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私が今自由に時間を使えるのは、養ってくれる夫と、高齢ながら自立して日々を送っている実母と(同居してくれている弟も含めて)それから施設に入所してくれた(正確に言うと「入所させられた」)姑のおかげです。感謝の意味をこめて、今日はまず姑のグループホームに行って、長時間おつきあいしてきました。大体週一回から二回の頻度で訪問していますが、そんなに長くいることはあまりありません。今日は時間もあったし、他の入居者の人たちとも一緒に風船つきで盛り上がって遊んできました。おばあちゃんたちは(おじいちゃんは9人にうち3人おられるけど、皆見学でした。)椅子に座ったままだけど、私や職員さんはもちろん立ったまま、おばあちゃんたちが大きく逃した風船を追いかけて走り回り、一汗かいてきました。うちの姑は、一番認知症の程度が重いです。風船つきもほとんどできません。目の前に風船がきてもぼ~っと見てるだけ。他のおばあちゃんたちが口々に「お母さん何してるの、ほれ手を出して!」(なぜかうちの姑は皆さんからお母さんと呼ばれてます)と言ってくれるのですが我関せず。それでもみんなが楽しく遊んでいるところに加わっているのは楽しいようで、表情はとても穏やか、笑顔も出ています。家にいるときにこんな表情を見たには一体どのくらい前だったかな・・他にも歌を歌ったり、(「浜辺の歌」とか「我は海の子」など)塗り絵を指導?したり。なかなか楽しい有意義なひとときでした。自分がこんなに優しく姑に接することができるようになったなんて、なにか感慨深いものがあります。他に誰もいない密室で姑を向かい合っていた頃はとてもこんなことできませんでした。自家製の西瓜をおみやげにもって行ったのですが、おばあちゃんたちはそれを見て歓声をあげて喜んでくれました。が、その後の雑談を耳にして少々ずっこけました。「やぁやぁ、西瓜やて。美味しそうやなぁ」「ほんまやな、せやけど今時分西瓜やなんて、めずらしいのんと違う?」「そうやな、西瓜の季節と違うわな。めずらしいなぁ」今が西瓜の季節じゃなくて一体いつがそうだと言うの?さすがグループホーム!
2008年07月29日
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いやぁ、こんな偶然ってあるのかなぁ。義母がグループホームに入所して私にも時間が出来たので、昔からの友人にちょこちょこと連絡を再開している。昨日そのうちの一人、Aさんからメールが来た。なんと、Aさんの古くからの友人Kさんのお姑さんがうちの義母と同じグループホームに入所したそうだ。そればかりではなく、その人の息子さんも今年就職し、それがうちの娘と同じ会社だそうだ。世間って案外狭いんですね~Kさんもこの偶然にびっくりしていて、いつか3人で会いましょう、ということになりました。楽しみ~^^義母の介護に明け暮れていた間は、ほとんど出かけられなかった。行ったのはせいぜい同窓会くらいかな。義母が肺炎で入院するまでの頃は、パソコンすら開ける時間もなく、携帯のメールは私は打つのがやたら遅いので億劫で、電話もメールも誰とも遠のいていた。年賀状や暑中見舞いで「どうしてますか。もし時間がつくれたら会いたいね」と言ってくれる友人達に、連絡もせずに心であやまり続けた日々だった。こんな私を、再び受け入れてくれようとしている友人達に感謝しています。そしてそれはここ楽天ブログでも同じです。長い間自分の勝手で放っておいたのに、帰ってきたら変わらずに接してくれる心優しい皆様、本当にありがとう!実生活の友人も、ネットでの友人も、私にとっては何にも代え難い宝物です。失くさないように大切にしなきゃ・・!人は支えられて生きているんだなぁとつくづく思います。今日はすごい夕立がありました。義母のホームへ行こうと支度していたんだけど、あまりの降りっぷりに今日はやめにしました。また明日にします。神戸では増水した川で流され、亡くなった方もいるとか・・怖いですね。皆さん、大丈夫でしたか?
2008年07月28日
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4月5日の日記に記した、近所のSさんが今朝亡くなられました。自宅療養していて、四日前の朝容態が悪化して救急車で病院に運ばれ、そのまま帰らぬ人になりました。奇跡は再びは起きてくれませんでした。一緒に祈ってくださった方々、ありがとうございました。がんの末期と診断されてから闘病3年。闘病生活の間ですら、他人のことばかり心配し、いつも周りを明るくさせてくれた人でした。私も夫も何度となく励ましてもらいました。明るく華やかで美しく太陽のような女性。そして芯がしっかりしていて、花にたとえるならちょうど向日葵のような人でした。娘さんが二人おられて、妹さんのほうがお母さんに生き写しと言っていいくらいそっくりなのです。つい先日も私は自転車、彼女は車に乗ってるときにすれ違ってニコニコと手を振ってくれたのですが、一瞬「あ、Sさんすっかり元気になったのね」と錯覚したことも、今となっては悲しく思い出されます。あんないい人がなんでこんなに早く神様に呼ばれて逝ってしまうんだろう。享年60歳。とても60歳になんて見えなかった若々しいSさん。夕方にお悔やみに伺ったけど、綺麗で優しい表情のままだった。美しかった人よ、どうぞ安らかに・・・合掌
2008年07月24日
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ただ今、NHK大河ドラマ『篤姫』に嵌っています。大河ドラマは結構好きなんだけど、なかなか続けて観ようという気にさせてくれる作品には当たりません。大抵途中で見飽きてやめちゃいます。例外的に、3年前の『義経』にはかなり嵌ったことはその時にも書いたけど、それ以来のことですね。あの頃は家族には、『義経』は主役を演じたタッキーがよかったから、と思われてたようですが、「なんだ、お母さんってミーハーだと思ってたけどそうでもなかったのね」と、娘には誤解を解いてもらえました。演じる人の印象もそりゃ大事だけど、肝心要はやっぱり内容ですよね。今回もヒロイン篤姫を演じる宮崎あおいさんはとてもいいです。健気で可愛くて、そして今後どんどん出してくるであろう強さもいい。大河ドラマ史上最年少のヒロインだそうです。彼女と、その夫である将軍徳川家定との情愛溢れるシーンが大好きだったのに、前々回で家定公が薨去(こうきょ)遊ばされてしまい、私も悲しくて寂しくて辛くてたまりません。前回の家定公の母親である本寿院役の高畑淳子さんの演技も迫力満点、圧巻でした。家定公役は堺雅人さん。この人もよかったですね~。こんなにいい味の出せる役者さんだとは知りませんでした。影響されやすい性格なのか、ここ数回の『篤姫』を観ていて、私は完全に篤姫に感情移入しています。ご存知の通り、篤姫は薩摩藩主の娘(養女)、すなわちバリバリのお姫様。そして徳川十三代将軍家定の御台所に。政略結婚だった家定とは、やがて心通い合わせることができたというのに、結婚わずか一年半、23歳という若さで未亡人に。その後は家定の遺志を継ぐべく、十四代将軍家茂の後見役として政を補佐し、激動の時代を強く生き抜いていく。私自身とは何の共通点もないんだけど、このドラマを観ている時間、私は篤姫になりきってしまうのです。先般読んだ上野千鶴子さんの『おひとりさまの老後』と合わせて、私にもいつか訪れるであろうその時期を強い覚悟で迎えなきゃならないんだなぁ、という気持ちにさせられます。・・と言っても今の時代、わかりませんよね。私が未亡人になるかどうか、それは神のみぞ知ることです。ただ、誰がみてもその確率は高いよな、と一人思っています。
2008年07月23日
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今日は姑の施設バナシはお休みします。一週間ほど前、某旅行社の日帰りバスツアーに参加しました。トップにも写真をのせましたが、兵庫県佐用郡佐用町のひまわり畑を見てきました。もう一度ここで写真をのせます。もう一枚。実はこの写真は借り物です。なぜなら、デジカメを持っていくのを忘れたのです・・前夜に電池を充電して準備万端のつもりだったのに、カバンに入れるのを忘れました。ホンマに阿呆です。携帯のカメラで何枚か撮ったんだけど、どれもイマイチで。まぁそれはさておいて、綺麗でしょう!?見渡す限り、とまではいかないけれど、それでも今まで見た中では最高の数のひまわりにうっとりしてしまいました。すっかりソフィア・ローレン気分でひまわり畑の中をウロウロしました。あの往年の名画『ひまわり』、皆さんご存知ですか?本当に切なくて感動的な映画でしたね。往年のアイドル伊藤咲子ちゃんの『ひまわり娘』も歌いました。歌詞をぜんぶ覚えていたのには我ながらびっくり。♪誰のために咲いたの それはあなたのためよ♪こちらも皆さんご存知でしょうか?ひまわり畑の他に倉敷へも行きました。倉敷の町は3回目ですが、いつ行っても私好みの街並みです。デジカメを忘れたのはかえすがえすも悔やまれますが、その代わりにしかとこの目に焼き付けておいたのでヨシとしましょう。ひさしぶりにバスツアーなんてものに参加して、とても楽しかったです。同行者の人たちもみんないい人ばかりで、和気藹々と過ごせました。また行きたいな~~~夫の入院は8月半ばに延びました。それまでには氏子の当番が当たっている神社の夏祭りもあるし、お盆もあるし・・当分遠出はおあずけですね。でも、何も遠くへ行かなくても、どんどん近出で遊ぶつもりです。誰か一緒に遊んで~♪
2008年07月20日
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前回の続きです。私の住む近辺での施設状況や費用等について色々書きましたが、付け加えておきます。おなじ特養やグループホームといえども、また有料老人ホームについてはなおさら、費用は場所によってまた個々の施設によっても千差万別です。よく探せば、安くて良心的という所も見つかるかもしれません。(空きがあるかどうかが問題ですが)また、状態によっては介護老人保健施設や療養型病院なども探してみるといいです。(この近辺ではこちらも満杯だったし、老健は3ヶ月で転院しなきゃいけないのでその後がまた困るのです)どの施設であろうと、何よりも大切なことは、そこで受けられる介護の質の高さを見極めることだと思います。理想を言えば、何箇所か実際の生活を見学して、これならと思う所を選ぶのが一番です。(選んでいられない、というのが現実なんだけど)ポイントは、ある雑誌からの受け売りなのですが、1・職員がいきいきと働いているか、定着率は高いか2・地域の人が遊びに来るか(外に開かれているか)、家族の訪問に制限はないか3・ホームの雰囲気は明るく活気があるか私たちの場合は、新設ホームだったのでこれらは未知数でした。賭けにも近い選択だったのですが、結果的には大正解・大当たりでした。職員さんは皆生き生きしています。明るく元気で丁寧です。本人にも家族にも来客にもその態度は一貫しています。家族の訪問も24時間OK、いつ行っても嫌な顔一つ見せずに気持ちよく応対してくれて、かならず美味しいお茶を入れてくれます。私は、姑の入所先を真剣に探し始めたとき、グループホームでは姑のような手のかかる人は受け入れてもらえないものと思い込んでいました。たいていのホームのパンフレット等には、入居条件として、認知症であること・介護認定を受けていて要介護1以上・日常的な医療行為の必要がないこと・共同生活を営む上で支障のないことなとが挙げられています。共同生活を営む?これが大きなネックでしたが、思い切って申し込んでみたら、まず市内ではあるけれども家からはかなり遠い某グループホームから、もし体験入居でうまくいったら入居OKという返事をもらいました。他にあてもないのでそこにしようかと決めかけていたときに、今の新設ホームをおしえてもらったのです。申し込みを受け付けてもらったものの、面談があって直接姑を見たら、これは無理です、と断られるんじゃないかとびくびくものでした。が、面談はしません、と言われました。もちろん、私たちが本人の状態やこうして欲しいという要望をくわしく伝えました。私たちとは何度も話し合いを持ってくれました。入所もせまったある日、おそるおそる「本人に会ってもらわなくてもいいんですか?」とたずねました。すると「前日に職員の顔を少しでも覚えていただくために、何人か連れてお邪魔します」という返事。「会ってみて、やっぱり入所は無理です、とかいうことはないですか?」「そんなこと絶対に申しません。基本的に私たちはどんな方でも引き受けます。安心してまかせてください。」やれひと安心。そして無事に入所。入所して3日めに発熱し、その後10日くらい熱が上がったり下がったり。尿路感染のための発熱でした。原因は在宅していた時に私たちのケアが不十分だったことだと思います。ホームではオムツ替えの抵抗は少なかったらしいです。というより、やはりプロですね。職員さんたちの対応がいいからなのでしょう。しばらくしたら、昼間はオムツではなくてリハビリパンツ(紙パンツ)に戻してくれて、トイレで排泄できるようにもなりました。初めはつなぎ型のパジャマを着せていた(オムツを外してしまうため。つなぎ型パジャマというのは、ファスナーにロック機能がついています。一着6000円近くもするんです・・(涙))のに、それもすぐに普通の服、夜はパジャマへと戻してくれました。お風呂も最初は二人介助で始めて、自分でも立ち座りが少しはできるようになって、今では一人介助で入っているそうです。まったく自分で食べる気のなかった食事も、だんだんと自分でスプーンを持って食べるようになりました。歩くことはまだできない(これは意欲の問題らしい)けれど、上記のことだけでも驚くべき進歩です。在宅だったら、絶対にこうはいかなかったと断言できます。で、長々書いてきて何が言いたいのかというと、施設に入所させる、ということに対してまだまだ偏見というか悪いイメージでとらえられることがあるようですが、それこそが偏見だと思います。いい施設にめぐりあえさえすれば、それは間違いなく本人のためです。私たちも入所を考えた最初のきっかけは、介護に疲れた・自分たちが楽したい、という考えからでした。そのことに対して罪悪感も抱きました。もっと悪条件の中で在宅介護で頑張っておられる方を沢山知っています。その方たちと比べられて、周囲の人にどう思われるのか。また。姑は兄弟姉妹ももういないけど、甥が三人おり、その人たちに「大変やろけど、あんじょう看てやってな」と会うたびに言い続けられました。これもなかなかのプレッシャーでした。入院してから、オムツ替えと着替えの時以外は嘘のようにおとなしく穏やかになった姑なので、オムツ替え等さえクリアーすれば(たとえば目一杯ショートステイを使う、夜間もヘルパーさんに入ってもらうなど・・)在宅で続けられるのでは、と考え、堂々巡りの日が続きました。娘は「お父さんっておばあちゃんの入所の話になったら元気がなくなるね」と言いました。私もそれは感じていました。やはり抵抗があったのでしょう。心の葛藤の深さは私の比じゃなかったと思います。退院後ホームの開設までの2週間、夫と二人(Kちゃんも頻繁に来てくれました)でほぼつきっきりの世話をしました。デイサービス2回。ショートステイ2回(2泊ずつ)入れてもらったので、実際はそれほど長い時間ではなかったのです。大変でしたが、それでも「これならなんとかなるのでは?」と思ったことも事実です。そのたびに、「いやダメだ、夫が入院したらその間どうしたらいいの」と自分に言い聞かせ、心を鬼にして入所準備をすすめました。すみません、だんだんと何が言いたいのかよくわからなくなってきました。あらためてもう一度続きを書きたいと思います。今日はこの辺で(T_T)/~~~
2008年07月09日
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姑が6月からグループホームに入所したことは前述の通りです。自分の状況を理解できないので、ホームになじんだわけでもないのですが、不穏になることもなくなんとか穏やかに日々過ごしているようで、私たちもほっとしています。同じ日に入居したあるおばあさんは、付き添ってきた息子さんに悪態をついていました。「あんたらは私をこんな所へほかしたんやな?ようそんなことするねんな!?」(「ほかした」というのは「捨てた」という意味)息子さんは苦笑しておられました。「ほかしたんとちゃうがな。ほかすんやったらこんなええ所に連れてくるかいな。」「ほんならどんな所へほかすのん?」「どんな所って・・山とか川とか・・いやちゃうがな、ほかしたりするかい!」施設=姥捨て山というのは今も生きている思い込みのようですね。その点うちの姑は何もわかっていないので、説得するわけでもなく騙して連れていくわけでもなく、すんなり入所できました。私たちが姑の入所を急いだ最大の理由は、おむつ交換と着替えが家では無理だから、ということでした。入院する前から大きい方も小さい方も紙パンツの中でするようになっていた姑でしたが、入院してからは寝たきり状態で、当然オムツ式になってしまいました。それまでにも排泄介護にはさんざん苦労させられました。その頃はまだ自分で動けたので、お下を拭かないうちにすたこら逃げられたこともあるし、糞尿をなすりつけられるのもたびたび。いっそ寝たきりになってくれたら楽になるだろうに、と何度も考えました。ところがいざそうなったというのに、おむつ交換も着替えも至難の業。ものすごく抵抗するのです。プライドを守ろうという本能のなせる業なのでしょう、叩く蹴る噛み付くつばを吐きかける・・介護士さんたちは常に2~3人がかり、屈強な男性介護士さんが手足を押さえつけたり、あるときは手をベッドの柵にしばりつけたり。。私も居合わせたときには手伝いましたが擦り傷だらけになりました・・。夫と二人がかりならばなんとかこなせるかもしれない。姑は夫(姑にとっては息子)のいるときには抵抗が少し弱まるので。でも24時間夫と二人で姑の世話をするわけにはいかないし、何より7月から肝炎治療を再開することが決まっていたので、それまでになんとかしないと、と必死になりました。夫の兄(姑の養子)のKちゃんも「在宅はもう無理。なんとか施設を探そう」と大賛成してくれました。それがもうそろそろ退院を、とせかされ始めた5月初めのことでした。医療の必要のない認知症のお年寄りが入所できる施設は、特別養護老人ホーム・グループホーム・有料老人ホームのいずれかです。特養はすでに2ヶ所申し込んでいたけれどいまだナシのつぶて。グループホームも順番待ちのところが多いです。有料老人ホームは場所的に遠くなるし費用面でも問題が・・その中で最も安いところで一時金280万円、月額20万程度という空きのあるホームも見つけたのですが、そこは最終的に駆け込む場所にしようと思っていました。とりあえず新設の特養と、もう一箇所、既設でまだ申し込んでいなかった特養の2ヶ所に面談に行き、今の状態をこんこんと訴えました。どちらも順番待ちには変わりないのですが、要介護5は最優先します、と言ってくれたし案外早く入所できるかも、と期待が持てました。そんな時、ケアマネさんが比較的近所に新設されるグループホームの情報を持ってきてくれました。6月1日オープンで、まだ工事中でしたが早速見学に行き、後わずかの空きしかありません、という説明を聞いてその場で申し込みました。新設なので、実際のサービスの現場を見ることはできないし、賭けにも近い申し込みだったと今になって思いますが、説明してくれた事業所の社長・ホーム長・それと一部の職員さんの人柄と笑顔だけで十分決め手になりました。費用面を説明すると、入所金30万円(3年償還方式)で、毎月の費用は要介護5で約16万円。それ以外にウチの場合は介護ベッドのレンタル料約一万円・おむつ代や理美容代・医療費などが実費請求されます。特養に比べたら若干高いです。特養だと入所金は不要だし、ベッドレンタル料もいりません。毎月の費用に関しては、新設の個別ユニット型の特養とはさして変わらないかもしれません。旧式の特養はもっと安いです。後、特養だと世帯の所得に応じて割引措置もあるし、かかる費用の半分は医療控除の対象になります。金銭面で助かるだけじゃなく、特養は設備が整っています。グループホームはあくまで「認知症の人が共同生活を営む小規模施設」で、お風呂も大きめの家庭用の浴槽しかありません。特養には座ったままや寝たままで入浴できる特殊浴槽をそなえています。このことだけが気がかりでした。病院でもそれまでのデイサービスでも特殊浴槽で入浴していた姑なので、果たして普通のお風呂に入れてもらえるのだろうか、と。幸い夏に向かうし、当面はシャワーだけでもいいしそのうちに特養の順番がくれば転所すればいいじゃないか、と考えてこのグループホームにお世話になることにしたのです。特養とグループホームの違いを書いてたらすっかり長くなりました。どうも文章を簡潔にまとめる力に欠けているようです。今日書きたかったのは、施設に入所させるということへの私たちの気持ちなんですが、疲れてきたので続きはまた明日にします。毎日暑いですね・・もう梅雨明けしたのかしら・・?
2008年07月06日
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先日の日記へ温かいコメントを沢山いただき、本当にありがとうございました。どの方も私の身体のことまで気遣ってくださり、とても感激しています。私自身はすこぶる元気です。元気過ぎ・ついでに食べ過ぎ飲み過ぎでものすご~く太ってしまいました。昨年、夫の病気がわかり、その後姑がものすごい状態になった頃は激ヤセしました。ホントですよ!ホントにやせたんです。成人してからの自己体重最低記録をつくったのですから!(私、なにゆえここまでムキになってるのでしょう?)・・って、ここに来られる方は誰もその頃の私を見てないですよね・・残念。私は中学生まではガリガリにやせていて、高校に入ってからむくむく太りはじめ、大学に入ってから再びやせて、次に太り始めたのは二人目の子供を産んだ後ですね。それでもまぁ余所目にはそれほど太って見えなかったかも。だって外に出る部分(腕とか脚の膝より下)はなぜかずっと細かったので。お腹周りと太ももが異様にふくらみはじめたのが、5年くらい前かな。それが昨年には見事にぺしゃんこになったというのに、今またお腹周りは順調に増殖していて、自己体重最高記録を日々更新しつつあります。。。困ったモンです。自分ではストレス太りだと思っていますがどうなんでしょうね。なんとかダイエットしなきゃなぁと考えて、食べる量を少しだけ減らし、大好きなドーナツ等の間食はすっぱりやめました。こっそり一人飲むビールもカロリーオフで低アルコールの発泡酒350ml一本だけで我慢しています。運動はあまりしてないけど、犬の散歩で結構歩いてるし、週一の割で実家への坂道を自転車でせっせと登ってるし。ん~この程度ではダメなのかな?全然痩せなくて、トホホです。やっと今自由な時間ができたので、ここはひとつ水中ウォーキングでも始めたいなとひそかに考えていますが、あれってやはり水着を着ないと駄目なんですか?今の私が着れる水着って、果たしてあるかなぁ。お腹周りに合わせたら胸は絶対にブカブカだし。あ~我が姿ながら、想像しただけで吹き出してしまう。そんなに痩せなくてもいいんだけど、せめてお腹のお肉だけは少しは落としたいです。何か妙案はないでしょうか?
2008年07月05日
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皆さま お久しぶりです。なんでこんなに間が空いちゃったのかな・・自分でも不思議ですが、いつものことなので、誰も気にしておられないかもしれませんね。いろいろとありました。まず報告があります。姑が6月1日からグループホームに入所しました。ここに辿りつくまで本当に紆余曲折がありました。5月半ばに退院し、その後2週間嵐のような自宅介護の日々もありました。入所後も発熱を繰り返し、毎日のようにグループホームに通いました。入所してすぐに以前から申し込んでいた特別養護老人ホーム2ヶ所から入所可能という連絡もいただき、そちらにも相談に行ったり、バタバタしていました。すごく悩んだけど、当面は今のグループホームに入所を継続することに決め、体調もようやく落ち着き、7月に入ってやっと余裕ができました。入所したからと言って介護が終わったわけじゃないんだけど、今の生活は極楽気分です。・・が、それも後しばらくのこと。今月は夫の肝炎治療が再び始まる予定です。入院もあります。ウィルスは一度も消えることなく、今も立派な「高ウィルス」患者なので、治療はこの先ずっと続くと思います。そんなこんなで、依然として落ち着くことのない私ですが、そんな私でもまたここでお話してくださる方がいらしたらとても嬉しいです。姑のことはいつかきっとひとつの記録にまとめてみたいなぁと考えています。私自身の気持ちの整理という意味合いもあるし、それがまた誰かのお役に立てるかもしれないし・・皆さん、よろしくお願いします。
2008年07月02日
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