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コメント新着

木蓮が咲きほこる季節になりましたね。私は家を買ったら、木蓮を植えるのが夢で~す。(写真は薔薇だけど)
そして、毎回コメントをありがとうございます! 悩んでいる方、苦しいと感じている方、そしてそれに対するコメントが、おぉ良いじゃないか!、その通り!、良いところついている!と思うものが大変多く、嬉しく感じています。
さて、最近、街を歩いていると、マイケル・ジャクソンの公演のポスターが目に入ってきます。ものすごく久しぶり、かつこれで最後ということで、なんと3ミリオンのチケットがあっという間に売れきれたそうです。すごい!ですね。
すごいなと感心しつつ、ポスターやテレビに映る姿を見るたびに、彼の整形手術中毒に思いが行ってしまいます。彼に限らず、お金も名声も卓越した才能も持ちながら、不幸感や不安から抜け出せずドラッグに溺れる歌手や俳優があとを絶たないのを観るにつけ、幸せは内側から得るものだとつくづく思います。
内側から得るものとは、結局、自分が自分をどれだけ受け入れているか(愛しているか)ということですね。自分が自分を受け入れていないとき、または自分のなかのある部分を嫌い、否定しているとき、私たちの不安や不幸福感は非常に高まります。
これは、 まったくの推測 ですが、例えばマイケル・ジャクソンの整形手術も、自分の容姿が変れば、自分はもっと満足するだろう、もっと幸せを感じられるだろうという思いにつき動かされていたのだろうと思うのです。
推測を続けますが、初期の整形手術で、お父さん(彼を肉体的に虐待していたそうです。)ゆずりの彼がものすごく嫌っていた鼻の形がまったく違う形になったとき、自分を前より受け入れることができたのかもしれません。
自分を受け入れる感覚、自分をもっと好きになれる感覚はとても心地が良いので、やみつきになってもぜんぜんおかしくないです。とりあえず、まったくの推測なので的外れである可能性は大ですが、言えることは、中毒とは、それがギャンブルであれ、買い物であれ、整形手術であれ、基本的に深いレベルで感じている飢えを埋めようとするものです。
で、その飢えは、自分を真に受け入れていないために生まれてくる感覚です。また、特定の誰かやなにかに異常に執着したりするのも根っこは同じです。 反対に言えば、自分を真に受け入れていたら、なにもなくてもかなり幸福感が高く、安定した心でいられるということですね。
となれば、自分を 無 条件に受け入れることに、お金も条件も要りませんから、それさえできれば、誰でも今すぐ幸せになれるということですね。
さて、前回のコメントに実際に肉体的か経済的に被害を蒙った場合はどうなのか?というご質問を頂きました。ありがとうございます! 字数制限があるので、ここにご紹介しませんが、言葉とか態度なら、相手の問題と見ることができても、無実なのに罪を問われたり、またはなぐられたりしたら? 相手の問題ではあるけど、実際に被害がある場合はどうなのでしょう?というご質問です。
人生ではいろいろなことが起きますから、肉体的な暴力を振るわれたり、無実なのに罪を問われたり(冤罪)することはありえますね。こんな一見相手の行動のせいで自分が被害を蒙っているように見えるときでも、鍵はやはり自分のなかにあります。(無抵抗でいろということではありません。)
まず、同じことが起きても、みんな違う反応をするということを思い出してくださいね。では、「自分を受け入れている人、つまり自己愛が高い人」とは、この状況でどう感じ、どう反応するでしょう? また、「そうでもない人」は、どう感じ、どう思い、どう反応するでしょう? ちょっと想像してみてくださいね。
無実の罪を着せられるなどは、誰にもちろんとっても嫌でショッキングな出来事ですが、感じること、見えていることが違えば、違う反応をします。そして、違う反応をすれば、結果も違ってきます。
ここで強調したいのは、自分が自分を受け入れているかによって同じ出来事に遭っても、感じること、見えることが違うということです。そして、違う反応をするので、二人は違う結果を経験します。
自己愛の高い人は、自分の能力に対して自然に自信があるので、おそらく自分を被害者としてみないでしょう。そして自分には状況を対処できる能力があると深いところで強く感じているので、言動にもパワーがあります。
一方、自分を受け入れていないと、他者から誤解されたり(=受け入れられていない)、嫌なことをされたりすると、ものすごくこたえ、そして自分はOKだという感覚が低いので、自分を被害者としてみるかもしれません。その場合、「私には力ない」と思っていることなので、言動がどこか自信なさげだったり、卑屈だったり、懇願しているように見えたり、または怒って泣いているように見えたりするかもしれません。
どちらのほうが同じ出来事の中で、心が楽で、良い結果を生む確率が高いかは、たぶん皆さんお分かりでしょう。と、書くと自分を受け入れていないあなたが悪いのですと言っているように聞こえるかもしれません。(そういうことじゃないですよ。良いとか悪いとかではなく、なにが苦しみを生むかということです。)
また、同じパターンを繰り返すときは、必ずそこになにか気がついていないコア・ビリーフがあります。(例:私は損をする側の人間だ、私は価値がない=私の言うことは価値がない=私の言うことに人は耳を傾けない、などなど)
もし、今度濡れ衣を着せられたとき、今までと同じ感覚に陥り、同じ思考をし、同じ反応をしている自分がいたら、楽になる鍵、パターンを変える鍵は、私は今どう感じているだろう?なにを考えているだろう?と見つめ、そしてそれが分かれば、次に、私はどうしてこう感じるのだろう?どうしてこう思うのだろう?などなどと見つめていくことです。
自分を受け入れているかどうかで、浮かんでくる思いが違います。また、どんなコア・ビリーフ(気がついていない思い)があるかでも、感じること、考えることが違ってきます。
ですから、そこを見つめ、あぁこの思い(コア・ビリーフ)のせいで、私はいつもこう感じていたのだな、などと見えてきたとき、同じ出来事がはじめて少し違う目で見えてきます。
そして、その思い(コア・ビリーフ)が癒されてきたとき、出来事に対する感覚も変ってきます。(自分を苦しめるコア・ビリーフは、ほぼ100%、自分のなにかを否定した思いです。まり、自分を受け入れていない思いです。)
そして、同じ出来事に対して、自分の感覚、反応が変ったとき、それがはじめて真の変化の始まりです。そこから経験することが変っていきます。
さて、長くなってしまいました。こういった自分を見つめる具体的なやり方を経験したい方、ぜひ公開カウンセリング(セミナー)にいらしてくださいね! 今回はエクササイズもご用意しております。(*^。^*)
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