1章.聖者の帰還

  天空の黒 大地の白 第二部
第二部
1章.聖者の帰還

約束の時間まで、幾度も気が遠のいて倒れそうになった。
礼拝所の扉を開けて、あの男の姿を目にしたときは、時が戻ったかのように錯覚した。
木の、重い閂(かんぬき)をかけた。私は。あの日も。
こうして。



レティシアの姿をみとめると、男はまぶかに被っていたフードを外し、祭壇近くの石床にひざまずいて帰還の挨拶を済ませた。
レティシアは無言でその手をとり、立ち上がらせた。
男の様子は、4年前とほとんど変わらないように見えた。
年の頃は28,9であろうか。
巡礼者風の姿をとってはいるが、その顔に隠者のようなかげりは微塵も感じられない。
硬質な茶褐色の髪は首筋を隠す程度に切られ、毛束が無造作に四方八方へと散っている。
ややエラの張った精悍な骨格に、すっと通った鼻梁と形の良い眉が乗り、髪と同色の瞳は、人並みはずれた明敏さと強い意志の力を宿していた。
薄めの唇は、いま口角がわずかに上がり、不遜な笑みを形作っている。
決して容姿端麗とは言えないが、整いすぎず、崩れすぎずの精妙なる均衡の上に成り立った相貌は、危うい魅力で女達を惹きつけるだろう。
放浪に放浪を重ね、諸国を己の器量ひとつで渡り歩いてきた男は、かつてこの国でその身を休め、そして去った。

レティシアはまだ、これが夢かうつつか判然としない様子で、しばらくは懸命に男の言葉を待った。
だがやがて、自分の過ちに気づいた。
求める者に恩寵は来たり・・・・
それが彼の課したルールだ。
「・・・グストー・・・」
グストーと呼ばれた男は、レティシアのその声に、ふてぶてしい程の確信を抱いた。
「今は、ジュール・バリエ。フランス人だ。」
レティシアは、うつむいて首を横に振った。
「相変わらず・・・本当のあなたは、どこにもいないのね。」
「そうでもないさ・・・・。」

男は女王の腕を掴み、勢いよく引き寄せた。
足元がふらついて、男の体に完全に寄りかかる形になったレティシアの耳元に、あの懐かしい熱い息がかかり、彼女は自分が欲したのが誰か、気づいてしまった。
「レティシア・・・。お前と交わした約束を、覚えているな。」
彼女の呼吸が、期待に乱れる。
本当に取り戻せるのであろうか。
「すっかり、忘れてしまったか?」
男の問いかけに、激しくかぶりを振った。
忘れるはずもない、無数に反芻した虚(うつ)ろな希望の言葉だ。
「・・・次に・・・・っ」
男の唇が、微笑みに歪んだ。
「・・・・次に戻るときは、この国で・・・共に、生きてくださると・・・!」
最後は、嗚咽(おえつ)へと変わった。
男の手がレティシアの頭を力強く撫で、法衣をまとう胸元に押しあてた。




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