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2003.11.15
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ERIC CLAPTON


そんな中でジョージによってスタジオに招かれたクラプトンの緊張感は想像が付く。最も彼位の実力の持ち主ならビートルズのメンバーの演奏力には負けない筈だけどね。彼の起用はビートルズ内部にもいい意味での緊張感を持ち込んだことは認めているし、クラプトンにも有意義なセッションだったそうだ。

ビートルズが解散してからは主にジョンやジョージとの交流が盛んになった。特に、ジョージとは後に妻のパティとの交流も積極的に?行った結果ジョージから奪う形になってしまう。その過程でできたのが彼の代表作『LAYLA』であるのは有名な話だ。しかし残念な事にパティはこの二人のロック・スターに愛され名曲も数多く贈られながらも、子供を宿す事は無かった。それが原因かは知らないがやはりクラプトンもジョージも子供は欲しかったそうだ。皮肉な事にそれぞれパティとは離婚して、その後に結婚した女性との間には子供が出来たのだった。妻を奪われても二人の交流は絶える事無く続き(結婚式にもジョージは出席した)、お互いのアルバムでの競演も常に続いた。曲での競演は『BADGE』が二人の共作名義で発表されているし、ジョージも『RUN SO FAR』を提供している。

クラプトンは現在来日中で精力的に1ヶ月をかけてコンサートをこなす予定だ。前回の来日中にはその盟友ジョージの死の報をコンサート前の楽屋で知ったそうだ。暫く黙ってしまったクラプトンは、悲しみをこらえてステージをこなす。観衆はそんなクラプトンの気持ちは知る由も無かったはずである。そして、ステージ上ではいまでも彼のコンサートでは度々披露される『BADGE』を歌った。その際には『THIS ONE IS FOR GEORGE!』と短く言ってから曲に入っていった。この科白を聞き逃したファンも多かったと思うがTVではしっかりと聞き取れた。
クラプトンにとってはジョージは年の近い兄のような存在だったとも伝わっている。ジョージがライヴから遠ざかっていた時に、クラプトンが多くの人達からジョージはどうしていると尋ねられていたそうだ。そんな優しいクラプトンの気持ちがジョージにやっとの思いで伝わった。ジョージはソロになってから1974年に北米をツアーで回ったが、レコーディングで喉を傷めて必ずしも好評ではなかった。この評判がジョージをライヴに対して臆病にさせていたのだ。そこで、クラプトンは比較的プレッシャーの少ない本国や米国ではない日本を選んだ。日本のファンの気質を熟知しているクラプトンはジョージに自分のバンドをバックに従えることを提案した。バンドを持たないジョージに対して見せた気遣いだった。何度か心の葛藤があって弱気になりかけていたジョージの背中を押して、遂に二人での来日コンサートが実現してライヴ盤まで制作した。

残念ながら自分はそのコンサートには行っていないけど、ライヴ盤でもその雰囲気は伝わってくる。その後は再びライヴ活動を封印したまま亡くなったジョージだからこの音源は貴重だ。そして、今再びジョージの追悼コンサートの(去年行われた)CDとDVDが今月末に発売される事になった。またこの模様は劇場でも公開される事になっている。このプロモーションの一環としてオリヴィア未亡人が日本に来ているらしい。クラプトンも現在日本でツアー中だし彼もこの追悼コンサートでは重要な参加者だからもしかしたら、この二人で何かしらの行動があるのかな?。

ジョージのパートが長くなってしまったがジョンとも一時期密接な関係があった。まだ、ビートルズに在籍していた当時に既に解散の方向性を打ち出していたジョンが彼に接近。トロントで行われたライヴに参加するために急遽呼ばれた。何とまともなリハーサルは行われずに、飛行機の中で簡単な打ち合わせをリハとしてやって望んだそうだ。この模様はライヴ盤にもなって収録されている。

リンゴはクラプトンから曲の提供を受けたりアルバムに参加したりして、ジョージ同様に長い付き合いを今でもしている。ジョージとの共作『BADGE』ではクレディットこそ無いがリンゴも歌詞の一部を提供している。『RINGO’S ROTOGRAVURE』というアルバムにはクラプトン作の『THIS BE CALLED A SONG』が収録されているが、ハードなブルースではなくてどこかカントリー・タッチの香りがする曲だ。1982年には『OLD WAVE』のなかの1曲で共作もしている。最新のアルバム『RINGO RAMA』にも参加している。

ポールとは唯一アルバムの中での競演は無いが、ポールとクラプトンはチャリティー・コンサートなどで度々一緒に参加している。その際のバックにクラプトンが付いてギターを披露する事は珍しい事ではない。先述したジョージの追悼コンサートでもこの二人は『SOMETHING』『WHILE MY GUITAR GENTLY WEEPS』で一緒に演奏している。前者では途中からはクラプトンがボーカルを取っているそうだし、後者ではクラプトン自らボーカルを取っている。このパターンは女王陛下の即位50周年記念コンサートでも見られたのでその再現だ。これはNHKの衛星(総合は?)でも放送していた。



P.S.クラプトンは大の格闘技マニアで度々日本で開催される、イベントを観戦するために私的に何度も来日している。格闘技の試合を見ていると良い席で観戦しているクラプトンが一瞬写ることがある。英国人である彼が格闘技に興味が有るのは今までは知らなかった。ライヴでも10回以上来日しているので私的な訪日も含めれば一体何度来ているのかな?。今年の大晦日にもK-1と猪木祭りが有るので来るかな?。

■後日談1/10 年末の格闘技番組を見ていた限りでは彼の姿は無かった。流石の彼も若いカミサンを何時までも米国に残すわけには行かなかっただろう。それとも夫人同伴の日本ツアーだったのかな?。





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Last updated  2004.08.15 12:36:31
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