醍醐山と下部(しもべ)温泉

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二代目館長日記 bnvn05さん
2023.09.25
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カテゴリ: 醍醐山
山梨県身延町になぜ醍醐山(だいごやま)という名前の山があるのか。
その山腹の集落はなぜ大子(だいご)なのか。謎です。

謎を解く鍵になりそうなのが、醍醐山を挟んで富士川の対岸に真言宗醍醐派の古刹があること。
長治(ちょうじ)2年(1105)、新羅三郎義光が開山したという三守皇山大聖寺(だいしょうじ)です。

大聖寺本堂


山門からの醍醐山


山門:甲斐百八霊場第百番、甲斐八十八箇所霊場第三十五番札所


参道入口の古い石碑には「高倉天皇 恩賜勅号 三守皇山 長光王院 大聖 明王寺」と刻まれています。
加賀美遠光は甲斐源氏に伝わる秘術を使って、魔物に苦しめられていた高倉天皇を救いました。


国指定重要文化財:木造不動明王坐像(平安時代・像高84.4cm)
(写真は公益社団法人やまなし観光推進機構・ 山梨の歴史を旅するサイト より)

【案内板より】本像は両眼を見開き上歯牙で下唇を咬む等身大の像である。頭、体部は桧の一材から木取りし、細部まで一材から彫成するなど総体に古い様式を踏襲している。
太目の弁髪を垂らし、怒りの表情も穏やかにまとめられている。
丸味を帯びた顔、体のふくよかな肉取りには藤原期の典雅な趣きがあり、平安時代の都ぶりを示す美作として注目される。

弘法大師像:背後に美しい蓮池があります。


御詠歌:秘めおきし御法をきくもこの尊の誓ひのあみにもれぬとぞ知れ





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Last updated  2023.09.25 06:00:11
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