2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
全6件 (6件中 1-6件目)
1
長くお休みしていた頃、ここのメッセージ欄にコメントがいくつもたまっていました。その中で、夫の病気のことを心配してくださって、情報をくださったOさん。遅まきながら、本当にありがとうございました。まだ見ていてくださるといいのですが…いやいくらなんでもそれはないかな、こんなに長く放置してしまったのだから。本当に申し訳ありませんでした。メールアドレスがわかれば御礼を申し上げたいと思うのですが。この場を借りてあらためてお礼申し上げます。ご親切が身にしみました。夫の肝炎ウィルスは大変しぶとくて、2度目のインターフェロン治療もあえなく途中でリタイアという結果に終わりました。ウィルス量は10月に集中的にたたいたときにはかなり減ったのですが、そのかわりに白血球が限界値すれすれまで落ちてしまい、血小板や赤血球の数値もそれに近い感じで。やむなくインターフェロンの量も半分にしての投与になり、それからすぐにウィルス量は治療前を同じ量に戻ってしまいました。トホホ…新しい治療法として、自身の血液をろ過しながら(血液透析?)インターフェロンを使うというやり方もあるのですが、主治医にたずねるとそれはいったんウィルスが消えて再燃した人が対象だというのです。この上はなんとか肝臓の機嫌をとりながら暮らしていき、新薬の登場を待つしかなさそうです。新薬、早く出てこ~~~~い!!!いただいたメッセージは他にもいろいろ。多かったのは明らかに?と思うような、「メル友になりましょう」というもの。中でもあきれてしまったのは次のメールでした。「私は、(ここではまだ名前を明かせませんが)某有名タレントのマネージャーです。タレント本人が、あなたのブログを読んでおりまして、どうしてもあなたとコンタクトをとってほしいと言ってます。事務所にも内緒で、私の一存でお願いにあがりました。...に登録していただければ本人と直接メールができるように計らいます。どうか本人の望みをかなえてやってください・・(以下続く)」こんなもの信じて登録する人(登録というのも変だけど)なんているのかしら?大体なんで最初から名前出さないのよねぇ?何が有名タレントよ。そのほかのメル友希望メッセージもなんかおかしいのばかり。結構巧妙に書いておられるんです。「ブログを読んで感銘を受けた、ぜひ色々なお話がしたい」だの「以前から憧れています。私の相談にのってほしい」だのそんなこと言われたって、素直に信じろと言うほうが無理。もしも、万が一にも本当にそういう気持ちがおありならば、まずコメント欄に記入してくださるのが筋というものでしょ?それでも、このメッセージ欄はありがたいものです。一番最近、ある方がメッセージを入れてくださいました。「心の友」とも言うべき方で、最近どこにもお姿が見えなくて心配していたのですがある方が中継してくださり、連絡をとりあうことができました。とても嬉しかったです。いろいろなコメントやメッセージがあって、泣いたり笑ったり。いろいろな人からの気持ちを受け取りながら日々を過ごしています。ありがとう!
2009年04月29日
コメント(2)
先日娘と話していたら、こんな話題になった。「Uさん(娘の今の職場の元同僚。5歳ほど年上で既婚・子供あり)がね、言ってたんだけど、結婚したら絶対に自分の実家の側に住むといいって。ダンナの実家の側に住んでも何一ついいことなんてないよ、だって。どう思う?」内心、しめしめUさんよくぞ言ってくれた・もっと言ってやって!と思いつつ「そりゃそうよ、それが一番いいんじゃないの」とさらりと答えた。「ふぅん。そんなものかな。お母さんはどうして相手方に同居したの?」「どうして、って言われてもねぇ。選択肢がなかったというか。」「抵抗なかったの?」「深く考えなかったなぁ。それが間違いの元だったね。ははは(力なく笑う私)」27年前のこと振り返ってみると…夫は旧家の跡継ぎで、私が出会ったときにはすでに父親は他界しており、母親との二人暮らしが5年目になろうかという頃だった。農業を継いでおり、十分な広さの家もあり、私が家業を手伝いながらの専業主婦となり同居するということは自然な流れであり私自身も当然だと受け止めていた。もちろん不安はあった。お姑さんとうまくやっていけるのだろうか、と。その頃の義母の印象は、物静かで上品で控えめの典型的な日本の旧家の奥さん。少しよそよそしいというか、鎧のようなものを感じたこともある。例えば、同居するというのに、結婚直前まで台所や茶の間に入らせてもらえなかった。いつ行っても、通されるのは客間かまたは2階の夫の部屋。台所が見たいと言っても、なんだかんだといつも義母に拒絶された。そして、今も覚えている光景がある。午前中の割合早くに家に行った時、朝の農作業で布団をあげる時間がなかったのだろう、そのときにあわてて布団をあげている気配がした。玄関に出てきた義母の手には色違いのおそろいの枕が2つぎゅっと抱きしめられていた。夫と義母は同じ部屋ではなく、斜め向かいの部屋で寝ていたのだが、押入れは片方の部屋にしかなくてそちらへ運んでいたらしい。それにしてもなんで枕二つを抱えて出てくるわけ?なんとなく不快な感情が残ったけど、それでもあまり深くは考えなかっった。いや・考えないようにしたと言ったほうがいいかも。もしあのとき深く考えて同居はいやだと言ったら、夫との結婚はなかったことになっただろう。同居はやはり絶対条件だった。こうして玄関も水まわりもすべて共有の完全同居が始まった。上品で控えめだと思っていた義母の意外な面も何度となく発見した。もっともそれはお互い様だったと思うが。新婚旅行から帰宅したのは夜7時ごろだった。義母はご飯だけは炊いていてくれたが、後は何も用意していなかった。時差ボケで眠くてフラフラだった私に義母は言った。「冷蔵庫の中のもので何かつくってくれるか?」どっと疲れが吹き出た感があったが、しかたなく卵やソーセージを焼いてレタスやきゅうりでサラダにして後は味噌汁をつくった。その頃の義母はまだまだ元気だったのに、帰ってきた日くらいなぜ用意しておいてくれないの、と不満たらたらの最初の夕食だった。翌朝私たちは寝過ごした。義母は階下で朝早くからイライラしながら家事をこなしていたらしい。遅くにもそっと起きてきた私が見たものは、一階に置きっぱなしにしていたスーツケースの中から夫の衣類だけを取り出して洗濯に励んでいた(義母は洗濯はすべて手洗いしていた)義母の姿だった。洗濯なんて後でゆっくりするのに、置いといてくれたらいいのに…そう思ったけど口では「すみません」としか言えなかった。この「息子のものも洗濯」はそれから数日続いた。たまりかねて夫から私が洗うから、と言ってもらうとしばらくはすねているのかご機嫌ななめだった。扱いづらい人だなぁというのがその時の印象だった。こんな始まり方をした新婚生活。この続きはまた今度。最初の話に戻って、本当に娘が結婚後近くに住んでくれたらこんないいことはないんだろうなぁ。思うようにはいかないだろうけど。
2009年04月28日
コメント(6)
今日はもうひとつのブログの宣伝です。なんと。石川遼くんと私とのツーショットが見れますので皆さまこぞっておいでください。お待ちしています。ベンジャミンの部屋「こころもよう」4月24日ゴルフ観戦はなかなか面白いです。他のプレーヤーについては、色々言いたいこともあるんだけど今回はやめておきます。なぜって、自分が禁止事項を破っといて人のことなんて言える立場じゃないと思うので。またそのうちに小出しします^^
2009年04月24日
コメント(4)
義母のことを綴った別ブログ「緑さんは今」にもちょこっと書いたのですが、今義母の荷物を少しずつ整理しています。(ホントに少しずつ。あまりはかどりませんが)義母は本当に字を書かない人だったので、メモらしきものすら何一つ出てきません。このブログに書いた「まくらかば」というメモが唯一残された義母の文字かもしれません。他には見事に何もないんです。ある意味ものすごく潔い生き方とも言えるのでは?で、思わず考えたのは自分自身のことです。今私が突然この世を去ったとしたら・・残される、私の書いた大量の文字。昔から今に至るまでの日記(ずっと続けてはいないけど、量はかなりあります。)、下書きした手紙、下手くそながらも書き溜めた詩や散文、果ては高校時代の交換日記まで残しています(嫁いで来る時に捨てられずに持ってきました)・・これらは一体どうなるのでしょうか。誰か読むのかなぁ?あ”~、そんな恥ずかしいことが!?どうしよう。義母のように認知症になってしまう前になんとかしなきゃ。どうせいつか捨ててしまうものなら、今が捨て時なのかも。が、決心がつきません。ひょっとして、この私の文字たちに思いがけない価値が生まれるかもしれないし。(いや、どう考えてもそりゃないですね・・)残すべきか残さざるべきか。悩んでます。
2009年04月16日
コメント(8)
最近おもしろいテレビドラマがなくて欲求不満気味です。去年はよかったなぁ~NHK大河ドラマ『篤姫』はどこかで目にしたコメント「生きることの意味を問いかけた秀逸なドラマ」に「そうそう、そうなの!」と思わず叫んだほどにいいドラマだったと思うし、人気もあったと思います。視聴率もよかったんですよね?それが今年の『天地人』には、もうがっかり・・・最初の、子役の子が出てた2回目まではよかったんだけど。3回目に妻夫木くんに変わってからは、「なにこれ?これが戦国もの?」と首をかしげたくなることばかりで。妻夫木くんは好きだから期待していたんだけどなぁ。なんとかまだ見てるけど、もうリタイアするかも。朝の連ドラは、前作の『だんだん』もこれまたひどかった。ヒロインのマナカナちゃんは応援しているので、こちらも期待して見始めたのに、ありえないストーリー展開と介護や医療という職業をなめきったような設定に毎朝怒り沸騰。それでも最後まで見ちゃったけど。あまり腹がたったので、ヤフーの「みんなの感想」という掲示板に何回か投稿したら、そのうちのひとつが某週刊誌に掲載されてしまいました・・あれにはびっくりしましたが。今やってる『つばさ』はまだ始まったばかりなのでなんともいえないけども、それほど面白くなさそうだし。民放で何かおもしろそうなドラマがあれば、ぜひおしえてください。私の好みでは、昨秋のフジテレビの『風のガーデン』はよかったです。その後の『ありふれた奇跡』は私にはイマイチでした。感情移入できなかったので。
2009年04月04日
コメント(8)
皆さま、おひさしぶりです。また再開しようと思います。今日はエイプリルフールですけど、それは関係ナシということで。気まぐれな私におつきあいくださる方、どうかよろしくお願いいたします。「ベンジャミンの部屋」もぼちぼちと始動しています。こちらもついでによろしくです。さて、ネットをおやすみしていた間に起こった我が家の出来事を報告します。1・娘が入社したばかりの会社を退職しました。うつ病と診断されたのだけど、本当にそうだったのかどうかはナゾです。今は元気に新しい職場で頑張っています。2・夫の肝炎、2回目のインターフェロン治療はまたもや効果が見られず、1月であえなく中止となりました。ウィルス量はほんの少し減っただけで、白血球の値がぐんと下がりました。すなわち身体にダメージをもらっただけ、という結果でした。空しいです。いくらインターフェロン治療に助成金が出たからと言っても、このように治らない患者も沢山いるのです。助成金が出るようになったことでC型肝炎問題が全面解決と世間では思われているようですが、これは心外です・・長くなるのでもうやめときます・・3・義母は昨年末には、夫が「もう年を越されへんのとちゃうやろか」と言ったほど弱っていましたが、年明けからは徐々に元気になり、今は落ち着いて過ごしています。この3月にめでたく満89歳の誕生日を迎えました。4・私は変わらず元気です。が、秋に腰痛が出て家でごろごろずっとしていたせいか、ものすごく太りました。。今は腰痛はありません。あれはナンだったのかなぁ?5・息子は変化ナシ。ひとり暮らしの自分の部屋のインテリアに凝り始めました。とてもお洒落で綺麗にしているので、私がそこへ引っ越したいくらいです。6・ペコ(わんこ)は12月で4歳になりました。ダイエットの甲斐があり、少しほっそりしたかも?吠えない犬で通っていたのに最近はよく吠えるようになりました。元気です。こんな感じで過ごしていました。話は変わりますが、1月28日にフォーリーブスの青山孝史さんが肝臓がんで亡くなられたことをご存知ですか?私はこのことがもの凄くショックでした。追っかけをするほどにファンではなかったし、コンサートも再結成後の一度だけ行ったことがあるだけ。特に誰のファン、というわけでもなく強いていうならば歌が上手くて紳士的な感じの青山さんがいいかな、という程度のファンでした。それなのに。。これほどの衝撃を受けるとは、思ってもみないことでした。夫とは年齢も近くて、しかも肝臓がん!肝臓がんの原因はいまやその90%がC型肝炎からの移行であると聞き及びます。しかも青山さんの名前は夫と同じ!(字は少し違うけど)昨夏に見た写真で、「痩せたなぁ」と思っていたのです。C型肝炎であったのかどうかは知らないけれど、彼の場合は病がわかったときにはすでにがんを発生していたようですが、あの痩せ方は不吉なものを感じさせました。夫も痩せました。今の体重は私とあまり変わらない・・身長は17センチも違うのに。つまり、青山さんの死は夫とだぶって見えて、これほどショックだったのだと思います。今は夫とは切り離して考えるように努めて少し落ち着いてきましたが、それでもやはり悲しいです。昨日「徹子の部屋」で残った3人のメンバーが出ていて、青山さんの思い出を語っていましたが、それを見てまた泣きました。あぁ駄目だ、また涙が・・今日の日記を読み返してみて、思いました。私はなにひとつ進歩していなくて、おなじところをぐるぐるとまわっているだけじゃないか、と。なので、これからの日記もたぶん変わり映えがないものだと思いますが、どうかご容赦ください。
2009年04月01日
コメント(8)
全6件 (6件中 1-6件目)
1


