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ラヂオ生活で思い知った事。 やっぱり目(視覚)から記憶に結びつく回路で生活をしているらしい。 耳(聴覚)からはこの脳ミソに定着しない。 仕事現役の頃相手の名前を名刺から覚えた。たった一度会った方でも 名刺を戴けばスーと名が出た。一度しか会ってなくても名前を呼ばれる と相手は感激するもので仕事で大いに役立った。 毎朝ラヂオを聞いていると数々の情報が飛び込んでくる。なのに アウトライン(素敵や、役立つや、話題に使えるなど)だけが残り肝心な 名称や人物名・題名・曲名などが全て跡形なく何処かへ行ってしまう。 ある有名な日本料理人が新しい発想の日常料理を語っていた。 聴きながら手元にメモは残した。料理人の氏名は知り合いと一緒だっ たので記憶され、本の題名は今はやりの節電が入っていたので覚えた つもり・・・ 本屋でメモ無し(忘れたのだ)で探した。店員さんに「作者は 〇〇です。題名は節約(?)料理だと思います。」と探してもらった。 「はい。色々検索して野崎洋光著書の”おいしい節電レシピ”ならありま すが」 ああ、それだぁ~!! で、出てきた本の料理人は顔も よく知っている方で、節約は節電で・・・・・・テレビならもう少し目から認 識して本の表紙も作者も分かったのに。耳からって不便だなぁーと思っ た。天気予報も地名が素通りして神奈川や東京は何だっけ?でチェッ ク出来ない。そういえば学生の頃テストの解答が何ページのこの辺に 書いてある!なんて目からの情報ばかりで・・・ 皆さんは耳派?それとも目派? どちらですか?
2011.08.31
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鏡に映った私の笑顔って本当の私だったのか・・・? 一瞬もの凄く 仕合せな笑顔で優しい目つきの私がそこにいた。私が久しぶりの私 を見たわけだ。 目の前の窓には樹木が一面にあって日々みどりの変化を楽しませ てくれる。で、パソコン横には友人から戴いた切花が微笑んでいて 落ち着いた時間が流れだしたのだ。 眼の調子は悪い。活字が泳ぎだし指で押さえないと行を間違え同じ 所を何度も読んで先に進まない。読書好きだったが今はDVDの映 画に走っている。そんな私を捉えた作家に偶然TVで出会ったのだ。 カズオ イシグロ ご存知の方もいらしゃると思うがこの私は知らなかった。 早速アマゾンで注文したがワンクリックで頼んだせいか6月10日~ 23日に到着とメールが来た。なぁ~んだ、そんな先かと少しガッカリ していた。 なのに、なのに昨日届いたのだ。まだ読み始めたばかりで感想は その内アップするが・・・(眼の調子とバランスで ”その内”である。) 彼の両親は生粋の日本人で、彼も5歳まで日本で育った。でも日本 語を話せない。生まれより育ちなのか?身体を流れる邦人の血は どうなっているのか?楽しみな読書がスタートする。
2011.05.31
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大型書店かネットで購入できる ”間違い探しの本”静かなブームが起き ている。大人も子供も楽しめる綺麗な大型本だ。クリスマスプレゼントに お勧め。私の知る限り9冊出ている。本を開くと左右に一見同じ場面が よく見ると7つの違いが隠れているのだ。見つからなないとイライラする。 答えが出ていないから誰かに相談しなけりゃ解決できない。2~3日経っ て心新たに今一度眺めると分ったり・・・・年齢問わずの楽しい本だ。 これは娘のスイーツデコの部品だ。バナナもブルーベリーも一つづつ 手作りしている。で、最近のクリスマスバージョンを披露する。相変わらず ヤフオクで頑張っているのだ。 親馬鹿丸出しで可愛い~~。 今夜あたり50000キリバンを踏みそうだ。是非参加してね。楽友で無い 方は50000の場面を写メしてね。
2009.12.07
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親を嫌うなんて日本人の良識や感覚からはとんでも無い話になる。自分 の存在はその親からいずるものだから疑問や嫌悪はあってはならない。 子が親を嫌い離れて行くなんて、親不孝の極みである。 私はこの本を読んで長年自責の念に押しつぶされそうになり逃げ回って いた母親との関係を再認識し、尚且つ受け入れる事が出来るのではな いかと思うようになった。それまでは私の中にある世間が許さなかったの だ。釈明の場すら設けて貰えない不自由を常に感じていた。しかし今、 (200Q年は)年老いた母に何も言うべきでないと解るのだ。 物語の天吾は父に逢いに行く。その時都合よく(どちらにも都合よく)父 はボケていて明確な会話は成立しない。それでも一方的にグシャグシャ に絡まった塊が形状記憶の物質へと変化しクルリンとほどける。私と私 の中にいる母親はクルリンとほどける物質になりうるであろうか? 誰しも最後の最期まで ”こうしてこうなりましたが出来ずに生きていまし た、死んで往きました”となる。そう云った当然の疑問を1Q84に託して 人間の可能性を追求した話なのだと私は納得。月はひとつだが心の漂 流に終止符を打ってくれたこの本に出会えた2009年は200Q 年になっ た。物語の終わりは常に自分に都合よく心地良いものに期待する。そし て本の後半を一気に読み抜けるのだ。私の心の風景にピッタリの結末 がそれとも想像だにしなかったおわりなのか・・・・それは読んでのお楽し み(ここには書かない) さて、村上さんここ数年ノーベル文学賞の候補に挙がりその都度私も ドキドキしながら発表を待つのだが・・・・ この本で少し引っかかった事がある。彼も(村上さん)歳をとったなぁと。 歳なんか絶対にとらない人だと思っていたからショックだ。 言い回しがくどく必要以上に読者に向かって念を押すのにいささか閉口 した。生きていたら何年かしてもう一度読むであろう本だ。
2009.09.18
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やはり面白い!久しぶりの長編書き下ろし。よかったぁ~。先月婿さんが ”全然面白くない”と、まだ読んでいない私に感想を述べた。うん? で、購入を半ば諦め読む事さえ諦めつつあった私に火が点いた。近場の 図書館に行ったが無し。じゃぁ~とア〇ゾンに入ると即刻購入可能になっ ているではないか。6,7月頃は予約販売で全然買えなかったのに。 大阪のブログ友達の近くの図書館は600人待ちだそうで。よく見ればたっ た1ケ月半で12刷も出ている。いったい何冊売れたんだぁ~?何億彼の 懐に入ったのやら???新聞には彼の本の読み方本や関連本の紹介が 目白押しでそれがブームを作っている感もある。 村上 春樹氏との出会いは ”ノルウェーの森”。それも世間の大騒ぎに関 係なくハマった本でここから始まった。気に入るととことん追っかけをし 挙句、作家を殺してしまう(まさか、私は何もしてないが、亡くなってしまうの だ)困った遍歴があって最近はとことん追っかけるのは止めているが・・・ 彼の文体が好きでつい追いかけたくなる。まだまだ書いてもらいたいから 殺すわけにはいかない。本文の感想を書く前に何故これほど売れたのか 少し考えてみた。時代背景が近時代の1984年。微妙に計算された時期 だ。何故って携帯もパソコンも一般に普及されてない時代でこれらが今の ようにあったらこの物語は成り立たない。どこかでオームの話が出ていた が別にオームと考える必要が無いし、そう考えない方がいい。浅間山荘 事件もしかり。 私の孫が何年かしてこの本を読んだ感想を聞い てみたい。彼女はオームなんて知らないから。 この本は先入観を無くしてもっと自分自身の中で読むテーマなのだ。 明日は具体的にぐらんまの面白かったと思う感想文を書く。
2009.09.17
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明日には40000のキリ番を迎える。何か30000からのスピードがやけに早かった。また何かいい記念品を考えるから名乗り出て下さい。楽天じゃない方でも写メ送って下さればOKですよ。さて、図書館へ行って来た。今まで行った何処の図書館よりも小さくて落ち着かない所だった。近所に本屋も無いしPCで検索とは違った発見を求め出かけたのだが・・・スペースの割に人が多過ぎる。新聞雑誌を読んだり一家総出で涼みに来ている。やたら赤ん坊があちこちで泣いていてお目当ての作家の本(婿さんは図書館で借りてもう読んだそうだ)そう、村上 春樹の1Q84を探しに行ったが無いそうで。じゃぁ、と目に飛び込んだ懐かしい作家(馳星周)の上下2冊を借りて退散。 お供えの花が淋しくなって来たと云っていたら、散歩友達 ”トコちゃん”のおばぁちゃんから素敵なお花が届いた。なにより嬉しい
2009.08.27
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以前彼女を紹介したが最近 新しい本が出た。相変わらずおおらかなパワーで生きている。愛犬の犬のお母さんしか出来ない私には凄い刺激になる。彼女のブログ遡ってお時間があったら読んでね。地球のあっちの方で好きな事をやって生きている。興津で何にもやってない私が感激しても何にもならないかぁ~。
2009.04.29
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書くことが無いので私の好きな漫画を紹介する。興味の無い方はパスしてもらい雑学として目を通すのはお勧めだ。これから事件の無い日は漫画家話とする事にしたのでよろしく。と、偉そうに前置きをして・・・さぁ~てと、何から書こう・・・悩む。諸星大二郎。最近は深夜番組の実写版で ”栞と紙魚子”が何故か放送されていたようで(私は観ていない)少しメジャーになった。この作家なかなか良いテーマの仕事をしているので30代の頃から贔屓にしている。 これは先ほどのTVの元になった漫画の表紙 ストリーは近未来だったり古い中国だったり色々だが登場人物の奇想天外さについつい引き込まれ何十年と付き合っている。で、歴史上の人物なんぞが沢山出てくるが一切覚えない判らないで30年近く追っかけ、私の周りの若手に伝染させている。漫画のストーリーをここに紹介する積もりはさらさらないがひとつだけ、先の”栞と紙魚子”の中に「段先生」と云って文芸作家が登場している。彼はこのシリーズの初め頃、嫌われ辞めろ総理麻生君にそっくりだったが(顔や姿)最近の風貌は微妙に離れて来ている。・・・作家も今の麻生君にアイソをつかしたようだ。
2009.03.06
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新年句会で塩田先生からお年玉と称して本を戴いた。それが 愛犬を安静にする為何故か何もない何も出来ない日でさぁ~~てと、何をブログに書こうかと悩んでみて部屋を見回しこの本が目にとまった。人体にまつわるさまざまな名称や表現を通して日本語の奥義を探る本だそうで確かに ”肩で風を切る”、”顔が広い”、”手ぐすねをひく”など表紙の装丁に書かれている。で、今日は ”一つ目”を紹介する。(無理シャリです)「何故目は二つなのか」二つ目が一つ目にくらべ決定的に有利なのは立体視が出来る事でしごく当然、そして必然である。では三つ目、四つ目、五つ目が無いのはどうしてか・・・どうしてかしら?こらは単なる偶然と本には書いてあるが・・・それはさておき、”一つ目”「立体視も出来ず、視野も広くない、不自由極まる目が我が国の伝承世界では大いに活躍している。一つ目小僧日本の妖怪伝承の中でもっともポピュラーな話だ。」そこで、今凄い ”一つ目”がこの日本国でトグロを巻いている。この妖怪 ”麻生太郎”と云う名前だ。皆さんもご存知だと思う。キタロウですらお手上げで、下手をすると日本国を滅ぼしかねない。ポツンと小さな目ひとつ、何処を見ているのか何を見ているのかきちんと物事を見る事の出来ないこの”麻生一つ目妖怪”を退治するのは我ら国民なのにね~~~。話が飛んで飛びました。愛犬は今日は落ち着いています。ホッ。
2009.02.10
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この作者、ブログ内で知った。早速アマゾン。(楽天にすべきかしら?)いつも本を読んで思う事のひとつに残りページが少なくなっていくつまらなさ。特にミステリーなんかは結末が見えて来てしまう。(手にしている残りページの厚みで)読みながら思いを膨らませても後何ページで終わりと分かるわけでそれ以上がない。 一時、ストーリーの終りが見えない本が出来ないものかと、真剣に考えた事がある。回り灯篭の様に終りのない・・・でも物理的に不可能で諦めた。ところが、この「オーデュボンの祈り」は見事にやってのけてくれていた。凄。凄い。私との思考回路の違いなのか、終りのページが近づいても本当の意味での終りが語られてないミステリー本、続きがある本なのだ。今年もまたノーベル賞を逃したが 大好きな村上春樹さんの場合。意図的にプラネタリュームを観る客席に読者を誘いそこで世界観を見せてくれる。ところがこの伊坂さんは次回作品へと誘う(まだ一冊しか読んでないから間違ってるかも)が村上さんとはまるで違う設定なのだ。今までの本と違う。私には初めの食べ物であった。
2008.10.10
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久し振りの(この書き出し多いいネ)昼間の雨。と、云うより俄か雨でない普通の雨です。変な言い回しだね。先月届いていたけど孫がいると読書は出来ない。ハリーポッター第七巻最終章。今年の夏は追っかけていたシリーズ物が全て終わったさみしい・・・・そのハリーポッター何しろ重い。厚くてサイズ的にもチト大きくきちんと椅子に座り背筋を伸ばして読むなら問題ないがゴロゴロ読むには厄介な本で没頭出来ない。面白くないからか?重さのせいかページがはかどらないのだ。予定以上の時間を使いダンベル代わりの本と格闘して今日一日が終わる。さあ~夕飯の支度だ。何作ろうか?
2008.08.23
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今日の話はクリスチャンなら何の事はない当たり前の事例です。そうでない人には信じられない変な話で、とうとうぐらんまさん暑さに負けたと思われるかもしれません。今から6年ぐらい前に「いのちとことば社」から ”レフトビハインド ” T・ヘライとJ・ジェンキンズ著作のヨハネの黙示録をベースにそれをシュミレーションした近未来ストーリーがスタートしました。全巻12冊。この夏完結編の12冊目が邦訳され本屋の店頭に(私はアマゾンで買いましたが)並びました。孫が来ていて一気には読むことが出来ない中、彼女の川遊びの時間を私の読書時間とし日陰でページを進めていました。クリスチャンは教会で賛美歌を唄っている時とか皆で声に出して祈りを捧げている時などに聖霊が降りて来て,えも言われぬ心の満ち溢れを体感します。私なんぞ涙がボロボロ溢れ ”しまった!マスカラ付けて来るんじゃなかった!と、変な後悔をしたり・・・川べりで子供たちがバシャバシャ、川のせせらぎ、車の通る音、遠くの生活音などがス~と何処かへ遠のき。 いきなり来ました。涙がポロポロ。心の安らぎ。 そうネ~、ショーン・コネリイがハリソン・ホードがこらえ切れずに流す涙を想像して下さい。教会では堅固の男性もジッと堪えそれでもポロ~、ジュワ~の涙が眼尻を、頬を・・・の光景が見られます。聖霊(HOLY SPIRIT)はキリスト教で三位一体(父・子・聖霊)の第3位格。父は神。子はキリスト。聖霊は人々の心を清め強め慰めるもの。人間は皆神の子ですから洗礼を受けていなくてもこの聖霊体験は出来ます。私は不真面目なクリスチャンなので教会へたまにしか行きません。でも本の中で主の導きを説かれそれだけで聖霊の働きかけを受け満たされたなんて・・・・・むむむ・・・感激新たでした。
2008.08.07
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