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俺は卓上の壺へ手を伸ばしました。
「では孔明先生、次は九杯目でしたっけ?」
孔明が、少し呆れたように俺を見ます。
「我が君」
「十杯目ですぞ」
「あれ?(笑)」
孔明も笑いました。
「随分と酔いが回ってきたようですな」
「九杯も呑んでりゃ、そりゃ酔いますよ(笑)」
俺は笑いながら壺を傾けました。
ところが――。
「あれ?」
一滴も落ちてきません。
孔明が空になった壺を見て笑いました。
「我が君。杯数だけでなく、先ほど呑み干したのも忘れましたか(笑)」
「これは失礼(笑)」
俺は空になった壺を置き、店主へ声を掛けました。
「孫権殿、もう一壺お願いします」
孫権がこちらを見ます。
「まだ呑むのか」
「あと少しだけ(笑)」
孫権は笑いながら、新しい壺を卓へ置きました。
俺は新しい酒をお猪口へ注ぎます。
「ですが、今宵は孫権店が最後になりそうですね」
孔明もお猪口を手に取りました。
「ですな」
「さすがに三軒もはしごすれば、夜も明けましょう」
二人で再び、お猪口を合わせます。
孫権店――十杯目。
もう少しだけ、
この店で「人」の話を肴に呑んでいきましょう。
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孔明がお猪口を置きました。
「しかし我が君」
「先ほどは、人を育てるには、教える側も人の育て方を知らなければならないという話でしたな」
「そうですね」
「では――」
孔明が続けます。
「その教え方は、誰に対しても同じなのでしょうか」
俺は首を横に振りました。
「いや」
「そこがまた違うんですよ、孔明先生」
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人は、
一人ひとり違います。
覚えるのが早い人もいる。
時間が掛かる人もいる。
一度やって見せれば、すぐ出来る人もいる。
何度も繰り返して、ようやく身につく人もいる。
言葉で順序立てて説明した方が理解しやすい人もいる。
まず実際にやらせてみた方が、感覚を掴みやすい人もいる。
褒められることで、
「もっと出来るようになろう」
と伸びていく人もいる。
逆に、
少し厳しく言われたことで、
「くそっ、次は絶対にやってやる!」
と奮起する人だっている。
もちろん、第九杯で話した通り、
自分の苛立ちを相手へぶつける「怒る」と、
相手を育てるために「叱る」のは別の話です。
その上で――。
誰に、
何を、
どのように伝えれば届くのか。
そこも、人によって違うんです。
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それなのに、
十人のスタッフがいたら、
十人全員に同じ教え方をする。
同じ言葉で説明する。
同じ回数だけやらせる。
同じところまで一気に求める。
そして、
出来る人は出来た。
出来ない人は出来なかった。
そこで、
「俺は全員に同じように教えた」
「だから、出来ない本人が悪い」
となってしまう。
それでは、
人を育てる側の仕事を果たしたとは言えません。
同じことを、
同じように伝えることが、
必ずしも人を育てることではないんです。
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「孔明先生」
「料理だってそうでしょう」
孔明が俺を見ます。
「ほう」
「食材が違えば、状態も違う」
「大きさも違えば、火の入り方だって違います」
だから、
何も見ずに、
全部まったく同じ時間、
まったく同じ火加減で作ればいい、
というものではありません。
今、目の前にあるものが、
どういう状態なのか。
それを見ながら、
必要なら加減する。
人を育てることも、
それと似ているんです。
相手を見ずに、
自分が覚えてきた教え方をそのまま押し付ける。
そして、
「俺はこれで覚えたんだから、お前もこれで覚えろ」
ではない。
それは――。
相手を育てているのではなく、自分のやり方に相手を合わせようとしているだけ
なんです。
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孔明がお猪口を置きました。
「なるほど」
「人を見るとは、能力の高低を見るだけではないということですな」
「そうです」
何が出来るのか。
何がまだ出来ないのか。
どこまでは理解しているのか。
どこでつまずいているのか。
何が得意なのか。
何が苦手なのか。
どう伝えれば理解しやすいのか。
どこまでなら、今の段階で任せられるのか。
そして、
次は何を教えるべきなのか。
そこを見ながら、
教え方も、
任せ方も、
少しずつ変えていく。
目指すところが同じでも、
そこへ向かう道まで、
全員同じである必要はありません。
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そして、もう一つ。
俺は、
全員を同じ人間に育てようとはしませんでした。
全員が俺と同じ動きをする必要なんてないんです。
調理が抜群に速い人もいる。
接客が抜群に上手い人もいる。
新人へ教えることが上手い人もいる。
段取りを組むのが上手い人もいる。
周囲をまとめることが上手い人もいる。
細かなところまで丁寧に仕事をする人もいる。
忙しくなればなるほど、
力を発揮する人だっている。
それぞれ違っていいんです。
むしろ、
違うからこそ、
組織には強さが生まれる。
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ただし――。
ここを間違えてはいけません。
「人それぞれなんだから、得意なことだけやればいい」
という話ではないんです。
飲食店で働く以上、
一人の従業員として身につけなければならない基本はあります。
料理を作るなら、
守らなければならない基準がある。
接客に立つなら、
身につけなければならない基本がある。
衛生面にも、
店舗の決まりにも、
守らなければならないことがあります。
そこは、
「個性だから」
では済ませません。
まず、
一人の従業員として必要な基本を身につける。
その土台を作る。
その上で――。
その人が持っている長所を、
さらに伸ばしていくんです。
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孔明が微笑みました。
「適材適所、ですな」
「そういうことです」
人を同じ型へ押し込めるのではない。
一人ひとりを見て、
その人が何を持っているのかを知る。
そして、
最も力を発揮できる場所を考える。
さらに、
その力を伸ばしていく。
俺は、これが大事だと考えています。
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例えば、
店長一人が、
調理も一番。
接客も一番。
教育も一番。
段取りも一番。
判断も一番。
何もかも一番でなければならない。
そんな必要はありません。
以前の酒席でも話しましたが、
優れた監督が、
すべての選手より、
すべての技術で上である必要はない
のと同じです。
自分より調理スピードが速いスタッフがいたっていい。
自分より接客が上手いスタッフがいたっていい。
自分より新人教育が上手いスタッフがいたっていい。
「この仕事なら、あいつの方が俺より上だ」
そんなスタッフが何人も育ってくれた方が、
店は強くなります。
なぜなら、
店長一人の能力だけで作れる店には、
限界があるからです。
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一人の人間に出来ることには限りがあります。
どれだけ経験があっても、
どれだけ仕事が出来ても、
一人で店のすべてを担うことは出来ない。
だから、
人を見る。
得意なものを見つける。
伸ばす。
そして、
その力を活かす。
一人では出来なかったことを、
違う力を持つ人たちが集まり、
それぞれの持ち味を発揮することで出来るようにする。
それが、
組織で仕事をする強さでもあるんです。
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孔明は、しばらく考えた後、
静かに口を開きました。
「そう考えると、孫権殿の話へも戻ってきますな」
俺は頷きます。
「そうですね」
孫権は、
人を見た。
そして、
それぞれ違う力を持つ者を用いた。
全員へ同じことを求め、
全員を同じ人物へ作り替えようとしたのではない。
その人物が持つ力を見て、
活かすべきところで活かし、
任せるべきところで任せた。
人が違えば、
活かし方も違う。
育て方も違う。
任せ方も違う。
大切なのは、
全員を同じ人間にすることではない。
その人が持っているものを見つけ、
伸ばし、
活かすことです。
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孔明がお猪口を手に取りました。
「我が君」
「十杯目にして、ようやく杯数を間違えましたな(笑)」
「そこ、まだ言います?(笑)」
「人には、それぞれ得手不得手がありますからな」
「じゃあ俺の不得手は、杯数を数えることですか(笑)」
再び二人で笑いました。
俺は二壺目の酒を、
孔明のお猪口へ注ぎます。
人は違う。
だからこそ、
組織は面白い。
同じ人間ばかりを並べる必要はない。
違う力を持つ人たちが、
それぞれの持ち味を発揮する。
その力がつながった時、
一人では決して作れない強さが生まれる。
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俺は自分のお猪口にも酒を注ぎました。
そこで、
ふと思います。
人を見て、
その長所を伸ばす。
自分にはない力を持つ人間を育てる。
それが上に立つ者の仕事なら――。
やがて、
自分より優れたものを持つ部下が現れるのは、
当然のことなのかもしれません。
では――。
その時、
上に立つ者はどうするのか。
「こいつは、自分より出来る」
そう思った時、
素直に喜べるのか。
それとも――。
脅威に感じるのか。
俺がお猪口を口元へ運ぶと、
孔明が、その表情を見逃しませんでした。
「我が君」
「今、何か別のことを考えましたな」
「ええ」
俺はひと口呑んで笑いました。
「でも、それはまた別の肴です」
孔明も笑います。
「なるほど」
「まだ二壺目には酒が残っておりますからな」
「そういうことです(笑)」
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人は、
一人ひとり違う。
覚え方も違う。
得意なことも違う。
苦手なことも違う。
だから、
人を育てる側は、
相手を見なければならない。
全員へ同じ教え方を押し付けるのではなく、
その人に合った教え方を考える。
一人の従業員として必要な基本を身につけてもらった上で、
その人にしかない長所を見つける。
伸ばす。
そして、
活かす。
人を育てるとは、
自分と同じ人間を作ることではありません。
違う力を持った人たちを育て、
その力を組織の中で活かしていくことなのです。
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「人を同じ型へ押し込むな。その人にしかない力を見つけ、伸ばし、活かせ」
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では、また次の一杯で。
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部下が育つ。
出来なかったことが出来るようになる。
そして、
やがて――。
自分より優れたものを持つ部下が現れる。
本来なら、
指導者にとって喜ぶべきことのはずです。
しかし、
そこで別の感情が生まれることがあります。
「自分の立場を奪われるのではないか」
「自分より評価されるのではないか」
「自分の存在価値がなくなるのではないか」
育てたはずの部下を、
いつしか脅威として見る。
伸びようとする者を、
上にいる者が押さえつける。
では――。
自分を越えようとする部下が現れた時、
上に立つ者は、
どう向き合うべきなのでしょう。
そこには、
人を育てる者としての、
もう一つの「器」が現れます。
その話を肴に、
もう一杯だけ酌み交わすことにいたしましょう。
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