる事象である。それ自体、幸でも不幸でもない。草木が生え、枯れることとなんら変わりがない。人体の生・死が定義にしか過ぎないのに…。生命の方は、なんら痛手もない。私が在るのではない、生命の方が私を既定している。生成と言う方が良いだろう。鳴り響きのことだ。私という自我意識が主であるハズがない。そんな当たり前のことが理解されない。だからといって、この生体をもって生存せざるを得ない現状に変わりはないのだから。この生体の機能停止まで、取り敢えず生存せざるを得ない。この理不尽さは異様なことだと感じる。
2011年04月20日
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目が冴えて眠れない。眠れないと余計な事を考えてしまい、さらに眠れなくなる。悪循環だ。仕事を優先させる為のリズム作りがフイになる。全く、嫌になる。
2011年04月20日
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千葉県でのガソリン不足についてテレビでの報道があった。もっと自主規制しろだと。ふざけるな。千葉県は結構広い、そのわりに公共交通機関、特に鉄道網がスカスカ。仕事に出るのに、JRの運行状況が悪ければ車で通勤せざるを得ない人がいる。身近に銚子から千葉市の中央まで通勤している人もいる。地図をみて見ろ。片道で何キロあるのか確かめてみろ。計画停電にかこつけJRがストライキしているからこんなことになるのではないのか?にしても大衆の愚鈍さに呆れることは確かだ。
2011年03月16日
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もう松の内はとうに過ぎ、正月気分など何処へやら。年々、正月らしさがなくなって行く寂しさを感じる。正月の三箇日はどこもお休みで、せっかくもらったお年玉もなかなか使えなく、ジタンダを踏んだものである。正月二日、私には珍しくしっかり初詣に出掛けた。連れが、着物でと言うので着物にした。着流しで良いかと思い、鹿児島の大島を選んだ。大島の白生地に?纈染め風の縦縞模様の着物。Yahoo!のオークションで以前落札した品だが、まだ袖を通していなかった。大島のシャリシャリした感じが気持ちの良い着物である。ある意味、昔であればべらぼうな価格でしか入手出来なかった大島だが、私の懐具合でも手に入れられるのは有り難い。にも関わらず、初詣で着物を見る事は年々少なくなっている。男物など、簡単に着る事が出来るのに…。先日は、成人式だったが、随分高そうな振り袖姿のお嬢さん方がテレビに映っていた。その着物の何分の1かで、小紋や色無地、訪問着が手に入れられるのに…などと思ってしまうのだが、晴れの日で、一度しか着なくともまあ良いのかなどとも思ってしまう。本当に着物姿が少ないものだ。【送料無料】正絹江戸小紋お好みのサイズに手縫いお仕立てしてこの価格!江戸小紋手縫いお仕立て、湯のし、正絹胴裏、正絹八掛すべて込み!国産正絹小紋お仕立て付【万筋小紋】ピンク・パープル・イエローブルー・ブラウン・ブラック002-012【smtb-k】【ky】丹後縮緬、日本の絹糸、仕立付でこの価格。裄丈が合うのなら、男性諸氏も良かろうて。
2011年01月16日
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久しくブログの更新をしていなかった。むしろ、出来なかった。リリカを飲み始めても、あまり効果がなく仕事から帰ると3時間位はぐったりしてなにも出来ない状態でいた。最近、やっとすぐに眠れる方法を見つけたので、どうせ何も出来ないのだから眠ることにした。体の調子も少し良い感じである。で、結局のところブログを更新する暇がなく、随分ほったらかしにしてしまった。日々思う事はあるのだが、調子をみて書き込むことにしよう。
2011年01月15日
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普段の稽古場所は、集団で師範の指導の元で稽古する。当然、稽古着で稽古する。 自由稽古・個人使用の稽古場所では、動き易い格好であれば可と考えている。白足袋或は白ソックスが稽古での常識らしいのでそれだけは守るようにしている。ただ、着物好きの視点からすると白足袋は「晴れ」の道具であり普段のつまり「け」に利用する物ではないと云う常識がある。この点は、弓引き達の常識とは大変異なる。まあ、大したことでもないので、弓引き達の常識に合わせてあげている。次に、稽古着であるが、人切りの視点からすると、わざわざ稽古着に着替える必要性をまったく感じない。帯刀するわけではないので、帯は不要である。下腹部への呼気の感触はどんな格好でも意識しようとすれば意識出来る。瞑想の視点からすれば、呼吸を意識しなければならないのは初歩の段階である。 弓道連盟の「指導の手引き」によると、稽古は常に稽古着でなければならない。とは記載されていない。おそらく、生徒・学生を視野に入れればそう云うことになるであろう。では、社会人は常に稽古着であるべきか?ここで、「べき論」になってしまう。まったく不毛なことである。個人使用の自由稽古で、弓が引ければどんな姿でも構わない。ジーンズやスーツでするのは論外である。普通に、スポーツなどを出来る格好であれば何の問題があるのか?私の、持病(双極性障害)にとって思い立った時に出られる事の方が大事である。弓を引くこと自体が、時に精神を安定させてくれるからである。 しかし、どの世にも器量の狭いものはいる。私の格好が、「稽古をする上で常識に欠ける」と難癖をつけてきた。双極性障害の話はしていないので、「少し私に事情があるので、格好より稽古場にくる事を優先している」と応答した。返ってきた答えは「それは君の個人的な都合だ、ここは公共の施設であるので、他の人の事も考え稽古着で稽古すべきだ。それが弓引きの常識だ。君も有段者なのだから、初心者の様な格好で弓を引くべきではない」ときた。 不毛な「べき論で」武装している。話にならない。武道とは、「戈を止める道」であると云う常識がない。人の格好に難癖をつけてくる程度の精神で、よく弓道をしていられるものだ。格好が気にいらないだけである。人の格好が気になって射に集中できないのなら、まあその程度だ。 「私の特殊な事情」は「公共の施設を利用するのなら考慮しない」と云う訳だ。ならば、こう答える以外に他はあるまい。「それでは、私はここで稽古すべきではないと云う事ですね。社会人としてあなたを不快にさせたのでしたら、謝ります。なので、今日はこれで失礼します」と帰ってきてしまった。あ~、気分悪い。 「常識」と「べき論」で突っかかるモノはおしなべて自身の姿を顧みない。その場には、彼よりも上段者で師範(教士七段)がいたが、何も格好について注意を受けていない。その師範を差し置いて、自身のべき論をふっかける常識の無さに気がついていない。また、自身の「射」について弓道連盟に属さず独学で「弓術」の稽古をしている人物(旧制中学で取った初段以降、段位をとるつもりはないらしい)、しかも弓道連盟の有り様を非難して憚らない人物に「見てもらいたい」とお願いをしている。その人自身は私も好きな方ではある。が、しかし、その場に教士七段の師範がいるにも関わらず「お願い」をする事の「非常識」をまったく分かっていない。他の芸道で、自身より低段位で、しかも自流派に属さない者にそのような「お願い」を師範のいる目の前でしたら破門に近い処分を受けることになる。だいたい、同程度の者が「教え合う」事などナンセンスであり、師範がその場にいれば尚のことであると云う「常識」がない。格好などそれに比べれば些細なことである。 「弓引き」の常識とはかくも「非常識」か…。情けない…。ついでに、私が格好に気を遣わないのは、弓道の所作が着物を着用していることを前提としていない矛盾に少し苛立ちを感じているからだ。肌脱ぎで、右の袂が矢・矢羽根にしっかりと触れる。茶・香の所作で袂が道具に触れるようなことはない。道具を大切に扱いたいのなら(礼を失しないようにしたいのなら)、もっと工夫があってよかろう。
2010年10月24日
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ふと、目が覚め書き始めている。 3日間の休みは、致し方ないのだろう。セロトニンの枯渇。意思とは無関係になくなる。仕事に就くようになり、焦っていたように思う。何か、ここでしっかり出来なければ次に続かない。自身の行きたい方向に進めないだろうと。 仕事を始め、行きたい方向がかなり険しいと感じた。仕組みや制度にある程度の知識と実務がないと難しい事を痛感する。今のままでは駄目だという焦り。仕事の後の疲労感、知的作業をするほどのエネルギーが足りない事への苛立ち。 もっと気楽にいられれば、少しはマシか。昨日、仕事に出て、少し気が楽にはなった。暖かな人達ばかりで、助かった。休み前、自身の目がつり上がって来ているのを感じていた。何が何でも、期日に間に合わせなければならないと一人息巻いて、自身を追い詰めていた。 まあ、この程度にしておこうと、いい加減にしておけばこれからは良いのだろう。さて、ホントに出来るが知らないがね…。
2010年10月23日
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先日の審査に合格して、何か憑きものが落ちた様な安堵感があった。前日は、いつになく落ち着いている中に変な不安感があり、奇妙な感触を覚えていた。 「不安」、何に対する不安なのか分からず、体が震えていた。なのに、落ち着いて行動は出来る。いつのも焦燥感がない。当日、学科を終え緊張で体が強ばり、巻藁の前に立ち弓を持つと弓力が異様に強く感じた。控えに入るが、足が震えているのが分かる。何がそんなに怖いのか?? 合格して首の皮一枚であった事を知り、別の意味で恐ろしさと憤りを感じたが、前日から続く奇妙な不安とはベツモノである。その「不安」がなくなり、憑きものが落ちた様に感じた。晴れやか感じは、月曜日だけである。 その晩から、憑きものと一緒に「やる気」まで落ちてしまったようだ。今日も仕事を休んでしまった。明日は、どうなるのだ?この辺りで復帰しないと、拙いことになるのは必至だ。無理矢理にでも明日は仕事に行くか。
2010年10月20日
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土日の二日間、何か用事があり出掛けるとだめだ。平日にしわ寄せが来る。 以前のように、数時間の外出で疲れ切りベッドに直行していた時に比べればましではある。半日で、数時間の睡眠を取ることで、再起動出来るようにはなってきた。 しかし、電源の消耗が激しい。充電器の機能が弱いのだろう。月曜日、火曜日までなんとか過しても水曜日にはだめであった。先週、千葉国体の弓道競技・特別演武を見に行った。その後、十分睡眠で充電したつもりが、水曜日で電池切れ。今週は、日曜日の審査。早めに終わったので、十分睡眠をとったつもりだが、今日で電池切れ。 歩いて15分の道のりが、仕事帰りには40分かかる。途中でよれよれのふらふら。薬漬けで、血圧が随分低くなっていたころと同じような状態だ。 休む事も仕事の内と思うが、昨日は何をしていた?おかしくなっていたので、おかしいことも判断出来なくなっていたか…。まいった。どう対処すれば、支障を来さないのだ?
2010年10月19日
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5回目の昇段審査。首の皮1枚で、昇段出来た。何か、憑物が落ちたような感触がある。 多くの先生方に心配をお掛けした。沢山の先生方に声を掛けて頂いた。ありがたい事である。やっと先に進める感じだ。前日の稽古では、いつもの稽古場が使用出来ず、別の稽古場(といってもいつも自由に使っているところだが...)に行った。錚々たる教士の先生方のいる稽古日にあたっており、無料開放日でなければ、合うとすれば、審査か講習会の時のだけだ。「射を見れば、弐段にお釣りが来る。」と声かけ頂いたのは正直うれしかった。 首の皮1枚とは、退場の場面の事である。敷居に末ハズが届く頃、正面に体を返し、揖をして三歩で外に出る。2歩目に敷居に指がかかったが、まあ大丈夫と思っていた。が、これで危うく落とされるところだった。「退場を間違えた」と判断され、×。他の4名先生は○をくれていたので、その点をフォローしてくれた先生がいてくれたお陰で合格出来た。「射」の方は、甲矢を他の教士の先生に褒められた。ホント、首の皮一枚で助かった。しかし、ちょっと釈然とは行かないところもある。もし、これだけが原因で落とされるのなら、他の体配がクズグズにも関わらず合格している者は一体何で、合格出来たのだ? 審査の基準の曖昧さを感じる。ウエイトバランスの悪さとも言うべきか...。他の部分はほぼ合格点以上にも関わらず、ある1点のみで不合格にする程、大事なこととは何だろう? まあ、あとは、これを注意することにして次へ向かおう。弓具の雑学事典
2010年10月18日
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ある日の稽古で、錬士七段の先生と稽古場で一緒になった事がある。個人使用出来る市の施設なので、時間の空いた時には出かけるようにしていた。過去形なのは、浪人中の身であった時の事だからだ。 その時、一緒にいた関西弁のおっちゃんがこの先生である。錬士の指導の前日、教士審査を受けるため個人レッスンをお願いしていた様子だ。なかなか面白い話であり、今も心に留めていたが、おっちゃんがどんな射をするのか知らなかった。YouTubeで最近見かけ、「ああ」と感心し、良く見るようにしている。
2010年10月15日
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一昨日は、〆日に近く急ぎで届け書類の審査をしていた。 結局、間に合いそうになく、他の地域からの応援や別の場所での作業に回すことになった。 体調が勝れず、1日休んでしまった事もあり、自責の念が強く出ていた。その分、ゆっくりと休めない。どんどん、体調は悪くなる。昨日は、〆日までの書類がなくなったこともあり、楽になるはずだった。 作業を回されたセンターの責任者が、文句を言いに出てきた。丁度、私の後ろに応援の統括ブロックの少し偉い人が座っていた。そこで、言い合いになった。私が、一番苦手なシュチュエーションである。呼気が荒くなり、過換気症候群一歩手前までの状態になった。私のグループの長と、センター長などを交えて、別の場所での話し合いになってくれて助かった。その矢先、昨日急いで処理したつけが回ってきた。 とうとう切れてしまった。「やっちまった」なんとも、情けない。疲れが溜まっていると碌な事はない。 ここ暫く、土日をしっかり休んでいなかった。それなりに、楽しんだが、その楽しみを我慢しないとならないか。発病して、4年半経つが、本格的な社会復帰はまだ先か、それとも、このまま無理なのかもしれない。
2010年10月09日
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田舎モノなのに…。南青山まで、精神科の診察を受けて、銀座で歯科治療。歯医者は元々日本橋にあった。前の職場にも居合の道場にも近くありがたかった。仕事をやめ千葉に越してふらふらしてる間は、比較的しっかり歯医者に通っていたが、銀座に行ってしまいご無沙汰していた。奥歯の被せ物に穴が開き取れしまい、久しぶりの受診だ。歯軋りのせいで穴が空いたようだ。まあ、それは構わない。構わなくないのは、銀座三越のオープンと重なったことだ。人混みで酔うのに…。アホだから、マリアージュフレールに行ってみたり、うおがし銘茶を覗いたり。はては、その三越に行ってみたりした。バカだね。疲れた。収穫はフォートナム&メイソンの茶をえたことかな…。知らないけれど有名らしい他の茶もあったけれど、まあいい。
2010年09月11日
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今日も、病院通いである。おかげで、弓の稽古がままならない。次は、五度目の挑戦となる審査がある。今日が締め切りなのに、稽古に参加出来ない。稽古場には行くが、ちゃんと情報が得られない。まあ、まともに掲示板を見ていないから致し方ない。体のなかで、射形の感覚が変化しているのだが、先生に見てもらえないのは残念である。焦っても致し方ないことだ。時期を待つことにしよう。
2010年09月11日
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橈骨神経麻痺になったのが、母方の祖母の誕生日。平成8年8月8日に88歳になった強者である。平成20年、100歳を目の前にして亡くなった。生きていれば、102歳か。 祖母は晩年、特別養護老人ホームで暮らしていたようだ。母が見舞いに行っても「どちら様ですか?」母が名乗ると「ああ、○○ね」、で、暫くすると「どちら様ですか?」となっていたようだ。母は、少し怒りながら、半分笑いながら話していた。 私は、自分の病気にかまけ見舞いにも行かなかった。 祖母は施設の人々に慕われていたらしい。なにかにかにつけて、「ありがとう、ありがとう」と感謝の言葉を口にしていたようだ。それが、祖母の生き方だから、ぼけ老人になっても変わらなかった。強者だな。 橈骨神経麻痺は、ビタミンB12のおかげか少しずつ良くなっている。まだ、箸はつかえない。刀も握れない。ペンは少々まともに使えるようになったくらいか。 祖母とは異なり、不足を数える毎日。真っ当な老人にはなれないな。老人になる前に、さっさと逝きたいものだ。
2010年09月10日
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仕事を始めるようになって、およそ半年が過ぎた。最初は、派遣登録での仕事からだ。2つ目の仕事を直接、期間雇用されている。 将来に向けての足がかりになるかもしれない、と思っていた。そう簡単な話ではないな。相手は社会保険労務士であることが多い。自身の知識の少なさを痛感する。まあ、この仕事を始めるようになって5ヶ月では相手にならなくて当然だ。勉強に向かう余力もない。 むしろ問題は、徐々に生活面で「どうでもいい」と云う感情が強くなってきている。仕事では、少し躁モードでいることが多い。でなければ、仕事にならない。家に帰る足が重すぎて、50メートルを歩く事にも難儀する。帰れば、ぐったりしているか、今日の出来事を話し続けるかだ。 幾分、それも面倒になり、ぐったりしたまま寝る。食事だと言われ、起されても食事を摂る気になれない。この一週間、そんな調子が続いている。おかげで、体重は減ったが筋肉も減った。 なんだか、どうでもいい。早く終わりにしたい。
2010年09月10日
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「かんばらない、一生懸命にならない」と云う目標は難しい。 いざ、職を得て働き始めると「今の自分で出来ること」を懸命にしてしまっている。殊に、電話の応答に出るようになってからは懸命にならざるを得なくなってしまった。私は時給制のパート職員であるが、電話をかける方は全てが正規職員であると勘違いしている節がある。用件をまくし立てるようにかけてくるものもいる。大概、主語がない。社会人として、応接のマナーがない。こちらがまごまごすると怒り出すか、そんなこともわからないのかと軽蔑する。こんな輩は結構多い。民間の取引先相手にも普段からこういう接し方をするのだろうか? 自分で、まず調べると云う習慣がない。わからなければ、聞けば良いと安易に考えている。調べてもわからないことについて尋ねなさいと教えられたものである。だから、わからない事がなんなのか、尋ねたい事、確認したいことがなんなのか。明確でないことが多い。素人か?それを解きほぐすのは、一苦労である。私が、早とちりしてしまうことも多いがね…。 で、馬鹿にされる事が大嫌いな私は、家で出来る限りの調べ物と関連書籍の購入に走る。ただでさえ、電話の応対の為に大幅な時間が割かれる。こちらのミスなら仕方ないが、相手のミスの為に時間を奪われる感触にほとほと疲労する。電話一つのかけ方で、こちらも変わる。命に関わる仕事ですら、ミスが出るのは当たり前なのである。 いい加減、「ミスがなくて当たり前」と考えるのはやめた方がよい。不思議なことに、ミスは二重、三重のチェック態勢を取っていてもすり抜けるものなのである。ミスが少ない方が望ましいが、ミスがある事を前提にしておいた方が眉間の縦皺深くはならない。 あ、話がずれたな。で、土日の休みだけでは足りなくなって、今日も休む羽目になった。これだけはしたくなかったのだがね。
2010年08月30日
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結局、かかりつけの医師の助言に従い、整形外科に行くこと決めた。整形外科では、手術の腕前に定評のある佐倉の病院にと決めていた。 以前、過って彼女の中指と薬指を切ってしまった。腱が切れおり、難しい手術となったためこの病院に転院したことがある。 で、私は、レントゲンと筋電図を取り、「橈骨神経麻痺」であることが確定した。が、原因は不明である。ソファや椅子、その他堅い所で無理な姿勢で寝るとなる事が多いと言う。が、普通に寝ているつもりだ。だいたい、寝ている時の姿勢などわかりようがあるまい。 8月8日、突然やって来たこの状態は今も続いている。早くて1ヶ月。長引くと3ヶ月。兎も角、パソコン入力がまともに出来ないのが痛い。
2010年08月29日
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先月からリリカを服用し始めた。4日目に左腕に力が入らなくなった。弓の稽古を始める時に気がつき、驚いた。審査を間近に控えていたので、少し焦ったが結局その時は二日程で復調した。 審査を終えた翌週の日曜日、今度は右腕が動かなくなった。前回は上腕・前腕・手首に力が入らなくなっただけだが、今度は指先まで動かなくなった。仕方なく翌日は仕事を休み様子を見たが、あまり変化はなかった。少しは動くことと仕事を休みたくなかったので、翌々日は仕事に出た。 日を追うごとに全体にあった痺れや感覚の鈍さがなくなってきたが、未だに指先のコントロールが効かない。手首をどうにか水平に持ち上げられるが、反らすことが出来ない。前腕の尺骨側の筋肉、指を伸ばす筋肉が働かない。箸は使えないから、スプーンで食事をしているが持ち方は幼児と一緒だ。ペンやキーボードを打つこともままならない。しばらくブログも休むことになった。 掛り付けの医師はリリカの副作用とは考えられないと言う。確かに、副作用として挙げられる項目にはこんな症状はない。いつも行く柔道整復師は、筋肉、腱、骨に異常が有るようには見えないと言う。ではいったい何が原因か?複合的に要因が重なり、動かなくなった…。としか言いようがなかろう。しばらくすれば元に戻るだろうが、不便ではある。仕事が捗らないことが一番嫌だ。 ようやく明日、掛り付けの医師の休みが明ける。リリカの服用は先週の土曜日からやめている。取り敢えず、再発を防止したい。また、早めに復調したい。神経科を受診することも考えた方が良さそうだ。
2010年08月18日
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「怒り」は人生を狂わす、危険な感情である。ちょっとした「怒り」ですら、自身の環境を狂わせ、人間関係を破壊する。「怒り」の感情ほど怖いものはない。また、コントロールする必要のある感情である。が、コントロールの難しさを特に強く感じる感情でもある。 何が「怒り」の原因になるのか?特定することが難しい。義憤などと思想が混じっているものもやっかいだ。「大切に思う」モノ(感情、物、人、出来事、)を傷つけられたと感じた時の怒り。自己保身の現れとしての怒り。自己を尊大にするための怒り。 自己の弱さ故の怒り。いろいろ有りすぎる…。 秋葉原の殺傷事件で、被告の動機は「怒り」だった。「どれだけ自分が怒っているか示したかった」という。掲示板の「荒らし」や「中傷」が、11人もの殺傷に繋がると感じられる(考えるではない・思うでもない)人はまずいない。そんなに多かったら、あっちこっちで同様の事件が起こってしまう。迷惑な話だが、多少なりとも「感じられる」者が存在し、同様の事件がこれからも起こると推測できる。 何をいいいたいのか?秋葉原の事件の被告の感情はわからない訳ではない。ということだ。人が何人死のうが、私には直接関係ない。被告が死刑になる事も関係ない。殺された人に、同情の感じを持たない。それが、他人だ。「怖い」だの、「許せない」などと発言したり、思っている者がいたとして、それが本心か欺瞞か?私は、とても心が狭いから、さして特段の感情を持たない。たた、「怒り」に関しては何が原因にせよ、他者に理解不能なところで「爆発的な怒り」が生じる事を知っているだけだ。常識的で、平穏無事に、普通に生きられる貴重な人々にはわかるまい。 人はわかり合えるなどと、甘い事を考えるのはそろそろやめにした方が良い。とこの頃思う。
2010年08月05日
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今日の審査の興奮状態が続いているようだ。 気になる事ばかりで、書き足らないのか?連盟に対する批判めいた事を書いていたが、実際運営に携わる人達は手弁当だ。審査員も、この暑さの中、午後6時頃まで審査し続ける気力に頭が下がる思いだ。 学生時代から、ずっとボランティアで児童・生徒を預かる機会をもってきた。それが、私を豊かにし、私を苦しめた。 なんにせよ、貴重な時間を割いて運営に携わる人の厚意を否定はしたくない。 どだい、今の私には、出来ないことである。審査に出るだけで、事前の体調管理に神経質になり、終わったとたん、興奮状態のコントロールが効かない。薬に頼らざるを得ない。その薬さえ飲もうとしないのだから、始末に負えないアホである。 目はくぼみ、頭は冴えない。手足に痺れを感じているし、筋肉の疲れも感じている。なのに、まだ何かを書こうとしている。……。 学科で、「弓道修練の目的」を問われた。私は、この手の問題が大嫌いなのである。道と名付けることで、術を精神修養に変えられると思い込んでいる。そんな簡単な話ではあるまい。「柔道」と名乗った講道館が元凶である。趣味の域で何故悪い?好きだからで、何故悪い?全員が、師範を目指すこともあるまい。日本の伝統的武術に興味を持った。だけでは答えになるまい。それが、弓道でなくてはならない理由を問うている。居合いでも、剣術でも、柔術でも、薙刀でもなく、弓である必要があった必然を問うている。ただの、偶然・気の迷い・あこがれ、だけである。審査に通るには、この手の問題でも出題者の意図を汲まなければ通るまい。迎合を強要される思いがする。競技者ではない、ただの一般人である。「弓道修練が日常生活にどのように生かされているか」こんな問題を、よく平気で出せると思う。羞恥心のかけらもないのか?そんなに弓道はすばらしい精神修養道なのか?私はただ、弓を引く行為そのものが好きなだけである。 幸い、私は素敵な先生に恵まれている。老醜をさらす様な人物はいない。円熟した人格を形成した方がいらっしゃる。それは、弓道修練が一翼を担ったにしか過ぎない。すべての弓道人が老醜をさらすことなく、人格に深みをもっているのなら認めよう。人のパーソナリティは、様々なキャリア(役割)を担うことで成長し続ける。その人が、常に考えていることが現実化して行く過程である。人格を第一に置いた時、述語として語られるすべてのものは二義的存在に過ぎないのである。そのくらいの謙虚さ、美意識をもって欲しいものだ。 ところで、 死に際しての置き土産を何にするのか。老人はよく考えろ。年を理由に甘える姿は醜い。年を理由に頑な精神をもつ姿は醜い。年を理由に若者を侮り、恐れる姿は醜い。
2010年08月01日
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今日の話の続きだが…。 県連会長の挨拶の中で、この暑い中十分熱中症に注意するように、自己管理し、審査が受けられないなどと云うことの無いようにとの主旨の発言があった。 社会人に対してはそれで構わない。また、付き添いのいる中学生に対してもだ。 しかし、引き合いに出した例が悪い。昨日、高校生の講習会があり、7名ほど気分の悪くなった者が出たと…。指導者や、進行係は何をしていたのだろう?1名もそのような者を出さない事が責務なのではないのか?これで、救急搬送が必要な者がでたり、死者が出なかっただけ有り難い話ではないか。死者でもでたら、誰がその責任を負うのか?県連の主催であるのだから、会長自身であろうに。まったくもって恥ずかし話なのに、恥ずかしさをまったく感じさせない発言であった。「残念なことに…」という枕言葉すらない。危機意識はあるのだろうか? 時々、弓道人のセンスのなさを感じることはある。人が集まれば、センスのない人も必ず出てくる。しかし、これは酷い。講習会という、個人レベルでの体調管理が難しい環境下で、しかも、高校生という体力があるだけに管理能力が比較的低い者を相手にしているのだから、指導する側の配慮が徹底しなければならない。と言う事がわかっていない。高校生だから、このくらいのことは出来るだろうとか、高校生だから、このくらい厳しくしなければならない。などと考えてはいなかったか?まったく。部活で毎日練習するのと、講習会で師範に直接指導を受けることの緊張感の違いをわかっているのだろうか?自身の経験を引き合いに出したところで、他者を量れるものではない。簡単な事なのだがなぁ。親から子どもを一日でも預かる事の危険を感じているのだろうか? 私は怖くて怖くてたまらないが…。
2010年08月01日
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四度目の正直ならず。またもや落ちた。少し、ショックを感じているが納得もしている。4ヶ月前に比べ、成長を感じているし、落ちた理由もある意味はっきりしている。 県連会長のお言葉、「審査は、落とす為にするのではありません。…中略…初段の審査を受ける人は既に初段の実力があり、弐段の人は弐段の…」つまり、その段位に見合う実力が確実に無いとだめだという訳だ。審査という緊張の場でその段位に見合う実力をだして見ろと…。正直、認識が甘かった。 で、私は、甲矢を、三時の方向に30cmぐらい外した。射場が滑りやすい事にうろたえて、重心が定まらなかった。ついでに、取懸けで筈をいつもより深くかけてしまい焦っていた。乙矢は、地べたを這った。甲矢に比べ落ち着いて、蝉の音を感じながら気持ちよく引けた。が、会に入って押し手が震え、いつもより狙いが高く(下方向へ)離れてしまった。離れは割合よく、弦音も冴え、まあまあ良い感じだが、地べたを這ったらねぇ。審査員の先生が、「え?どこに行ったの?」と身を乗り出していた。ほんと、それなりに良かったのにねぇ。 で、弐段の目安は「矢所乱れぬもの」とあるのだから、落ちて当然。まあ、そんなもんよ。昨日到着したばかりの矢で審査に臨むのだから、勝負矢の選定も出来ていないしね。ただ、これで的中率が上がれば、OKと云う感触をもっている。やあ、ほんと良くなったと思うよ。 で、悲惨なのは三段・四段。それぞれ、受審者は70名程度はいたと思う。三段は、ざっと見た感じで15名程度。四段は、わずか3名。 この暑い中、審査員の頭の中が茹だったのか、受審者がバテたか。穿った見方をすると、「故意に落として審査料を巻き上げようと考えている」と見られても致し方あるまい(国体があるしね…)。落ちる者が多ければ、また審査を受けなければならない…、で、また落としてやれば何度でも審査料を巻き上げられる。 それに、今日みたいに暑くて、審査員が冷静な判断が出来る状況では無いと見なすことも可能だ。200名以上の射を見続ける事が、この炎天下で可能か?と言う、素朴な疑問が湧いて当然だ。 審査が公平に行われていることを、証明出来るシステムを作らないとそのうちどこかから突っ込まれるかもしれない。実科の審査員五名の点数が各々何点であり、どこが減点かを明記する。学科の点数が何点であり、答案用紙を返却するなど。面倒な事だが、英検でも漢検でも、テストの結果くらいは返して来る。受審者の今後を考えたら、合否のみを張り出すやり方は考え直した方が良いであろう。 審査員の好みで決まるとのもっぱらの評判を、どのようにシステム化するのか?好みがあってもよい。仕方がない。それを、どうそれらしくシステム化出来るかが、問題であろう。
2010年08月01日
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今日は、これから審査に臨む。4度目の正直。今回は通りたい。 昨日の稽古での出来は、上々。だいたい、審査で良いモノはでない。最低ラインがどこまで底上げされたか。認められるところまで来ているのかを見られる。 昨日は、稽古のあとひたすら眠った。先週は、自身無理をしていたこともわかっていた。少しでも疲れが取れれば良い。今日一日だけなんとかなるだけの力が欲しかった。眠り続けて、少しは状態が良くなった。 後は、暑さ対策と、場所の確保。無指定から四段までの審査だから、かなりの人数になるはずだ。人混みで酔ってしまうのから、それをどうにかする事も大事だ。まあ、後は、どうにかなるか。
2010年08月01日
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昨日、仕事を早めに切り上げ整体師のところに行った。体の疲れ、ゆがみを正すことが出来ればありがたい。腰と背中に、背骨だな、少し歪みがあるのを治してもらった。 この体により多く休息を与えないと、すぐ動かなくなる。無理に動かすと躁になる。躁のあとには、より強い疲れが待っている。鬱にもなる。 睡眠が鍵なのに、十分に寝ることが出来ない。ジレンマだな。 とりあえず、普通に生活する。自ら死のうとしないこと。自暴自棄にならないこと。怒りをコントロールすること。生存する事を、とりあえす選んだ。選んだ以上、出来るだけの事をする。しかし、出来るだけの事がなんであるのかまだわかっていない。 留置場行きは1回。警察官に取り囲まれること、3回。ん、この一年間はない。少しは、コントロール出来ているといえるのかもしれない。 今の状態は良いとは言えないが、少なくとも警察のやっかいになっていないだけましと言えるか…。低次元の生活だが、これはこれで「良し」とする他はあるまい。 しかし、この重鈍な身体をもつこと自体、やっかいだ。
2010年07月31日
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躁状態で乗り切っていたが、疲労の蓄積が濃くなった。躁で、しゃべりまくした翌日は、ぶつぶつ独り言を言い。帰宅しても何もやる気力が湧かない。今日は、疲労で体が重く、動かすことが出来ない。 この、不自由な体の限界点だろう。こんな経過を辿るのかと、独り納得した。 居間で眠ってしまい、先程起きた。明日に備えてシャワーだけは浴びた。明日、何とか仕事をする事が保てば…。と云う考え自体が、無理の元なのだろう。 日曜日に、弓道の昇段審査を備えながら、何の準備も出来ていない。当日の暑さだけが気がかりになっていたが、その前に、エンストを起しかねない。 明日、明後日をどうする?
2010年07月29日
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躁状態だ。仕事が忙しくなり、残業もする事になった。時給労働者は、時間を切り売りするようなモノだ。さして能力のないモノは低い賃金で時間を買い取られる。そんなものだ。 忙しいだけなら、問題は少ない。ただ、書類とにらめっこしていれば良いのだから。だんだんと要領を得てきたので、時間があればそれなりの量をこなすことは可能だ。問題は、電話による問い合せだ。 時期として、たくさんの届書が出される。それを処理するのが仕事だ。当然、キャパシティを超える書類が届けば、時間を食う。だんだんと書類は溜まってくる。当たり前の話だ。そうすると、届け出た相手に連絡が行くのは、これもまた、当たり前に遅くなる。遅くなると、不安になる。不安だから、電話をかける。進捗状況の確認だけでも、それなりの時間を要する。その分、時間を奪っている事に気がつかない。 自身はそれなりに、満足をするかもしれないが、その時間で、何件かの届け書の処理が出来るのである。自分1人くらいの不安を持ったモノが、続々と電話をかける。その為に、本来の仕事がはかどらない。結果、自身の首を絞める事に気がつかない。電話を取る事によって、100の仕事が50以下になる。ますます、遅くなる。遅くなると、今度は文句を言い出す。黙って待っている事が出来ない。 まあ、そんなモノだ。何かに付け、人の行為は何かを犠牲にする。業とはよく言ったものだ。
2010年07月28日
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