DOCILE1972のだって大好きなんだもん
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私が2歳のとき、両親が離婚。 住む所がなくて、 母子シェルターの施設で育つ。 10歳のときに引っ越して転校。 ちょっと田舎だったから、 「父親がいない」ということで 毎日いじめられる。 高校卒業時に毒親的な母親が再婚。 もともと男性との交際が派手だった母親は よく家に彼氏を連れ込んでた。 再婚した人とも打ち解けることなんて、 当然出来なくて家出。 当時付き合ってた彼氏のアパートに 転がりこんだ。 26の時に結婚。 相手は冬彦さんを思わせるマザコンに、 子離れできてない母親がもれなくついてきた。 32の時に離婚。 この時に男性不信になり、 もう一生結婚しないし、 彼氏も作らないと心に誓う。 仕事に没頭して昇格し、 売上も伸び率は全国で1位も取ったこともあった。 なにしろ一人が楽しくて仕方なかった。 42の時から私の人生は変わり始める。 とある芸能事務所へ別の用事でお邪魔したとき、 事務所主催のオーディションを受けてみないか? と声をかけられる。 まあ、受かるつもりなんてまったくなかったが、 思い出づくりなら良いんじゃない? なかなかできる経験ではないと思うし。 と思って参加。 結果、受かってしまった。 ちょこちょこやってた歌を再開させて、 42になって初めて女優業を始めた。 当然、周りは頭おかしいんじゃないの?ってなる。 私も頭おかしいんじゃないの?って思った。 でも、この時出会った監督が 私に何が必要か。 私の持ってる良いところ。 私がやるべきこと。 すべてを教えてくれて、 私の生き方を変えてくれた。 この人がこの世界で 唯一私を必要としてくれるなら、 本気で頑張ろうと決意した。 小さな仕事もいくつかもらえて、 ちょっとずつ周りが 私の存在を知ってくれるようになった時に、 すべてがようやく上手く行きかけた矢先、 乳ガンが発覚。 全摘ではなかったものの、 キズはリンパまでに達した。 放射線治療は心身共に疲れさせ、 一番辛かった。 そんな放射線治療が終わって、 気力も体力もヘトヘトになってる時に、 渋谷のセンター街に 彼がやってきたんだった。
2019年05月20日
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