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サウジに戻って来て、感じる事は、喉が渇くこと。何なのだろう? と考えて見たが、気候だけのせいでもなさそう。うつ病との関係だろうか? と思う。理由もなくイライラしたりするし・・・。日本では、湿疹が2週間以上、治らず、医者通いしていたが、こちらに帰って来たら治った。右手親指付け根の腱鞘炎は、相変わらず治らず。ユーパン(うつ病の薬)の効用か、睡眠は問題ないのが救いである。こう見ると、何か、病気ばっかりですなー。
2007.05.08
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首長のアブドラアジーズは、休み暇もなく活動を続け、1905年にはカシーム地方を制服するとともに、アスマン・トルコ軍を追撃。1906年には再びラシード軍を粉砕し、次いで1913年にはアル・ハサ地方をオスマン・トルコから奪回、ナジドとハサのスルターンの位に就いた。こうした状況において、北方の宿敵ラシード家は、1921年に戦争と内紛によって滅亡し、アブドルアジーズは、その領地であるシャルマン地方を併合し、自ら“ナジドとその属領”のスルターンと改称した。一方、西方の宿敵は、大アラブ連邦の盟主になる夢を抱いていたメッカの首長ハーシム家のフセインであった。彼はオスマン・トルコ帝国の勢力削減を狙っていたイギリスの支援を受け、イギリスのエジプト・スーダン高等弁務官であったマクマホンとの間で、フセインーマクマホン協定を結び、オスマン・トルコ帝国に対する“アラブの反乱”に踏み出した。1916年のことであった。
2007.05.07
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昨夜は、日本からお客さんが来ていたので、中華料理の会食でした。品数も多く、味は中国の地元食堂で食べるより、オンランク落ちますが、大勢で食べるのは、おいしく感じます。ビールは飲んでいるものの、ノンアルコールなので、酔いもせず、会食時間はいたって、短いです。面白い話題になっても、何故か、長続きしないのです。1時間もすれば、食べ終わってしまい、手持ち無沙汰となり、普段は食べない、アイスクリームなんぞを頼んで、ペロペロ舐めていても、それで、お開きです。長引かせて、1時間半と言う所でしょうか?これが、アルコールが入っていれば、収拾のつかないほど、皆んなが勝手にしゃべり、もう一軒行こう! 何てことになるのでしょうが、まぁ、アルコールの力は、すごいものだと、飲めない今、そう感じます。
2007.05.07
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又々、健康診断です。ビザ取得の為に、日本で健康診断して、その証明書も持参したのに、サウジで、さらに健康診断を受けねばなりません。で、項目は、血圧、体温、問診、X線検査、血液検査、ここまでは良かったのであります。って言うか、普通です。そして、最後に、結構大き目の瓶を二つ手渡されました。検尿は分かりました。しかし、「STOOL」の英語の意味が、分からず、何度も聞いたところ、検尿は、前の方を指し、Stoolは、後ろの方を指したので、検便であると分かりました。しかし、しかし、尿はちょっと待てば、検査分くらい、何とかなるものの、もう一つの方は、さぁ、サンプル持って来い!って言われても、そうそう、簡単には行きません。明日、持参することで、勘弁して貰いましたが、瓶がでか過ぎる!日本のとは、ずいぶん違うぞ! 困ったなー!
2007.05.06
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ゴルフのやり過ぎで、右手付け根が腱鞘炎になり、1ヶ月間、クラブを握らずに、治療もしながら、様子を見ているが、痛みが取れない。従って、サウジでの休日の過ごし方が、問題となる。と、日本出発前に、思っていたのであるが、飛行機の中で、例のパレスチナ人にいい事を教えてもらった。それは、スキューバダイビングです。紅海での、スキューバダイビングの素晴らしさは、ダイバーなら誰でも知っている。それで、必ず行きたいとは思っているが、休暇を取らねば行けない。しかし、当地、アル・ジュベールでも、ダイビングが楽しめると、奴は言うのだ。どう調べれば、良いのか分からないが、市内、若しくは、海岸近辺にダイビングショップがあるらしいので、散策して見よう。
2007.05.06
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日本へ帰る前に、野菜など傷むものは廃棄したので、冷蔵庫空ら。で、仕事が終わって、早速、買物に行って来ました。野菜は、レタス、菜、人参、茄子、キュウリ、ジャガイモ。果物は、赤いリンゴ、青いリンゴ、オレンジ。こちらのスーパーは、野菜や果物にに値段が付いてなくて、秤で計って値段を貼ってくれます。問題発生!店員が青いリンゴを、計る時に、コンクリの床へ落っことしたのです。そいつ、問題ない!って言いました。そしたら、後ろに並んでいるサウジのおっちゃんも問題ない!って言うのです。問題ない訳あるか!と、怒鳴りたい所でしたが、そこは、温厚で細かい所に文句を言わない、私めであります。黙って、すごすごを帰って参りました。キット痛んでいるから、青いリンゴから食べようと見てみたら、当然ながら、コンクリとキッスした所は、柔らかく茶色くなっていて食べられません。店員さんは、売ってしまいたいので、問題ない!って言うのは分かるけど、後ろのおっちゃんまで、同調していたのは、信じられません。何でやろ?
2007.05.05
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ただ今、ようやく、サウジアラビアの、ジュベールへ着きました。朝、8時に日本の家を出て、朝の5時にジュベールのコンパウンドに着きましたので、21時間かかったことになります。遠いですねー。しかし、香港から僕の隣り座った、パレスチナ人は、紅海側のジェッダへ帰るそうで、バーレーンからリヤドへ行き、そこでもう一度、乗り換えて、ジェッダへ行くそうです。遠いですねー。彼は、今頃、リヤドから飛行機に乗った頃です。ジャッダへの直行便がないのだよなー、とぼやいていました。サウジの我が家は、出発したままの状態で、僕を待っていました。当たり前ですが。明日から仕事です。もう寝ないと・・・。
2007.05.05
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やっと、キャセイパシフィックにチェックインし、ビジネスラウンジにやって来ました。 いえいえ、混んでいたのではありません。キャセイは、第一ターミナルだったのです。それで始めそっちへ行ってしまい、ない事に気が付き、第二へ慌てて移動したのでありまする。聞くと、今年の1月に第一から第二に移動したとのこと。空港は、連休であるのに、ガラ空き。待ち時間ゼロで、スイスイとどこでも通過。昨日までは混んでいたそうです。ラウンジも、ガラ空き。空いている方が良いですねー。ゆったりして。GWに移動で大変やなー!と思っていましたが、GWも後半になると出かける人も、極端に減るのですねー。はてさて、今から、16時間から17時間後に、サウジのアパートに着きます。疲れますなー。
2007.05.04
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ビザの申請も済み、後は認可待ちなので、その期間を利用し、群馬県の温泉へ行って来ました。四万温泉です。この温泉は、大きくはないのですが、江戸時代の元禄の頃から、湯治客が沢山訪れ、いまでも源泉かけ流しと言う素晴らしい所です。しま温泉と呼びます。僕は、その内の最も歴史のある、積善館へ宿泊しました。旅館内に、お風呂が4箇所もあり、24時間、掃除時間以外は、入り放題です。そして、1泊2食付きなのに、お値段も信じられない位安い。露天風呂も、見てください! 最高です。調度、山桜が咲いていて、山桜を見ながら、風呂に浸かるのであります。至福の時間であります。桜も見てください。四つある内の、もう一つ、岩風呂です。ここは、混浴です。あとの一つは、家族風呂で、たぶんカップルが二人で入るのでしょう。家族風呂は二つあり、空いていれば予約なしで誰でも、入れます。もう一つは、元禄風呂と言って、浴槽が五つありました。古くからあり、有名だそうですが、何が良いのかは、聞き漏らしました。旅館内には、こんな待合もあります。風情がありますねー。(左)そして、お茶室もあり、毎日ではありませんが、抹茶も振舞うとのことです。(右) たった2泊でしたが、本当にゆったり出来ました。温泉は2泊以上に限りますね。1泊ですと、泊まって翌日は出発なので、ゆったりした感覚を得られません。2泊あると、泊まった翌日が、ゆったりゆっくり出来ます。四万温泉レポートでした。
2007.04.29
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面白い本を、中古本屋で見つけたので、買って来ました。少しづつ紹介します。初回は、性の進化です。30億年ほど前に、初めてのセックスが地球で行われました。最初の単細胞生物、原生動物の分裂です。これがセックスの最初の姿。10億年ほど前に、単細胞生物から多細胞生物へ発達。その最初の生物は海綿で、海綿は雌雄同体。精子も卵子も作る。しかし、それを作る時期は違うので、自家受精は出来ない。ある海綿は、海に精子細胞を放出し、ある海綿は、卵子細胞を放出。それが海中で出会い、受精する。これが、その頃のセックス。5億年ほど前になると、環形動物が現れ、大きな進化を遂げる。ミミズなども、その種類であるが、オスとメスの両方の性器を持っている。これらの仲間は、大々的な近親相姦、生まれたばかりのメスに強姦、共食い、身体の一部の変形など、色とりどりの驚くべきセックスを行っている。3億年ほど前になると、節足動物が登場する。昆虫がそうで、クモ、サソリ、エビ、カニなど。その次に現れたのが、軟体動物。カキ、ハマグリ、カタツムリ、イカ、タコなど。この頃生まれたクモ、イカ、サメやエイは、ある種の共通の性の技巧を用いる。生殖の為の生殖肢、すなわち擬似ペニスを使用する。オスの腕や足、触手などを、ペニスの代用を行うのである。精液の入った袋を体内から取り出し、メスの体内の卵の貯蔵場所近くへ挿入するのです。クモや、コオロギ、カマキリ、などは、命がけのセックスをします。セックスが終わって精子を貰ったら、オスを食べてしまうのです。恐ろしや!しかし、海の軟体動物は、大半が接触しない。オスは精子を、メスは卵子を海中へ放出し、偶然出会えば、受精すると言う、何とも、気持ち良いのか、良くないのか、分からんセックスなのです。でも1個のカキが1年間に、100万個の卵を産むと言うから、これもすごい。~続く~
2007.04.24
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昨夜は、怖い夢、見てしまいました。内容は忘れてしまいましたが、警察に追われて、しかし、身体が動かず、もがいているのでありました。手足を振り回そうとしているのに、動かない。そこで、目が覚めましたが、いやーな気持ちなのに、又、寝込みました。どうも、車内強姦のことなど、書いたので、それが深層心理に残ったのでしょうか? それにしても、警察から逃げる事など、今まで一度もしたことないし、これからもないでしょうが、何故、逃げる夢を見たのか、全く、分かりません。まいったなー。
2007.04.23
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本日の新聞、テレビの報道によれば、36歳の男が、21歳の女性を、特急車内で強姦したらしい。しかも、車内には、多くの乗客がいたが、誰も車掌とかに通報しなかった由。ほんまかいな?その男、どっかの駅を出発した後、その21歳の女性の隣に座り、「大声出したら、殺すぞ!」「警察に言ったらストーカーするぞ!」と脅して、トイレに連れ込んで、強姦したとのこと。信じがたい話ですが、実際に、その特急に乗り合わせたら、どうしていたか?あんまり自信ないけど、全く見知らぬ振りはしないと思う。 皆さん、どうですか?
2007.04.22
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耳かきを購入しました。痒いところに手が届かないのは、何とも言いがたい、サウジで購入しようと思ったが、見つからなかった。彼らだって、耳の中が痒くならないはずはないと思うのである。故に何らかの方法で、その痒さを克服しているはずであるが、今のところ不明。耳かきって、意外と凝ったものが少なく、茶杓のような竹製がほとんど。頭に人形のようなものが付いたり、白いふわふわしたものが付くのが違う程度。僕はずっと以前、購入した、刀のようなものを持っていて、重宝している。刀の鞘のように、使用したらティッシュで綺麗にして、鞘に納める。それで、持ち運びにも便利で、折れたりもしない。そいつが、見つかりませんなー! どこへ行ってもない。それで、普通のを2本購入。サウジの、家用と、会社用。これで、痒い耳に悩まされることはない。完璧。
2007.04.21
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湿疹が、ようやく良くなって来た。痒くなくなってきたので治るのが分かる。電車に乗って僕の湿疹だらけの手の甲を見た人は、位置を移動したがる。たぶん、変な病気を持っているのでは? と気なるとみえる。しかし、そっち方面は至って健康です。健康診断結果、梅毒も、HIVも、いわゆる、エイズも陰性、問題なしです。体調も自分で分かるほど、良くなっています。サウジより日本の方が合うのであろうか? ま、誰でもそうであると思いますが。身体が健康であることは、気分がいいものである。清々しい。
2007.04.20
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帰国してから、毎日病院通いであります。まずは、第一優先で、日赤医療センター(ビザ取得用健康診断) 次に、以前、入院検査した北里病院(高血圧と、うつ病) 次に、立花クリニック(歯の治療) 次に、阿部クリニック(うつ病)さらに、新井整形外科。何故、整形外科かと言うと、親指の付け根(特に右手)が痛いのです。サウジにいた時から、少し痛かったのですが、仲々、治らないので、昨日、診察して貰いました。そしたら、な、な、なんと、「腱鞘炎」との診断です。そして、その理由が、「ゴルフのし過ぎ!」参りましたねー! 確かに、結構やってはいましたが、腱鞘炎になるほどそんなにやっていたつもりは、なかったのですが・・・。毎日、電気治療と、モーラス30にて、湿布付けです。湿疹が、やっと治りかけて来たと思ったら、腱鞘炎です。なんとも、イヤハヤ・・・、 どうなってんじゃ!
2007.04.19
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日本滞在で、何が一番良いか? と言うと、何と言っても食べ物ですねー!僕は納豆が大好きで、ネバネバ納豆人間なのです。気に入ったヒトが近くに来たら、このネバネバ光線を発射して、逃げられないようにして絡め取ってしまうのです。美しいヒトは、気をつけますように。で、サウジには納豆を売っているお店が見つかりません。で、止む無く、ドライ納豆なるものを、日本より発送し食しています。その他、バーレーンの韓国人経営のスーパーで納豆が買えます。行った時、大量に買い込んで、冷凍にして保管し、時々出して食べます。この3種類の納豆の味の、ランクを発表します!第3位 → ドライ納豆第2位 → 冷凍納豆第1位 → 日本で購入納豆日本の納豆、ネバネバが違います。 ほんとうに、うまいですぞ!さて、本日は、京浜東北線、山の手線に出没する予定。ネバネバ光線、何発発射となるか? 何しろ、このネバネバ光線は、ブスのヒトを見ると、自動的に発射不能になってしまうのです。
2007.04.17
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日曜日、秩父へ行って来ました。ご存知の通り秩父には、四国88ヶ所札所と同じように、34箇所の札所があり、古くから巡礼が行われているようであります。池袋から、1時間半で行けるので、ピクニックのつもりで出かけて見ました。こんな、田舎風景で、心が和みます。遅咲きの桜も、まだ咲いていました。アップの桜です。こんな花も、沢山ありましたよ。そして、渓谷のような橋もあります。街のまん中を通る川です。昼過ぎについてから、歩き始めましたが、1番から6番まで、お参りすることが出来ました。その後が、ちと問題でしたが、また、のちほどに続く・・・
2007.04.16
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何が悪いのか、湿疹が一杯出来てしまった。手の甲、手の肘、が一番ひどい。足にもポツポチ。耳にも一つ。以前にもなった事があり、病院へ行ったら、ステロイド系の「デルモベート」軟膏を貰いました。それがかなり残っています。同じくステロイド系の「デルトピカ」も別の医院で貰いました。ステロイド系は気をつけろ! 多くの友人から言われましたが、痒い痒い!非ステロイド系の、レスタミンを塗っているが治らない。歯茎が少し腫れていたので、歯医者へ行って、切開して、ケフレックスとロキソニンを服用。その前から降圧剤の、デオバンとアスピリンを飲んでいるから、薬の副作用だろうか?
2007.04.15
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どうも、まだ時差ぼけが抜けない模様。昨夜は、3時まで、本を読んでしまった。起きたのは、先ほどの10時過ぎ。さて、朝飯食うか! と思ったら、ブランチになってしまいます。
2007.04.14
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サウード家を破局から救ったのは、砂漠の逃避行の時に11歳で、21歳の大人に成長したアブドラアジーズであった。1901年秋、彼は40人足らずの勇者を率いて、密かにクウェイトを離れて、サウード家の復興に乗り出した。数ヶ月に渡り潜行、耐乏生活を重ねながら、20名余りの兵員を追加調達し、1902年1月15日未明、その作戦を決行した。敵の隙をうかがってリヤドの城壁を越えて場内に潜入、早朝、マスマク城塞から出て来た代官のアジュラーンを奇襲。余勢を駆ってラシード軍の守備隊に壊滅的な打撃を与えて、降伏させた。この勝利はサウード家再興の第一歩であり、アブドラアジーズを近代世界の英雄の一人とする始まりであった。彼はリヤド奪回の吉報をクウェイトにいる父、アブドッラハマーンへ直ちに伝え、彼をリヤドに迎え入れた。彼は父より、首長の位を譲られ政務を司ることになった。アブドッラハマーン自身は、イマーム(イスラムの宗教的最高指導者)の地位を保持し、父子は宗教と政治の二つの権力をそれぞれ分担し、その後、二人は常に連携して助け合っていった。--------------------------------リヤドには、アブドラ・アジーズ通りとか、アブドラ・アジーズ記念館とか、色々と残っております。サウジアラビア史上における、最大の英雄なのでしょう。日本であれば、坂本竜馬や、西郷隆盛、大久保さんなどにあたるのでしょうか?
2007.04.13
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帰国3日間が過ぎましたが、ひどいジェットラグに悩まされました。夜は眠れず、昼はボォーっとして、夢遊病者のようであります。帰国便が、下記のような状況です。バーレーン発 サウジ時間:14時55分(日本:20時55分)香港着 サウジ時間:01時10分(日本:06時10分) 飛行機の中では、全く眠れず。下記の、香港空港滞在時も、眠るべく努力したが、1時間ウトウトのみ。香港発 サウジ時間:04時10分(日本:10時10分)成田着 サウジ時間:08時35分(日本:14時35分)この飛行機では、2時間ほど眠れる。ですから、3時間ほどウトウト程度の眠りですから、徹夜明けのような状態です。自宅に戻り、眠ったもので、夜が眠れなくなってしまったのです。しかし、昨夜は、23時半から、6時半まで、ぐっすり眠れたので、本日は、ジェットラグから、解放されるでしょう。
2007.04.13
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ようやく、東京のアパートに帰って来ました。狭いながら、我が部屋は、快適です。何しろ、ネットが早いこと、早いこと。ありがてー! って気持ちです。それに、刺身が食える! 食ったなー、腹一杯だ、 魚が、3匹、腹の中で泳いでいるようだわさ。
2007.04.11
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バーレーンから、香港までやって来ました。サウジは、夜中の1時半ですが、香港は、朝の6時半。外は、明るくなって来ました。地球は丸く、廻っているのですねー。現地時間、9時10分出発です。 眠いなー! 疲れます!
2007.04.10
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イッヒッヒ! オッホッホ! アッハッハ! ウッフッフ! エッヘッヘ!カッカッカ! クックック!ハッハッハ! ヒッヒッヒ! フッフッフ! ヘッヘッヘ! ホッホッホ!ワッハッハ!もうじき、出発です。 笑いは、 ア行、ハ行ですねー。そして、カ行、ワ行も一部okでした。
2007.04.09
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オッホッホ ウッヘッヘ何だ? この は教えちゃいましょうかー実はですねー、実は、明日、日本へ向かうのでありま~す!一時帰国って奴です。又、戻って来るのです。ビザの更新の為に、帰りたくないのに、止むを得ず、帰らねば ならないのです。(公式な、ご挨拶)しかし、心の中は、 なのであります。日本へ帰ったら、まずは、 です。その次に、かなー?類も食いたいなー。に行く時間あるだろうか? あればだね。も楽しみであります。しかし、へな何度も行かねばならないし、あまり時間がないかも。色々あるし、しばらく、ブログ休むかなー?
2007.04.08
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さて、前回の続き。ナショナル・ミュージアムです。どこのミュージアムにも見られる、昔の土器類です。そして、イスラム文化圏が掲示されていました。アフガニスタンからパキスタン辺りまで、それから、アフリカ北部は知られていますが、ポルトガルや、スペインに一部も、イスラム圏になっていますね。これに加えて、マレーシア、インドネシアもイスラム圏ですから、人口的にも多いですねー。(何故この2カ国が掲載されてないのか不思議)1990年代の武器です。もうちょっと前かな?砂漠テントの中の模様です。 ナショナル・ミュージアムへ行ったと言う証拠写真であります。でわでわ。
2007.04.08
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誰も、ムラバ・パレス!を知らなかったが、地図上、どうしてもこれがムラバ・パレスに違いないと長い建物の横を通って、建物に入る。受付で聞くと、ここはナショナル・ミュージアムだと言う。そして、ムラバ・パレスは同じ敷地にあると言う。どこでも良いので見学することにした。入場料:15リアル地球の成り立ちから、砂漠、紅海、歴史、古い器具、武器、などなど、非常に沢山のものを見ることが出来ました。そして、何と昨日まで、日本の特集をしていました。美しい日本の女性に、ご丁寧に作日で完了してしまった、お詫びの説明を受けて、大変、恐縮しました。まだ、この看板は、残っていましたが、こう言うのをやってるんですねー、日本も。こんな所で。誰も来なかったのじゃーないかなー?中を見て行きますと、昔のアラビア文字が沢山ありました。 そして、昔は、こんな風にラクダで、粉をひいていたようです。ラクダでの移動風景もありました。ナショナル・ミュージアムで、一休みしながら、何故、皆さん、ムラバ・パレスを知らないのか考えて見ました。ムラバ・パレスは、サウジの建国の父、アブドル・アジズの建てた宮殿です。サウジ人なら、きっと小学校の歴史で習うでしょう。しかしながら、僕が道を聞いた人々は、外国からの出稼ぎであります。サウジの歴史なんてどうでも良いのです。(たぶん)そんなもの見るなら、1リアルでも稼ぎたい、若しくは寝たい、休みたい。(想像)と言う事ではないかと思った次第であります。注:アブドル・アジズの正式名称は、下記です。 アブドル・アジズ・ビン・アブドル・ラーマン・アル・ファイサル・アル・サウド長い名前ですねー! 一般的には、ビン・サウドとして知られているそうです。僕の名前も真似すれば、 アジアノ・ホシ・イチバン・イマ・アラブノ・ホシ・イチバン・ザイ・サウジてな、ところでしょうか?
2007.04.07
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アル・バサアから歩いて行ける所に、アブドゥラ・アジズ王が建てたと言う宮殿、ムラバ・パレスがある。反対方向に、旧リヤドの要塞跡のマスマク・フォートレスと、同じく旧リヤドに9つあったと言う昔のゲート、アル・スマイリ・ゲートがある。両方は、無理なので、ムラバ・パレスへ歩いて行く事にした。概ねの方向は、地球の歩き方に乗っているが、行く先々で、どちらか聞いて間違いない事を確認した。しかし、途中、10人ほどに聞いたが、誰も、そのムラバ・パレスを知らない。いい加減に、反対方向を教えてくれる、逆親切な御仁もいるのだ。地球の歩き方と、自分の勘を頼りに、炎熱の道路を歩く。そうしたら、ふる~い映画の、ETに出て来る、乗り物に似た、ウォーター・タワーが見えてきた。その近くであるので、そこを左折する。だが、ここの信号が、赤や青にならないので、渡り方が非常に難しい。訳も分からず、車が止まった時に渡ってしまった。何なのだ? この信号!そして、ムラバ・パレスらしき、大きな建物がある、道路に来ました。この建物の向こうに、大きな広場があります。そこで、最終確認と思って聞いて見たら、やはり分からないと言う。全く変だぞ、ムラバ・パレス!
2007.04.07
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リヤドの繁華街、アル・バサアを歩いていた時の事です。お店を覘いたりすると、必ずどこから来た? と聞かれます。黙っていると、フィリピン人か、韓国人か、マレーシア人か、中国人かなどと聞かれます。始めから、日本人か? と聞かれた事は、一度もありませんでした。それだけ、日本人は、このサウジ一番の繁華街を歩いていないのでしょうか?観光で来る人が皆無であり、仕事で来る人は、五つ星の超高級ホテルに宿泊し、豪華なオフィスで打合せして、そして、ホテルの高級レストランで食事して、帰国するのでしょう。そして、リヤドに住んでいる日本人は、コンパウンドに住み、大きなスーパーマーケットで買物して、きっと、ごみごみした、繁華街は歩かないのでしょう。そして、その繁華街で、日本人だ、と明かすと必ず、「オォー!」とした表情をします。技術大国、日本をある意味、畏敬の心で見ているような気がします。悪い気はしません。そして、江戸時代の基礎、明治以来の、勤勉な日本人の努力に感謝する次第です。今の時代、日本人に生まれて良かったと、サウジに来てからだけでなく、何度もそう思います。
2007.04.06
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リヤドの繁華街、アル・バサアを歩いていました。すると、モスクの扉が開いていて、偶然中を見ることが出来ました。中は、何にもない、ガラ~ンとした、広い部屋だけです。以前、シンガポールにいた時に、イスラムのマレー系運転手が連れて行ってくれたので見た事はあります。それと、ほぼ同じように見えました。その隣には、足を洗う、洗い場がありました。これも、マレーシアのジョホールで見た、モスクの入り口にあったものと同じです。イスラムの国々は、メッカのあるイスラムの宗主国サウジアラビアから、情報を得るはずなので、考えて見れば、同じであって、当然ですね。しかし、街を歩いて見て、タクシーの運転手、ホテルのボーイ、食堂の店員、お店の店員、などなど、働いているのは、ほとんどがパキスタンや、バングラデシュ、インドなど、インド系の多いのには、目を見張ります。50年後、100年後に、原油が出なくなったら、この国は、インド系に乗っ取られるのではないかなどと、いらぬ心配してしまいます。
2007.04.06
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4月4日(水)。さて、70リアルの安宿に、チェックインしました。客は、地方から来たサウジ人が大半のようであります。部屋は安宿の通りで、まぁ、普通でしょう。しかし、バスルームが、ちと清潔そうでないのが、気に入りません。インターコンチで、午後バスに入って来たので、今夜はパスしよう。繁華街も歩いて来ました。ほとんどが男性ですが、アバヤを付けた女性もたまにいます。写真を撮る雰囲気でないので、逮捕されても、カメラを取り上げられても困るので、残念ですが、控えました。服装街、電気街、香炉街、行けども行けども、お店ばかりであります。パキスタン、バングラデシュから来た人たちが多いように見受けられます。香水街で、目の美しい青年がいたので、そのお店に入って見ました。英語が話せないので、会話にはなりませんが、彼はイエメンから来ているとの事で、何となく親しみが持てました。何故なら、先日、隣国のオマーンへ行き、次はイエメンに行きたいと思っていたからです。薦められて、小さな香水(オーデコロン)を二瓶買ってしまいました。こちらは、女性と行き交えば、香水の匂いがプ~ンとするほどで、香水もどれを選んだら良いのか分からない程、ありました。主にフランス製品のようでした。因みに、安宿の10倍の値段、インターコンチの部屋も紹介しておきます。ソファーと机のある方から、ベッド方面を見たものです。ベッドからシャワールームを左手に見て、ソファーと机のある方向です。2万1千円の豪華なお部屋、2千円の民宿風お宿、さぁー、どちらを選ぶでしょうか?
2007.04.05
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リヤドの在サウジアラビア日本大使館にて、パスポートを更新しました。新しいパスポートを、わずか2時間で発行すると言う手際良さです。東南アジアや、中国でゆったりした手続きに慣れていたので、聞いてはいましたが、この速さに驚きと感謝であります。日本なら、申請して、又、取りに行かねばなりませんから、この速さはギネスものであります。まして、その間に日本の外務省へ問合せを済ませているのです。さすが、日本大使館! であります。但し、これは、事前に充分な連絡を取り、朝一番で大使館へ行ったので、この早さなのです。もし、午前遅くか、午後に行ったら、一日では発行されません。何故なら、日本との時差が6時間あり、日本との確認が取れないからであります。さらに、サウジの在留届も提出していたので、戸籍謄本も不要で、写真2枚と、パスポートを持参しただけです。簡単でした。 しかし、日本大使館へ入るのに、チェックが厳重で、なんと15分もかかりましたぞ。一人づつ二重の門へ入るので、後ろで待っていた、サウジ人らしき白装束の男が、何やら喚いていた程です。古いほうに、サウジへのマルチビザと、中国への留学ビザがあるので、それらの期限が切れるまで、新しいパスポートと、古いパスポートの両方を持ち歩かねばなりません。ちと面倒です。さてっと、リヤド出張の目的は完遂したので、これから、リヤド探索に出かけます。今夜のホテルは、間違いなくネットにつなげない安宿なので、明日の夜、お会いしましょう!
2007.04.04
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リヤドのインターコンチネンタル、豪華な部屋での目覚めです。悪くないはずがありません。快適です。インターネット繋ぎ放題ってのが、気持ちいいですねー。ずっと日本でも中国でも、そうだったのが、サウジに来て電話回線になってしまったので、金額は大した事はないのに、どうも、接続時間が気になってしまいます。それと、チェックアウト時間が、リヤドのホテルは遅く、午後3時までで良いようです。昨夜、探しに出かけた安宿も、同様に午後3時でしたから、どこもそうなのでしょう。さて、それでは、朝食を食べて、日本大使館へ行って来ます。
2007.04.04
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ホテルに到着後、インターネット以外やる事ないので、夕食がてら、明日の安宿探しに出かけました。地球の歩き方に記載されている、ホテルで60リアルは敬遠して、その上の80リアルに電話したら、誰も出ず。さらにずっと上のクラスで360リアルに電話したら、ここも誰も出ず。メルアドがあったので、送付してみたら、届きませんと返信あり、ネットでは無理と判断したのです。そしたら、ありましたねー! 80リアルも、70リアルも。部屋も見せて貰いました。インターコンチとは比べられませんが、東南アジアのバックパッカー宿と比較したら、ちと良い程度です。予約は出来ないようなので、明日行って見ましょう。アル・バサアと言う、リヤド一番の繁華街です。中央郵便局や、バス乗り場も近く、バサアマーケットにも近いので、便利です。
2007.04.03
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先ほど、サウジアラビアの首都、リヤドに到着しました。ダンマン-リヤド間の飛行機には、ビジネスクラスがなく、会社規定により、ファーストクラスに乗せて貰いました。しかし、実態は、全く、ビジネスクラス並み。名前をファーストクラスと呼んでいるだけのようなものでした。で、リヤド空港から、タクシーで市内へ向かうのですが、騙されると行けないので、タクシー乗り場からキチンと乗ったのであります。しかし、運ちゃん、たか~い声で、鼻歌など歌い、140キロほどで、ぶっ飛ばします。こわ~い! と思って出来るだけ、遠くを見ていました。メーターで、70リアルもしました。ちょっと高いのかなー? 分かりません。そして、インターコンチネンタルにチェックイン。嬉しいのは、インターネットが使い放題です。ジュベールのインターコンチネンタルは、結構、高い料金を取られました。フリーだと、安心して、繋いでいられます。貧乏人根性ですねー。この部屋は、700リアル(2万円強)ですが、応接、仕事机、バス、トイレ、と設備、備品は素晴らしいです。カメラは持って来ましたが、接続コードを忘れてしまって、アップ出来ませんが、その内にお見せしましょう。でわ、又、すぐに記載します。
2007.04.03
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明日から、サウジアラビアの首都リヤドへ行って来ます。パスポートの更新です。発行時に増刷して貰いましたが、既に余白が見開き2ページしか残っておらず、サウジのビザを貰うと、入出国スタンプを押して貰うスペースがなくなるので、止む無く、期限切れの前に、更新せねばならないのであります。来週は、ビザ取得の為に、日本へ一時帰国となります。もう、桜は散ってしまっているでしょう。残念ながら、桜は見られません。リヤドは初めて訪ねる都市。バックパッカーの心が騒ぎ、車で行くか、サウジに唯一ある、ダンマン-リヤド間の汽車で行くか、どっちかで行きたかったのですが、出張なので、そう言う事も出来ず、ダンマンから飛行機で行きます。リヤドでブログの更新出来るか、分かりませんので、数日、ご無沙汰するかも知れません。それでは。
2007.04.02
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先日、引っ越し前、写真保管庫が満杯となり、写真をアップ出来なかったので、バーレーンのゴルフ場の写真を掲載します。このように、ティグランドはきちんとした芝生です。しかし、芝生は最低限の所だけであり、その他の所は、ごらんの通り、土漠です。ティグランドから、フェアウェイまでの距離がかなりあり、フェアウェイまで行かないと、バンカーよりひどい土漠で打たねばなりません。ですから、150mは飛ばないと、結構、大変です。ここは、ティグランドから、フェアウェイの間に、谷底と崖があり、この距離が、やはり150mほどあります。僕は、この崖に落とし、出て来るのに、2打要しました。景色は美しいし、カーとで移動出来るので、楽でもあります。
2007.04.02
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ブログを引っ越ししたので、現在の私めの仕事を紹介しておきます。あまり馴染みがないでしょうから、あっさり説明します。サウジアラビアは、ご存知の通り、石油が出る前は、極貧の国で、その国庫収入はメッカ巡礼者から徴収する巡礼税と関税が頼りであったのでありますから、私めの仕事も、やはり石油関係であります。しかし、原油ではなく、その下流の、製品を数プラントを建設する仕事です。と、一言で申しましても、その投資金額たるや、な、な、なんと、数千億円ですぞ!とても、見たことありませ~ん!で、その設計施工業者は、イギリス、ドイツの会社で、マネージメントはほとんどが、イギリス人、ドイツ人を中心に欧米人であります。労働者も含めれば、約1万人近くの人たちが働いております。労働者は、インド、パキスタン、フィリピン、中国、バングラディシュ、アフリカなど、多種に渡り、サウジアラビア人は、現場で働くことはなく、オーナー側で、監理の仕事をしております。そんな所で、じゃー、あんたは何をしてんの?と言う質問が出て来ると思います。理由は、欧州人が行っているマネージメントではどうも物足りないと言うので、優秀な日本人を投入し、全体監理を行わせたいと言う事になった訳であります。ん? じゃー、あんたは、その優秀な中の一人なの? と言う質問が出て当然と思います。今、その建設に5名の日本人が採用されてサウジに赴任しております。その中の4名は、超優秀であります。そこに、何故か、私めが紛れ込んでいるのでありまして、あたしが優秀な訳ではありません。何たって、昨年は、「亜州の星次郎」と名乗り、四国を放浪し、東南アジアまで、ウロウロと、放浪の旅を続けていたのでありますから、お分かりでありましょう。ちと、長くなりましたが、仕事の紹介でありました。でわ。
2007.04.01
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削除すると、テーマも削除されてしまいました。
2007.04.01
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以前、大根と生姜を購入し、卸して見たら、水分が少ないなー、と感じました。その時は、土漠で育てられた野菜は水分が少ないのかと思ったものであります。しかし、その後、購入してきた大根、生姜は、その時々で、水分の含有量が違うようであります。相対的には、日本の大根、生姜に比べて、こちら産は、水分がすくないです。大根卸しを作っても、日本なら、汁が沢山出ますが、こちらでは、そんなに出ません。水分の少ない大根は、かろうじて底に水分がある程度で、ご飯にかけても辛味だけで、あまり大根卸しって感じがしないほどです。それに、こちらの大根は毛深いです。日本の大根は、みずみずしく、白くつるつるしていますが、こちらは毛だらけの感じです。水分の少ない土で生きているので、根を沢山伸ばす必要があるのでしょうか?そう言えば、サウジアラビア人も毛深いです。ヒゲも濃い。これって、関係あるかなー?と言う、お話でありました。
2007.04.01
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