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今朝の夢の中ではっきりとみたビジョンは 宇宙空間を地球に向かって進んでいる惑星のビジョンでした。その形があの貝の牡蠣のような形をしているので そんな惑星があるのかしらと思ったりしています。先週からずっとかなりハードなワークが続いておりましたので 今日はお休みをとることにしました。愛車のブルーバード の点検にこれから日産プリンスさんに行くことにします。ナビの調子が悪いのでそれも見てもらおうと思っていますが ナビが直ったら いつか岡山方面へ行こうと思います。それから 先週から続いているワークの中にはかつて将軍職で頑張っていたけれども今は みんなの中に入ってコニュニケーションをどうとるかという学びをしている人が多かったようです。支配するか 支配されるか という方法でのコニュニケーションからより豊かな、より多彩な方法でのコニュニケーション(エネルギーの交換)を学んでいらっしゃるようです。将軍職タイプの人はともすれば 人間関係が苦手で 人と交わるのが怖い という気持ちになりやすいのですが最も大切なことは どんなに失敗しても 落ち込んでも めげずに人の中に入っていってそのなかで学ぶということかと思います。そのためには この地球パビリオンで学べるということは 故郷の同胞からすれば ものすごくラッキーなことであるということを忘れないでください。地球に来ていながら こもっていることは 本当にもったいないと感じます。将軍職は多少 うまくコニュニケーションがいかないこともありますが周りの人たちは ハートでその方が伝えたいことを感じてあげて 細かいニュアンスについてはおいおい まわりがフォローしてカバーしてあげてくださいね。
2010年01月25日
ここ数日は鬼塚さまとある方のホームページづくりに励んでいました。皆様覚えておられますか? 前回札幌を訪問した時におじゃましたアロマオイルのトリートメントをされているサロンのこと。 (過去ログ:アロマの先生との共同ワーク)この札幌の新しいサロンで 私はエネルギー的な面からいろいろとお話させていただきました。そして 新年会以後に ホームーページを作ることになったのです。どうしたら一つ一つの文章や絵に光が流れるかということに注意して ホームページという空間を作っていきました。鬼塚さま サロンの先生のえんさま そして 私の3人で ワイワイ ガヤガヤ 時には 真剣に取り組むことができてやっと 先ほど ホームページができあがりました。 実質的には4,5日というとっても早いスピードで 仕上がったのです。でも 一番大切だったのは やろう、 やれば できる!! という意思決定だと思います。サロンのえんさまについて言えば とっても優しい方なのですが 今まで別のサロンで働いておられた経験を生かして 今回は自分のオリジナリティを出した ご自分のサロンを作りたいと願っておられました。でも パソコンはあまり得意ではないので どうしようかとホームページを作ることを躊躇されていたところがありましたがいっしょに やってみましょうよ。 楽しそうだし。 ということで 今回あっという間に素敵なホームページが 3人の手作りで出来上がりました。 今 作り終わって やった~~~!! っという喜びに私たち3人は包まれています。 やれば できるんですね。 ところで ホームページオープン記念と 新しいサロンでモニターしてくださる方のご意見を沢山 聞いて よりよいサロンにしていきたいとのえんさまのお気持ちで2月末まで えんさまのサロンでは特別料金でアロマトリートメントをしてくださるとのことです。彼女のサロンのメニューの中には 私たちが大切にしているセパレーションワークのメニューも入っていますのでもし 興味ある方があれば お問い合わせください。えんさまならではの 優しい教え方でこのワークについても伝えてくださると思います。香のセラピーサロン えん のホームページはこちらです。
2010年01月23日
年末から宇宙は今まで隠していたり解決を延期してきた事柄にも光をいれていますがその中で 同じようなケースが連続しておきています。 それが 安全な学びの段階を超えて 負の領域から戻って来れなくなっている人を作り出しそうな懸念が 出てきましたので緊急に今 一部で何が起きているのかだけはお伝えします。必要な方にこのメッセージが届くように祈りながら 今日のブログを急ぎアップします。このケースは私の中で 1ヶ月ほど黙って事態を見つめてきたものです。昨年末から宇宙は ピンク光線を発していて様々な恋愛感情を起こさせ 恋愛に関する必要な学びを促しています。その中であるひとつのパターンを持つケースが起きています。女性が愛しく思う男性を握り締めていくケースですが 相手の男性は この女性をおおらかな愛の中で解き放ったり 自由に活動したりすることを認めないエネルギーを出しているのです。表の姿はどうあれ、 男性のエネルギーは第一、第二チャクラ中心の 支配系、修行系、陰陽師系のエネルギーを持っています。女性たちは このタイプの男性たちに知らず知らずのうちに封印されていきます。この恋愛のお話を誰かに話せる状態であればいいのですが相手の男性が妻子ある方であることもあり そういうケースでは 女性は本当に必要な話題を友達に話すことが難しくなり どんどん篭るか 偽りの中で友達と付き合うようになります。自分の家に強烈に腐った食べ物があるのにそれを隠しながら 友達には消臭剤や芳香剤の相談ばかりして 気をまぎらせることになります。また男性と別れたくないので その話を見抜く人には近寄れなくなります。一方で本当の原因を知らされないで 芳香剤の相談にのった友人は その重いエネルギーのリンクを知らず知らずのうちにつけられて 波動を落としていくことになります。お相撲さんが互いにまわしをとっている状態のように その男性を握り締めると その人と共に堕ちていくのですが 世間ではそうやって堕ちていく女性たちの話はよくある話かもしれません。エネルギー的に言えば その男性の支配的なエネルギーに封印されているのだということになります。その男性がどんなに甘いマスクをしていたとしても どんなに優しい言葉をかけていたとしてもまた この男性(ひと)には私が必要だと抱きしめたとしても それは エネルギー的には封印されているのだということを 強く強く お伝えします。封印された状態で物事を感じているのです。そこから抜け出せると 結果良ければ全て良しなのですが 人によっては そこから抜け出せないところまで来ている方もいるのでせっかくのアセンションの今生ですからできれば 堕ちないで 上がっていく方向にいければいいなあと 思います。大きな負を持つ男性を握り締めて堕ちていく女性たちは『一人で篭っているだけであるからそれでいい、 自分さえ我慢すれば、 自分さえ日陰の人生を歩いていけばそれでいいのだから。』と思われるかもしれませんが 実はそうはいかないのです。先日も書いたように 私たちはワンネスの世界に向かっていますので一人のあり方は万人に影響する、 特にリンクしあっている人たちには その影響は大なのだということをお伝えします。
2010年01月20日
先週からニーナカロライでの喜楽天道さまのワークが始まり、 私の方も平行して隣の部屋でワークを行っていますが 昨日あたりから やっと楽になってきました。年末からは佐賀のエネルギーが あちこち飛び火して そのエネルギーとのソケットを持っている人たちが次々と篭っていく状態が起きていました。もともと鬱状態の傾向があった人たちは 完全に引きこもってしまい しかしながらそのエネルギーリンクだけはあちこちにありますのでその巨大な鬱の負のエネルギーの網目が大きくかぶさっていたので苦しかったのです。それに押しつぶされないように 負のネット(網目)を支えて 関わりのある人たちの波動が落ちないようにするのにどれくらいのエネルギーを使ったことでしょう。ここ数日にわたって 毎日4、5名の人たちを光の領域に戻していくことが出来ましたのでこの負のネットに穴が開き 光がさしてきました。毎日 オセロゲームの黒を白に変えるような作業が続いておりました。昨日のふくのくみさまのワークの後は ほんとに随分と楽になりました。ふくのくみさまのように シャーマン、巫女さまの性質を持つ人は自分でも知らないうちに重い波動を引き付けてくる傾向があります。いつもであれば それに気がついて その重いエネルギーを振りほどくように勤めてくださるのですが今回は 知らないうちに重たい波動に巻かれていくタイプのエネルギーが流れていましたのでご本人も書いておられるように まったく気が付かないのが特徴です。ふくのくみ様のように相手の方がアクションを起こしてくださると私たちの方も対処できますので いいのですが年末から起きているケースでは 黙ってこもってしまう状態があちこちで起きていたので どうしようもなかったのでした。その方がかき集めてくる重いエネルギーに その場が耐えられなくなるとご家族に事故が相次ぐということが起きはじめて やっぱり何かあるのかもしれないと感じて動きだしたケースもありました。数人の方から 交通事故の話を聞きましたが いずれも 大事にいたらずに済んで良かったなあと感じています。昨日は この楽天ブログの記事を更新しないまま放りっ放しにしている部分にも光を入れて欲しいとのメッセージがきている人たちがありました。せっかく良い部屋があるのに 窓を開けずに締め切ったままにしておくと 空気の入れ替わりがないので 空気は淀み 部屋にカビが生えるということになってしまいます。ブログを更新するのもしないのも 本当に自由なのですが自分で一念発起して 自己表現の方法として ブログをするぞ~っと頑張り始めた人たちがブログを書けなくなっている背景には 負のエネルギーに「また」取り囲まれているという状態があります。自分の部屋の窓は開けないのに よそのお宅のブログを見にいくことは必死で そこからまた重たいエネルギーを自分の締め切った部屋に引き込んでくるので 自分の部屋は余計に使用できないようになってしまっているケースも多いです。動かないでじっとしていると他の方に迷惑をかけないと思っている人が多いことにも今回気がつきましたが けっしてそうではないのですね。私たちは ワンネスの世界に向かっていますので 自分の状態は他の方たちと密接にリンクしているのです。たがいに喜びも悲しみも かろやかさも重たさも 分け合っていると感じます。動かないと決めて じっとしていることは本当に自由なのですが楽しく動こうとしているのに何故か 動けないのはエネルギーの観点からみるとそれなりの原因がありますので それを解決するとまた 動けるようになります。あ~~ 実は私もなんだか体が動かなくなっていますよ~えへへへ、 実は新年会から美味しいものの食べすぎでした~
2010年01月19日
屋久島から海老ちゃんと鯛ちゃんが来るから 新年会をしようということで始まった新年会でしたが いやあ~、もう たくさんの美味しいお料理が集まって食べきれないくらいになりました。私も がんばりましたよ。もちろん お料理。 大きな大きな鯛を2匹、 大きな大きな伊勢海老を2匹 自分でさばいてお料理しました。自分に拍手です。 (パチパチ) さて 年末からお正月過ぎまで わりと静かに自分を見つめていましたが実際にこうやってたくさんの人に出会ってみると 一人ではできない学びがたくさんありますね。そういう点では やっぱり人の中で学ぶことは大事 と思います。また 現在ニーナでは 連日個人ワークがおこなわれていますが それぞれの方たちが持ち寄ってくださる学びは それがどのようなものであれ実にリアルにそのエネルギーを伝えてきますので やっぱり凄いなと思います。さて 一方で 人が集まる時は 注意しないといけないこともあります。昨日 北海道の方のスカイプワークをしました。 彼女は 今月末に帯広で光の新年会をお仲間と企画されていまして 昨日のワークではこの北海道での集まりを通して 『人が集まる時 どのようにエネルギーが動くかそれをどう繊細に感じ取るか』ということがテーマになりました。ご本人の許可はとってありますので 彼女の昨日のワークをちょっとのぞかせていただくことにしましょう。帯広の光新年会は最初は 帯広の方達だけでおこなうことになっていたようです。そこに 札幌の方が参加してもいいですか? ということでいつの間にか 札幌の方も参加されることになったようです。今 私は「いつの間にか」という表現を使いましたが なぜ そういったかといいますと最初に帯広の方を集めようとされたのも 特に これは帯広に限るという場を設定したわけではないようです。また 札幌の方の参加表明があった時も それについて特に留意して「はい、参加してください。」とか 「いいえ、 今回は帯広にお住まいの方だけに限ります。」という決定を下したわけではないようです。私は彼女に 札幌の方が参加された場合の 帯広の5名のそれぞれのエネルギーがどうなるかを感じてもらうワークを行いました。次に 北海道在住の 今まで私たちのツアーや光講座に参加されたことがあるけれども今回は光新年会のお誘いが回っていない人たちのことを感じてもらいました。そうすると 中には 帯広の人たちはいいなあ、 自分も行きたいなあ。 という気持ちの人が感じられます。実際に声をかけても 雪などでこれないかもしれませんが でも 声をかけてもらいたいなあというエネルギーを出している人たちが少なからずいるのです。では 今度は 光新年会の参加メンバーを帯広の方だけに限らずに お知り合いの北海道の方という範囲に広げた時は どうでしょうか?より多くの人たちに門が開かれたことによって ある面 エネルギーは安らかになります。しかし そうなると さまざまなエネルギーが入ってきて えらいことになりそうな気配です。参加者の方はもちろん素敵な人たちばかりですが その方がリンクしている支配的なエネルギーがあれば 一瞬でハートが閉じてしまう人が出てくるかもしれません。こんな風に 一つ一つ、一人一人を感じてみると たくさんの見るべき、感じるべき点がありますね。これを感じた上で 自分がどうするのかを自分で(もしくは友に相談して皆で)決めて行動をした場合は ぼや~っと参加した場合よりも明らかに 「でた結果」が 学びに変わるのです。実はこのグループですが 年末に スカイプでお話できる人 お話しましょう という事でスカイプをされたようですが その時の ミーティングがどういう意図で どこに着地しようとしておこなわれるのかを決めないで ミーティングしてしまわれたようですね。その結果は ちょっと皆様のエネルギーがバラバラになってしまったようです。バラバラになってもいいのですが 何が起きているのかを 様々な観点から ハートを開いてお話合い出来なかったのは せっかく集まられたのですから ちょっと残念でしたね。 さて 帯広の光新年会 どうなるのでしょうか?どういう意図でどういう目的を持って行なわれるのでしょうか?どういう場を設定するのでしょうか?そこに参加される方は その場の設定についてちゃんと理解しているのでしょうか?もしかしたら そこに行けば何か いいことが待っていると依存しているかもしれませんね。なにも こんなに難しく考えなくても ちょっとした新年会なんだから と思う人がいるかもしれませんので彼女に聞いてみました。「これは ちょっとしたお話会ですか?」『いいえ、 光に向かって何かを求めている人たちが集まります。』「では 当然 そのようにエネルギーは動いているのではありませんか?」『はい、 そうですね。』「今までの私の経験では 東京や京都で光講座をした時は いつもにないエネルギーが動きます。 それをちゃんと意識して 呼びかけをする人も 呼びかけに応じる人も動いていますか?」幸いこの呼びかけをした 昨日ワークを受けてくださった彼女は ご自分の学びとしてこの光新年会に意欲的に参加しようと思われたようです。 さて 彼女の呼びかけに応じて 光新年会に参加することにしている貴女、貴女はどういう意図でこの会に参加されますか?今の自分の波動はどんな風になっていますか?できるだけ危なくないような形で できるだけ公平に また多くの人たちや存在たちの愛、喜び、祝福が生み出せるような会になるといいですね。帯広の光新年会、どんな会になるのでしょうか? 私は参加できませんが 楽しみにしています。みなさん 頑張ってくださいね。
2010年01月17日
本当に不思議なこと は起きるものですね。たいがい不思議なことには慣れてきている私ですが 一昨日かかってきた電話には 本当に私も主人もびっくりしました。あれは1月13日のブログ「ヒストリーワンダラー」を書き終わってから 4時間ほどしてからのことでした。夕食を終えてしばらくして 携帯電話に入っていた着信履歴に気づいたのです。050で始まる番号で すぐその後に留守録が残っていました。お留守番センターにかけてみると 今にもしにそうな声で子供の声が録音されていたのです。最初は よく聞こえなくて それでも 最初に 『ママ~』 という声が聞き取れたので私は自分の家族に何か起きたのではないかと 動揺しました。でも ゆっくりと落ち着いて聞いてみると こんな風に録音されているのです。『ママ~、、、、 (沈黙) なんか 暖房が つかへんのや、、、。』子供が お母さんに助けを求めている声なのです。わが子から来た SOSではないと分かったので 不気味な電話だなあと思いながら でも もしも 小さな子供が何か災難に巻き込まれているとしたら 警察にかけつけてもらわないといけないと思い 勇気をだしたその電話番号にかけてみました。すると 電話の向こうに出来来たのは 5年生の男の子で お父さんもお母さんもお仕事に行かれているなか 寒い家で一人で留守番をしているのだということでした。名前を聞くと 「わたなべ たいき」 と名乗ってくれました。住所は 兵庫県、 ひとりでのお留守番で 寒い日に暖房が入らないのは余程心ぼそかったのでしょう。それで この伝言を残したようですが 彼もなぜ 私のところにかけたのか ちんぷんかんぷんでわけがわからないという感じです。家の中にカイロがあれば それを使うようにアドバイスしたりしましたが彼は大丈夫だと言って 電話を切りました。翌朝 もう一度電話して お父様とお話しましたが 大丈夫だったようです。最初は突然の私からの電話に お父様は戸惑っておられましたが 事情をお話すると「上の子供を迎えに外出した折に 真ん中のその子を一人で留守番させておいたのですがすみませんでした。」 と穏やかにお話してくださいました。これで 良かった良かった と思いましたが 本当に不思議な事件でした。夢の中で 私が子供たちとお話をすることは これまで 何度もありましてお母さまたちのほうから 子供がひめのさんに連絡を取って欲しいといっていますのでとクリスタルチルドレンセッションを申し込まれる場合もありますがこんな風に 窮地にある子供さんから 電話がかかってくるのは初めてで 本当に不思議でした。さて 例によってこのお話にも続きがあります。実は こちらの方がメインのお話だったかもしれません。喜楽天道さまにこのお話をしたのですが こんな風に言われました。『ひめさん、 わたなべたいき という名前は あのおいかいわたちの渡 邊 大 起さんじゃないかな?ひめさんが その日、ブログでワンダラーのことを書いたから 渡 邊 大 起さんのエネルギーが来たんじゃないかな?』喜楽さまが そう言われた瞬間に 巨大なエネルギーが来て意識が飛びそうになりました。ワンダラー、、、、 渡 邊 大 起さま、、、、、そうなんだ~ この方はもうお亡くなりになっていますが 素晴らしい方だったのだと思います。渡 邊 大 起さまに関しては こちらのページで詳しく説明されています。『全世界のワンダラーに捧げる書 オイカイワタチ 全五巻』 編著者 渡 邊 大 起オイカイワタチとは宇宙語である。その意味は………『神様の命を受け、神様の手足となることを一人一人が心に誓って進化の周期の来た遊星(地球)に生まれ変わり、その遊星(地球)を神様の世界とする目的のために身を挺する魂を持った人達(ワンダラー)の集まりである。』(本書115頁)
2010年01月15日
さて今日から年末年始の長い休みから目覚めてニーナカロライでの活動開始です。明日からはご宿泊の方もいらっしゃいますので 今日はその準備で大忙しの中ブログを書いています。幸い 今日の京都は物凄くいいお天気なので 午前中はお洗濯をしたり 部屋に風を通すにはありがたい日となっています。 鹿児島に帰省中であった喜楽天道さまも明日ニーナにいらっしゃいます。 昨年は喜楽天道様はじめ沢山の方たちとご一緒に 日本全国あちこち旅をさせていただきました。本当に楽しい時間を過ごすことができ 心から感謝しております。ありがとうございました。さて 今年は どのような年になるでしょうか?私の予感では 今年もやっぱりいろいろな所に 行かせていただくと思います。年末年始には瞑想の時間をいつもよりも沢山とって静かな時間をエンジョイしておりましたがその中で出てきた言葉にヒストリーワンダラー という言葉がありました。さまざまな歴史の次元の中を活動する人たちのことかと思います。歴史のパビリオンのなかでは 当然のことながら 過去に生きた存在たちとの出会いがあるのですが歴史の中でさまざまな『衣』を着て取り組んできた存在たちの その『衣』の背後にある大きな流れを見失わないように また その流れの根源の部分で常に 愛ある眼差しをなげかけている宇宙のサポート達の声を聞く努力を怠らないように 頑張りたいと思います。今年は昨年に引き続いて より大きな視点で 歴史を見ていって欲しいというのが私のサポートの希望のようです。舞台が外国にも及ぶと思いますので 一緒に行きたいなと思う方はパスポートの用意をお願いしますね。さて 具体的には 2月18日から メキシコに行きます。 マヤツアーです。(こちらは参加締め切っています)そのツアーの日にちにセッションを申し込んでくださった方たちがあり ご迷惑をおかけしました。遅くなりましたが2月の予定をアップしましたので ニーナカロライのHPのイベントスケジュールをご覧下さい。東京へは前日の17日に行きます。 (個人ワークを お二人ですが東京でお受けできます。)昨年に引き続き 北海道からのワーク希望が多いので 昨日ありが父さんさまとも相談していたのですが 北海道の天候 を見て 北海道のワークと光講座の予定を入れたいと思っています。それまでは 今までどおり スカイプによる遠隔のセッションやワークで がんばっていきましょうね。 また 昨年の九州旅行から 九州、韓国方面を見つめていますが このあたりは今週末のニーナの新年会の参加者の方達と相談して じっくり取り組んでいきたいと思っています。いったん動き出したら 今年は中央フリーway宇宙バージョン で 進んでいく予感がしますよ。さあ 頑張っていきましょう。
2010年01月13日
昨夜は京都市内でデイケアセンターをされている友人と市内の音楽ホールへ行きました。この度 この方のお嬢様が結婚パーティを開かれることになり そのパーティでクラシック音楽を弾いてくださる方を彼女は探しておられました。私は知り合いのバイオリニストの方に カルテットを編成してもらうことをお願いして首尾よく引き受けてくださることになったのです。昨夜は 彼女とこのバイオリニストの方を音楽ホールでお引き合わせして 結婚パーティで弾いていただく曲を決めたりする打ち合わせでした。このお二人は初対面ですから 最初はお互いにいろいろなことをお話されていました。彼女の方は 演奏曲の中に カザルスの鳥の歌(注釈1)を入れて欲しいというのが たっての願いです。平和への特別の願いが 彼女の中にあるようです。 またつい最近は謡いを始めたということでデイケアセンターのご利用者の老人の方たちとの謡いを通しての素晴しい触れ合いのことをお話してくださるのですが そんな時は 彼女に特別にエネルギーが降りてきているのです。私のイメージの中にどんどん幕末の様子があらわれてきて そのうち『龍馬から宮崎三兄弟へ』 という言葉と文字がバーーンと 私の中に現れました。この文字が気になるのですが 打ち合わせはあくまで結婚パーティで弾く音楽の話ですのでなんとか我慢して 打ち合わせが終わって 鴨川から鷹が峰に向かって我が家に送ってもらう車のなかで彼女にこの言葉の意味をお尋ねすることにしました。長い話を短くしますと 彼女のお母様は九州熊本の荒尾の宮崎家の方なのですがこの宮崎家は明治維新の時代に活躍する人たちを出している家なのです。荒尾市にはこの宮崎家の人たちの記念館がたっています。(荒尾市宮崎兄弟資料館)宮崎家には当時亡命中であった孫文が 身を寄せていたこともあったようです。この後 孫文は 清国から一足先んじて世界というステージに躍り出た日本から多くのことを学び また資金援助も受けて 辛亥革命を成功させ「中国革命の父」と呼ばれるようになって行きます。孫文の一家は日本ととても深い関係にあります。 (興味ある方は「宋氏三姉妹」のDVDをご覧下さいね。)彼女のお母様が小さい時 家には沢山本があって 孫文が良く本を読んでいたことを覚えておられるそうです。『でも なんで 坂本龍馬から 宮崎三兄弟なのでしょうね?何か 関係があったのかしら?』 と彼女は不思議そうに言われました。私も不思議に思って 自宅に戻ってから 坂本龍馬と宮崎家の男性たちのことを調べて見ました。坂本家も宮崎家も 郷士 という家柄のようです。この郷士という身分は 今 NHKの大河ドラマの龍馬たちが毎回苦しんでいる身分制度の一つの階級ですが 私の方にも霊的に郷士のエネルギーはずっと来ており先日から 長曽我部元親さまの元で産まれた一領具足と呼ばれた人たち(この人たちが後に土佐の郷士になりました)を見つめています。ずっと前に四国ツアーに出かけた時に 私に一番にコンタクトをとってきたものは一領具足たちでした。しかし 宮崎家の場合は土佐のこの郷士とも違うようです。う~ん、 なんで 龍馬から宮崎三兄弟なんだろう。 とずっと思っているとありました、ありました! こんなページが。全国龍馬ファンの集い <荒尾大会> 平成10年11月21日~22日(熊本県荒尾市)主 催/ 第10回全国龍馬ファンの集い荒尾大会実行委員会参加者/ 約600名 荒尾総合文化センター内 容/ 「記念講演」 講師:花輪莞爾氏 演題「坂本龍馬から宮崎八郎へ」「龍馬サミット」 テーマ:平成の薩長土肥連合が描く、維新と龍馬、そして八郎 コーディネーター:鈴木健二氏 参加自治体:牧園町,長崎市,高知市,熊本市,福井市,荒尾市「おりょうさんコンテスト」「第10回全国龍馬ファンの集い・懇親会」「龍馬・宮崎兄弟ゆかりの地めぐり」この花輪莞爾さまですが 私が小さい時大好きだった作家のジュール ヴェルヌの「海底二万海里」の訳をされている方ですね。すくなくとも この公演では 坂本龍馬から宮崎八郎へと続く道、関連性が 話されていたことになります。あ~ 聞きたかったなあ、 何とかして この公演の資料が手にはいらないかなあ。しかし なぜ 突然 「龍馬から宮崎兄弟へ」とつなぐメッセージが来たんだろう。それは まだ はっきりしませんが これから分かっていくのでしょう。楽しみです。さて この話はまだ続きがあるのです。いつかまた お話をしましょうね。------------(注釈1)カザルスがカタルーニャ民謡『鳥の歌』を演奏し始めたのは、第二次世界大戦が終結した1945年といわれる。この曲には、故郷への思慕と、平和の願いが結びついており、以後カザルスの愛奏曲となった。1971年10月24日、カザルス94歳のときにニューヨーク国連本部において「私の生まれ故郷カタロニアの鳥は、ピース、ピース(英語の平和)と鳴くのです」と語り、『鳥の歌』 (El Cant dels Ocells) をチェロ演奏したエピソードは伝説的で、録音が残されている。このニューヨーク国連本部でのカザルスの演奏の映像は本当に感動的です。
2010年01月12日
ハートがドキドキする。サポートが携帯電話を見るように促す。 隣の部屋に置いたまま、、、。何かに動かされて 携帯電話を取りに行くと テーブルの上に置く。『ベテルギウスに爆発の兆候』 携帯電話の画面にニュースのテロップが流れる。え? え? オリオン座のベテルギウスが爆発するというの?パソコンで調べてみると 次のようなニュースが本日流れたようです。オリオン座の1等星「ベテルギウス」で、超新星爆発へ向かうと見られる兆候が観測されている。米航空宇宙局(NASA)が6日に公開した画像には、星の表面の盛り上がりとみられる二つの大きな白い模様が写っていた。この15年で大きさが15%減ったという報告もあり、専門家は「爆発は数万年後かもしれないが、明日でもおかしくない」と話す。もし爆発すれば、満月ほどの明るさになり、昼でも見えるようになる。(asahi.com 2010年1月10日0時27分)(米航空宇宙局(NASA)、パリ天文台提)ベテルギウスですが オリオン座の左上にある大きな星で 我が家からも良く見えます。一番よく見えるといってもいいくらいです。我が家からみると 京都市内の方向の山の上の天空にベテルギウスが上がってきて そして 左側のプロキオンが 次に 白いシリウスが上がってきます。そして 冬の大三角形が形作られるのです。ベテルギウスの爆発の可能性は何を意味するのか?オリオンの囲みが解かれるということでしょうか?地球は過去に起きたオリオン大戦での癒しと学びの場として作られたテーマパークだとすれば地球がアセンションの大詰めに向かっている今 その兆候が天空に現れてもおかしくはないかもしれません。このところ意識を上に向けよ! とメッセージが降りていて 今 ハートの中に留まって瞑想をする時間が私の中で増えてきていますが 何か宇宙で動きがあるのでしょう。-----------------------上記オリオンが持つ意味について 興味ある方は 『プリズム オブ リラ』 リサ・ロイヤル著 星名一美訳 をご覧下さい。基楽天道さまも 以前に楽天ブログで リサ・ロイヤル「スター・コネクションズ」ワークショップの連載レポートを書いておられます。2007年の情報ですので この2年間に情報の変化があるとは思いますが もう一度リサさまたちのチャネリング情報を 感じなおしてみようと思いました。
2010年01月10日
我が家にはJackというmixの犬がいるのですが そのジャックがもう随分と歳を取ってきてなんとなく心寂しいのか 年末からお正月にかけて私の横をずっとついてきては傍で眠っています。小さいときからエネルギーに敏感な犬で 例えば家族が喧嘩をすると吐いてしまうしスカイプセッションで 非常に重たいエネルギーとリンクすると 体をかきむしりはじめてセッションが終わった時には 血だらけになっているくらいです。そのジャックを昨日は 動物病院につれていって 検査をして アトピーのお薬をもらうことになっていました。ところが 昨日この動物病院に午前中に電話しても 夜の診療の時間に電話をしても電話のコールが鳴りっぱなしでお留守のようです。新年まだ 営業がスタートしていないのかと思ってあきらめていたら 昨夜8時30分ごろ動物病院の先生から 電話がかかってきました。「今日電話してくださったのですね。電話が壊れていたみたいで ベルが鳴らなかったのですよ。それで 診療が終わって 今 電話の着信履歴からお電話を頂いていたことがわかったのです。」結局 翌日に(今日のことですが) 朝10時半から診療してもらうことになりました。静かな音楽が流れる中で 先生が「ジャックちゃん 久しぶり」 といいながら検診をしてくださっている時後ろから 若い女性の声がしました。「あの、、 この犬 兄弟じゃないでしょうか?」びっくりしました。我が家のジャックは京都の花背のあるお宅からもらってきたのですがたしか7匹生まれたうちの最後に残った2匹のうちの 一匹だったのですがその一番最後に残っていた かわいい女の子が この女性にもらわれていったとのこと。この女の子のワンちゃんは 数日前から呼吸が苦しくなって 今 点滴を受けているところなのでした。「ジャック、おまえの兄弟だよ。 こっちに来てご覧。」私は ジャックを 横たわって点滴をうけている兄弟のところへつれていきました。この二人がどれくらいお互いを認識できたか よくわかりませんが 歳取った二匹が こうして鼻をくんくんしている様子に 私は感動してしまいました。先生が「もしも 昨日 電話が鳴っていたら この二人は出会えなかったんですね。」としんみりとおっしゃいました。動物病院を去るとき 私はもう一度 この女の子のワンちゃんに元気になってね。と声をかけましたが彼女は苦しそうに横たわっていました。また 元気な時にあえるといいのですが 歳をとっているので ひょっとしたらもう会うことはないかもしれません。そう思うと 涙がでました。実に、なんと 13年ぶりの再会で 神様が逢わしてくださったのかと思いました。 さて 今日はじめてジャックをニーナカロライにつれてきました。最初はなかなか落ち着かなくて うろうろ不安そうで しかも 体をかきむしっていました。そこで しょうがないので youtube から ジャスムヒーンのメディテイション用の愛の音楽を見つけてきて 一緒にすわって1時間ばかり瞑想していたら 落ち着いてやっと眠りました。これからは私といっしょにニーナカロライに居ることも多くなるかもしれませんがその分 私はより敏感なセンサーが傍に居ることになりますので常に自分のまわりのエネルギーを 穏やかに保つのには良い訓練になりそうです。
2010年01月09日
新年少しづつ動き出したニーナカロライですが 1月はスロースタートの予定でゆっくりとゆっくりと 動き出していたのですが 今日になって一気に盛り上がってしまいました。というのも 屋久島に帰省していた鬼ちゃんから電話で 「京都に帰ってきたら どうやら私は○○とご縁があるようで 明日、そこに行くことになりましておまけに 西陣の郵便局のATMで5000円を下ろしたら なんと出てきたのが 5円玉でいったいこれは何とご縁があるのかしらと思って ふとあたりを見ると秀吉のなんとかなんとか という文字が見えて、、、。ひめのさん 母が 屋久島から伊勢海老2匹と黒鯛を送ってくれたのですが ニーナカロライに持って行きますが いつがいいでしょうか?」 「え!!! 凄いなあ。 うれしいなあ。 でもどうやって料理するの~?」 ということで昔々さまの奥様が料理をしてくださることになりちょうど ご宿泊中の喜楽天道さまや ワークを受けにこられる方たちで16日 土曜日の夜に ニーナでささやかな新年会(かってに名前をつけました)をすることになりました。主賓は伊勢海老さんと 黒鯛くん 宮城からお米さんもたくさんいらっしゃいますよ。ニーナカロライは 幸せです。 (涙、涙、)本当に皆さまありがとうございます。 と今宵は一人でワーワー盛り上がっているひめのでした。
2010年01月08日
今日のメインイベントは2つ。一つは昨年から読まないといけないなあと思っていながら今年になるまで注文できなかった本がやっと注文できて 今日はそれが自宅に送られてくるのでそれを受け取ること。二つ目は 昨夜急きょ請け負うことになったのですが 1月31日に行われる結婚披露宴のパーティの主催者のかたとその席で演奏してくださるクラッシックの演奏家の方とのアレンジを電話やメールですること。その両方からいつコンタクトがあるのかわからないので 自宅でそれを待ちながら年末にできなかった部屋の片づけをしています。主に自分の洋服の後片付けをしているのですが まあ ほんとに昨年は日本のみならず時には海外にも行きましたので 洋服がシーズンに関係なく 袋に入ったままになっています。それを 箪笥にしまうもの トランクにいれるもの と分類していきます。あっという間に2月には 熱いメキシコに行くことになるので春、夏の服は海外用のスーツケース行きです。一方で 雪の降るシーズンが終わりになれば北海道へ出張しますので こちらはまだ冬服をスーツケースに入れておきます。服の整理のあいまに家事をしますが いつもは夜中に家事をしているのですがこんな風に昼間に家事をできるというのは 楽しいもんですね。 すいすい はかどっていきます。料理をしながら掃除をして 物も片づけて できるだけ出張が増えても大丈夫なようにもともとの状態をだれもが使いやすい状態にしておきたいです。さっきから愛犬がずっと私の後をついてきて まるで小さな子供のようです。 応接間に行って作業をしていると 側で眠っているし 台所で作業をしているとこれまた側で眠っていて 3階の私の部屋に行くと また階段をとことこ付いてきて 3階で眠っています。この愛犬ですが すやすやと眠っているときは 私の周りのエネルギーが安定しているのですが例えば スカイプで大変重たい波動域のセッションをすることになると 体中をかきむしってかわいそうに血だらけになっています。動物はエネルギーの種類に敏感に反応します。 子供たちもそうですね。さて 今年は音楽イベント関係のお仕事(といってもこちらはあくまで 楽しみ、趣味の範囲)をしていきたいなあと思いましたので 4日の日に コンサートホールやパーティー、ちょっとした打ち合わせなどにも対応しているドレスを買いました。 ドレスを買ったら 実際にそれを着るチャンスが来たらいいなあと思っていたら それを着ていけるチャンスが来ました。嬉しいです。さて パーティーでの演奏アレンジもうまくいきそうです。本のほうも 届きました。ところでこの本 実は ひょえ~~~っというエネルギーがくっついているので自宅で開封して 読み始めると何がおきるかわからない感じがします。ということで わら天神のマクドさんで読もうかなあ それともダイヤモンドシティのスタバさんで読もうかなあと 今 考えているのです。さてさて 恐ろしいなあ~ 恐ろしいなあ~ といいながら実は喜んでいるひめのでした。 使いやすいように
2010年01月07日
昨年はたくさんブログを書きましたが いつもその日のブログを発表するまでにはすでに3つか4つのブログが心の中で出来ていて そのエネルギーが最後まで(ブログをあげる直前まで)継続して残っているかどうかで その記事を掲載するかどうかが決まります。是非ご紹介したいなあと思った事でも 他の内容に押されて 最終的には揚げれなかったものもたくさんありました。今日は そんなブログの一つをご紹介したいと思います。昨年の山形ツアーの前の11月12日に書いたものです。----------------------------今日は自称『超強力リンクホルダー』さんの日々の光へのアプローチの様子を 私のセッションの中で改めて感じさせていただき 正直 なんともいえない暖かい心になっております。この『超強力リンクホルダー』という名前は先ほど この方のブログを教えていただいて そのブログに書かれていたニックネームから引っ張り出してきたもので その方の特徴をご自分でこんな風にユニークに呼んでいらっしゃるのですね。1時間半の個人セッションでしたが それが行われるまでには さぞいろいろな出来事や心の動きがおありになったのだなあと しみじみと感慨深く 今 彼女のブログを読ませていただきました。さて 彼女の個人セッションの中で出てきた事ですが 彼女以外にもこういったケースを持つ人たちがたくさんいらっしゃいますので こちらでシェアーさせていただきますね。このセッションのテーマは「ハートの中でつながった場合とハートの外でつながった場合の違い」です。たくさんのものとハートの外で繋がっていった時はその繋がったものからくるエネルギーで 自分の本体エネルギーが覆われて 少々動きが取れなるケースがでてきます。自分以外のエネルギーが自分を取り囲んで雪だるま状態になってしまうケースです。彼女は オリジナルストーリーを絵で発表されている創作活動家ですがどうも 私のところにいらっしゃるこの手のお仕事(作家)をされている方たちはたくさんたくさんの情報が 常にリンクしていて エネルギー的にはどんどん重たくなっている方が多いです。(個人差があります。)ほら パソコン上にたくさんのファイルを開いていると パソコンが重くなってフリーズするあの状態が起きているのです。例えて言えば 彼女がお店を開いているとすると そのお店の玄関のドアをあけた瞬間に彼女がもっている1000の引き出しから 商品が一斉に飛び出してくるようなそんな状況が起きているのです。お客様は びっくりして 結局は 自分の欲しい物を一つ一つじっくり探すことができずに焦ってしまわれたり たくさんの情報に混乱されるかもしれません。そうすると上手にお客さまと接することが できなくなります。また 店内が商品でいっぱいになると今度は自分の創作スペースがなくなるので 一体どうしたらいいのでしょうか? という相談が生まれてきます。答えは すごく シンプルですよ。 ハートの中で 引き出しを広げて ハートのなかで お客様と会話をすればいいのです。また ハートの中には無限のスペースがあるので 引き出しを 1000個も10000万個もいれることができるしそんなにたくさんの商品がはいっていても 相手の方は ハーモニーのなかで自分に必要な商品をもってかえってくださるのですね。誰か(何かと接するときは)ハートの外で接しないで ハートの中で接するということです。ハートではなく頭で接していると ちゃんとやろうとしてルールを決めても 常にトラブルが起きてきます。それに対して ハートの中で接すると 一見矛盾しているようなことも 皆の顔はニコニコで すべてがちゃんとハーモナイズしていくことになります。頭であれやこれや考えて いつもトラブっている人はまず 『ハートをすべてにオープンにして』 自分が楽しいように動いてみると アレやコレや相手のことを考えて迷路にはいっていた状態を抜けることができるかもしれませんね。ご本人の許可を得てこちらに彼女のブログを紹介します。彼女のハートを開いて 光の中を歩こうとしながらも 山あり谷ありの体当たりの体験記が こもってしまって動けなくなっている状況にある方たちには刺激になって良いかもしれません。ニーナカロライに集ってくださる方全体のことを考えると そうもできないこともありますが私的には 失敗を恐れて縮こまっているタイプの方よりも 『超強力リンクホルダー』さんみたいに何があっても 自分の信念のとおりに頑張って 光に向かう道を模索しながら歩いている人が大好きです。
2010年01月06日
今日は久しぶりに京都北山の山小屋の方の掃除に行こうと思ったのですが 京都は昨夜からの冷え込みでおそらく山は雪が積もっていて作業がはかどらないだろうということでログハウスの掃除は延期にしました。これから春、夏にかけて 昨年からずっと放りっ放しにしているログハウスのメンテナンスもしていかないといけないなあと思っています。このログハウスですが まだ子供たちが幼児であった頃から約10年かけて ほとんど家族だけで作った山小屋です。最初の1年は 山の斜面をシャベルで削って平らにするだけで その作業が終わり次の2年目はコンクリートをこねて基礎を作り 次の年からは 北山杉をチェーンソーで削っては積み上げていくという作業の繰りかえしでしたがその間 自然の中で 沢山の貴重な体験をさせていただきました。私たちは産まれた時から 電話も電気もガスもすでに家の中に来ている中で生活していますが人間 もし 何も無いところに放り出されたら とにかく自分で家を作るのが一番先にすることだなあと思っていた私は 子供たちに何も無いところから自分たちで家をつくることを体験して欲しかったのです。こうして10年かかりで ログハウスが出来上がりました。このログハウスはいつか役に立つだろうという感じで 継続してキープしております。この「いつか役に立つだろう」という発想で その時々に無理の無い形で必要な労力をかけて常に3つくらいのことをキープしておこうというのが私の生活スタイルです。15年前からスタートしたこの取り組みの最初の10年の3つは1)子供たちの教育機関での仕事 2)ログハウスつくり3)和太鼓、タップダンスのレッスン それが 教育機関での仕事が ひめのゆめさんの仕事に変わりログハウスつくりが 歴史の勉強に変わり和太鼓が タップダンスに タップダンスが バイオリンに(聴くほうですが)バイオリンが和笛に、、。そして 各地の旅行も大きな取り組みとして加わってきました。 どんどん変化していくのですが 前に取り組んでいたものは もうおしまいになってしまったかというと完全になくしてしまうのではなくて 未来の時のためにキープしておくのですね。そのことを例えていうのに 私の感覚では次の英語の言葉がぴったりなんですね。I will put it on the back burner.back burneron the back burner :put aside for the time being, as a subject that is not of immediate concern but that may be activated later; postponedこのバックバーナーですが 台所にあるガスコンロの 後ろにあるコンロのことです。日本だとコンロは手前に2口で後ろは1口 そして中にグリルが付いています。イギリスなどで見たのは前に2口、後ろに2口だったような気がします。お料理の手順としては 今まさに料理をするのは手前のコンロを使うのですが後ろで コトコトと時間をかけて煮ている料理や 後で温めたり 料理したりしたものは後ろのコンロの上にキープしておきます。後ろに置いたからといって その作業がおわりではなく いつでも前のコンロで調理ができるようにback burnerに置いておくのです。私の場合は 常にいくつかの取り組みを用意しておいて 今 その流れにあっているものを前のコンロで料理して そして 機をみて back burnerにかけてあったものも出してきて調理するというスタイルで取り組んでいるのでいつも自分に無理がかからない感じがします。台所にあるのはガスコンロだけではなく ガスコンロのとなりには流し台があってお野菜が洗ってあったり 次に炒めるためにまな板の上にスライスしてあったり、、、。先日から 取り組み始めているスペイン語や韓国語は さしづめ洗いかけの野菜というところでしょうか。年末からお正月にかけては back burnerにかけてあった クラッシック音楽のミニコンサート企画を また前のburnerで調理することになったりして音楽家の卵の方たちや ミニコンサートを望まれている介護施設や団体の方と出会ったりしておりました。私の中ではこういった動きは 台所でお料理をつくるのと本当に良く似ているなあという感覚です。お料理を作る事を 想像してみると 材料、 調理器具、 調理の手順、 料理を盛る器、出来上がった料理を頂く人たち。そうして最後が 使ったものをもとのところに返して(ゴミも含めて)そして すべてが終了になります。さて そろそろ back burnerにかけてあったニーナカロライという料理を前の burnerに 取り出すことにしましょうか。(追伸) ちなみに このback burnerですが 私の知り合いのイギリス人の女の子が男性からアプローチされた時に 『彼とは今 恋人としては付き合う気にはなれないんだけど でも 彼もいい人だから(本命の恋人はいるんだけれども)彼をback burnerにおいておくわあ。』 という時に『I will put him on the back burner. 』という表現を使っていましたので使うときは気をつけてくださいね。言葉は常に動いていますので 私は今日のブログでは上に書いたような意味に使っていますがひょっとしたら プレイガールの言葉かもしれませんよ。
2010年01月05日
お正月の2日は もうずっと、それこそ20年以上恒例になっているメンバーたちとの新年会で始まります。その年によって故郷に戻ってくるメンバーが多少は変わるものの ほとんど同じメンバーが昨年の自分の活動について いろいろとお話をしてくれます。女の子はお嫁さんに行くと どうしても 会から離れていってしまうので 今ではほとんど私が紅一点のような状態で ときおり 男の子たちの奥さんが参加してくださるのが嬉しい状態です。会場は居酒屋で いつものマスターが いつものように「おめでとうございます。」と笑顔で迎えてくださって 「おう、元気か?」といいながら 皆が集ってくるのです。いつもは離れていますが 何かあれば たとえ夜中でも 日本中どこからでも 駆けつけてくれるであろうマブダチのような友だちといったらいいでしょうか。今年は その中の中心的な男の子から(おじさんなのですが 同窓会のようなものなので男の子という呼び方が会としてはピッタリという不思議な感覚なのです)長年勤めていた会社を辞めて 乙訓で重度の身体障害者の方の介護を始めた話を聞かせてもらうことになりました。目しか動かせない利用者の方と 体あたりで コミュニケーションを取る彼に最初は 利用者の方は心を開いてくれません。ところが 少しづつ 暖かい触れ合いができるようになり その利用者さんとの毎日の触れ合いの喜びで彼の心が満たされるようになったようです。「俺が差し出したご飯を食べてくれた。」 「りっぱに排泄してくれた。」嬉しそうにそう語る彼の笑顔を見ているうちに 私たちまで 嬉しくなったのでした。この日新年会では 彼が介護施設での新しい体験談を差し出してくれたのがきっかけとなり 子供たちの養護施設で働いている先生や 老人介護をしている人たちから本当に本当に厳しい毎日の様子が会話に出されました。長年の友が 泣きながら振り絞るようにして 過酷な老人介護の実態を話されるようすを見ていると 本当に心が痛みました。お正月ですから 我慢して泣かないようにしても どうしても涙がこぼれます。話している本人もオイオイ泣いています。 マスターは黙ってくれています。私は 嗚咽しているその方が昨年お母様を亡くされたこともあったので 優しい言葉をかけてあげようと思いましたが 実際に 同じような体験している仲間からは「甘えるな!」という厳しい言葉が 真に温かく思いやりをもってかけられていました。この新年会が こうやって長い間続いてきているのは その都度 相手に対して真心を持って 接するスタイルがキープされてきたからなのですね。みんな 頑張っているんだなあ。 と心から思いました。『皆が頑張っているのは よく分かった。 皆に感謝する。私も 一生懸命頑張ることにするから、、、。私は今年は 韓国に行こうと思ってるんや。 日本と韓国との間には 古い昔から高句麗や新羅や百済の時代からいろいろあって それから 秀吉の時代も朝鮮に出兵していて云々、云々。それで その間にある滞ったエネルギーを調和させてこないとあかんのや。(大阪弁です。)それから メソアメリカも めっちゃ大事なとこやし、、ここは スペインの侵略を受けて文明が滅びてるんや。そして それが現代のアメリカにもヨーロッパにも悪影響を与えていて、、、、 云々、云々。』と 私も自分の今年の決意をお話したのでした。 皆、ちゃんと聞いてくれましたよ。 それで 最後は みんな それぞれの分野で それぞれができることを一生懸命しようや。ということになったのでした。私は 私たちが昨年行ってきた目に見えない癒しの活動は 現実の社会活動とも連動して動いていくことができると信じています。9時間ぐらい色々お話して そして 皆の笑顔で恒例の新年会はお終いになりました。
2010年01月04日
新年がスタートして外に出てみました。雪が静かに降っていて 新しい年の最初の日を静かに清めているような気がします。しばらく愛犬と一緒に家の前の土手を散歩して そして家に戻って静かに瞑想しておりました。その時に来た言葉が集中したものが増幅される という言葉でした。私たちが集中したこと、フォーカスしたことが エネルギーを生み出していくということでしょうか。何に心を向けるかということを よくよく注意しないといけないなあと 感じております。『心をフォーカスしたものが増幅される』ああ、それは昨年 何度も仲間たちを通して経験しました。戦いや恨みに心をフォーカスした人たちは そのエネルギーに取り込まれてしまいやむなく袂を分かつことになりました。また 奪うだけの現世利益に心をフォーカスした人たちも そのエネルギーにぐるぐる巻きにされるという事を教えてくださいました。今 心静かに世界を感じてみると 新しい年の最初の日に多くの人々が平和と安らぎを祈ってくださっているのが感じられます。毎日 毎日 人々が平和に心をフォーカスすれば そのエネルギーが増幅され逆に 殺人や愛のない事件にフォーカスすれば そのエネルギーが増幅されるでしょう。何に 心を向けるか! よくよく大事にしていこうと思います。ところで 今日のこのブログのタイトルをハイヤーセルフに聞いてみれば『収穫の時』 という文字が伝えられてきました。少し 心がドキドキします。さて どんな一年になるのでしょうか。皆さま 今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
2009年12月31日
昨日買ってきた韓国旅行のガイドブックと 秀吉さまの朝鮮出兵関係の資料を見比べながら韓国ツアーの訪問地を自分なりにリストアップする作業を一日中しておりました。隣では 母がおせち料理の準備をしてくれていて 次々と出来上がってくる煮豆やお餅のおしょうばんをさせていただいているという贅沢な環境です。おまけに娘が次に本番で引く曲が チャイコフスキーのヴァイオリンコンチェルトだということで毎食ごとにリビングで生演奏を聞くことになるのですが それもまた一年に数回ある飛び切り贅沢な一時です。 さて 目がつぶれるほどにガイドブックの細かい字を読んで やっとこさでリストアップした韓国の訪問地ですが これを九州の喜楽天道さまにエネルギーリーディングしていただきました。私たち(まだ 誰になるのか確定しておりませんが 韓国のツアーを来年に行ったと考えた折の)必要な訪問場所のランキングの結果がでて 「まあ、どうしましょう?」と思ってしまいました。場所が あちこちに分かれているので これをどう飛行機で乗り継いで行くのか またバスやタクシーでまわるのかという事がでてきたのです。訪問地で上位にあがってきたのは ソウル、釜山、新羅の都であった慶州(キョンジュ) それから豊臣秀吉による文禄、慶長の役で 三大激戦地のうちの一つであった晋州(チンジュ)そして扶余(プヨ)という日本とも関わりの深かった百済最後の都などです。やはり 日本と古代から関わりのあった場所があがってきているのですが 今回 とても意外だったのが ランキングの1位が ソウルにある仏教寺院であったことです。私たちのツアーでは 多くの場合 重い波動の場所だけにいくのではなく その土地の美しい部分を見たり感じたりできる波動の高い場所にも行くことになります。また ランキングの最初にその日の私たちをサポートしてくださるような寺社にいくことが多いのですが 今回もそういったケースなのかもしれません。以前 関が原の古戦場を訪問するツアーを組んだ時も 真清田神社さまや南宮大社さまが最初に来てくださいということで 最初にお参りして 一緒にツアーの間付いてきてくださってサポートをしてくださったことがありました。今回は ソウルのある仏教のお寺が上がってきました。韓国の人々の信仰を広くあつめているお寺です。これは韓国の人々の精神的なバックボーンをもっと調べなさいということだと思いました。う~ん、 これは一体どういうことなんだ~? そもそも 韓国は儒教の国だったのではなかったのかなあ と 不勉強な私は 韓国の宗教史を調べることになったのですね。するといろんなことがでてきて、、、、。出てきてという表現を使ったのは 今まで 聞きかじっていたことが 実は韓国と連動して起きていた出来事であったということが 良く分かったのです。考えてみれば そうですよね。 日本の歴史だけ見ていたのでは 片手落ちだということが良くわかりました。朝鮮では三国時代、統一新羅時代、高麗時代は仏教が信仰されていたのです。それが次にくる李氏朝鮮時代に仏教弾圧が行われるようになります。儒教が国教となっていくのです。その儒学から朱子学がでてきて 日本にも影響をあたえていくことになります。そのあたりのことは興味ある方は 次のサイトが分かりやすかったですよ。NHK高校講座世界史 第17回 近世の朝鮮王朝 ~両班と朱子学~講師:東京大学准教授 六反田 豊さま今まで 私の個人ワークで 中国の紅巾の乱に関わる転生を持つ方 また 道教や太極図がテーマになっている方たちも何人かいらっしゃって その都度 その学びをご一緒させていただいたことがありましたが朝鮮の宗教を調べていくと そういった言葉とも深い関わりがあるのですね。韓国ツアーは ただ単に秀吉さまの朝鮮出兵の傷跡を癒しに行くだけではなさそうです。もっと広いゾーンで韓国を見ていくツアーになりそうです。また重たいゾーンを見ていくときは より高い大きな光とつながって動いていく必要がありますが韓国に影響を与えたお釈迦さまは また 孔子さまは 宇宙次元の取り組みとしては どのような役割を担っておられたのでしょうか?年末からお正月にかけて どんどんいろいろなことが分かってきて(私がという意味ですよ)実に楽しいです。 私がこのところ朝鮮についての記事を書いていますので プロジェクトJAPANという番組で朝鮮と日本の交流の歴史についての番組が再放送されるという情報を寄せてくださっている方たちがあります。 (ありがとうございます。)NHKのスペシャル番組です。ETV50年関連番組。古代から海を越えて密接に結びついてきた日本と朝鮮半島。仏教伝来、渡来人、朝鮮通信使など知られざる交流を古代から近世まで、10回シリーズで描く。韓流ドラマで歴史に関心をもった方にもわかりやすく魅力的に見てもらうシリーズである。・第1回 古代 人々は海峡を越えた・第2回 “任那日本府”の謎・第3回 仏教伝来 ~渡来人がもたらした飛鳥文化~・第4回 そして“日本”がうまれた ~白村江の敗戦から律令国家へ~・第5回 日本海の道 ~幻の王国・渤海(ぼっかい)との交流~・第6回 蒙古襲来の衝撃 ~三別抄と鎌倉幕府~・第7回 東シナ海の光と影 ~倭寇の実像を探る~・第8回 豊臣秀吉の朝鮮侵略・第9回 朝鮮通信使 ~和解のために~・第10回 「江華島条約 韓国併合への道」(仮)来年1月1日午後10時~ 連続シリーズで再放送されます。詳細は こちらをご覧ください。 http://www.nhk.or.jp/japan/rerun/index.html私は今回 私たちの歴史は 片一方からだけ見るのではなく 両方から出し合って理解していく必要があるなあとつくづく感じました。私がどこかを訪問する時に 最初にそこで話されている言葉を覚えたいなあと思うのは現地の人との交流が大切なんだと感じているからです。これは中国や スリランカに行った時に痛切に感じました。片言の現地の言葉がきっかけとなって 心が通じ合える経験を何度もしました。来年は もっともっと沢山の外国の人たちとも交流して より多くの角度から日本の歴史を見つめていきたいなあと思います。ほんとうにウキウキしますね。
2009年12月30日
不思議な夢を見ました。私の目の前には神社があります。 私はこれが熊野本宮大社であるとなぜか分かっているのです。しかし不思議なことに 昼間にも関わらず神社は薄暗くて しかも神社が今のように山の上になくて私の目線よりも下にあります。そうして 不思議なことに拝殿は参道をまっすぐに歩いた所にはなくて 横に曲がってから神様を拝まなくてはならないのです。私は (神様がまっすくにこちらを向いておられないのは)まるで出雲大社みたいだなあと思っていました。すると次に現れたのが この薄暗い神殿ではなくて 大きな河原の中洲にあるきらびやかな神殿でした。ここで目が覚めました。この絵が私の夢の中にでてきたものに近いです。熊野本宮大社について調べてみると 次のように書かれていました。『現在の社地は山の上にあるが、1889年(明治22年)の大洪水で流されるまで、社地は熊野川の中州にあった。社地は創建以来その中州にあったと思われ、明治の洪水が起こるまでは社殿が流されることはなかったが、明治以後、山林の伐採が急激に行われたため、山林の保水力が失われ、大規模な洪水を引き起こしたと考えられている。現在、旧社地の中州は「大斎原」(おおゆのはら)と呼ばれ、日本一高い大鳥居(高さ33.9m、横42m、鉄筋コンクリート造、平成12年完成)が建っている。なお、その時の大洪水で被災した上流の十津川村集落の住民の一部が移住した先で開墾したのが北海道の新十津川村である。』この夢はいったい何を伝えてきているのかしらと思いながら しばらくぼーっとしているとあ、そういえば 昨夜田舎の家に帰った時に 九鬼義隆さまのエネルギーが来ていたなあと思い出してあわてて 実家の仏間にかけてあった熊野水軍の絵を見に行ったのでした。ミシンの椅子を出してきて その上に載って 熊野水軍の絵をじっくりと見てみるとそこには何と 文禄二年 太閤 釜山、、といった字が見えるではありませんか。今まで 仏間の高いところにかけてあったので じっくりと見たことがなかったのですがその絵は秀吉さまの朝鮮出兵の折に九鬼水軍の船が 勢ぞろいをしている絵だったのです。ネットで調べてみるとこの絵は 大阪城天守閣所蔵ということですが 我が家にあるものは九鬼さまから頂いた複製のようです。真ん中にいるのが九鬼義隆さまの本艦です 水軍旗がたっていて 日本丸という字も見えます。周りにいる船には 甲賀とか隼人とかいう字が書いてあるのですが これはおそらく甲賀の甲賀雅楽介、越賀の越賀隼人などの九鬼ゆかりの水軍のようです。九鬼氏は武家家伝によれば 九鬼氏というのは、熊野本宮大社の神官の子孫で、紀伊の名族として知られている。との事ですから おそらく朝鮮に出兵した折は 熊野本宮大社で戦勝祈願したのではないでしょうか。この日、私は田舎のお墓のお掃除に行くことになっていたので 掃除が終わりご先祖のお墓の前でお祈りを済ませたあと同じ寺の境内にある九鬼家の歴代の方々のお墓にもお参りしました。 その後で 本屋に行って韓国旅行の本を買いました。地図とにらめっこしながら 韓国にはどんな場所があって それが歴史的にどういう場所であったのかを見ていきました。ただ 旅行のガイドブックはどうしても映画を中心に韓国旅行を紹介してあって 歴史という切り口からは 満足がいくものではないので 今後はもっと調べていこうと思っています。それから ハングルの表を見ていたのですが やっとこさで 母音と子音を組み合わせると音が読めることがわかり これは いったいどうなってるんや~と 頭をひねりながら韓国語に取り組みはじめました。ラッキーなことには 韓流ドラマのブームで ビデオ屋さんに行けば韓国語のビデオは借りれそうです。2月にマヤのツアーもありますから お正月からはスペイン語と韓国語を学習することにしました。それにしても 数日前は 片桐且元さまで 今日は九鬼義隆さまか、、、。毎日 いろいろな人から 朝鮮出兵に関する情報が入ってきますね。これはもう 韓国に行かないといけないなあ と だんだん楽しくツアーに向かって動いています。k
2009年12月29日
この日は京都の我が家から約1時間ほど南に車で走ったところにある大阪府のあるホールにでかけることになっていました。この日は朝から 幼稚園児から大学生までのバイオリンとピアノによる演奏会が開かれることになっていました。この演奏会の場所について 全国の方に分かりやすく説明しますね。京都の南西に位置する長岡京市を過ぎると そこはサントリーの山崎の宣伝で紹介された大山崎の土地です。そこには天王山という山があり この山の北と南では天気が変わると言われています。天王山を境にして 北は京都、南は大阪の領域に入るという感じです。演奏会が行われるのは そういった場所です。さて 演奏会はリハーサルを入れると 朝から夜まであるので 私は小さな子供たちの演奏を午前中に聞いてから お昼にちょっと気分を変えて ホールと同じ建物の中にある図書館に行くことにしました。来年2月に行くメキシコの本を読んで起きたいと思ったのです。メキシコ全般の本を3冊ほど読んで さて ホールへ戻って 子供たちの演奏を聞こうと図書館を出ようとした時のことです。突然 本棚の中のある本の背表紙に書かれた文字に釘付けになりました。『片桐且元(かたぎり かつもと)』この言葉には見覚えがある!!はて? この人は誰なんだろう?この本を手にとった瞬間に 胸の動機が高鳴り 心臓が飛び出すのではないかと思えるほどになりました。それと同時に私の心に呼びかけて来た者があったのです。『私は片桐且元(かたぎり かつもと)でございます。姫さま この度 佐賀のことでは お心を痛めておいでだとは思いますがどうか 九州、朝鮮のことを お心から消し去らないでくださいませ。私は 実は朝鮮征伐のために名護屋城に赴任してくる各大名の陣屋の割り振りをいたしました。また秀吉さまに仰せつかって 先発隊として 各隊の行軍の流れに心配ることになりました。朝鮮にわたってからの 各隊の動きも把握しております。今後は 且元(かつもと)が 姫さまのお側でお伝えいたします故、 どうかこの朝鮮出兵で 我らがどのように働かねばならなかったのかを分かっていただきたいのです。』この私のところに現れた存在(エネルギー)は 自分が片桐且元(かたぎり かつもと)であること 九州の名護屋城や朝鮮出兵についてよく知っている人物であることを 私に知らせたかったようです。彼は それが正しいか正しくないか その真偽は別にして 私のことを秀吉さまの正室の寧々(ねね)さまとみなして 話かけてきているようです。この片桐且元ですが 秀吉さまが 長浜城でご縁あって集まってきた10代の若者たちを自分の子供のように育てることになるのですが その中の一人だということがわかりました。これらの子供たちはやがて 加藤清正や福島正則、石田三成となって 豊臣政権を支える柱となっていくのですが 且元の場合は 上記の武将たちが戦いの中で台頭していったのに対して どちらかと言えば実務的なことを受け持っていったようです。且元は大阪の役では最後まで 豊臣の家臣として 徳川さまと淀殿との間を取り持とうとするのですが 最後は 淀殿に裏切り者の疑いをかけられて 大阪城から去ることになります。その後は突然死をしているのですが 何か 事情がありそうです。秀吉さまの下に集められて ねねさまに育てられた時は ちょうど石田三成も側にいて 年下の三成とは 共に近江出身ですから 仲が良かったのでしょう。彼らは立場は違えども 共に最後まで 豊臣のために尽くしてくれた武将たちでそういえば こうして(霊体が)あらわれてくれたのは 以前では真田信繁(幸村)もそうであったなあと 思いだしました。(過去ブログ 服部半蔵と真田信繁)とにかく その且元が 今私に 九州、朝鮮のことから身を引かないでくれと訴えてきているのです。「わかった。 とにかく 私が必要とする朝鮮出兵の情報を教えて欲しい。」私は 彼にそう頼むと 演奏会の時間も気になるので 大急ぎで 必要な情報が載っている本を探しては コピーをとったのでした。こうして約30分の間には 日本軍と朝鮮軍の戦いの様子と 朝鮮のその場所に関する情報が集まったのでした。『2回目に朝鮮に出兵した時には むごいことも行われました。日本であれば 敵の首をとるのですが 朝鮮では兵や人民の鼻をそぎ落としたのです。これは 朝鮮南部の全羅道(チョルラド)の南原(ナムオン)城を陥落させたときより行われました。秀吉さまの命で これらは塩付けにして 日本に送られたのですが老若男女を問わず無差別に殺され 鼻をそぎ落とされた死体が大量に真夏の戦場に転がっている様は南原城を陥落させた宇喜多秀家さまのお心を痛めたと推察します。』そうだったんだ~。 私は 宇喜多秀家さまの転生を持つ方が 鼻の病気で死にそうに苦しい経験もされてきたし 手術もされたお話を聞いたことを思い出しました。『この土地での合戦は(山崎の合戦のこと) 昨日までは共にお味方であったものを打たねばならぬ悲しさがありました。打つもの 打たれるもの それぞれに一生懸命戦い 多くのものが(4000人?)がこの天王山で果てました。』戦いでは実際に刀を交えた兵士だけではなく家族一族の多くが巻き込まれます。明智光秀さまの近江坂本城では ご家族は敵の攻撃の前に自刃されたようです。また 信長さまへの橋渡しとして光秀さまを頼っていた四国の長宗我部 元親(ちょうそかべ もとちか)さまや四国の一領具足(いちりょうぐそく)たちの運命も左右していくことになります。私は この天王山の戦い(別名山崎の戦い)でも 片桐且元は戦ったのだろうなあと感じながら 大急ぎで1階のホールへと 図書館を後にしたのでした。そんな私に 且元はついてきて 一緒に演奏会の音楽を聴くことになりました。いいえ 且元だけではなく 天王山の戦いで亡くなった者たちも一緒に入ってきたので他の人たちには内緒でしたが この演奏会は私や且元たちにとっては 大変楽しいものになったのでした。 『姫さま この難しい音楽は何ですか? ガンガンして なにやら頭が割れるような。これがバテレンの音楽か。。。 』「これは メンデルスゾーンという人が作ったバイオリン協奏曲 の第三楽章」『これは なんとも 美しい音楽ですなあ。 それに 女人が華やかな衣装を着て肌まであらわにしておりまする。 もう目がくらんで、くらんで、、、。』「これはドレスといって 正装なの。この曲はヴェニアフスキー。 ヴァイオリンならではの美しい旋律が続いているでしょう。」「さあ もうそろそろここにいるわけにはいかないから 皆(天王山の戦いで亡くなった兵たち)光の中に入りなさい。 いつまでもここにいるのではなく 次のステージに向かうのです。」「さあ 曲がどんどん光輝いてきて もう 光の中に入らざるを得なくなってきましたよ。サンサーンスのバイオリン協奏曲 3番 第三楽章、、 うってつけの曲ですね。」「且元、 貴方も もう光の中に上がりなさい。 光に入っても次呼ぶときにはちゃんとお役をもって 私の前に現れることができるから 今日はもう光の中にもどるのです。」サンサーンスの華やかできらびやかな曲が流れる中 私は 側に来ていた存在たちが光の中に入れるように 祈りをささげました。片桐且元、、、、、 朝鮮か、、、。まずは 喜楽さまや 秀吉さまたちに相談してみることにするか、、、。というわけで こんな風にしてクリスマスの日の音楽供養は無事終了したのでした。(ご連絡)ニーナカロライは現在年末年始のお休みに入らせていただいております。(12/24~2010.1/15)お歳暮、お礼などのお心つかいに関しましては お気持ちだけ とても嬉しく頂かせていただきます。せっかくお送りいただいた生ものなど 九州旅行の間に宅急便で送り主さまに返送されるなどしているようです。 せっかくお送りいただきましたのに すみません。ニーナカロライはその特徴から ひめのが不在の時はオープンしておりませんのでどうぞ 御用のある方は ニーナカロライのホームページからご連絡ください。
2009年12月27日
今回の佐賀旅行に動向してくださいました方から 私の先日のブログの内容につきまして次のようなコメントがブログに届いておりました。私自身 まだまだ やきものにつきましては不勉強なところが多々ありまして器のことを陶器と書いたことが 秀吉さまの朝鮮出兵でつれてこられた陶工の過去生を持つのではないかと思われる彼女のお心を十分に理解していなかったと感じますので今後はより この分野について勉強するとともに この方からのコメントをそのまま掲載させていただき 陶器、磁器の繊細な分野について私の前回のブログ内容を補足訂正することにします。『佐賀のブログをありがとうございます。やきもののことにつきまして。普通、磁器も合わせて"陶器"ということが多いですし、GWの有田の市も陶器市といいますし、私自身は気にしていなかったのですがどうしても『陶器ではなく、陶"磁"器、と言ってほしいのです』という気持ちが今、わきだしてきて、これを書くことにしました。元々、日本には細々とながら陶器の文化はありました。朝鮮出兵で連れてこられた人たちによって始まったのが、磁器の産業です。これが、有田を中心として全国に広がったという歴史があります。(陶器に関しましては、県内では、唐津と武雄の一部および三養基などで、この渡来の方々により盛んとなりました。)また、蛇足ですが 稲佐神社で、さて帰ろうと車に乗って、麓の鳥居の所の看板に下りるまでの間に喜楽さまが「あ、やっと日がさしてきたね」という僅かな時間があり照らなかったのではなかったように記憶しております。』やきものについては 今回の旅で はまってしまいました。色とりどりの有田焼きに盛られた料理によって 旅がより豊かに 楽しみの多いものになりました。一方で京都のやきものについては これまでずっと自然な形で触れてきたことに気づきました。京都の庭、座敷、掛け軸、花、テープル、器、 そしてそこに盛られた京料理、、、器だけがすごいとおもわなかったことに 気づきました。これから もっともっと 器について知りたいです。本当に良いチャンスを頂いた旅でした。一緒に旅をしてくださったかた また お家の方たち 有難うございました。それから 稲佐神社では 私は陽の光を見ていないので そのように書きました。皆でお祈りして 光がさしたということよりも『古事記』に書かれた五十猛神の物語に 心を向けておりました。高天原を追放された素戔嗚尊とともに新羅曽尸茂梨(ソシモリ)に天降り、スサノオがこの地吾居ること欲さず(「乃興言曰 此地吾不欲居」)と言ったので、一緒に埴土船で渡って出雲斐伊川上の鳥上峯に至ったとある。五十猛神が天降る際に多くの樹木の種を持っていたが、新羅には植えずに全てを持ってきて、九州からはじめて大八洲国に植えたので、(日本は)青山に被われる国となったという。私のハートの痛みは 五十猛命と私との関係を表していたように感じましたのでほんの少しメランコリーに浸っていました。雨の中で 静かに会話しておりましたので きっと陽の光には気づかなかったのでしょう。昨日までは 来年になったら また佐賀へ そして韓国に行きたいなあと意気込んでいたのですがなんだか 私は行きたくなくなってきました。いつまでも 過去の重い恨みの領域ばかりに囚われて沈んでいるわけにはいかないというメッセージと受け止めました。過去の事柄に想いをむけるのは それを現実に つまり 『今』に生かしたいからなのです。それに囚われて動けなくなるのは 逆効果です。ああ、 ここ数日 苦しかった。 もう苦しいのは嫌だ~もう 殻のなかで 我慢するのは嫌で~す。私は 私、 私なんだぞ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!! 私はどこまでも 伸びやかに 楽しく 笑って 一瞬一瞬をエンジョイしたいのです。過去を見つめる時もそういうスタイルで見つめたいので~す。
2009年12月24日
今日から熊本の阿蘇に来ています。ここ数日佐賀県内の 私たちの学びにとって必要なところをあっちこっちと良く動き回りました。訪問した場所を書き出してみると 次のようになります。12月19日1 龍雲寺 山本常朝さまゆかりの寺。 2 海童神社 3 與止日女(よどひめ)神社4 天満神社 5 道祖神12月20日1 祐徳稲荷神社 2 綾部神社 3 龍造寺八幡宮 4 高伝寺 5 稲佐神社6 丹生神社 12月21日1 唐津 虹の松原 2 玄海エネルギーパーク (休館のため入れず) 3 名護屋城博物館 (休館のため入れず)4 田島神社 5 七ツ釜 6 鏡神社 7 有田町立歴史民俗資料館8 大公孫樹(おおいちょう) 9 李参平の碑一つ一つの訪問地に私たちにとって 必要なテーマと気づきがありました。佐賀は本当に奥深いと思います。訪問地のある所では 藤原広嗣の乱の関係者のエネルギーが流れており遥か昔の平安の時代におきた出来事や その当時のハヤトを感じることになりました。また あるところでは佐賀が生んだ幕末の志士たちのことを感じることになりました。この幕末の動きを見つめることは 北海道、山形からずっとつながっています。また 龍造寺と鍋島を二つの対立する2大柱として捉えながらも 現地では さらに細かい動きも感じることができました。それから 唐津城は 中には入らなかったものの 何度もその前を通りました。支配の一つの拠点として今後もマークしていく必要がありそうです。名護屋城近くでは 秀吉が命じた朝鮮出兵のために布陣してきた大名たちの陣屋跡が所狭しと並んでいる山越えのルートを 車を走らせることになりました。運転手をしてくださったかたが 本人はそうするつもりでなかったのに なぜかそうなりました。朝鮮出兵時に拉致されてつれてこられた陶工の人たちのエネルギーがその後はどんどん押し寄せてくることになりました。佐賀3日目は ずっと器とその器を作った人々について見つめることになりました。訪問中は 佐賀では どこにいっても 美しい陶器に盛り付けられたご馳走をいただくことができました。私は佐賀における陶器の文化の高さを感じとても優雅な気持ちになりました。一方で かつての陶工の人たちの暮らしや 想いを肌で感じ 朝鮮出兵の痛みに目をむけることになりました。私は今 心からわが国の陶器の文化を根づかせてくださった 朝鮮からつれてこられた人々とそのご家族に感謝します。また その景色が美しいといわれている七ツ釜では 海賊のエネルギーを感じました。今回取り上げることは出来ませんでしたが このあたりになると松浦党の支配のエネルギーを感じます。また キリシタンの迫害のエネルギーがある場所もあります。佐賀は私にとって初めて訪問する場所でしたが 京都と似ている部分もあって場所ごとに エネルギーがコロコロと変わります。 でも 京都ほど複雑に そのエネルギーが重なっておらず ある面 その土地にあるエネルギーを判断しやすいです。今回出会った人々は とても親切で優しく どこへいってもお墓や 道祖神や なんらかの素朴な神様が 町や村の一角にお祭されているのが印象的でした。また その場所にいって お参りすると ほとんど必ずといっていいほど 日の光がさしてきて 神様が答えてくださるのです。滞在中は ずっとみぞれ、雨、雪、曇りでしたが お祈りの後は ほとんど陽がさしました。ものすごく判りやすい形で 神々が現れてくださいました。一箇所だけ 私のハートが凄く痛んだ場所で 稲佐神社という神社があったのですがここだけは ずっとみぞれでした。御祭神が五十猛命で スサノオの子供ですが 故郷を離れて異国で頑張って そこで一生を終えた人の望郷の念を感じました。今回の旅では スサノオさまのサポートを感じることも多くありました。出雲でのご縁もありまして これからもうすこし五十猛命を癒していこうと思います。素晴しい学びのあった佐賀訪問でしたが メインに流れるエネルギーが どうしても龍造寺と鍋島の戦いと怨みのエネルギーなので これまでブログを発信するのを控えておりました。今日 阿蘇の外輪山が見えるところまでくると エネルギーがスコーンと変わりもうブログで発信しても良いと感じて 今 この数日間の記録を書いています。ただ 妙なことに 阿蘇のエリアに入って 宇宙的に広々としてエネルギーで気持ちがいいなあと 一瞬感じたものの その後にすぐに ルシファー的なエネルギーを感じました。なぜか この後の阿蘇神社でも 幣立神宮でも その後に行った白川水源でもこのエネルギーは感じましたので「ルシファーにご縁がある存在が このあたりに居たのかしら。」などと感じながら その存在を癒すことに終始しておりました。今夜は もうすこしそういったエネルギー調整が必要なようです。さて 明日は 高千穂神社~天の岩戸神社~高千穂峡 という予定です。現地に行ってみないと何が起きるのかはわかりませんが とにかく宇宙に導かれてずっと動いております。自然がもともとあったように 宇宙の愛をそのままに下ろしてこれるようにと心から祈ります。上
2009年12月22日
光のサポートからのメッセージは 私の場合は朝目覚めたときに私のハートのボックスに届けられていることが多いです。今日のハートのボックス(私書箱)には『流転』という言葉が届けられていました。そして なるほどそうか すべては流れ移り変わり動いていく、、その中で自分も その都度その都度起きてくる出来事を こだわり無く 楽しめばいいのだなあと ストンと心に落ちたのでした。実は この言葉が 出てきたのには理由があります。話は先日のことに戻りますが ニーナカロライで光講座があった時 お泊りの方たちが2階や台所、居間などで楽しそうにお話されていた時のことです。私は 自分の部屋から居間に行って ひろさまとお話しておりました。その時 どんどん 負のエネルギー体(この場合はいわゆる不成仏霊というタイプのものたち)がニーナカロライに入ってきて 私の耳元でモゴモゴと何かをしゃべり始めたのです。その声がどんどん多くなっていくので ひろさんに 今 不成仏霊がどんどん入ってきているんだけど、なんでかなあ? と言ったとたんに その者たちの声はぴたっと止んで 彼らは去っていきました。それがどこから来ているのかを感じてみると 隣の台所で立ち話されている佐賀のHさまと神奈川のKさまから来ているようでした。「すみません、 今 この5分くらいの間に どんなお話をされていましたか?」と聞くと「今までにやろうと思っていたけれども できていないことで 気が付いていることについては京都から家に帰ったらやらないといけないねえ。という話をしていたのです。支配的なホメオパシーの先生から 調合されたお薬があるのですがこれが この先生に悪いと思って そのままにしてあるのです。 でも このお薬をもう捨てないといけないと思っていたのです。(でも そのままなんです。)」とのことでした。私は そうか、 この先生からエネルギーがパイパスされてきて 重いエネルギーが飛んできたんだなあと思い 先ほどから お二人のお話がポータルになって 不成仏霊がどんどんあつまってきていましたよとお伝えしたのでした。お二人は 気が付いて マイナスのエネルギーを引き付けるようなネガティブな会話をしないようにしようと思ってくださったようです。ところが 翌朝も このお二人が それも普通の会話をされている時に 前日と同じことがおきたのです。私は この時は お二人にはこのことをお話するのは控えました。せっかく 京都で出会って楽しくお話しておられるのですから水をさすようなことを言うのはやめようと思ったのです。ただ 一抹の不安は感じていました。 そして その不安を感じていたのは私だけではなく佐賀のHさまと 先日から行動を共にしてきて 交通事故に巻き込まれたKさまもそうであったようです。後からわかったのですが 彼女も黙って心配しながらも暖かく見守りながら このお二人を見つめておられたようです。さて この日から ある共通した緊急ワークや それに関する連絡が入りはじめました。私は この件に関してどうするか考え、まずは 佐賀について動きがあるというブログを発信して 必要な人にはそれが受け取れるように手を打つことにしました。まずはできるだけ事を大きくしないようにすることを考えますが それでもその波紋が広がっているときは 何がおきているのかを自分なりに書くことにしています。その後、佐賀のHさまと関わる方たちが どんどん苦しくなってこられたのです。佐賀という土地を見れば見るほど とても奥深くて 日本の国にとって 大切な場所であったのだなあと感じます。古くから大陸との関わりの要所として 朝廷が重要視した場所です。また佐賀は近代日本を動かした素晴しい人たちを生み出した土地です。ところが 近代になるまでに 佐賀は龍造寺(りゅうぞうじ)氏と鍋島(なべしま)氏の骨肉の争いを経験して それがそこに住む人々の心のなかに根強く残っているようです。そういう土地を背負って 佐賀のHさまは ほんとうに必死でよく頑張っておられて今回の佐賀訪問では私も喜楽さまも 彼女や彼女のご家族のお手伝いをしたいと願っています。また 3次元で旗揚げしてくれている彼女がいらっしゃるからこそ 土地の神様たちもいっしょに動いてくださっている部分もあります。ただ 彼女のエネルギーの影響力があまりにも大きすぎて 彼女のエネルギーがぶわーーーーーっと動いた時に 彼女のプラグにはまる ソケットを持っている人たちがまともに ステージに引き上げられてきているようです。さて どんなステージかということですが 一つは 佐賀にご縁がある人たちが佐賀のエネルギーが動き出すと何がしかの 影響を受けて 佐賀を見つめましょうというステージにたたされることになります。ところが 今回は もう一つステージがあるようです。このHさまは昔 八百万の神様を引き寄せてこられた方としてブログにご紹介したことがあるのですが 彼女の特性として どんどん負のエネルギーを引き寄せてしまう特性があるのです。この特性を持つエネルギーのプラグが 過去のことをくよくよ考えたり どうでもいいことをあれこれ考えて どんどん恐れを増したり また明るい暖かい、日のあたる部分がたくさん目の前にあるにも関わらず なぜか負の部分に引き付けられ 負の部分を集めてきてしまう性質を持つ人たちのソケットを どんどん引き出しはじめました。そして宇宙のサポートが凄いなあと思うのは 彼女と一緒にお泊りになった方たちや光講座で席が近かったかたなどは ものの見事にそのプラグにはまってしまわれたようです。特に神奈川のKさまは それまで仲が良くて 佐賀のHさまは辛い時に私を助けてくれた恩人として必要以上に握り締めていてそれゆえ エネルギーが一体化しており 佐賀のHさまに押し寄せてくる膨大な負のエネルギーが神奈川のKさまを襲いはじめました。こういう時が日ごろ どれだけ自分が 負のエネルギーを手放して 光とつながっているかまた 負の掃除機であるならば 集積してきたゴミをやすやすと処理できる状態にまで光化できているか ということを知る目安になります。このブログをここまで書いた時に 先日緊急ワークをおこなうことになった北海道札幌市のMさまから スカイプが入りました。ご家族が旅行の計画を立てたところ それがきっかけで えらいことになった というものでしたがその彼女から先日取りやめた旅行は九州佐賀の武雄か、嬉野に泊まろうと思ってたのです。 との連絡がスカイプで入りました。 まさに明日から私たちが泊まる場所です。そういえば この方のワークの中では 戊辰戦争の東武皇帝のことなどがでてきたようにお聞きしています。いずれにしても 佐賀は北海道ともご縁の深いところです。現在 夜の10時30分を回ったところですが どんどんと佐賀のエネルギーがニーナカロライに前もって届けられているようです。明朝 ニーナを発って 大阪伊丹飛行場から佐賀空港入りします。パソコンを持っていきますので ほんとうに大変な状態になった方があれば ご連絡ください。京都のKさまに交通事故を起こさせたくらいのエネルギーが実際に動いています。ほんとうに「要注意」で 大きな光のサポートと動くことが 今回は特に特に必要なことを痛感しています。実際に現地にいかないとわからないことも多々ありますが それでも 過去に積み上げてきた怨みは光の中で昇華して 皆で愛にあふれる日本の国にしていきたいと心から願います。それが 幕末に散った人々の願いでもあったと 私は思います。
2009年12月18日
今朝の光のワークのお話です。それぞれの方がそれぞれのテーマパークで頑張っていらっしゃいますのでその学びはどの方にも大切で それを必要なだけ 十分にしてくださいよ~っということを前置きしてから今日のワークのお話をしたいと思います。その方はずいぶん前から私のところにいらっしゃっている方で 最初にもってこられたテーマが「支配と依存」でした。切り離されているさみしさを 埋めるために 教祖タイプの方のところをまわっておられては これは違うぞと想いながら次々と宗教的なグループのなかで 「支配と依存」のテーマを見つめておられました。そうして 私や喜楽天道さまのワークを通して だれかに頼り 自分をあけわたすのではなく自分自身が創造主の分け御霊であることを思い出しましょう。ということを学んでおられました。光講座にもご出席され 過去生の学びなどもでてきて どんどん学びが進んでこられていたのですが今日になって あれれれ??????どったの????? という感じです。 彼女がまるで別の人のような感じで 彼女のハートの動きが感じれないのです。ワークが進んでいくにつれ どんどんそれが何が原因でおこっているのかがわかってきました。あれほど 何かに依存するのは嫌だ!とおっしゃっておられたのにいつのまにか 現世利益を求めるようなグッズにはまっておられたのでした。開運のため、波動調整のため、財運をあげるための グッズ、、、それは お花の写真であったり、 根付であったり、 お札であったり、お水であったり アロマオイルであったり、、、これは有名な大物ブロガーさんが取り上げている とか 雑誌の○○で紹介されたとか、、これはこういう効能がある~であるとか 一生懸命お話しながらも どこか苦しそうです。というのも 彼女ご自身は ほんとうはそれが苦しいことを知っておられるのですが何かのご縁で どこかにはまってからは ハートが閉じて そして 閉じたハートでは大切なセンサーが働かなかったようです。悪いことには そのグッズの中には 支配系のエネルギー体が関与しているものもありそのグッズを通して 彼女の体がエネルギー操作されていたのが判ってきました。ワークは延長になり その部分のエネルギーリンクや契約を解除するワークになりました。しかし もともとは 自分の中に 誰かに依存するところがなければ こういうエネルギーは引き付けてこなかったと思われます。ということで 今日のこの方のワークは もともと持っていた課題にたいして再度確認するようなワークになったのでした。 それに いちいち 「すみません、 この絵は ○○さんから買ったものなのですがどうでしょうか、大丈夫でしょうか? ひめのさん。」 と聞くわけにはいきませんから今度は自分がそれを感じて判断するしかないのです。お家に帰られたら 大量にあるグッズの一つ一つを自分のハートで感じて 自分がそれを処分するか それとも癒すか 決定していくという仕事が 彼女を待っているのですがそれは 彼女とハイヤーセルフとの共同作業で 否が応でも宇宙と繋がっていく訓練になります。そういう意味では良かった、良かった ですね。ところで 今日のニーナでは 喜楽さまのワークが同時に行われていたのですがそこでも スピリチュアルなダイヤモンドを購入した話がでていたようです。それって この前 山形に行ったときに でていた話だなあと思いました。福島県の、あるまほろばの教祖さまに 土地の浄化のためにダイヤモンドを購入する必要があるといわれて ダイヤモンドを買ったというお話でした。私たちの多くは ご利益信仰は良くないとだんだんと分かってきているのですが巧妙な形で スピリチュアルを匂わせながら 販売されるグッズには弱いようです。それに 効能書きが付くと もう信じてしまうのですね。何かを買いたいのは ある意味 女性が 「わあ、 この服いいなあ~買いたいなあ。」という発想に近いのかもしれませんが でも その時に問題になるのはその商品を提供している存在が そのものによって その人を支配していこうという意図があったときです。そのグッズが家にあることによって その支配系のエネルギーが徐々にその人を支配下においていくのであれば それは避けたい状態です。ハートが開いている状態は 他のものの多様性を認めて 宇宙のなかでハーモナイズしていけるような状態です。支配下におかれるとそれができなくなるので それは避けたいですね。年末の大掃除 自分のエネルギーをよりクリアにするためのエネルギーの掃除を書いてくださっている方も多いです。のんのんさまのブログ 「お掃除強化中」たれうさぎさまのブログ 「魂のお掃除はお済みですか」私も気をつけます。 お掃除頑張りま~す。
2009年12月17日
古代の衣装を着た白髭の老人が とがった岩山の上に立っている。私が彼の方を見ると 静かに微笑んで手にした杖で 東のかなたを指し示している。「あなたはどなたですか?」『私は 屋主忍男武雄心命、 その社の主である。』見れば彼の後ろには 朱の鳥居が見え そこにはお社があるようでした。『ずっと黙って見ておったが 心もとないのう。佐賀に行くにおいては この者たちを連れて行くが良い。』そこには 古代の人々のかしずく姿が見え、 また なにか神様のエネルギー体も感じられました。気がつくと 先ほどのビジョンは消え、神代氏という言葉と 高良神社のご祭神という言葉が 心に残っていたのでした。---------------------この老人があの有名な武内宿禰(たけうちのすくね)のお父様で 実はずっと前からご縁があったことを感じた時 私たちはなんともいえない不思議な感覚に包まれたのでした。その老人の名前は 屋主忍男武雄心命(やぬしおしおたけおごころのみこと)と言います。長いので 私はここでは武雄心命(たけお ごころの みこと) と呼ぶことにしますね。さて 話はすこしバックしますが 昨夜私たちは ニーナカロライで佐賀行きの旅行について 計画を練っていました。じつはこの計画は 昨夜までは 本当に実現に向かって動くかどうかは まったく分からなかったのです。ことの発端は 喜楽天道様のワークを受けに来られているHさまのワークが終わったあとで やはりこれは 佐賀にいってHさまやご家族一族の波動調整をする必要があるから 佐賀まで出かけようということになったようです。そして Hさまのお友達のKさまも おじいさまが佐賀出身ということでいっしょに行こうと 自分と佐賀の癒しの旅の計画が持ち上がったのでした。ところが その直後にあの事件が勃発するのです。(過去ログ)私と喜楽さま 白山菊理姫さま(彼の尖山ブログ)とfurafuranさまが(彼女の尖山ブログ) 富山の尖山、二上山、天柱石に登る為に朝早くに ニーナカロライを出発した後でHさま Kさまが ニーナで巨大な対立するエネルギーに憑依されてニーナカロライの地場をめちゃめちゃにしてしまわれるという出来事が起きたのです。その後仲の良かった二人は 互いに傷ついてしまわれて はたしてこの後いっしょに佐賀まで行けるのかどうか わからない状態でした。昨夜の話し合いでも 互いに信頼できるのかが 大切なポイントになっていました。そんな中 まず 日本三大稲荷の祐徳稲荷さまから 佐賀県の波動調整のために来て欲しいという連絡が喜楽さまに届けられたようです。う~ん それでも このような不安定な状態で 佐賀に行ってよいものか!!これまでのツアーの状態を考えると いくらプライベートな個人ワークの旅行といえどもそのエネルギーの中に不調和のまま行くことはできない!!しかも 昨夜Kさまから聞いた話によれば 私たちとリンクする人たちが すでに「九州、九州~」と 九州の名前を出してきており エネルギーはすでに動いている、まわりに迷惑をかけるようなことがあってはいけないし本当にこんな状態で出かけていって いいのか!!そうなんども ハイヤーセルフと相談している時に この武雄心命(たけお ごころの みこと)様が出てきてくださったのです。どこから出てきてくださったかというと Hさまのお家の近くで どこか宿泊できる場所を調べていた時のことです。 この地は武雄(たけお)という地名なのですが温泉街として有名な場所で 駅の近くにはたくさんの温泉があります。ところが この門前町にある良質の温泉ではなく 街から離れた御船山の在る温泉が良いと喜楽天道さまのハイヤーセルフのアドバイスがあったのです。この御船山の地図を見ているうちに さきほどのビジョンに飛んでいくことになりました。<御船山>この武雄という街ですが 武雄心命(たけお ごころの みこと)から来ていることがこの時わかりました。しかし そこに住んでいらっしゃるHさまご家族でも このことをご存じなかったようです。また この写真の山があるこの場所は 昔から天皇家とかかわりがあるようですね。Hさまたちが ニーナカロライで重いエネルギーに取り囲まれた時私はちょうど 尖り山、二上山、天柱石という 3つのポイントを結べば正三角形になる山に登っており Hさまからの連絡で その重いエネルギーは Hさまたちから私の方へ バイパスして届けられました。おかげで 私は大変な目をして山に登ることになりましたが そのおかげでニーナに居たお二人は軽症ですんだようです。それを サポートしてくださったのが 武雄心命(たけお ごころの みこと)だったようです。お父様の武雄心命(たけお ごころの みこと)から 子供の武内宿禰ゆかりの山にいる私たちのところへのエネルギー送信だったわけです。この日 一緒に山に登った白山菊理姫さまは 武内宿禰の研究家でいらっしゃいますがHさまたちが ニーナで白山菊理姫さまと 一晩を一緒に過ごされたのも何かのご縁なのでしょう。それから この神代氏ですが 調べて見ると人皇八代・孝元天皇の孫・武内宿禰を祖として、代々筑後の高良玉垂宮を護ったので、「神に代わる」の意味で「神代」の姓を授かったと伝えられているようです。武家家伝によれば神代という名は、神功皇后遠征のとき、武内宿禰の武略知謀が神の如き働きをしたので、皇后は「神の代わり」との意味で「神代」の二字を授けたと伝える。 神代氏は代々、筑後一宮の高良神社に奉仕してきたが、文治元年(1185)、神代良光のころ、高良山から北へ二キロ、筑後川左岸の神代村に館を建てて移住し武士化していった。 応仁の乱(1467)後、天下は大いに乱れて下剋上の世となり、高良神社も武将たちの戦勝祈願が行われるなど、戦乱の渦中に巻き込まれていった。勝利の代に至って肥前国に確固たる勢力を築くようになる。武勇と知謀に恵まれた勝利は、一躍肥前の有力武将に成長した。 神代一族はのちに川久保鍋島家となって 佐賀藩をささえていくことになります。Hさまの家系は「化け猫騒動」で有名になった 鍋島氏と龍造寺氏の両方とかかわりがありそれが 彼女を苦しめてきたようですが そのご先祖さまの もっと前のご先祖さまのしかも 住んでいる武雄ゆかりの武雄心命(たけお ごころの みこと)のおじいちゃまが出てきてくださって『頑張れ~ 頑張れ~』とエールを送ってくださっているのでしょう。今回の旅行では 佐賀という場所に絞って その土地とその土地に住む人たちが前よりももっともっと安らかにたくさんの光の中で生活できるようにと 自分なりに土地と歴史の癒しと浄化の祈りをするつもりでいます。そんな私たちが 佐賀という特徴のある場所のエネルギーの前にそれこそ挫折しそうになっていたのを その土地ゆかりの存在たちが応援して いっしょに動いてくださっているのだなあと つくづく感謝しました。年内のこの旅行が終わったら 来年は 九州から東北に向かうことになるようです。来年すぐではありません。まずは エネルギーの嵐が吹いて そして その後 ゆっくりと私たちは動くようですよ。おっと もう一つ付け加えるのを忘れないようにしないと。京都光講座では たくさんのお菓子を頂きありがとうございました。お菓子はその場で包みを解いて 皆様にお召し上がりいただいたのですが一つだけ なぜか私が 袋から中身を取り出さずにおいておいたお菓子があります。「嵯峨乃焼」と書かれた 長岡京の小倉山荘のとても美味しいおせんべいなのですがこれをもってきてくださった あおい水月さまも「さが、さが どうもさがが気になる」とおっしゃっておられたようです。このお菓子の中身を開けた時に出てきた紙が在原業平さまの歌です。「ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くゝるとは」ここでも神代がでてきますね。そんなことを考えていたら そういえば 白山菊理姫さまの薔薇を愛でる会も神代植物園だったなあ と思いました。 今日はなんだか 神代の日ですね。
2009年12月15日
今 京都の光講座を終えて そして マヤ講座も終えて その後の食事会の楽しいひと時も終えて ニーナカロライにもどってきました。お客様たちは 皆様 お風呂屋さんに出かけておられます。静かな時間が しばしの間 私のまわりで流れています。今日の 光講座ですが 皆様の力強さを感じました。1年 いいえ 2年、3年かかりました。でも 集まってきてくださった皆様が それぞれにたいへんな学びを乗り越えてがんばっておられるそのお姿に 静かに感動しています。動かないと思っていた巨大なエネルギー体たちが 動き出し感情を表にだしてもいいのだと 巨大な山たちが 震えだしその巨体が あちこちで涙を流していました。今まで 小さく小さく 人の目を気にしながら動いていた存在たちももう 自分をそのままだしてもいいのだともう 我慢して支配されたままになっていることはないのだと心の底からの声を振り絞りだしました。今日は そんな光講座でした。先日の癒しのツアーでは 函館で 私がぶったれ その後の山形では 喜楽さまが ぶったおれその後 昨日まで 毎日毎日入ってくる 北海道からの支配のエネルギー解除のためのワークを なんとかもちこたえながら 頑張ってきて今日 京都の光講座のメンバーの顔を見て ほっとしました。そこに 確かなもの を 感じ ほっとしました。私たちは もう誰かの 僕(しもべ)としてではなく 自分自身をしっかりととりもどして自分自身が 宇宙の中心とつながって 自分の光を輝かせながら 喜びのなかで 生きていくことができるのですね。「創造主のわけ御霊としての自分」を生きる自由を 声たからかに叫ぶことができるのですね。旭川や帯広でも おなじように 光の集まりが開かれたようです。北海道の光の仲間たちのネットワークを 心のなかで 京都につなぎます。誰かに頼って 光をわけてもらうというのではなくこんどからは 自分たちが 光を生み出していこう!それが 今日の京都光講座のまとめです。
2009年12月13日
12月13日の京都光講座のご案内です。時間につきまして 前回 手洗い、うがいなどを皆さまにご協力いただいたのですが今回も宜しくお願いします。つきましては いつもより早く 12時30分には受付を開始いたします。12時30分~12時50分 受付(この間に 手洗い、うがい、 トイレなどをすませてください。)12時55分~ 調和の祈り (2階瞑想室にて) 遅れないようにしてくださいね。13時~ 光講座スタート16時 終了マヤ講座 17時~18時30分マヤ研究家の方におこしいただいて 初心者向けのマヤ講座を開きます。会費 1500円 (光講座参加者のなかで 希望される方 当日申し込みも可能です)今年最後の光講座になります。 有意義な光講座になると思います。
2009年12月11日
今年も残すところ後1ヶ月を切りました。今年一年 沢山の人たちに出会いました。どの方も 本当に 互いに鏡となって 良い学びをシェアーしてくださったなあと今 しみじみ感じています。ハートを開いて今 今年出会ったかけがえのない人たちに 想いを 寄せているとなんとも いえない 幸せな気持ちになります。歌 平原綾香 「あなたの腕の中で」 (you tube)作詞 作曲 妹尾 武『 はてしなく 広いこの世界 あなたに出会えた奇跡空を高く旅立つ鳥のように ここから 飛び出そう翼を広げて どんな嵐でも超えていけるよ二人で明日へ We are the one, and we can fly夜空に輝く星に抱かれ すべてを今 あなたと生きていく 』
2009年12月10日
今日はクリスマスプレゼントに子供たちに読み聞かせをしてあげるのに私がお薦めしたい本をご紹介しますね。星モグラ サンジの伝説岡田 淳 著理論社 (1990/12 出版)価格: ¥1,223 (税込)(詳細)それは、ほんとうのところ、信じられない話なのです。と、そのモグラは、話しはじめた。とてもモグラわざとは思えないことをやってのけたモグラの物語なのです。…聞くうちにぼくは、これが夢かどうかなんてもう考えてはいなかった。ぼくの前に人間のことばをしゃべるモグラあらわれた。空をとび水にもぐる英雄サンジのことを書きのこしてほしいというのだ。 対象は小学校中学年~小学校高学年 となっていますが毎日 すこしづつ読み聞かせをしてあげると 幼稚園のお子様や小学校低学年のお子様でも十分楽しめると思います。このモグラですが とにかく すこ~~~~~ん と抜けた 凄いヤツで子供たちに読み聞かせしてあげているうちに 気分が爽快になること請負です。登場人物によって 声を変えて読んであげてくださいね。日ごろ どんな風に子供たちと接したらいいかわからないお父さんたちに ぜひぜひクリスマスのお子様のプレゼント(お父さんが読み聞かせをしてあげるのですよ。)としてお薦め致します。 お仕事現場で 閉塞感を感じておられるお父さんたち! 子供たちと一緒に 星モグラサンジの自由な世界で遊んでみませんか。是非 楽しんでくださいね。
2009年12月08日
今日の個人セッションは 北海道にお住まいのボディワークをされている方からの依頼でした。つい最近 急に体の具合が悪くなったので 自分でも心あたりはあるのだけれども一緒にその原因を見つめて欲しいという内容のものでした。時間の経過にそって どのような方と出会い、 どのような会合に参加されどのような所に行かれたのかをお話をお伺いしてその間にこの方にどのようなエネルギーが来て どこでこの方が体調を崩されたかを特定していったのですが彼女が 具合が悪くなった一番の原因が あるメールだったのです。あるパワー系のスピリチュアルワーカーさんからの 新年のイベントのお誘いのメールだったのですがこのメールが 実は この方のハートを強制的に 閉じさせて 地球とグランディングできなくさせていたことを 指摘すると「やっぱり そうでしたか、、、。 このメールから 自分の波動が落ちていったのに気づいてはいたのですが、、、。」事情を聞いてみると かつて このスピリチュアルワーカーさんのイベントに出られたことがあって それ以来 特別親しいというわけではないのに ~ちゃんづけで イベントのお誘いのメールが来るようになったということです。こういうケースは時々 聞いたことがあります。メールをもらった方も そんな凄い人が自分に直接メールしてくれた ということでお近づきになりたいと思ったり お役に立てる自分に嬉しくなったりして イベントに参加するものの 決して 自分が特別扱いされているわけではないのでがっかりして 帰ってくるのですが また あこがれて やっぱりメールが来ると 高揚して行ってしまうという話を聞いたことがあります。また どこか教祖的なカリスマエネルギーを持つ人に誘われたら断れないということもあるようです。今日の相談のケースは このスピリチュアルワーカーさんの波動が支配的でハートを閉じさせるエネルギー体だったために ちょっとやっかいでした。宇宙空間でのご縁もあるのでしょう。結局は ご本人が 『もう 私は 僕(しもべ)にはならない!!』と確固とした意思を持つことが必要なようです。今日のこの緊急セッションを通して 私自身 考えることが沢山ありました。以前は だしていたメールマガジンですが 今は 忙しくて出している暇がないので出していないのですが 心のなかでは 以前ご縁があった人たちに 光講座やワークなどのお誘いを出さないとなあ、、 すっかりご無沙汰しているなあ と思っていたのです。今日は いろいろ考えて 今後はこちらからのお誘いのメールは出さないことにしました。ブログやホームページでご案内して そして その時 ご縁があった方が お申し込みしてくださってそうして その時の出会いを 本当に 本当に 大切にして そしてまた それぞれの道に進んでいくのが 良いと感じました。自分のスタイルを確認させていただいた 良いセッションになりました。ありがとうございました。
2009年12月07日
先日北海道を訪れた時 札幌のありが父さんさまから 「こういったスピリチュアル系のワークや集会って 女性ばっかりで 男性の参加者がいないですよね。」 と言われてそうか 北海道の私の周りでは そうだなあと改めて思いました。『でも 東京や京都では 男性たちの参加もあるんですよ。』と ありが父さんさまにはお話をしたのですが 実際に私のワークでは男性の数も増えていて先日から 男性のスピリチュアルワーカーさんの支援のようなワークが 続いています。 今日午後から 対面でおこなったワークもそうでした。今日は 仕事を持っておられる男性が どうやったら スピリチュアル的な生活に目覚めることができるか、、ということがテーマだったのですが私の中では スピリチュアルなことと 普通の生活が まったく同じで分けて捉えることはないのですがそれが 別のものとして切り離して捉えている人たちにとっては『日常生活にスピリチュアルなことを 取り入れると こんなに日常の生活が生き生きと輝きに満ちたものになりますよ。』 ということをお伝えするのが大事だと感じます。お仕事を持つお父さんたちの 基本的な関心事は 家族を守ること。家族が生活していけるように 稼いでくること。豊かな生活を営めるようにがんばること。 のように感じます。多くのお父さんたちは 生きていくのが難しい社会のなかで 頑張っている自分という姿を背負っておられるように感じます。不況の時代のなかでは まずは 上に書いたような基本的な事が 満たされるようなそういう個人セッションや個人ワークが 求められているようです。私が行っているのは お家や会社で プラスのエネルギーワークをすることによって今の環境をより良い環境にあげていこうということでそのワークの先は 必ず 家族の笑顔、 会社の人々の喜び、 お住まいになっている土地への感謝 しいては地球全体への感謝と癒しに繋がるものです。私は 毎日の生活を つまらないなあと想いながら生きているお父さんたちが他の誰にも迷惑をかけないで 自分で楽しくワークすることによって今までとは違う楽しい喜びの世界を 見つけていってくださるのを 見ているのが好きです。こんな仕事が好きなので この仕事をしています。 そして お父さんたちのなかで スピリチュアルワーカーがどんどん増えると楽しいなあと思って お父さんたちの取り組みを見つめています。頑張れ!! スピリチュアルお父さんたち!!
2009年12月06日
ちょうど一年前 私はチェコスロバキアのプラハにいました。16世紀後半、ルドルフ2世の治世に芸術や科学を愛する王の下、プラハに芸術家、錬金術師、占星術師などが集められ、プラハはヨーロッパの文化の中心都市として栄華を極めました。しかしながら 歴史の中でプラハは幾度となく戦火にみまわれますが 現代でもヨーロッパ中世の影響を残している街と言われています。プラハはチェコ共和国の首都で人口120万人の都市です。今日はこのプラハで 出会った人々に想いを向けながら その時にとった写真をご紹介します。広場は クリスマス市でにぎわっています。私のエネルギー体が 街のなかに ちょっとお邪魔した形の写真になりました。下の写真はプラハ市内のデパートの窓ですが巨大なアドベントカレンダーになっています。毎日 その日の数字が 絵のイルミネーションに変わっていくのですね。クリスマスシーズンは 遠くにいる家族を懐かしく思い出すシーズンでもあります。皆様の懐かしい人、 どなたでしょうか?
2009年12月05日
先ほどお風呂に入っていたら 先日泊まったホテルでの出来事を書いて欲しいという名も無き声がします。声の主たちは 罪無きして殺された人々です。数日前の話にさかのぼりますが 山形から帰ってきた私たちは大森海岸のホテルを取ることにしました。大森海岸は品川からは一本で行けますし 便利な上、近くに水族館があるためか このホテルの波動は なかなか良い感じがしています。さて夜チェックインしてみると なぜかホテルの部屋が寒いのです。暖房が効いていないということではなく なぜか 寒くて だんだん冷凍庫のようになってきました。ベットの上も寒いし、 お風呂場も寒いし、、。パソコンをだして 何がこのホテルの近くにあるのかを グーグル地図で見てみることにしました。波動を重くしているものとして感じられたのは 平和島競艇場 と 大井競馬場かと感じたのですがこの寒いエネルギーは別のところから 発信されています。そうして 見つけたのが鈴ヶ森刑場跡でした。ホテルからすぐの所に 江戸の北の入口(日光街道)に設置されていた小塚原刑場、西の入口(甲州街道)沿いに設置されていた八王子市の大和田刑場(または中仙道の入口の板橋刑場とする説もある)とともに、江戸3大刑場といわれた鈴ヶ森刑場の跡があるのです。ここで処刑された人々の数は 10万人とも20万人とも言われるそうです。現在も井戸や、火炙用の鉄柱や磔用の木柱を立てた礎石などが残されている。なお、礎石の位置はかつてあった場所から移動され、供花台も設置されて、一種の供養碑の役割も果たしている。とのことです。八百屋お七もここで処刑されたようです。私はしばらくホテルで この刑場でお亡くなりになった人々に対して祈りました。すると 先ほどまでの寒さは消えて むしろ 優しい波動に包まれて眠ることが出来たのでした。今夜再びこのことを思い出さされたのは なにも この場所の幽霊が我が家にやってきたということではなく 今のこの時期に 無実の罪で無くなった沢山の人々に想いを向けるようにという上のサポートの願いであるように思いました。12月になると いつも 想うのがキリスト意識のエネルギーです。イエスさまは磔になりましたが この鈴ヶ森でも磔になった人たちがたくさんいらっしゃったのでしょう。その方々のこの世界での学びを かけがえのない尊いものであったと感謝するとともに彼らを癒し、祝福する祈りを捧げます。アセンションの時代、 たくさんの光のサポートが来ていることは感じますが彼ら一部の代表選手が地球をどうこうするということではなく 大昔から 名も無い人々の脈々とした取り組みの中に たくさんたくさんの光が織り込まれていたことを 私は感じるのです。道端の露と消えた人々の命の輝きに 心からの癒しと感謝と祝福を送ります。
2009年12月03日
先日の東京光講座では 喜楽さまにリーディングしていただいて決まった席順がなんと 向かい合った同士 同じ学びをしているペアだったのです。こんなことってあり? っと最初は 本当にびっくりしましたが実際に当日向かい合った人が順番に自分の特徴や現在学んでいることなどをお話する段になると 驚きの声があちこちであがりました。この光講座は 旭川、札幌、山形と続く流れの総集編の部分もあって 圧巻でした。参加された方たちが がんばってブログにあげてくださっていますが みなさまその内容の濃さに 全部は紹介できないといいながら たくさんの素晴しい素晴しい気づきを書いてくださっています。のんのんさまのブログ あきさまのブログwackyさまのブログゆうにゃさまのブログkasumiさまのブログふくのくみさまのブログひろひろちゃんさまのブログtani-happyさまのブログ花shanriさまなないろさまのブログたれうさぎさまのブログrafaelloさまのブログえんさまのブログひかりマリアローズさまのブログkayokoさまのブログどの方の記事も素晴しい気づきと学びでいっぱいですね。ありがとうございます。もしもこちらに掲載漏れしている方がありましたら ごめんなさい。ご連絡いただければすぐに掲載させていただきます。さて12月に入ってからというもの ニーナカロライには 個人ワークやカウンセリング依頼のお問い合わせが毎日来ておりますが 私一人で 対応するのは無理な状況です。ご相談の中には 宇宙の歴史の中で 傷ついてしまったライトワーカーさんが光の治療を必要とするものもあれば 昨日書きましたように この変容の嵐のなかで どうこれを乗り越えたらいいのかわからなくなっているケースもありその多くが まずは 自分本来の姿に戻すために 今まで積もり積もったもう要らないエネルギーをセパレートすることで 随分楽になるケースも多いと思います。今 苦しんでいるこの姿が 自分の姿だと錯覚しているケースも多いのです。エネルギー的に見れば 周りの土地や環境から影響をうけた波動の下に美しいその人本来の波動が 隠れているということは山ほどあります。私自身も このエネルギーのセパレートは大変効果的ですので 毎日行っております。このワークは レイキなどの大きな団体のワークメニューのようには 世の中には知られていないのですがこれを使っているスピリチュアルワーカーさんたちもいらっしゃいますのでこいいったワークのできる方の所へいって 教えていただくのも一つの手かと思います。現在私はどなたかのご紹介がない場合は お受けしないことにしていますので12月に入ってからのワーク・セッション依頼に対応できなくて 困っていたら二人の古い友人が助け舟を出してくださいました。北海道 旭川の南天さま と 神戸の きらきらハウスさまです。それぞれのカウンセリングメニューの中で セパレーションワークを取り入れているとのことですので それぞれのホームページから お問い合わせをしてみてください。先日の光講座で ある参加者の男性が 「ひめのさんに会うのに 1年かかった。」と言われたら その前に立っておられた別の男性が 「1年はまだ 短いほうだ。 自分は2年かかった。」と話しておられましたがそんなに我慢していないで 今の時代は 必要なものであれば さっと 受けて ご自分で進んでいかれるのが良いと思います。我慢していると 宇宙が 無理やり バリバリっと やっちゃいますのでむしろ 自分から どんどん変わっていきましょう。変わっていくほうが サポートが入って楽に変わっていけます。キラキラハウスのご主人さまは 実際にこの3次元の会社にお勤めされているスピリチュアルワーカーですから 3次元社会で男性たちが抱えている問題もよく理解されています。また このご夫婦はスピリチュアルチルドレンを実際に育てておられて 彼らのお子様に私たち大人がおこなっているいろいろなワークを子供用に編成して教えておられますので現代社会への対応でお困りの クリスタルチルドレンをお持ちのご家庭はご相談されると良いと思います。南天さまは 先日北海道の旭川で 私がワークをさせていただいたサロンですが足もみマッサージがお好きなので メニューは ボディワークがメインになっていますが実は カウンセリングの方も エネルギー的なことがわかった上でのカウンセリングの出来る方です。いつもであれば 共に動いている喜楽天道さまや kasumiさまは 宇宙からの呼び出しがかかっているようで 意識がこの3次元にはいらっしゃらないようです。きっと次のステージが始まる前に 宇宙と何か打ち合わせがあるのでしょうね。何がおきてくるのか ワクワク楽しみです。
2009年12月02日
山形の美しい自然と素朴で暖かい人々の余韻を感じる時間もないくらいに 急ピッチで多くの計画が進んでいるようで 日本中からその変容の痛みを感じます。私は今 この地球上に住む人たちが できるだけ痛みが少ない状態でこの変容の波を乗り切っていけるように地上での調整のほんの一部を受け持って このブログを発信しています。すでに宇宙からのエネルギーはどんどん人々の変容を促す光線を発しておりまた 地上のお役目の方たちもそれぞれに今まで封印されてきた部分をどんどん壊していっているようですが 力の強い人、 エネルギー体が大きな人は あまり感じることなく また感じてもあまり響かないかもしれませんが弱い人、 敏感にいろいろなことを感じる人たちにとってはこの変容の時代は辛いものがあるようです。昨日1日に届いた10件のワーク依頼を感じてみました。家の中で 今までそんなことを言わなかったご家族が何かスピリチュアル的に動かされていることを言い出したり、家族の中で インフルエンザをはじめ さまざまな病気や怪我にみまわれる人が続出したり病気とは思えないような体の痛みが続いたりという現象が起きているのですがそれらを感じてみるとけっして悪い現象ではなく 良いほうに向かうためのエネルギー調整であるように思います。日本全国 おそらくは世界中で 良い方向に向かうための 宇宙規模のエネルギー調整が起こっているのでしょう。体の痛みとしては こういうケースでも起きています。かつて 私たちは 善悪さまざまな体験をしております。負のエネルギーを受けて動く体験をした時には闇ネットから 負のエネルギー供給がおこなわれたようです。そのパイプが私たちの体についているとすれば もうそれは必要がないので負のエネルギーパイプを切断する調整が行われるのです。過去生で 闇の将軍の手足となって戦争を経験したり 僕となって悪事に加担したり支配階層にいて誰かを支配したというケースでは そのエネルギーが闇将軍から供給されたパイプが体についていたのですが今生では 光とつながって かつての闇世界の体験を乗り越え、美しい光に変えていくことを選択すると かつての闇パイプは必要がないので 取り外しましょうということになります。その取り外し作業を宇宙では どんどん行っていくのですが それが 痛みとなって来ているという例もあるようです。この闇パイプですが 人々がハートを開かないで 他者を自分の心のなかに自分と同じものとして受け入れられない状態でいる時はこの闇パイプがついていると考えるとわかりやすいです。例えば 自己否定、他者の否定、恨み、ねたみ、 怒り、支配、依存、創造することにたいするあきらめ、対立etc.これらが闇パイプになって 重い振動数の世界に その方をつなぎとめているのですがもう そのような重い波動の世界はどんどん取り壊しされていますのでこの闇パイプも取り壊す必要がでているのだと 経験上感じます。これを乗り越えるには 心をどこに向けるかが大切です。どうか 自分を常にサポートしてくれている光のサポーターたちを信頼してください。自分自身が(教祖でも 誰か超能力者のような人でもなく) しっかりと心を美しいもの、安らかなもの、愛あると感じるものに向けることが大切です。また 頭で考える人たちは ハートを開いているとはいえないのです。ハートの容量は物凄く大きくて 宇宙のすべてとつながっていますので頭思考から ハートに切り替えるようにしていってくださいね。あなたの意識は 今 どこに向いていますか?今 苦しい状態にある方がいらっしゃるとすればその苦しみのトンネルの先に 何が見えていますか?トンネルの向こうに 輝かしい光があると信じることが もっとも大切です。。そう 信じれば そのようにエネルギーは動くからです。『かつてつけてしまった闇ネットのパイプ、 それを取り外す絶好のチャンスです。そのための解体手術が 今 行われているんだと 楽しみにして トンネルを抜け出てくださいね。』トンネルを抜け出たら また 遊びましょうね。
2009年12月02日
昨夜 京都にもどってきました。ピーンと張り詰めたこの京都の空気を感じると ほっとします。たくさんの存在たちのエネルギーが集まっている エネルギー密集地帯の京都ですが この寺社仏閣のエネルギー層が 与えてくれているエネルギーはすごいなあと いつも帰省するたびに思います。さて 今回の旅も本当にたくさんのことがあった旅でした。行きは 京都駅まで 旭川にお住まいであった方がタクシーの運転手さんが旭川について教えてくださいました。昨夜は 駅に着くと ご近所の奥様が着物姿で着付けのお仕事から帰ってこられたのにちょうど出会って 彼女が始めて 函館出身で その後炭鉱を回りながら育たれたことをお聞きしました。彼女のご主人さまが 私を自宅まで送ってくださいました。いろいろなことがあった函館でしたが 一応、ありがとうということでしょうか。また 札幌光講座では 夕張に来てくださいという熱きメッセージを頂いておりましたので次回の北海道ツアーでは 夕張に来てくださいねという念押しのように感じました。福島から光講座参加の方が 会津ツアーについてお話してくださっていましたがツアーをするとなると いろいろなエネルギーからの負荷がかかりますので十分注意してください。 ゆっくり慎重に動くことの必要性を今回はつくづく感じました。自分の中に 対立や戦いのエネルギーがあれば 場所によっては強烈に戦うエネルギーをくっつけてきて 自分だけでなく周りにいる他の人もしんどい目に合わすことが 以前よりより強くなっています。今回の旅では 函館でも 山形でも それが起きました。ある人は もともと龍的なエネルギーをもつ存在ですが この方の中の戦いや支配のエネルギーに訪問先のエネルギーは ことごとく反応してしまいました。判りやすく言えば 昔戦いのあった地域に行くのに 白旗を掲げ 和解の使者としていくのであればなんら問題がないのですが武器を持って敵陣に入っていくようなことをすれば それは必ず攻撃のエネルギーをひきつけてきます。函館ツアーでは ツアー直前にある方が ご自分の中にある対立のエネルギーが表に上がってきたために 急遽ツアー参加を取りやめていただくことになりました。ミーティングの段階から 函館からその方に攻撃が来て スカイプミーティングが非常に苦しいものになったため当日この方が現場に行くのは危険と判断したためでした。山形のツアーでも 皆さまは 大変注意して ツアーにのぞまれていましたが行く先々で 戦いのエネルギーをひきつけてきました。その度に彼らがポケットに隠し持っていた(本人さえも気づいていなかった)対立のエネルギーが 次々に発見されることになったのです。ある二人の方を例にとれば 彼女たちが対立するエネルギーを引き寄せるたびに ポケットから出てきたその引き寄せ装置は過去に受けたボディーワーク(施術)1本の瓶に入ったアロマオイルこのボディワークを行った先生の龍的なエネルギーこの先生とリンクがある別の先生のエネルギーこの又別の先生とリンクがあるそのまた別の先生のエネルギー教祖さまから浄化に必要だと言われて買ったダイヤモンドの装飾品約1年も前に参加したワークを通して送られ続けた闇の支配ネットからの負のエネルギー次から次におそってくる対立するエネルギーが 何に反応して引き寄せられているのかを調べていくと ご本人さえも気が付かないうちに 一つとリンクすれば 次々と闇のネットワークから 出会ってもいない人のエネルギーが流れてきていたということがわかりました。ここでも環状列石の状態が起きているのに気づきました。闇のネットがあまりにもどこまでも大きく広がっていたので 私も喜楽天道さまもダウンしてしまいました。癒し切れなかったのです。自分たちのキャパ以上のものを引き受けてしまったために 倒れてしまいました。これには 山形と山形ツアーに参加された方たちの 教祖大好きで自分では自分でしっかりと受け取ったり 意思決定していく力が弱いことも大きく影響していました。最初から人に依存しているので 自分で判断するために しっかりと見定めることができなくて気になりながらも 大丈夫だろうと思ってリンクした何か(人とは限りません)が闇のネットとつながっていて そこから どんどん本人も知らない闇の住人が入ってきていたという状態でした。例えば生活のために サラ金の子会社に勤めておられる方から そのサラ金の会社がネットワークを組んでいる闇ネットのエネルギーが どんどん流れてくる事件も同時におきていましたがこの被害にあった人たちは 奥様グループのお茶メンバーであったりして サラ金のことはまったくご存知ありません。しかし もしも 自分の中に 同じソケットがあれば 自分にもそのエネルギーがリンクしてサラ金の会社が持っている奪うエネルギーに襲われてしまうのです。こんなことを書くと 「怖いなあ」という印象を与えるかもしれませんが要は 皆が隠し持っている負のエネルギーを もう隠せなくなってきてそれが表に表れるので 早く 手放しなさいね という宇宙の動きのようで良いことが全国レベルで起きているようです。一人の問題が みんなの問題、 一人のテーマがみんなのテーマとなってくるのがアセンションの時代の動きなのでしょうね。光ネット、闇ネットが ものすごく精妙なかたちで 統合、融合されていくように感じます。そうして どんどん 皆で波動をあげていくのでしょう。
2009年11月30日
函館での苦しさがいったいどこから来ているのか判らないまま 身体のあちこちに痛みを残した状態で突入した山形ツアーですが訪問地のエネルギーランキングの一番に選ばれていた 月山湧水群を訪問することから始まりました。これが私にとっては本当に本当に救いになりました。山形空港に到着したのが 午後3時半ですが すでに太陽はあと40分もすれば 山の向こうに沈むという具合になっています。なんとか月山にたどり着くまで 真っ暗にならないようお願いしますと 遥か向こうに見える雪化粧した月山に祈りながら車を走らせました。山の中の え? こんなところ?という場所で 現地参加のこうこさまが 車を止めて 私たちを林道の中に案内してくださいました。あたりは薄暗くなっていて 私たちは懐中電灯で足元を照らしながら 笹のような葉を踏みしめて奥にはいっていくと 水が流れているところがありました。水が湧き出る岩の所に屈んで耳を澄ますと まるで水琴窟のようにコロコロと音がしているのです。「ああ、何て綺麗なんだろう。」 私は しばらくその透明感のある音に耳を傾け ここにこれたことを感謝し、 あたりの自然を祝福しておりました。『キャッ!!』 突然音がしたので 振り返ると 参加メンバーのしふるさまと けいこさまが この水の側で足を取られてこけてしまわれたのです。今回のこのツアーでは このお二人がいろいろな目に遭われるのですが そのことを通じて 参加メンバー皆が貴重な経験をさせていただくことになりました。私たちは この後 月山の志津温泉に行き 素朴でありながら 本当に美味しい山菜料理をいただき 月山を通してあがってくる大地の恵みの温泉を使わせていただきました。。骨を切るような痛みが この温泉のおかげで 癒されました。 本当に生き返りました。心から感謝します。 (お世話になりました温泉 月山志津温泉つたやさま)
2009年11月28日
室蘭から函館に向かう途中では 長万部(おしゃまんべ)という場所が気になっていました。ツアーの訪問先を決めるとき、 もちろん名所や寺社仏閣というエネルギースポットを名前から選ぶことも大事なことですが地図を見て その場所の波動を読み取ることも大切です。私にはこの長万部という場所が 地図上で苦しいと訴えているように感じました。インターネットで調べてみると 長万部は寛文09年(1669)アイヌの酋長シャクシャインが叛乱軍をひきいて攻めのぼり、国縫川をはさんで松前軍と戦ったのですが、敗走しました。この戦を境にアイヌは事実上戦力を失い、松前家の全北海道支配の足がかりとなりました。とのことです。実際にこの土地を走ってみると やはりアイヌのエネルギーと和人のエネルギーがぶつかり合っていて それが体の痛みとして感じられました。このあたりから昨日まで元気であった私の体の調子がおかしくなってきて ちょうどインフルエンザの高熱の時に体のふしぶしが痛くなるという そういう状態になってしまったのです。あまりに痛くて痛くて 苦しくて苦しくて どうやったら 死ねるのだろうか という考えが頭をよぎるのですがおそらくこの土地では そうとうに苦しい出来事があったのに違いないと感じました。車のなかで ずっとずっとその土地を癒していました。 そこにかつて住んでいた人たちを癒していきました。さて 函館についてからですが こちらももう惨憺たるものでした。この函館ですが 異国情緒ただよう美しい町です。夜景の美しさも 素晴しく また 海の幸も大変美味で 全国で住みたい町のランキングの上位に上がってくるものなるほどと思える場所です。ところが 私の場合は 中立のエネルギーで 癒しと和解のために来ましたとはっきりと 打ち出しているにもかかわらずずっと重くてしんどいエネルギーの攻撃にあいました。函館で過ごした2日間 生きた心地がしなかったです。私のエネルギーの何に攻撃してきているのか また 訴えてきているのか いろいろ該当するものを探して祈るのですがどれも反応しません。ただ 一つだけ 楽になったのが 函館山のロープウェイの近くにある護国神社に行った時でお参りのあとで ふと見ると そこに新政府軍の墓というのがあったのですがこの場所にはたくさんのお墓があって そのお墓にむかって 祈ると 皆喜んでくれました。これが唯一の手がかりです。なぜ これほどまでに厳しいエネルギーが私を取り囲むのか? 私は新政府軍の中で何を受け持っていたのだろうか?戊辰戦争を調べてみると戊辰戦争は、新政府下での薩長と幕府の主導権争いに起因する「鳥羽・伏見の戦い」の段階会津藩・庄内藩の処分問題に起因する「東北戦争」の段階旧幕府勢力の最後の抵抗となった「箱館戦争」の段階と書いてあります。それぞれの戦いを見てみると 政策の違いをめぐって同じ日本人同士が東西にわかれて戦いあった大きな痛みをともなうエネルギーのうねりのようなものを感じます。また 戦争が終わったあとの処理も恨みを残した部分が随分あったのではないかと感じます。幕末の函館の様子については 五稜郭タワーの中にある資料のパネルが わかりやすく伝えてくれているのですがそれを読むと たくさんの人たちが それぞれの想いの中で 命をかけて生き抜いた時代であったのだとわかります。私自身は 函館は 今回はまだスタートラインにたっただけです。これから もっと見つめていきます。
2009年11月26日
昨日は札幌市内でアロマのマッサージをされているサロンにお邪魔しました。こちらの先生は一昨日に私の光のレベルアップワークを受けてくださったのですが そのワークの中で彼女とアロマの精油のサポートが 今ひとつうまくいっていないことアロマを行う時の意図設定があいまいで 上手にエネルギーが流れていないことこれまでの施術でお客様が残された負のエネルギーが そのサロンに残ったままになっている懸念などがワークの中で浮かび上がってきました。そこで実際にサロンにお邪魔して 実際に私が彼女の施術を受けて対応策を見つめていくということになったのです。さて 実際にサロンにお邪魔してみると シンプルで綺麗なお部屋です。まずはハーブティーを頂き お風呂にいれていただき リラックスタイムをとった後で その日私に必要とされる精油でボディートリートメントをしていただくことになりました。さて この精油を選ぶという時に 彼女が行われたことは マニュアルとこれまでの経験によって 私の症状に必要なアロマのボトルを選んでこられたのですが ここで 私のサポートからは 「ちょっと待ってください。」とストップがかかったのです。私はアロマを使った施術のプロではありませんのであくまで 私が感知するエネルギー的なことからお話しますね。彼女が これまでのスタイルで精油を選ばれた時は 精油のスピリットが降りてきていないのです。彼女に 精油をどういう風に感じていますか? とお尋ねした時 彼女の回答から浮かび上がってきたのは『道具としての精油』です。この考え方は なにも彼女だけではなく 多くのアロマを使って何かをされる方に見られる傾向です。本当の意味では 私たちは 私も周りの人たちも 木々も石も皆同じという『ワンネス』の悟りが必要だと私は感じています。例えばユーカリの葉の命が その入れ物であったユーカリの中で振動して生きていたのが 今度は 私の中に取り込まれて生きていってくれる時 それは ユーカリとしての生命体がわが身を献体してくれて 私のなかの波動として 命として再生してくれるのだと思った時に 私はいつも胸がいっぱいになるのです。たくさんの精油のボトルを前にして その精油のスピリットとつながり 日ごろの献体をねぎらい、 癒し、 感謝したときそのボトルたちが祝福の光の中で輝きはじめました。これには アロマの先生も いつも使っているボトルとは違うボトルたちにびっくりされました。さて 実際に全身トリートメントを行っていただくと 彼女の一つ一つの手の動きにそって エネルギーが動くのが判りました。正確に言えば エネルギーは動いていない といったほうがいいかもしれません。もちろん実際に手は背中や腰を動いているのですが それはただ体の皮をなぜているということであって エネルギーの動きとしては彼女が 体の気の流れをよくしたいという意図がうまく働いていない事を現していました。そこで 二人で協力して 実際に施術をしている手の動きとエネルギーの動きを確認していきました。それは 二人にとって とっても楽しい有意義な作業でした。ポイントは 心の動きと手の動き、 それがエネルギーを左右しているということでした。心配していたサロン自体の波動は良くて 重いエネルギーのリンクもありませんでした。今回いくつか アロマのサロンを見てまわることになりましたが サロンによっては 物凄い苦しいエネルギーがリンクしている時があります。お店においてある浄化スプレーに重い波動が転写されている時もありますし 浄化のためにおいてある石がキャパを超えて負のエネルギーを浄化できずに悲鳴をあげていることもあります。お店においてあるありとあらゆる「物」も エネルギーのリンクは発生します。あるサロンでは 私が座らせていただいた席の隣においてあった レストランの名刺カードから たくさんの浄化されない霊体がどんどん入ってくるのですが しょうがないから まあ いっしょに付き合うか、、。と思って 話をいっしょに聞いていただいていたのですがその後で お客様が 「自分はあるレストランに働いていたのですが そこはいわくつきのレストランで 今は もう 別のレストランにかわっていますよ。 あ、 ほら そこに名刺があるレストランです。」 といわれたので 私は「そうなんですよ。 さっきから いっぱい浄化されていない霊体たちがこの名刺を通じて集まってきているのです。」と苦笑しながら いうと この店のオーナーさんが ひえ~~~っと この名刺を陳列棚から はずされました。今回は 随分とアロマの施術をされる方たちとお知り合いになりました。私自身すごく 勉強になりました。それから 今日も実は 自分の足を見ながら 楽しいなあ、嬉しいなあと 幸せな気持ちになったのですが旭川のかあちゃんさまに 2日に渡って 全身とフットマッサージをしていただいのですが それが効いたようで 足が細くなったのです。それに足の裏が あかちゃんの肌とまではいきませんが びっくりするくらい柔らかくなりました。旭川にいるときは 毎日遅くまでのワークと光講座で それに気づかなかったのですが札幌に来て見て あれ~ 足が細くなっている、 足の裏が柔らかくなっている!! っとびっくりしたのでした。こんなふうに幸せをもたらすアロマのお仕事、 素敵だなあと思います。今回出会いました すべてのアロマのセラピストさんたちに 心から感謝します。さて 今 私が乗っているありがとうさん様の車は 樽前山を右手にみながら一路 函館に向かっています。行く道中ずっと土地を癒しながら動いています。あ、室蘭に着きました。前回もそうでしたが 今日も室蘭は快晴です。鯨さんに会えるかなあ。 楽しみです。
2009年11月24日
昨夜旭川を後にして今日は札幌に入りました。今回初めてワークや光講座をさせていただいた旭川でも素晴しい人間関係が産まれ 育ってきているのを感じ私はとっても満ち足りた気持ちで今朝を迎えました。。旭川では アロマのワークをしておられる方たちのご縁で知り合われた方たちが熱心に光のワークを受講してくださいました。ワークは連日いっぱいで 枠外の時間にも増設して午前2時ごろまで 行うことになりました。かあちゃんさまが ワーク会場の彼女のサロンから駅前のホテルへと 送ってくださるのですが北海道の雪道を車で しかもこんな時間に走る経験をしたのは初めてで 滑らないかしらと 心配していましたがかあちゃんさまは 慣れたもので すいすいと運転してくださいました。きっとかあちゃんさまが お家に着かれたのは午前3時を過ぎていたかもしれません。 そうして 翌朝また私たちを迎えに来てくださったのでした。本当にお世話になりました。 ありがとうございます。今回のワークの特徴としては 連日アロマのボディワークを自宅サロンでしておられる方のワークが続いたことでした。皆さまのワークを通して 次のようなことを見つめることができました。アロマのボディーワークでは 一般的な体のほぐしを目的としたマッサージに比べて お客様がよりスピリチュアルなケアを求めてこられるようですが いったん心と体の解放が起きた時に それをどうケアするかが大切なようです。この件に関しては ただ マニュアルどおりに施術をするだけでは 施術をする側に不安があるようでやはりお客様のエネルギーの状態をわかる(感じれる)ようになりたいとの要望が強くありました。また いったん大きな解放がおきた場合に対処できないと どうしようもないことになるようです。負のエネルギーを表にだしてきたままでは お客様も苦しいですし また サロンの波動もどんどん重くなっていきます。重い波動をクリーンにするものとして 石や塩、浄化スプレーを使用するなどの対応策をどのサロンでも考えておられるようですがなんせ お客様の波動が こういったツール以上にに重い場合や 連続しての解放が起きた場合はこれらの小さな応援だけでは到底波動を浄化することはできません。エネルギーがわかるようになる方法としては 私がいつも ワークでお伝えしてるセパレーションワークが有効ですが受講してくださった方皆さまに 普段は中級でお伝えしているセパレーションワークをお教えすることになりました。それが できないと 施術の先生たちは クライアントさまから受ける様々な負のエネルギーで雪だるま状態になってしまいます。また お客様のエネルギーがどんどんリンクしたままでは 次の方のエネルギーを読み取ることが困難になります。個人ワークの中では 不必要になったエネルギーに感謝してセパレーションすることが半信半疑であった人たちも光講座の会場で 帯広や北見からいらっしゃった エネルギーをすでにセパレーションできる人たちとテーブルを一緒にしたときに 帯広方面のこの方たちが ゴホゴホ咳をしたり、頭が痛くなったり 肩や首の痛みを訴え苦しいことをお知らせすると 旭川の人たちもエネルギーがもたらす影響を目の当たりに見ることになったと思います。それがストンと心に落ちると 後は 早いです。たった1日ですが 光講座が終わり その後のお茶会が終わる頃には ほとんどすべての人がエネルギーがなんとなくでも感じられるようになったと思います。また 旭川のワークでは スピリチュアルな仕事をしていないかたも来てくださいました。そういった方の多くが ご自分の背後に 何らかの大きな負のエネルギーをつけてこられていたのでまずは それを取ることから スタートする必要がありました。光に向かって波動をあげることを拒む存在が付いていて 物凄いドキドキするエネルギーが相談者からは出ていました。これは背後についている存在たちが 物凄く恐怖しているのですが それがいる限りは ワークで行いたいことがスムーズにいかないので まずは それに離れていただくことが必須なのですが たいていは 支配の龍神などがついていて 『このものに手を出すな!』と 防御してくるので そういう時は まず 優柔不断になっていて 簡単に憑依される相談者の心癖を直してもらうようにお願いしなければなりませんでした。今日から札幌のワークですが 今日は アロマセラピーのサロンをお持ちの方のワークが最初に入っています。しばらくは この分野のワークが続きそうですね。 がんばります。それから 先日の「戦艦大和の艦長」さんのブログにつきましては たくさんのお便りをいただきまして ありがとうございます。それぞれのメールを しみじみと読ませていただきました。こちらにて お礼もうしあげます。(お知らせ)札幌でのひめのの個人ワークは 定員になりました。東京の光講座のキャンセル枠も 埋まりましたので お知らせいたします。
2009年11月22日
その方は時間ぴったりに東京の珈琲館に現れて 『久しぶりです。』と会釈をすると私のテーブルの席に座られました。「この席に先ほどまでのワークの方が座っておられたのですか?その人は女性ですね。」その方には 前のワークにいらしていた女性の波動が感じられたのでしょう。そして 彼の生まれつきの能力について 話し始められたのでした。しばらく彼のお話を聞いていた私は (あ~ 私が見てもらったほうがいいかなあ。)と思ったのですが 今日は私がするワークなので そういうわけにもいかずなんでそこまでわかる人(いわゆる霊能者)が 自分のことが わからないのかなあと思いながら 彼のワークを続けました。「やっとひめのさんに会えました。 2年かかりました。今回も申し込んでから いろいろあって ここに来るまでも大変でした。」そういえば 昔々さまが 初めてワークを受けにこられたときも いろいろ事件がおきて彼をニーナカロライに来させまいとするエネルギーが来ていたなあ~そんなことを思いながら 彼のワークを続けたのでした。まずは 彼をものすごく重くしているエネルギーとのセパレーションが必要でした。もともとエネルギーが感じられる人ですから このワークが即効性があって どんどん自分のエネルギーが変わることが彼にはすぐにはわかって 次々に 自分の波動を重くしている存在を見つけ出していかれました。30分ほど このエネルギーのセパレートを続けて ある程度 重い波動が離れ、 彼本来の姿が現れてきた時に 私は このワークをはじめる前からサポートから届けられていた情報をお伝えしました。『あなたのメールアドレスが レイテ なのですが これは何か意味がありますか?実は あなたが私に2回メールしてこられた時に 1回目も 2回目もある広島にお住まいの方のワークをしておりました。この広島の方のワークは 彼女の会社の恩師のような方がお亡くなりになったことをどう見つめたらいいのかというワークでした。この亡くなった方は 戦艦大和の生き残りのかたで 彼女は 彼の偉大な人生と死をどう受け止めていいのか戸惑ってしまったのです。亡くなった方が偉大な方であればあるほど、 また 彼の戦艦大和の生き残りとしての日本に対する思いを感じれば感じるほど 自分の中で どうしたらいいのかわからなくなっていたのです。その彼女の違う日におこなわれた2回のワーク中に 2度とも、あなたはアクセスしてこられました。そうして サポートから 私に伝えられた言葉はあなたが大和の乗り組み員であったということです。』彼は 私の話に自分でも納得されるものを感じられたようです。「わたしは 広島の呉の生まれです。 そうして 私の祖父は 戦艦の艦長をしていました。それが どの艦かはわかりませんが、、、。私自身も 大和が好きです。」『大和と大和に関わるすべての人たちを癒してください。』彼が 癒しのワークに取り組んでくださっている間、 私は 持ってきたミニパソコンで戦艦大和について調べはじめました。ちょうど その時 翌日から訪問させていただく旭川のかあちゃんさまからメールが入ってきたのです。通常 ワークのエネルギーの中に入ってくる電話やメールはその方に関係することが 多く 今回も かあちゃんさまは陰陽師の過去生があり この男性も陰陽師だったと言っておられるので 彼のワーク中にかあちゃんさまのメールが来るのは なにも不思議ではありません。ところが かあちゃんさまからのメール内容が このような内容のメールだったのです。「いよいよ 明日です~。 空港の時間確認です。 旭川着16時07分でよろしかったですか?」それに対して私は 空港着は16時10分であることをメールで伝えました。(彼は その間ずっと大和に関する癒しのワークをしておられました。)また かあちゃんさまからメールが来て 「4時10分ですね。 4時7分は 私の産まれた時間でした。」この瞬間に 私は 4と7と言う数字を4月7日であると 勘違いしてしまったのです。4月7日、4月7日、4月7日に何が起きたんだ。そう思った私の目に飛び込んできたのが 1945年4月7日大和沈没!!わあ~~~~っと その時の映像が浮かび上がり 艦長~!! と叫びながら 海にのまれていく人々の姿が目に入ってきました。その人たちの感情がおおきなおおきな波となって襲ってきて 私は胸いっぱいになりました。「あの、 もしかしたら あなたは 戦艦大和の艦長だったのではありませんか?大和はレイテ戦にも 参戦しています。」そうお尋ねする私に 彼のほうも同じものを感じておられるようで そのような感じがしますね。 と答えられました。二人のなかで 静かな時間が流れました。その間 わたしたちは 戦艦大和と多くの乗組員とその家族に たくさんの光が届くように祈ったのでした。夕食を一緒にいただき 彼に光講座でまた会いましょうと 別れの握手の手を差し伸べると彼から帰ってきたものは 痛いと思えるほどに強く握り締めた握手でした。戦艦大和艦長の感謝とお礼の握手を受け取って 私はなんともいえない気持ちになりました。戦争中 懸命に生きて けれども 戦いのなかで亡くならねばならなかった方たちを 私は癒します。私たちは 今 こんなに幸せに自由に人生を送ることができます。大和と大和に関わるすべての存在に感謝します。さよなら 大和。 たくさんの人々の想いをのせて 光に向かって出航してくださいね。ありがとうございます。
2009年11月20日
今日から東京です。 あ~,やっとゆっくりしました。 のんびりと地球の歩き方『メキシコ』の本を読みながら 地図の向こうに感じる古代マヤ, 現代メキシコの人たちに想いを寄せています。 それにしても昨夜は(いつもですが) 忙しかったですね。 ニーナカロライで仕事を終え 自宅に大急ぎで戻り 5分遅れで午後9時からの山形ツアーミーティングに滑り込み。 こちらはほんとに楽しいツアーになりそうです。 特に酒田を中心に大歓迎モードのエネルギーを感じますので 自分ができる事を一生懸命頑張ってきます。 サポートの皆様ありがとうございます。 このミーティングが午前2時頃終わったのかな? それから喜楽さまと北海道のイベントなどの打ち合わせをして,それが終わったのが4時, それからお風呂に入ってしばしのリラックスタイム。 その後 パパさんのお弁当のオカズを作って子供たちの冬服を出したり 洗濯などの家事を終わらせて やっと朝の5時頃には落ち着いたので 『古代マヤ文明と遺跡』についてのDVDをかけながらお歳暮の宛先を書いて… しばらく眠ったら 自宅にタクシーの運転手さんが来てくださったので乗り込む。 そうすると 運転手さんが北海道旭川の市役所で仕事をされていた方で 駅までのタクシーの中で 『明治維新後に旭川に入植された方たちのお話をお聞きして 明日に訪問する旭川の情報をゲットする事になりました。 今 新幹線の中でマヤツアーの訪問地を見つめて より詳しく訪問場所をリストアップしていますが これが終わったら 山形の歴史の本にとりかかります。 いつもなら 触れ合うエネルギーを一つに絞るように心がけているのですが 今回は函館ツアー, 山形ツアー, マヤツアーが同時進行しています。 やればなんとかパニックにならないで 次々片付けて 乗り越えていけるものだなあと 我ながら感心しています。 宇宙の愛のエネルギーがサポートに入って来ているので とても心安らかですよ。 さあ もうすぐ横浜ですね。 大急ぎで ブログをアップします。 皆様 今日も素敵な1日をお過ごしください。
2009年11月18日
この出来事は先月の札幌での光講座の会場で起きたことです。今までにない緊張が 私たちが話し合いをする小さな会議室に張り詰めていました。おそらく その時参加された方は始めての方たちが多かったので 皆様 最初だから緊張しているのだと思われたと思うのですね。でも 実は 違ったのですよ。ある方から出ている波動が 『寄らば斬る!!』 というような波動で 後でこの方のことを 喜楽天道さまは 真剣白刃取りさんと呼んでおられたので私も彼女には この愛称で呼ぶようになりました。さて この札幌の光講座が始まる数時間前 私のワークを受けにある方が来てくださいました。その方のお話をお伺いして 生活の中のどのゾーンにおいても とってもしんどいエネルギーが流れていて 私自身も だんだん酸欠になってきて 『あの~ どこを見てもしんどくて ホッとできなくて 息ができない状態ですね。』と思わず彼女に言葉かけすると 彼女もそうですね~っと ため息をついた状態でした。 ところが ところがなんですが、 とにかく 彼女をしんどくさせているこの重い雪だるまのようなエネルギーをセパレートするワークをやってみるとあれ~~~~~!! びっくりです。 先ほどのエネルギーが取れて まるで別人のような人が(エネルギー的に)現れたのです。それが この真剣白刃取りさんだったのですね。この後 彼女はワークが終わった喜楽さまと共に 迎に来てくださったありが父さんさまの車に一緒に乗り込んで 光講座の会場に行かれることになるのですがもう この時には別人のようで一緒に4人でお食事をする時も シャキ~~ん と凛々しく まるで 巌流島の決戦に行くときに佐々木小次郎のような感じだったのです。札幌光講座まで 私たちを護衛してくださっているような力強さを感じました。喜楽さまもこの彼女のエネルギーをいち早く察知して にこやかに笑っておられたのです。ところが ところが この日 札幌光講座に参加された方たちは先日ブログでご紹介した佐賀藩の「葉隠れ」の恩師の石田いってい様の子孫の方や山形庄内地方の礎を築いた奥州藤原氏ゆかりの方や また 新撰組のもとになった浪士組を築いた清川八郎様のエネルギーとご縁のある方などまあ 侍のエネルギーを持つ方たちが 勢ぞろいしていたために今までにない緊張感が漂ってしまったのでした。今は もう笑い話になっていますが 明後日からの北海道の光講座に想いをはせるとこの時の出来事が 楽しく思い出されます。実は 今度の札幌光講座では この真剣白刃取りさまに加えて 神戸から平安京の桓武天皇のエネルギーを持つ方のご参加があります。どうやら この方にとって必要なことが札幌の光講座で待っているようです。私たちが作っている光のワークやツアー、光講座では 多次元世界の中でいろいろな出来事が起きてきて 参加者の方たちの解放が光のサポートの援助のもとでおきます。そうして その方が より安らかに幸せに 他の存在たちとハーモナイズしていくチャンスが訪れることになります。本当は 毎日の生活の中で そういったチャンスはいつも いつも起きているのですがそれに気がつかない人が多いので 私たちがサポートたちの通訳をしているような感じです。さて 今回の札幌光講座、どうなるのか 楽しみですね。山形の光講座の方は 上に書いた奥州藤原氏にご縁の方、 清川八郎さまにご縁の方もいらっしゃいますよ。旭川光講座の方たちは 魔女さん、陰陽師さん、ボディワーカーさんで盛り上がっているようですね。とても楽しみです。皆様のおかげで 私の方の作業も進んで やっとですが 各イベントの詳細をホームページにアップできました。いったん出張に出たら 今月は30日まで京都に帰ってこないので これから家事を必死でやりますね。家事および仕事の光化、がんばりま~~~す。 各光講座につきましては 下記の案内をご覧ください。『各地のワーク・光講座ご参加希望の方へ』 札幌での今年最後のワーク11月22日(日)23日(月)終日 個人ワーク 札幌市内のホテルにて 11月25日(水)夜7時~ 札幌光講座 詳細はありが父さんさまのブログ。旭川光講座 11月21日(土)午後2時~こちらの方は沢山の御申し込みがありましたので 光講座会場を近くの住民センターに移してくださったので ご参加大丈夫です。お申し込みは旭川でサポートをしてくださるかあちゃんさまへご連絡ください。山形での取り組み11月28日(土)午後2時~ 山形県ではじめての光講座です。 場所は庄内町響ホール研修室です。 スピリチュアル初心者講座もかねていますので お気軽にご参加いただける光講座となっています。山形光講座へのお申し込みは サポーターの21しょうないさまにご連絡ください。 11月29日の東京の光講座に 一席キャンセルが出ましたのでお知らせいたします。 お申し込みは直接ニーナカロライのホームページへお願いします。東京会場の光講座は ひめの、喜楽天道さま、kasumiさまのワーク経験者とさせていただきます。他の会場は 初心者の方のご参加可能です。 詳細は各会場のサポーター様もしくはニーナカロライにお問いあわせください。
2009年11月17日
毎年11月11日は私にとってはエネルギー的なリセットの日になっているようです。皆様は 今日11月11日11時11分をどのように過ごされましたか?私のほうは昨日ブログで書きましたように ニーナカロライのエネルギー地場が変わってしまったために再調整するという環境の中で迎えた11月11日でした。ニーナカロライと私のエネルギーは一体化しているので ニーナの状態はわたしにも影響してきます。昨日私の体は いったんエネルギーが全部ぬけたようになりました。そうして その原因が何であったか その一つが今朝分かったのですが佐賀のHさまがお布団を上げてくださった時に ニーナカロライの瞑想室の隣の小さな部屋のチベット曼荼羅の掛け軸を壊してはずしてしまわれたらしいのです。この小さな部屋ですが ニーナの中では一番負のエネルギーのポータルになりやすい部分でニーナオープンをお祝いして友人がプレゼントしてくださったチベットの曼荼羅がはってあったのです。無くなった時に それがどんな働きをしてくれていたのかが 本当に良く分かったのですがあの曼荼羅が ニーナカロライの地場を守って エネルギーを供給してくれていたのですね。一つの結界を作っていたようですが それを なんらかの力がHさまを使って破壊してしまったのです。これが11月6日に鞍馬に行く朝の出来事でした。そんなことになっているとは知らず、 私は 湘南から来てくださった友人の白山菊理姫さまやfurafuranさまと一緒に 大阪の昔昔さまたちをさそって鞍馬山に登ったのです。ところが いつもはスイスイと昇れる鞍馬山になかなか登れないのです。このあたりからすでに ニーナカロライには 調和しないエネルギーが入り込んで来ていたのかもしれません。いろいろなことが だんだんと分かってきて 今朝の段階で チベット曼荼羅がはたしていた役割に気づき、 これまでのお働きへの感謝と癒しと祝福の祈りをささげました。結界というものは常に内側から 壊されます。私は 以前ニーナを守るための結界を沢山つくることを学びましたが そのどれもが内側から壊されました。 また 結界を作るということは その中に入れないぞ という存在を作り出すことになりますので それも良くないと想い、 すべての結界をはずしたニーナカロライにしたつもりだったのですがなぜか この曼荼羅の掛け軸は そのような結界だと思わずに絵として残してあったのです。でも もう それも必要がないのですね。あらためて チベットへの祈り、 ヒマラヤへの祈りをささげて ニーナカロライとは曼荼羅(外にある形)ではなく 私のハートのなかでエネルギーをつなぎました。この祈りの中で 11月11日の11時11分を私は向かえました。リセットの時。さあ、次に向かって動きだしますね。 マヤツアー参加の方へ2月18日出発のマヤツアーの日程詳細と見積もりなどが 旅行社から届いておりますので今朝早くに皆様のPCメールに送付しました。 訪問場所について ご検討ください。 11月24日~25日の函館ツアー参加の方へこれまで ありが父さんさまを中心に 先に準備してくださってありがとうございます。私も今日からサイトに参加していきます。 いそぎ 訪問候補地をリストアップする作業に入ってください。 道南の函館からの通り道にある場所も候補にいれてください。こちらの函館ツアーに関しましては 今スタートしたばかりですので 今なら参加可能です。私が企画しておりますすべてのツアーは ある意味ワーク以上に素晴らしい光の体験ゾーンでそれぞれの課題を学ぶことができます。 費用は 交通費、宿泊費の実費です。ただし 特設サイトで一緒に学んでいく必要があります。ご希望の方はいそいでご連絡ください。11月26日、27日山形ツアーの方は すでにルートをほぼ完成させてあとは 中身をじっくりと見つめていくレベルに入りました。今後は函館とのエネルギー連携のなかで さまざまなことを体験することになると思います。『各地のワーク・光講座ご参加希望の方へ』 札幌での今年最後のワーク11月22日(日)23日(月)終日 個人ワーク 札幌市内のホテルにて 11月25日(水)夜7時~ 札幌光講座 詳細はありが父さんさまのブログ。旭川光講座 11月21日(土)午後2時~こちらの方は沢山の御申し込みがありましたので 光講座会場を近くの住民センターに移してくださったので ご参加大丈夫です。お申し込みは旭川でサポートをしてくださるかあちゃんさまへご連絡ください。山形での取り組み11月28日(土)午後2時~ 山形県ではじめての光講座です。 場所は庄内町響ホール研修室です。 スピリチュアル初心者講座もかねていますので お気軽にご参加いただける光講座となっています。山形光講座へのお申し込みは サポーターの21しょうないさまにご連絡ください。 11月29日の東京の光講座に 一席キャンセルが出ましたのでお知らせいたします。 お申し込みは直接ニーナカロライのホームページへお願いします。東京会場の光講座は ひめの、喜楽天道さま、kasumiさまのワーク経験者とさせていただきます。他の会場は 初心者の方のご参加可能です。 詳細は各会場のサポーター様もしくはニーナカロライにお問いあわせください。
2009年11月11日
今まさに尖山に登ろうとしているその直前に びっくりするようなメールが入ってきました。「ニーナカロライでお留守番をしてくださっている京都のKさんの様子がおかしくなり、ついに彼女は車を駐車場の壁にぶつけました!!」 という内容だったのです。どうやら ご宿泊中の佐賀のHさんとの間に対立エネルギーが生まれ それが この仲良しのお二人に異常な行動を取らせているようでした。昨晩 ご宿泊者の皆様ではいりに行った壬生の温泉のことが 脳裏をよぎりました。佐賀藩と壬生の新撰組は敵同士ですが そんなこともあってか 昨夜から Hさんは苦しい状態を訴えてこられていました。メールが来た瞬間ですが、、ド~~~~ン と 重いエネルギーが尖山の急斜面を登る私にかかってきて 両足に鉄のダンロップタイヤがいくつも巻きついたように重たくなりました。もう 本当に大変だったのですよ。 この登山は。白山菊理姫さまとfurafuranさまは すいすい、 ひめのは よっこいしょ、よっこいしょその後を 喜楽さまが ひめのに巻きついた鉄のダンロップタイヤのエネルギーをはずしながら登って行くという状態でした。さて 3つのエネルギーポイントを左回りにまわって 用事を済ませた後はいそぎ 京都に帰りました。ニーナカロライに帰ってみて びっくりニーナがいつもの綺麗なエネルギー地場ではなくなっていました。2階の瞑想室の空気も白く淀んでいます。一体何があったのでしょう。喜楽さまが 1階から順番にエネルギー調整して回られて やっと そこに居ても大丈夫なレベルまでなんとか回復して そうして ことの次第を感じてみたり お二人に事情を聞いてみたりしたところ 次のようなことが分かってきました。佐賀藩のエネルギーを強く引き受けているHさんが 壬生の銭湯に行ってから 京都にある佐賀藩との対立エネルギーをどんどん引き付けてしまわれたようです。一方 京都派であるKさまも 佐賀藩との対立のエネルギーの中に 巻き込まれて二人は どんどん様子がおかしくなり 対立しはじめました。終いには Kさまの車はニーナカロライの駐車場の前の駐車場の壁に激突して 動かなくなり板金屋さんまでJAFに運んでもらうことになった。この時の彼女は 負の零体に憑依されている状態で 意識がもうろうとしています。一方 佐賀のHさんの方は 非常事態中にもかかわらず フラフラと楽美術館へ行きそこで もっと悲惨な事態に。私たちが 尖山に向かってニーナカロライを 出発してから数時間のうちに誰もが予想しなかった事態が起きて ニーナカロライは 二人がポータルとなって出す対立エネルギー、恨みのエネルギーが蔓延しはじめたようです。もともと ニーナカロライは京都の霊道が通っている場所にありますのでいったん そのようなエネルギーポータルが出来てしまうと あらゆるところから負のエネルギーをかき集めてしまいます。また 佐賀の彼女の能力が ニーナに篭りの結界を張って 体験苦しい場になってしまっていました。 「しまった!! まさか こんなことになるとは、、、。」後の祭りでした。 よく考えてみれば いつもは旅行に行く前は ちゃんと留守中のニーナカロライのエネルギー設定をしてから行くのに今回はノーチェックだった私のミスでした。おまけに恨みのエネルギーが 外に飛んでいったようで これとリンクしてしまった方のお家にも交通事故を起こすという出来事が起きて 京都に帰るやいなや緊急セッションになりました。この2日間は 事態の収拾に追われていましたが 今さっきやっと もとにもどってきました。そうして このようにお話すると大変であった出来事も そこに貴重な学びがあると思えばそれぞれの人たちにとって 大きな気づきのチャンスであったようです。怪我がないのが 何よりでしたし 何かに気づいたとたんに 事態が好転することにもなりました。佐賀のHさんですが ご自分の出すエネルギーの特徴がわかり これを機会として 以前よりももっと素敵な人間関係を作っていかれることと思います。とっても熱心に頑張っておられる方だからこそ こういう特別レッスンのような出来事が起きたのでしょうね。 良かったです。このところ 宇宙が揺さぶりをかけている人たちのパターンとしては自分は悪くない、 人が自分をいつも責めていると最初は思っていたのが 今度は逆に複数の人たちが自分の鏡になって自分の姿を教えてくれた時に 自己否定が生まれその一方で自分のことをわかってくれなかった人たちに対する攻撃が 無意識に生まれる というパターンです。それにいち早く気づけると 人間関係が随分変わると思います。ビッグチャンスです。それから 車をぶつけた京都のKさんですが 体が無事だったのは本当に良かったのですがそれ以上に良いことにはJAFのお兄さんや、板金屋さんとの良いご縁ができおまけに 何回も謝罪の連絡をいれているうちに 被害にあった本屋さんに すっかり気にいられて 空いていたら駐車場を使ってもいいよ。 いつでも お店に立ち寄ってね。 自宅にも遊びに来てね。 という嬉しいお言葉を頂かれました。実は 今日 Kさんといっしょに お詫びのご挨拶にお邪魔したのですがお話がはずんで はずんで。その話の内容とは 佐賀藩の修練書の『葉隠』のことなど。この本屋さんですが 由緒あるお家の6代目さんですが もとは 蛤御門の近くにあったようで そのあたりに住んでおられた公家さんたちや幕末の文学者、教育者、芸術家たちのお話をしてくださいました。富岡鉄斎ともご縁のあるお家のようです。ご主人が 私に 頼山陽について知っていますか? と聞かれるのですが 私は不勉強で存じ上げないと答えると 会話のなかで 何度も何度も 頼山陽の名前を出されるのです。おいとまする時も 頼山陽 の字を 紙に書いてくださったのですがこの方を ニーナカロライにもどって 調べてみてびっくりです。この方は日本初の正統的歴史書の「日本外史」を書いておられます。この歴史書ですが 源平より徳川までの 盛衰興亡を流暢な漢文体で書かれており、その情熱的な文章は幕末勤王思想に大きな影響を与えたようです。お父さんの頼春水さまは 柴野栗山、尾藤二州と共に「寛政の三博士」といわれているのですがこの頼山陽さまの影響を受けた 古賀精里さま (1750~1817)の長男(穀堂さま)がのちに 佐賀藩の藩校の弘道館教授に大抜擢されます。そうして穀堂さまが 先ずやったことは、「葉隠武士道への挑戦」であったということですから驚きです。この出来事を 現代に起きた不思議な事件としていうならば鍋島藩の怨念が 敵対する京都の新撰組のエネルギーを持つ女性に憑依して鍋島藩の「葉隠」に意義を唱えた人にゆかりのお家の壁に 彼女の車を突っ込ませたということでしょうか?いえいえ、 事件はそうであったかもしれませんが これを良きメッセージとしてとらえるならば葉隠に関わる出来事や人々の想いを 両サイドから しっかり見つめて癒してくださいねというメッセージなのでしょう。それにしても しばらくは 幕末の人たちが次々と 勢ぞろいしそうな予感のするニーナカロライですがつねに その時代に懸命に生きてくださった人々に 感謝の気持ちを向けながら 歩いて行きたいと思います。その時代の人々を 心から 癒します、 宇宙の愛のエネルギーで祝福します。祈りとともに。
2009年11月10日
昨日 白山菊理姫さまとfurafuranさま,喜楽さまと一緒に富山入りして 現地の山を愛する土地の方たちのサポートを頂いて『尖山』に登りました。 その時に起きた様々な事はまた機会あればお話する事にしましょう。 その後富山県高岡市で宿泊し 今朝は二上山に登りました。 今は一路南下して 天柱石に向かっています。 私のブログのトップページに自分の天柱石の絵を掲載しているのですが この天柱石は前回訪問して以来友達です。 この尖山,二上山,天柱石を線で結ぶと綺麗な正三角形になります。 私たちはこの三角形を時計と反対向きに回っています。 もうすぐ五箇山です。 うわ~! 凄い光が上から降りてきました。 もうすぐ天柱石です。
2009年11月08日
私のワークお申し込みのケースとして先週からこんなケースが連続しています。解らない出来ないと言う人を自分が助けてあげたいと思って その人を握りしめたために気がついた時には 自分がオカシクなっていたというケースです。昨日京都光講座に参加された方が東京にお帰りになるやいなや 緊急スカイプセッションを申し込みされるという出来事がありましたがこれもこのケースでした。彼女ですが 京都光講座のハツラツとした様子とはうってかわりセッションの時には重い波動域にすっかり入りこんでスカイプが繋がらない状況で最初にエネルギー調整してやっとお話ができました。彼女の中にエネルギーの鉄塔が壁のように立ちはだかって それを取り去るのに1時間かかりました。 きっかけは彼女の古い知り合いからのメールです。『私は光の方に行きたいけど現在は波動が重すぎてそちらには行けない』という内容を京都光講座の時にメールで伝えてこられた事がきっかけでした。優しい彼女はなんとかしてあげたいとその方を握りしめてしまわれたのですね。そしてやはり負の冠状列石の中に知らずにとりこまれてしまわれたようです。大切な事は相談者の方の心のベクトルが光と闇のどちらを向いているかという事す。 現在の状態が大変苦しい状態でも心が光に向かっている時は 大丈夫です。その方の言葉にまどわされる事なくハートでしっかり受け止めて、たたただ自分が持っているものを差し出すだけで良いと思います。自分が救う、助けてあげると握りしめるのではなく その方の自由意思に基づく魂の学びを尊び ただただ自分の姿を鏡として差し出すだけでいいと思います。 心のベクトルがどちらを向いているか! それは昇りエスカレーターに乗っているか下りエスカレーターに乗っているかであって 口がどんな事を喋っているかではないのですね。昇りエスカレーターに乗っている人が 隣の下りエスカレーターに乗っている人を抱きしめようとするとどうなるかは 想像してみてくださいね。多くの人が乗っているときはエスカレーターは反対方向に動いていますから危ないですね。沢山の人を引率している人は そういうことにも気をつけて動いてくださいね。(お知らせ)12月13日開催の京都光講座のお申し込みは定員になりました。沢山のご参加ありがとうございます。
2009年11月05日
現在ニーナカロライにご宿泊の方たちがびっくりされることの一つに 京都の空が低くて私たちのすぐ傍にあると感じられることです。ニーナにいて 空を感じると 私たちの心と空模様がいかに連動して動いているかということを感じるのです。雨は局所的に降ることもあるし、 雷も局所的に頭の上で 私たちの心や平安京ゆかりの神々と連動して鳴っていると感じることがあります。私は京都市内の北区と右京区のそれぞれの山の中に 自宅とログハウスがありますがそれらの場所では この感覚は薄いです。ニーナカロライがある堀川一条では 平安京の都を常に感じながら生きていますが他の家では そうではないのが不思議です。さて 今日の光講座は ほんとうに中身の濃い充実した講座になりました。終わってからも 私たちの内面のエネルギー調整が行われ続けておりできれば 私もこのまま眠ってしまいたいなあとおもいながら でもやっぱり全国のお友達に報告の意味をあって 今夜のブログを書いています。今 ちょうど 午前2時22分ですね。さて 今夜は光講座が終わった後で マヤツアーの初めてのミーティングがニーナカロライで行われました。 来年2月に メキシコのマヤの地に行ってきます。これからメキシコの歴史を見つめていきます。他の場所と同じように このツアーを通じて 古代からこのメキシコに生きた人々に触れ合い 祝福できれば嬉しいなあと 感じています。(おしらせ)来月の京都の光講座は12月13日(日)午後1時~4時に決定しました。今日から御申し込み受付しております。 参加資格はワーク受講者のみです。(こちらにつきましては 11月4日締め切りました)札幌での今年最後のワークのお知らせです。11月22日(日)23日(月)終日 個人ワーク 札幌市内のホテルにて 11月25日(水)夜7時~ 札幌光講座 詳細はありが父さんさまのブログでご確認ください。旭川の方は個人ワークはいっぱいになっていますが光講座へのご参加はまだ 受け付けています。(初めての方の参加可能です。)11月21日(土)午後2時~ 旭川光講座お申し込みは旭川でサポートをしてくださるかあちゃんさまへご連絡ください。山形での取り組み11月28日(土)午後2時~山形県ではじめての光講座です。 場所は庄内町響ホール研修室です。 スピリチュアル初心者講座もかねていますので お気軽にご参加いただける光講座となっています。(初めての方の参加可能です。)山形光講座へのお申し込みは ニーナカロライのホームページから直接ひめのにご連絡ください。
2009年11月03日
昨日は藤原氏について それぞれの方たちが見つめていることを差し出して 一緒に学んでいく会が ニーナカロライでありました。夜 11時過ぎから始まって終わったのが 午前2時半でした。なんらかの縁があって藤原氏を見つめている人たちが自分たちが感じている藤原氏の側面をいろいろ出し合って この日本全国にたくさんたくさんいらっしゃる藤原氏の末裔たちに今よりもいっそう多くの光が降りてくるようにと癒して感謝して祝福していきました。さて この藤原氏をテーマにした「光に向かって分かち合う会」の前にちょっとしたハプニングが起きました。昨日からニーナカロライにはお泊りでいらっしゃっている方が数名おられますがちょうどその方たちがお風呂屋さんに出て行かれた時に 四国からみかんさまがいらっしゃったのです。みかんさまは四国のツアーを企画してくださった方で シャスタでも大活躍だったのですが北海道ツアーの帰りに 『魔女のテーマ』を見つめることになって ここしばらく静かに自己を見つめておられらました。彼女がニーナにこられて すぐにお風呂に行かれた直後、 私は新しく買ったおふとんを押入れに収納しようとしたのですが まったくお布団を持ち上げることができません。重いからかな、疲れているからかな、と思って 軽い敷き毛布を持ちあげてみたのですがあれ~なんと それさえ力が入らないのです。喜楽さまが「みかんさんが持ってこられた魔女的なエネルギーにひめさんのエネルギーが吸い取られてしまったんだよ。 あ!! 大丈夫かな? さっきお風呂に行った人たち。 今頃 みかんさんとお風呂でであってこのエネルギーの影響を受けてるだろうなあ。 まあ これまでの学びが どこまで出来ているかを試されているということですね。はっはっはっ」(ここまで ニーナでタイプアップしていると後ろから 視線を感じてふりかえるとかずさまと ひのかつさまが 口をぽか~んとあけて 私が書く文章を読んでおられました。)(さっきひのかつさまが こられた瞬間に 無防備にもいろいろなエネルギーをセパレーションしないで つれてきてしまったのでそこに座って しっかりセパレーションしてくださいね。 そうでないと 苦しくて 私の仕事ができないといったんですが いつのまにかズリズリと私のパソコンの近くまでやってきて かずさまと覗き込んでおられたのですね。もう~ ) さて みかんさまのお話に戻りますが 実は ニーナカロライのほかの宿泊者の方たちはお風呂屋さんにいく前に コンビニに行き ニーナに来られるみかんさまとすれ違ったというのです。 その後すぐに お腹が下痢になった人、体中が痛み出した人などがありなんだか様子が変だと思って ニーナにもどってこられたのでした。 この後 お隣の部屋ではみかんさまの喜楽さまワークが行われ みかんさまの体をヒーリング、エネルギー調整して 光を取り戻すことが2時間にわたっておこなわれました。 いっぽう 居間では 分かち合う会の前に 何とかしてこの魔女エネルギーの調整をしておきたいと必死で頑張っていたのです。しかし メンバーの中で 水のエネルギーを持つ人たちがどうしても このみかんさまが持ってこられた魔女エネルギーの影響から離れられないでいました。あまりにも強烈なのです。(私はニーナでみかんさまに出会った私たちだけではなく 普段からみかんさまとリンクしていておなじものを持っている将軍系の人に その人たちが意識していないなかで環状列石の状態がおきていることを心配していました。)それぞれが自分の内に光をいれ 地球とグランディングできるようにしていくのですがハートがブロックされ その機能を閉じさせられている状態で エネルギーを奪われている状態をどうすることもできません。水系の人たちが痛みを訴えるので 私は久しぶりに 彼女たちの体がどうなっているのかを後ろにまわって背中に手かざししてみました。 興味深かったのが 背中にびったり 負のエネルギーがくっついていました。私が手をかざすと無くなり 彼女たちの痛みも一瞬は消えます。しかし また私が離れると それは戻ってくるのです。(手かざしによって 一時的に負のエネルギーを取り去っても 根本的にそのエネルギーを引き付けている磁石を自分の体から取り去らないと 根本治療にはならないのです。)このような状態が 2時間以上もつづき このままでは「光にむかって分かち合う会」が出来ないと思っていたのですが喜楽さまが みんなが光にむかってエネルギーの調整をして 光のステージの中で調和して 藤原氏を見ていくという設定をする瞑想の時間をとってくださってそれに不調和なエネルギーはやっと去っていきました。後は 本当に素晴らしい学びの会になりました。 この昨夜の学びとしては どんなエネルギーが来ても 地球にグラウンディングできるように常日頃から グラウンディングを強化し 地球とのエネルギーパイプを太くしておくことの大切さを痛感したことです。それから みかんさまの例になりますが 魔女という重たいものを見つめるのにあたっては皆に迷惑をかけまいとして 一人で自己を見つめるという作業をしておられたのだと思いますが重いゾーンを探索する時は よりいっそう大きな光と繋がって見つめることが大切です。また 自分のセンサーがいつのまにか狂ってしまう可能性もありますので静かに自己を見つめるとともに 他の人たちを感じるだけのゆとり(スペース)を残しておくのが命綱です。時に 自分としてはエネルギーがいつもよりも流れてきて 絶好調と思ったりするのですがそのエネルギーがどこから来ているのかを考えると非常に危ないのです。戦いの神を一体化したので 体にエネルギーがみなぎってきたということもあります。厳しい言葉で言えば もし ハートを開いた上で なんらかの学びをしているのであれば同時に 他のものに対するチャンネルもオープンであるのです。ハートを開いているという状態は 他のものの多様性を認めていける状態であることをどうか心にとどめてください。支配的、戦闘的な大きなエネルギー体が通過すると あっという間に せっかく開いていたハートが閉じてしまうという現象がおきがちです。そんなときは また 安らかである状態、 気持ちのよい状態、 美しい状態に心を戻して他の存在(人)たちが 私と同時に私のなかに私と同じくらい大切に感じられるハートの空間にもどしてくださいね。この最後の言葉が 必要な方たちに届けられるように心から祈ります。(おっ! 後ろを振り返ったら ひのかつさまが 静かに瞑想していました。 よしよし。)
2009年11月03日
この2,3日でバタバタと11月2日にニーナカロライでのご宿泊希望のメールや連絡が入ってきたのですが その方たちが いずれも平安京や藤原氏とご縁がある方たちなのです。そこで急ですが 明日の夜(11/2)に 歴史に光をいれる取り組みのガイドであるkasumiさまに来ていただいてニーナカロライ宿泊者限定で「光を入れて わかちあう会」を開催することになりました。ご希望の方はkasumiさまに直接ご連絡ください。11月3日の京都光講座に向けて エネルギーが動いているのは感じられます。どうやら そのエネルギーの一つが昨日も書きましたように 忍者の過去生を持つ人たちの動きであるとともに そのバックグランドを見つめさせてくれるエネルギーも来てサポートしてくれています。そもそも その忍者がなぜ発生したか とか 呪術的、隠密的な動きは 一体どこから始まったのであろうと考えた時にここ数日ワークを受けにこられた人たちが次々もってこられた情報が随分役に立ちます。またその情報を発信してくれているエネルギーが 強力にサポートをしてくれているのを感じます。(以下の○印はそのワークの内容の一例です。)○長の命令に従ったために 多くの人たちが亡くなった地場(長島)で忍者のエネルギーを持つ人たちが 一斉に封印され 環状列石のエネルギーの中に入り込んで動けなくなったこと ○この環状列石の中に巻き込まれた方たちの中には中国から伝わった道教とご縁がある人が複数でいたこと○そもそも日本にいつ呪術が始まったのであろうと考えた時 7世紀の斉明天皇の時代には五行の考え方が大陸から入ってきてそれが道教の思想のいいとこ取りをしながらやがて陰陽道になっていくこと。○大阪交野(かたの)に百済系の人々が移り住み その人たちは 星を見る人たちでした。この人たちの宇宙観が 桓武天皇のお母様の高野新笠から桓武天皇を通じて 平安京にもたらされます。この百済の人々の思想は百済の滅亡と共に 朝鮮半島からは消えてしまい その流れを見るためには日本に残っているものを見つめていく必要がでてきました。○黄巾の乱(こうきんのらん)とかかわりのある人が 百済、道教をみつめるほうにむかっていること。○忍者の学びをしている人たちの中には カースト制度とかかわりのあるエネルギーをもっていること。○忍者の中でも 使われて誰かの僕となって生きてきている人たちは宇宙次元のアンドロイドのエネルギーを持っていて自分で 自分のハートを使うことがなかなか難しいこと。○この呪術的な動きは 天武、天智天皇の時代に歴史の表に表れてきて その後藤原氏が政権をとっていく中で 時代の後ろで呪術合戦として後世まで使われていくこと。○戊辰戦争のエネルギーと取り組んでいる人が この藤原氏の神道が のちの人々に影響を与えていくことを見つめ始めていること。○中臣神道、吉田神道、伯家神道の末裔のエネルギーを持つ人たちが 神道を出してきた人たちのカルマを修正するために動き出していること。 etc.今 数々の持ってきてくださった情報を出来るだけ広い目で また宇宙的な規模で感じ その中で 滞っているエネルギーがあれば 調和するように祈るという作業を今 ずっと それこそ ずっとずっと行っています。今日のニーナカロライですが 今日は平安京と作った立役者の和気清麻呂さまの神社である護王神社のお祭りとあって(ニーナカロライの近くです)平安時代に転生を持つ人たちが次々に集まってきています。また 隣の部屋では 喜楽天道さまのワークがおこなわれていますが その中では上の様々な情報と関連したエネルギー(存在)が どんどん来ています。今 私がそのエネルギーを感じて 思うのは伊賀、甲賀の忍者たちは そのバックグラウンドに 天武天皇系と天智天皇系の争いであった壬申の乱のエネルギーをもっているのではないかということです。天武天皇は 斎明天皇と同じく 大陸の宗教を取り入れ 古代宗教に影響を与えた人ですが 彼が使った念力集団が伊賀、甲賀の忍者や尾張の武将たちと縁があると私は感じるのです。実は1時間前にこの女性の喜楽さまワークが始まったとたんに お茶を入れている私は背中から槍を突き刺されたようになり 苦しい想いをしました。誰がこの苦しみを訴えかけているのかと感じたときに『壬申の乱を見てくれ!!』という叫び声が聞こえたのです。それを喜楽さまにお伝えして このエネルギーを見ていくと今 随分と場は安らかになり私の痛みも消えました。昔々 様々なことがあり その中でも 呪術合戦をしたことがあったようでそのエネルギーがまだ 解除されていないまま 後世に影響を及ぼしているようです。「過去に生きた存在たちよ。 今 我の前にあらわれ そのカルマを解く手伝いをして欲しい。そうして 皆が 皆が 楽になるように。すべてのものが宇宙のハーモニーの中に 解かれていき 喜びの声をもって 共に光り輝きますように。」 ぴんぽ~んニーナカロライのチャイムが鳴りました。東京の和気さまの到着ですね。 ぴんぽ~んまた チャイムが鳴って 菅原道真さまの神社にエネルギー調整に行っていたなないろさまが帰ってこられました。ニーナカロライは 次々と時代の立役者たちが 集まってくるようです。あ!! そうでしたね。 今日のブログは 明日(2日)の夜に行われる藤原氏をテーマとして見つめている人たちのわかちあいの会のお知らせでした。時間は夜11時からですが 参加資格は明日の夜ニーナカロライご宿泊で翌日の光講座の参加者です。 ニーナカロライのご宿泊のほうは あと4名大丈夫です。 (3日の夜は満室です。)こちらはひめのまでご連絡ください。明日のチェックインですが 日中はワークが行われている関係で 午後7時からとさせていただきますので どうぞよろしくお願いします。今 このブログを書き終えて 随分体が楽になってきました。暖かくもあります。 いつも思うのですが 私は 歴史が好きですね。 また 歴史に登場した存在たちはみんな お友達です。
2009年11月01日
皆様が日々取り組んでおられることを光講座の中に そのまま丸投げしてこないでくださいねというお願いのブログです。昨日 私はアラハバキについて書きました。そのテーマについてブログに書くときには 毎日のワークで関連する悩みをもつ相談者の方たちが必ずといっていいほど 毎日続きます。 このテーマについて ずっと見つめながら ベストタイミングで必要な人たちにこの情報がもたらされることを祈って この時と思った時にブログにしています。ブログでは書いていない部分も随分ありますが それを深く見つめて宇宙の調和の中に解決していく方向で動くように心かげています。ところが 私のブログの内容とリンクして「私にも同じ○○が出てきました。」という文を送ってくる方があります。昨日のある方からのメールです。 ご本人の了解を得て こちらに掲載させていただきました。『ひめのさま こんにちは。 ブログを拝見しました。 関係あるようなのでメールしました。ある方のワークで 環状列石を癒すワークをしていた時に 降りてきた言葉がアラハバキでした。その方のご説明で私は過去生で力のエネルギーを呼ぶ環状列石を作ったのではないかという話が出てきました。 取り急ぎご報告します。』この上の文ですが この方が見つめようと(もしされているのであればですが、この文では怪しいですが、、。)されているテーマのエネルギーを 私のほうに「丸投げ」されています。 ~がでてきました。 というだけでは テープルのうえに そのテーマのジグソーパズルのピースを出しっぱなしにしているのと同じです。そうやって 重たいエネルギーをもつジグソーパズルのピースをどんどん掘り出してきて自分では 見つめないで ひめのさんに丸投げしてくるのでは 困るのです。もっと困るのは それを私だけではなく 光講座の場所に丸投げ状態で持ち込んでくるケースです。東京と京都の光講座の場では 参加者の皆様が そうとうに深い部分、波動の重い領域の取り組みをされていて それが 光のステージの中で安全に執り行われるように光のサポートが動いてくれています。例えば 今度の京都の光講座で取り組まれる内容ですが 先週の出来事と関連しています。先週ずっと休みなく続いていたワークですが そのほとんどが「忍び」忍者の過去生があったと思われる方たちで その時の血の絆が今生でも働いていて 常に長の命に従うような心の性質を持ち、 自分で自由になりたいとおもっても常に誰かの僕になることによって 生きようとする傾向があります。 その部分が影響して 現実社会のなかで自由にエネルギー創造することができなくなっている人たちのワークが相次いでいました。あまりにも同時に起きたので 忍びの世界の血の結束を強く感じました。こういった方たちが 全国から 示し合わせたわけではなく ただ ただ 宇宙がその部分に解放のエネルギーを送ったために 課題が浮上してきて苦しくなって ワークを申し込まれてきたのです。11月3日の 京都の光講座の参加者の中にも この環状列石のテーマを持つ人が何人もこられます。光講座では かつての歴史の舞台の上では 互いに戦った人たちも 互いを許しあい、感謝し合い ともに祝福しあうことが 光のステージゆえに可能なのです。しかし 『それも その方次第なんだ』ということを 今日は強くお伝えします。北海道の旭川、札幌 それから 山形県で行われる光講座に関しては初めての方たちが多いです。これらの会場では 参加者の方たちが 素直に自分の課題を持ち込んでくださればいいです。どういう方向で どのようにその課題を見つめていけばいいのかという話をわかりやすくお伝えします。心配なさらずに まずは勇気をだして会場に来て お帰りになる時は 笑顔でよかった よかったと帰っていただくので良いと思います。 ところが 東京、京都での光講座では それでは困るのです。(帯広もだんだん そうなってくると思いますが)日々浮かび上がってくるテーマを どのように見つめていくかを自分で取り組んでください。何かが出てくるたびに 「先生~ こんなのが出てきました。 助けてください~。」というのでは 学びにならないです。ところが 昨日のメールに引きつづいて もう光講座のベテランとも言える人が そのブログの中で (隠し砦の三悪人について)京都光講座に大きな負のエネルギーの丸投げをしてこられたためにスタップ相談の上 こちらで 私の考えかたを述べさせていただくことにしました。昨日から京都ニーナカロライに来られている喜楽さまが私の隣でこのようにつぶやいておられます。『みんな ひめさんから指摘を受けると 「それ」を見た事が 間違いだった。私が 悪かった すみません。 皆様にご迷惑をかけました。それを見ないようにしますと言って閉じこもるか 恐怖するか、、、。そうして その問題は解決しないままで その人の奥底にしまわれてしまうんだよ。「それ」を見たり触れたりすることが 悪いのではない。宇宙の調和のなかでハーモナイズするという意図の中で 見て、触れていくことが大切なんだよ。「それ」と出会うということ自体が 宇宙がその人の鍵を開けようとしているビッグチャンスなんだよ。』本当にそうですね。 そのビッグチャンスをしっかりと生かしてください。ハートを開いて ハイヤーセルフと それぞれのテーマを見つめていってください。トンネルの向こうに必ず光が見えるように どういう意図でそれを見つめ 触れていくのかをしっかり意図設定してくださいね。 お願いします。(お知らせ)札幌での今年最後のワークのお知らせです。11月22日(日)23日(月)終日 個人ワーク 札幌市内のホテルにて 11月25日(水)夜7時~ 札幌光講座 詳細はありが父さんさまのブログでご確認ください。旭川の方は個人ワークはいっぱいになっていますが光講座へのご参加はまだ 受け付けています。11月21日(土)午後2時~ 旭川光講座お申し込みは旭川でサポートをしてくださるかあちゃんさまへご連絡ください。山形での取り組み11月28日(土)午後2時~山形県ではじめての光講座です。 場所は庄内町響ホール研修室です。 スピリチュアル初心者講座もかねていますので お気軽にご参加いただける光講座となっています。山形光講座へのお申し込みは ニーナカロライのホームページから直接ひめのにご連絡ください。
2009年10月31日
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