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青山孝(今は孝史?)さんが亡くなった。享年56歳だそうで、まだまだやり残したことが一杯ある年齢だ。フォーリーブスも再結成し、コンサートを行っていたようで、関係者の方達のダメージも大きいだろう。私が小学生の高学年の頃、雑誌「ティーン・ルック」が創刊された。その中にデビューしたての『郷ひろみ物語』とういう見開き2ページくらいの漫画が掲載されていた。今思えば気恥ずかしい企画だが、芸能界に興味を持ち始めた田舎の少女には最高の記事だった。フォーリーブスも郷ひろみもジャニーズ事務所に所属し、ロウティーンの心を鷲掴みにしていたから成り立っていた企画だ。漫画の中では芸能界のことをよくわからない郷ひろみを、個性的な兄貴分の4人がからかいつつも優しく見守っていくという設定になっていた。純真な少女達はこれをすっかり鵜呑みにし、ますますジャニーズ事務所の戦略に嵌まっていったというわけだ。そんな存在だったフォーリーブス・・・もう50代後半だったのかぁ。歌っていたのかぁ。青山孝さんの声は、変わらずに透き通って甘いままだったのかぁ。残念です。あの声で他の曲も聴いてみたかったなぁ。例えば徳永英明さんのボーカリストのようなアルバムで。私が50歳を過ぎてから、色々な死が目に付く。織田信長の時代には『人生50年』だったわけだから、人って放っておけば50歳くらいでガタがくるんじゃないかな。今は健康診断をうけて予防もするし、病気になっても大抵の場合は完治できるくらい医療は進歩している。成人病を発病できるほど長生きになったということだ。健康に気をつけていれば80歳くらいまで元気でいられるのが普通になっている。そんな世界で亡くなる人は、享受できるとおもっていた時間を消されてしまっているのだ。どんなにか無念だろう。たとえ年老いても、あと1年、あと1ヶ月、せめてあと1週間って思うのだろう。今の生活に全く関与できなくなるって・・・寂しい。でも、死というものがなくなったら、この地上に人が溢れて死にたくなるだろうし、誕生もなくなってしまだろうし。生って概念もなくなるわけだ。人生50年と言い切れるほど、私は何にもしていないなぁ。これからもしないと思うけど。
2009年01月29日
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先週深夜、NHK-BS2で放送されていたのを録画して観た。観たのはもう何日か前なのに、どうしてもあの熱気が頭から離れない。信楽で女ということで差別をされながらも自分の求める焼物を作り続ける女性の話だ。柔らかい曲線を持つ田中裕子が 焼物の世界で一人の芸術家として、母子家庭の長として、なりふり構わず厳しく生きている姿を熱演していた。この女性の陶芸家としての半生が話の中心かと思っていたが、後半、話は息子の白血病との壮絶な闘病と骨髄バンク創設に関わる話に移っていった。ここでも女性は厳しくまっすぐに息子とともに病気に立ち向かっていく。この息子を窪塚俊介(洋介の弟)が好演していた。癖のない容姿の役者が、母を慕いながら母と同じ道を進みやがて白血病と闘う・・・このあたりから輪郭がはっきりしてきて、物語の中の賢一君になりきっていった。映画のラスト、白装束で窯に火をくべる女性のまっすぐな視線、あたかも焼物の為なら吾身さえも火にくべそうな姿勢、しかも窯の中には息子と自分のための骨壷がオレンジ色に透き通って輝いていて・・・数日経つのに、あの激しさにしびれっぱなしです。今、監督の高橋判明の記事を読んでみたら、この映画は子をもつ母親に観て欲しいって書いてありました。確固とした自分があり、子供とも全身全霊で向き合う。そういうことを言いたいのかな。ぬるぬると生温かく生きている私には、厳しい話です。先々週の金曜日、日比谷で『英国王 給仕人に乾杯』を見た。レストランの華やかな話しかと思ったら、第2次世界大戦中の東欧の話だった。たくさんのユーモアが散りばめられながらも、苦い話。食欲と性欲を権力やお金にあかして追求する人達。それを演出する給仕人達。私にはどう読み取ればいいのかわからない部分もあった。ミニシアター系はツボに嵌まるかどうか、難しい。
2009年01月26日
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2月末までに使わなくてはならないハイアットの宿泊券がありました。『六本木に泊まって夜の街を歩いてみる』とか『京都まで足を伸ばしてみる』とか候補はいくつかありましたが、手近な『箱根で美術館巡りをしてみる』ことにしました。車で出発したのは午前11時過ぎ。掃除洗濯を軽く済ませ、まずは御殿場プレミアムアウトレットを目指しました。平日の昼・・・渋滞するほどではありませんが、東名は結構混んでいました。アウトレットにはすんなり駐車できて、早速お目当ての寿司屋さんに直行!12時を少し過ぎていて、なんと店の外には行列!15分待ちという所でしょうか。友人から聞いていたのです。ここの炙り寿しが美味しいって。回転しているのは見本のようなもので(実際手にしている人はいませんでした)注文は手元にあるタッチパネルで済ませます。シャリが結構大きいので二人(オットと私)12皿食べたところでお腹一杯。12皿も食べるなって?!アウトレットをちらちら~っと眺めて車に乗り込み、いよいよ箱根方面へ向かいます。まずは箱根ガラスの森美術館へ。残念なことにお天気がよくなかったので庭園に置かれた光り輝くガラス作品の本当の美しさを見ることはできませんでした。しかし、庭園のあちこちにあるサンキャッチャーを木の葉にした木とか、ガラスの粒でできた滝のような回廊とか、目を見張るような作品があってかなり面白かったです。経営母体はうかいグループだそうで、そうなると、あざみ野のうかい亭には是非行って見たくなりました。さて、次はホテルへ向かいます。強羅にあるハイアット・リージェンシー・スパ&リゾートです。このリビングと呼ばれる場所では夕方ビールやシャンパンが振舞われるし、朝はコーヒーのサービスがあるというし、さすが太っ腹なハイアットです。お部屋は広くてアメリカンサイズのダブルベッドが二つ。サンルームも付いていて、スタンダードツインなのにこの広さは、まさにアメリカのリゾート並です。早速お風呂に行ってみたら、広々としたお風呂に私一人!泳いでも良い?20メートルはありそうだから泳ぎがいはありそうです。お湯も気持ちの良い温泉で、ゆ~っくり浸かってきました。先ほどのリビングでビールを頂きながらちょっと読書・・・リゾートっぽい?ホテルには寿しコーナーと本格フレンチレストランがありましたが、どうもその両方とも気分ではないので、事前調査をして探しておいた小涌園のなかにある焼き鳥屋さんにタクシーで出かけました。焼き鳥と日本酒と生そば半人前。戻ってきてテレビをつけたらちょうどサッカー日本対イエメン戦がキックオフされたところでした。サッカーを見てもう一度お風呂に入って就寝です。広いベッドでも私は習慣で明かりがあるサイドにへばりついてしまう・・・情けない。翌朝は持参したりんごとバナナ、それにルームサービスのコーヒーで朝食。どうしてきちんと食べなかったかというと、ランチに余力を残しておきたかったからです。ホテルを9時過ぎにチェックアウトして、次に向かったのはポーラ美術館です。こちらはかねてから来てみたいと思っていた場所です。朝も早いというのにすでに観光バスできた人達がいました。特別展示は『佐伯雄三』でした。展示されている絵のほとんどがポーラ美術館所蔵のものであるという点に、軽く驚きました。そういう傾向の絵画ばかりを集めているからできることですね。見ごたえもあり面白かったです。常設のほうも、傾向がはっきりしていて個人収拾から始まった美術館のよさが出ていたと思います。大きく取ったガラス窓の向こうは冬枯れの景色・・・これもいいのですが、雪景色や滴る緑の景色もさぞ見事な芸術なのでしょう。11時半、箱根湯本の豆腐料理知客茶屋に向かって山を下ります。沿道にはしばらく前の雪が黒く汚れて残っていました。箱根湯本の駅近くの駐車場に車を止め、歩いてお店まで行きました。入り口を入ると旅館のような佇まい・・・って旅館じゃない!2階では撮影が行われているとかで玄関先にはカラフルなスニーカーがたくさん並んでいました。オットは自然薯とき膳、私は知客点心をいただきました。なかなか風情があって、マクロビオティックなお料理も美味しくて、麦ご飯に自然薯をかけて食べたらお腹一杯になりました。朝、少しにしておいてよかった。お店の前から見た箱根湯本の景色箱根の日帰り温泉天山の湯にきたのは1年前。それ以前は近いけれど何の魅力も感じなかった場所だけど、今回来て思いました。箱根は大人の遊び場なんだ。昔子供が小さい時に連休を利用して来てその混雑振りに辟易としたけど、こうして夫婦だけで平日に来ると色々回れて面白いんだわ。車に乗る前に自分達へのお土産の干物と温泉饅頭、それから今が美味しい水羊羹を買いました(水が美味しいのだそうです)帰りの道はす~いすい。家に着いたのは3時前でした。
2009年01月22日
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大事に育てていたサフィニアの葉を食い荒らす奴がいます。10月に種を蒔いた私も悪いのですが、それでもゆっくりとではありますが、芽を出し成長し、とうとう花芽を付けるに至りました。かわいいかわいいって声をかけながら水遣りをしていたのに、無残にも柔らかな葉先が食いちぎられております。犯人は 番の野鳥です。鳩かと思いましたがそれにしては小ぶりでスマート、羽根も長めです。どっちかというと貧相な鳥です。どっちがオスでどっちがメスなのかわかりませんが、お互いの食事のあいだはもう片方が見張りに立っているほどの警戒の仕方。マンションのベランダにまで来て食事をしなければいけないほど、冬の自然界は厳しいのでしょうか。あまりにせわしなく飛び交いながらあたふたと食事をしている彼らをみていると、追い払う気も失せて『ゆっくりお食べ』って言ってやりたくなります。しかし、彼らの飛び立ったあとには 落し物・・・落し物の中にはどこで食べたのか紅い木の実まで混じっていて、これじゃあ笑うしかないですね。元気に冬を越してもらわなくちゃ、私のサフィニアを提供したんだから。できればベランダに糞を落としていかないで欲しいなぁ。
2009年01月17日
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一年経つのは早いって感じているけど、年が明けてもう5日ですか!?早いっ!今日からオットは仕事に出かけ、明後日からは大学も始まるというし・・・やっとこれで私の日常も取り戻せるというものです。よかった♪元旦、恒例の早朝明治神宮参りに出かけました。今年は8時過ぎに出かけたので参道には結構人が出ていました。大勢が砂利道を歩くので土埃が舞って口の中がざらざらになりました。これが1時間早ければ閑散としていて、綺麗な空気の中の参拝ができたのですが。10時には帰宅して、おせちにお雑煮に日本酒で乾杯しました。そのあと近所(と言っても徒歩30分)のところにある身代わり不動尊にお参りにいってみたいと言うムスコに付き合って、お参りのダブルヘッダーに出かけました。さすがにお昼を過ぎていたので参拝までの行列は1時間待ち。帰りに義父母の家でお汁粉を頂いて帰ってきました。夜はこれまた恒例のステーキとおせち。毎日よく飲みました。2日はオットが出かけたのでムスメと二人で映画『怪人二十面相』を見に出かけました。中村トオル、ステキ~!お正月からよいものを見させていただきました。3日の夜は義父母を招いての食事になってしまったので、魚久のお魚を買いに新宿伊勢丹まで出かけました。もう少しお正月らしいお料理にしてもよかったんだけど、これが好物なのだからしょうがない。魚久の粕漬けを3種類と、鴨の冷製とベビースピナッチ、青梗菜の蟹餡かけ、あとはなにを作ったんだっけ?毎日こんなことをしているので忘れちゃった。そして昨日は日本橋へ・・・去年、私が買った本を頼りに七福神巡りをしてきました。偶然・あいにく、デパートの企画でこのコースを回る方達が列を成していらして、物凄い混雑でした。私達(私とオット)はスチャラカ参拝なので、列に並ぶことなく遠くから拍手を打ってきました。でも、御朱印だけは各場所でしっかり押していただいて参りました。まるでオリエンテーリングのような感じ。楽しかった♪帰りに人形町で人形焼とお豆腐とがんもとお煎餅を買って帰りました。オットはずいぶん気に入って、来年のお正月は谷中の七福神に行くんだと今から決めております。そのためにも、今年も元気にいなくちゃ、ね。
2009年01月05日
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