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前回の投稿が『怒らないで生きるには』 だったので、そのつながりで、今日も書きます。 先週はよく怒っていた気がしますが、今日はあまり怒らずにすみました。やはり、本を読むなどして事前に気をつけようと意識するだけでだいぶ違うと思います。本を読むときも、同じテーマで何冊も読んで、そのテーマをいろんな人の角度から学んでいくのがいいですね。そういうわけで、「怒らないために」というテーマの別の本についても紹介します。 『怒らない技術』(嶋津良智、フォレスト出版、2010、900縁)=======================【内容情報】(「BOOK」データベースより) 自ら経営する会社を株式上場に導き「ビジネスマン」として成功、またシンガポールを拠点に「教育者」となり夢も叶えた著者のすべてのきっかけは、「怒らない」と決めたことだった。今日からイライラしない体質になるための「怒り・イライラと無縁になる25の習慣」を元・超短気の著者が自身の経験をもとに紹介。今すぐ怒り・イライラが消える11の特効薬付。【目次】(「BOOK」データベースより) 1 怒らない技術(人生をうまくいかせるための「3つのルール」/「あなたの感情」はあなた自身が決めている!/感情コントロールは人生コントロール)/2 怒り・イライラと無縁になる25の習慣(「イライラ」を感じなくなる習慣/自分を気持ちよくする習慣/今すぐ怒り・イライラが消える11の特効薬)(リンク先より転載)=======================同書から、僕が印象に残った内容を3つ、紹介します。 【1】「晴れたら喜ぼう。雨が降っても喜ぼう。何があっても喜ぼう」(p89)結局いっつもやんけ! というツッコミが聞こえてきそうです。でも、「いつでも喜ぼう」と書くより、ぐっとひきこまれる書き方です。 【2】========================・「そもそも人を動かそうと考えること自体 チャンチャラおかしいですよ」 「部下が自ら動こうとする環境をつくることが大切なんです」(p92-93より。ある講師の言葉)========================これは本当にそう思います。大体、自分がすぐ怒るときは、直接的に人を思い通りにしようとして人が思い通りに動かないときです。人は、人の思い通りに動かないのが当たり前なんです。当たり前なのに怒っている時点で、まさしく「チャンチャラおかしい」のです。 それに気づいた僕は、今日の授業では、子どもを動かそうとせず、むしろまずリクエストを受け入れるようにしました。今日の国語の授業のことです。直前に子どもが「勉強いやだ、ゲームしたい」というようなことを言いました。先週なら、「何言っとんねん」と怒っていたところを(笑)今日は、「じゃあゲームするよ」と笑顔で応じて授業に入りました。授業で扱う教材は国語の物語文でしたが、ゲームしたいというリクエストがあったので、「ダウト読み」から始めました。教師の読みを注意深く聞いて、教師が間違って読んだらすかさずピンポン!を押すゲームです。(※ピンポン!というのは、「早押しアンサー」という、クイズ番組で使うやつです。) 「ピンポン早押しアンサー」(約600縁)ゲームとなるとノリがちがう。先週の授業、「座って!集中して!」とこちらが何度も言っていたのがウソのように、子どもたち、今日はしっかり主体的に参加できました。 「ダウト読み」の後は登場人物になり切ったごっこ遊びを考えていましたが、「今度は僕が読む!」と1人が前に出てきて先生役交代。間違えて読むのはけっこう高度な技なのですが、微妙にちがう言葉を瞬時に考えて言っていて感心しました。こんなふうに、学習が本当に楽しいと、「次は僕がやる!」と言って前に出てきてゲームの(?)リーダー役を子どもが進んで買って出ることが、多くあります。怒ってさせようとするより、「自ら動こうとする環境をつくることが大切」ということを痛感した瞬間でした。 【3】========================〇迷ったら、決断しない!・無理に決断しなくても、本当に大切なことであれば、 いずれ「よし」と決断できるときがきます。・「まずこうやる」「次にこうやる」というプロセスイメージをある程度描けたときに、 自然と決断できます。(p112-113より)========================これを読んだとき、「将棋と一緒だな」と思いました。将棋では、何手か先を読んで、「まずこうやる」「次にこうやる」というイメージが見えてから決断の一手を指します。そういうイメージが見えているときにはうまくいくことも多いですが、迷った末「いいや!」と思って強引に行った手は、たいてい、だめになります。現実世界と将棋は必ずしも一緒ではないので、「迷ったら、やってみる」というのも、それはそれでアリです。しかし、それは「失敗してもいいので、やらないよりはやるほうを選ぶ」という意味でです。「ここは、はずせない!」という勝負の一手では、迷ってるうちはまだ決断しない、というのが、おそらく王道だと思われます。そういうあせらない姿勢が、イライラしないことにもつながるし、怒らないことにもつながるのでしょう。 本書では「迷ったら、決断しない!」というのが「『イライラ』を感じなくなる習慣」のひとつとして紹介されています。ただ、仕事ができる人をめざすなら、「迷わない」というところまで行き着くと、かなり強いと思います。迷わなければ、即断できる。即断できれば、仕事が進むからです。(迷ってばかりで決断できなければ、仕事が進みません(>。<))その昔、孔子が、「四十にして惑わず」と言いました。僕もいつの間にかあと1年で40というところまできました。迷わない、ということは、30代後半ぐらいから、わりと、心がけていることです。 迷わない。怒らない。そういうオトナな大人に、なりたいものです。 ↓よろしければ応援のクリックをお願いします。励みになります。 ブログ王ランキング ▼にかとまの読書メモリスト ▼にかとま日記全件リスト
2014.09.29
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怒ることが増えています。もともと、そんなに怒るタイプではなかったはずなのですが。怒るのは、特に、子どもに対して。でも、大人に対しても、あります。「こうあるべきなのに!」という怒りが多いです。教育的に必要な怒り(というか、しつけ?)もあると思いますが、時間ややるべきことに追われて、余裕がなくなっているから怒ってしまう、ということもあります。子どもでも、「こんなことで怒るの?」というぐらい、すぐに感情的になって怒る子もいます。どうしたらいいのかな、という素朴な疑問を解決すべく、だいぶ前にコンビニで1冊の本を買いました。 『怒らないで生きるには』 (アルボムッレ・スマナサーラ、しりあがり寿、宝島社新書、2013/12、800縁) 冒頭に、怒りの連鎖が生み出すものについて、マンガが掲載されています。それを読むと、怒りとはおそろしいものだ、怒らないようにしたいものだ、という気にさせられます。そして、この本には、「怒らない」ための具体的な方法がいくつか載っています。たとえば、「観察することによって怒りを克服する」(p196)「観察することによって、怒りはものの見事に消えうせてしまう」(p197) とあります。自分を観察する冷静さをもつことができれば、感情的に起こることはなくなりそうですね。ほかに、「自分の注意を対象からずらす」(p200)というものも、紹介されています。===============================・自分の呼吸を数えてもいい・怒りから注意をそらすことができれば、怒りはひとりでに鎮まります。(p200より)===============================怒っているときに、違うことに意識を意識的に向ける(!)ことが大切のようです。これは、子どもが怒っているときにはよくやる手です。(^^)僕は子どもの頃、妹が泣いたり怒ったりしたときに「10円あげる」と言うとぴたりと泣き止むことを発見しました。(笑)「どうしたの?」と原因をきくと、怒っている原因に余計に意識を向けさせてしまいます。原因をきくことは逆効果になることも多いですね。全然別のことに気をそらすことは、怒りの原因に対しては何の解決にもなっていません。しかし、本当に解決しないといけない重要な原因で怒っていることは、案外少ないものです。ささいなことで、たびたび怒ってしまうようなときには、とにかくどれだけ意識的に注意をそらすことができるか。これがポイントになりそうです。
2014.09.22
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運動会の練習、運よく晴天に恵まれまくりました。8月雨ばかりだったのがウソのようです。毎日運動場で練習することができています。ただ、来週あたり、また天候がくずれそうです。土曜の運動会はなんとかできるかな、といったところです。来週末に大雨に関する防災講話をする予定もあるので、自分自身の知識を深めるために、先ほどある本をネット注文しました。『こんなに凄かった! 伝説の「あの日」の天気』という本です。 『こんなに凄かった!伝説の「あの日」の天気』(自由国民社、金子大輔、2014/7、1620円)こういう本があるということ自体知らなかったので、見つけたときは、びっくりしました。著者はYouTubeで動画を多数公開されています。その動画が検索に引っかかったので、この本の存在を知りました。動画アクセス数がほとんどなかったのでまだ一般にはほとんど知られていないと思います。下の動画は、著者の数多い動画のうちのひとつです。短い時間でわかりやすく解説されていて、勉強になりました。僕がずっと疑問に思っていた、「〇〇ミリの雨」について、イメージができやすいように教えてもらえました。▲雨の強さの話 動画が勉強になったので、本も注文。 本の内容は、============================史上最強の竜巻、超ゲリラ豪雨、グレープフルーツ大のヒョウ、ミニスーパーセルetc…話題になった「あの日の凄い天気」を紙上で追体験! なぜ起きたのか、何に注意すべきかもわかる! 」(リンク先商品情報の「BOOK」データベースより)============================といったものであり、防災上非常に役立ちそうな本に思えます。 地震災害の本はかなり出ていますしけっこう読んだことがあるのですが異常気象に関する本は、今回が初めて。でも、よく考えたら、こういう情報ってニーズがありますよね。特に、8月に何度も大雨にやられている今年は、台風シーズンに備えて、予備知識をしっかりいれておきたいものだ、と思います。
2014.09.18
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算数の勉強にはちょくちょく図形の勉強が出てきます。今うちの学校の5年生がやっている「図形の合同」もそのひとつ。ところが、中にはモノサシでまっすぐな線を引くことから苦手な子もいます。図形を描くことを基礎から楽しく練習するために、どんな教材があるのでしょうか。 実は、「使えるか使えないかわからないけど買ってみた」という教材があります。大阪での特別支援教育士セミナーの研修会場で売られていたもの。視覚発達支援ドリルシリーズ 「点つなぎ」 (→詳細は公式サイトを参照のこと。 画像はリンク先より。) 買った時から「この子に合ってるかな」と思っていた子に、試しにさせてみたら・・・「もっとする」「もっとちょうだい」のオンパレード。支援学級で一緒に学んでいる他の子にとっても抵抗なく取り組める教材であり、買っておいて大正解!の教材でした。 ところがこれ、どこでも買えるような教材ではありません。もちろん、ネットで買うことはできますが、ネットだと現物の中身を見ながら選べない。授業で使うことを考えると、子どもに合っているかどうか、お店で実際に見て、確認しながら選びたい。(いくつかのレベルに分かれていて、何種類か出ています。)そこで、昨日神戸出張の折に、「神戸で一番大きな書店なら置いてあるだろう」と思い、探しに行きました。が、ありませんでした。(>。<)「せっかく来たのに・・・」とショックを受けましたが、これに代わる市販教材を見つけたので、買ってきました。くもんの「図形博士」 『あきびんごの 創造性を育てるドリル 図形博士』(くもん出版、745円) どちらの教材も、見本の図形が横にあり、ドット図にそっくりそのまま描き写す、というもの。「図形博士」のほうは、図形が動物の顔などの絵を表しているところが特徴です。 算数の教科書で出てくる作図の問題は、方眼紙で「同じ図形になるように描いてみよう」 という課題。でも、これが難しい子は、少なからずいます。(1)形をとらえるのが苦手な子、(2)ナナメ線を引くときに始点がどこで終点がどこか判断しにくい子、(3)落ち着いて集中してまっすぐな線を描き続けることが難しい子そして、そもそもモノサシをあててまっすぐな線を引かない子(^^;)教科書のような作図課題にいきなりチャレンジさせず、上のような教材を使って、楽しんでいろいろな図形を描くことが最初のステップになりそうです。既製の教材に頼らず、子どもに合わせて自作するのもいいですね。 ちなみに僕の場合はステップ2として大きめの3×3マスの方眼を用意。その紙に、マジックで描いた見本と同じ図形を描く、という課題を出しました。方眼紙になると始点と終点を見つけられなくなる子には、赤マジックでポイントとなる点にチョン、チョン、と色をつけて再チャレンジさせました。 計算も、図形を描くのも、回数をこなして習熟することがけっこう大事です。もし図形を描く経験が足りないようなら、工夫ある教材で楽しみながらどんどん描くことをうながすのも、いいんじゃないでしょうか。
2014.09.13
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たまには親もゆっくりしたい!というわけで、温泉にゆっくりつかるなんて、とてもいいですよね。しかし、なかなかおとなしくできない年頃の子どもを連れて行くとなると、スーパー銭湯でも日帰り温泉でもそうですが、騒がしくしたりプールのように泳いだりして周りに迷惑をかけそうになり、結局あわてて早めに出る、ということに、なりかねません。温泉好きで3歳と4歳の子持ちである僕は、そのへんの研究は日夜おこたっておりません。(笑)今日は神戸の灘温泉というところに家族で行ってきました。地域に根差した銭湯としては僕が全国で一番だとにらんでいるところです。(もっとも、全国の銭湯を渡り歩いているわけではありませんが。)大人420円という銭湯料金で、本物の温泉を、源泉かけ流しで楽しめるところです。子どもを連れていくという前提の下、灘温泉を選んだのは、それなりの理由があります。それは、ぬるめの源泉。うちの子は、熱いお湯だと、すぐに出たがります。そのくせ、温水プールにはいつまででも入って遊んでいます。そういうわけで、湯温の低い温泉なら、親も子もゆっくりつかって気持ちよくリラックスできる、と踏んだからです。 ▲灘温泉が公開しているYouTube動画しかし、灘温泉は地域でも人気の銭湯です。特に土日ともなれば、多くの人でにぎわっています。プールと銭湯の区別のつかない3歳児におとなしくしていろ、というのは無理な相談。ではどうするか。ちょうど浴場内でこう考えていたところ、浴場内でぼおっとした音が響いていることに気づき、あるアイデアを思いつきました。思いついたらすぐ実行で、さっそく試してみました。まず、源泉の隅があいた時を見計らい、そちらに移動。隅に位置取り、他の方と子どもの間に入ります。そして、子どもに向きあいます。腕は、子どもがあっちいったりこっちいったりする動きを止めるために囲いのように伸ばしておきます。(笑)さて、ここからですが、伸ばした腕をおもむろに子どもに近づけ、手のひらで子どもの両耳をおおいます。そして、ぱっと離します。名付けて、「お耳カバー ぱっかんぱっかん」。これで反応があれば、子どもは自分でも自分の手を使って同じことをやりはじめます。これは、温泉でなくても、微妙にザワザワしたところならどこでもできる技ですが、要は、全然意識していなかった周囲の音が、明確に違いとなって耳に聞こえたり聞こえなかったりするので、おもしろいわけです。まあ、これをおもしろいと思わない子には効きませんが。逆に、おもしろいと思った子は、5分ぐらい、どっかに行き出すこともなく、同じ場所でそれを繰り返して笑っています。(^^)うちの子はこれで5分もった後、同じくらいの年の子が後から入ってきてその子に注意がひきつけられたので、都合10分くらいは源泉に入っていました。この子は大人向けの熱めの温泉からは2秒で出ますから、それにくらべれば僕はずいぶん長湯ができたものです。(笑) 子どもには同じ技は何度も通用しませんし、一つの技も、効いても5分程度ですが、あの手この手を組み合わせると、けっこう時間を持たせることができます。今回は聴覚に訴えましたが、五感を使った感覚遊びのようなものは、かなり新鮮な驚きをもって受け入れられることがあるようです。子どもをじっとさせたい、というときに、もしかするとこういうアイデアが、使えるかもしれません。ただ、すぐに飽きられるので、日夜新しいアイデアを開発し続けることが必要です。子どもは元来じっとしていないもの。それをじっとさせようとするなら、工夫が必要です。ほんとは、あんまり親の都合でじっとさせたいとか思わない方がいいんじゃないか、というようなことも反省しつつ・・・でも、親だって疲れてるんだ~温泉ぐらい長めに入らせてくれ~という心の叫びで自己弁護。 果てしない工夫の日々は、つづく。
2014.09.06
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9月1日です。防災の日です。なぜ防災の日かというと、関東大震災があった日だからだそうです。僕は知りませんでした。(正確には、覚えていなかった。)でも、テレビで「知らなかった」と言った方は、「信じられない」と非難されたそうです。 ▼9月1日がなぜ防災の日なのか知らない NHKあさイチ司会・イノッチは「無知すぎ」か昔は常識だったのかもしれません。でも、最近は学校でそういうことを教えなくなっているんじゃないでしょうか。 そもそも僕らの地域では9月1日は2学期の始業式です。あわただしく、やることが山積みの短時間決戦のような2学期初日に、防災の日のいわれを子どもたちに落ち着いて語る余裕はなかなか持てません。ともあれ、やはり今日が防災の日であることや、それが関東大震災の教訓を生かすためであることは、知っておいた方がいいと思います。 前回紹介した『風に立つライオン』には、東日本大震災での被災地の様子がとても詳しく描写されています。たとえば250ページからの、「大津波警報が発令されました」という防災無線が放送されるところ。そしてそれ以降の、避難直後から次第に日を重ねていくところ。まるでリアルタイムにその場に居合わせたかのように、震災当時の様子を疑似体験できます。294ページには、こうあります。===========================被災者が暮らしているのではなく、人間が生活している。この言葉は重いです。他の町の人々は常に”可哀想な被災者”という視点でものを言います。被災者が被災者らしくないことを言ったりしたりすると、なぜかがっかりする傾向があります。それは施す者が施される者を見下す視線のような気がします。===========================僕の住んでいる丹波市、それからお隣の福知山市では、先月の豪雨以降、今なお避難所で生活されている方がいらっしゃいます。僕の出身大学の近く、広島県安佐北区・安佐南区でも同様です。 被災地の近くにいると、「被災者が暮らしているのではなく、人間が生活している」ということは、非常によく、実感します。被災地でも、被災地でなくても、人間が暮らしている、生活しているということ、そのことは変わりません。では、何がちがうのか、といったことについても考えてみたい、と思う日です。
2014.09.01
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