8月29日3時半起床、少し風があるがすばらしい天気である。赤飯に味噌汁、キウイフルーツの朝食をとり、ヘッドランプをつけて4時半出発した。池の左手の尾根道を登り、ガラガラの悪い道なき道を下降して雪渓に出る。軽アイゼンとストックで雪渓を通過し、さらに登って取り付き地点に到着した。すでに陽が登り始め、蝶が岳方面や南アルプス方面の朝焼けや雲海が墨絵のように美しい。

蝶が岳方面から陽が昇る 富士山・南アルプスと雲海
大きな三角形状の草つきの岩を見上げて登攀開始、2ピッチ目で少しぎくしゃくしたがまあいけた。


取り付き地点より草つきの北条・新村ルート 第1ピッチをリードするガイド
凹角をリードするガイド
そして問題の二つのハングがある第4ピッチに来た。最初のハングは難なく越えたが二つ目のハングで大ピンチに見舞われた。左側から岩が覆いかぶさってきているため、開けた右側から超えるしかないのだが、その右側に安心しておけるホールドが見つからない。のっぺらぼうの岩の上部にお助けスリングがかかっているがそれにすら手も足も届かない。絶壁を前にここをどう攻略するか考えたものの確実な方法が浮かんでこない。しからばこのスリングに何とか手が届くムーブをつくり上に抜けるしかないと決断し、トライしたがうまくできない。腕力だけでスリングにぶら下がる姿勢になってしまった。こうなるともう最悪のパターンに陥る。腕力はほとんどないからすぐ消耗してしまう。2度トライしたができない。
進退極まった。上にも抜けられない、下降もできない。何が何でも自分の頭と体力でここを切り抜けて確実な岩に抜けるしかない。上のビレイポイントには私を確保してガイドが待っている、下にはYさんが登攀を待っている。じりじり暑さは増してくる。孤独な時間が過ぎていった。いったんテンションをかけて腕を休め、再度トライ。ロープを引いてもらいそれとリズムを合わせるようにして渾身の力で何とか安心できるハンドホールドを掴んだ時にはホントに助かった!!という思いだった。
このハングの通過がこのルートの核心なのだが、ネットで読んだりガイドブックで調べたところではほとんどが人工で超えるとある。今回アブミは装備になかったのでフリーで越えるわけだけど、リーチのない私は大丈夫だろうかという不安は大的中した。アルパインクライミングをそこそこ経験してきたが、こんなピンチにあったのは初めてだった。それも前穂北尾根の高度感のすごい絶壁でのことである。
30分ほど待たせたYさんはさすが順調にスムーズにハングを超えて到着された。その後はいやらしいトラバースや草つきスラブを超えて終了点まで順調に進めた。
終了点から4峰の肩をめざし、更に稜線に出ると反対側の視界がぱっと開けた。おお!槍だ、思わず声を出した。槍・穂高・涸沢カールと涸沢小屋の赤い屋根などなつかしい風景が広がっていた。

槍が岳
絶景を見ながら4峰を下り4.5のコル、5峰を登り5.6のコルと岩稜を慎重に通過していった。浮石が多くルートを見つけ確かめながらの岩稜歩きでスリル満点だった。岩が雪で覆われた残雪期にここを登ったことがあるが、岩がむき出しの夏はまた違うルートになっていて面白かった。こういう場面は大好きで生きる喜びを感じてしまう。


涸沢カールと赤い屋根の涸沢小屋 奥又白池とテント
5.6のコルで休憩した。谷のむこうに奥穂と涸沢岳が堂々と青空を突いていた。反対側には奥又白池がはるかに見える。灰色で無機質な岩だけを相手にしている日、緑に囲まれた奥又白池と豆粒のようなオレンジ色のテントを見た時はまさにあそこが人が住める場所で水があるオアシスだととても愛しいものに思えた。あそこまで帰還するのだ。いったいどこを通って?と考えるほど道は見えなかった。そこからは本当に悪路で足を乗せるとガラガラと崩れ落ちるガラ場や崩壊地を慎重に慎重を重ねて下ったりトラバースした。道をふさぐ潅木や草をストックで捌いて地面を見つけた。最後に急登を潅木につかまりながらよじ登り一般道と合流した。

前穂北尾根5.6のコルから見る奥穂高岳と涸沢岳
奥又白池に無事到着した時には思わず「帰ってきたよ~」と一人で声を出して叫んでいた。嬉しかった。実に登り甲斐があるワイルドなルートだった。充実して気力がみなぎっていた。
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