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今の90歳の一人暮らしは、妹の一家の献身的な支えがあってのことですが、私の見たところ、母は、やはり施設入居を求めてはいないと思えます。自分のペースで、自分のしたいことをして、できる限り家に居たいと思っている。そのために、できる努力はするし、できないことは諦める。そんな感じだと思います。27日以前から、退院後の母の過ごし方を気にしていましたが、まあ、聞こえにくくなっているし、視力も低下してはいる。でも、会話はできるし、新聞も読んでいる。今日は、昨日に引き続き、買い物に。昨日の買い物は、ドラッグストアのみでしたが、距離をあるいて、午後から草臥れていたようです。今日は、歩く距離を少なくして、店舗は増えました。母の思うことを紙に書きあげてもらって、その通りに移動することにしました。まず、1月の来客用のお菓子を買うのと、母の妹の3回忌用のお菓子の手配に、川棚温泉の三春堂というお菓子屋さんに。次に衣類を見に、近所の複合施設に買い物。散々見て、スラックスをお買い上げ。さらに店舗内のダイソーで封筒を4種類選んで、私が自動レジに初挑戦。そこからジュンテンドーでお飾りとお鏡と年越しのお餅を買い、お仏壇や玄関用の花と、神棚用の榊を買いました。歩数を減らして、立って待ってもらう時間が増えたけど、すごく頑張りました。帰宅後、車から荷物おろしつつ、母の介助もしたので、結構大変でした。妹に報告したら、前から行きたがっていたとのことで、運転手が帰ってくるのを待っていた模様です。。。病院への付き添いなどで妹には普段負担をかけているので、母は、色々と我慢して、私を待っているのでしょう。今夜は入浴も自宅でしました。普段は週に2回のデイサービスの日に入浴ですが、私が居る時も、そのペースは守られています。こうやって、自分で入浴できる間はして、自分のペースを守ることが母の望みだと思うのです。自分で準備をして、自分で全部入浴も洗髪も洗濯も乾燥も、母はできるように戻りました。気力と意欲とを引き出すには、自堕落な運転手は良いかもしれません。今日の買い物で足りなかったのは、イヤマフですが、もう諦めてamazonで注文しました。明日には届くと思います。今日の室温は母の過ごす部屋は20度を超えていて、設定温度は26度でした。電気代すごいだろうなぁと思いつつも、安心には替えられない気がするので、維持して欲しいと思います。母が、今の加温からしたら、知らんこととは言え、退院して帰ってきた時は寒かったんやなぁと、今日、言っていました。家は冷え切っていたし、母は外気温の影響を受けやすい低体重ですからね。ベッドの電気毛布の足元の部分も、意識してくれるようになったし、寝室も一日中、一続きの食堂との間を開けて温度の変化を無いようにしています。少しの外出なら、エアコンを切らないとか、寝室のオイルヒーターはつけておくとか、少しづつ、意識を、自分の体調維持に必要な条件に集中して欲しいと思います。今は、そのことをせっせと刷り込んでいる日々です。
2023年12月30日
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母は、昨夜も、寝る前に、「お母さんは、朝は早いから、けいこはゆっくり寝ててよ」とありがたくも言うて下さり、お言葉に甘えて、起きる必要なく、ゆっくり寝て、なんと7時間半は、ノンストップで寝ました。母も、私が持ってきた寝巻用の薄手のダウンを着て寝て、いつものトイレに起きる回数より少なくて済んだと言ってくれたので、ちょっと良かったです。そう言えば、いつも私が寝ている自宅の寝室は、無加温なので、最近だと、深夜に帰宅して、寝る頃は4度とか6度とかです。朝も吐く息白いし。同僚と話してたら、4度って冷蔵庫より寒いやんって言われて、昔の日本家屋ってそんなものだったと思うんだけどって、言ってはみたものの、やっぱり冷蔵庫以下はすごいと思いました。ベッドの足元は常時温かいので、寝る時は平気なんです。部屋を暖めても、足元が冷たければ眠れない。子供の頃もそうだったように、部屋は寒くても、布団の中が温かければ眠れる。母には、口を酸っぱくして部屋を暖かくしてって言ってる割に、自分は、足元暖房だけで平気なわけで。とは言っても、一日足元暖房入れていると、室温も上がるので、今は19度くらいあります。十分ですね。昨日と今日と、母の食べるものを食べ、食べ残しも食べ、食べ方の危うさを感じました。課題はいっぱいあります。そう言えば、今日は一緒に買い物に行くと言っていたけど、朝、母の気が変って、眼科に目を洗ってもらいに行くと言い出し、丁度木曜日の事もあって、急いで20分ほど車を走らせてかかりつけの眼科に行きました。今日が最終日だったので、ラッキーでした。目を洗うとか、よくわからないけど、気持ち良いらしく、母は上機嫌でした。逆まつげを抜いて、目を洗ってもらって、往復で90分。疲れたから、買い物は取りやめにと、母の都合でなりました。なんでも冷凍庫にあるし、困りはしないのですが。できることが減るだけでなく、できる時間も限られてくるのだと、学びました。妹のお姑さんは、癌を克服するための治療で、痴呆になったのに、原発部位は緩解しているにも関わらず、別の癌が見つかって、しかも転移までしていて、リンパも含めて取り切れないので、緩和ケアに移るそうです。昨日それが妹の主人に告知されたそうで、あんなにも健勝だったのが嘘のようで、気の毒だと、母は嘆いています。。。人生は難しいものだと、つくづく、しみじみ思います。あの時、新薬の治験を受けなければ、もう死んでただろうけど、健全なイメージのまま。数年生き延びて、痴呆と別の癌とを身にまとって、家族のだれもわからない状態。家族も、藁をも掴む気持ちで、新薬の治験を希望したはずなのになぁ。その選択を後悔し続けることになるなんて。。。最初は腰痛で整形外科に行ったのが、まさかのすい臓がん末期の痛みと判明。そこから、病み、老い、呆けて、死んでいく母親を、見ようとは、息子たちも思っていなかったのになぁ。人は誰でも必ず死ぬんだけれども、それは厳然たる事実だけれども、どう生きて、どう死んでいくのか・・・難しいなぁ。いつも古文の授業で言うんだけど、形容詞は人生と同じ。必ず「~し」で終わる。って。64歳の今でもこんなにわからないのに、15や16の高校生に分かるはずもないか。。。
2023年12月28日
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息も絶え絶え、気息奄々、瀕死の状態で、9・10・11・12月を乗り切り、やっとのことで、最後の冬休みに突入だ。母の入院が昨年の11月と同じ症状で発生した今年の11月、急性の胃拡張?消化不良で食べたものが胃に詰まっている状態で、入院したのに、入院中も再発して、胃の機能低下が、急激な寒さで起きている気がする。寒いと、水分を摂らないし、運動もしないから食欲も低下するし、機能面での老化が起きやすいのだろう。去年と同時期であることや、急激に寒くなった時に起きていることなどから、内臓の冷えを心配する。退院してきて、一層悪化した体調に、肝を冷やしたが、病院内が26度だったのに、退院してきた家は普通の日本家屋で、冷え切っている。母の生活習慣では、室温の管理が難しい。いくら言っても、聞かない。エアコンは26度に設定してもらったけど、我が家の台所は、北面していて広くて寒い。その上、母の寝室に暖気を送るために戸を開けるとなると、26度どころか、20度を切る。母は寝室にオイルヒーターを持っているが、一々切るので、意味をなさない。しかも、そのオイルヒーターやエアコンで温めた空気は、寝室の欄間から隣のお仏間に逃げていく。暖気は上昇するのだから、当然欄間は塞ぐべきなのだが、何を言っても無駄である。非科学的な生活態度は、老いて頑固さを増す前から一貫していて、母は、喉元を過ぎれば熱さを忘れて、同じ失敗を繰り返すのだ。エアコンの強すぎる乾燥した温風に、姪が閉口して、象印の強烈な加湿器を買ってくれている。けど、母は、水を入れることなく、置いている。そもそも、重すぎて、本体を持ち上げられないので、水は数回に分けてペットボトルで注水する。なんだかんだで、体力が落ちて筋力も落ちているので、そのペットボトルも、重くなるのだろう。父の存命中に、まだ石油ストーブを使っていた頃、父は18ℓ入りの灯油入れに、フルに20ℓ迄入れてもらって、それを幾つもリアカーに積んで、近所のGSに買いに行っていた。急激に衰えて、持てなくなってからも、私に言いつけて石油を買いに行っていたが、軽四から降ろすのは、私の仕事になっていたので、骨の折れる仕事だった。今では私もおろせないだろうけど、筋力である程度の高さまで持ち上げなくてはいけなかったのが、出来なくなってからの父は、情けなかったと思う。やがて、給油も、小分けして少量にした入れ物で、給油していた。今はストーブは電気ストーブだけだ。停電の度に、困る。。。「衰える」「失う」「それを受け入れる」日々、その繰り返しなのだ。母は、90歳での独居を選んでいるが、妹は、食事のこともあるから、施設に入って欲しいと思っている。母も、不調の度に心が揺らぐ。揺らぎながらも、決断が下せないのは、一人の自由に未練があるからだろう。祖母が96歳まで自宅に居られたのは、父や母が居たからだ。3ヶ月、あと3カ月したら、私はここで母のために生きられるだろうか?そんなことを自問自答する人生最後の冬休みだ。今年もあと4日。
2023年12月27日
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