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2023.11.08
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カテゴリ: 歩く


先月21日(土)に再びJR奈良線の東福寺駅に降り立ちました。京都女子大学の学舎で開催された公開講座を聴講するためでした。この駅での下車は、私が京都国立博物館に行く時の径路の一つです。
冒頭の 瀧尾神社 は先日再訪記をご紹介しました。石鳥居は本町通に面しています。
こちらは南側にある朱塗りの鳥居 です。鳥居をよく見ていただくと、柱の上部、島木の底面に接する箇所に台輪が設けてあります。 稲荷鳥居(台輪鳥居)の形式 です。

現在の地図表記では、 瀧尾神社は本町11丁目に所在 します。
この鳥居の近くから東方向は
この町名に なります。
この道路は「五葉の辻」 と呼ばれていて、 泉涌寺(センニュウジ)への古道 だったそうです。
地名の由来は、 五葉の松があったことによると 言います。 (資料1)
これが今も 「泉涌寺五葉ノ辻町」として地名に 残っています。

天正年間(1573-1592)に一筋北に新道ができ 、そちらが泉涌寺道になったことで、この道は古道になったそうです。 (資料1)

かつてのこの泉涌寺への道(五葉の辻)を経由して、東山七条の交差点へと歩くことにしました。

今ではこの五葉の辻は普通に民家が立ち並んだ普通の住宅街です。

道路の北側に小さなお堂 があります。地蔵堂かと思って近づくと、手前に 「大日如来」 と刻された香炉石柱が立っていました。

道路沿いにある小堂は殆どが地蔵堂で、大日如来が祀られているのは少ないと思います。


現在の道路を東に歩めば、 「東大路通」 に出ます。この景色は 東大路通の南方向を眺めた景色 です。通りの向こう、東側は ​「泉涌寺雀々森(ズズメガモリ)町」​ 。東大路通でかつての古道は途絶えています。

左折して、東大路通を北に 進みます。

「いまくまの商店街」 のアーケードが見えます。

交差点近くに、 「智積院」まで10分の標識 が出ています。

ここは、 「泉涌寺道」交差点 です。 北側の角に、「泉涌寺道」の道路標識 が見えます。
               
             交差点を東に横断しますと、角に立つのがこの標識。
「泉山御陵」 は、 京都市東山区今熊野泉山町にある陵墓の総称 (資料2)
地図を見ますと、泉涌寺があるのは「泉涌寺山内町」その北東隣りが「今熊野泉山町」です。ここには数多くの陵墓があります。
 この坂道が 泉涌寺道
道路の北(左)側は泉涌寺門前町、南(南)側は泉涌寺東林町です。

さらに上れば山内町で、 即成院(ソクジョウイン)、那須与市墓所、戒光寺(カイコウジ)、泉山、新善光寺 とお寺が連なっています。 その先に泉涌寺 が位置します。 陵墓への参道入口 が手前にあります。


東大路通の東側歩道を北に進みます 。北西方向に石柵と樹林が見えて来ます。


「新熊野(イマクマノ)神社」 です。白河上皇が法住寺殿を設けて、院政を始めたとき、熊野の神霊をこの地に勧請しました。神社の造営を担当したのが平清盛です。
「白河天皇法住寺稜」の御紹介をした折に触れています。 

この神社の北側は少し小高い地形になっています。以前探訪した時に歩いています。
自然の地形なのか、土塁のようなものが築かれた結果なのか、私には判断できませんが。


先に進みますと、右側にこの坂道が見えます。
南側角に、「鳥戸野(トリベノ)陵 中尾稜」と刻された道標 があります。
「鳥戸野稜」 は、上記の泉山御陵に続き、 泉山の一峰上に あります。 一条天皇皇后定子陵 以下1陵6火葬塚 がある御陵です。中宮定子に仕えたのが『枕草子』を書いた清少納言。中宮彰子に仕えたのが『源氏物語』を書いた紫式部です。中宮定子は皇后定子のこと。
「中尾陵」 はこの坂道を上ったところで、 今熊野宝蔵町に あります。 仁明天皇の女御沢子の御陵 だそうです。藤原総継(フサツグ)の女で、仁明天皇の女御となり、光孝天皇をはじめ三男一女を産んだ人です。
鳥戸野稜と中尾陵は、今熊野川の渓谷を挟んで相対する位置になります。 (資料1)

余談ですが、調べてみますと、 一条天皇円融寺北陵は、京都洛北の竜安寺内に あります。(資料3)
中宮彰子 、つまり一条天皇皇后であり、後に太皇太后となった 藤原彰子は、宇治市内の宇治稜 が墓所になっています。

この坂道は 、手許の地図を見ますと 「醍醐道」 と記されています。東山越えの道で、 別名「滑石街道」 とも称され、 府道118号 勧修寺今熊野線です。


この道路を横断しますと、空地が見えます。東の方に石段が見えます。
立ち寄って見ますと、
 公園です。
地図には 「宝蔵公園」 と記されています。 今熊野宝蔵町 の区域の北西隅になりますので、公園名は町名に由来するようです。

石段上からの西方向の眺め 。この景色の 右(北)側が谷間状になっていて、JRの鉄道線路 が通っています。東海道本線(JR琵琶湖線)が通っている幹線路です。


東大路通は、谷底を走る東海道本線を跨ぐ形に なっています。その橋が 「今熊野橋」 です。
橋上は工事が継続中であり、スッキリした橋を撮れません。そこで南詰東側の親柱だけを撮りました。

この橋を渡れば、智積院はほんの少し先です。智積院は別稿としてご紹介します。

ご覧いただきありがとうございます。

参照資料
1)『昭和京都名所圖會 洛東-上』 竹村俊則著 駸々堂 p53
2) ​ 泉山御陵 ​   :「コトバンク」
3) ​ 一条天皇円融寺北陵 ​  天皇陵  :「宮内庁」

補遺
泉山御陵参道【道標】 ​ :「フィールド・ミュージアム京都」
御寺 泉涌寺 ​ ホームページ
泉涌寺 ​   :ウィキペディア
中尾陵  花洛名勝図会 巻六 画像45 ​ :「国際日本文化研究センター」
Kyoto Japan【4K】醍醐道を歩く(妙法院→東大路通→東山七条→智積院→今熊野→滑石街道 滑石峠→大石神社→新十条通→坂上田村麻呂墓→小野駅)Walk the Daigo-michi St. ​  YouTube

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探訪&観照 京都・東山  瀧尾神社ふたたび -1 唐破風の拝所と瑞垣 へ
   2回のシリーズでご紹介。

こちらもご覧いただけるとうれしいです。
スポット探訪 [再録] 京都・東山   新熊野神社
スポット探訪 [再録] 京都・東山 泉涌寺山内 即成院と戒光寺
スポット探訪 [再録] 京都・東山 泉涌寺周辺の散策 御陵群・善能寺・来迎院
スポット探訪 [探訪] 京都・東山 今熊野観音寺
探訪 京都・東山 泉涌寺と周辺を巡る -1 瀧尾神社・泉涌寺道(古道)・勝林寺
  2019年に7回のシリーズでご紹介。





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Last updated  2023.11.08 11:41:23 コメントを書く
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