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にほんブログ村 愛知は花見日和。心地よく歩けば、春らしい景色に出会えます。皆さんの地域はいかがでしょうか。この春の気候が長く続けばと願います。【 春らしく 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.29
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にほんブログ村 愛知県犬山市の桃太郎神社のコンクリート像。桃太郎神社には、11体の作家不明のコンクリート像がありました。今回、メモ書きの情報から、このうち5体が高見彰七作とわかりました。では残り6体について、少し考察してみましょう。まずは、こちらの犬の像から。大竹敏之氏の調査では、この像は「軍用犬スター号」とされています。しかしネット検索では、「軍用犬スター号」はみつかりません。代わりに「警察犬スター号」がありました。◆警察犬スター号 ブラッドハウンドとグレートデンの雑種のオス。 体長約180センチの大型犬。 上野署の犬舎を拠点に1914~21年、警察犬として活躍。 東京都千代田区 警視庁別庁舎の「スター号」の銅像の台座には、 「人の言葉200語ほどを解するほど優秀な犬だった」 と記されている。 このスター号の銅像には、 「不用意に触ったら大事件が起きる」との言い伝えがあった。 (画像出典: JEMTC 2023年12月9日ニュース)警察犬スター号、なかなか興味深い銅像です。なぜスター号の像が、桃太郎神社にあるのかは分かりません。しかも桃太郎神社の像は、本家と犬種も違って見えます。警察犬のイメージで、シェパードとして作ったのでしょうか。さて、桃太郎神社のスター号の作家ですが、浅野祥雲ではないそうです。高見彰七とも思えません。結局、なぜここにあるのかも含めて、「スター号」については、謎が深まっただけでした。【 事件になりそう 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.27
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にほんブログ村 コンクリート像は劣化しやすく、風雨で朽ちてゆきます。特に塗装していないコンクリート像では、雨が浸み込み、冬場は像の内部で水が凍結します。水凍結すると膨張しますので、その圧力で像が割れてしまいます。「ひでぽんさん」から、悲しい知らせがありました。岩崎御嶽社には、浅野祥雲のコンクリート像が多くあります。次の写真は2020年11月に、私が撮影したものです。大きなコンクリート像で、確証はありませんが浅野祥雲作品の可能性があるとされています。次のひでぽんさんのショート動画をご覧ください。2025年撮影の動画です。残念ですが、修復不可能なぐらいに破損しています。こうして、多くの作品が失われていくのでしょう。私達にできるせめてものこととして、失われる前に、作品の写真を残しておきたいと思います。【 ドラゴンボール 九谷焼 亀仙人修行の図 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.25
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にほんブログ村 まずは、高見彰七のコンクリート像 リンク集2「観世音菩薩像」更新しました。高見観音の登録件数は、現在No.39です。 新情報のご提供、ありがとうございました。引き続き、リンク集3,年表なども更新予定です。●【リンク集1「神馬」編】 「高見彰七 神馬編」●【リンク集2「観世音菩薩」編】 ★ 更新 ★ 「高見彰七 観世音菩薩編」●【リンク集3「その他」編】 「高見彰七 その他」●【妙楽寺の仏像群】 「妙楽寺」●【年表】 「高見彰七 製作年 (年号記述があるもののみ)」【 水晶さざれ石付き 御守り 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.23
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にほんブログ村 通りかかったお寺には、たくさんの石仏を集められていました。しかも丁寧に、それぞれの石仏のご利益が書かれています。数が多いので、二ヶ所に並べられています。さて、馬頭観音の御利益は何でしょうか。馬頭観音らしき石仏には 、「交通安全」とあります。なるほどという感じです。そういえば、高見観音にも交通安全を祈願したものが散見されます。しかし、高見彰七作の馬頭観音は未発見です。いつか、高見彰七作の馬頭観音が見つからないかと思っています。【 埴輪 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.21
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にほんブログ村 名古屋にもソメイヨシノの開花宣言が出ました。週末は公園などが花見客で賑わうかもしれません。高見彰七作品の新発見が続き、犬山桃太郎神社の作品5体も高見彰七作品とわかりました。そろそろ作品のリンク集を整備したいと思います。件数は全部で128体になるでしょうか。叶わぬことではありますが、もし集めるとこんな感じでしょうか。そんなことを思いながら、リング集の整備を進めたいと思います。【 こけし 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.18
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にほんブログ村 「FDG公式さん」からご報告を頂いていた力石町の観音像。悩みましたが、高見彰七リスト登録です。「与次」作品と同様に、真贋確率は50%というところです。画像はFDG公式さんからお借りしています。【 リンク集2 (No.39) 力石町立児童公園前の観音像 】 ・所在地: 愛知県豊田市 力石町立児童公園前 ・製作年月: 昭和51年11月 ・作家銘: なし ・その他: 高見正美作品? 与次作品? ・発見者: 「FDG公式さん」◆高見観音とみなせる点 ・観音像の前後に接合面がある ・観音像の全体のフォルムが高見観音風 ・「交通安全」祈願で建立 ・製作年から高見正美作品と推定◆高見観音とみなせない点 ・細部の造形が異なる ・昭和51年は高見彰七他界後 (高見正美の活動時期ではある) ・蓮台に乗り、衣装が「与次」風私はこの観音像には注目しています。この観音像は「高見正美」=「世継ぎ」=「与次」を示しているかもしれません。高見観音と与次をつなぐ”ミッシングリンク”。その可能性を私はこの観音像に期待しています。FDG公式さん、ご報告ありがとうございました。登録が遅れましてすみませんでした。【 千と千尋の神隠し 油屋 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.15
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にほんブログ村 愛知県西尾市の商店街。ここにもユニークな人物像があります。その一部を紹介しましょう。まずは、高砂町商店街を勧めるおじいさん。二頭身ですね。こちらは髭のおやじさん。こちらは大町商店街を勧めています。目が輝いたおにいさん。商店街のお店の店主さんでしょうか。眼鏡をかけてのお出迎え。こちらは獅子舞ですね。吾妻町商店街のおかたです。商店街振興のためなのでしょう。でも、ちょっと教えてもらえませんか。「君たちの作者はどなたでしょうか?」【 西尾抹茶ういろう 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.13
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にほんブログ村 愛知県岡崎市の消防署を通りかかった時、幾人もの通行人が、足を止めて撮影している車両がありました。つられて私も撮影したのが、この写真。傍では女性が子供に教えながら撮影していましたが、「レッド・サラマンダー」という車両だと話していました。私は知りませんでしたが、地元では主婦も知っている有名な車両らしい。 (株)モリタのH.P.には、次の動画が掲載されていました。(注意: 動画は音楽が流れます)さすが災害救助車両らしく、車体が半分水没しても走行できています。過去の東海豪雨の災害の経験から配備されているのかと思います。後部に連結されたユニットには、物資や重機を積載できるそうです。とにかく人気の車両でした。【 レッド・サラマンダー合体 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.11
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にほんブログ村 最近、このような姿の徳川家康像を紹介する記事が続きました。 いくつか質問もいただきましたので補足します。 この像は徳川美術館所蔵の、次の肖像画が元になっています。 この肖像画は、1572年の三方ヶ原の戦いで、武田信玄に大敗した直後の徳川家康を描いたものです。この戦いで家康は多くの武将を失い、命からがら浜松城に逃げ帰りました。 この肖像画は 「しかみ像」 とも呼ばれ、家康が自らの失敗を忘れないために描かせたと伝わります。戦国武将好きには有名な絵ですが、 武将が自らの情けない姿を描かせた珍しい絵でもあります。 以上、徳川家康像の補足でした。 【 三方ヶ原合戦録 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.09
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にほんブログ村 先日の相撲取りのコンクリート像の記事、「トンカツ1188さん」から、円頓寺(えんどうじ)の謎の三英傑像のコメントをいただきました。ご安心ください。私もしっかり写真を撮っています。名古屋市西区那古野(なごの)の円頓寺には、商店街があります。私がこの商店街で印象に残っているのは、大きなシャチホコです。 三英傑の像は、商店街途中の交差点の四つ角に建っています。まずは、織田信長。平成25年に寄贈されたとあります。次に豊臣秀吉。像は樹脂製ではないかと思います。こちらは徳川家康。そして最後は、謎の水戸黄門。寄贈者のご趣味だということですが。愛知県には、さまざまなオブジェがあります。皆様も近くに変わったオブジェがあればご紹介ください 。【 ブレスレット 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.07
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にほんブログ村 高見彰七の考察が続きましたので、気分を変えて一息入れましょう。愛知県安城市の桜井・姫小川古墳群。ここには小さな古墳がいくつかあります。その古墳に囲まれた小さな公園、東町浅間神社遊園。この小さな公園には、謎のコンクリート像がありました。なぜ相撲取りの人形があるのかわかりません。説明のありません。遊具かもしれませんが、子供が遊ぶ方法も不明です。公園の隅に置かれています。この様な謎のコンクリート像が、将来、また人を悩ませるのかもしれません。説明がないオブジェは悩ましいものですが、それが人を惹きつけることになるのかもしれません。この像の謎解きは、他の誰かにお任せしたいと思います。【 相撲 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.05
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にほんブログ村 豊田市力石町の観音像の考察を続けます。1)高見彰七作品か全体的な雰囲気は、高見作品の特徴を持っています。観音像前後に接合面があるのは、まさにその特徴です。傍の柱に「交通安全」とあるのも、高見彰七作品らしいと言えます。しかし、昭和51年11月は既に高見彰七が他界された後の年号です。奉納者の名前もありますが、奉納とすればなぜ公園なのでしょうか。寺院からの移設かもしれませんが、奉納者の氏名は製作年に合わせて記されると思われます。疑問はありますが、製作年は昭和51年だと考えるのがよいでしょう。2)高見正美作品か?観音像自体は高見観音である可能性が高いでしょう。しかし、活動時期が合いません。高見彰七ではなく、この時期に高見観音を作っていた人物。それは彰七の子、高見正美です。「高見観音リスト集2 No.29 高見正美作品」力石町の観音像は、顔の輪郭は似ています。しかし、細部は違います。高見正美の技術が、まだ発展途上だったからでしょうか。3)もう一つの可能性 蓮台に乗った観音像。頭巾や左右に裾が開いた衣装。お顔の朧げな雰囲気。この特徴を持つ観音像があります。「与次」型の観音像です。「高見観音リスト集2 No.23 見徳院 与次」もし力石町の観音像が「与次」であれば、非常に大きな発見です。 高見正美の技術の変遷の中で「与次」観音を作っていたなら、与次 = 世継ぎ = 高見正美となるでしょう。上記も踏まえて、次回までに如何に登録するかを考えます。みなさんからもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございました。今回の考察でも参考にさせていただきました。皆さんの高見観音に対する素晴らしい洞察力、驚くとともに、とても嬉しく思っています。【 パズル 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2026.03.02
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