2章.独白

  天空の黒 大地の白 第二部
生まれて初めての口づけは、15の年。
城下のノイ・フリューゲル大聖堂で、私達は国民の歓呼を受けた。
この身へと背負わされた重責に、頭の中が真っ白になって、その後のことは覚えていない。
夫となったプロイセン人、エグモントは3つ年上。
国政や妻よりも狩猟にばかり興味を示し、聖書もろくに読めないような人だった。
あげく、 「カトリックは罪人の集まりだ」 などと言って、周囲を困惑させる。
私の孤独を慰めてくれるのは、学問と、アルブレヒトや宰相のクロイツァー達。
クロイツァーは、亡き父上の信頼篤かった好人物で、忙しい身ながら親代わりとして何かと私を気遣い、温かく接してくれた。
アルブレヒトは・・・彼は私の友であり、兄であり、秘かな憧れの人で、私の理想を集めて命を吹き込んだような、素晴らしいひと。
私の狭い世界の中で、彼はいつも頂点に君臨していた。


2章.独白


婚礼から2年が過ぎ、いっこうに懐妊の気配がなくて気落ちしている私に、 「フランス使節の中に面白い者がおります」 と教えてくれたのは、クロイツァーだった。

グストー・イグレシアス。
聖グストーと呼ばれ、スペインの出身というふれ込みだが、本名ではないようだった。
もちろん、教会の聖人認定を受けたわけではない。
貧しい者たちが、彼を慕ってそう呼ぶそうだ。
グストーは司祭の身分でありながら、いつも修道僧のようなボロボロの衣をまとい、たまに裸足で歩いていた。
第一印象は、小汚い男。
私のアルブレヒトとは大違い。
でも実際は、驚くほど博識で、物静かで、優しい尊敬すべき人物だった。
彼は幾度か、城下でも「奇蹟」を行ってみせた。

「あなたが聖グストーと呼ばれる理由が、分かりました。病を治す、聖人。」
「奇蹟など起こせません。私が施しているのは、草本学を使った治療です。」
「この国の民にとっては十分"奇蹟"ですわ。満足な治療を施す術が、この国にはないのですから。」
「ですが陛下、私の治療も、結局は対処療法でしかない。」
「・・・この国の貧しさを、根本から救わなければ・・・。そう仰るのですね。」


私がただ漠然と抱いていた疑問を、彼は次々と明確な形で開示し、私の関心を政治世界へ導いた。
彼との対話で、この国に何が足りないか、はっきりと見えた。
問題の「分析」と、解決のための「方法論」!
あぁ、彼こそ、この18世紀の偉大なる「合理主義精神」の持ち主だった。
反乱を防ぐための、無秩序で場当たり的な「ほどこし」が政治ではないと、彼は教えてくれた。
私はフランス大使に頼み込んで彼を譲り受け、彼は私の師となり、私は彼の弟子となって、充実した時を共に過ごした。
医学、法学、哲学、文学、幾何学、光学・・・多岐に渡る知識を、彼は惜しみなく伝えてくれた。
特に熱心だったのは、フランスの啓蒙思想。
ルソー、ヴォルテール、モンテスキュー・・・。
あれは革命前夜の1788年、政治的末期症状に喘ぐフランスに宿った叡知のきらめきを、私は夢中で吸収した。

「陛下は、二つの喜びをご存じか?」
「・・・・天と地の喜び、ですか?」
「いいえ、一つは肉体の喜び、すなわち身体の快楽。そして、もう一つが精神の喜び、知ることの快楽です。知の喜びを好んで求める者は少ないが、陛下はどうやら、その稀な御方らしい。」


だが、その言葉を素直に喜べなかった。
私には、精神の喜びしかない。
夫との営みは、いまだに苦痛でしかなく・・・・
私はいつの間にか、グストーに・・・聖職者である清らかなひとに、すべてを教えてほしいと、願い始めていた。

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