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2009年07月02日
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さて、今日はコメントにコメントさせていただきます。コメントありがとうございます!長いので、少し省略させて頂きました。

今、私はそのような状態にあります。いくらがんばってもうまくいかない状態が何年も何年も続くともう立ち直れないほどの精神状態になります。<略>こんな状態で生きる事の意味がまったくわかりません。いつかいつかと思っていたことはなにひとつ叶わず、私は私のことを嫌いになりつつというか、もう嫌いなのですね。みじめな状態になっても、それでも自分を愛するなんて、なんで、そんなむずかしいことをしなくてはいけないのしょうか?<略>眠る時にいつも絶望の中で眠り、息を止めたり、首をしめたりしたこともあります。どこに、どこに、希望があり、そんな自分を認めて、好きになれるのでしょうか?

幾人の方が、とても暖かいコメントをこのコメントに寄せてくださいました。大変感謝いたします! このような訴えを聞くと、みなさん自分にも思い当たることがあり、苦しいだろうな、辛いだろうなと感じられることでしょう。

私もなんとか希望が見える出来事があれば、さぞかし救われるのに・・と心から思います。と、同時に、こういう暗闇にいる状態で「今、ここに愛があり、幸せがある」というスピリチュアルな教えにどうしたら気づけてもらえるのだろう?とも思うのです。

具体的にどういう状態を望んでいて、なにがうまく行かないのかが分かりませんので、この方へのお返事はできませんので、一般論のお話をさせてください。私たちは、うまくいかないとか、何かが叶わないとか、たいてい状態のせいで自分は苦しいと思うものです。

しかし、くり返しになりますが、私たちを苦しめるのは、状態ではなく、状態に対して自分が抱く思いなんです。状態を解釈し、その思考から、また別の思考が枝葉のように生まれ、その思いが、私たちをがんじがらめにしてしまうんですね。

状況を変えたいと思うことは、良いことでも悪いことでもなく、たんに私たちの選択です。Aという状況からBという状況へ変えたい。例えば、お金がない状況(A)からお金がある状況(B)、彼がいない状況(A)から彼がいる状況(B)、病気の自分(A)から病気じゃない自分(B)、親の面倒をみなくてはいけない自分(A)から自由になんでもできる自分(B)、などなど。

私たちは、Aを悪い状態と 解釈 、Bを良い状態と 解釈 する ことが多いと思います。良い、悪いと解釈した時点で、すでに苦しみがはじまります。そして、Bの状態が見えてきたとき、希望があると思うでしょう。でも、まったくBの状態への可能性がみえなかったら、希望はどこにあるのだと感じます。そして、その状態が何年も続けば、たぶん、天を恨んだり、自分に腹を立てたり、ひがみぽくなったり、とにかく苦しい状態になるでしょう。

そして、ここがものすごくシンプルで、でも、ものすごく難しいところですが、 Aの状態もBの状態も、愛(幸せ)はそこにあり、完璧だということなんです。 ただ、私たちはAの状態のとき、愛を感じられず、また完璧さを見ることができないんですね。

私は、多くのマスターが「すべてのことは、あるがままで完璧である」というのを聞いたり、読んだりして、わかるようで分からないとずっと思ってきました。“でもでも、幼児虐待や貧困、戦争やテロはどうなの?”と思っていたのです。しかし、最近ようやく分ってきたのは、私は状態にこだわり、良い悪いと頭で解釈しているために、思考をはずして、その状況や関わる人々を無条件で愛することを忘れていたのだということです。

ある日、私はパートナーの息子と話をしていました。部屋はだいぶちらかっていて、足の踏み場もないなかで、彼は、欝の苦しさと絶望感にうなだれていました。私は、部屋がちらかっていることも嫌でしたが、彼が鬱であることがずっと嫌でした。ただ、彼のことが好きでしたので、それをあまり意識していませんでした。どちらかというと、なんで、普通の明るい若者じゃないんだろう?と憂いていた、という感じです。

どうして、それがどう起こったかわかりませんが、話をしているうちに、私のなかから溢れるような彼への愛おしさが突然押し寄せてきたのです。涙が溢れて止まらず、気づかれないように拭いましたが、すぐに溢れてきます。そのときに、この子は、このままで良いんだとはっきり感じたのです。本人は、うつむいてうなだれていますから、普通に見たら良いはずはないのですが、それでも良いんだ、これで完璧なんだとはっきり感じたのです。

ちらかっている部屋に目を移すと、それはもうなんの意味もなく、ただものがそこにあるだけで、それで完璧なのだとやはり感じました。このとき、多くのマスターが言う「すべては、ありのままで完璧だ」という言葉と、「愛がすべてである」という意味が分かったような気がしたのです。私が私のなかにある無条件の愛を感じられたとき、そのときにすべてが愛で、ものや私たちは愛が形を変えたものだと感じました。

さて、状態を変える必要がないと言っているのではありません。変えたいのなら、どんどん変えれば良いし、変えようとしても変らないのであれば、やり方を変えるか、自分が気がついていない思い込みがあるはずなので、それに取り組むと良いでしょう。

ただ、書きたかったことは、 ある状況にならないと幸せは来ないということではない、ということなのです。幸せは、起きたり、どこから来たりするものではなく、今ここにあることに気づくことなのだ、 ということです。

無条件の愛は、つねに私たちのなかにあり、それが減ったり、消えたり、絶えたりすることは決してなく、そして、私たちが無条件の愛を感じた瞬間は、そのときどんな状態に私たちがいようとも、それは素晴らしい瞬間、時になります。

今、彼の鬱はよくなるべき(条件)といった思いが、まったくなくなり、私自身がとても楽になりました。そして、彼に対して愛おしい気持ちが何倍も増え、それを感じたのか、ポジティブな気持ちが彼のなかにも芽生えてきました。

スピリチュアル心理学のベースにしている奇跡の学習コースに、「奇跡とは、私たちを愛から遠ざけているブロックを取り去ること」とありますが、私たちの思い、期待、心の傷、心の飢えといったブロックが取れると、そこにあるのは、永遠に広がる無条件の愛だけなんですね。ということで、やっぱり、自分を見つめて、思考のブロックからはずしていくと良いかもしれませんね。ハート






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最終更新日  2009年07月02日 17時46分33秒
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悪い状態と解釈しているだけ、、なるほど♪  
菜の花 さん
ありのままで、完璧。
今、小学校で子ども達をサポートする仕事をしています。
気になる行動や言動の目立つ子問題行動のある子に寄り添ったり、
見守る仕事なのですが、中々難しいときもあります。
日本の小学校の中では、子ども達に『ありのままで完璧!』と言い切れる時間が少ない様に思います。
義務教育の現場では、いつもAをBへ指導することが多い気がします。。
私がしんどく感じるのは、Aの状態の子を悪い状態だと解釈して、
Bの状態の子になってもらわないとみんなも『私も』困るなぁ。。
と信じている時です。
でも私の安心のために子どもをコントロールしなくてもいいなんて♪
壮絶な現場では、中々そう思える瞬間は少ないかもしれませんが、、
今以外の完璧を目標にしないことですね♪
子どもはみんな一人一人、すでに完璧に存在してますもん(笑)
忘れる度に思い返しつつ、子ども達を見守ってみようと思います。
いつも、タイムリーなお話しをありがとうございます☆



(2009年07月02日 19時01分54秒)

息子さんのお話、素晴らしい。  
rei_m さん
そして、実際にそうなってみないとなかなかわからないことなのかもしれませんね。

「Aの状態」というのは、「そこに愛はあるのにもかかわらず、ただ表に現れていないだけor見えていないだけ」と解釈すればいいのでしょうか。 (2009年07月02日 20時01分40秒)

Re:思考の向こうにいつも愛(07/02)  
ふかきゅー さん
いとおしさが溢れるときってありますね。
お蔭様で、わが子に対しての見方が大分やわらかくなりました。
そのままでいいよ、って思えます。

パートナーの息子さんの話、とてもよくわかりました。状況はなにひとつ変わっていないのに、見方が変わるだけで愛せるようになる・・・気付くだけでいいんですよね、そこにある「愛」に。

私は、どんな状況でも、当事者は一生懸命ベストを尽くしているのだと解ってからラクになりました。
どんな人も、そうなんですよね。どんなに手を抜いているように見える人でも、それもその人の、その時点での「一生懸命」の結果であり・・・。(もしそう感じることができないなら、それを拒むコア・ビリーフがあるってことだと思います。)

良い悪い、勝ち負け、といった力関係から価値を見出すのではなく、私たちはそのままで価値があるっていうことなんですね。価値を感じるのに、必要なものはなくて、ただただ存在しているだけで価値がある。
幸せになるために、なくてはならないものは、ないんですね。

そう思える視点を獲得するために、私はあゆかさんのワークが本当に役に立ちました。
ありがとうございます^^

・・・そんな私は、まわりからすれば「なんでやきもきしないの?なんで心配しないの?頭がゆるいんじゃないの?」って思われてるかもしれませんが(笑)。
(2009年07月02日 20時56分25秒)

Re:思考の向こうにいつも愛(07/02)  
タエコ さん
タイムリーなお話ありがとうございます。

私も、最近、敵認定していた人に愛を感じたできごとがありましたので、シェアさせてください。

私にはとっても苦手で、離れたくて逃げたくてしょうがない上司がいました。もうどうにも関係は修復できないと絶望感でいっぱいでした。
ある日その上司に小言を言われた際、
ぽそりといわれたんです。
「まるで俺がいじめてるみたいじゃん」
きょとん!でした。
でも、はっとしました。今まで自分が被害者だと思っていたけど、
私が指示された事を行動にすばやく移していれば、小言を言われることはなかった
つまり、小言を環境を作っていたのは自分だったんです。加害者だった!!!
えーーーーーー。目からウロコのショックです。
そこから、見方ががらんと変わりました
自分が本来気をつけるべきことを、注意して改善する機会を与えてくださっている事に感謝の気持ちがわいてきたんです。
言い方にイラッとすることはしょっちゅう(汗)ですが、奥底に感謝の気持ちがあるだけで全然気持ちが違いますね~。。。楽♪

これも、
あゆかさんの本のワークをしたり、エゴ、ハート日記をちょっとづつ続けてきたことの成果かなぁと思っています。感謝☆
(2009年07月02日 21時33分17秒)

Re:思考の向こうにいつも愛(07/02)  
典雅 さん
ハイヤーセルフ(あるいは真我、内なる存在)はいつだって完璧。
そう思えないっていうのは、自我(つまりは、エゴ)の方なんですよね。
あゆかさんのブログほど、愛あふれるブログを他に知りません。
読みながら、涙、涙です。 (2009年07月02日 22時14分18秒)

感情と付き合う  
サマリー さん
Aの状態はダメでBにならないとダメ。
こんな思い込みで、人を、そして自分自身を裁いていました。それでは自分がとても苦しいです。

人によって状況も、学びの段階も違うので、比較するものではないのでしょうね。

良い・悪い、と決めつけるのは自分の中の奢りだと気が付きました。
気が付けたのは第一歩だったと思います。

苦しんだり、不安になったり、悩んだりetc色々とありますが・・・、こういった一見マイナスの感情もある意味あって当たり前なんだと思います。生身の人間なので。

また、十分味わったら手放していきたい、と思っております。感謝の気持ちも忘れずに・・・。

いつもありがとうございます。
   (2009年07月02日 22時42分07秒)

どうか教えてください  
さち さん
先日、うつ病の娘のことで同じような経験をしました。ずっと焦らせることも責めることも態度では表さないようにしていましたが、心の中では『早くしっかりしろ。いい加減に甘えるな!』と叱咤激励してきたように思います。そんなときは、私自身もとても辛かった。ところが、あるとき不意に『彼女はこれが精一杯なんだ。これでいいんだ。』という気持ちが沸いてきてそのとたん、涙が止まらなくなりました。不思議な感覚でした。今まで一人でうつに耐えて本当に辛かったろう。ゆっくり付き合おう。そう心から思えました。
彼女が心のバランスを崩したときに、楽な気持ちで見守ることが出来るようになったせいか、最近娘は随分と明るくなってきたと思います。今まで私はたぶん心と顔を強張らせて、形だけ優しい言葉を掛けていたのでしょうね。

それから長くなってしまいますが、どうかお力をお貸し下さい。
今、私には借金を繰り返す夫がいます。
このことは、どうしても完璧とは思えません。当事者は一生懸命ベストをつくしている…とも思えません。
そんな状態は変えれ(離婚)ばいいのに、変える事をとても怖がる私がいます。孤独感、心細さに押しつぶされそうになります。怖くて怖くて、辛くてもここにとどまると考えたときのほうがどこかホッとするのです。
こんな目に遭う自分、臆病な自分、何も決めれない自分を責め続ける私がいます。エゴの声ばかりが聞こえてきて自分の本当の声が聞こえてきません。


(2009年07月02日 23時40分14秒)

ありのままで。  
ゆめこ さん
現在、わたしは仕事も探せず、ずっと実家にひきこもって半年になります。

どんなに自分自身を責めたことか。。。
どんなに孤独と罪悪感を感じたか分かりません。

前回のあずささんのコメント、
今回のあゆかさんの息子さんの話、
本当に、自然と泣けてきました。
涙がどんどん溢れてきて、止まらなかったです。

>この子は、このままで良いんだとはっきり感じたのです。

本当に本当に、やさしくて、あったかーくて、
安全で、安心で包み込んでくれるような。
そんな言葉ですね。

さちさん。
わたしのお母さんもそんな風に、
思っていてくれたらうれしいなぁ♪と感じました。


(2009年07月03日 00時28分59秒)

Re:どうか教えてください(07/02)  
ううむ さん
>『彼女はこれが精一杯なんだ。これでいいんだ。』という気持ちが沸いてきて

よかったですね。そこに至るまで大変だったと思いますし、そんなときがくるとは思ってなかったでしょう。
私は精神的なものではないですが、先天性の疾患があり、「病気=治さなければならないもの」という周囲からの暗黙の重圧に苦しんだ一人です。治らないものや、難治性のものを(早く)治せと言われたり、そんな空気を感じるのはかなりつらいものです。ですが、受け入れ理解する側もつらいこともよく知ってしますし、そこに至るまでにも時間がかかるものです。また理解や受容できる人ばかりではないのも現実です。よく頑張られましたね。

よく経験者として「治そうとしないであげてください」と言うのですが、「え?私は治ることを願っているんですよ?」とか「あのままでいいというのですか?」と抵抗を示す方もいるのですが。それは医師の仕事というのもありますが、周囲が治そうと必死になればなるほど「今の私って駄目なんだ」と思っちゃうんです。病気と闘う人にとって必要な安心感とは逆のものを与えてしまうことになるからです。
どうか今の気持ちを忘れないでくださいね。


>こんな目に遭う自分、臆病な自分、何も決めれない自分を責め続ける私がいます。

それがあってもなくても、さちさんの人としての価値というのは何も変わっていませんよ。
娘さんを受容したように今度はご自身を受容してあげる番かもしれません。


(2009年07月03日 08時04分54秒)

Re:思考の向こうにいつも愛(07/02)  
えみりん。 さん
とてもタイムリーでした!!!
よく、「自分にやさしくできると人にもやさしくなれる」といわれていますが・・・
わたしの場合、今日、この記事を読めて、他人に対して、すこしゆるい気持ちが持て(余裕がもて)たら、ここのところ、ずっと、自分のことがだめに思えて仕方がなくて、「わたしみたいな人間、この世にいる必要あるのか?もっと意味のある人生で、それなのに、病気だったり、大変な障害があるような人に、わたしの体とか命とか使ってもらった方がいいんじゃないだろうか」とすら、思っていたのが(ひさびさに来たどん底気分だったので)「わたしも、このままでいいんだ・・・」と思えました。
よく世間で言われているのとは、逆の方向から、「他人を『そのままでいいんだな』と思えたら、自分のことも、『こんなだけど、いいのかぁ・・・』と感じることができた」と言うか。
あゆかさんのブログは、本当にいつも的確で文章もわかりやすく、ものすごいヒントになります。
ありがとうございました。 (2009年07月03日 11時36分09秒)

rei_m さん。  
えみりん。 さん
(字数制限にかかってしまったので連続ですみません・・・)

ちなみに、rei_mさん。
たまたま、わたしも、あゆかさんが時々引用されている、ア・コース・イン・ミラクルズを学んでいるので、代わりに・・・(おこがましいですが・・・汗)

>「そこに愛はあるのにもかかわらず、ただ表に現れていないだけor見えていないだけ」と解釈すればいいのでしょうか。

どちらかというと「見えていない」ということだと思います。または、エゴりすぎてて「感じられない」というか。
自分のことが嫌いで嫌いでどうしようもない時、というのは、ほんとうはハートの真ん中にある、きらきらした光(太陽と表現してもいいかもしれません)のまわりに、自分をだめ出しする「エゴ」という暗雲が、たちこめてしまって、光が見えない状態なのだそうです。
もともとみなが持っている、すばらしい物(愛と言うか・・・)が、見えなくなってしまって、そこから自分だけ、まるで遠く切り離された場所にいるみたいに感じるのが、つらかったり、苦しかったりするみたいです。ってそこまでわかっている癖に、いまだに・・というか、昨日まで・・・というか、このブログの記事を読むまで、自分のハートに大雨大嵐を起こしていた自分ですが・・・(汗)おせっかい失礼いたしました・・・ (2009年07月03日 11時36分58秒)

くせ者=悪い状態と決めているのは自分の思考  
あっきーママ さん
☆「ある状況にならないと幸せはこない」と決めている自分の思考に一発ガツンとパンチをくれて粉々にしてやりたいです!!!
☆「一生懸命に勉強して世界最大といわれたアメリカ企業の日本代表の秘書になり、結婚後も勉強を続けてクリントン元大統領、ウォーレン バフェットの仕事と、人様に誇れる仕事もこなしてきた=だから自分の子供も優れたところがあるべきだ」と頭の中でガッチリフレームを作っていたのです。この思考を手放さないと私の苦しみは消えないとわかっているのです。
あゆかさんにしっかり教わっているのに、いまだに私のなかに巣食っている低レベルの思考を私の中から追い出します。子供たちの成績はそのまま子供たちのもの。私自身の価値はこの世に存在する唯一のもの。彼女たちの未来もそんなものに左右される安物ではない。私の思考が勝手に限界を決めている。
☆大丈夫、私たちにはいつも宇宙からの愛がそそがれている!気がつこうとつくまいと、大きな力に守られている!
☆じ~っと自分の心と話し合います。
魂の修行のためにせっかく生まれてこれたこの時間を大切に過ごすためにこの課題を乗り越えます(*^_^*)ファイト!!!

☆あゆかさんのブログのサポーターの皆さんにもエールを送ります!!! (2009年07月03日 21時15分42秒)

頭では理解しても  
さとう水 さん
あゆかさん、みなさんこんばんは。

「ありのままで完璧」今の私は『納得』はできます。
しかしながら、その後に愛が溢れてきたり、充実した実感が湧かないのです。
「ありのままで完璧。・・・だから何?」という感じで、愛が感じられないのですね。

真の意味で、ありのままの愛を実感するには、また別次元の理解が必要なのでしょうか?
日本の教育はAからBへ行くことを当たり前で目標とさせられてますので、「ありのままでいい」ということになんの愛も、意味も、実感も感じられません。 (2009年07月03日 23時44分58秒)

さちさんへ  
レイ さん


(2009年07月04日 01時33分17秒)

心が温まる内容なんですが  
マイケルふぁん さん
私にも不眠症で苦しんでいる妹がおり、どうやったら治るんだろうとばかり考えていました。
確かに今でも治してあげたい気持ちはありますが、このブログを読んでいてくれるだけで幸せという気持ちも芽生えました。妹にも教えてあげようと思います。
ただやっぱり幼児虐待は分からないです。少し前の話ですが、義理の父親に虐待され衰弱死した女の子を新聞でみました。彼女はベランダに締め出され、正座させられ、殴られ、その恐怖で失禁し、それでまた父親が激高し殴られ続けて最期はうわ言を言いながら亡くなったそうです。その女の子は母親が大好きで母親と離れたくなかったから逃げなかったそうです。その母親からも裏切られ、こんなむごい殺され方をしても、
最期まで母親を信じていたんだろうなぁと思うと涙が止まりませんでした。
あゆかさんのブログか本で、誰も生まれる前にのたれ死ぬなんてシナリオを書いてこないと読んだ事がありますが、この事件を見てじゃあこの子の人生はいったい何なんだったんだろうかと思います。あくまで他人の人生なのでもしかしたらそんなシナリオを書いてきたのかもしれませんが、納得できる理由が知りたいです。


(2009年07月04日 03時52分46秒)

Re:思考の向こうにいつも愛(07/02)  
愛子 さん
「ありのままでいい」この言葉を何度目にし、何度自分に言い聞かせたかわかりません。でも、今回の日記を読んで、まだ私は、表面のところでしかこの言葉を受け取っていなかった気がしました。あゆかさんの日記が心の深い部分に触れ、涙があふれて来ました。そしてその深い部分から愛が流れたように思いました。ありがとうございました。 (2009年07月04日 07時18分48秒)

Re:思考の向こうにいつも愛  
アミーゴ さん
こんにちは(^^)
今回取り上げられたコメントのような状況、すごく分かるなぁ~、と思います。私も何度も経験済みですもん。(それに寄せられた他の方々のコメントもほんと秀逸ですね(T_T)読んでて良かった。)
おかげさまで今はのんびり穏やかに暮らしていますが、苦しかった時期と状況はほぼ変わってないなぁ、と思いました。
やっぱり、心の中が変わったんでしょうね!
最近思うのですが、愛とか人の価値とか幸せって、人間の根幹にあまりにも厳然と、ゆるぎなくありすぎて、かえって気づけないのかもしれない、と思います。
空気は目に見えないけれど、動いて風になったり、香りがして存在がわかりますが、愛や幸せはそこにどど~んとありすぎて分かりにくいのかなぁ~と考えてます。
反対に絶対だと思っている、私たちの思考や状況のほうが、刻一刻と移ろって、はかなく、頼りないものなのかもしれませんね。
確かに貧困や犯罪といった納得しにくい状況も多々ありますが、あくまでわたしの予測なんですが、私たちは魂の時点で本当は傷つきえないと知っていたのかもしれない、と思います。
そうじゃないと、小心者の私がわざわざこの世に生まれようとした納得がいきませんf^_^;
いや、それとも、相当うっかりしていたのか…!?
ただ、やっぱり貧困や犯罪や戦争なんかは、出来るだけ無くす努力はしていきたいものですね。 (2009年07月04日 08時11分24秒)

Re:思考の向こうにいつも愛  
灼熱 さん
さちさんが心の安らぎを感じられるよう。
そして記事わ相変わらず納得出来る内容だった。
いつもありがとう。 (2009年07月04日 14時53分07秒)

Re:rei_m さん。(07/02)  
rei_m さん
えみりん。さん

レスありがとうございます。

なるほど、「見えていない」のですね。

よほど過酷な状態(例えば殺人鬼が目の前にいて今まさに自分に向かって包丁を振りおろそうとしている、しかも逃げることも抵抗することもできない、というような?)である場合を除いてはそういうことになるんでしょうね。

例えば「職場の人間関係で辛い思いをしている」というような場合は「それでも仕事があるということを考えればある意味、幸せと言える」のかもしれないですしね。それに、本人さえそうしようと思えば「転職する」「カウンセリングを受ける」という選択肢は一応、あるわけですし。 (2009年07月04日 15時08分10秒)

Re[1]:rei_m さん。(07/02)  
迫ちゃん さん
ちょっと最近気になることとリンクしていたので、横からレスつけさせてください。

rei_mさんの

>よほど過酷な状態(例えば殺人鬼が目の前にいて今まさに自分に向かって包丁を振りおろそうとしている、しかも逃げることも抵抗することもできない、というような?)である場合を除いてはそういうことになるんでしょうね。

の部分ですが、私も、rei_mさんに同感です。

でも、過酷な状態でも「幸せ」を感じることはできると思うのです。つまり、この世の人の中には、そんなヒドイ状況の中にも愛を感じられる人もいると思うのです。

常識的に考えれば、ありえない話です(笑)

でも、私は、無条件の愛とはそういうものだと思うのです。だって無条件なんですから。今のところ、私もそんなすごい愛を感じたことはありません。でも、あると信じたほうが、自分の気分がいいような。

すいません、変な話ですね。

(2009年07月04日 17時25分37秒)

Re[2]:rei_m さん。(07/02)  
rei_m さん
迫ちゃんさん
>でも、過酷な状態でも「幸せ」を感じることはできると思うのです。つまり、この世の人の中には、そんなヒドイ状況の中にも愛を感じられる人もいると思うのです。


そう言われてみれば・・・
お釈迦様は、更にその前世で、飢えた虎にわが身を投げ出したという伝説がありますが、おそらくその時、お釈迦様は喜びまたは幸せを感じていたのでしょうね(そのような場合、肉体的にも、もしかしたら痛みを感じなかったのかも・・・ってグロい話ですみませんが)

「究極の、無条件の愛」とはそういうことなのかもしれませんね。

これは深くて面白いテーマですねー。 (2009年07月04日 18時10分07秒)

性格と思われることも、思い込み(ブロック)と関係があるのでしょうか?  
ララ さん
こんにちは、拝見していて、いつも励みになっています。
以前から感じていたことですが、自分はある意味「完璧主義」と言ったらいいのでしょうか。具体的にいいますと、日常において、些細なことが気になってしまい、それについて数日経っても頭から離れない傾向にあるんです。せっかく、毎日気分良く過ごしているのに、そのことが頭を過るとふと落ち込んだり、どう処理しようかと、思い巡らせてしまいます。こういう思考が私の快適な未来創造を邪魔しているのは解っているのですが、自分のこういう性質を抱えて、どう快適に生きていくか悩んでいます。

例えば、ある日のこと。私にはある苦手な人が職場にいます。特別な用事がない限り接しないようにしていますが、挨拶など必要なことはお話しています。私はその日、用事があるのですぐに帰宅したかったのです。でも帰り際に引継ぎのことを話し掛けられ、その時に”宜しくお願いします”とだけ伝えて、急いで帰りました。フロア-には他の人や上司もいて、”彼女への対応がまずかったかな””苦手な人がいると周囲に思われるのは弱みがあるようで困る””仕事をきちんとこなしていないと上司に思われたかも、だとしたら評定に影響するかな”等と感じてしまいます。普段、上手に場の空気を読めないから、余計に気になってしまうようで。

誰にでもミスはあるし、気にしないようにすることもできると思うのですが、何てことない些細なことで、大事な時間を消耗しているようで…こういう神経症的な感覚は、進化のプロセスと関係あるのでしょうか?そして、どう乗り越えていったらいいものでしょうか?
(2009年07月04日 19時38分46秒)

お声を掛けてくださった皆さん方  
さち さん
本当にありがとうございました。みっともない姿をさらして恥ずかしい気持ちでいっぱいでしたが、皆さんの暖かいメッセージが本当に身に沁みました。

私は、娘を愛してはいないんだとずっと苦しんできました。ですから、自分の中にこんなに溢れる愛情があって、それは最初から変わりなくそこにあったことに気がついたときは本当に感動でした。そして何より自分が楽になりました。こんな母を生まれてからすっと愛してくれている娘にも感謝です。
ゆめこさんのお母様も溢れる愛情は同じだろうと思います。
どうかそのことを信じてください。

夫との事は、自分の不安な気持ちにもう少し寄り添ってみることにします。どうにも動けないひ弱な自分を蹴飛ばしたくもなりますが、私も今はこれで精一杯なんだなぁと気が付きました。ううむさんのおっしゃった娘を受容したように自分も…。でもなかなか自分は手強いです。



(2009年07月04日 23時58分40秒)

Re:性格と思われることも、思い込み(ブロック)と関係があるのでしょうか?(07/02)  
迫ちゃん さん
ララさん

自分の性格と似ていると思う箇所があります。

>以前から感じていたことですが、自分はある意味「完璧主義」と言ったらいいのでしょうか。具体的にいいますと、日常において、些細なことが気になってしまい、それについて数日経っても頭から離れない傾向にあるんです。

という箇所です。

これは思い込みに関係ありありだと思います。

最近、私は少しずつ、改善できているので、私の経験を書きます。

まず、自分にとって、「本当は気にしなくてもいいことを気にしすぎている」ということを自覚しました。それから、どうやら、「好んで、気にしている」ということも見えてきました。(変な話なんですけどね!)

そこで、自分に聞きました。ささいなことを気にして、わざわざ不幸になるのと、気にしないで、陽気に太陽みたいに生きるのとどっちがいいかって。

それから、人間は、幸せでいるのが当然であって、不幸になるのは、自分が勝手に作りだした思い込みによるものだということを理解しました。

と、ここで、本当に、わざわざ不幸になろうとしていた自分に「はっ」としたんです。あくまで自分の経験なので、参考になるか分かりませんけど、参考になればと思い、長文すいませんでした。 (2009年07月05日 02時56分37秒)

Re[1]:性格と思われることも、思い込み(ブロック)と関係があるのでしょうか?(07/02)  
ララ さん
迫ちゃんさん

アドバイスをいただきありがとうございます。
そうですか…やっぱり思い込みと関係があることもあるのですね。

気になってしまている自分を自覚してる時点で、前進ですよね。さらにここから、それは本当に気にするような出来事なのか、どうして気になっているのか、自分の心に問い掛けてみようと思います。

迫ちゃんさんのように、ある時にふと、その手放すタイミングがやってくるのでしょうかね。

この性格から解放されるだけで、私はかなり自由に開放的に生きていけると思っているので、これから挑戦していこうと思います。

参考になりました、ありがとうございます。 (2009年07月05日 10時33分24秒)

さち様  
ううむ さん
>みっともない姿をさらして恥ずかしい気持ちでいっぱいでした

まあ、そんなこと言わんと(笑)。
ご事情をお聞きすると言いたくもなると思うし、

また事情は違えど、私も含め皆さん似たりよったりじゃないかと思います。
それをみっともないと思う人ってそんなにいないんじゃないかなあ・・・。百歩譲ってみっともないとして、いいじゃないですか、それでも。だって人間だもの(相田みつをみたいですみません)。
言えたというのも前進の証のような気がします。


>どうにも動けないひ弱な自分を蹴飛ばしたくもなりますが、

おーい。それは、ぐぐっと我慢ですね(笑)。
動けないのではなくて、今は動く時期じゃないだけではないですか?結構そういうのも心が知っているような気がします。

>でもなかなか自分は手強いです。

時間がかかってもいいというか、時間をかけるべきことだと思いますよ。だって、さちさんがやろうとしていることは、決して簡単なことじゃないんですから。
「大きな山は裾野が広い」

すぐできなくても「心をそっちに向ける」ことができればいいと思います。何でもそうですが、よし、やろう!と思うことはできても、その気持ちを持ち続けることは難しいですよね。落ち込んだときは無理をせず、少し気持ちが軽くなったら、そうだ、自己受容するんだっけと思い出し、また気持ちをそちらに向ける・・の繰り返しでいいんじゃないかと思います。

たとえその繰り返しばかりでも、したのと、それすらしないのとでは、数年後とても大きな差ができると思います。そうなる保証はないけれど、試してみる価値はあると思いますよ。お互い、気楽に焦らずにいきましょう。
(2009年07月05日 23時20分55秒)

何度もすみません。  
さち さん
一昨日、重たい気持ちを蹴飛ばして自分用のマンションを探しに何件か見て回りました。
頭に聞こえてくる声は『さぁ元気出せ!旦那にやられっぱなしでいつも泣いてるなんてみっともないぞ!さっさと動かないとすぐに年を取って婆さんになってもっとみじめにになるぞ!』とガミガミ怒鳴るものでした。
マンションを見に行ったからといって、心時めく物件には出会えず、大金叩いてマンション買うのに、浮き浮きもしてないなんて馬鹿馬鹿しくなり不動産屋さんをお断りして帰ってきました。

その夜寝るとき『もう煩い。ほっといて欲しい…。』とふと感じました。今とても悲しいし寂しいし落ち込んでるんだから…。
行動すれば、この絶望感もなくなる気がして、その嫌な感覚から逃げたくてじたばたしましたが、たぶんそんなとこに鍵はないんだと思います。
ううむさんのおっしゃるように、今は心が動くのはノーと言ってるのかもしれません。じゃぁどうやれば楽になるんだ?
2年以上前から、あゆかさんの著書やブログを読んで、うんうんと納得した気になっていたのに、あっという間にこんなもんです。

それから、数日前ののコメントにさちさんと言う方がすでにいらっしゃるのに気が付かず同じハンドルネームを使ってしまいました。私は初めての書き込みです。どうも失礼しました。
(2009年07月06日 20時01分49秒)

Re:何度もすみません。(07/02)  
rei_m さん
さちさん

辛そうですね。
何とお声をおかけしたらいいかなーと思っていました。

>頭に聞こえてくる声は『さぁ元気出せ!旦那にやられっぱなしでいつも泣いてるなんてみっともないぞ!さっさと動かないとすぐに年を取って婆さんになってもっとみじめにになるぞ!』とガミガミ怒鳴るものでした。

ご自分でもお気付きのようですが、これは「エゴさんの声」ですねー。
エゴさんは困ったことに私達を、怖れに基づいて(つまり現在の不本意な状態を少しでも何とかしようとして)「とにかく、行動するように」と駆り立ててくるんですよね。

今、しようとしている行動が「怖れ」に動機づけられたものだと感じられたら、とりあえず保留にしてみるのも良いと思いますよ。

そして「行動しないことを自分に許可する」というのはどうでしょう。

私が数日前に読んだ、ビジョン心理学の権威チャック・スペザーノ博士のニュースレター
http://www.povj.jp/message_2.html
にはこんなことが書かれています。

>「エゴのコンサルタント会社」には注意してください。
>エゴのコンサルティング・サービスはクビにしてください。

さちさんもすっかり、いつの間にか雇ってしまっていた「エゴのコンサルティング会社」に振り回されてしまっている状態かとお見受けしますが・・・
「あなたはクビです」と思い切って宣言しちゃうこともできますよ。
たとえ、そうすることですぐに思考パターンや行動パターンが変わるわけではないとしても、少なくとも第一歩は踏み出せるのではないかと思います。 (2009年07月06日 22時45分34秒)

さち様 2   
ううむ さん
>自分用のマンションを探しに何件か見て回りました。

お疲れ様でした。


>頭に聞こえてくる声は

なかなか厳しいですけど(苦笑)、やられっぱなしだったら、このままでいるもんか的に、自分を叱咤する声が湧いても不思議じゃないですよね。
それで自尊心や気力や抵抗力を保っている場合もあると思うので、悪者にする必要もないとは思います。「この気骨があるうちは大丈夫なんだ」と安心できるといいのですが。

何とかしたいのに体が思考やついていかないという感じでしょうか。少し疲れをとってからでもよいようにも思えます。

>マンションを見に行ったからといって、心時めく物件には出会えず、

そういうときってそうなんですよね。不動産も縁なので、自分がいい状態のときに選んだ方がいいと思います。とりあえず、賃貸物件にして、ゆっくり探すという手もありますよ。


かなりご主人にやり込められているみたいですが、物分りのいい妻を(状況的に仕方なく)我慢して演じておられるのでしょうか。なめたマネされたらなめたマネで返してもいいんですよ。少しくらいビッチな女になっても大丈夫だと思いますけど・・・。


>行動すれば、この絶望感もなくなる気がして、

なのに、行動してもなくならなかったのですね。


>じゃぁどうやれば楽になるんだ?

そういうときは本当にそう思うものですよね。まずはつらい気持ちを吐き出して、たくさん共感してもらうことではないでしょうか。気持ちが少しすっきりすると前に進めるかもしれません。ほら、人間って気持ちで動くわけですから。動くのにも順番があるんでしょうね。
どうぞご自愛くださいませ。
(2009年07月06日 22時58分32秒)

Re:何度もすみません。(07/02)  
迫ちゃん さん
さちさんへ

>今、私には借金を繰り返す夫がいます。
このことは、どうしても完璧とは思えません。

この部分がとても気になりました。

私は、さちさんの思い込みの中の、借金に関する項目をノートに書きだしてみてはどうかと思います。

これをいうのは酷かもしれませんが、旦那が借金を繰り返す、ということが、さちさんを苦しめてるわけではありません。(苦しいでしょうけど、、、)

本当は、さちさんの借金を繰り返すということに対する思い込みが、さちさんを苦しめてるのです。

あと、
>当事者は一生懸命ベストをつくしている…とも思えません。

の部分も気になります。旦那さんはベストを尽くしてます。完璧です。なぜなら、旦那さんも、旦那さん特有の思い込みによって行動しているからです。

しょうがなく、そういう行動になっているのだと思います。あきれますよね。

でも、旦那さんに組み込まれた思い込みを理解することができたら、少し気が楽になるかもしれません。

ちょっとわかったような書き方で、気に障ったかも知れませんが、、、長文すいませんでした。

(2009年07月07日 10時11分00秒)

Re:思考の向こうにいつも愛(07/02)  
さち さん
みなさん、いろいろ気に掛けてくださって本当にありがとうございます。
ここずっと夫や長女のことが、交互に両肩に重くのしかかってくる感覚がありました。
たぶん境界線が引けていないのだと…頭ではわかっているのですが…。
少し冷静に自分を見つめると、私は今のこの状態(娘のうつ病や夫との関係)が苦しいと思っていたけれど、それよりも私の根っこにあるしつこい無価値感が辛いのだと思います。

エゴのコンサルタント会社には、物心付く頃から大変お世話になっていました。もうフルタイムでいつもそばにいて貰っていたような…。
おかげで、今自分が本当に望むことが何なのかさえわからない有様です。

いっぱい本を読んで、いつもこの場所に来て元気付けられ、少しは楽になりつつあると思っていましたが、根っこにあるしぶとい無価値感が、こうやって問題が起こるたび自己主張して私を苦しめます。

何度も書き込んでしまいましたが、これが一番お聞きしたいことです。錯乱していたようでわかりにくく本当に申し訳ないです。

(2009年07月08日 11時07分00秒)

Re:思考の向こうにいつも愛  
りんご さん
溝口あゆかさん、はじめまして。
最近、初めて溝口さんの本を読みました。
「やりたいこと」が見つかるスピリチュアルマップを読んだのですが、スピリチュアルマップの子供の頃の好きのところが思い浮かびませんでした。
時間も忘れるほど好きだったことなんてありませんでした。
あったのかもしれませんが、何も思い出せません。
私は、一人っ子ということもあり、いつも親に厳しく管理されていたので、いつもオドオドびくびくしていました。
子供の頃を思い出していたら、つらくなってきてだんだん気分が悪くなってきてしまいました。
どうすればいいでしょうか? (2009年07月08日 22時43分17秒)

Re[1]:思考の向こうにいつも愛(07/02)  
ちゃお さん
さちさんへ

自分に価値がないって思ってしまうのって
他のどんなことよりもとっても辛いことですよね

子供さんの辛そうな姿を黙って見ているしかないのも
母親にとって すごくすごく辛いことですよね

旦那さまがすごく自分勝手なのも辛いですね
子供さんのことで大変なのに 借金のことで不安が増しちゃいますよね

さちさん 旦那さまに支えてほしいのに一人で頑張ってすごくお辛いですね

私の子も小さいときにひどく傷ついてから鬱状態になって
何年も何年も外に出られなくなってしまったんです

私 自分の子のそういう状態がすごくイヤだったし 
子供を責めちゃったりもしたし・・・
子供をちゃんと受け止められない自分のことが大嫌いでした
自分のせいでこうなっちゃったんだって ずっと自分のこと責めてました

その他にも私 何もかも失うような体験をして お先真っ暗で
何より 自分を好きになれないことが辛くて寂しくて気が狂いそうでした

だけど そんなお先真っ暗な中でも私たち親子 ちゃんと学んでました  
少しずつ少しずつ・・・ 本当にゆっくりだけど
お互いに自分のことを受け入れられるようになってきてたんです

世間から見たら 私の家の状況はあまり変わってないかもしれないけど
自分のことを受け入れられるようになってきたら
前は辛いと思ってたことも辛くなくなってきたんです
(まだまだ全部じゃないけれど)

だから さちさん 大丈夫です
ゆっくりでいいんだと思います

さちさん 一人じゃないです
私には何もできないけれど・・・
さちさんのこと すごく応援してます

ファイトです!さちさん! (2009年07月08日 22時46分34秒)

Re:思考の向こうにいつも愛(07/02)  
あずさ さん
あゆかさんへ

コメント取上げていただいてありがとうございました。

どんな状態も完璧だというのは、わかります。
こんな状態だから、だめだというのは思考ですから。
そこに愛がないのかというとそういう訳ではないですね。

だけど、何か希望が見つかれば、もっと軽やかに前に
進めるのにと思います。

トンネルの向こうに本当に灯りがあるのなら、
進んでいきたいのですが。。

でもとにかく、とてもわかりやすくご説明して頂いて
感謝しています。

ありがとうございました。 (2009年07月09日 03時24分12秒)

「無価値感」に対しては・・・  
rei_m さん
さちさんへ
今現在、何よりも「無価値感」に苦しめられているのですね。
それを言いかえると、さちさんは「自分は無価値だ」という強い信念を持ってしまっているのですね。

そんな場合はバイロン・ケイティのワークはどうでしょう?
こちらのワークシート
http://www.thework.com/downloads/onebelief.pdf
では、そういう「頭にこびりついてしまった強力な観念」を別な角度から見直すことができます。(シンプルな英語なので日本人でも使えます。わからない点があれば聞いて下さいませ)
「自分は無価値だ」という観念が「正真正銘、真実なのか?」をとことん、追求してみては? (2009年07月09日 18時34分27秒)

Re:思考の向こうにいつも愛(07/02)  
さち さん
ちゃおさんへ

やはりちゃんとお礼が言いたくて…
自分の子どもを鬱病にしてしまったという思いは本当に辛いですね。
私も、動けなくなった娘を責め、それ以上に受け入れられない自分のことを一番責めたと思います。
「人に嫌われたら生きていけない」という怯えから、「お前は嫌われないようにしなさい」と教えてきた気がするのです。
大切な子どもを、自分が原因でそんな状態にしてしまったかと思うと、自分を殺したくなったときもありました。

ちゃおさんも、随分と苦しんでこの場所にたどり着いたんでしょうね。
お子さんを受け入れられるようになられて、本当に良かった。それまでよく痛みに耐えられたなぁと思います。
しいどいなぁと感じる日もまだあるのかもしれませんが、お互いゆっくり子供と伴走出来たらいいですね。
辛かったねとおっしゃっていただいて、身体からいっぱい何かがザァ~と流れ出していく感覚がしました。
本当にありがとうございました。


rei_mさんへ

何度もありがとうございます。
バイロンケイティのワークについてですが、以前日本語版のものをダウンロードしたことがあるのですが同じものなんでしょうか?
英語バカなので、翻訳ソフトで訳してみているのですが、意味不明の文章になることが多く途方に暮れてしまいます。
しかし改めて読んでみて(日本語版を)、問い直しの作業…私には必要だと思います。
ありがとう。少し頭を休ませてもう一度やってみますね。
(2009年07月13日 11時10分42秒)

さちさんへ  
ちゃお さん
こちらこそありがとうございます!
さちさんがここにご自分の事情や苦しみを書いてくださったおかげで「私と同じような境遇で歯を食いしばって頑張っている人がいるんだ 仲間がいるんだ・・・よーし!私も頑張ろう!」ってすごく前向きな気持ちになれました(*^^*)

さちさんの背負っていたものが少しでも軽くなって本当に良かった・・・うれしくてうれしくて 私まで号泣しちゃいました

動けない子供のことを責めちゃうのは愛情がないからじゃない 
愛情が強いからこそ 子供の苦しそうな状態を見ているのが辛いんですよね
幸せになってほしい気持ちが強いから どうしてあげることもできないやるせなさが爆発して 子供に怒りが向いちゃうんですよね
そしてそんな自分のことを責めちゃうのは まっすぐに一生懸命生きている証拠だと思います(続きます) (2009年07月14日 09時34分15秒)

さちさんへ2  
ちゃお さん
あゆかさんもおっしゃってくださってるように 強いストレスがかかっている上に考えすぎてしまうと心も体も動けなくなるんですよね 

私の経験からこの状態は脳疲労(抑うつ状態)もしくは慢性疲労症候群の一歩手前だと思うんです 
そんなときに考えることはほとんど自己否定なんですよね(>_<) 

だから頭の中がぐるぐるしてしまったら「疲れたから考えるのやーめた!」って思考を停止させるのも手だと思うんです 考えすぎるのが習慣になってると思考をとめるのはなかなか難しいですけど これは習慣だから意職してれば少しずつ変えていけます 

そしてどんな時も無条件に たとえ世界中の人から嫌われようと 自分だけは自分の味方になってあげてればいつか自然と動けるようになると思うんです そして道は必ず開けます どん底まで落ちたらあとは這い上がるだけです!上り坂の景色をゆっくり味わいながら昇っていけばいいんだと思います*:..。o○☆

これからも悩むこといっぱいあるかも知れないけど 私 気持ちがどうしようもなく辛くなったらさちさんのこと思い出しますね 

この同じ地球のどこかで頑張ってるさちさんのこと思いだしたら勇気がわいてきてきっと乗り越えられそうな気がします 

この出会いに この場所に・・・心から感謝します(^^) (2009年07月14日 09時38分40秒)

Re[1]:バイロン・ケイティのワーク  
rei_m さん
>バイロンケイティのワークについてですが、以前日本語版のものをダウンロードしたことがあるのですが同じものなんでしょうか?

日本語訳ですが、以前、私が友人のBBSに書き込んだものを見つけましたので、ご参考までにコピペします。その友人が当時悩んでいたことを例題として取り上げています。(ワークシートの細かい部分は一部はしょっています)

*****
例:「職場の人は私を責めている」

1.それは真実ですか?(必ず『はい』か『いいえ』で答える)

2.(1番が『はい』だった場合)それは本当に正真正銘、真実だと言えますか?

3.あなたがその考えを真実だと思っている時、あなたはどう反応し、何が起こりますか?

4.その考えがなければ、あなたはどういう人間ですか?(目を閉じてイメージしてみる)

5.その考えをひっくり返してみて下さい。

・「私は私を責めている」
(『職場の人は私を責めている』と比べてそれがより真実かどうか吟味する。そして『自分が自分を責めている』例を挙げてみる)
・「私は職場の人を責めている」
(同じように『自分が職場の人を責めている』例を挙げてみる)
・「職場の人は私を責めてはいない」
(同じように『職場の人が自分(○○さん)を責めていない』例を挙げてみる) (2009年07月15日 19時14分24秒)

あはは  
gultuteli さん
歯茎から血が出て良いかもしれませんね (2009年08月21日 18時53分33秒)

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