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オープニングパレードで、審査委員長の歌手・なぎら健壱さんの後は・・・。サンバ、スタート!。色とりどり、アイデア満載の衣装で登場した踊り子は・・通り狭しと踊りまくる・・。・・今回は高齢化が目立つような・・仮装行列に見えるような・・・。つづく・・。【今日のLife Hack:他人と比較して、他人が自分より優れていたとしても、それは恥ではない。しかし、去年の自分より今年の自分が優れていないのは立派な恥だ。--ラポック(イギリスの探検家)】<シャボン玉>
August 31, 2014
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少々、雨が降る中、いよいよ「浅草サンバカーニバル」、開始。毎年8月の最終土曜日に開催だが、今年は最終土曜日ではなく・・・。毎年約50万人ほどの来場者、開催委員会の発表だと、47万人の来場者だったとのこと。浅草はブラジル以外の国で行われるカーニバルとしては、世界最大級とか・・。オープニングパレードは実行委員会と日本堤消防署の方々、更に、今回も審査委員長は、歌手のなぎら健壱さん。・・初めて、彼を目の当たりに・・・。【今日のLife Hack:人間にとって最も不幸なことは昔、幸せだった事だ。】<オープニングパレードのなぎら健壱さん>
August 30, 2014
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浅草サンバカーニバルを見るため浅草に着いたが、ちょっと早い。場所取りをする気にもなれず・・・今年の春に報道されて気になっていた浅草公会堂前の水前寺清子さんの手形を探しに・・。公会堂入口の「スターの広場」に広がる数多くの手形を一つ一つ探したが見当たらない。iPhoneで検索すると・・・足で踏まれる場所では無く、公会堂の正面玄関前、オレンジ通り沿いの花壇の植え込みに設置されているという。あったー、「手形」ならぬ「手型」、「スターの手型」・・何度も見ているのに気付かず・・。そして、私の・・きたない手を添えて見ました。あの、握手した時の思い出が・・・。更に、小林幸子さんの手形も見つけ、先月握手した手の温もりを思い出し・・・。【今日のLife Hack:いかなる過ちも犯さぬ人は通常何事もなさぬ人である。~フェルプス/19世紀の米の外交官 ~】<やっと見つけた「スターの手型」><チータの手型に私のきたない手を添え・・・><2008年5月5日、チータと並んで・・><小林幸子さんの手型を見つけ・・あの温もりを思い出し・・・><2014年6月28日に小林幸子さんと握手><昼食は近くの居酒屋で「本日のランチ」>
August 29, 2014
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墓参ツアーからの戻りは、GW時の8時間移動を嫌い、渋滞情報を聞きながら夜中移動を計画。GW時の往路は息子一家と一緒で1台の車だったが、今回は息子一家と我々は別々で、2台。県北でナイターの野球試合を楽しんだ息子夫婦を帰りを待って、夜23時過ぎ、2台の車が出発。ここで孫姫とお別れ・・。孫姫を伴った息子一家は、ほぼノンストップで、高速道を駆け抜け、4時間ほどで到着したらしい。そこへ行くと、私は・・・日中なら、400km位はノンストップで走るが、今回は、夜中、眠くて、眠くて・・・準備したガムも噛みつくし、コーヒーも飲みつくし、それでも眠く・・途中、3回も休んでしまった・・・。還暦になったからか・・・・(汗)お陰様で、渋滞にあうことも無く、無事到着。8月21日の日刊自動車新聞「霧灯」によると、渋滞を予測する方は「渋滞予報士」と呼ばれ、「天気予報士」とは違い、予想が外れることを願っているという。予測の最大の狙いが、事前の呼びかけにより、ピークを分散して渋滞を減らすことだから・・。皆が渋滞予測をうまく活用すれば、もっと快適な帰省や行楽になるはずだ、と。なるほど・なるほど・・・。【今日のLife Hack:物事を難しく複雑にしているのは、自分自身なのかもしれない。】<孫姫><車が見えない・・><車がほとんどいないまま常磐道の終点「三郷」まで><2014年8月21日の日刊自動車新聞「霧灯」>
August 28, 2014
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私が還暦を迎えてから初めて仙台に顔を出したこともあり・・・母からは、父親より長く生きしたとお祝い金を、娘一家からバーバリーのネクタイを貰った。息子一家から貰ったWILD SWANSの財布と共に大事に使いたい。有り難い。ネクタイは毎日絞められないが・・財布は毎日使って・・いい艶が出るよう仕上げましょう・・。最近、60周年目で話題になっているのが、「ゴジラ」。そして、今年還暦の有名人を調べてみると・・いる・いる・・・。高瀬春奈、中畑清、尾崎健夫、石田純一、ルー大柴、松任谷由実、松尾雄治、三浦洋一、立川志の輔、ジョン・トラボルタ、吉沢京子、カルロス・ゴーン、ランディ・バース、因幡晃、真島茂樹、林真理子、ジャッキー・チェン、三雲孝江、坂崎幸之助、高見沢俊彦、デーブ・スペクター、檀ふみ、野中ともよ、藍美代子、清水アキラ、南沙織、秋吉久美子、ジェームズ・キャメロン、三善英史、五十嵐めぐみ、安倍晋三、黒岩祐治、クミコ、プリティ長嶋、山口いづみ、宗次郎、高畑淳子、中嶋常幸、金沢明子、小倉久寛、水沢アキ、群ようこ、福澤浩行、古舘伊知郎、片岡鶴太郎、庄野真代組織・団体では・・・航空自衛隊、JRA(日本中央競馬会が設立されて60周年、今年は「午年」)、ニッポン放送開局、ラジオNIKKEI、小山市制、宝塚市制、習志野市制、館林市制施行60周年・・・。何か、繋がりを感じる・・・。【今日のLife Hack:欲するものがすべて手に入りつつある時は警戒せよ。 肥えてゆく豚は幸福なのではない。 ~ C・ハリス/アメリカの作家 ~】<娘一家からバーバリーのネクタイをプレゼント><息子一家からWILD SWANSの財布をプレゼント><財布の将来の姿・・こんな感じの艶に・・><昭和29年生まれ、ルー大柴さん><昭和29年生まれ、マリ・クリスティーヌさんと握手><昭和29年生まれ、安倍晋三さん><昭和29年生まれ、安倍晋三さん><昭和29年生まれ、庄野真代さん>
August 27, 2014
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先日、ブロ友「ふぁみり〜キャンパーさん」が予想した通り、高知で別れたあの友人と、仙台で再会!!。1974年、互いに二十歳の時に高知の土佐山田ユースホステルで出会い、一泊、龍河洞など半日ほど一緒に過ごしただけで意気投合、あれから40年間続いたのを記念して高知で会うことになり、新聞への投稿が掲載され思わぬ展開に・・。その彼が、市役所の職場公募「東日本大震災支援」に手を挙げ、今宮城県の市役所で働いている。不思議な縁で・・・。その彼が仕事を終え、訪ねてきてくれた。高知での記念写真をメール送信するには容量が大きすぎ、USBにして持ってきてくれた。彼は高知へ行った翌週、東北の祭りを楽しむ為、青森へ飛んでいた。更に先週は、大曲の花火と男鹿半島を楽しんだという。実にタフで、彼の行動力に感心するばかりで・・・。その夜は盛り上がり、盛り上がり、話が尽きること無く・・・翌日、彼は仕事なのに・・・。【今日のLife Hack:実績で自信をつけさせるべきである】<掩体壕(えんたいごう)><龍河洞><安芸城><岩崎弥太郎 生家> <桂浜、坂本龍馬像><高知競馬場><高知城><大歩危峡><祖谷のかずら橋>
August 26, 2014
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仕事の関係と渋滞を避け、夜中に東北道を走ってきた息子一家が、朝3時頃、仙台に到着。翌朝、前日から泊まっていた娘一家が起き出し、息子一家も、ムリムリ起こされ、GW以来、我がファミリー全員が顔を合わせた。娘の息子ら、団子三兄弟は赤ちゃんが好きで、初めての従妹、孫姫の取り合いになっていた。孫姫も嬉しいような、そうでないような・・・。(笑)82歳になった我が母も曾孫を抱いて喜んでいたが、既に10kgを超えて(肥えて)辛そう・・・。娘一家、息子一家と一緒に、親戚・知人・友人宅を訪れ、最後に、私の学生時代の家庭教師先で、仲人をお願いしたお宅を訪問して線香に火をつけ、4日間掛けて18軒ほど訪問し今回のお墓参りツアーを終了した。面白かったのは、自動で鐘を打ち鳴らす装置・・・見ていると不気味だという・・。(汗)訪問先での話は・・・ご迷惑と知りつつも・・・私の還暦記念「姓に関する自費出版本」と「2013年版ブログ本」を手渡して披露、そして、40年前に高知で出会った友人と、先月高知で会い、新聞にも掲載された話、更に、吉村美栄子山形県知事にご挨拶、翌日に小林幸子さんと握手した話、コレド室町の金魚の話・・。・・・等々・・・写真を交えてプレゼン? は尽ず・・・。【今日のLife Hack:考えただけでは何の価値も生まれない。行動するからこそ、初めて価値が生まれてくる】<宮城県南部><岩手県南部><自動で鐘が鳴る・・・見ていると不気味だという・・><自費出版本><新聞に掲載><小林幸子さんと握手><「大奥」(巨大金魚鉢)>
August 25, 2014
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次は、1975年、一緒にアメリカ留学した仲間のお宅へ。妻もメンバーの一人で、これに参加しなければ、結婚することも無く・・・。彼は、一つ年上で、既に還暦を超えているが、バイクに乗る。先日、結婚式でハワイを訪れ、式の後、バイクでオアフ島内をツーリングするツアーに参加。彼の友人らと一緒にハーレーを連ねた走っているDVDを見せて貰った。ハワイの法規で、ヘルメットは不要だが、サングラスは必要だという。逆のような気もするが・・・。その楽しく走る姿を、バイクに乗ったカメラマンが片手で撮影したというのに驚かされた。右手でアクセル、左手にビデオカメラを持って併走したという。私が長年思い続けているのは、こんなビデオのこと。私がハーレーで高速を走っている姿を撮って欲しい・・・。【今日のLife Hack:“この人となら「私らしいまま」つきあえる”という人を見つけること。~中山庸子~】<ツーリング・ハワイHP>
August 24, 2014
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お彼岸。まず、57歳で亡くなった父の墓へ。私、還暦を迎えて思うことは・・・今時の還暦は若い、57歳は・・もっと若い、勿体無かった。今思うと・・・父と話したいことが沢山・・・相談したいこともある。・・しかし、叶わぬ夢で・・・。次は、私の小さい頃を知っている、長~いお付き合いのお宅のご先祖様のお墓。こちらの娘さんの仲人をさせて貰ったのは、遠い昔。あれは、「ミレニアム婚」・・なかり昔、お子様も大きくなるわけで・・・。お宅にお邪魔すると、皆さんお元気、お子様もほんと大きく成長していた。【今日のLife Hack:やれるかも知れない、と思った時、自分でも気づかなかった力が出てくるものなのだ。 初めから、できないと言えば、できずに終わる。-- 三浦綾子(作家)--】<お墓に供えた花><ミレニアム婚>
August 23, 2014
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福島県の南相馬市で、ゲーム「コロプラ」の位置登録をした後は、宮城県の山元町。「3.11」東日本大震災以降、何度もブログ・アップしているが、私は、ここに土地を求め、いつか別荘を建てたいと夢を抱いていたのに・・津波に飲み込まれた。海辺の土地を津波が遅い、辺り一面が海の一部と化してしまった。「3.11」で襲われた別荘地、あの時のTV映像を今でも忘れない。昨年、町役場から事業予定区域の連絡があり、「同意書」が同封されていた。説明会には出席出来ず、同封の説明文ではよく理解できず、この日になってしまった。町役場に着くと、全ての建物がプレハブ、仮設庁舎なのに驚かされた。封筒に印刷された部署を頼りにその担当窓口を訪ね、係の方の説明を受けて「同意書」にサインした。対応する方の言葉が地元の方ではないのを感じて尋ねると、なんと「愛媛県」からの派遣であった。そこで、遠い所からの応援を労い、また先日訪れた「道後温泉」の話を少しさせて貰った。先日アップした40年ぶりに高知で出会った場所を訪れ、愛知から支援で宮城に来ている友人と同じだった。そして、我が別荘地を訪れると、辺りはゴーストタウンと化し、雑草は伸び、立ち枯れた木が数本見える。「3.11」の前年までは、毎年、草刈りを欠かしたことが無かったこの地。悲しい・・。別荘の門の脇になるであろう所に植えた「仙台萩」だけが、咲き誇っていた・・・・。【今日のLife Hack:困難なことに挑戦すれば、当然挫折を味わう機会が増えます。したがって、人生には挫折はつきもので、 挫折とはその人が能動的に生きてきた証とも言えます。 ~大田典生~】<「3.11」津波浸水区間の表示><山元町役場仮庁舎><仮庁舎><事業予定区域図><別荘地のメイン・ストリート><震災前のメイン・ストリート><我が別荘地><被災前の土地><我が別荘地に咲く仙台萩>
August 22, 2014
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携帯ゲーム「コロプラ」の福島県制覇に向けて、残された地は「南相馬」。「3.11」東日本大震災以来3年以上が経過、やっと近づけそうなので、今回立ち寄ることに・・。国道115号線を走り続け、伊達市・霊山(りょうぜん)から相馬市に入る。市街地に入る手前に常磐道があり、「相馬-南相馬間、無料開放」の掲示が出ていたので、早速、相馬ICから常磐道に乗り南下、車もほとんど無く、快適な高速走行を楽しむ。20分程で終着点の南相馬ICに到着、高速を下りる。放射線量が少なくなったとはいえ、長居は禁物、Uターン・・・。そこで、妻が「何の為に来たの?」と。そう、ここで位置登録をするのを忘れていた・・・。(汗)無事、位置登録を済ませ、「福島県・制覇!」。・・・「3.11」の前に、今も立入りが禁止されている地域の位置登録を済ませておいて良かった。ここで生活されていた方々のことを思えば申し訳なく、不謹慎ではあるが・・・。--------------------------------------「3.11」の発生で、南相馬市は6弱~5弱を観測。津波が海岸線から約2km付近までの地域を呑み込み、壊滅させた。特に津波の第3波は大きく、海岸線に設けられた高さ十数メートルの防潮林を越えたという。 福島第一原子力発電所事故の放射能漏れによって屋内退避区域に指定された同市に、食料・燃料等の救援物資が満足に届かなかったという。--------------------------------------【今日のLife Hack:才能には限りがあるが努力には限りがない。】<相馬IC、南相馬まで無料開放><2車線から1車線、車が走っていない・・><南相馬IC出口><福島県、制覇!><福島県制覇で、緑色から黄色に!><南相馬IC入口><仙台方面もガラガラ・・>
August 21, 2014
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先週、お盆休みのお話・・・恒例の「墓参ツアー」で、まず仙台を目指す。途中、福島県南相馬市と宮城県山元町に立ち寄る計画を・・・。・・目的は・・・南相馬は、携帯ゲーム「コロプラ」で残された地、位置登録し福島県を制覇すること。・・「3.11」以降、放射能の被害もあり訪れることが出来なかった・・。そして、山元町は、「3.11」で被災した我が土地について町役場の説明を受け現地見学すること。東北道「福島西IC」で高速を下り、国道115号線を走り、相馬を目指す。途中、「霊山」と書かれた看板が見えてきた。「りょうぜん」と読む。聞いてはいたが、漢字は初めて・・・読めない・・。調べたら・・・霊山(りょうぜん)は、福島県伊達市と相馬市との境にそびえる標高825メートルの山。国の名勝、日本百景、およびうつくしま百名山に指定されている。また、南北朝時代の重要な城跡遺構として国の史跡にも指定されている。山をセンと読むのは大山や氷ノ山、扇ノ山のように中国(山陰)地方に多く、福島県では珍しい。比叡山延暦寺の座主円仁によって開山されたといわれ、釈迦が修行したという。インドの霊鷲山(りょうじゅせん)に因み霊山と命名されたという。山号は南岳山山王院霊山寺。----------------------------------ここも、「3.11」東日本大震災の影響を受けている地域。あちこちに、「復興」の文字が掲げられた工事現場が見える。特に道路が多い。妻が、「道路を造ることが復興事業だと、勘違いしているのでは・・」と・・・。【今日のLife Hack:次にチャレンジできる人が、 成功する人間であり、勝利する人間なのです。~秋元康~】<霊山><除染の表示><復興支援道路>
August 20, 2014
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8月19日、今日は「バイク(819)の日」バイク・ネタを・・と思ったが、日経に三島敏夫さん死亡の記事を見つけたので、変更。三島敏夫氏が17日、低酸素血症のため87歳亡くなったと報じられた。1948年にハワイアン歌手としてデビュー。和田弘とマヒナスターズ等のボーカルとして活躍、ソロでも「面影」「人妻椿」がヒットしたという。和田弘とマヒナスターズは知っているが、三浦さんは・・・覚えていない。昨年7月14日に靖国神社で、三浦さんが歌う姿を見て、初めてその存在を知り・・・老いてなお歌い続ける力に感動したのを今も覚えている。あれが、最後になってしまった・・。「R.I.P.」(rest in peace)【今日のLife Hack:なれなかった自分になるのに、遅すぎることはない。-- ジョージ・エリオット(イギリスの小説家)--】<2013年7月14日に撮影した三島敏夫さん>
August 19, 2014
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少し前の話ですが・・恒例の「人間ドック」。毎年のことながら、ここの玄関を潜る時は憂鬱で、どこか悪いところが見つかるのではないかと・・不安で・不安で・・。ここは有名人も受けている所、宣伝か、有名人のコーナーが設けられている。ドック終了後は、お楽しみの昼食、美味しく・・食事を抜いているので余計に美味しい・・。・・お陰様で数値が悪い個所は少々あるものの、取り敢えずOK,再検査無し。紹介状の入った封筒」も渡されずに済み、また1年、元気で過ごせるような気分に・・・。【今日のLife Hack:人間にとって、転んだことが恥ずかしいことじゃない。 起き上がれないことが恥ずかしいことなのだ。 ~ 三浦綾子「帰りこぬ風」より ~】<エントランス><待合>
August 18, 2014
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申し込んだことを忘れていた「平成26年度迎賓館参観」の抽選結果が届いた。 京都迎賓館 8月1日(金)~8月10日(日) 迎賓館赤坂離宮 8月22日(金)~8月31日(日) 喜び勇んで、読み進むと・・・なんと、落選・・・であった・・。残縁ながら今回は諦め、次回に・・・。---------------------------------------------------------「平成26年迎賓館赤坂離宮参観」抽選結果のおしらせ。(赤坂)この度は、平成26年迎賓館赤坂離宮参観に御応募いただきまして、誠に有難うございました。本年の参観につきましては、申込多数となりましたため、厳正なる抽選を実施した結果、残念ながら選にもれましたことをお知らせいたします。迎賓館赤坂離宮は、国公賓など海外からの御客様をお迎えして、接遇を行う国の迎賓施設として昭和49年4月に開館し、40周年を迎えました。多くの皆様から変わらず高い関心をいただいておりますことをこの場をお借りして御礼申し上げます。今後とも皆様の御理解と御協力を得られますよう努めてまいりますので、引き続きよろしくお願いいたします。※キャンセル待ちはお受けしておりませんので、ご了承ください。迎賓館赤坂離宮(東京都港区元赤坂2-1-1)===============================================○本年の一般公開予定「平成26年迎賓館赤坂離宮前庭公開」館内を御覧いただくことはできませんが、国宝に指定された迎賓館赤坂離宮本館を間近で御覧いただくことができます。<実施時期> 26年11月頃(開催日未定・3日間開催) <入場要件> ・事前申込不要で入場自由 ・年齢等の入場制限なし(どなたでも入場可能) ※開催日は決定し次第、ホームページ等により公表します。 [参考:迎賓館ホームページ http://www8.cao.go.jp/geihinkan/index.html]=============================================== 【今日のLife Hack:研究されたほうが面白い。その裏をかけばいいんですから。 ~ 松阪大輔 ~】<内閣府のHP>
August 17, 2014
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花火を堪能し(半分寝ていて・・)、二次会を楽しみ、友人宅に一泊。友人は朝5時から花火会場の後片付けに出掛けたが、私は布団の中で・・・。ゴルフ場を使って花火をあげているので、その燃えカスが広範囲に広がっているらしい。古河市民が毎年朝早くからご苦労されている。お疲れ様でした。渡良瀬川を挟んだ対岸の埼玉県加須市向古河の市民も花火を見ているはずだが・・掃除は??・・。友人に車で送って貰い電車の人に。そして、家に戻ると、暫くして息子一家がやってきた。孫姫はさらに成長し、何にもつかまらずに立っている時間ものびてきた。お土産は鎌倉ビール、イカ墨を使ったパン、レーズン・ラスク、ドライフルーツ・・・。ありがとう。【今日のLife Hack:前に進むにはまずバランスを崩さなければならない。 歩き始めるときにどうするか、考えてみたらいい。】
August 16, 2014
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「関東最大」と銘打った2万発の花火が終了し、その余韻を楽しみながら人混みに加わる。昨年は最後、雨に見舞われたが、今回は雨も無く、いい花火だったーー。人の流れに身を任せ、友人宅に戻り、次は2次会。行く先々の店が満員で、行きついた先はインド料理店。ナン、サラダ、・・を注文。あれだけ飲んで、また頼む、今度は「ハイネケン」。花火と再会に「乾杯!」。壁に掲げられた「タージマハル」のポスターを見ながら、店員に昔、訪れたよと誘い水を・・。しかし、ここで働く方々は「ネパール人」であった・・。(汗)それでも、ヒンドスタニー語(インド語)を話したく、人懐っこい眼差しの彼らに、「ダンニャワード」(ありがとう」と。・・通じた!!・・・。・・あの頃はもっと覚えていたが、今私の知っているインドの言葉はこれだけ・・・。(汗)【今日のLife Hack:私は、嫌な部分もあるけれども、自分が大好きです】<2010年のGW訪れたタージ・マハル>
August 15, 2014
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四国の旅シリーズが長引き、アップが遅れて、申し訳なかったが・・友人の招待で、今年も茨城県古河市で開催の花火大会を楽しんできた。昨年まで「北関東最大」と謳っていたような気がするが、今回は「関東最大」と表記。いつトップに躍り出たのだろうか・・・。午後3時に友人宅集合だったが、彼のお姉さんが早めに着くとの連絡を受けて急いで古河へ向かった。この暑い中、バイクを敬遠し電車移動、古河駅に着くと、「花火大会」一色、歓迎ムードが漂っていた。久しぶりで、友人のお姉さん一家の方々とゆっくり話し、3時に場所取りのため会場へ移動。エアコンで快適だった室内と違い、外は暑い、早く、冷たいビールを・・。いつものように、最適?の場所にブルーシートを敷いた。ここは紳士的?なのか、当たり前だが、先日足立で問題になった芝生にスプレーで名前を書く輩はいない。毎年のことながら、友人の準備した「花火見物セット」は凄い。クーラーボックスには、お姉さんの差入れの寿司、つまみ、お菓子、せんべい酒・酒・さけ、そして酒。今回はビール、焼酎に加え、赤と白のワインのボトルも追加されていた。これだけあると、終わるまでの約6時間、不足することは無い・・・。また、いつもの蚊取り線香まで揃っていて、彼の心配りに感心してしまう。有り難い。例年のことながら、時間を追って次々と観客が押し寄せ、土手は人で埋まっていく。そして、夜7時20分、1発目の花火が上がった。今回は「関東最大」と謳われたように「三尺玉」が3発、計「2万発」の花火が上がる。素晴らしい花火の数々が夜空を古河市(こがし)・・いや、焦がした。・・・ところが、花火に酔った・・いや、酒に酔った男性陣は横になり、眠り始め・・結局、所々しか、見ていなかったような・・。・・私も、しっかり寝ていたような・・・。・・昼間の酒は効く・・・酒の力は恐ろしい・・・。【今日のLife Hack:何でもないことは流行に従う。 重大なことは道徳に従う。 芸術のことは自分に従う。 ~ 小津安二郎/映画監督 ~】<今年はワインも加わり・・・>
August 14, 2014
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1974年に四国を訪れて以来、40年間もこの地を訪れていなかったのに・・・今年に入り、2度も訪れることになろうとは、思ってもいなかった。それもGWの愛媛(松山・大洲)に続いて2か月後。お蔭で四国地方4県のうち3県に足を踏み入れ、高知・徳島の一部を塗り絵することが出来たーー!。さっ、残すは和歌山と九州。・・・コロプラを始める時期が1年早ければ、過去のブログに記された通り・・・熊本・福岡・佐賀・長崎・にちょっと色がついていたのに・・・。今回も沢山のサプライズ、ハプニング、セレンディピティを生んだ旅。ありがとうございました。筋書きの無いドラマ・・・やはり、旅はやめられない・・。 【今日のLife Hack:大きなことを出来る人はたくさんいますが、 小さなことをしようとする人はごくわずかしかいません。 ~ マザーテレサ ~】
August 13, 2014
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土讃線「大歩危駅」から高知まで特急で1時間(普通だと2時間)。無人駅ホームまで見送りにきた友人夫婦と別れを惜しみ14時44分の特急「南風」に乗り込んだ。車両の動き出すのと同時に、互いにカメラを向け互いを撮影・・思考回路が同じような・・。ホームでの彼らが両手を振ってくれた姿が今でも忘れられない。有り難かった。彼らは、そこから車で名古屋へ移動、友人は単身宮城県へ向かうことに・・・。(後日談だが、友人から奥さんに運転を変わり、次の交代地点を逃し大変なことになったらしい)特急の自由席だがガラガラ、綺麗な床に感動しながら素敵な電車の旅を味わう。予定通り1時間で高知駅着き、前日に撮り損なった画像を求め、播磨屋橋の東公園へ。先日訪れた靖国神社でペギー葉山さんが語った情報によると、去る2012年11月3日、播磨屋橋の東公園に「南国土佐を後にして」の歌碑が、全国から集まった1600万円の寄付金で建立。あの歌の大ヒットから何と54年の歳月が流れ、多くのファンとあの歌に寄せる熱い思いの結集だという。彼女は去る6月9日、一般社団法人 日本歌手協会の総会で、三代目の名誉会長に就任された。(初代は田端義夫さん・二代目は青木光一さん)碑は午前8時半から午後8時半まで1時間おきにペギー本人の歌声が流れ、隣に建てられた鯨の親子が潮を吹く仕組みになっているが、それを体験する暇はなかった・・・。「南国土佐を後にして」(武政英策 作詞/作曲)♪ 南国土佐を 後にして 都へ来てから 幾歳ぞ 思い出します故郷の友が 門出に歌った よさこい節を土佐の高知の ハリマヤ橋で 坊さんかんざし 買うをみた ♪。また、はりまや橋近く、ビルの壁に掛かる「からくり時計」が16時に時を告げた。・・・GWに訪れた松山・道後温泉の「からくり」の方が面白いかな・・。復路は、JAL1492便。搭乗手続きを終え、待っていると、珍しいアナウンスが流れた。乗客が座席数よりも多いの為、明日の便に遅らせても良い客を募集していた。応じると、謝礼として2万円、または15000ポイントが貰えるという。JAL機は高知空港を飛び立ったが、立っている乗客はいなかった・・・。そして、無事、羽田に到着・・夢のような、盛りだくさんの旅を終えた。翌日月曜は当然、仕事!・・・。 【今日のLife Hack:自分のことが好きって顔をして生きていると、 本当にそうなれるかも知れない-- マージ・パーシー --】<特急で大歩危から高知へ> <高知駅内><高知駅前の坂本龍馬、武市半平太、中岡慎太郎の土佐勤王党3志士像><泊まったパシフィックホテル><路面電車に乗車>164)- posted by (C)ilovecb<これを見たかったーー><2012年11月3日、「南国土佐を後にして」の歌碑建立に出席したペギー葉山さん><先月14日に撮影したペギー葉山さん><説明書き><日中のはりまや橋><はりまや橋近く、ビルの壁に掛かる「からくり時計」><19時発のJAL1492便・・・翌日、月曜日は勿論。仕事!><往路の「Jクラス」に対し復路はエコノミー・・・シートは「レカロ製」>
August 12, 2014
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大歩危遊覧の次は、祖谷(いや)。この漢字は読めない・・。ほどなく、かずら橋の駐車場に到着。今回の旅で、最後の駐車料金を・・彼が支払った・・。いつものことだが、彼の車を使い、ガソリン代、高速代、駐車場代を彼は受け取らない。申し訳なく、何かの形でお返ししたく・・・。さて、ここかずら橋で、友人夫婦と互いに橋を渡る姿を撮影しようという彼の提案で、先に、我々が500円(高い!)を支払い、混み合う橋の上を進んだ。この橋は、安全のため中にワイヤーが隠れているものの、「かずら」で包み込むように出来ていて、更に橋の下の隙間が広く、踏み外すと落ちてしまいそう。・・・妻に「・・なら、途中で止まるから大丈夫」と言ったら、妻から・・・。(汗)私はこの手の歩きは得意で、手放しでスイスイと進めるが、妻は恐る恐る、少しずつ・・。友人らが待ってくれているのも気がかりで、妻をせかすが、堂々?としていて動き難い・・。、やっと妻が中央まで来たところで、向こうの橋で待っていた友人に撮影して貰った。すると、友人の奥さんが、盛んに、「X」印の合図を送ってくる。意味が分からずに戻ると私のカメラのバッテリーが切れたのだった。勿論、彼のカメラで撮って貰った・・。一昨年前に同じメンバーで訪れた吊り橋、寸又峡「夢の吊橋」と比べても、渡り辛い。「かずら橋」を調べると・・・サルナシ(しらくちかずら)などの葛類を使って架けられた原始的な吊り橋。古文書によると、かって7ないし13の橋が存在したとされる。起源はその昔、弘法大師が祖谷に来たとき困っている村民のために架けたとか、あるいは平家の落人がこの地に潜み、追手が迫ってもすぐ切り落とせるように葛を使って架設したとの伝説もあるが定かではない。現在の西祖谷山村善徳のかずら橋は長さ45m、幅2m、谷からの高さ14mで「日本三奇橋」の一つで、重要有形民俗文化財。ps.仙台着、明日から墓参ツアーのはじまり、、、。【今日のLife Hack:全ての偶然は必然に思える。】<よくこそ、祖谷(いや)へ><ぼけ マート><大歩危駅><やってきた特急「南風」>
August 11, 2014
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私の携帯ゲーム「コロプラ」訪問先塗り絵の為ではないが、友人は未開の徳島県、百年以上の歴史がある「大歩危峡遊覧船」を計画していた。有り難い。最近のニュースから想像するのは難しいが、訪れた26日と27日だけが晴れ、快晴に近かった。その前の週も、その後からの週も、台風12号に続く遅い11号の影響もあり現地は大変なことになっていて、これまで中止になることの無かった「よさこい祭」も・・・。この日も前日に続き快晴。ところが急変、1時間弱だったが、突然の雨に見舞われた。車に傘を取りに戻ったが、さすがにここは天気が急変するようで船着き場に大きな傘が用意されていた。雨の中、団体客を含む列の最後尾に並び約30分、やっと乗船。準備されたオレンジ色の救命胴衣を着けてスポンジ状の座布団に座った。遊覧船に屋根はあるものの、雨はまだ降り続けているし、四方は開放、波しぶきも入ってくる。船に乗る時置いてきた大きな傘には手が届かず、持参した携帯傘を開いて雨と波に備えた。景色は素晴らしく、45度に傾いた地層の岩々を眺めながら、船頭さんの解説に耳を傾ける。我々が数年前訪れた埼玉県の「長瀞」(ながとろ)と同じような地形だという。妻が最初に発した「長瀞と似ている」は当たっていた・・・。折り返し地点に近づく頃には、空の雲は切れ、青空が見えてきた。変わり易い天気にちょっと驚き・・。その辺りまでくると、先ほどの45度に傾いた地層から水面な地層の岩に変わっていた。説明は聞いたが、よく覚えていない。調べると・・・大歩危(おおぼけ)は、吉野川中流域に位置する渓谷。夏季のラフティング・カヤックで知られている。数km下流の小歩危(こぼけ)と共に、大歩危・小歩危(おおぼけ・こぼけ)として一括りにされることが多く、剣山国定公園に含まれている。一般には漢字説(「大股で歩くと危険」)が有名だが、「ほき、ほけ」は断崖を意味する古語。この地域の地質は三波川帯に属し、8千万年~6千万年前にできた変成岩類で構成され、大歩危は砂質片岩が多く露出する。今年2014年3月18日には国の天然記念物に指定された というまた、1999年7月29日の大雨で水嵩が増し、川から見ると高台にある地下駐車場の天井まで水位が上がったという、今回、毎日のように四国での水被害が報道に、心痛める日々で・・・。【今日のLife Hack:あせることは何の役にも立たない。 後悔はなおさら役に立たない。 前者は過ちを増し、後者は新しい後悔をつくる-- ゲーテ --】<大歩危峡><雨の中・・・><折り返し付近で晴れ間が・・・><1999年7月29日の増水>
August 10, 2014
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前日朝4時起きで活動し、高知で迎えた朝、ホテルの朝食は個室が用意されていた。落ち着いた雰囲気の中、いつものペースで素早く食事を終えると、友人に驚かれてしまった。昔、入社試験が「早飯試験」で有名だった会社で働いていた私は、早喰いは健康で胃腸が丈夫な証拠で仕事も早いという社長の言葉を紹介・・。昨日、一日中休むことなく話したのに、この日の朝もテンションが高く話がはずみ、彼の宮城県での「東日本大震災の支援活動」の話も興味深かった。表にはなかなか現れない仮設住宅での苦情処理の数々から、趣味で作った手作り品を被災者の方にプレゼントしたいとか、自称歌手の方から自作CDを持ち込み披露する場を設けてほしいとか、忙しい中、小さな親切がその忙しさに更に拍車をかける場面も数多いという。我々の想像もつかない話が次々に飛び出し、個室の居心地も良く、時が過ぎるのを忘れ、結局、朝食ミーティング??は1時間以上続いてしまった・・。8時半にチェックアウト、高知城の駐車場に車を駐め近くの「朝市」へ向かう。骨董品、野菜・果物、やどかり等々、色々な種類の店が軒を連ねる様子を眺めながら歩いた。中でも、包丁やナイフなど刃物を扱う店が気になった妻が店先で尋ねると、昔から刃物づくりが盛んで、その技術が受け継がれ何代も続いていることを誇りにしている店も多いという。包丁を薦められたが、飛行機に乗れなくと困るので、買うことは無かった・・・。そして次は、「高知城」。調べると・・・ここは別名鷹城(たかじょう)と言われ、 江戸時代、土佐藩の藩庁が置かれた所。江戸時代に建造された天守や本丸御殿、追手門等が現存し、城跡は国の史跡に指定され日本100名城にも選定されている。高知平野の中心に位置する大高坂山(標高44.4m)上に築かれた梯郭式平山城。山の南を流れる鏡川、北の江の口川をそれぞれ外堀として利用している。現在見られる城は、江戸時代初期に、土佐藩初代藩主・山内一豊によって着工され、2代忠義の時代に完成し土佐藩庁が置かれた。4層6階の天守は、一豊の前任地であった掛川城の天守を模したといわれている。一豊により河中山城(こうちやまじょう)と名付けられたが、高智山城から高知城になったという。ここは本丸の建物が完全に残る唯一の城として知られ、明治6年(1873年)に発布された廃城令や、第二次大戦による空襲を逃れ、天守・御殿・追手門など15棟の建造物が現存し国の重要文化財に指定されている。暑い暑い中、「城博士」の友人の手綱は緩まず、説明を聞きながら石段をのぼる。日陰が無く、最近にして珍しく、頭から、顔から、体から汗が噴き出してきた。途中、山内一豊と妻・千代(見性院)、板垣退助の銅像を見つけ、記念撮影は忘れない。大高坂山を上りきり城内に入る。城特有の急な勾配の階段をのぼり上へ上へと進み、そして、天守閣で、涼しい風を浴びながら、暫し休憩。高知の街が一望できる。・・ちょっと気になったのが、石垣から出ている板状の石・・・排水用の「石樋」雨の多い土地、石垣内部に泥水が入り目詰まりし、ゆるみが起きないに設けられたという。暑い、この日、埼玉の熊谷と四国の四万十は、最高気温を記録したらしい。【今日のLife Hack:人生における最も大きな過ちとは、失敗を恐れ続けることである。】<ホテルの個室で朝食><朝市><刃物><高知城><板垣退助像>
August 9, 2014
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この日最後の観光地は・・高知と言えば・・「はりまや橋」。そう、札幌の時計台、沖縄の守 礼門 か 長崎のオランダ坂等の説と並ぶ「三大がっかり」の地。調べたら・・・播磨屋橋は、高知市中心部にある道路橋で長さ約20mの桁橋で、江戸時代に高知の豪商である播磨屋と櫃屋(ひつや)は、互いに本店が堀で隔てられていて、この両者の往来の為に架けられた私設の橋が、「播磨屋橋」(はりまや橋)の名称の由来だという。また竹林寺の僧・純信が恋人であるいかけ屋・お馬の為に髪飾りを買ったという悲恋物語は「よさこい節」の歌で有名。・・友人は交差点の脇に車を停め、駐禁対策で車中で待っているという。「はりまや橋」の袂で、先日、靖国神社で「iPhone」に録画してきたペギー葉山「南国土佐を後にして」の動画を披露するはずだったのに・・・。・彼を除いた3人で聴いた・・。(汗)「♪ 南国土佐を後にして 都へ来てから幾歳ぞ 思い出します故郷の友が 門出に歌った よさこい節を 土佐の高知のハリマヤ橋で 坊さんかんざし 買うをみた~♪」橋の前で記念撮影し急いで車に戻り、その日のお宿「パシフィック・ホテル」へ向かった。私は、パック旅行(正規往復運賃7万円が、ホテル込みで3万円強)にする為に、捨てても良いと思っていたホテル予約だったが、彼等も同じホテルに予約してくれた。ありがたい。高知駅から徒歩3分の位置にある、まあまあのホテル、ロビーも立派。そして、高知の街へくり出し・・・大げさだが、近くに居酒屋へ・・。ここで、「はちきん地鶏」を注文。はちきんは「男勝りの女性」を指す土佐弁だという。・・・ここで、初めて知った。そして、朝からずーーと、喋りっぱなしだったのに、更に盛り上がり・・・高知の夜は更けた・・・。【今日のLife Hack:「信じること」「信頼すること」というのは、 自分を相手に向かって投げ出していくことである。 ~ 加藤諦三 ~】<はりまや橋><はりまや橋の脇に「アンパンマン」><パシフィックホテルのロビー><はりまや橋地域の夜景>
August 8, 2014
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・・友人のこの日の最後のサプライズは、競馬!。そう、ハルウララが連戦連敗続きで話題になったあの高知競馬場。彼は、我々の干支「午年」に因んで、ナイター競馬を用意してくれた。入場料100円で中に入ると、駐車場に並ぶ車の割に静かで客も少ない。ここは四国で唯一の競馬場で、有名な話も多い。調べたら・・・2004年、堀江貴文ライブドアの前社長のホリエモンが中央競馬から移籍。2006年、エスケープハッチが(1962年のNAR発足以降)地方競馬平地競走歴代最多勝新記録(47勝)を達成。2007年、オースミレパードがサラブレッド最高齢勝利を達成・・等々話題を呼ぶ馬が割と頻繁に登場している。また、2009年は5〜6月に「夕焼けいば」、7月24日以降は西日本地区の地方競馬としては史上初のナイター競走(愛称は「夜さ恋(よさこい)ナイター」)を開催している。また、2004年3月22日、106戦目のレースでは武豊騎手が騎乗し注目が集まり、当日の入場者数(1万3000人)、1つのレース(ハルウララ出走レース)の馬券売上額(5億1163万円)、1日の総馬券売上額(8億6904万円)はいずれも高知競馬史上最高記録を更新。ハルウララの単勝馬券だけで1億2175万円の売上を記録し、関連グッズも1000万円にのぼった。入場制限を行い、ハルウララの馬券を購入する専用窓口を設置(待ち時間は7時間)。レース結果は11頭立ての10着に終わり連敗記録を106に伸ばすこととなったが、レース後武豊は通常勝ち馬が行う「ウイニングラン」(馬場を1周)を行った という。そんな有名な競馬場だが、我々4人誰も競馬の経験がなく、近くのおじさんに尋ねながら勉強・・。おじさんに教えられた「3連複」(順番に関係なく3着以内に入ればOK)で買うことにした。第9レースで、と意気込んだが、なにせ素人集団、悩んでいる内に時間切れ。次の第10レース出走馬の毛並みを見ながら下見、「一攫千金」を夢見て臨んだ。馬券を買うのも一苦労で、ハプニング続出。妻は11頭立てなのに12番を買おうとして、はねられている(馬だけに跳ねられ・・)(笑)そして結果、1着「8」、2着「5」、3着「2」に終わった。私は、「5」と「2」を入れた2種を買ったが、どれにも「8」は入っていなかった・・残念。(汗)全員、ビギナーズ・ラックを味わうこと無く初めての競馬を終えた・・。・・昔、一家で北京を訪れた時、同じツアー客と円卓を囲んで食事をしている時、小学生の息子に単位の問題を出し、猫は?・・「匹」、箪笥は?・・「棹」と続け・・。私が「馬は?」の質問をすると、息子は当然・・「頭」と。そこで私が、「いやいや、「着」」・・・「1着」「2着」・・と応えたら、隣に座った家族に大笑いされてしまった・・・。【今日のLife Hack:物事をじっくりと考えるヒマのない人も、 後悔するヒマはいくらでもあるようだ】【今日の一枚】<高知競馬場><第10レース出走馬の毛並みをチェック><やっと馬券を買えた!><第10レース結果><ビギナーズ・ラックも無く競馬場を去る>
August 7, 2014
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高知が生んだ偉人、岩崎弥太郎の次は坂本龍馬、明るいうちに桂浜へ急ぐ。桂浜の駐車場に着きゲートを潜ろうとすると、係員の方から「ちょっと待った方がいい」と言われ、車をバックさせて待機。・・なんと、あと数分で、駐車場管理時間が終わり、無料開放の時間帯に入るのであった。車内で皆声を合わせて「良い人!」と。きっと、あの方に幸せが訪れますよ。お陰で400円を節約、有り難い。駐車場脇の丘をのぼると、広場に建つ、あの有名な像が現れた。右手を懐に入れ太平洋を眺めて立つ坂本龍馬像、想像通りの堂々とした姿がいい。だが、ここでの記念撮影は難しい。龍馬像が高い位置にあるのと、夕陽の逆光が邪魔している。・・・それらしき記念撮影と、画像販売用の撮影を試みてその場を去ることに・・・。そして桂浜、土佐民謡「よさこい節」にも詠われ、高知を代表する名所の一つ、いい感じの砂浜が続く。上竜頭岬が北東端に、下竜頭岬が南西端にあり、挟まれた形で砂浜が延び下竜頭岬には竜王宮の鳥居が見える。潮風が、波の音が、心地よい。この近くに長宗我部元親が築いた浦戸城があり、一時この地が岡豊城に代わって土佐の中心地になったこともあったが、初代土佐藩主として土佐入りした山内一豊が、手狭に感じ1603年(慶長8年)高知城を築いて移ったため浦戸城は廃城となってしまったという。帰り道、浜辺から駐車場までは地続きなのだが、柵が回されていて入ることは出来ない。また、急な階段を上り、龍馬像を拝み、土産屋の前を通って駐車場へ・・。土産屋の陰謀?・・。【今日のLife Hack:世の人はわれをなんともいわばいえ わがなすことはわれのみぞ知る~ 坂本龍馬 ~】<数分待って、駐車代が無料に・・・><桂浜><竜王宮の鳥居が見える・・><リョーマの休日の幟が・・><南国を感じる・・・>
August 6, 2014
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野良時計から約1.6km先に岩崎弥太郎の生家がある。明治から今日に至る大財閥三菱を築きあげたのが彼。生家は200年の風雪に耐えて残る茅葺きの小住宅で藩政時代の生活を想像することが出来る。調べると・・・天保5年12月11日、安芸郡井ノ口村に生まれ、 安政元(1854)年、大志を抱いて江戸に出、昌平黌の教授であった安積艮斎の門下に入り、教えを受ける。 その2年後、父親が重傷を負う事件があり、帰郷。その際藩の役人と争い投獄され、翌年出獄、追放処分となる。この頃吉田東洋と出会い、それを機に新たに飛躍の道を開き、東洋の死後は、後藤象二郎に登用され、藩の開成館や土佐商会でその手腕を発揮する。明治3(1870)年開成館大阪商会が設立され、弥太郎が経営にあたる。1ヶ月後、名称を九十九商会と改称。翌4年の廃藩置県に伴い、土佐藩所有の船舶の払い下げを受け、同5年、三ツ川商会と改名。同6年に三菱商会と改名、三菱グループ発展の基礎を作った。弥太郎は海援隊の会計を担当していた経緯があり、坂本龍馬とも縁が深いという。瓦には家紋の三階菱が残る。この三階菱と土佐藩主山内家の家紋(三ツ柏)をもとにスリーダイヤが出来上がった。また、庭には日本列島の石組みが残る。弥太郎が少年時代、天下飛雄の夢を託し日本列島を模して作ったと伝えられている。ここには、「春よ来い」の歌碑があり、その脇にあった、三菱系・・小岩井乳業のお店があり、休憩。岩崎弥太郎のマトリョーシカに目を引かれ、そこで注文した柚子アイスは美味かったーー。東大の近く湯島に、私が時々訪れる「旧岩崎邸」があり、そこで聴いた田中健さんのケーナの調べが忘れられない・・・。【今日のLife Hack:自分を許す、自分を讃える、自分を笑ってみる】<岩崎弥太郎の生家><生家の入口><春よ来い、早く来い~♪><岩崎弥太郎のマトリョーシカ・・面白い!><柚子アイスは美味ーい!><旧岩崎邸><2010年11月6日、旧岩崎邸で田中健さんと握手>
August 5, 2014
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香美市の土佐山田駅前YHだった「百年舎」での突然にハプニングの次は安芸市へ。この街のシンボルは「野良時計」、昔、田畑で働く人々に時を告げたという。安芸瓦の屋根と白壁はひときわ印象的な姿を見せ、のどかな田園風景に描かれた絵のようにも見える。ローマ数字の文字盤がハイカラなこの時計は、まだ時計が一般に普及していなかった明治20年(1887)、地主の畠中源馬氏がアメリカ製の八角時計を分解、組み立てて仕組みを学び、分銅や歯車を独学で製作、手作りの時計を一人で仕上げたという。今は登録有形文化財に指定されている。札幌時計台と並ぶ日本を代表する時計台のようで、日本の二大時計台かも知れない。この日は朝から続く晴天、じっとしていても汗が流れてくるほどの暑さ。それでも、添乗員兼ガイド??である友人の手綱さばきは緩まない・・(笑)野良時計を後にし、古い街並みを歩くが、ここも日陰を探すのが難しく汗は止まらない街の奥に辿り着くと、そこにあったのは土居廊中(どいかちゅう)と呼ばれる武家屋敷跡。安芸市指定史跡で、石垣と掘りが残る「安芸城跡」。鎌倉時代の延慶元年(1308)安芸親氏によって築かれた城で、安芸氏はこの地方の有力な豪族の一人、戦国時代には「土佐七雄」の一人といわれたという。城は安芸平野のほぼ中央の小高い丘にあり、東に安芸川、北に城ヶ淵、西に安芸川支流の矢の川、南に溝辺の堀があって、これらを外堀とした天然の要塞。また、内堀を掘った土で土塁を築き城壁とし、南の大手門には桝形の広場も見られる。戦国時代の末、永禄12年(1569)長宗我部元親(ちょうそかべ もとちか)に攻められ、激戦の末落城、城主・安芸国虎は降伏し切腹、安芸氏は滅びた。その後30年間長宗我部氏が支配したが、慶長6年(1601)山内一豊の土佐入国とともに山内氏の重臣、五藤氏が安芸を治めることとなり 、ここに居館を構え、安芸城は「安芸土居」と称された。一方、街中に目を移すと、割れ瓦を積み重ねた練り塀と河原石と赤土の練り塀、瓦文化「瓦練塀」が残るそこで、気になったのが、漆喰壁の途中にある瓦、何段にもなっている所もある。友人が、公民館の前で、一人の婦人を掴め、質問すると、「水切瓦」と呼ばれ、水の流れを断ち切る、台風が多い高知、バケツをひっくり返したような雨に備えて軒先を二重にしたりして、漆喰壁の表面を保護するのだという。中には6段も水切り瓦を備えた家も見ることが出来る。瓦4辺に突起がない水切りに適している瓦を使用し、土佐漆喰で縁を塗り固めつくられている。水切りの用途と造形の美を併せ持った高知、特に安芸地方独特の瓦文化だという水切瓦には、水切(防水)以外にも、美観を重視した衣装としての目的が含まれ、昔は豪華さの中に豊かさ・家柄・勢いを示すものでもあったらしい。ここでは、大工よりも左官の賃金が高額。年間を通じて左官職人は、雨や風によって仕事の出来ない日が多いからだという。水切瓦は面白い。実際に来て、実物を見ないと実感が湧かない。いつも思うが、経験。体験は大切だと・・・。【今日のLife Hack:自分が何を求めているかはっきりと言える人は、それだけで人を引き寄せる。そして、求めるものが手に入る確率も、また高くなる。 ~ トマス・レナード ~】<野良時計><ようこそ安芸市へ><安芸城跡><山内一豊の有名なお話・・らしい><武家屋敷{野村家}><水切瓦><瓦練塀><名物のアイスクリン>
August 4, 2014
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「リストランテ クアットロ スタジオーニ」での昼食を終え、庭で友人と当時のよもやま話に花を咲かせていると、ここのスタッフの方に声を掛けられた。「先日、新聞に掲載された方ではないですか?」と。我々の話声が大きかったのか、それらしき話の内容が漏れていたのか、聞かれてしまったらしい。彼が「40年前が懐かしく、建物の瓦屋根を見ながら当時を思い出して話し込んでいました」と。すると、そこを経営する方々が紹介され、よく来てくれたと手厚いおもてなしを受けることになってしまった。まず、隣接する「蔵」に案内され、コーヒーを御馳走になりながら、この40年間の歴史に耳を傾けた。ユースホステルは止め、大正初期の原型を損なわない様に改修し、古民家ギャラリー「百年舎(や)」に。因みに登録有形文化財指定になっているが、固定資産税などは免除にならず、イタリアンレストランも、納税等ここを維持管理する一助になっているという。話に夢中になっていると、「レストランに食事を用意しましたから、どうぞ」と勧められたが、食べたばかりでもあり、丁重にお断りした。その心遣いに感動、本当に有り難かった。また、当日、ちょうど、ここ「百年舎」を紹介する教養講座が開催されていて、高知文化財研究所の溝渕博彦代表が講義されていて、我々は無料で受講させて貰った。建物の特徴、歴史や文化を感じさせる逸品の数々を丁寧に解説され、それを皆熱心に聴いていた。テキストの中には、40年前に記念撮影したアーチ形の門や屋根が載っていて、更に、よく見ると彼の投稿・掲載された新聞のコピーも一緒に入っていて驚かされてしまった。経営者の方から友人が「今日は貴方が主役よ!」と言われ、挨拶を考えていたようだったが・・・その機会は来なかった・・・。その後、旅行前に彼から持参するようにリクエストされた「40年前のYH玄関で撮った写真」を取り出し、40年前と同じ場所で40年後の我々の記念撮影が実現。残念だったのは、シンボルの玄関のアーチは車の進入を楽にする為、取り除かれていたこと。そして、もっと残念だったのは・・40年前の若々しさはどこに置き忘れて消えてしまい・・老けたこと。(笑)持参した40年前に撮影した我々の写真は経営者の方に望まれて置いてきた・・・。今回、スタッフの方も写真撮影しているので、ビフォ・アフターで掲示されるのかも知れない・・・。(汗)別れ際の「ずっと営業していますから、またお出でください」の言葉と優しい眼差しが忘れられない。まさかの展開、このセレンディピティ(予期せぬ幸運)がいい。だから、旅はやめられない。PS.今日、台風12号の影響で、3日間の時間雨量が1000mmを超え、避難勧告が出されたと報道された。・・・高知行きが先週で良かった・・・。【今日のLife Hack:試しに「あなたの夢の一つ」を公表してみましょう。 意外なところから、あなたのサポーターが現れます。 ~ 中山庸子 ~】<登録有形文化財><この日、ここ百年舎を舞台に、溝渕博彦氏の講義が・・><高知文化財研究所の溝渕博彦代表><特徴のある「百年舎」の欄間><テキストの中に、あの特徴的なアーク形の門が> <右は、門前の40年前の我々二人><テキストの中の屋根> <今回撮影した屋根><ご案内頂いた井戸><高知行きが1週間ずれたら・・大変だった!!>
August 3, 2014
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昼食は香美市、土佐山田駅近くのイタリア料理店「リストランテ・クアットロ・スタジオーニ」。既に、彼が予約してくれていた。因みに、「Ristorante le Quattro Stagioni」は「四季のレストラン」という意味。ドアを開け中に入ると、たくさんのワインボトルが並び、お洒落で落ち着いた雰囲気を感じる。実は、これがサプライズ、ここが彼と40年前に出会った場所、当時のユースホステルがあった所の一部。「土佐山田駅前ユースホステル」は、登録有形文化財の古民家「百年舎」(ひゃくねんや)に名前を変え、一般公開されている。(高知県香美市土佐山田町東本町2丁目2-15)ここは大正時代初期の民家で、寄せ棟木造平屋の日本家屋、かつて医者の自宅だったというランチメニューから「クアットロランチ」 ¥1,260を注文した後、彼が取り出したのは、高知新聞だった!。ここで40年ぶりに出会う二人のことを取材して欲しいと彼が申し入れ、断られたらしい。そして披露されたのは新聞に掲載された彼の投稿で、我々の再会について記してあった。有り難い。素晴らしい。感動しながら読ませて貰った。彼と40年前にタイムスリップしながら、話に花を咲かせ、懐かしんだ。勿論、ランチも美味しく、特にチキンに舌鼓を打ちながら4人で盛り上がってしまった。<高知新聞に掲載された彼の投稿> 「高知で40年ぶり再会へ」今から40年前に土佐山田町にあった土佐山田駅前ユースホステルで20歳の若者2人が宿泊しました。愛知県豊明市の私と宮城県仙台市の彼は旅の解放感と同年ということもあり意気投合し、別れ際にはお互いの連絡先を交換しました。時々は年賀状、手紙、電話でお互いの様子を気にし励ましあってきましたが、日々の生活に追われて会うこともなく還暦を迎える年齢となりました。その間にも互いに就職、結婚、子育てを無事に終え、定年後の人生・生活を考えるべき時期になりました。40年前の思い出のユースホステルが今も残されており、香美市の有形文化財「百年舎」になり、ギャラリー、イタリアンレストランなどに利用されていることを知りました。2人の人生の原点で若く希望に燃え ていた20歳の頃の気持ちに戻りたくなり、40年ぶりに思い出の地で夫婦での再会を約束しました。現在私は地元の愛知を離れ、宮城県へ東日本大震災の被災地支援の為、派遣生活を送っており、彼は仙台市を離れ首都圏で生活をしております。この40年間の出来事をどのように話していいのか分かりませんが、お互いに元気で還暦を迎えられたことをねぎらいたいと思っています。今回の再会が思い出となる楽しい旅行になればと感じています。 【YYYY=59歳、地方公務員、宮城県】【今日のLife Hack:思想もまた、人に語ることによって、より確実に自分のものになる。すなわち、教えることは学ぶことであり、与えることは与えられることなのだ。 ~ ジョン・トッド ~】<「リストランテ・クアットロ・スタジオーニ」><今回の旅について投稿し掲載された新聞><40年前の土佐山田駅前ユースホステル><「百年舎」>
August 2, 2014
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「四国自動車博物館」の次は、40年前に友人と一緒に訪れた「龍河洞」(りゅうがどう)。40年前の記憶を辿りながら、案内板に従い目的地を目指す。前回は二人だったが、今回は互い夫婦連れの4人。尚、女性陣は初めて。ここは日本三大鍾乳洞の一つに数えられ、数十点の弥生式土器、炉跡、木炭および獣骨などが発見されていて、弥生時代に洞内で居住した痕跡が残るとして1934年(s9)に国の天然記念物および国の史跡に指定されている。2007年(平成19年)には日本の地質百選に選定されている。鍾乳洞の総延長約4kmで、そのうち約1kmが通常ルートになっている。駐車場に着くと、昔の記憶が蘇り、あの頃にタイムスリップ。1,100円を支払い中に入ると、涼しい・・寒いくらいで先ほどまでの暑さを忘れてしまう。それでも、中で上ったり下ったりしていると体も適度に温まり、気持ちがいい。途中に扇風機が設置されていたのには驚かされた。洞内は入り組み、下は濡れて滑りやすく、人一人やっと通れそうな場所を通ったりしながら奥へ進んだ。途中、様々な表情を見せる鍾乳洞の姿を楽しみながら、弥生時代を想像し、古への想いを馳せた。中には、「鮭の石」と名付けられたものや、シルエットが坂本龍馬のように見えると言われる所もあった。平成22年のNHK大河ドラマ「龍馬伝」に因んで作られたスポットだろうが、そうは見えなかった・・・そして、あの40年前に最も印象的だった「神の壺」の前に到着。ここで係の方にお願いしてカメラのシャッターを押して貰った。この神の壺を見て、彼が発した「間抜けな原始人」というフレーズを、私は今でも覚えているが、彼は覚えていない・・・。また、この「神の壺」とは別に、人工的に置かれた「壺」を置き、鍾乳石と一体化する実験が行われていて、昭和12年から77年を経過したと記してあった。ここで、柵の外、下の方に人影を発見。オレンジ色のツナギに身を包んだ数人の女性が現れた。鍾乳洞内を更に深く探検する「冒険コース」だという。残念なのは、かつて栄えたホテル・旅館らしき建物や商店街もシャッター街になっていること。これだけの目玉になる自然があっても、活性化は難しいのだろう。【今日のLife Hack:ほんとうに人望のある人というのは、けっこう人に嫌われています。 好かれることも嫌われることもあるけれど、 嫌いな人よりも、好きな人のほうがたくさんいる。または、好きな人からは、絶対的に好かれている。そういう人のことを、人望のある人というのです。 ~ 秋元康 ~】<今回のチケット> <右側が40年前のチケット><龍河洞入口前の階段><内部の様子><雲の掛橋><天降石・絞り幕><鮭の石><冒険コース><坂本龍馬のシルエットが・・・?><洞内は16度><妻のお気に入り「ギリシャのドレープ」のようだと・・><神の壺><実験で置かれて77年経過した壺><土佐九斤>
August 1, 2014
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