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次男が鹿児島に帰ってきて8回目の正月である。その次男が帰ってきて以来、凝りに凝っているのが魚釣りである。休みの日は、私たちが寝ている間に起き出して、ほとんど釣りである。休日は、今時ほとんど連休なので、一日は磯釣りか船釣りでの大物狙いで二日目は岸壁からのイカ釣りが多いようだ。家の中は釣具で溢れていて、なかなか片付くことがない有様である。 年末30日は遠くから帰ってきた友人家族と磯釣りの約束をしていたようだが、生憎の天候不良で磯への渡し舟が出ず、諦めきれない息子は午後から海岸の岸壁から正月用のブリ狙いに行った。しかし、この日は釣れず、結局正月用のブリは買うことになった。 そして今日、職場の同僚と満を持して朝5時起きで、いちき串木野市から船出をしたらしい。午後2時過ぎ電話があって、真鯛が5匹、そのうちの一匹は大物との連絡が入る。待つことしばし、久しぶりの大物で65cmあった。他は写真の小さいものより少し大きめのものが3匹だったとのこと。帰りに30日に一緒に行けなかった友人のところに寄ってプレゼントしてきたとのこと。そういうことで、初釣りを満喫して帰ってきた。めで鯛、メデタイ。
2020.01.03
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あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。 先ほど、いつもよりゆっくり起きたあと、元旦のお儀式を終わりました。と、言うほど大げさのものではありませんが、我が家なりの元旦の朝の習わしです。 家族3人が集まり、新年の挨拶のあと、丸餅2個とゆずり葉の入った木皿をいただきます。(食べません)そして、お雑煮と黒豆をいただきます。お雑煮はおかわり自由で、息子は3杯、私は2杯いただきました。これでも我が家なりに変遷もありました。私たちの子供の頃は、元旦の朝は里芋の味噌汁風のものを食べるだけでした。それも親芋の大きなもので、お椀からはみ出るほどのものでした。大きな里芋は柔く煮えきらいなおものもあり、ガチガチでそれでも黙って食べた記憶があります。子孫繁栄を願ったもののようです。それが普通の雑煮と黒豆に変わったのは、私が鹿児島に帰ってきた40年ほど前からです。妻は福岡生まれですが、その母親が長崎の人だったことで、雑煮も長崎のものに近いかもわかりません。いつの間にか、鹿児島風芋煮椀が長崎風雑煮に変わったというわけです。今頃の子供に里芋のお椀を食べさせたら何とい言うでしょう。とはいうものの、そういう鹿児島の伝統を守っている家庭もまだあるように聞いています。 雑煮を食べたあとは、お屠蘇です。家族3人で交互にやりとりしました。今日はこのあと、島津斉彬公を祀る照国神社で長男家族、長女家族と待ち合わせて、初詣です。そのあと、我が家に一緒に来て、「しょがっで」(正月の食事会)です。 頭は真っ黒と思っていたのに「真っ白」でした。(爆)床の間の掛け軸は明日1月2日に102歳になる叔母(父の末妹)が私の還暦祝いに描いてくれたものです。
2020.01.01
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