月夜茶会

月夜茶会

2009.09.05
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 大日本帝国東京都内。
 地球上の同じ都市で奇しくも、

「……」

 ピッ

 ピッ

 ピッ

 ピッ

 全く同じタイミングで、同じタイプの体重計にそんな音をさせる二人の少女がいた。




●東京都千代田区 宮城
「日菜子が?」
「はい」
 夏期休暇で全寮制の学校から戻ってきた妹が、朝からジャージ姿で出かけようとする。
 それを見た長姉、麗菜は、何かと運動したがらないもう一人の妹を誘うように言ったのだが、
「運動すると言い出したのは、日菜子姉様です」
「……」
 よく見ると、少し離れたところで、黒いジャージ姿の日菜子が、いかにも体が固そうな動きで、準備運動らしきことをしていた。
 動きからして、どうやら日菜子はラジオ体操を思い出せる限りやろうとしている。
 ところが、全然ラジオ体操になっていない。
「九条の方が体柔らかいわよ?あれは」

 手を腰にして体を後ろに反らせた途端、痛そうに腰をトントンとたたき出す。
 そんな日菜子に、麗菜が気づいたことがある。
「春菜」
「はい?」
「―――日菜子が着ている“あれ”って」

 麗菜がびっくりするほど体が柔らかい(いろんな意味で)春菜は、開脚ストレッチをすると、足におでこをつけた。
(日菜子がやったら股が裂けるな)
 そう思う麗菜に、春菜は答えた。
「サウナスーツです」
「あれって、ダイエットには効果ないでしょう?」
「はい」
 春菜は頷いた。
「体温が上がると脂肪は燃焼しにくくなりますし、汗が流れた分は、後の水分補給で元に戻ります」
「意味ないどころか、邪魔だと?」
「はい」
「それを知っていて、止めないの?」
「麗菜姉様は、止めますか?」
「……」


「……もうダメ、ですか?」
 汗だくになってその場にへたばった日菜子は、無言で頷いた。
「……って」
 春菜は、今まで走ってきた道を見た。
「まだ、1キロ走ってないですけど……あっ」
 春菜は、姉に言った。
「タマが何かくわえて走ってますよ?……あの白い布って、もしかして姉様のショーツでは?……あれ?」
 日菜子が脱兎の如く駆け出していったのを、春菜は唖然として見送った。



「次は水泳ですか?」
 結局、タマを追いかけて10キロ以上を走った日菜子は、汗だくのサウナスーツを脱ぐと、春菜から手渡された微炭酸入り飲料を一気に飲み干し、水泳をやると言い出した。
 単に暑いから水に浸かりたいんだろうと見当をつけた春菜は、つきあいで水着に着替えた。
 ―――少し、きつくなってきたな。
 愛用の水着の胸部分の締め付けがきつくなってきたことに気づいた春菜へ、殺意に近い羨望の眼差しを姉からヒシヒシと受けつつ、プールに向かう。
「姉様?とりあえず」
 プールに入ろうとする日菜子が手にしたものをやんわりと掴みながら言った。
「浮き輪はやめましょうね?」


「―――ごちそうさまでした」
 姉が半分泣きながら恨みのこもった視線を向けるのを無視した春菜は、昼食を終えた。
「やっぱり、スープパスタは大好きです♪」
「……グスッ」
「さ。午後はトレーニングですよね?姉様♪」
 日菜子は、自分の前には水しか置いていないテーブルを離れた。

 ご飯やパンに比べ、体内に取り入れたときのエネルギー効率が格段によいのがパスタの特徴だ。
 パスタに多く含まれるビタミンB群、特に白米の10倍とも言われるビタミンB1の効果により、パスタは食べた後は素早くエネルギーとなる上、余分なエネルギーも脂肪として体につきにくい。
 また、その70%が糖質とはいえ、果物などに含まれる糖質とは異なり、体への吸収がとても穏やかな分、ほかの食べ物よりも満腹感が長続きし、長時間にわたりエネルギー源となってくれる。
 さらに食物繊維が豊富なのも特徴。腸からのコレステロール吸収を抑え、腸に溜まった老廃物を押し出してくれる効果も期待出来る。
 それだけに、パスタはダイエットに向いている食べ物だ。
 実際、麗菜がこっそりとダイエットする時は主食がパスタに切り替わることを、春菜は知っているし、それを春菜自身がまねている。
 肝心の目の前の姉は、単に二人がパスタ好き程度にしか認識していないが……。


「これだけやったら絶対激やせ」
 そう書かれたメニューに従い、日菜子は必死にトレーニングマシンを操作する。
「姉様のご厚意は無駄にはしません……とはいいますけど」
 どう見ても、トレーニングは筋力増強を目的としたもので、日菜子の望む脂肪燃焼を目的としたものではない。
 しかも、
「あれ?」
 達筆な麗菜の手で書かれたそのメニューのタイトル。
 その端っこに、何か恐ろしく小さい文字が書き込まれているのに、春菜はその時、初めて気づいた。
「?」
 その意味を理解した途端、目の前で歯を食いしばってトレーニングする日菜子が、春菜は恐ろしく哀れな存在に思えてきた。
「……私も負けていられません」

 トレーニングメニューを終えた日菜子に春菜が差し出したのは特製ドリンク。
「恐ろしくドロドロしてるけど、何が入っているか?ですか?」
 その問いかけに、春菜はニコリと笑って答えた。
「プロテインです。ダイエットに効果ありますよ?」



「もう寝ちゃったの?」
 麗菜は壁の時計を見た。
 古い独逸製の柱時計は、麗菜のお気に入り。
 その時計が教えてくれる時間は、午後8時を少し回った所だ。
「はい」
 紅茶を飲みながらホクホク顔でワッフルを口に運ぶ春菜が頷いた。
「もう疲れた。もうダメとか」
 春菜は楽しげに日菜子の口調を真似てみせた。
「いつも怠けているからよ」
 ソファーに座った麗菜は、メイドが出した紅茶に口を付けた。
 お気に入りの茶葉が醸し出す香りが心地よい。
「適度に運動していれば―――ねぇ?」
「本当は、日菜子姉様って、恐ろしく運動神経がいいんですけどねぇ」
 春菜は何度も頷くと、ワッフルの残りを口に放り込んだ。
「不思議です」
「まぁ―――ね」
「それにしても姉様?」
 春菜はイタズラっぽく訊ねた。
「タマに姉様のパンツ持ったまま走らせるなんて、考えましたね」
「あなたもアドリブでよくフォローしてくれたわよ」
「しかも、特殊部隊兵士向けの、筋力増強用訓練メニューをやせるなんてウソついて」
「私、やせるとは言ってないわよ?」
「そうでした♪」
 春菜は笑って言った。
「激やせ“したらスゴい!”でしたよね?」
「本当、あの子はバカ正直だから」
「今日一日、効果があったと思います?」
「最後のプロテインで台無しです」
 春菜は言った。
「プロテインのダイエットがあることは知っていますけど、まさか日菜子姉様、食べた分だけやせると勘違いするなんて思いもしなくて」
「1キロがぶ飲みしたんだっけ?」
「―――はい」
「逆に増えるわね。確実に」
「明日から、ご飯はコンニャクをメインにするそうです」
「私、コンニャク嫌い」
「実は私も」
 二人は小さく笑いあった。
「―――春菜?」
「はい?」
「今日一日、日菜子と一緒に過ごして」
「はい」
「楽しかった?」
「はいっ」
 春菜は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「おかげで、麗菜姉様が日菜子姉様をイジる理由が判った気がします」
「でしょう?」
「はいっ♪」
「明日はどうしようかしら?」
「筋肉痛がどうのっていうでしょうから―――」
「あっ、それいいわね?」
「きっと姉様、お布団から出てこなくなりますよ?」



―――同じ頃、

 心配する両親をよそに、早々に布団に潜り込んだのは綾乃だ。
 アイドルは体力勝負である以上、普段から体を動かす分、実際、日菜子より綾乃の方がやせるという意味では有利なはずだ。
 その綾乃が、何をどうしようと、どうしてもやせることが出来ない理由は一つだ。

 ムクッ。

 布団に潜り込んで寝息を立て始めた綾乃が、不意に起きあがった。
「やっと寝てくれました」
 布団から出た綾乃は、軽く手を叩いた。
 すると、どこに潜んでいたのか、二人のメイドが、机の上にケーキと紅茶を並べ始めた。
「ハアッ♪」
 フォークを両手で握り、幸せそうな顔をする綾乃が言った。
「28センチホールを一気に食べる醍醐味♪カロリーとか怖くて、この子の体使わなくちゃ、とても味わえません♪」
 パンッ
 両手を合わせた綾乃が言った。
「日々、努力をしてる綾乃さん。本体である私、ティアナが、その努力を有効に活用してさしあげますね?」
 キラリッ
 磨き抜かれたフォークが光る。

「いただきまぁす♪」






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最終更新日  2009.09.05 09:47:42
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