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言わずと知れる野崎参りの図柄野崎まいりの道すがら、舟と陸とでかけあう情景を描いたもの撮影日:2026年5月8日手前の二人が歩きで、向こう側の船客に喧嘩を吹っかけている図なのでしょう屋形舟で行く野崎観音(慈眼寺)への参詣は、江戸時代の庶民にとってかっこうの娯楽でした。本デザインはその一場面を切り取ったもので、舟で行く人と道を歩く人が言い合っている様子です。これは落語「野崎詣り」にも登場する「ふり売り喧嘩」で、当時はこの言い合いに勝つと縁起が良いとされていました。現代の「野崎まいり」は毎年5月1日から8日まで行われ、期間中は参道に露店が並び、場内でイベントが開かれるなど大変な賑わいを見せます。ちなみに野崎観音は、昭和初期に東海林太郎さんが歌って大ヒットした「野崎小唄」や「お染久松」の舞台となっているお寺です。(マンホールカードの説明)同上、ノンカラー同上、図柄が見やすいように斜めから撮影同上、汚水用で図柄は同じだが、小型で両側に取っ手があり形状が少し違う市章を中央に入れた蓋同上、小型で周辺の枠なし同上、亀甲模様、合流の文字同上、減圧弁汚水用*四条畷の駅前で大東市のマンホール発見アレ、これってどうなってるの???ナント、両市の境界は駅の北側にあってJR・四条畷駅は四条畷市ではなく大東市側に位置していることがわかったまあどうでもいいことかもしれませんが
2026/05/31
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地元の行事・5月楽歩会の野崎参りはJR・住道駅からスタートした住道は昔、父の勤務地であったので子どもの頃、何度か訪れた懐かしい駅だしかし最近は特に用事もなく駅に降り立つのは久し振りであった駅前の様子ももちろんガラッと変わって当然のことだが昔の面影はまったくない駅前広場にあったライオン像の噴水といっても故障なのか水は上がっていない隣に文字がかろうじて読めるこの石碑があったこの像の建立は平成八年(1996年)だからもう三十年も前のことだ碑文を見て、これがライオンの像の噴水であり同時に住道がかつてはキリシタンの町であったことなどをはじめて知った恥ずかしながら住道については、かつて河川の氾濫があり水害の町という印象しかなかったさらに碑文の三箇キリシタンの三箇は「さんが」と読むこともあとで調べてわかった要は何も知らなかったということです*このブログを書くためにWEBサイトを調べているとうまい具合にJR住道駅周辺をぶらり散策という探訪記事が見つかったうまくまとめてあって、かつタイムリーでありとてもありがたかった、感謝!
2026/05/30
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『テレビとの相性』 新聞や雑誌は目から、ラジオは耳から情報を取り入れる。ところがテレビは目と耳の両方から同時に情報を得られる。視覚と聴覚の両方を同時に楽しませてくれる情報媒体だ。逆の言い方をすれば同時に五感のうちのふたつを使わねばならない。 標高八千メートルを超えるエベレストの山頂の姿をまじかに見せてくれるかと思えば、千メートル以上もある海底の生態だって画面に映し出す。一般人の行けないところ、見ることが出来ないところまで茶の間でくつろぎながら視聴できる何とも優れた情報媒体である。 そんなテレビが世に広まったのは1959年の皇太子ご成婚パレードのテレビ中継が契機になった。ボクが大学生の頃であった。だからテレビとの付き合いはもう六十年を超えている。 ボクは主として野球、相撲、ラグビー、アメフト、マラソンなどスポーツの実況中継を中心にテレビを楽しんだ。時には朝ドラや外国映画、囲碁の中継などを観ていた時期もあった。 ところが年齢を重ねるにつれて、テレビ番組に興味を失い、最近ではほとんど観ることがなくなってしまった。理由は一体何なのだろうか。年金暮らしの老人には、忙しくてテレビを観る時間がないということはあり得ない。 高齢者が体の不調を訴えて病院に行くと、「老化現象です」のひとことで済まされることが多いと聞く。ボクのテレビ離れも、好奇心が少なくなったという精神的な老化現象かもしれない。言い換えると〈テレビに飽きた〉ということなのだろうか。 ボクは日ごろからテレビ番組に対する漠然としたいくつかの不満、拒絶反応をもっている。 先ずはコマーシャル。番組の途中に現れるアレがどうにも好きになれない。こちらが欲しくもなく興味もないものを一方的に押し付けられるのは、もうありがた迷惑でしかない。コマーシャルそのものを楽しむひともあるらしいが、ボクはとてもそんな気分にはなれない。宣伝が入るのはやむを得ないことだとわかりながらも嫌なものはイヤなのだ。 次に、画面や音声がいかにも作り物という不自然さを感じるとき。番組によっては、ここで笑う、ここで拍手、などと演出されていることがはっきりわかるのは観ていて気分が悪い。 三番目はマンネリ化した手法。ニュースに臨場感を持たせるためだと想像するが、例えば事件の容疑者が逮捕されて最寄りの警察署に連行されたとする。その際、「犯人が拘留されている○○警察署前から中継でお伝えします」ということがよくある。画面は明かりの付いた警察署の建物が映っているだけ。こんなものに何の意味もない。またいつもの手か、とあきれるだけ。 そして最大の問題点は視聴率であるということに最近気づいた。 二か月前、京都府で小学生が行方不明になった事件。当然、どうしたのかと社会は注目する。ボクも人並みに関心を持った。ニュースはある程度仕方がないとして、テレビのワイドショーというのだろうか、午後に民放各局が放送している番組、これがひどい。 評論家や警察関係のOBなどが、あーでもない、こーでもないと推測による意見交換を放映する。ランドセルが発見されたと言えば、その場所の画像をこれでもかとばかり何度も流し、やはり推測に過ぎないことを微に入り細に入り報道する。ボクも事件の解明には大きな関心を持ったが、推測に基づく話なんていくら聞いても退屈で時間の無駄だと思う。ニュースで事実だけを伝えてくれるだけで十分である。 ちょうどそんな時、ラジオで映画監督で作家の森達也さんの話を聞いた。 日本の犯罪(または事件)報道の割合は、欧米の10%に対して日本は30~40%、つまり3~4倍と非常に高い。理由は国民の関心が高いから。つまり視聴率という市場原理がその理由であるという。国民が求めるから報道する、求めなければ報道しない。マスコミは視聴者の要望にかかわらず、マスコミ本来の義務として伝えるべき情報があるはずだ。その義務感の欠如も問題である。概略、こんな内容の話であった。 テレビがつまらないと感じるのは、つまるところ視聴者であるボクたち自身が何を求めるのかの問題だという指摘である。テレビ批判が自分に返ってきた、手厳しい。(2026年5月)
2026/05/29
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これ、エンドウ豆のご飯です見かけはまるで赤飯炊き上がった直後はあまり色はついてないが半日ほど保温すると写真のようにに赤くなる味は少しコクがあってグリーンピースのご飯とはまるでちがうこれがツタンカーメンのエンドウ豆実物のさやの色はもう少し赤紫です豆の色は普通のエンドウ豆と変わらないエジプト王家、ツタンカーメンの墓から発見されたといわれるロマンあふれるえんどう豆と、紹介されているが、怪しいという説もあって真偽のほどは不明です栽培しているところはめったに見かけないが我が家ではもう十年来、種をとって栽培している珍しいので知り合いにおすそ分けして喜ばれる豆も種もWEBサイトで入手できるようですねでも自分で作ているから食べるけどわざわざ買ってまではね……。
2026/05/28
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我が家の野菜畑のすぐ下でシジミが採れるこの自然の豊かさは大いに自慢したい!そこは近所の方の田んぼに隣接しているので断って採らせてもらったり採ったのをいただいたりしている今回は採ったシジミをいただたいた大きさもアサリ並みで立派だ*昨年はカミさんが先方のご主人と一緒にシジミ採りを体験して大いに喜んだ(→☆)
2026/05/27
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ホームセンターで鷹のカイトを見つけた遊び心で、畑の一角に竿を立てて飛ばした羽を広げた大きさは1.8mあるカラスよけに効果があるなら有難い*ところが三日後には強風で竿が折れてしまった隣の田んぼのは快調に飛んでいる固定方法に一工夫いるようだ*オクラの苗を植えたピーナッツ、トウモロコシ、白ナスモロヘイヤ、ズッキーニ、ネギは調子よく発芽して苗の生育中ゴーヤは昨年のこぼれ種から芽が出始めた
2026/05/26
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地元のグラウンドゴルフ愛好者の中から表題の大会に五名が参加したグラウンドゴルフを始めて二年半初の他流試合であるそれに35回という歴史もすごいボクたちはまだわずか二年半だ場所は枚方市の伊加賀スポーツセンター参加者は254名とか、例年は300名超のところ、今回は朝の交通事故などや暑さの影響で多くの欠席者が出たと聞いた市長やら市議会の議長など来賓のあいさつに続いてゲーム開始全員を二組に分けて半分は待機で交互に8ホール三回のゲームを行い三ゲームの合計スコアで入賞者10名が決まる強い日差しのもと、かなり暑かったボクのグループには92才のご婦人がおられて元気にプレイされていたのには感心した、すごい!入賞者のスコアは全員が50点台1ゲーム平均17点という高いレベルでボクらは遠く及ばないそれでも教わったことも多く良い体験をさせてもらったと喜んでいる!
2026/05/25
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昨夜の自治会の通常総会毎年五月に開催される通常総会に出席大半が委任状ですが、会場にも50人近くが出席しました前年度の事業報告、決算報告新年度の事業計画案、予算案が審議の結果、承認されました今のところ特別な懸案事項などもないので、約五百戸規模の自治会出席者はその一割程度ですがまあこんなものでしょうか!
2026/05/24
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ギョリュウ(御柳)ギョリュウ科の落葉小高木別名(英語名):タマリスク撮影:2026年5月11日、枚方市一年に複数回花が咲くという同上近隣散歩の途中、穂谷の三宮神社近くで花が咲いているのを見かけた近所の方が手入れをしているらしく他の花も植えて花壇のような雰囲気である見たことのない花だったのでその場で調べたギョリュウだという枝も葉も花もみんな細くておまけに背が高い写真を撮るのに少し苦労したが花の色は現物に近く撮れている同上*ギョリュウのそばに咲いていた花で名前はジキタリスジギタリス(実芰答里斯)ゴマノハグサ科の多年草別名、狐の手袋英名のFoxgloveの直訳ボクは珍しい花だと思ったが園芸を楽しむ人には珍しくもないかもしれない
2026/05/23
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5月楽歩会・ワイワイ賑やかに「野崎まいり」参加者の善男善女、観音様にお参り8日の下見時には、通称「野崎まいり」で十一面観音の御開帳もあって大変な人出だったが今日はひっそりしたもの本日の参加者の中には当寺は初めての訪問という方も何名かおられたのは意外だった近いところは意外と盲点になるまさに灯台下暗しの諺の通りであるコース:JR・住道駅→(谷田川沿いに)観音浜→大東市歴史民俗博物館→專應寺→野崎観音・ 慈眼寺→野崎参り公園→東高野街道経由→JR・四条畷駅(7キロ)参加者14名恩地川・舟運同上、護岸の高さは洪水対策本日のコース、最初は恩地川、途中から寝屋川、そして谷田川と歩いて目的地の野崎観音へ参拝を終えて西門から退出西門からは大阪市内のビル群が建ち並ぶさまがこの通り*御用とお急ぎでない方は東海林太郎の野崎小唄などお楽しみください*野崎観音には江戸時代の心中事件で知られるお染と久松の供養塔・墓所があるお染久松といっても記憶はおぼろちょうどいい機会なのでAIの助けを借りておさらいをしました恋の逃避行と婚約大坂の油問屋の娘・お染と、奉公人の丁稚・久松は深く愛し合っていました。久松は故郷である河内国野崎村へと帰され、養父・久作の意向で、義理の娘であるお光と祝言を挙げることになります。お染の来訪と三角関係お光が婚礼の支度をしているところへ、お染が久松を追って野崎村へやって来ます。事情を知ったお光は激しく嫉妬しますが、お染の久松への一途な思いを知ります。悲しい結末と決断その後、久松と二人きりになったお染は心中を覚悟します。これに気づいたお光は、二人の愛を悟り、自ら身を引く決意をします。お光が綿帽子をとると、なんと自ら髪を切り尼僧の姿になっていました。その痛ましいまでの決意に打たれた二人は、心中を思いとどまり生きる道を誓うという切ないストーリーです。
2026/05/22
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今日から三日間、地元の公民館で知人の髙橋功さんの書と絵の展覧会が始まった髙橋さんとは数年前に知り合いときどきお酒を酌み交わす仲なので昨日の会場設営を手伝わせてもらった彼は八十八歳、とても元気です*知人にもらった山椒の軸取りをしたモノが小さいので、やってもやっても成果の進行が目に見えない退屈だけれど年に一度の仕事だ!
2026/05/21
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五光の滝(ごこうのたき)落差約30メートル和歌山県橋本市北宿、国道371号線沿い訪問日:2026年5月5日現地にあった案内板この滝は、落差が30m、季節を問わず豊かな水量があるため古くから修行道の行場として栄えました。この滝のある宿(やどり)地区は、明治維新まで高野山の寺領地でした。空海の御廟のある奥之院とも近く、数多くの修行僧や山伏がこの地で悟りの修行をを行ったといわれています。「五光の滝」の名は、修行僧が滝に打たれるために沢を上がってきたその際に、日光を受けた滝のしぶきが五色の虹のように輝き、その神々しさに時を忘れたという故事に由来します。滝左側の崖中腹には、不動明王の像があり、かつてはそれを祀る祠があったと伝えられています。また、ここで修行する者は下流の滝で身を清めたため、その滝は「御手洗の滝」と呼ばれています。駐車場はなく、路上の広くなったところに駐車滝までは登りで歩いて十分かからない滝上部滝下部右下の方に名前の由来になった五色の虹が見られたのには感動滝壺、ここでも五色の虹多分、光線の具合など条件が良かったのだ五光の滝で名前の由来となった五色の虹が見られたのはまことに幸運であった冒頭の案内板にある不動明王の像気が付かず見逃したのは残念であった
2026/05/20
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高野大滝、落差10mの直曝和歌山県高野町大滝 御殿川訪問日、2026年5月5日息子家族三人、娘夫婦と我々二人七人で高野山を訪問した帰り路この高野大滝と五光の滝を訪ねた駐車スペースは大きく崖崩れしていたそこを避けて崖まで近づいた所から上の写真の通り滝全体の姿が見えた同上息子たちに続いて何とか斜面を川まで降りたここから先は川に入らないと近づけない同上、右手は護摩滝下流の小滝護摩滝は駐車スペースの手前の橋の上から木の間越しに見えていたが名のある滝とは思わなかったので写真をとらなかった
2026/05/19
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昨日のブログ娘夫婦の道楽ボクは現場を見たことがないそこで「クレーンゲーム」で検索この動画を見ればどんなものか一目瞭然なるほど、こんなことして遊んでるのか成果は勘というかセンスというかそういうものが決め手になりそうたしかにうまく取れたら快感だろうでもボクはやらない(つもりである)
2026/05/18
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娘夫婦が昼過ぎに大きな荷物を抱えてやってきた午前中のゲームの収穫だというトイレットペーパーから米まである娘は相当以前からストレス解消のためと称してやっているのは知っていたし獲物も持参していたナツキとケントの二人の孫にもあらかじめ好みを聞いて景品を獲得来るたびにプレゼントしていた最近、どうやらムコドノも弟子入りしてすっかりはまり込んだらしい元手はどうなっているのやら安上がりの遊びなら結構なことだ
2026/05/17
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オルレアセリ科の一年草(または多年草)別名、オルラヤ、オルレア・ホワイトレース真っ白で清楚な花です近くの野原に咲いていたのですが山野草ではなく、民家の花壇から種が飛んで広がったもののようです花が終わったところWEBサイトには切り花としても流通していますと、説明がありました*ノラニンジン (野良人参)セリ科ニンジン属の帰化植物別名、ワイルドキャロット上記オルラヤと同じ、セリ科の植物同士で同居していましたノラニンジン(左)オルレアの葉
2026/05/16
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北上夜曲の碑(岩手県北上市、北上展勝地)匂いやさしい白百合の・・・ボタンを押すと曲と歌が流れる誰でも知ってる歌だ観光地にふさわしい碑だと思った上の碑文の後方が北上川やわらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに啄木の歌碑もあっても良さそうだがと、思った*高橋放浪児の川柳碑(岩手県北上市、北上展勝地)春光に 生きとし生きる もの動き同上、作者に関する説明なるほど、こういう方もおられたのだなというのが感想*みちのく民俗村(岩手県北上市、北上展勝地)南部領伊達領境塚伊達領(仙台藩)と南部領(盛岡藩)の領界両藩の関係には厳しいものがあったようだが歴史音痴のボクはよく理解していない*壬生義士伝の説明板(岩手県盛岡市高松)「高松の池」の堤防にあった以下に全文壬生義士伝壬生義士伝は、浅田次郎氏(直木賞作家)の歴史小説。南部盛岡藩士、吉村貫一郎が、家族のために新撰組に入隊、愛と義を貫いた感動の作品で、平成十四年、十五年と相次いでテレビ化・映画化されて人気を博した。上田堤(高松の池)上田の堤(現在の名称は高松の池)は、盛岡の治水のために江戸時代初期に造られた堤。吉村貫一郎は、近くの上田組町に住居しており、三番目の子を宿した妻しづは先の生活を悩み身投げしようとする。「日本さくらの名所百選」に名を連ねるとともに、冬は白鳥の飛来地として親しまれている。 盛岡市観光推進委員会浅田次郎の「壬生義士伝」は以前に読んだそれまで全く知らなかった新選組のことが少しだけ理解できた(気がした)この説明文によると、主人公の吉村貫一郎は実在の人物だったのですねえ!小説の最後の方、吉村貫一郎が死を前にした際の独白のメモが手元にある「盛岡の桜は石ば割って咲ぐ。盛岡の辛夷は、北さ向いても咲ぐのす。んだば、おぬしらもぬくぬくと春ば来るのを待つではねぞ。南部の武士ならば、みごと石ば割って咲げ。盛岡の子だれば、北さ向いて咲げ。春に先駆け、世にも人にも先駆けて、あっぱれな花こば咲かせてみろ。」この部分では涙がこぼれたのを思い出す浅田次郎は読者を泣かせる作家だこの本を読んで岩手の石割桜のことを知った以前に訪ねたのは秋で、今回は満開の桜を期待の旅であったが残念なことに葉桜であった以上
2026/05/15
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芭蕉の句碑はどこに行ってもありますね奥の細道の文学碑以下は碑の全文三代の栄耀一睡のうちにして大門のあとは一里こなたに有り秀衡が跡は田野に成て金鶏山のみ形を残す先たかだちにのぼれば北上川南部より流るゝ大河也衣河は和泉か城をめぐりて高館の下にて大河に落入る康衡等か旧跡は衣か関を停て南部口をさしかため夷をふせぐと見へたり偖も義心勝つて此城にこもり功名一時の叢となる国破れて山河あり城春にして草青みたりと笠うち敷て時のうつるまで泪を落し侍りぬ夏草や兵どもがが夢の跡卯花に兼房みゆる白毛哉 曾良兼て耳驚したる二堂開帳す経堂は三将の像をのこし光堂は三代の棺ををさめ三尊の仏を安置す七宝ちりうせて玉の扉風にやぶれ金のはしら露霜に朽て既頽廃空虚の叢と成べきを四面新に囲て甍を覆ひて風雨を凌ぎ暫時千歳のかたみとはなれり五月雨のふりのこしてや光堂 *宮沢賢治詩碑字は薄くなってかなり読みにくい同上、説明板ここに碑の全文が紹介されている宮沢賢治詩碑の文字部分を撮影した詩碑の文字は宮宮沢賢治自筆のものを約二十倍に拡大して写したと説明あり以下は碑の全文中尊寺宮沢賢治七重(じゅう)の舎利の小塔(こたう)に 蓋(がい)なすや 緑(りょく)の燐光 大盗は銀のかたびらおろがむとまづ膝だてば 赭(しゃ)のまなこたゞつぶらにてもろの肱映(は)えかゞやけり 手触(たふ)れ得ね舎利の寳塔大盗は禮(らい)して没(き)ゆる※碑文のルビは( )内に表示「七重の舎利の小塔」とは、中尊寺の有名な「金色堂」のことで、ここに「大盗」が現れて膝立ちになって宝塔を拝もうとする。「銀のかたびら」を身にまとった泥棒は大物か大盗は、拝んだ後には、宝物を頂戴するつもりだが なぜか彼は宝塔に手を触れず、そのまま去っていったという話。これは宮沢賢治の創作のようだと説明があった*遠藤梧逸句碑清衡の 願文の意の 大文字句の意味・背景中尊寺の東物見台付近に位置し、目の前に広がる束稲山(たばしねやま)を背景に詠まれた句です。1126年に藤原清衡が中尊寺を建立した際、平和への願いを込めた「中尊寺供養願文」の精神と、毎年お盆に束稲山に灯される「大文字」の送り火を重ね合わせて、その壮大な景色と歴史的情緒を表現しています。(AIによる説明)*西行歌碑碑の文字は薄くて読みにくいが柱に書いてくれているのがありがたいききもせず束稲(たばしね)やまのさくら花よし野のほかにかかるべしとは意味は「噂にも聞いたことがなかった。この束稲山の桜の素晴らしさは、桜の名所として名高い吉野山以外にも、これほど見事な景色がかかる(展開する)場所があったとは」という驚嘆を表現しています。(AIによる説明)*福地直哉・伊藤雅休の句碑同上眼にうれしこころに寒し光堂 直哉なな重八重の霞をもれて光堂 雅休福地直哉・伊藤雅休さんは地元の俳人なのでしょうね以上
2026/05/14
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昨日に続いて高木の花センダン(栴檀)ですセンダンの木も椎の木同様、背が高いそれでなかなか花を見る機会が少ないたまたまこの木は背が高いけれど低い位置で花が咲いていたので近くで見ることが出来てラッキー栴檀の実は葉が散った秋に何度も見ているしかしセンダンの花を見るのは多分これが初めてではないかと思うセンダン(栴檀)、センダン科の落葉高木センダンの花を詠んだ句も多い実際に花を見た後で読むと感慨深い栴檀のありあまる花こぼさざる 鷹羽狩行栴檀の花のさかりを友見舞ふ 新里芳子栴檀の花の終りのうやむやに 山田みづえ栴檀の花は曇りの日が似合ふ 細川加賀 栴檀の花散るや桶の心太 寺田寅彦栴檀の花散る島のバス乗場 高橋悦男栴檀の花散る那覇に入学す 杉田久女万葉集にも妹が見し あふちの花は 散りぬべし吾が泣く涙 いまだひなくに 山上憶良※あふち、おうちはセンダンの古名ブロ友の家持さんに教わったのを今でも覚えている*最初の写真で、センダンの下の方に咲いている紫の花はクサフジ(草藤)であるマメ科の多年草、別名ウマノアズキ
2026/05/13
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春の野山で目立つのは椎の花だこうして遠目には見るのだが近くで花を見たことがない木は高木で、花はずっと頭上高くで咲く昨日の散歩の途中、穂谷の三宮神社でも何本かの椎の木があったが、やはり高いスマホのズームで撮ったのがこの写真同上、これで何となく花の感じはつかめた*子どもの頃、椎の実を拾って炒って食べた香ばしい味だったと思うそんな記憶がかすかに残っているシイの実は昔の人のお茶菓子であり重要な食糧でもあったと聞く家にあれば 笥(け)に盛る飯(いい)を 草枕 旅にしあれば 椎(しい)の葉に盛る有間皇子(ありまのみこ) 『万葉集』巻二142万葉集にこんな歌が詠まれている旅人の心にも似よ椎の花(松尾芭蕉)馬の背や風吹きこぼす椎の花 /正岡子規椎の花匂ひこぼるゝとはこの事 /高浜虚子芭蕉や子規など有名な俳人も詠んでいる椎の花を詠んだ句は意外に多いことに気が付いた
2026/05/12
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ネコノツメ(猫の爪)ノウゼンカズラ科のツル植物別名: トラノツメ(虎の爪)写真の通り、横にも上にもツルを伸ばす植物だという鮮やかな黄色い花が美しい5/8、楽歩会の下見の道中大東市の谷田川沿いの歩道で見かけたボクには初対面の花であった名前はGoogleの検索ですぐにわかった葉の裏に爪状のものがあってこれを使って横にも上にも伸びるのだという
2026/05/11
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デュマ・フィスの「椿姫」を読んだ☆もも☆どんぶらこ☆ さんのブログで紹介されていたのを見て読む気になった☆もも☆どんぶらこ☆ さんのブログ→☆読み進むうちに、以前に読んだ記憶があるぞそんな思いが頭をもたげはじめた半分ほど読み進めたところでそれは「絶対に読んだことがある」という確信に変わったそれはともかく今回読んでみて改めて名作だと思った!特に最後の部分、椿姫の手紙が圧巻だ人の気持ちは複雑怪奇好意を持つ、愛する、憎む、疑う、期待する欲しがる、憐れむ、嫉妬する、同情する等々それらを小説にするのだから作家の力はすごいと改めて思う
2026/05/10
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兄弟など集まって母の十三回忌を務めた午前八時半、弟夫婦や娘夫婦など七人我が家に集合、仏壇でボクの素人読経菩提寺へ移動して本職の有難いお勤めとお説教をしていただきましたその後、昼食を済ませて解散十二年前、両親を無事に見送れた安ど感以来、いたずらに馬齢を重ねている今日この頃少しだけ功徳を積めた一日
2026/05/09
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5月楽歩会の下見で野崎観音へコース:JR・住道駅→(谷田川沿いに)観音浜→大東市歴史民俗博物館→專應寺→野崎観音・ 慈眼寺→野崎参り公園→東高野街道経由→JR・四条畷駅(7キロ)参加者は12名、爽やかな五月の薫風の中を気持ちよく歩いたスタートのJR/住道駅も野崎観音も久し振りの訪問で懐かしかったJR/住道駅、出発前のストレッチ体操野崎参りは屋形船で参ろの歌でおなじみの船が往来した谷田川の堤防を歩いた正面の山のやや左寄りが野崎観音同上説明船着き場の観音浜参詣客はここで船を降りて後は歩いて野崎観音へ向かったという野崎参りのルート説明本日のコースを歩いてみて「野崎参りは屋形船で参ろ」という船のコースを実際に想像することが出来たまた大東市歴史民俗資料館ではタイミングよく令和8年度春季企画展 で「野崎まいりと野崎観音慈眼寺の刷物」を開催中、見学することが出来た展示は6月7日までなので5/22の本番でも立ち寄る予定です*野崎観音では年に一度の観音様の御開帳お染久松の墓地などを見学した後東高野街道を四条畷駅まで歩いてゴール本日の地図はこちら(→☆)
2026/05/08
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冬野菜が終わって夏野菜の収穫まで野菜の収穫は途切れがち現在収穫できているのはアスパラガス、シュンギク、早稲のタマネギワケギ、リーフレタス、ラディッシュスナップエンドウ、キヌサヤ、ネギくらいなものだろうか夏野菜で植え付けの終わったものはナス、キュウリ、シシトウ、マンガンジピーマン、トマト、ミニトマトリーフレタス種を蒔いてあるのがカボチャ、ズッキーニ、オクラツルインゲン、ヒスイナス、モロヘイヤゴーヤは種を蒔かずひとりばえを待っている生育中なのがジャガイモとタマネギの中晩生ニンニク、アカマメ(ツタンカーメン)グリーンピースこうして整理してみると意外に多くの品種を栽培していることに我ながら驚く
2026/05/07
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ボクはもう四十年近くコンタクトレンズの世話になっているボクが使っているのは最初からずっと酸素透過性ハードコンタクトレンズ一番長く使ったのは、たしか十八年それ以外は大体数年で破損している四十年も使っていると当然のことだが何度もトラブルを体験している主に落とすなどの紛失である中でも特に記憶に残っているのは自宅の洗面所で流してしまったこと洗面所のすぐ外に排水の会所があり蓋を取ると配水管が突き出ているそこに洗面器をもってカミさんに待ち受けてもらったそして洗面器に水を流すと出てきた! とカミさんの大きな声あの時はホントにうれしかった!最近でも二度、レンズ探しをした一度は一月の旅行中、宿の洗面所で落とした洗面器下の床周辺を探したが見つからない仕方なくカミさんにSOS、その時は床ではなく全く想像もしなかった白い洗面器の外側のへりにくっついているのを見つけてくれた一週間前にも誤って自宅で洗面器の外側に落としてしまった、場所は限られているのでとにかく自力で探したが見つけられないやはりカミさんにSOS 他には誰もいないのだからやむを得ないこの時も洗面台の足元の少しへこんだところに落ちていたのを見つけてくれたボクが懐中電灯で何度も探した場所だった同じ失敗を何故何度も繰り返すのか扱いに慣れて、しかも毎回気を付けているのだがこればかりはどうにもならないコンタクトレンズに限ったことではないがボクは何故かものを探すのが下手くそだその点、カミさんはボクと違って上手だ*息子たちは植木の選定や芝生の手入れをほぼ完ぺきにやり、夕食を済ませて帰ったこんな帰省なら大歓迎である!
2026/05/06
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息子がまだ高野山に行ったことがないというので、ムコドノの案内でドライブ高野山では金剛峯寺、シャクナゲの三昧院を訪ね、奥の院を散策したボクも高野山は久し振りである金剛峯寺はいつも外観だけ見ていたが拝観料を払って内部を見学したやはりすごい建築物であることを再認識三昧院(さんまいいん)は観光案内所の人がシャクナゲが満開で見頃ですよと教えてくれたそうでもなければ、本通りから離れたこの寺院を訪れることはないだろう高野山の後はムコドノの案内で鶴姫公園展望台、道の駅田辺市龍神ごまさんスカイタワー高野大滝と五光の滝と二つの滝を訪ねた最後は高野口の銭湯で汗を流して帰途に就いた高野山は今、どこに行ってもピンクのシャクナゲが目を楽しませてくれる同上、三昧院のシャクナゲ同上高野山に来たら奥の院を歩かないわけにはいかない連休の一日、大勢の人が訪れている四国遍路のお礼参りだろうかお遍路姿の人もちらほら親鸞聖人のお墓があったのでお参りした鶴姫展望台公園360度の山なみの眺望は素晴らしいこんなところを良く見つけたなとムコドノの下調べに感心同上、こんなものがたりがあったのかと鶴姫のことを改めて知った同上、頭が切れてしまった、お粗末!道の駅、田辺市龍神ごまさんスカイタワーここにも展望塔があるがエレベータ付きで有料高野口駅前の民家を改造した銭湯なかなか人気があるように見えた八時過ぎに帰宅途中の四条畷イオンで食料を買い込みみんなでにぎやかに遅い夕食となった長い一日が終わった
2026/05/05
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山の新緑の中でひときわ目立つのは椎の花我が家の畑の入り口のギンラン毎年、この場所に芽を出す貴重品アカバナユウゲショウも咲きだした我が家の畑ではハッサクの花が満開スイカズラスイバ庭の片隅にはニシキギの花これらの花はすべて家から十分以内のところで見ることが出来るものです周りの自然が目を楽しませてくれます!*本日は親子の三家族でバーベキュー火の向こう側はオダマキの花
2026/05/04
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昨夜遅く、息子夫婦がやってきたナツキとケントとが夕方に帰ったので入れ違いになった格好だ息子は調理の腕を振るおうとカンパチなど刺身のブロックとアナゴなどの食材持参であるそれとは別に香川のフルーツ大福が大きな箱にどっさり寝る前だけれど早速パクリ!一夜明けた今日は早起きをして丹波市の白毫寺の藤を見に行きちょうど見ごろだったと喜んで帰ってきたブログを見るとボクたちは昨年の4/29に娘夫婦と訪ねているが少しだけ早めだった帰りに独鈷の滝を見てきたというから昨年のボクたちの行動とまるっきり同じだ*カミさんは孫や息子たちが来るのをいつも心待ちにしてボク以上に喜んでいるもともとの話し好きが、特別雄弁になるでも最近では、ご一行が引き上げた後布団などの準備と片付けが体に応えるとこぼすこともあるのは年相応でやむを得ないだろう
2026/05/03
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秋田県黒石市の中町伝統的建造物群保存地区には今回の旅の最終日の4月24日に立ち寄った特に見学場所には含まれていなかったが昼食場所から近く、食後の余った時間にあわただしく見学することが出来た欲を言えばもう少し時間をとって見学したかった場所である黒石市中町の「こみせ通り」道路に庇を突き出した商家が並ぶこの庇を「こみせ(小見世)」と称し下の空間は、積雪時の貴重な歩行通路となる「こみせ」と同じものが、新潟県などでは「雁木」と呼ばれていることも今回知ったまた電線類は共同溝で地中化されていて通り全体がすっきりした印象である東方向には冠雪の八甲田連山が見える造り酒屋、ワーでっかい! 特大の杉玉後方に小さく見えるのがよく見かける大きさ短い時間でしたが見学できてよかった伝統的建造物群保存地区は呉の御手洗地区を見学して以来、縁が出来てこれで四カ所目かな
2026/05/02
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昨夜から孫二人が来ている姉のナツキは眉のケアなどで隔月くらいに来ているが弟のケントは徳島から愛媛に転勤後さっぱり姿を見せていないそれが今回は珍しく二人そろってやってきた若い二人の話を聞くのは楽しいものだ本日のブログはケントの三題噺を書こう*その一、伯方の塩大福大福の中でも特に好きな大福だこれを土産に持ってきてくれたこんなうれしいことはないその二、すし飯の話釣り好きのケントは大物を仕留めたとき職場の先輩・後輩を自宅に招いてパーティをやるらしいその時に利用するのがスシローの「しゃり玉」24貫、390円(税込み)ご飯を炊いて味付けする手間が省けるので重宝しているというこれは知らなかったなあ!スシローでは手巻き用の、具と酢飯(手巻きシャリ)も買えるそうだその三、包丁を買うケントは釣った魚を自分でさばいている出刃包丁も刺身包丁もないので会社の同僚のを借りているというここはバアチャン(カミさん)の出番だ出かけた帰りにホームセンターで買ってやったケントはエビで鯛ならぬ、大福で包丁の巻今度松山に出かけるのが楽しみだ
2026/05/01
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