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赤茶の縞柄をしたメス猫が一匹。窓からそっと、体を乗り出すと、心配げに辺りをうかがう。暖かな小春日和。窓の外は、洋風の平たい屋根が鈍く光っている。それを30メートルほどいくと、その下には、斜めにガレージのトタン屋根が付いている。そこから塀に飛び移ると隣の庭に出れる。隣の庭には、大きな犬がいつも離されているが、日がな一日日向ぼっこをしている老犬は、狩に興味があるようには思えない。メス猫は、いつもより少し鈍い動作で、屋根の上を慎重に進んだ。よく見ると、口元が小さく動いている。まだ生後間もない、子猫を咥えているのだ。メス猫は、トタン屋根の上に降り立つと、母屋の壁の際に子猫を置いて、もう一度来た道を引き返した。二度目にそこに現れたメス猫は、もう一匹の子猫をそこにそっと置いた。ようやく目の開いたばかりの子猫たちは、寄り添うようにしてぶるぶると震えた。メス猫はまた、窓のほうへと平たい屋根を渡っていく。メス猫に咥えられるのは一匹ずつ。一匹を隠れ家に運んで、戻ってくるのは時間がかかりすぎる。その間、残して置く子供が心配だ。少しずつ、少しずつ、家を離れるしかない。気が付かれない内に、早く我が子を移してしまわねば。メス猫が産んだ子猫は、全部で五匹だった。メス猫の飼い主は、子猫の貰い手を探して回った。ようやく二匹の里親が見つかったが、他の子猫を引き取ろうとする人間は現れなかった。この界隈は猫が多すぎるのだ。庭に糞尿をし、飼っている鳥を狙い、ごみを荒らす。奔放に増えた野良猫の害が、近所の住民の怒りをかっていた。『保健所に連れて行くか。』『保健所は後味が悪い・・・どこかに捨てて来たほうが・・・。』飼い主たちの言葉の正確な意味は解らなかったけど、その口調や様子で、メス猫の母親としての勘は、我が子の危機を察知した。実際、これから冬を迎えようというのに、小さな子猫が保護者もなしに、野良で生き抜く可能性は限りなく低い。保健所に引き取られれば、なおさらだ。子供たちを守らねば。母猫は、子猫をどこか人間に見つからないところに、隠して育てる決心をした。メス猫は最後の一匹を迎えに来て、その子猫の様子に思わず微笑んだ。心配のため、凍りついたような顔をしていたメス猫が、とたんに母猫らしくなる。そこにいるのは、驚くほどメス猫によく似た、赤茶の縞の入ったオスの子猫だ。敷いてあった、擦り切れたタオルに、夢中で鼻を擦り付けている。タオルに染み付いた、母猫の匂いに、おっぱいを捜しているのだろう。他の兄弟より、少し小さなその子猫は、まだ目も開かぬままで、必死になって生きようとしているのだ。『行きましょう。ぼうや。』メス猫は、縞柄の子猫に向かって、顔を下げ口に咥えようとした。その視界の隅を、黒いものがさっと通り過ぎた。メス猫は、はっと窓に向かって走る。カラスだ!ここいらで増えたのは、野良猫だけではない。カラスもまた増えた。増えたカラスは、ごみをあさり、蛙やねずみなどの小動物を捕獲して生きていた。生まれたばかりの、小さなねずみのようなサイズの子猫は、カラスには手ごろな獲物にしか見えない。メス猫は稲妻のような速さで、置いてきた子猫たちの所へ走った。子供たち!!平屋根の下から、カラスが、ばたばたと羽を打ち鳴らす音が聞こえた。メス猫は踊るように空中を切り、カラスの上に飛び掛る。 アギャーッ!ガオゥ!ゥルルルル~ッ!!すさまじい鳴き声と、うなり声に、家人が異変に気が付いた。下から、『コラーッ!!』と怒鳴りつけると、ばさばさと黒い羽が舞い落ち、そしてシンと静まった。『何だ?カラスが何を騒いでたんだ?』はしごを掛け、覗いてみると、血だらけになって倒れている飼い猫の姿。そばには、すでに事切れている子猫が一匹。もう一匹は、さらわれたのか、すでに食べられてしまった後だったのか、姿は見えない。ただでさえ、産後の肥立ちもあまりよくなかったのに、カラスにつけられた傷は深かった。飼い主は、メス猫をすぐ病院に連れて行ったが、『もう助かるまい。』と言われ、どうせなら家で死なせてやろうと連れ帰った。再び自分のそばに戻ってきた母猫に、残された縞柄の子猫は夢中でしがみついた。何も解らないまま、無心に、自分の乳を探す子猫を見て、メス猫は思った。『もし、自分が死んだら、ご主人様は、自分の代わりにこの子を、飼ってくれないだろうか?』ああ・・・どうか、神様。自分の体から、小さな小さなぬくもりが、引き離されていく。その子を捨てないで!どうか殺さないで!『その子には、その子には手を出さないで!』私にたった一つ残された光。どうか、どうか、幸せに生きて。
November 1, 2005
あれから3日もたっていた。おいらは、ようやく傷も直って、ご飯も自分で、もりもり食べられるようになった。足に巻いていた包帯もはずしてもらえた。おいらはそれが邪魔で、何度か齧ってはずしちゃったんだ。そうしたら、おいらを診てくれたお医者さんが、おいらの顔の周りにぐるりと、固い板みたいなのを巻いたんだ。おいらが傷を舐めないようにって。さつきが、おいらを抱いて、鏡を見せてくれた。おいらまるでラッパみたい。しましまの猫ラッパだよ。おいらプオーって鳴るかわりに、なうぅ~って文句言ったけどね。さつきってば笑っただけ。それでね。キジ猫大将も、おまけにトラ猫まで、まるで、くしゃみをこらえてるみたいな、変てこな顔をするんだ。笑いたいのを我慢しているんだよ。みんな、みんな、ひどいと思わない?トラ猫は、大将が言ったとおり、あのあとすぐ、おいらに会いに来てくれた。トラ猫の血は止まっていたけど、かたっぽの耳の後ろが、ちょっぴり禿げて赤黒いかさぶたに覆われていて、おいら悲しかった。トラ猫の綺麗な毛皮。でも、もう大丈夫だから、こんなのすぐ元通りになるわと、おいらに笑って見せてくれた。黄色猫と灰色猫はどうなったんだろう?おいらが聞いたら、大将猫は渋い顔をした。『もう手出しはさせない。』大将はそれしか言わなかったけど、その言葉がひどくきっぱりとしていたので、おいらは大将を信じた。『大将が助けてくれたの?』おいらの言葉に、大将は笑って片目をつぶった。『トラ公を助けたのはお前だろう?なかなかいい戦いぶりだったな。』『そうよこにゃん。もしあの時二匹で向かってこられたら・・・こにゃんが、あいつを足止めしてくれたおかげよ。』トラ猫がおいらを、キラキラとした瞳で見ている。それは優しい瞳だったけど、今まで、小さな赤ちゃんを見るみたいに見てくれたあの目とは違う。本気で、トラ猫がおいらのことを、すごいって褒めてくれている。おいらにはそれが解った。たぶん。やっぱり、灰色猫たちをやっつけて、おいらとトラ猫を助けたのは大将だろう。だけど、おいらだって、ちゃんと役に立ったんだ。おいらすごく幸せな気分だった。おいらが大将の家で、うとうと寝ながら過ごしている間に、大将とトラ猫は、おいらのママ猫探しをしてくれていた。おいらには何も言わなかったけど。おいらそれを知らなくって、だからちょっぴり拗ねていた。トラ猫は、それっきり、ろくに会いに来てくれないし、来てもすぐにいなくなっちゃう。大将ときたら、自分の家なのに、ぜんぜん帰ってこないんだ。ご飯の時間にだってだよ。大将の家の人たちは、慣れているみたいで、『仕方がないわねえ。』なんて、落ち着いたものだ。おいらのお家のママも、仕方がないって思っているかな?そうだったらいいな。おいらなんだか心配になって、美味しいカリカリを3粒も残しちゃったよ。おいらこうしちゃいられないんだ。おいらはこっそり、大将の家を抜け出すことにした。おいらのいる部屋は、明るい畳の部屋で、縁側に面している。でも格子戸が、いつもしっかり閉められているんだ。トラ猫や大将は、うまく戸の隙間に爪を差し込んで、いとも簡単にあけちゃうけど、おいらにも出来るかな?おいらは肉球から爪を出して、しげしげと眺めてみた。おいらの爪。いつもママに切られちゃうけど、でも本当だったらもう少し伸びていたはずだ。戦ったとき、塀をよじ登ろうとしたためか、おいらの爪はいくつも、根元からぽきっと折れていた。無事だったのは右足の小指の爪と、左の親指の爪が半分。おいらはゆっくりと、歯でしごくようにして爪を磨いた。戸の隙間に差し入れる。おいらは力を入れて、戸を開こうとした。カタカタと少しゆれたけど、どうしてもあかない。おいらは鼻の頭にしわを寄せ、戸に斜めにしがみついて唸っていた。カラリ・・・開いたっ!おいらは弾みで、しがみついていた戸から、コロンと転がり落ちた。『何やってんだ?』そこにたっていたのは、キジ猫大将だった。おいらは、しゅたっと立ち上がった。ほらね。おいら元気になったでしょ?『大将。おいらを大将のおうちに連れてきてありがとう。お世話になりました。』おいらちゃんと挨拶したんだ。大将は、おいらをしげしげと見た。『元気になったみたいだな。・・・そうだな。もう帰ったほうがいいな。』あまり勝手に抜け出すなよ。と言われて、おいらなんだかおかしかった。だって、大将の方が、お家を好き放題抜け出してるみたいだもん。『あのね。大将に頼みがあるんだ。』おいらは上目遣いで大将を見た。大将が、何だ?と言うようにぱたりと尻尾を振った。『トラ猫さんに、おいらがちゃんと無事に、お家に帰ったって言ってくれない?』おいらの言葉に大将の目がすっと細まった。『おいらまだお家には帰んない。でも、もう、トラ猫さんに迷惑かけたくないんだ。』おいらはしっかりと、大将の目を見ていった。喧嘩を売っているんじゃないよ。でも、絶対これだけは譲れないって気持ちだったんだ。『母親探しか?』大将は、おいらの目をはずさずに静かに尋ねた。トラ猫が話したんだ・・・おいらはこくんと頷いた。『この3日間、俺の縄張り中の猫が探し回ったよ、もちろんトラ公もだ。』おいらの耳がぴくんとたった。大将が言った。『これだけ探しまくって、こんな怪我までして・・・なぁ。こにゃん。お前は確かに捨て猫だったみたいだが、今はちゃんとした家族がいる・・・だから、もういいじゃないか。』もういい?もういいってどういうこと?あきらめろって?そうか・・・この町にもママはいないんだ。だったら、おいらのすることは決まってる。『ちゃんとトラ猫さんに伝えてね。』おいらは、開いた戸の隙間を抜けて、縁側に出た。お日様が目に痛い。ぴょんと庭に降り立った。大丈夫、よろけない。おいら一人でもがんばれる。この町にママがいないんなら、別の町を探せばいいんだ。『待てっ!』大将が声を張り上げた。おいらは、振り向いてぺこりと頭を下げる。ありがとう大将。でも、おいらあきらめない。ママを探すんだ。『待て、こにゃん。』おいらはもう振り向かなかった。『お前の母猫は見つかったよ。』おいらの背中に、その言葉が、降り注ぐ光のように訪れた。
October 29, 2005
温かいミルクの匂い。フライパンで,ジューって溶かしたバターの匂い。おいらはくんと鼻を鳴らした。朝ごはんの匂いだ。おいらは、ぼんやりと目を開けた。格子の形に,光が差し込んでくる。小さな埃が、きらきらと舞っている。おいらの瞳は、ゆっくりと、そのきらきらを追いかけた。きらきらは、覆いかぶさるように、おいらを覗き込んだ、黒いものに降り積もった。『気が付いたか?』おいらは、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。そこにいたのは、逆光を浴びたキジ猫大将だった。あれ?何で大将が、おいらの家にいるの?おいらは、びっくりして飛び起きようとした。そうしたら、あれ?おいらうまく立てないや。おいらは、ひっくり返りそうになって、ふらりと前足を折った。おいらの前足には、なんだか白いものがぐるぐると巻いてある。(キジ猫大将さん!)叫んだつもりだったけど、ニーという情けない声が,かすかに漏れただけだった。『鳴かなくてもいい。もう大丈夫だ。』大将の言葉に、おいらはいっぺんに、みんな思い出した。襲ってきた黄色猫と灰色猫のこと、トラ猫のこと。おいらは、頭をぐるりと回して、トラ猫の姿を探した。どこにもいない。(トラ猫は、トラ猫さんはどこへ行ったの?)おいらのか細い声に、大将は目を細めた。『トラ公は無事だ。少し怪我はしたが、たいしたことはない。心配するな。』大将の言葉に、おいらは昨夜見た赤い血を思い出した。やっぱりトラ猫は怪我をしたんだ。おいらが守らなきゃ。おいらはもう一度、ふらふらと立ち上がった。『おい。待て。』大将が、おいらの首根っこを押さえようとする。離して!離して!おいら行かなきゃ!おいらがジタジタしていると、パタパタと足音が近づいて来た。スラリと部屋を閉め切っていた格子の戸が開かれた。『ちびっ!やめなさいっ!』女の子の声が聞こえた。誰?桃・・・?おいらはふわりと、抱き上げられていた。長い髪がさらさらと、おいらをくすぐった。『ちびっ!いじめちゃ駄目でしょ!』あんまり大きな声がしたので、おいらは思わず耳を伏せた。腕の隙間から見下ろすと、キジ猫大将まで耳を伏せている。『よしよし、怖かったねえ。もう大丈夫でチュよ~。』おいらを抱き上げたのは、桃より大きい女の子だった。女の子は、おいらの鼻の頭に、本当にチュってしたので、おいらむずむずくしょんってなった。『さつきぃ。早くしなさ~い!遅刻するわよぉ!』大人の女の人の声が聞こえてきたけど、あれはママじゃない。おいらは、初めて、ここがおいらの家じゃないことに気が付いた。『ちぃちゃん?いいこと。喧嘩は駄目だよ!』女の子は、メッと大将をにらむと、静かにおいらを、ふかふかの座布団の上に下ろしてくれた。それから、今度は大将を抱き上げると、おいらにしたみたいに、鼻の頭にチュっとしてから、『いってきま~す。』と、パタパタと去っていった。ちび?ちぃちゃん???ここはどこ?おいらは、なんだか頭がぐるぐるした。『ア~。ここは、俺の家だ。』大将が、なんだか別のほうを向いて言った。それから大将は、ぼーっとしているおいらに、辛抱強く説明してくれた。トラ猫は、怪我はしたけど、無事であること。大将の家に来ることを、トラ猫が嫌がったので、おいらだけ連れてきたこと。大将の家の人が、おいらの傷を手当てしてくれたこと。トラ猫は、近所の神社の床下で休んでいること。『お前が目を覚ましたからな、これからトラ公を連れてきてやる。』大将はそういって、こそばゆそうに、鼻を掻いた。もしかして、大将がおいらたちを助けてくれたのかな?でも、でも・・・トラ猫と大将は、敵同士だったんじゃないの?おいらが気が付いたとき、大将の姿はもうなかった。おいら夢を見てたんじゃないよね?おいらはいつの間にか、知らない女の人のまあるいひざの上に抱かれていて、何か口の中に細いものが差し込まれていた。おいら嫌々って、首を振ろうとしたら、甘くてあったかいものが流れてきた。あ・・・ミルクだ。おいらは夢中になって、ぴちゃぴちゃと舐めた。『よしよし・・・もう大丈夫だね。』おいらはぽんぽんと、あかんぼみたいに、あやされてもう一度目を閉じた。ママはどうしているかな?ママ猫探しに夢中になって、おいら人間のママのこと忘れていた。おいらが、おうちを抜け出しちゃったこと、もうばれてるよね。心配してるかなあ。つぶったまぶたの裏に、ママの姿が浮かんだ。それから、ママが、トラ猫になって、終いには、しましまのメス猫になったりした。きらきらちらちら光が降っていた。
October 28, 2005
『せっかく、トラ公が逃がしてくれたのになぁ。』黄色猫は、ぺろりと口の周りを舐めた。『こにゃん!』トラ猫の悲鳴。『その子には、その子には手を出さないで!』トラ猫らしくない泣き叫ぶような声。でもおいらには、その声がどこかで聞いた声に思えたんだ。いつか、いつかどこかで、誰かが上げた声。おいらの体に、ぶるぶるっと電気が通った。『震えてんのか?かわいそうになぁ。』黄色猫は、優しげな声を出した。『なあに。お前の母ちゃんが、素直に縄張りを明け渡せば、痛い目にあわずにすむぜ。』おいらの目の前が、ぱちぱちと燃えた。おいらは、胸いっぱいに空気を吸い込んだ。それから、パッと黄色猫に跳びついた。黄色猫の目が大きく広がった。あっけに取られたように、黄色猫は口をあけたまま、思わず右片足を引いた。おいらは、その前足に力いっぱい噛み付いていた。『いてえっ!』黄色猫は、ぶんとおいらをはねのけた。それから、もう片方の前足で踏みつけようとした。おいらは、その足を避けず、自分から飛び込んで行った。おいらのあごが、黄色猫の足の付け根の柔らかい部分を捕らえた。黄色猫のわきの下に、前足と後ろ足の爪全部を、がっきりと食い込ませて、おいらはぶら下がった。『離せっ!このガキっ!』黄色猫はおいらを跳ね飛ばそうと、体を大きく振った。おいらの重みで、ますます黄色猫に、おいらの牙が食い込んでいく。黄色猫は、ゴロゴロと転がり、おいらに牙を立てようとした。だけど、もう少しのところで、おいらには牙は届かない。撥ねよけようとした後ろ足も、おいらの尻尾を掠めただけだった。『いてえっ!いてえっ!』黄色猫は泣き喚きながら、おいらごと、地べたをむちゃくちゃに転がった。おいらの視界がぐるぐると回り、がんがんと何度も硬い地面に打ち付けられる。次第に回りが灰色になっていく。駄目だ・・・駄目だ・・・おいらは遠くなっていく気力を振り絞るように、黄色猫にしがみついていた。おいらが負けちゃったら・・・。(その子には、その子には手を出さないで!)悲鳴。誰かの悲しげな鳴き声。ママ・・・ママ・・・おいらを愛してた?トクトクと歌うような心臓の音。ゆったりとしたゴロゴロという響き。柔らかなモノの中に鼻をうずめると、甘酸っぱい匂い。薄明るい闇の中、暖かいふわふわとした世界。ああ・・・ママ。ここにいたんだね。おいら、ずっとずっと会いたかったんだ。見上げた視界の中で、ママの顔はぼんやりとしか見えない。ママの顔は、なんだか悲しそうだった。どうしたの?誰かにいじめられたの?おいらがんばるから、おいらが守ってあげるから。だから笑って?
October 18, 2005
おいらの毛が、一本一本ゆっくりと立ち上がった。黄色猫は、おいらを見て、ハイエナみたいなニヤニヤ笑いを浮かべた。『ふうん。おめえの子か?身持ちの硬いトラ公様も、新しい旦那が付いたらしいな。』黄色猫の舐めるような視線が、ゆっくりとトラ猫の尻尾の先まで走る。おいらは、ふうふう唸りながら黄色猫を睨み付けた。『生意気なガキだな。いっちょ前に唸ってやがる。』トラ猫は黄色猫を無視して、じっと禿猫の気配をうかがっている。禿猫は、うっそりと、黙ったまま細い目でトラ猫を見ていた。『メスだ。』ぼそりと禿猫がつぶやいた。『おいおい。ただのメス猫じゃねえよ。兄貴は新顔だから知らないのも無理ねえけど、このべっぴんさんは、何を隠そう隣町のボスなんだぜ。』黄色猫が舌なめずりした。『ものにしちゃえば、隣町はおれらの物になるってことよ。』トラ猫はちらりと、冷たい目を黄色猫に走らせた。『あんた強いのか?』禿猫はトラ猫だけを見ていた。その細い目がぞっとするほど冷たくて、おいら思わずぶるりと震えた。あっという間の出来事だった。禿猫が、灰色の矢みたいに細く伸びて、その大きな顔がおいらの目の前に迫ってきた。そのとたん。おいらはトラ猫に咥えられて、軽々と宙を舞っていた。トラ猫のしなやかな体には、翼が生えているようだった。足音も立てず、優雅に高い塀の上に降り立つ。禿猫は、おいらたちを見上げながら、うれしそうに笑った。でも、なんだかおいらはその笑みがすごく怖いと思った。『俺はメスとは、やり合わない主義なんだがな。』当たり前だよ!おいらは叫びたかった。メスに喧嘩を売るオス猫なんて、すごくすごく悪者なんだぞ!『俺は強いもんが好きだ。あんたは強くて綺麗だな。』禿猫の大きな体が、ひと飛びで、おいらたちと同じ塀の上に立った。『こにゃん。』おいらを咥えたまま、小さく、くぐもった声でトラ猫がささやいた。『受身はとれるわね。』えっ?と思うまもなく、おいらは一匹で空中に浮いていた。あわてて、背を丸め頭をおなかにくっつける。くるりと視界が回って、おいらはよろよろと地べたに着地した。おいらは、塀の反対側に投げ出されたんだ。『トラ猫さん!』おいらは塀の上に向かって叫んだ。『こにゃん。逃げるのよっ!』トラ猫は背中を大きく弓なりに曲げて、禿猫に飛びついていった。トラ猫のあごが禿猫の耳を掠める。禿猫がとっさに立ち上がって体をひねり、その体重をぶつける様にして、トラ猫を押さえ込んだ。トラ猫の体が、頭半分塀からずり下がる。『トラ猫さん!トラ猫さんっ!』おいらは必死で塀に飛びついた。塀は高すぎて、おいらは半分も前足が届かない。おいらはカリカリと塀によじ登ろうとした。ほんの少し上っただけで、ずるりと体が落ちていく。おいらの爪が剥がれて、冷たいコンクリートの壁に刺さったままになる。トラ猫は押さえ込まれながらも、体を起こし禿猫の喉元に噛み付いていた。禿猫がブルンブルンと、まるで雑巾のようにトラ猫を振り回した。おいらの上に、ぽたぽたと赤いものが垂れてくる。血だ!トラ猫のだか、禿猫のだかわからないけど、おいらの目の中にも滴って熱い。おいらは、ずり落ちた姿勢のまま、前足で目をぬぐった。おいらの前足からも血が出ている。赤くかすむ目を見開いた。おいらの目の前には、いつの間にか黄色猫が、あのニヤニヤ笑いを浮かべながら立っていた。
October 6, 2005
おいらとトラ猫は、いつの間にか、隣町まで来ていたようだ。急にトラ猫の歩き方が変わった。今まではしっぽをピンと立てて、軽やかに歩いていたのが、しっぽを水平に、背中も平らにしてすべるような動きになる。時折立ち止まって、耳を立て、空気の中の匂いをかぐように、鼻を空に向けてぴくぴくと動かす。そうして用心しながら、猫の匂いの薄いところを歩いていても、突然この町の猫に出会うこともあった。そうするたびにおいら、落ち着かない気分で、トラ猫のはら毛に体をすりよせ、プルプルした。おいら別に恐かったわけじゃないぞ。これは武者震いという奴だ。トラ猫は無表情に、ことさらゆっくりと、出会った猫の前を通り過ぎていく。出合った猫は、知らん振りしている事もあったし、おや?と不思議そうに見ていることもあった。トラ猫がメス猫だったのと、まだおいらが大人猫じゃないから、親子猫に見えたのかな?おいらたちが隣町の猫だと気がついたら、トラ猫がボス猫だとばれたら襲ってくるかな?おいらはぺろりと熱くなった肉球を舐めた。『疲れたのこにゃん?』トラ猫が心配そうにおいらを見ている。『ううん!おいら元気だよ!』ほんというと、さっきから肉球がひりひりと痛かった。こんなに歩き回ったのは初めてだ。いつもはあんまりおんもに出ないから、おいらの肉球は柔らかいままなんだ。それに、さっき公園でトラ猫に抱かれて、ついうとうと眠っちゃったけど、こんなに起きているのも初めてだ。おいらはふらふらする頭をプルリと振った。『ごめんなさい。うっかりしていたわ。』トラ猫は、おいらの大丈夫だと言う言葉を聴いていないみたい。『一度、家に帰したほうが良いかしら?』そんなことまで言い出した。やだよ。やだよ。せっかくここまできたのに。もうすぐママに会えるかもしれないのに。おいらがもう一度、トラ猫に大丈夫だと言おうとしたとき、急にトラ猫が跳ね上がって振り向いた。背後から低い唸り声が聞こえてきた。『これは、これは・・・トラ公じゃないか!』おいらの毛が一本一本逆立っていく。塀と塀に囲まれた狭い路地裏。背後にたっていたのは、背骨が見えるほどひょろりとやせた黄色い猫と、灰色であちこちに噛み傷禿のある大きな大きな猫だった。
September 24, 2005
『あのね。あのね。おいらひとりでも大丈夫だよ。』公園を出て、おいらとトラ猫の二匹きりになったとき、おいらは勇気を出して、トラ猫に向かい合った。『おいら、隣町まで行った事があるし、キジ猫大将も知ってるし・・・だからトラ猫さんは帰って。』おいらは、ひとりで隣町まで行かなきゃ行けないんだ。誰にも着いて行ってもらっちゃ行けない。キジ猫はおいらを黙って見下ろすと、『ぐずぐずしてたら、夜が明けちゃうわ。』と、さっさと先を歩いてく。『まってよ。トラ猫さんは駄目だったら!』おいらはあわてて後を追った。トラ猫は歩くのがとっても早かった。おいらが、ぴょんぴょん跳ぶようにして、走って追いかけると、トラ猫は気がついたように、おいらに合わせて歩いてくれた。『ボス猫は、自分の縄張りの猫を守るのが役目なの。前のボス猫もそうやって、最後まで仲間を守ったのよ。』おいらはびっくりした。そうか・・・トラ猫の前にもボス猫がいたんだ。前のボスって、どんな猫だったんだろう?『前のボスはね。強くって、意地っ張りで、わがままだったけど。とっても優しいボスだったわ。』トラ猫は微笑んでいた。その顔が、とっても綺麗に見えて、おいら急にドキドキしてきた。『その猫はどうしたの?』トラ猫が、前のボス猫を倒して、ボスになったの?『とても遠いところに、連れて行かれてしまったの。』トラ猫の笑い方は、不思議な笑い方だった。笑っているのに、なんだか泣いているみたい。『トラ猫さんは、前のボスが好きだったの?』おいら思わずそう聞いてしまってから、顔が火を噴きそうになった。おいら何を聞いているんだろう?『前のボス猫はね。私の子供たちの父親。』トラ猫の言葉に、おいらの頭がぐるんとした。そうか・・・トラ猫はママ猫なんだから、結婚しているのはあたりまえだよね。強くて、きっと大きくて、そんなオス猫と、綺麗で優しいトラ猫。小さなモコモコした子猫たち。おいらのしっぽがゆっくり垂れた。おいらなんだか変な気分だよ。そんなもやもやした気分を、風で吹き飛ばしたくって、おいら歩くスピードを上げ、とうとう走り始めていた。夜の町は、赤や黄色や青や白・・・いろんな明かりがおいらの眼に、流れてにじんでいた。
September 21, 2005
おいらは、トラ猫と一緒に公園を出た。トラ猫は、他の猫が隣町に行くのは駄目だって言うんだ。忍者猫は、おいらを家から連れ出したのは自分だからって、だからおいらの面倒を見るって、ずいぶんがんばっていた。『駄目よ。相手の縄張りにあなたたちを連れて行けば、血の気の多い猫がどう出るかわからない。こにゃんはまだ子供だし、私はメスだし、二匹だけなら喧嘩を吹っかけて来るのもそうはいないでしょう。』トラ猫はそう言ったけど、他の猫たちは心配そうだ。『そりゃ。普通のメス猫相手なら、戦いを仕掛けるようなオスはいない・・・でも、あんたはここのボスだ。』猫の掟では、ボスを倒した猫が新しいボスになる。だからトラ猫がやられちゃったら、ここの縄張りは、隣町の猫のものになるんだと、黒猫がこっそりおいらに囁いた。『でも、トラ猫は強いんでしょ?だって、あの強いキジ猫大将をやっつけちゃったんだもん。』それにおいらだって、もう赤ちゃんじゃないぞ。立派なオスなんだ。ちゃんと戦えるよ。おいらはぎゅっと、肉球からピカピカの爪を出した。おいらの爪、ママに切られちゃって、少し小さくなってるけど、まだちゃんとついてる。おいらの歯だって、もう3本も大人の歯なんだぞ。黒猫は苦笑いを浮かべて言った。『あれは・・・相手の大将が、はなっからやる気がなかっただけで・・・。』『クロッ!』小さく鋭い声が、黒猫の言葉を止めた。カツラ猫だ。忍者猫と話をしていたはずのトラ猫が、いつの間にかこっちを見ていた。『な、なんだよ・・・その、俺は自分の居場所を取られるのは御免だからな。野良の俺に取っちゃ、縄張りがなくなるって言うのは死活問題なんだぜ。』『だったら、もし私がやられてしまったら、おとなしくキジ猫の子分になりなさい。あいつは、むやみに、他の猫を追い出すようなまねはしないと思うけど。』それとも・・・と、トラ猫は続けて言う。『今ここで、誰かが私の代わりに、この町のボス猫になればいい。』トラ猫の眼がキラキラと、お月様みたいに輝いていた。トラ猫の言葉にあたりがしんとした。どうしよう。おいら、ママ猫に会いたかっただけなのに、なんだか大変な事になっちゃった。黒猫の目が、何か迷っているように泳いで、あたりの猫をうかがった。それから、ため息をついて、しっぽを垂れた。『あんたがボスだ。あんたがどう思おうと、先代のボスから、みんなあんたを託されているんだよ。だからさ。もっと自分を大事にしてくれよ。』黒猫は、しおしおと困ったように言う。トラ猫は少し笑ったようだった。『心配させてごめんなさいね。でも大丈夫。無茶はしないから。』そうして、まだみんないろいろ言いかけるのを、顔を引き締めてぴしゃっと、『もう黙りなさいッ!』って。空気がビリビリ震えたよ。それで、みんなシンとなっちゃったんだ。トラ猫は、綺麗ですごく優しくて、それでもやっぱりボス猫だ。そういうわけで、おいらとトラ猫だけ。でも、おいらはもうその時、おいら一匹で隣町に行こうって決めてたんだ。おいらは一度キジ猫の縄張りに入ったことがある。あの時大将は、おいらにとても親切にしてくれた。それに、大将とずっと一緒だったから、他の猫からも喧嘩を仕掛けられたりしなかった。だけど、今度はわからない。いきなり乱暴な猫に会うかもしれないし。そう思ったら、おいらちっちがしたくなってきた。だけどトラ猫は、みんなの大事なボスなんだ。おいらだってこの町の猫だもん。空を振り仰いだら、少し雲が出てきたみたい。お月様がミルク色に霞んで見えた。
September 17, 2005
ふうっ。誰かの息がかかってこそばゆい。それからぱちりと重たい瞼を引き上げる。あれ?ここはどこ?おいらの眼の中いっぱいに、緑の色が広がった。『違うわ・・・。』緑色が急においらから遠のいて、それは一匹の緑色の瞳をした白猫になった。『また駄目か。』あれ?忍者猫?おいらはパチパチと瞬きを繰り返した。『たいしたちびスケだな。俺様が駆けずり回っている間に、のん気に寝てるとは。』黒猫の呆れたような声に、おいらははっきりと眼を覚ました。おいらのママ猫!『泣き疲れちゃったのよ。まだこの子は小さいから。』トラ猫がそういって、おいらからそっと身を離した。おいら、トラ猫にしがみついたまんま、寝ちゃったんだ。おいら、顔中お毛毛だらけでよかったと思ったよ。おいらの顔は、きっと夕焼けみたいに真っ赤に違いない。いつの間にか公園には、たくさんの猫が集っていた。おいらのママ?ママ?ママはどこ?だけど、だぁれもおいらのママ猫を連れてきた猫はいなかったんだ。『そんなにがっかりするんじゃないよ。ここいら辺で、こにゃんのことを知っている奴はいなかったけど、もしかしたら、隣町から連れてこられたのかも知れないし。』おいらが、えぐえぐ鼻をすすってると、しま姉さんがおいらの肩にしっぽを乗せながら言った。隣町?!おいらの耳がぴくっとした。隣町には、おいらのおうちが、迷子になったとき見つけてくれた、あのキジ猫大将がいる。『キジ猫大将だったら、おいらのママも見つけてくれるよ!』おいらのしっぽがぴんと立った。おいらが興奮して、そう叫んだら、いきなりにゃーにゃー騒がしかった周りがシンと静まった。みんな黙って、トラ猫を見てる。おいら、とたんにびくっと気がついた。そうだ。トラ猫はキジ猫大将とは敵同士?大将は言ってたっけ、大将の片目をつぶしたのは、トラ猫だって。でも、トラ猫は優しくて、泣いちゃったおいらをずっと抱きしめててくれて・・・それに、おいらの目の前で会った二匹は、なんだか静かで優しい声で話をしていた。『そうね。隣町のことは、隣町のボスに聞いたほうが早いわ。』トラ猫は落ち着いた声で言った。おいらは、恐る恐るトラ猫の顔を見た。怒ってる?トラ猫は微笑んでおいらを見た。『キジ猫大将に会いに行きましょう。』
September 15, 2005
おいらがうろうろと公園を歩いている間。トラ猫は目をつぶって、ベンチの上に寝そべっていた。もしかして寝ちゃったのかな?そう思って、おいらがこっそり公園を抜け出そうとすると、まるでそれがわかったかのようにトラ猫の眼が開く。おいらはなんでもないよと言う顔をして、こそこそと、ベンチのそばに引き返した。おいらは眼を細めて、公園の入り口を見つめた。だあれもこない。おいらのひげがだらりと垂れた。『こにゃん。こっちいらっしゃい。』トラ猫に呼ばれて、おいらはベンチの上にひらりと飛び乗った。『夜になると、肌寒いわねえ。』トラ猫はそういいながら、おいらを前足でクルンとひっくり返すようにして、自分のほうへ引き寄せた。あったかい・・・。おいらの鼻の中に、ふわふわの胸毛が入ってきて、おいらはくちょんとくしゃみした。トラ猫のしっぱがおいらにクルンと巻きついた。トラ猫は、ほわほわして、懐かしいような、しっぽの辺りがさわさわするような、それでもって、なんだか泣きたくなるような匂いがした。『私にもね。子供がいたのよ。』トラ猫はぽつんと言った。えっ?トラ猫もママ猫だったんだ。『でも、もういない・・・。』『どうして?どうしてママと離れ離れにならなくっちゃいけなかったの?悪い子だから?』おいらも悪い子だから捨てられたんだろうか?おいらが泣きそうな顔をしていると、トラ猫は温かい舌でおいらの眼をぬぐった。『子供たちはみんな良い子だったから、やさしい人に貰われていったの。今でも時々子供たちの元気な写真が届いて、ご主人様が私にも見せてくれるわ。』そういいながら、トラ猫は笑って見せたけど、なんだか寂しそうだったから、おいらは思わずトラ猫にしがみついた。『こにゃんは優しい子ね。』トラ猫はそう言ったけど、おいらはきっと悪い子なんだ。だから、いらない子だから捨てられちゃったんだ。おいらとトラ猫は静かに抱き合っていた。『こにゃんは、今、幸せ?』トラ猫が、しょんぼりしたおいらを覗き込んで聞いた。幸せ?おいら幸せなのかなあ?『おいらね。ママと、パパと、桃と暮らしてるの。ママはね、おいらをダッコしてくれて、美味しいご飯をくれるの。パパはね、おいらをこちょこちょって、すぐくすぐるんだよ。それでね。桃はね、おいらを蹴っ飛ばしたりして、でもねおいらも引っかいたりして、喧嘩するの。』おいらが一生懸命説明すると、トラ猫は微笑んだ。『そうなの。こにゃんは幸せなのね。』ママもパパも桃も大好きだよ。トラ猫も、忍者猫も、みんなみんなおいらに優しくしてくれる。おいら幸せなんだ。『でも、おいらママ猫も欲しいんだよう。』おいらは、とうとうにゃーにゃー泣き出してしまった。おいら男の子だけど、もうちっちゃな赤ちゃんじゃないけど、だけど、やっぱりママ猫がいるんだよう。トラ猫はゴロゴロとおいらの鼻や、目や、顔中を舌でぬぐっていた。
September 13, 2005
緑ヶ丘公園の入り口で、おいらはふと立ち止まった。高い高いイチョウの樹。あの時は丸裸だったけど、今は緑の葉っぱがふさふさと茂ってる。花壇には黄色い目をした赤紫のパンジーが、一列に行儀良く並んでる。月の光の中でさえ、あの時、おいらが拾われた寂しいところとは、ぜんぜん違う明るいあたたかいところに見えた。本当においらここで拾われたんだっけ?おいらが立ち止まったまま動かないでいると、おいらの後かついてきた猫たちは、そこで詰まってぎゅうぎゅうおしくら饅頭みたいになった。『なんだ。なんだ?ここじゃないのか?』おいらは公園に入る。ぐるりと見渡せば、見覚えのあるブランコ。鳥かごみたいなぐるぐる回る乗り物。木の下の白いベンチ。確かにおいらの記憶にある公園だ。『ここがそうか。』黒猫がおいらを見た。おいらはうんとうなずく。『問題は捨てた人間がどこから来たかだな。』忍者猫がう~んといいながら、ゆらゆらとしっぽを振った。『おいちび、どっからきたんだ?』おいらは何にもおぼえちゃいない。おいらがそういったら、黒猫は、ボリボリ後ろの耳を掻きながら、『これだから、ちびは・・・頭ん中までちびだな。』という。おいらのひげがしょんぼり垂れた。『この公園を中心にして、手分けして探しましょう。』トラ猫がおいらに優しく額をすりよせた。トラ猫が黒猫にフウッて少し唸ったら、黒猫ってば、あわてたように目をそらした。それから、みんなを二匹ずつに分けて、探す場所もちゃんと分けた。トラ猫は、綺麗なメス猫で、いばったりしないし、優しいけど、やっぱりボス猫だなあ。みんな真剣な顔をして、ちゃんと聞いている。忍者猫は、おいらにウインクして見せて、しま姉さんとひらりと消えた。黒猫は、がりがりにやせた赤猫をしたがえるようにして、公園を出て行った。無口な白猫は黙ったまんまで、カツラ猫と肩を並べて行く。白黒猫も、三毛猫も、シャム猫もおいらのママ探しに出動だ。みんな、みんな、ありがとう。おいらもがんばるぞう!おいらもあとについて、とんでこうとしたら、トラ猫に止められちゃった。『あたしと一緒にここに残りなさい。』 なんで?なんで?おいらのママ猫探しだよ?『みんながね。子供を失くした母猫を連れてくるから。』トラ猫はそういったけど、おいらは、早くママに会いたくて、すぐにとんで行きたかったんだ。『せっかく連れて来ても、あんたがいなきゃ、こにゃんのママか、わからないでしょう?』おいらの目がしぱしぱした。しっぽの付け根もちくちくした。 ここはおいらが捨てられた公園。お月様は真ん丸で、まるで金色の猫の目みたいに見えたんだ。 お空の上からなら、ママが見えるかな? ママ、ママ、おいら早く会いたいよ。 おいらのお眼目が溶けちゃう前に。 おいらのしっぽがとれちゃう前に。 お願い月猫。 おいらのママを探してよ。
September 12, 2005
土管の上の黒猫はなんだかかっこよかった。公園のあちこちにいる猫の耳が、ぴんと黒猫の方を向いているみたい。『この中に自分の子供と生き別れになってる雌猫はいるか!?』黒猫は声を張り上げた。黒猫の言葉にのっそり立ち上がった影や、にゃう!と鳴いた影。おいらしっぽの先がプルプルした。黒猫はおいらに、『ちび!こっちに来い!』と怒鳴った。おいらが土管の前まで来ると、黒猫はぐるりとあたりを見渡して言った。『こいつは母ちゃんを探してるんだ。見覚えのある奴はいないか?』そうしたらおいらいつのまにか、雌猫たちにもみくちゃにされていたんだ。たくさんのママ猫が、おいらの匂いをふんふん嗅いだり、おいらのしっぽの先まで丁寧に調べてまわった。ころんってころがされて、おなかの匂いを嗅がれて、おいらくすぐったくって、ジタバタしちゃった。おいらなんだか幸せだった。おいらと同じしましまの猫もいて、鼻の頭を舐められた時はドキドキだった。でもしばらくすると、1匹、また1匹と、みんなおいらから離れていっちゃった。『うちの子と柄が違うわ。』『私の子はもっと小さいよ。』『女の子じゃないんだね。』そんな声が上がった。『いないか・・・。』黒猫は気を落ち着かせるように、前足でくるんと顔をぬぐった。こんなにいっぱい猫がいるのに、おいらのママはここにはいないの?『その子迷子なのかい?』スマートなシャムネコがひげを舐め舐め聞いてきた。『飼い主はいるんだよね?』おいらの首輪を見てあごをしゃくった。『おいら人間のママとパパと桃と暮らしてるの。』おいらはみんなに、どうやっておいらが拾われたかお話して、ママを探してるんだって説明をした。『うちに帰した方がいいよ。母猫探しは諦めてさ。』しっぽの短い三毛猫が言った。そうだ、そうだという声があちこちで上がった。おいら思わず泣きべそをかきそうになっていた。『こにゃんお前、どこで拾われたんだ?』みんなの声を遮るように、忍者猫が聞いてくれたんで、おいら涙をぐっと飲み込んだ。『すごく大きなイチョウの樹のある公園なの・・・ブランコとぐるぐる回るのがあるんだ。』おいらはがんばって思い出そうとした。『車でこの町内に来たのかい?』もじゃもじゃのおばあさん猫が聞いた。『違う。おいらママの自転車に乗ってきたんだ。』『だったら、そうは遠くないな。』忍者猫は首をひねった。『え~と。え~とね。ママが言ってた。緑の原っぱ公園だって。』おいらはにくきゅうから爪がはみ出ちゃうくらい、ぎゅうって足を踏ん張った。『緑ヶ丘公園じゃないのか?!』そう言ったのは、まるで鬘でもかぶってるみたいな黒いブチを頭に乗っけた白猫だった。『そうだ。あそこには大きなイチョウの樹がある!』黒猫が土管の上で飛び上がった。『行ってみよう!』黒猫がそういうと、あちこちで寝そべったり、座ったりしていた猫たちが一斉に立ち上がった。みんな付いてきてくれるの?おいらのママを探してくれるの?灰色猫がひゃひゃっといやな笑い方をしたけど、それからめんどくさそうに目を閉じた猫もいたけど、たくさんの猫たちが、おいらについて来てくれたんだ。おいら達は月の光の下を一列に並んで、公園に向った。一番先頭が黒猫でその次がおいら。おいらの後ろには忍者猫としま姉さんもいる。おいらが振り返るとトラ猫さんがうなずいてくれた。お月様はまんまるでちょうどおいらの真上にある。おいら達の影が歩道に落ちて、なんだか長い長い不思議な生き物みたいに見えたんだ。
May 14, 2005
『おいらのママ猫知りませんか?』おいらは丁寧に聞いてみた。そうしたら灰色猫があきれたように、『そんなもん探してどうするんだ。』って言うんだ。だってママなんだよ。『こいつ捨て猫だったんだ。』忍者猫が言い訳するみたいにみんなに言った。『今は飼い猫なんだろう?だったら親なんか必要ないじゃないか。』灰色猫はふふんと鼻で笑った。『ちょっと待てよ!』黒猫が途方にくれたようにおいらを見た。『お前の用事って、母親探しだけか?』『ううん。』おいらはプルプルと首を振った。『おいら兄弟猫も探してるんだよ。』いきなり綿菓子猫がくすくす笑い出した。『だから、まだ子供だって言ったじゃない。』黒猫はあ~とかう~とか、なんだかもごもご言っていた。『おいらね。猫集会にきたらママに会えると思ったんだ。』おいら一生懸命説明した。『くだらないな~。』灰色猫はぺっと地面につばを吐いた。『毎日腹いっぱい飯が食えて、寝床もあって、狩られる心配もない。どうして親が必要なんだ?』灰色猫が言った言葉に、ぴくりとトラ猫がした気がする。『黙りなさい。』トラ猫は灰色猫をキラキラ光る緑の目で見た。灰色猫はあわてたように身をすくめた。だからどうしておいらの後ろに隠れるの?『幼いころに離れ離れになった親子が、もう一度会うのは難しいのよ。』トラ猫は静かな声でおいらに言った。『そんなの探してみなきゃわからないよ!』だっておいらのママなんだよ。どうしてもう会えないの?おいらはトラ猫をキッとにらんだ。目に力を入れてたら、なんだかウルウルしてきちゃった。忍者猫が後ろ足でがりがりと耳の後ろを掻いた。『あ~まあそうだよな。やってみて悪いってことはないよな。』灰色猫がおいらの後ろからぼそぼそと言った。『正気かよ・・・。』トラ猫はおいらを困ったような眼で見ていたけど、『そうね。やって悪い事はないわね。』と言ってくれた。黒猫は、『よし。協力してやるぞちび!』と胸を張った。なんだか急に優しくなったみたい。どうしてかな?綿菓子猫はあぁふう~っとあくびをして、黒猫をちらりと見ると、『私帰らなきゃ。』と立ち上がった。おいらがじっと見つめていると、『じゃあね。ぼうや。』とふさふさのしっぽを一振りした。黒猫はなんだか焦ったように飛び上がった。綿菓子猫とおいらを交互に見て、いらいらと爪を噛んだ。『いいのよ。行きなさい。』トラ猫が言った。忍者猫は知らん振りをしている。『糞ッ!男がいったん言ったことだからな!ちゃんと協力するよ!』黒猫が優しくなったのは気のせいだったのかな?だっておいらのことをまた睨んでる。黒猫はタタタッと公園の真ん中にある土管の上に飛び乗った。土管の上で長くのびていた黄色い猫が、 うぎゃっ!て飛びのいた。・・・しっぽ踏まれちゃったのかな?『おい!お前らッ!聞きたいことがあるッ!』黒猫はいばって大声を出した。『猫探しに協力してくれ!』
May 13, 2005
おいら達がついたのは小さな公園だった。おいらブランコやすべりだいを見て、思わず立ち止まっちゃった。そこはおいらが捨てられてたところじゃない。それはわかってたんだけど。でもね。おいら公園って嫌いかもしれない。公園に入ると、おいらドキドキした。猫集会って何をやるんだろう?おいらがそう聞いたら忍者猫は、『別に何もしないさ。』だって。『この辺の猫だって、みんなに顔を見せとけばいい。』そういって忍者猫は公園の樹の上によじ登って行ってしまった。しま姉さんは花壇の花を味見している。白猫はいつのまにかどこかへ消えていた。おいらちょっぴり心細くなった。月の光が公園のあちこちにいる猫たちを照らしていた。おいら土管の上にいる、長くて白い毛皮の雌猫のところへ行ってみた。近くで見ると、まるで綿菓子みたいな猫だと思った。ふわふわしていて甘くて美味しそう。おいらがトロンと見ていたら、灰色っぽい毛皮の猫にお尻をカプって齧られた。 うにゃッ!おいらびっくりしたよ。『いつ見てもグラマーだよなあ。お付き合いしたいなあ。』おいらを齧った奴が綿菓子猫を目を細めてみていた。『痛い!』おいらが文句言っても、灰色猫はちっとも聞いてない。『駄目かなあ。ライバル多いもんなあ。』そこへ、黒くて足の先だけ白い猫がやってきてた。『どけどけ!邪魔だ!』黒猫はでっかかった。背中でどんと灰色猫を押しのけた。灰色猫はよろよろっとしりもちをついた『なにすんだよ!』灰色猫は言ったけど、黒猫にひとにらみされると、こそこそとおいらの後ろに隠れようとした。おいらの倍くらいの大きさの猫が隠れられるわけはないのに。『なんだぁどちび!お前も勝負する気か?ええ?』おいらブルブルしちゃった。逃げたかったけど、灰色猫にしっかりしがみつかれていて、おいら動けないよ。そうしたら綿菓子猫があぁふうってあくびしたんだ。あくびまでふわふわしてる。『やめなさいよ。まだ子供じゃない。』綿菓子猫はハチミツみたいな声で言った。『ぼうや。来年になったらいらっしゃい。』綿菓子猫は言ったけど、おいら来年まで待てないよ。そう言ったら黒猫が、おいらにふううって唸ったから、おいら背中の毛がぴんぴんになっちゃった。綿菓子猫は真ん丸い眼でおいらを見て、いきなりコロコロ笑い出した。『こっちいらっしゃい。』綿菓子猫が言ったときの黒猫の眼は、まるでおいらを食い殺そうとしているみたいに見えた。おいら後ずさりしようとして、灰色猫の背中の上をコロンと転がって地べたに頭からおっこっちゃったよ。黒猫がさっと飛びかかってきて、おいらのおなかをぎゅううって踏みつけた。助けて・・・おいらは綿菓子猫を見たけど、ただ黙ってあくびをしただけだった。『やめなさいッ!』なんだか聞き覚えがある声がリンと言った。黒猫がおいらの上から足をどけたので、おいら急に息が吸えるようになってごほごほと咳き込んだ。涙がにじむ目で見上げてみると、そこにいたのはあのトラ公・・・綺麗なトラ猫だった。『こんな子供になにをしようっていうの!?』でっかい黒猫がなんとかして体を縮めようとしているみたいに、しょんぼりうなだれていた。そこへ忍者猫が飛んできた。『おい。こにゃん大丈夫か!』そしてオロオロとおいらのおなかを舐めたり、背中の下に鼻を押し込んで起こしてくれたりした。『あんたも、連れてきたんならちゃんと面倒みなさい。』トラ猫は忍者猫にビシビシと言った。『いや・・・その・・・こいつはまだちびだし・・・喧嘩を売る奴なんかいないと思って・・・。』忍者猫はもごもごと言った。『おいら大丈夫だよ。』おいらまだおなかが痛かったけど、がまんして元気そうにしゃんと立ち上がった。忍者猫にこれ以上迷惑かけられない。トラ猫はおいらを見て鼻の頭にちょっとしわを寄せた。少し笑ったのかな?こんな騒ぎの中でも、相変わらず綿菓子猫は退屈そうに眠そうな目をしていた。トラ猫はおいらに、『こっちにいらっしゃい。』と優しく促した。でも、おいらまだ用事があるんだよ。『あの・・・。』おいらそこにいるトラ猫、忍者猫、綿菓子猫、黒猫、灰色猫に向かって言った。『おいら猫探ししてるんだ。』
May 10, 2005
おいら達は土手の上を歩いていく。忍者猫が先頭でおいらがその後、白猫は少し遅れるようにしておいらの後をついてきた。夜の空気を胸いっぱい吸い込むと、おいらの胸はわくわく膨らんだ。満月が川の水に映って、空からも水の中からも、どこまでもおいら達を追いかけてきた。橋のあるところまで来ると、おいら達は土手を降りていった。そこには鴨が眠っていて、おいら達に気がついたのか、あわててばさばさと飛び立っていく。おいら達は菜の花の中の細い道をたどる。やがて葦のたくさん生えている水辺に出た。おいらの足が水に触れてぴちゃりと音を立てた。おいらもう濡れるのはごめんだよ。おいらは足をプルプルと振る。葦の中に棒杭があって、おいらはそこに、古ぼけた平舟がつながれているのに気がついた。忍者猫は平舟にちかずくと、その上にかけてある水色のシートを鼻先でめくって、するりと船の中にもぐりこんでいった。えっ?ここが集会場なの?おいらが入ろうかどうしようかと思っているうちに、またシートがもっこり盛り上がったから、おいら忍者猫が出てきたのかと思った。でも中から出てきたのは一匹のメス猫だった。おいらどきんとした。その雌猫は、おいらと同じしましま模様だったんだ。雌猫がすっかり月の光の中に姿を現すと、おいらはその猫がとても若いことに気がついた。おいらのママというより、お姉さんみたい。おいらは思わず息を吐いた。『お前に似てるだろう?』忍者猫が言った。似てるかなあ?雌猫は尻尾までおいらと同じしましまだ。そして腹毛も足の先っちょも白。でもちょっぴり鼻ぺチャで、目も耳もおかしいくらい大きかった。おいらは綺麗なトラ猫を思い出した。目の前の雌猫は、とても美猫とは思えなかった。『あんたがこにゃんだね。』雌猫はふにゃんと笑った。笑うと鼻にしわがよって、なんだか面白い顔になった。『オレの嫁さんだよ。』忍者猫が言ったので、おいらはびっくりした。だって忍者猫はまだ子供じゃないの?『オレ達野良猫は、結婚するのも早いんだよ。』忍者猫が照れた様に顔を前足でくるんと洗った。雌猫はおいらの顔についた泥を舌で舐め取ってくれた。『あたしの事はしま姉さんと呼びな。』おいらはうひゃっと首をすくめながら聞いた。『しまって名前なの?』『あたし達野良には決まった名前なんてないよ。でも呼び名がないと不便だからね。だから自分で勝手に名乗ってる。でもね。そいつは本当の名前じゃない。名前って言うのはプレゼントみたいなものさ。自分でつけた名前じゃなくって、誰か大切な人にもらわなくっちゃ本当じゃないんだよ。』しま姉さんの言うことは、難しくってよくわからなかったけど、おいらなんだか尻尾の先がスースーするような気分になった。『さてと出かけるかい?』しま姉さんは先頭になって土手を上がっていった。忍者猫が寄り添うようにしま姉さんの後を追う。それを白猫が黙ってみていた。白猫はおいらに会ってからぜんぜん口を開かない。にゃーとも言わないんだ。こいつの名前を聞いたらやっぱり無いって言うのかな?おいらは白猫をちらりと見上げて思った。『お~い。はやく来いよ。』満月に二匹のシルエットがくっきりと浮かび上がって見えた。続く面白いと思ってくださった方は押してください★ブログランキング★
May 6, 2005
おいらが川に落ちたとき、ママはちょうどお手洗いに入っていたんだって。トイレの小窓の外は塀、その向こうはおいらが落ちた川になっている。ママは、『あら。今日は鯉がよく跳ねるわね。』って思ったって。川のすぐ上にはため池があって、すっごく大きな鯉、おいらより大きな鯉がいるんだ。ママがのん気にそう思っていたとき、おいらは大変だったよ。水は少なかったけど川は泥でいっぱいだった。だからおいらはおぼれちゃうことは無かった。代わりにおいらは、尻尾の先までどろんこだらけになっちゃった。それに川の幅は狭いものだけど、両脇はしっかりコンクリートの壁になっているんだ。壁は垂直に川を挟んでいて、おいらが、爪を立てて登ろうとしてもどうにもならない。壁の高さは1メートルぐらい。それでもおいらにとっては、とってもとっても高かった。おいらは思いっきり飛び上がった。でも、もうちょっとのところで前足が届かない。後ろ足がずぶずぶ泥にはまって、おいらうまく力が入らないんだ。おいらはブルブル震えた。泥はひんやりしていたけど、空気はあったかかった。だから寒かったわけじゃない。おいらは泣き声も出なかった。なんだかすごくびっくりして、声を出すのを忘れていたんだ。おいら何回も何回もジャンプした。でも、届くどころか、ますます壁が高くなっていくみたいだった。おいら疲れちゃったんだ。おいらがそうやっている間。白猫の尻尾がちらちら見えた。どうやら上から、おいらのこと覗き込んでるみたい。その尻尾を見たら、おいら初めて声が出た。 にゃ~にゃ~助けてよ~ママ~ッパパ~ッ!そしたらね。川の下流のほうから何かがやってきたんだ。黒いの。忍者猫だ。忍者猫はヒーローみたいに、困っているおいらのところに現れた。かっこいいなあ。でも待てよ。忍者猫はどうして川の中にいるの?そうか!おいらみたいにおっこっちゃったんだ・・・。おいらのおひげがしおしおになった。『おい。大丈夫か?』忍者猫はおいらの方に鼻を寄せてふんふんした。『怪我はしてないな?』おいらは情けなくあ~んと泣いた。忍者猫はおいらの顔をざらりと舐めると、首根っこを銜えるようにして、ずるずる泥の中から引き上げた。『大丈夫だからついて来いよ。』忍者猫はそういうと、さっき来た方向へ向って、泥水をまるで気にしないで駆けて行った。おいらはその後を、おいていかれないよう必死でついていく。 ずぶっ!びしゃ!びしゃっ!じゃばじゃばっ!ずぶっ!時々泥に足を取られ、水を跳ね返しながらしばらく行くと、そこには丸いトンネルがあった。おいらがにゃ~にゃ~泣くと、トンネルの中でわ~わ~って響いて消えた。その中をおいらと忍者猫は、光のほうに向って駆けていった。トンネルを抜けて月の光の中に出ると、そこには大きな大きな河が広がっていたんだ。トンネルから水がじょろじょろと、大きな河に向って流れ込む。そこは土手になっていた。土手の上は菜の花がいっぱいだ。黄色い菜の花を縁取るように、月の光がぼんやりと溢れてる。忍者猫は丁寧に自分の泥を舐めて落としている。でもおいらは、ぶるぶるっと泥を跳ね除けた。『まったく世話がかかる奴だなあ。』忍者猫に言われて、おいら泣きべそかきそうだった。おいらかっこ悪すぎるよ。そこへ白猫が駆けてきた。忍者猫は白猫に気づくと、『お~い!』と声をかけた。白猫はおいら達のところまで来ると、おいらを見て笑ってるみたいな顔をした。でも何にも言わなかったし、笑い声も立てなかった。おいらはなんだかむかむかした。無性に白猫の笑いが気に入らなかった。わかってるよ八つ当たりだって。でもね。笑いたけりゃ笑えばいいじゃないか!こんな風に黙って、おいらのこと見ているのってなんだか嫌だ。おいらはぷいって白猫から顔をそらした。その時、なんだか、白猫が寂しそうな顔をしたみたいに見えたけど、きっと気のせいに違いない。『さ~てと。どうする?こにゃんはやっぱり家に帰るか?』忍者猫が聞いてきた。おいらもなんだかおうちに帰りたくなってきた。でも、白猫に馬鹿にされたくなかった。だからおいらおなかにぐっと力を入れて答えたんだ。『おいら行くよ!』菜の花がさわさわと月の光に揺れていた。続く面白いと思ってくださった方は押してください★ブログランキング★
May 3, 2005
今日は満月だ。おいらはのんびりお月見していた。おいらがいるのは台所の出窓。窓はすりガラスだけど、今日は網戸になっていて、甘い花の香りのする夜の風も入ってくる。おいらがお月見するにはぴったりのところだった。窓のすぐ前には1本の樹。おいらのうちの屋根に届きそうな高さだ。まるでその木の枝にぶら下がった大きなはっさくみたいな月が見える。おいらはぶらぶらとしっぽを揺らし、お月様ってすっぱいんだろうか、それとも甘いのかなって考えてた。そしたらお月様の上にひょいっと白い猫が座ったんだ。おいらが思わずしゃんと座りなおすと、今度はお月様の下に黒い猫が現れた。おいらパチパチと瞬きした。忍者猫じゃないか。『よお。こにゃん。』忍者猫はおひげをぴんぴんさせてなにやら張り切ってる。『おまえ今夜ひまか?』暇・・・?暇なのかなあ?桃はもう寝ちゃったけど、まだパパは帰ってこない。おいらパパにお帰りのスリスリをしてあげなきゃ。でもさっきママが、パパは今日は遅くなるよって言ってたんだ。おいらは大きなあくびをした。ママが、『こにゃんてば。いつかお顔がひっくり返っちゃうよ。』と言うくらい大きなあくびだ。『う~ん。おいら暇かも。』おいらがそういったら忍者猫は急にひそひそ声になった。『ちょっと抜け出せないか?』おいらのお耳がぴんと立った。抜け出す?お家を?どうして?どこに行くの?おいらの頭にはハテナがいっぱいだ。『今夜は集会があるんだよ。お前にもここいらの猫を紹介してやるよ。』忍者猫の言葉においらはぴょんと立ち上がった。『行く!』猫集会はいっぱいの猫が集るんだ。もしかしたら・・・ひょっとしたら・・・おいらを生んだママ猫に会えるかもしれないじゃないか!おいらは網戸に頭を低くして体当たりした。でも網戸はガタガタと音を立てて揺れただけ。おいらは勢いをつけてもう一度ぶつかろうとした。『待て待て。そんな大きな音を立てたら、家の人に気づかれちゃうだろ。』忍者猫はそういうと、枝から窓のひさしにぴょんと飛び乗り、そこから上半身をぶら下げ、網戸に爪をかけて器用にするすると開けちゃったんだ。ほんとに忍者みたいだなあ。おいらはワクワクしてたまらなかった。夜の外出なんて急に大人になったみたい。おいらは白猫のいる枝に飛びついた。後ろ足がずるっと枝から落ちかけたけど、後ろから忍者猫が飛んできて、おいらをすばやく捕まえてくれた。『ありがとう。』おいらはへへへと笑って見せた。さあ。早く行こうよ。白猫がひらりと枝の向こうにある塀に飛び乗った。塀の高さは枝と変わらないけど、少し遠いかな?おいらは今度は失敗しないように、思いっきり枝を後ろ足でけって塀に向ってジャンプした。『まてっ!』忍者猫が押し殺した声で小さく叫んだけど、おいらは待ちきれなかったんだ。おいらのジャンプは今度はさっきより大きく出来た。出来すぎちゃった・・・。おいらはそのまま塀を越えその向こうに飛んでいた。一瞬の浮遊感。それから体が急に引っ張られるみたいにぐんと落ちてゆく。 ぼっちゃ~~~ん!!おいらは塀の向こうの川に、見事に頭から落っこっちゃったんだ。続く面白いと思ってくださった方は押してください★ブログランキング★
May 1, 2005
春になった。おいらの毛皮はお日様を浴びて金色のしましまだ。おいらはベランダでごろごろお昼寝。よく寝る子は育つってね。そんな時、そいつが現れたんだ。おいらの目の前を真っ黒いものがひゅんと飛んできた。なに?なに?カラスかな?おいら目をぱちくりさせた。そいつは真っくろ黒の猫だったんだ。耳の先から尻尾の先までつやつやした黒い毛皮のオス猫。歳はおいらよりちょっと上くらいかな?そいつはおいらのおうちの屋根の上で、のんびり毛づくろいをはじめた。『ここはおいらの縄張りだよ。』おいらはその猫に言ってやった。黒猫は、おいらを横目でちらりと見ると、毛づくろいを続けた。『いっちょ前にもう縄張り意識があるのか?室内飼いの猫に屋根は関係ないだろう?こういうところは、自由な猫の縄張りさ。』おいら頭にきた。だって、だってね。黒猫はそういって屋根の樋にマーキングしたんだよ。ここはおいらのおうちなのに。おいらがふ~っ!て怒っても黒猫はニヤニヤしただけだった。おいらはベランダから初めて屋根の上に降りた。屋根は斜めで高くて、ベランダから降りるのはちょっと怖かったけど、おいらのおうちだもん。おいらが守るんだ。おいらはそろりそろりと黒猫に近づいた。『へえ。ちびの飼い猫のわりにがんばるじゃん。』『ここはおいらのおうちだよ!出て行ってよ!』黒猫はどうするかなという風に尻尾を振っていたけど、『ばいばいちびすけ。』というなり、屋根の上を駆け去った。そしてひらりと隣の屋根に飛び移り、そのままひらりひらりといくつもの屋根を越え、あっという間に見えなくなってしまった。 なんだか忍者みたい。おいらはテレビで観た、まっくろな人間を思い出した。次の日もまた黒猫はやってきた。おいらはベランダから屋根に移ると、黒猫の方にじりじり近づいた。黒猫は昨日と違って興味深そうにおいらを見ていた。おいらはそれに気を取られて、つるっと足を滑らせた。黒猫はさっと、おいらの首ねっこを捕まえた。『おっと。気をつけろよ。』『おいらのおうちを盗りに来たの?』おいらはジタバタあばれた。『危ないから暴れんなって。盗らねえよ。』黒猫はおいらを離すと、目の前に座り込んだ。『ほんとに盗らない?』『こんなちびから縄張り奪っても、自慢にもならないからな。』『もうおいらちびじゃないよ。おっきくなったもん。』黒猫は鼻をひくひくさせておいらの匂いを嗅いだ。『まだまだだね。』おいらが怒る前に黒猫は、おいらの鼻の頭をぺろりと舐めた。黒猫の舌はざらざらでくすぐったくって、おいらはうひゃっと首をすくめた。黒猫は笑った。なんだかおいらはそれを見ても、もう腹は立たなかった。こうして、おいらと黒猫は友達になった。おいらは黒猫を忍者猫と呼ぶことにした。黒猫に名前を聞いたら、『オレは野良だから好きなように呼んでくれ。時々オレに餌をくれる人間たちもいろんな名で呼んでるし。猫の知り合いも好きなように呼ぶよ。』と、言ったからだ。おいらと忍者猫が会うのは決まって屋根の上かベランダだ。おいらがおうちの中で一緒にミルクを飲もうよと誘ったら、忍者猫は一言いっただけだった。『野良猫は家の中に入ったらひどい目に会うんだよ。』おいらがどんなに、この家の人は大丈夫だと言っても忍者猫は承知しなかった。おいら切なくなった。忍者猫は、お腹をすかしたりすることがないんだろうか?あったかい寝床があるんだろうか?おいらがひげを垂らして泣きそうになってると、忍者猫は変な奴だなと言いながらも、おいらの背中を優しくなだめるように舐めた。『忍者猫もこの家で暮らさない?おいらママに一生懸命頼んであげるよ。』忍者猫は首を横に振った。『大丈夫だよ。飼い猫は心配性だな。野良は野良なりに楽しくやってるもんだぜ。』忍者猫は言ったけど、おいら知ってるよ。おうちの無い猫が、どんなに寒くて、お腹がすいて、寂しいかって。おいら忍者猫にママと桃に拾われる前の話をした。忍者猫は耳をぴくぴく動かして一生懸命聞いてくれた。『そうか・・・苦労しらずのちびだと思っていたけど、こにゃんもけっこう苦労してきたんだな。』と、まじめな顔になった。『オレは生まれたときから野良猫だ。いまさら飼い猫になって、家の中に閉じ込められるなんて真っ平さ。』忍者猫は餌をくれる人間も何人も知ってるし、ねぐらだってあると言ったけど、おいらはまだ心配だった。忍者猫は時々ふらりと尋ねてきて、おいらにいろんな事を教えてくれた。野良猫の集会の事、春の恋の事。おいらは、夜中に近所のメス猫がな~おな~おと鳴くと、オス猫同士のすごい喧嘩が始るのが何でか知った。メス猫の鳴き声を聞くと、なんとなくおなかの中が変な感じがして、そわそわしてしまうわけも。おいらがそういうと忍者猫は、『まだ子供の癖に生意気だな。』と言って笑う。 自分だって子供じゃないか!おいらが迷子になったときの話をしたら、『へえ。4丁目の大将と知り合いになったのか。大将は飼い猫だけど、なかなかすごい奴だぜ。』と、ちょっとおいらを見直したみたいだった。大将って飼い猫だったんだ。おいらは、大将がどうしても名前を教えてくれなかった。飼い猫だから名前があるはずなのに。と、忍者猫に言った。忍者猫は、まじまじとおいらを見つめたと思ったら、いきなり爆笑した。『そうか・・・そりゃ大将は名前を呼ばれるのを嫌ってるけど、特にお前には呼ばれたくないだろうな。』おいらちっともわけがわかんないよ。忍者猫はおいらをよくからかうけどいい奴だ。ほんとにおいらと暮らしてくれればいいのに。そしたらおいらと忍者猫は兄弟になるのかな? おいらがママ猫のおっぱいを飲んでたとき、 きっとおいらの兄弟猫もいたんだ。 おいらおにいちゃんだったのかも知れない。 おいらの弟や妹はおいらと同じしましまかな? 忍者猫みたいな黒いのもいるかな? いつかどこかで会えるかな? 初めましておいらの弟猫。妹猫。 おいらがお兄ちゃん猫なんだよ。続く面白いと思ってくださった方は押してください★
April 26, 2005
おいらがこのおうちに来てから2ヶ月が過ぎた。おいらの毛はぽわぽわの綿毛のようだったのが、だんだん艶を帯びた素敵な毛皮になってきた。最近、おいらのおもちゃが増えた。おいらの一番のお気に入りのおもちゃは、ママが、小さくなった桃の靴下をクルクルって丸めたものだ。おいらはそれを前足ではじいてボールのように転がしたり、じゃれてペイって上に放り上げてまた受け止めたりできる。でもね。おいらが一番得意なのは、ママが丸めた靴下を、びゅ~んと投げたのを空中キャッチすることだよ。それでね。も一回投げてって、ママのところに、にゃ~んってもっていけるんだよ。ママは大喜びで、 『すごいよこにゃん。まるで犬みたいね!』だって。おいら猫だってば。あそこに桃の小さい小さいボールが転がっているよ。スーパーボールっていうんだって、桃が床にえいって投げると、びょ~んって高く高く飛ぶボールなんだ。小さいけど、すごい奴さ。おいらが咥えるとちょうどいい大きさ。おいらね。そのボールを持っておうちの階段を上がっていくの。そいでね。おいらね。階段の一番てっぺんでボールからお口を離すんだよ。するとボールは、とんと~んと~~んと~~~ん!って、だんだん高く飛び上がりながら、階段をどんどん降りていくんだよ。おいら、そのあとを追っかけながら一緒にジャンプするんだ。ぴょんぴょ~んぴょ~~~ん!って。それを捕まえるのはとっても難しいんだよ。おいらボールが転がりだしたところでやっと捕まえた。そいでまたボールを咥えて階段を上がるんだ。この前桃とスーパーボールで遊んだよ。桃が、 『行くよ~こにゃんっ!』って。おいらは階段の下でうずうず待っていた。そしたらね。桃ってば、あるったけのスーパーボールを落としてきたんだよ。ダンダ~ンダ~~ンダ~~~ン!!って。赤や黄色や緑や青や紫に橙に・・・いろんな大きさのスーパーボールが、何十個もおいらのほうに踊りながらやって来るんだよ。それはもう雷みたいに大きな音だったよ。おいらシッポを大きくして、あわててママのところへ逃げ出した。桃と遊ぶときは要注意だ。怖くなんてないけどね。普通の猫おもちゃは、おいらあんまり好きじゃない。みんなで遊べるのが好きなんだ。またたび入りのねずみを、ママが買って来てくれたときがある。桃が握り締められるくらい小さな白鼠。桃が、 『可愛い可愛いねずみちゃん。』って、大事そうにおいらに差し出した。おいらはふんふん匂いをかいだ。とたんにふわふわってしちゃうにおいがしたんだ。これは何の匂いかな?おいらなんだかいい気持ち。ねずみの匂いをもっとかいでみた。おいらはぽわ~っとしてきちゃった。おいらはねずみを抱きしめてペロペロかんじゃった。なんだか体が浮いちゃう気がして、おいらは寝そべって、ねずみを抱きしまたまま、ごろごろ転がった。おいらなんだか変な気分。おいらはますますねずみをなめた。舐めれば舐めるほど、匂いは強くなって、おいら堪らなくなってねずみをかじかじした。とたんに桃のおっきな泣き声。 『うわ~ん。こにゃんがねずみちゃんを食べちゃった。』おいらがびっくりしてねずみを見ると、ねずみは真っ二つになってしまっていた。おいらは桃のほっぺについた涙をぺろり舐めた。涙はとてもしょっぱくて、おいらそれを舐めたらなんだか泣きたくなった。ママが気がついて桃をダッコして慰めていた。おいらはにゃ~にゃ~鳴いた。桃もわんわん鳴いた。 ごめんね桃。 ごめんねいい匂いの白鼠。 おいら桃のために、 いつか本物の白鼠を捕まえてくるよ。 今度は食べたりしないよ。 ほんとだよ。 黒いぴかぴかビーズのようなおめ目。 ピンクの花びらみたいなお鼻。 長くてふわふわのしっぽ。 どこにいるのかな? 桃の白鼠。 続く面白いと思った方は押してください★
April 21, 2005
おいらが大きくなってきたので、ママがおいらに首輪をつけた。それまでは、桃のピンクの髪ゴムがおいらの首に巻かれていた。初めての首輪は、赤くて銀色の鈴がついたものだった。 『ほら。こにゃんいいでしょ~つけてあげるね。』って、ママがおいらに首輪を見せた。ぴかぴかの真新しい首輪。おいらかっこよく見えるかなあ。ママが首輪をつけたおいらを、たくさんほめてくれたので、おいら誰かに自慢したくなった。でもおいら玄関は開けられないし、窓にはガラスが入ってる。パパは会社だし、桃は幼稚園だし、誰にも見せられない。つまんない。おいらは落ち着かない気分で家中うろついてた。首輪にぶら下がった鈴がチリンチリンって鳴った。おいらはぶらぶら揺れる鈴にじゃれつこうとした。でもね。うまくいかないんだ。鈴はおいらのすぐ首の下についていて、おいらがどんなにがんばって噛み付こうとしても、どうしても届かない。おいらが、えいっえいって前足で取ろうとしたら、鈴はくるんと廻って、おいらの首の後ろに隠れちゃった。おいらは顔を廻して、その鈴を見た。銀色の鈴は、まるでおいらをからかうみたいにチリンって笑ってる。おいらは、どうしても鈴が取りたくてたまらなくなった。おいらは体をひねるようにして鈴をとろうとした。でも鈴はおいらと一緒にぐるんって廻って、もうちょっとのところで届かない。おいらは鈴と一緒にグルグル転がった。鈴がまた、おいらの首の下に来たので、それに勢いよく飛びついたら、でんぐり返ししちゃった。おいらは鈴に向ってドドドドッって走り回った。でも鈴はおいらより、ほんのちょっと早く走っていくんだ。おいら一生懸命戦ったけど、鈴の奴は強かった。おいらはなんだかのどが渇いちゃった。それで、お水をぴちゃぴちゃしていたら、鈴までお水を飲んでるんだよ。鈴がキラキラって、 一時休戦だよ。って言うから。おいら鈴と一緒に、丸くなってお昼寝したんだ。おいらと鈴がうとうとしてると、ママがおいらを覗き込んで、 『あら。こにゃん寝ちゃったの?桃を一緒にお迎えに行こうと思ったのにな。』 いくよっ!おいらにゃ~んって飛び起きた。ママは、おいらの首輪に長い紐をつけた。 『こにゃんがまた迷子にならないようにね。』おいらとママは、桃をお迎えにおうちを出た。季節はまだ冬だけど、ぽかぽか暖かい日だった。こういう日のことを小春日和っていうんだって。おいらは小さい春を探して歩く事にした。おうちの前の砂利道は灰色だったけど、 ほらママあそこにお花があるよ。家々の前には赤や黄色や紫のパンジーがあちこちに咲いていた。おいら花の中に顔を突っ込んでふんふん匂いをかいだ。 『こにゃん。食べちゃ駄目よ。』低い塀の上に飛び乗ったら、おいらが塀の向こうに行かないように、ママはおいらの紐を短く持った。おいらは上手に塀の上をほてほて歩く。おいらはおんもに出ないので、おいらの肉球はいつまでも柔らかいままだ。塀の上に枝垂れるように梅の木があって、いくつかほころび花開いていた。おいらが見上げると、木々の間から青い空が見えた。青い空には白い鳥のようなものが、尻尾をどこまでも長く引きずりながら飛んでいく。おいらは目を縦にしてパチパチした。時々人にあったりすると、おいらはママの足の後ろに隠れた。ブロロロロ~~~ッってバイクが来たときは、おいらあわてて走って逃げようとした。おんもは怖いこともいっぱいだ。でも、道ばたの草をかじったり、石ころの隙間から、ちょろりと出てきたトカゲを捕まえるのは面白かったよ。そうしてのんびり歩いていくと、坂道の下に出た。ママはおいらを抱き上げ、そこでじっと立っていた。するとしばらくして、黄色いバスが坂の上のほうからやって来た。バスはおいら達のそばまで来るとぶおんと止まる。そしてバスのドアが開くと、そこから桃が降りてきたんだ。 『あっ!こにゃん。』桃はママの腕の中のおいらを見つけると、バスからぴょんと飛び降りた。 『お帰り桃ちゃん。』 うにゃにゃ~ん!ママとおいらは桃にお帰りなさいをした。 『ただいま。』桃はおいらを抱き上げてスリスリ。おいらも桃にぐりぐり。バスの中からたくさんの子供たちが顔を出した。 『あっ!猫だ。』 『猫だ。可愛い~っ。』 『先生。猫がいるよ。』女の人も降りてきて、おいらをなでなでした。 『先生ずる~い。』 『僕も触りたい~。』 『窓から顔をしまってください。発車しますよ。』青い帽子をかぶった男の人が手を振った。女の人は、ママと桃とおいらにさよならをするとバスに乗り込んでいった。 『ばいばい桃ちゃん。』 『猫ちゃんばいばい。』バスがだんだん小さくなっていく。まるで黄色いとかげみたいな大きさになると、角を曲がって見えなくなってしまった。それからね。おいらとママと桃は並んでおうちに帰った。桃が、幼稚園で習ったスキップを練習しながら歩くから、おいらも桃の足元でぴょんぴょんはねた。ママは時々おいらの紐が足にからまりそうになって、あらあらといいながらくるりと廻って歩いてた。桃がおいらの首輪に気がついて、 『こにゃん可愛い首輪だね。きれいな鈴。』って言ったから、おいらごろごろ嬉しかったよ。小さな鈴もチリンチリン、嬉しそうに踊っていたよ。続く↓励ましのぽちっとナをよろしく~順位上がってきました~♪人気blogランキングへ
April 19, 2005
おいらが嫌いな事。それはお腹が空く事だ。桃が、がさごそ音を立てると、突撃~っ!おいらは桃の持っていた袋に顔を突っ込んでぱくっ。おやつのポテトチップスだった。 う~んしょっぱいよ~。パパがキコキコ音を立てると、おねだりスリスリ。パパはおいらに缶詰の中身を分けてくれた。お酒のおつまみの燻製たまごだった。 むしゃむしゃ・・・なかなか珍味だな。この間はママが、なんだかお鼻がひくひくしちゃうくらい、すッごく面白い匂いの物をお皿に入れて持ってきた。 おいらにかな?おいらにかな?おいらワクワクしながら、おとなしくお座りして待ってたんだ。でも、遊びに来ていたママのお友達が、いただきますってそのお皿を持ち上げた。 それおいらんだよ!おいらはその人の持っていたお皿に、ぴょんと飛び乗った。ママのお友達は、お皿を持ったまま口を開けて固まっていた。おいらその隙に、ぺろっとお皿の中身をなめちゃった。 うひゃ~~~ッ!!おいらはぞくぞくってして、あわてて飛びのいたよ。だって、だって、舌がひりひりする、眼もしぱしぱするものだったんだ。 『こにゃんッ!!』おいらはにーにーママに慰めてもらいに行った。 ママ~辛いよ~ッ!それなのにママはおいらの事をペシッてぶつんだよ。おいらは驚いてちっちをおもらしちゃうところだった。ママはぷんぷん怒った顔をしていた。おいらはママの手が届かない、食器戸棚に飛び乗ると、そこからこっそりママたちの様子を見てた。ママはお友達にごめんなさいをして、代わりのご飯を持ってくるところだった。 おいらには何もなし。ひどいよ。 『ふふっ。怒られちゃったね。駄目だぞ。』おいらがママに気を取られていたら、後ろからママのお友達がおいらを覗いていた。 怒られるッ!おいらはぎゅっと眼をつぶって耳を伏せた。おいらの頭に手がのせられた。 おいらをぶつの?おいらは体を伏せて、そのままじりじり後退しようとした。そしたらふわふわって、おいらの頭にのせられた手はそっとおいらをなでたんだ。それからあごをすすすって降りてきたと思ったら、喉をこちょこちょ。おいら、ぎゅっとつぶってた眼を、こっそりそうっと開いて薄目で見たんだ。おいらの目の前いっぱいに顔があっておいらびっくりさ。ママのお友達は、椅子に乗って戸棚の上のおいらを見てたんだ。おいらはその人に、そっと抱き上げられちゃった。おいらね。実をいうと人見知りが激しいんだ。ママとパパと桃は平気なんだけど、人間ってちょっと怖い。でも、その人はなんだか安心するにおいがした。 『うちにもね。猫がいっぱいいるんだよ。こにゃんより小さい猫もいるよ。』おいらを膝に乗っけてなでながら、その人はにっこり言った。その人はママより、おいらのなで方をよく知ってるみたいだった。耳の後ろをこちょこちょ。首の周りをぎゅっと握るように掴んだり揉んだり。いつのまにかおいら、お腹まで出してあちこちなでなでしてもらっちゃった。 『ごめんね。しつけが悪くって、はいどうぞ。』ママが持ってきたご飯はカレーって言うんだって。おいら心配だったよ。だってカレーって辛いし、舌がびゃ~ってなっちゃうんだよ。でもその人は、美味しい美味しいって・・・変なの。それからママには内緒でこっそりと、おいらにサラダに乗っていたサーモンって言うお魚くれたんだよ。 おいらすごく嬉しくなって、うにゃ~んって鳴いたんだ。ママがおいらを驚いたように見たので、おいらビクッとした。 『こにゃん。初めてニャンて鳴けたね。』ママはもう怒ってないみたいだった。 『昨日までにーにーとしか鳴けなかったのよ。』 あれ?おいら今ニャンて言ったの?おいらは試しにもう一度、にゃ~んって鳴いてみた。 ほんとだ!おいらちゃんと鳴けるよ。大人の猫みたい。おいらはいつのまにか、ほんの少し大きくなっていたんだ。 おいらは大きくなったら、誰よりも強くなるんだ。 ママもパパも桃も守れるくらい。 おいらはもう赤ちゃんじゃないぞ。 おいらは少し賢くなった。 おまたそうじも、ちゃんと転がらずできるし。 カーテン登りもお手の物さ。 それからね。 もう、ご飯を盗み食いしたりしないよ。 ほんとだよ。 だっておいら、お兄ちゃん猫なんだもん。おいらはその晩、小さい小さい猫と一緒に遊んであげる夢を見た。並んで走るおいらとちび猫は、おそろいのしましまシッポだったよ。続く↓励ましのぽちっとナをよろしく~ちょっと順位が下がってしょぼ~ん中です。人気blogランキングへ
April 18, 2005
おいらと桃はライバルだ。おいらがママのところに行くと、時々桃がママのおひざにいるから、おいらぐいぐい桃を押して、おいらもママのおひざにのせてってするんだよ。でも桃はぷいっておいらに知らん振り。桃ばっかし、ママにいい子いい子されててずるいよ。でも桃は、ママがおいらばっかりダッコするって言うんだ。この前もいたずらして、ママにコラッて怒られたとき、 『ママ。ママはこにゃんと桃とどっちが好き?』なんて、わあわあ泣きながら聞くんだよ。ママってばプンプン怒っていたはずなのに、それを聞いたら、なんだかくしゃみを必死にこらえているような変な顔をして、桃をぎゅってしたんだよ。おいらと桃は友達だ。桃は時々こっそりと、おいらにおやつのアイスクリームをくれたりする。アイスクリームって不思議なんだよ。舌がぴや~ッと冷たくなって、おいら背中の毛がぶわわってなっちゃうけど、そのあとふんわりあま~いミルクの味がするんだよ。でも時々桃は意地悪するんだ。昨日桃が、赤や黄色の積木をたくさん積み上げて遊んでいた。だんだん高くなっていって、隣で見ていたおいらもワクワクした。おいらは頭を低くしてお尻を上げ、うずうず体を揺らすと、まっすぐ積木に向って突撃~ってしたんだ。積木はバンバーン!ッて見事に崩れたよ。おいらの大勝利さ。おいら崩れた積木の中で、くるんってお腹を見せてごろごろ喜んだ。 すごいでしょ。それなのに桃ってば、おいらを蹴っ飛ばしてあっち行けって・・・酷いよ桃。今日はね。桃は新しい遊びを考えたみたい。リビングのテーブルの周りをグルグル四つんばいで廻りながら。 『まぐろっまぐろっ♪』って歌っているんだよ。桃は背中に赤いクッションをしょっている。おいらテーブルの影から、ドドドドド~~~ッ!って桃に飛びついていったり、あとをピョンピョンついていったり大忙しだ。ママは笑いながらおいら達を見ている。そしたら桃が急にうぇ~んって泣き出したんだ。おいらびっくりして、思わずソファーの陰に隠れちゃったよ。そしたらママってば、 『どうしたの桃?!こにゃんにひっかかれでもした?』だって、あんまりだよ。桃はえぐえぐしながら、 『お腹すいたよ~。』だって。ママが、 『あらあら・・・おにぎりでも食べる?』って聞いたら、桃は、 『違うよ桃は回転寿司に行きたいんだよ。』だって。おとといパパが、連れてってくれるって言ってたんだ。 『お寿司がな。お客さんの前でグルグルたくさん廻っているんだよ。』パパが桃に言ってた。 『桃の好きなえびも?まぐろも?』 『食べきれないくらい廻ってくるぞ。みんな好きなのを自由に取って食べるんだ。』おいら、キジ猫にもらったアラを思い出してよだれが出そうだった。でも、パパの仕事が忙しくなって、けっきょく行けなくなっちゃったんだ。お腹がすいた桃は、それを急に思い出して悲しくなっちゃったんだよ。おいらも悲しくなってにーにー鳴いた。そしたら玄関がピンポーンって。ママが、 『は~い。』って出て行った。おいら桃のほっぺについた涙の粒をペロンてした。 『ただいま~さぁ~桃、おすし屋さんに出かけるぞ。』パパが帰ってきたんだ。桃がとたんにパア~って嬉しそうに笑って、パパに飛びついた。 『桃がね。回転おすしになってね。いたんだよ。』 『じゃあパパは、桃寿司を食べちゃおうかな?』そしてパパは桃のほっぺをパクってした。それからこちょこちょって桃をさんざんくすぐった。 おいらもっ!おいらもっ!おいらがパパのズボンの裾に飛びつくと、パパは桃を下ろして、おいらを抱き上げてくれた。 『おっ?こにゃん。ただいましてくれるのか。よしよし。』パパはおいらの喉をこちょこちょした。おいら、パパのおっきなあったかい手にスリスリしながら、に、に、に、にぃ~ってご機嫌さ。 『おとなしく、留守番しててくれよ。』って、パパがおいらをそっと床に下ろした。 留守番?お留守番?おいらがわけがわからないうちに、パパとママと桃は、おいらを置いておすし屋さんに行っちゃったんだ。 酷いよパパ!酷いやママ!ずるいぞ桃!おいらはにーにー泣いたけど、誰もいなくなったお家はシーンとして、答えてくれる人なんていない。おいらのお皿には、いつものおいらのご飯がはいっていた。いつもは美味しい美味しいって思うけど、今日はむかつく味がした。全部食べたけどね。おいらがいい子だからだよ。食いしん坊だからじゃないぞ。おいらはお腹もいっぱいになって眠くなっちゃった。でもおいら、みんなが帰ってくるまで寝たりなんかしない。そしてみんな嫌いって言ってやるんだ。おいらは回転寿司の夢を見た。まぐろやえびやアイスクリームやミルクや猫缶。美味しそうな物がいっぱい、おいらの周りでぐるぐる廻ってる。おいらが夢中になって食べてると、ママやパパや桃まで流れてきた。まってよ。おいらをおいてかないで。おいらは必死にまぐろやえびをピョんぴょん飛び越えて、ママたちをおいかけた。気がつくとおいらも一緒にぐるぐる廻ってた。おいらね。まぐろもえびも好きだけど、パパやママや桃が本当は一番すきなんだ。だからね。早く帰って来てね。おすしのおみやげ買って来てね。続く↓面白いと思ってくださった方ぽちっとナ♪人気blogランキングへ
April 15, 2005
ママは、おいらがおうちに来たとき、猫のことをよくわかっちゃいなかった。だって、おいらがのどをごろごろ鳴らしていたら、具合が悪いんじゃって心配したくらいなんだ。それで、病院で熊に怒られたママは、次の日から猫の本を買ってきたリ、借りてきたり忙しそう。熊からもらった本だけじゃ心配だったみたいだ。ママが難しい顔をしたり、ニコニコしたり、百面相しながら読んでいるとき、おいらはママのひざの上で丸くなっていた。おいらは時々ご本を覗き込んで見た。たくさんの猫が載っているけど、動かないからつまんない。おいらは本にがりがり爪を立てた。 『ああ~ッ!こにゃん駄目ッ!』ママに取り上げられちゃった。おいらはしっぽをぴんとたて、ママのおひざを飛び降りた。おんもはいい天気なのになあ。ママってばいつまでご本読んでいるのかな?ママが買ってきたのはご本だけでなかった。猫トイレ、トイレ砂、キャリーバッグ、爪きり、猫歯ブラシ、猫ブラシ、猫シャンプーに猫リンス、爪とぎ、えさ箱・・・まだまだある。おいらが嫌いなものまで買ってきた。 『こにゃ~ん。おいで~。』ママが猫なで声で呼んでいる。でも、おいらは知ってる。ああいう声で呼んでいるママにちかづいちゃ危ないって。前に、のこのこママのところにいったら、爪をぱちんって切られちゃったんだ。 『こにゃ~ん。』ママってばまだ呼んでいる。聞こえないよぉ~だ。おいらは知らん振りして窓の外を見ていた。でもママは、おいらがぶらぶらしっぽを振っていたら、いつの間にかこっそりとおいらの背後に近づいていた。 『こにゃん捕まえたッ!』 にぃ~ッ! ママってばずるいよ! 『今日はね。こにゃんのお耳を掃除してあげるからね。』おいらの耳がぴくぴくした。 お耳掃除かぁ。お耳掃除はちょっぴりくすぐったいけど、ママが柔らかいガーゼをおいらのお耳に突っ込んで、グルグルッてすると、おいらふにゃ~んって眠くなっちゃう。桃はおいらと違って、お耳掃除は嫌いなんだ。ママが、ふわふわのついた細長い棒を持ってきて、お耳掃除するよっていうと、いやいやってお耳をふさいで逃げている。 でも、おいらは平気だよ。 だから桃よりいい子でしょ?おいらはおとなしくママに抱き上げられた。でも、ママ・・・ダッコするときおいらをぶら~んてするのはやめて欲しいな。おいら胴長になっちゃうよ。おいらはママのお膝でごろごろ言った。ママの優しい声が子守唄みたい。ママは丁寧においらのお耳を拭いていく。おいらはふにふに、ママのお膝に頭をこすり付けたりした。 ぴちゃ~ん!突然おいらのお耳の穴に冷たいものが垂らされた。おいらはあわてて跳ね起きようとしたけど、ママにしっかり押さえられていた。 ぴちゃ~ん!ママはおいらのピンとたった耳を、まるで耳の穴に突っ込むようにしてぐいぐいマッサージ。でも、おいらのお耳に垂らされた、冷たいゼリーみたいなのがぐりゅぐりゅって気持ち悪いよ。おいらはママの手に爪をかけて抵抗したけど、そうだった、昨日ママに猫爪きりで切られたばかりだったよ。ママはくるんっておいらをひっくり返すと、反対の耳にもぴちょ~ん!ぐりゅぐりゅって。 『これはね。お耳のダニを退治してくれるクリーナーよ。』ママは自慢げに言うけど、おいらこんなんだったら、ダニでかゆかゆのほうがいい。もう一人でも、後ろ足でお耳バリバリできるもん!それからママが、 『お耳掃除しよう~。』っていうたび、おいらと桃は競争するみたいに、ママから急いで逃げ出すんだよ。続く↓面白いと思ってくださった方ぽちっとナ♪人気blogランキングへ
April 14, 2005
おいらはトラ猫を見てびっくりした。だってトラ猫は、きれいな赤トラの毛皮をしたメス猫だったんだ。 この猫がキジ猫より強いの?オス猫はふつう、メス猫とけんかしたりしない。子供を生ませるのだって、メス猫がうんと言わなければ、オスはすごすごと、しっぽを垂らして引き下がるしかないのだ。猫の世界では、メスはとても大切にされているんだ。何てったって、おいら達を生んでくれるんだもん。キジ猫は、まるで猫の銅像にでもなったみたいに、おいらを銜えたまま止まっていた。トラ猫は、顔をそらそうとしたが、おいらに眼を止めると、こっちに向かって歩いてきた。 『ど、どうしよう・・・。』おいらは思わずしっぽを大きくしていた。 『キジ猫さん。はやく逃げようよ。』おいらは上目遣いにキジ猫を見上げて、にーにー言った。ブチ猫は困ったように、キジ猫とトラ猫をちらちら見てたけど、思い切ったように、キジ猫の口からおいらを銜えて取り上げた。そして、おいらを連れて身をひるがえした。 ブチ猫さん。おいら、おいら達だけ逃げるのはいやだよ。 おいらはまだちびだけど、キジ猫さんを守るんだ。 だって、キジ猫さんは、ママやパパや桃のお家を探してくれたんだよ。おいらが一生懸命にーにー言っているのに、ブチ猫はおいらを下ろしてくれなかった。 怖けりゃ、ブチ猫さんだけ逃げればいい。 おいらは逃げたりしないよ!おいらは、ぶらぶらになっていた後ろ足を思い切り跳ね上げて、ブチ猫のあごにキックした。そしたら、ブチ猫のあごが、がくってなって、おいらの毛皮に一瞬牙が食い込んだ。 『痛ッ!』おいらが叫んだら、ブチ猫はあわてておいらから口を離した。おいらは、ダッシュでブチ猫から逃れた。キジ猫のことが、とても心配だったんだ。おいらがキジ猫とトラ猫のところに戻って見ると、キジ猫とトラ猫は、互いの鼻と鼻を突き合わせるようにして、グルグルと輪を描くようにゆっくりとまわっていた。 キジ猫さん!おいらが声をかけようとしたら、ぐいっと後ろから、おいらの背中を踏んだ奴がいる。おいらは、へちょっと、なさけなく地べたに張り付いた。 ひどいよ!さてはトラ公の手下だな!おいらはもがもがと、地べたから剥がれようとした。 『おとなしくしてな。』見上げてみるとブチ猫だった。おいらはそこでじっと、キジ猫とトラ猫を見ていることしか出来なかった。 『片目。潰れちゃったのね。』トラ猫が静かに言った。 『片目だけでも、うまいもんは食えるし、楽しい思いもできる。』 『そうね・・・片目になってもあんたは強そうね。』トラ猫は立ち止まってキジ猫を見つめていた。 喧嘩しようって言ってるの? 『相変わらず喧嘩ばかりしてるんでしょ?』トラ猫はふにゃッと笑った。おいらはびっくりした。トラ猫は、なんだか優しそうな眼をしていた。 『その子猫、あんたの子?』トラ猫は、地べたにへたり込んでいるおいらを見て言った。 『違うよ!』答えたのはブチ猫だった。 『大将は、迷子のこいつを送ってきたんだ。』トラ猫はおいらに向かって身をかがめた。ブチ猫はおいらから前足をのけると、一歩うしろに下がった。トラ猫はおいらの顔をぺろりと舐めあげた。 『どこかで見た顔だと思ったのよ。その先の家で、時々窓にすわって外をみてた新顔ね。女の人があんたを探し回ってたわよ。』 『ママだ!』おいらは跳ね起きた。 ママがおいらを探してる! 『こいつを送ってやってくれ。』ふいにキジ猫がトラ猫に言った。そして、ぶらりと背中を向けて立ち去っていった。おいらがあわててその背中に、 『キジ猫さんありがとう』と、言うと、一振りしっぽを揺らして見せた。キジ猫の後を追って行ったブチ猫が、おいらを振り返って、 『おいちび。今度来るときは、ちゃんと道を覚えてこいよ。』と、にやりとして見せた。キジ猫もブチ猫も、トラ猫がおいらを苛めるかもなんて、ちっとも心配していなかった。おいらもなぜだか、トラ猫がちっとも怖くなくなっていた。おいらはトラ猫と並んで、とことこ歩いていた。もうすぐおいらのお家。おいらは立ち止まった。 『どうしたの?叱られるのが怖いの?』トラ猫が優しく聞いた。 『あのう・・・。』おいらはトラ猫に、いっぱい聞きたいことがあった。 『こにゃん!』その時ママの声がした。ママは片方ずつ違う靴を履いて、おいらのほうに向かってかけてくる。おいらもママに飛びついていった。 『ママ!』ママはおいらを抱き上げて、胸にしっかり抱きしめると、不思議そうにトラ猫を見た。 『きれいな猫さん。あなたがこにゃんを送って来てくれたの?』にゃお~ん。トラ猫は一声鳴くと、ひらりと身をひるがえした。おいらはあわてて、 『ありがとう。さようなら。』と叫んだ。トラ猫が、さようならというようにしっぽを立てた。トラ猫の背中が、夕日でキラキラと赤く輝いていた。おいらが、キジ猫とトラ猫のものがたりを知ったのは、おいらがまたおうちをぬけだしたときのこと。もう少し後になってからのことだった。 続く ↓面白いと思ってくださった方ぽちっとナ♪人気blogランキングへ
April 12, 2005
『トラ公って誰なの』おいらが聞くと、キジ猫は耳を伏せ、片方しかない目を細めて鼻にしわを寄せた。 『おれを片目にした奴だよ』おいらはびっくりした。 犬より強いボス猫を倒すなんて、いったいどんな猫なんだろう? 『じゃあ行くか。』キジ猫はひとつ伸びをすると立ち上がった。ぶち猫は用心深そうに、しっぽを水平にしながらその後に続いた。おいらは、ぶち猫の少し後ろを付いていきながら、ちらちらとキジ猫を見た。キジ猫の体は、よく見ると傷だらけだった。背中にもところどころ禿があったし、耳も片方の先がちぎれていた。 トラ公にやられたんだろうか? 『おい・・・ここからがトラ公の縄張りだ。お前。どこか見覚えがないか?』おいらは顔を上げた。空気のにおいを嗅いで見た。確かに、嗅いだことのある匂いが混ざっているようだった。 これがトラ公の匂いかな?でも、その匂いは嫌な気はしなかった。なんだかうきうきするような、恥ずかしいような、懐かしいような匂いだ。 ママとパパと桃がいるところにある匂いだからかな? 『こっちです。』今度は、ぶち猫が先頭に立って歩いた。おいら達は時にはブロック塀をわたり、木をよじ登り、人の家の庭を通り進んでいった。おいらが登れないようなところは、キジ猫が、おいらの首根っこをくわえて、運んで行ってくれた。時々、他の猫にバッタリあったりしたけど、お互い知らん振りをした。たまに眼を合わせてくる猫も、キジ猫がひとにらみすると、こそこそとあとずさって、必死に顔を洗って気のないふりをした。 『あっ!』ふと上を見上げると、家々が並んだ先に、ちらりと、見覚えのある青い屋根が光っていた。ベランダにゆれてるのは緑のカーテンに見える。 あれはおいらのお家だ!おいらは転がるように駆け出した。 『危ない!』ぶち猫が叫び、おいらは強い力でぐいっと引き戻された。目の前を赤い車がブオオーーーッと走りすぎる。おいらは排ガスまみれになって咳き込んだ。おめめが痛くてしぱしぱしたので、おいらは前足で眼をこすっていた。 『トラ・・・。』キジ猫がつぶやいた。道路の向こうに、一匹の猫の姿が見えた。続く↓面白いと思ってくださった方ぽちっとナ♪人気blogランキングへ
April 11, 2005
おいらが泣いていると、そこにでっかい猫が現れた。キジの大人のオス猫だ。片目がつぶれている。おいらの方にずいっと近づいてきた。片方しかない眼がおいらをじろりと見た。思わず眼を合わせてしまって、おいらはへたんと座り込んだ。もう駄目だ・・・おいらはおびえた、ちっぽけな子猫だった。おいらはぎゅっと眼をつぶり、ちっぽけな体をますます小さくして、このまま眼に見えないくらいの大きさになればいいのにと思っていた。 『おい。』しゃがれた太い声がした。 『お前ここいらの新顔か?』おいらは眼を開けてみた。キジ猫はおいらのすぐ鼻先にいて、おいらのにおいをふんふん確かめていた。 『まだ、母ちゃんのおっぱいが恋しいガキだろ。こんなところで何をしているんだ?』どうやらおいらを攻撃するつもりはなさそうだ。 『マ、ママも桃もパパもいなくなっちゃったんだ。』おいらがしゃっくりをあげながら言うと、キジ猫は困ったように後ろ足で耳を掻いた。 『何だ捨てられたのか。』 『ち、違うよ。おいら捨て猫だったけど、ママが拾ってくれたんだもん。』おいらはキジ猫にママとパパと桃のおうちが迷子になった話をした。 『迷子になったのは、どうやらお前のようだな・・・おいちび!』 『おいら、ちびじゃなくってこにゃんだよ。』 『お前の家ってどんなだ?家の中じゃなくって外から見てどんな色とか形とかなんか特徴はないか?』おいらいつも家の中だからよく解らない。一生懸命思い出して、緑のカーテンが付いていて、お家の前に白い薔薇の花が咲いてる事を思い出した。 『それだけじゃ解らないな・・・ま、いいから付いてきな。』キジ猫はそういうとおいらに背中を向けて歩き始めた。おいらはあわてて後を追った。キジ猫とおいらは一軒一軒おうちを確かめながら歩いた。途中で他の猫に会うとキジ猫はおいらの家を知らないかと尋ねていた。どの猫も、 『大将。こんにちは。』 『大将。よいお日和で。』とキジ猫に挨拶した。すましたメス猫たちまで、ちらりとしっぽを振りながら、 『またね。』などといった。でも、どの猫もおいらの事は知らなかった。 『そうか・・・他の猫にも当たってみてくれ、何か解ったことがあったら知らせろ。』 『ほいきた。』『解りました。』『当たってみるわ。』キジ猫はどうやらここいらのボス猫のようだった。 『キジ猫さんって大将って名前なの?』おいらは聞いてみた。 『違う・・・俺はここいらのボスだからな。だから大将。』おいらがどんなに聞いてみても、キジ猫はほんとうの名前を教えてくれなかった。おいらが子猫だから?何で教えてくれないの?おいらが黙ってとことこついていくと、キジ猫はふいにおいらを振り返った。 『なんだ。腹が減ったのか?』とたんにおいらのお腹がくう~っとないた。キジ猫は、 『こっちだ。』というと、走り出した。おいらはあわてて後を追う。やがてキジ猫は魚屋の前に来た。 お魚とりするの?怒られちゃうよ。キジ猫はにゃおお~んと大きな声で鳴いた。すると魚屋から、長くて黒いながぐつと大きな前掛けをしたおじさんが出て来て、 『よお。大将。景気はどうだい?』と笑いながらキジ猫の耳の裏をなでた。キジ猫はもう一度大きな声でにゃおお~んと鳴く。するとおじさんは、なんだかいい匂いのするものをお皿にもってきた。 『今日はいいところに来たな。最高級の本まぐろのアラだぞ!』キジ猫は遠慮なく、においを嗅ぐとすごい勢いで食べ始めた。 『うまいだろ~。おっ?なんだ?お前の子供か?』おじさんはおいらの方にも手を伸ばした。おいらはびっくりして、キジ猫の後ろに隠れた。キジ猫は、アラを半分ほど食べるとぺろりと顔を舐めた。 『ほら、食えよ。』おいらを振り向いてあごをしゃくった。おいらは恐る恐るそのいいにおいのするお皿に口をつけた。 おいしいっ!それは今までおいらが食べたことがないくらい美味しかった。食べながらおいらはごろごろうにゃうにゃ言った。 うまいっうまいっおいし~よお。おいらはお皿の隅々まできれいに舐め上げた。おいらが食べ終わったのを見るとキジ猫はのそりと立ち上がった。 『じゃ行くぞ!』おいらは急いで顔の周りをぺろりと舐めた。前足でクルクルしていると、キジ猫がおじさんににゃ~んと挨拶していた。おいらもにーにーご馳走様を言って、キジ猫と共に魚屋を後にした。 『のどが渇いたな。』キジ猫はひらりと塀を飛び越えた。おいらも塀に飛び乗ったけど、着地は怖くなってお尻からずりずり降りていった。こんどキジ猫がおいらを連れて行ったのは、パン屋さんの前だった。ここではミルクでもくれるのかな?おいらは思わず舌なめずりした。ところがキジ猫が会いに行ったのは、パン屋さんの犬のところだった。黄茶色と白のなんだかきつねみたいな犬だ。おいらはもう少しで逃げ出すところだった。キジ猫はおいらの首根っこを捕まえると、 『大丈夫だ。まってな。』と言った。 『よお。』キジ猫はきつね犬に話しかけた。きつね犬は大将を見ると、 『よお。』としっぽを軽く一振りした。 『悪いが、ちょっとのどが渇いちまってな。』キジ猫が言うときつね犬は、 『ああ・・・どうぞ。』と水の入ったえさ箱を眼で示した。おいらはびっくりした。 キジ猫って犬の子分までいるの? 『なんだ・・・今日はずいぶんちっこいのをつれてるな・・・オレはこいつの子分じゃないぞ!まあライバルと言うところかな。』きつね犬が笑うように小さく吼えた。 『今のところオレが5勝3敗だ。』キジ猫がにやりと笑って言った。おいらは眼を丸くして、キジ猫の2倍はあるきつね犬を見た。キジ猫はペロペロときつね犬の水を飲んだ。その後でおいらも飲んだ。 『いい味だろ?俺んちはご主人様がミネラルウォーターをくれるんだ。体にいいんだぜ。』きつね犬は言ったけど、その水はなんだか犬のにおいがした。きつね犬と別れておいら達はまた歩き出した。おいらは疲れてきた。お腹はいっぱいだし、眠くて眼を前足でこすりこすりついていく。道の真ん中に雑誌が落ちていた。おいらはそこに座り込むと、そのまま前足の間に顔を突っ込むようにして体を伏せた。 『オイオイ・・・そんなところで寝ると車にひかれちゃうぞ。』その時、しっぽの短いぶち猫が現れた。 『大将。たぶんそいつの家、見つけたましたぜ。』おいらはぴょんと飛び起きた。 迷子の迷子のお家。おいらのお家。見つかったの?! 『どこだ?』キジ猫が聞いた。 『それが・・・。』ぶち猫はちらりとおいらを見て言う。 『トラ公の縄張りで・・・。』続く↓面白いと思ってくださった方ぽちっとナ♪人気blogランキングへ
April 10, 2005
桃のうちに来てから1週間。おいらはすっかり元気いっぱいだ。おいらは窓のところでのんびり日向ぼっこしていた。すると、目の前をさっとよぎった影がある。すずめだ。すずめたちはちゅんちゅんと、家の前の道に舞い降りた。前の道は石ころがたくさん敷き詰めてある。その石ころの間に何かいるのかな?すずめたちはしきりとくちばしで、あっちの石の影、こっちの石の影と急がしそうにつついている。おいらのしっぽがゆっくり左右に揺れ始めた。おいらのおひげもぴんぴんになる。 あぁ~すずめ狩りがしたいよお。でも、窓には硬いガラスが入っている。おいらがガラスに顔を寄せると、おいらの吐く息で、ガラスは白く曇った。 『こにゃんどいてどいて~。』ママが洗濯物を両手に抱えて、窓をガラリと開けた。おいらはするりとお家から抜け出した。ママが後ろから何か叫んでいたけど、ちょっと待っててね。おいらすずめ狩りに行くんだよ。おいらがひらりと窓から身軽にとび出すと、もうそこにはすずめたちは一羽もいなかった。どこへいっちゃったのかな?おいらは空を見上げてみた。居た!5軒先のおうちの軒の端でちゅんちゅんいってる。おいらはそっちに向って走っていった。すずめたちはおいらをからかうみたいに、おいらがその家にたどり着いたとたんぱっと飛び立った。 まてまて~。おいらは塀の上に飛び乗ってその後を追う。でも、すずめたちはたちまち見えなくなった。 つまらないの・・・。おいらは塀からひょいと飛び降りた。そのままとぼとぼ歩いていると、車が一台止まっていた。おいらはそこにもぐりこんだ。ここで、ちょっと一休みしようっと。すると、タイヤの影からひょっこり子供が顔を覗かした。 『あっ!猫だ!』そうしたら、もう少しおっきい子供が 『どれどれ?あっ!子猫だ。』とおいらに向って手を伸ばした。 『来い来い・・・猫。』おいらはじりじりとあとずさった。 『駄目だ。猫でてこないよ兄ちゃん。』小さい方の子供はしゃがみこんでおいらとにらめっこしてた。 『いいもんがある。そこどきな。』大きい方が何かをおいらに向って転がした。白いものがコロコロ転がってきた。 『あっ!それぼくの野球ボールだよ。』 『まあ。おとなしく見てな。』野球ボールはコロコロとおいらの目の前を転がっていく。おいらのしっぽの先がうずうずした。おいらがボールを追ってぱっと飛びつくと、大きいのがおいらをぱっと掴みあげた。 『つ~かまえたっ!』 『兄ちゃんぼくにも見せてよ。』 『あっこらっ!さわんなよ俺が捕まえたんだぞ!』 『見つけたのはぼくだよ。』大きいのと小さいのがおいらをあちこちつかんで引っ張った。 やめろよおいらは物じゃないんだぞ!おいらは大きいのを引っかき、小さいのに猫キックして逃げ出した。 『あっいてぇ!』 『兄ちゃんの馬鹿!猫逃げちゃったよ!』 参ったか、おいら強いんだぞ!おいらは意気揚々としっぽを旗のように立てて、早足で歩き出した。すずめには逃げられちゃったけど、おいら、おっきいのと小さいのに勝ったよ。戦いが終わったら、おいらお腹がすいちゃった。はやくママのところへ帰ろうっと。おいらは道の角を曲がった。この角を曲がるとおいらのお家だ。ところがおいらが着いた先には、何もない空き地が広がっていた。空き地は棘棘だらけの固い紐でぐるりと囲まれていた。風がひゅうひゅう吹いていた。 ここはどこなんだろう。 おいらのお家はどこへ行ってしまったの?風はぴゅるるる答えてくれたけど、おいら風の言葉はわかんないよ。おいらは叫んだ。 桃~っどこ~っ?ママどこ~っ?ママ~ママァ~~~っ!風は変わらずひゅうひゅうぴゅるるる吹いていた。続く↓面白いと思ってくださった方ぽちっとナ♪人気blogランキングへ
April 8, 2005
おいらはカーペットの上で、お腹を上にして大の字になっている。のん気に居眠りしてるのかって?違うよ。ママがおいらをくるんとひっくり返して、おまたを広げさせて、上からのしかかってるんだ。お相撲するのかな?ママはおいらを体で押さえつけると、おいらのまぶたをくいっとあける。おいらはあわてて身をよじった。ママはおいらの抵抗を体で封じ込めると、おいらの眼にポチャッと目薬を差した。 うに~~~っ!!おいらは体を跳ね起こしたかった。前足で眼をこすりたかった。そのまま、ママの手の届かない高いところまで逃げ出したかった。でも、ママの下でおいらはもごもご出来ただけ。 ママ~重いよ~。ママはかまわずおいらの反対の眼にも目薬を差した。 うににににぃ!おいらは両目をぎゅっと閉じた。前足のにくきゅうがうごうごした。ママは無言でおいらの顔に手をかけると、おいらの口の両脇に、親指と人差し指を差し込むようにする。おいらの口は思わずかぱっと開いた。すかさず、おいらの口にスポイトが押し込まれた。おいらがあわてて口を閉じたときは、スポイトからチュッと苦い液体が、おいらの口に飛び込んだあとだった。ママは最後においらの頭をくるんとなでて、ようやくおいらからのいてくれた。 『よしよし。がんばったねこにゃん。』ママはニコニコやさしく言ったけど、おいらは怒っているんだぞ。飲み薬と目薬は熊からもらったものだ。おいらはそのたび、吐き出したり、顔をブルブル振ったりして逃げてきた。時にはママの手を引っかいて、そのまま猛スピードで逃げ回った。だっておいら、お薬なんてだいっ嫌いなんだ。ママから逃げ出すのは最初は簡単だった。ママの手に抱かれて、お薬を袋から出すがさがさを聞いたとたん、おいらはぶるぶるにょろにょろりとママの手を逃れ、ママの頭の上をジャンプして、フローリングの床の上をスライディングしながら逃げ出した。でもだんだんママは手ごわくなっていった。おいらを下敷きにするなんて卑怯だぞ! 『こにゃんが元気になるように。』ってママは言うけど、おいらもう元気だよ。 『こにゃん。これね。桃のお薬ゼリーだよ。あげるね。』桃が何かをスプーンで、そうっとそうっと、こぼさないようにしながら運んできた。 『これは人間用だからね。猫には美味しくないと思うよ。』ママが言った。おいらの前に出されたのは、スプーンに乗った何かプルプルとしたものだった。ふんふんにおいを嗅ぐと甘い香りがした。あんまり美味しそうじゃないなと思ったけど、桃があんまりじっと見つめているので、おいらはちょびっと舐めてみた。 『あっ。食べた。』甘くてすっぱくてなんだかワクワクする味がした。でもやっぱりおいらの好みじゃなかったから、それきり口はつけなかった。でも、桃は食べた、食べたと喜んでいた。 『こにゃん。これイチゴ味だよ。イチゴって赤くってピカピカしてて美味しいんだよ。桃が食べると、吸血鬼になるの。』桃が食べると吸血鬼?じゃあ。おいらが食べると何になるのかな。おいらはいつかママよりおっきくなるんだ。それでもって、ママにお薬飲ませちゃうぞ!でも、おいらは優しいから、ちゃんとイチゴのプルプルもあげるよ。ママは人間だからきっと美味しいんだと思う。でもママは何に変身するのかな。おいらと同じしましまの猫になったらいいな。おいらと一緒にしっぽを立ててお日様の下でお散歩するんだ。野原には赤くてピカピカ光ったイチゴがたくさん。その中で桃が口の周りを真っ赤にして笑ってる。おいら桃が吸血鬼でも怖くないよ。一緒にちょうちょをおっかけっこしようよ。それでね。おいらと桃は、猫になったママのおっぱいを、ちゅくちゅく吸いながらねんねするんだよ。続く↓面白いと思ってくださった方ぽちっとナ♪人気blogランキングへ
April 7, 2005
おいらの寝床は、桃が昔使っていた籐で出来たクーファンだ。クーファンてなんだって?赤ちゃんを寝かせながら運べる、籐かごのようなベッドだ。桃はおいらと寝るといっていたけど、ママがまだおいらは小さいから、寝相の悪い桃につぶされちゃうから駄目だって。初めてこの家に来た日、おいらをどこに寝せようかとママが悩んだとき、ちょうど目の前に、桃のぬいぐるみがいっぱい詰まったクーファンがあった。 『桃ちゃん。これ。猫ちゃんのベッドにくれる?』ママが桃にすまなそうに聞いたとき、桃はにっこり、 『うん。いいよ!』といってくれた。 『猫ちゃんのかわりにね。桃、ほかの子たちと寝るよ。』そうして入っていた、たくさんのぬいぐるみたちを、自分のベッドに寝かせはじめた。ママはそれを見て笑った。 『桃ちゃんの入るところが無くなりそうね。』それから、おいらと桃にお話してくれた。 『桃が少し大きな赤ちゃんになって、もうクーファンは小さくなったから、そこに桃のぬいぐるみやおもちゃを入れてたの。ある日、桃ちゃんが一人で機嫌よく遊んでいたから、ママはそっと桃を部屋に置いて、台所にお昼ご飯をつくりにいったの。しばらくして戻ってきて、部屋をあけてみたら桃ちゃんがいないのよ。ママは部屋をぐるりと見渡したわ。部屋の窓は締めてあるし、ふすまも、ママの入ってきたドアも閉まっていた。ベビーベッドは空っぽだし、桃一人では入れない。その時、ママは桃がクーファンの中にぬいぐるみたちに囲まれて丸くなって眠っているのに気がついたの。なんだか桃ちゃんまでぬいぐるみさんみたいだったわ。』桃はその話を聞いて大喜びだった。 『ぬいぐるみの桃ちゃん!』とはしゃいでいた。 『猫ちゃんもぬいぐるみと一緒に寝せようよ。』桃は言ったけど、おいらは胡散臭い思いでぬいぐるみのにおいを嗅いだ。モコモコしててあったかそうだけど、なんだか怪しい奴らだな。おいらはその夜、クーファンの中小さなお布団で眠った。小さなお布団は、黄色とピンクのチューリップ模様で、なんだかミルクのにおいがした。今夜もおいらはそのお布団で寝る。ママがお布団をぽんぽん叩いて呼んでいる。 『おいでこにゃん。今日は風邪が早く直るように、湯たんぽを入れてあげたから。』お布団はぬくぬくしてて、何か丸いものがタオルに包まれて入っている。おいらはふんふんにおいを嗅いだ。やっぱり甘いミルクのにおいがした。続く↓面白いと思ってくださった方ぽちっとナ♪人気blogランキングへ
April 6, 2005
病院から家に帰ると、ママはまた電話を始めた。 『はい・・・はい・・・そうです。今日お伺いする予定でしたが、猫が急に下痢をしまして、明日に・・・え?・・・でもそんなご迷惑・・・はい・・・はい・・・いいんですか?・・・解りました。ありがとうございます。お待ちしています。』誰か、お客さんが来るのかな。おいらはその時、自分のお尻を舐めようと苦労していた。背中を丸めてくるんと座って、片方の足をあげてっと。 おっとっとっと!おいらはコロンと転がってしまう。ママは笑いながら、 『ほらほら、支えてあげますよ。』とおいらの背中に手を当てた。おいらはやっと満足がいったので、ママにお尻を向けてしっぽを立て、ちゃんときれいになったよと見せてあげた。そうしているうちに、ピンポーンと何かが鳴った。ママは、 『あら、もうきたのかしら。はやいわね。』とパタパタ出て行った。おいらは、こんどは前足の爪を、1本1本引っ張るようにガジガジ掃除していた。そこへ、ママが男の人を連れて戻ってきた。青い服を着た男の人はおいらに、 『やあ。君が迷子の迷子の子猫ちゃんだね。』と挨拶した。よく日に焼けて、笑うと顔中くしゃくしゃになる面白そうな人だ。おいらは遊ぶかなと思ったけど、猫は警戒心が強いんだ。しばらく様子を見ることにして、ピアノの上に飛び上がって、眠ったふりをしながらこっそり見ていた。男の人は、どうやらおまわりさんと言う名前らしい。 『すみません。わざわざいらしてくださるとは思いませんでした。』ママは男の人に、コーヒーを出した。それから美味しそうなクリームも。おいらにちょびっと舐めさしてくれないかな。おいらのお腹はすっかり元気だ。 『はい、神社の隣の緑が丘公園で、昨日の夕方です。』ママはおまわりさんにおいらの話をしているのかな。 『こちらで預かることも出来ますが、どうしますか?』おまわりさんがママに聞いたので、おいらは思わず耳をピンと立てた。ひげがだらりと垂れた。 おいらココを出て行かなきゃいけないの? 『いえ、うちで預かります。もし飼い主がいないようでしたら私が飼います。』ママの言葉でおいらのひげはぴんぴんになった。 おいらはココにいていいの?『拾得物扱いになるので、1年間は預かりという形になります。もし1年たっても持ち主が現れなければ、この猫はあなたのものです。』おまわりさんはそういって苦笑いをした。 『ペットを物というのは嫌なんですけど、拾得物扱いになるんです。』それからおいらに片目をつぶって言った。 『いい人に拾われてよかったな。』おいらの寝たふりはとっくにばれていたらしい。夕方桃が幼稚園から帰ってくると、おいらはママがあわてて取り上げるまで、桃にぎゅっと抱きしめられた。 『猫ちゃん。うちの猫ちゃんになるよね。』 うん。おいらここんちの猫になるよ。 桃やママやパパとずうっと一緒に暮らすんだ。 『仮かも知れないけど、いつまでも猫ちゃんじゃ何だわね。何か名前をつけようか。』おいらはワクワクした。 すごく強くてかっこいい名前がいいな。 『うんとね。だんご虫ちゃん。』桃がいった。 だ、だんご虫??? 『今日ね。桃ね。だんご虫捕まえたんだよ。』ほら。といいながら桃は園服のポケットをひっくり返した。うじゃうじゃとかコロコロとかだんご虫がたくさん床に落ちた。見ると玄関から転々と、桃のポケットから逃げ出したらしいだんご虫が落ちている。おいらはそれに向かって突撃した。 ウ!ウ!フ!オ!オ!ア~~~ッ!おいらはだんご虫に向かって突っ込み、両手に救い上げるようにして持ち上げ、ジャンプし床に転がった。ママはキャーキャー言いながら、脚を片方ずつ上げて踊っていた。桃も嬉しそうにキャーキャー笑って飛び跳ねていた。その日の夜。おいらはこの家のこにゃんになった。続く↓面白いと思ってくださった方ぽちっとナ♪人気blogランキングへ
April 5, 2005
『山野さんどうぞ。』熊がまた、ガラス戸のところから顔を覗かせていた。ママはそわそわとおいらを抱きかかえて熊の横のドアを開けた。おいらは目をぱちくりさせた。そこはさっきおいら達がいた部屋とあまり変わらないくらいの狭い部屋だった。部屋の真ん中には大きな長細い台がでんと置いてあった。部屋の壁には棚があり、小瓶やはさみのような物やなんだかよくわからないものが、たくさんごちゃごちゃと並んでいた。その横には小さな冷蔵庫。横にはパイプ机が置いてあって、その上にもごちゃごちゃと、いろんな本や雑誌や紙を束ねたもの、ちびた鉛筆、蓋のないボールペン、ゴルフボール、テッシュ、齧りかけのチョコなんかがおいてあった。熊はギイギイ音をさせて、座っていた椅子をぐるりと廻しながら聞いた。 『どうしました?』 『あの・・・この猫拾ったんですが、具合が悪いらしくって下痢をしてるんです。』ママはおいらをセーターの中から出して台の上にそっと置いた。 『ふむ・・・それでどうするね?』熊はおいらの腹を持ち上げるような仕草をしながらママに聞いた。 『あの・・・治療していただきたいんですが。』 『治療してそれでどうするね?』 『は?あの?』 『飼う気もないのに治療しても仕方ないだろう?』ママはびっくりしたみたいだ。熊がママを苛めてる・・・そう思っておいらは熊に爪を立てた。 『痛いッ!』熊の手においらの鋭い爪の一撃!熊の手の甲からたらりと血が流れた。やった!ママを守ったぞ!それなのにママってば、おいらをさっと腕に捕まえると、熊に向かってぺこぺこと頭を下げ始めた。 『すみませんッ!すみませんッ!』熊はサッサと傷口に何かを塗りつけてばんそこうを貼り付けた。それからじろりとママを見た。 『あんた。自分のことしか考えてないね。』ママはその言葉に思わず涙を浮かべていた。 『本当にすみません。』 『それでこの猫どうするの?』ママは熊の目を見ながら確かにこういった。 『この子の飼い主を探します。飼い主がいないようでしたら私が飼います。』熊はもう一度ママを見ると、ふんっといった。 『じゃ。見ようか。』熊はおいらの前足をママに押さえつけるように言うと、おいらのお腹を揉んだり、黒いチューブの付いた銀色の丸いものをおいらの胸に押し当てたりした。それから失礼にもおいらのお尻に、何か細い棒のようなものを突っ込んだんだ。おいらは暴れようとしたけど、しっかり押さえられていたので、にーにー抗議の声を上げられるだけだった。 『ふむ。熱があるな。それに目やに。鼻水。腹も壊してるっと・・・風邪だな。』 『あの・・・肺炎とかそういうことは?なんだか時々ゼロゼロ言っているみたいなんですが。』おいらはぽかんとした。熊はあきれたようにママを見て鼻で笑った。 『あんた。今まで猫と接したこともないのかね。それは喉を鳴らしてるんだよ。喜んでいるんだ。』ママはとたんに真っ赤になった。 『ハア、触ったのは初めてで・・・そうですか喉を鳴らしていたんですか。』熊は机に向かってごそごそと何か探し始めた。 『あった、あった。これに飼い方が載っているから、これを読んでおいたほうがいい。』そういって薄い小冊子を差し出した。それから熊はおいらを飼うのに気をつけることをたくさん言った。おいらは生後約2ヶ月だということ。離乳食で大丈夫な事。ミルクは猫専用のを買うか、牛乳だったら低脂肪乳をいったん沸かしてから人肌にして飲ませること。葱とあわびはご法度なこと。ママは一生懸命聞いていた。 『ま、たいていの事はそれに書いてある。』熊は他にもおいらの飲み薬やら目薬なんかを出してきた。ママは丁寧にお礼を言うとおいらを抱いて病院を出た。家に帰る道々ママはおいらに言った。 『怖い先生だったね。でもいろいろ教えてくれて助かったよ。』 『に~。』ママはそれからたくさん猫の飼い方の本を、図書館で借りてきたけど、それはまたこんどの話。
April 3, 2005
『田口さんどうぞ』熊はぼそぼそと言った。よく見ると白髪まじりの無精ひげをいっぱい生やした人間だった。すると、犬とその飼い主らしいおじさんはガラス戸の横のドアを開けて入っていった。犬はドアの前で一瞬立ち止まるとおいらを振り向いた。何か言いたげだったけど、結局何も言わないままおとなしく入っていった。ママはあわてて立ちあがって、 『先ほどお電話しました山野ですが。』とぺこりとお辞儀した。熊は黙ってちょっとうなずくとドアの向こうへ消えた。何が始るんだろう。おいらはドキドキしながらドアの向こうの気配をうかがった。しずかだった。どこかで時計の音がコチコチしていた。突然、ドアの向こうから。 きゅう~~~ううん!という泣き声が聞こえた。もしかしてさっきの犬?おいらはますます耳をぴくぴくとさせたけど、またシーンと静まって泣き声は二度と聞こえなかった。しばらくすると、またドアが開いてさっきの犬がのそのそと重そうに歩いてきた。おいらを見ると目を細めてにかっと笑った。確かに笑った。 『もうすぐ子供が生まれるのよ。』犬が言った。 『どうせ、すぐ離れ離れになることはわかっているけど、でもまたしばらくの間、お乳をあげたりできるのよ。』 『どうして離れ離れになるの?』おいらは怖さも忘れて犬に聞かずにはいられなかった。 『私の子犬はとても血統がいいんですって。』犬はポツリと言った。おいらにはさっぱりわからなかった。どうして『決闘』が強いとママと離れ離れになるんだろう?おいらも決闘が強いんだろうか?だから捨てられたんだろうか? 『さようなら。』おいらはあんまり一生懸命考えていたので、飼い主につれられてその犬が、もうひとつのドアから、いつの間にか去っていったのにも気がつかなかった。
March 31, 2005
『犬と熊』おいらはそう~っとあたまを出してみた。あたりをキョロキョロ見る暇もなく、おいらの目に飛び込んできたのは、でっかいまっくろな犬だった!!!おいらから2メートルも離れていない向かいあったソファーの下にそいつはいた。おいらの背中の毛がいっぽんいっぽんゆっくり逆立った。おいらはママの胸の上でびょんと跳びはねようとしたけど、ママがしっかり抑えていたので、おいらの心臓だけびょんと飛び跳ねた。おいらはフーフー唸ったけど、相手を怒らせたくなかったので、目を必死でそらせようとした。でもおいらのめんたまは、まるで張り付いたようにそいつから離せなかった。 おいらのめんたま・・・お願いだよぉ。でもめんたまの奴ってば、ますます大きくま円に見開いて、これじゃ『やい喧嘩しようぜ!』といっているのとおんなじだあ。おいらは泣きそうだった。じっさい情けない声が唸り声の間に入り混じっていたかもしれない。犬はつやつやとワックスをかけたような毛並みをしていた。立ち上がったらママとおんなじくらいの大きさだろうか。もちろん絶対立ち上がったりしてほしくなかったけど。そいつはちらりとおいらを見て、それからでっかいあくびをした。おいらが丸呑みできそうだ。そして大きな健康そうな歯並びをおいらにさんざん見せたあと、伏せた前足の上に頭を乗せ目を閉じて居眠りを始めたんだ。おいらはほっとして腰が抜けそうになった。おいらの逆立った背中の毛も徐々に落ち着いてきた。おいらはちょっと恥ずかしくなって、なんでもないよという顔をした。 おいらは強いんだもん。犬なんて怖くないよ。でもうっかりしていて、しっぽが、まるでたぬきのしっぽみたいに大きくなったままだったのには気がつかなかった。おいらはようやく犬から目が離せたので周りをキョロキョロと見わたしてみた。小さな白い部屋にはソファーが二つ、それぞれへやの壁に背をつけて向かい合っていた。部屋にはドアが二つ。ひとつのドアの横には小さなガラス戸のついた窓があった。窓の前には出っ張りがあって透明な箱がおいてあった。 『診・察・券』って文字が見えたけど、おいらには字の意味はよく解らなかった。部屋の隅には棚があって棚の上には猫のぬいぐるみと犬の瀬戸物が仲良く並んでいた。棚の中には雑誌とチラシが乱雑に突っ込んであって、猫や犬やハムスターの写真が見える。全てがちらちらして見えるのは上の蛍光灯が切れかけているからだ。ソファーの端にはガムテープが貼り付けてあった。おいらは夢中で周りをみているうち、気がつかないうちにどんどん体が、ママの腕からはみ出ていた。突然、眠っていた犬がのっそり起き上がったから、おいらはそれこそ驚いて転げ落ちそうになった。その時、ガラス戸を開けて熊が顔を出したんだ。
March 30, 2005
ママがどこかにお電話している間。おいらはすっかりくつろいで、今までになくおっきなごろごろを言っていた。おいらはふわふわの焼きたてのパンみたい。いい匂いのするきれいな色のパンみたい。おいらはご機嫌でくるりんとお腹を見せたり、うんと伸びをして後ろ脚を突っ張ったり、そのままズリズリと逆さまに這いずったり、コロコロ転がったりしていた。ママはそんなおいらを抱き上げると、桃のフリースのセーターにおいらを突っ込んだ。おいらがもごもごとしているうちに、セーターの裾を縛り上げ、袖と袖を結び上げた。おいらがたった一つの出口のセーターの首から頭をちょこんと出すと、その頭をくるんとなでてもう一度なかに押し込んだ。おいらはそのままママに抱かれてもう一度外に出た。おいらはやっぱり怖くて、思わずに~に~泣き喚いちゃったけど、そのたびママの胸の辺りから小さな太鼓のような音が聞こえてきて、その音がガンバレガンバレって聞こえて、おいらはがんばってママにしがみついていたんだ。ママはそのままテクテクとおいらを抱いて歩いていった。どのくらい歩いたかな?おいらとママが着いたのは、プンと刺激のある匂い。いろんな猫や犬や動物の匂いのする場所だった。
March 29, 2005
おいらは目をぎゅっとつぶっていた。ちいさくちいさくママのジャンパーの中で縮こまって震えていた。やがて自転車が止まった気配がした。着いたんだ。おいらはあたりの気配をうかがったけど、誰の気配も見つからなかった。においを嗅いでみたかったけど、おいらにはおいら自身の糞の匂いしかわからなかった。 がちゃりバタンぱたぱたガラガラじゃーからんカランそんな音だけおいらの耳に飛び込んできた。ママはおいらを懐から取り出した。おいらが恐る恐る目を開けると、目の前は真っ白だった。もわもわとした湿った温かい湯気がおいらを包んだ。突然お湯がおいらの毛にしみこんできておいらはびっくりして、間の前のものに飛びつきてっぺんまで駆け上がった。 『きゃ~っ!』おいらが駆け上がったのはママの頭の上だった。服どころかママのお顔も髪の毛もおいらの糞まみれだ・・・。おいらはもうやけのやんぱちだった。ママがおいらをお風呂に入れようとしているのがわかったけど、猫はお風呂は嫌いなんだよ!でも、ママも覚悟を決めたようだった。おいらの糞にも負けず、興奮して思わずお漏らししちゃったちっちにも負けないでおいらを両腕に抱えあげた。そして有無を言わさず、お湯を入れた洗面器においらを突っ込んで洗い始めた。おいらは初めは抵抗していたけど、だんだん冷たくなっていたおなかがじんわり暖まってきて、不覚にもついごろごろ言ってしまった。ママは手早くおいらを洗い上げると、ふかふかのタオルでおいらをクルクルと拭いた。タオルの上から風がヴォ~とやってきて驚いて飛び上がりそうになったけど、ママはこんどはしっかりとおいらを捕まえていて離さなかった。ママはほとんど乾いたおいらをリビングのヒーターの前に置いて行った。そう・・・ここは警察じゃなくって桃のおうちだ。おいらには何がなんだか解らなかったけど、とにかく大事な毛づくろいをしながら、なんだかほわほわ気持ちよく眠くなった。やがてママも着替えてさっさと身づくろいを済ませお風呂場から出てきた。おいらはきまりが悪いので思わずそのまま眠ったふりをした。お耳はぴくぴくしちゃったけど。ママはおいらにはかまわず電話の脇の厚い本を一生懸命めくりはじめた。
March 26, 2005
次の日。おいらはまた冷たいミルクをおなかいっぱい飲んだ。それから、ママはおいらを自転車のかごに入れた。かごの中はクッションと古いセーターが敷き詰めてあった。おいらを入れると、ママはかごの上にタオルを載せ、ふちをぐるりと紐で縛って、おいらが外に飛び出れないようにした。おいらは怖くなって、にーにー啼いた。 『少し我慢してね。警察までは15分くらいで着くから。』ママはやさしく言ったけど、おいらはまた温かい場所から離されるのが悲しかった。自転車が走り出すと、がたがたゆれておいらは怖かった。昨日、桃のポケットの中で見た風景はとても綺麗だったのに、今日は、通り過ぎてゆく車は、大きなヴオォ~っという音や黒いムカッとする匂いを出す怪物のように見えたし、並んだ家々は上からおいらを押しつぶすかのように見えた。おいらはかごの中でブルブルと震えた。にーにー泣き叫んだ。どうにか逃れようと力いっぱい暴れまわった。ママは呪文のように 『大丈夫よ。もう少しだから大丈夫よ。』と繰り返していたけど、おいらはちっとも大丈夫じゃなかった。おいらは、なんだかだんだんおなかの辺りが苦しくなってきた。ぼこぼこと何かが上の方から下っ腹めがけてやってきた。そして下っ腹で、それはごろごろとものすごい勢いで転がった。おいらもかごの中で転がった。ママはおいらの様子がおかしいのに気がついて自転車を止めた。でもその時はもう間に合わなかった。おいらは・・・おいらは・・・つまりやっちゃったんだ・・・。ママは下痢便にまみれたおいらを、しばらく呆然と見ていた。それからはっとして、おいらをかごから出してタオルで包み、着ていたジャンパーの中に突っ込んで片方の手で上から抱え、猛スピードで自転車をこぎ始めた。 もう駄目だ・・・おいらは思った。おいらは糞まみれでとても臭かった。ママは怒ってる。おいらの心の中まで糞まみれになった気がした。ママはきっと早く、こんな汚いおいらと別れたいに違いない。ものすごいスピードで自転車をこいでいた。
March 25, 2005
おいらがこたつの隅でお魚の夢を見ていると、夢の中でピンポーンという音がした。もう少しでお魚を捕まえられるところだったのに、その音で逃げられてしまってがっかりだ。 『桃は?』 『もう寝たわ。今日は興奮してずいぶん遅くまで起きていたけど。』うとうとしてると、誰かがこたつをさっとめくった。 『あれ?どこだ?いないぞ。』男の人がこたつに頭を突っ込んできょろきょろ覗いていた。おいらはびっくりして思わず『に~』と啼いた。 『ああ・・・いたいた。ちっこいな~。さっき話していた拾い猫ってこいつか。』大きな手がこたつの脚に隠れるようにして寝ていたおいらをつかみあげた。おいらはにーにー啼きながらどうにかその手にしがみついた。 『やっと声が出たのね。』ママがニコニコしていった。男の人は桃のパパだった。パパはおいらを見ると眉を寄せ難しい顔をした。でもほっぺたがふるふるとわずかに上がったり下がったりしていた。その顔を見てるうちおいらは怖くなくなった。パパは怖い顔を無理やりしてる・・・今思えばそうだったんだけど、そんなことわからなくても、おいらにはなんとなく危険じゃないってわかったんだ。猫の直感という奴だ。ママにもそれは解ったみたいだ。後で、奥さんにはわかるのよといっていた。 『で、こいつの飼い主が見つからなかったらどうするんだ?』パパは威張ってママに聞いた。ママも負けじと威張って答えた。 『あなたが飼ってはいけないというなら、他に飼い主を探します。』パパとママはバチバチにらみ合った。最初に眼ををそらしたのはパパだった。猫の世界では眼と眼を合わせるのは『喧嘩するぞ!』という宣戦布告だ。そして先に眼をそらしたほうが負けることが多いんだ。 『ちゃんとお前が責任もって面倒みれるんなら・・・。』パパが言うと、ママはなぜかもっと威張っていった。 『いいえ、この子の面倒は家族みんなでするの。責任もみんなで負うの。だってこの子は家族の一員になるんですもの。』そんなわけで、おいらがこのうちの猫になってからは、おいらの世話のほとんどはママがしているけど、パパだってたまにはおいらに餌をくれたりするし、桃だって毎日お手伝いするようになった。
March 24, 2005
『えっと・・・トイレもいるよね。』ママはまた、ばたばたと消えた。そうして、こんどは段ボール箱と新聞紙を持ってきた。ママはダンボールの箱に、新聞紙を次々とちぎって入れた。おいらはそれを見ると、とたんに堪らず箱の中に飛び込んだ。まだ新聞紙をママは入れていたので、ぱらぱらとおいらの背中にも舞い落ちた。おいらは行儀よくしっぽを上げ、少しがにまた気味に足を踏ん張るとちっちをした。それからちゃんと前足で新聞紙を掻き揚げた。ちっちの場所とは、ちょっと違うところに山を作ってしまったのは、ここだけの秘密だ。そうしたらママはすごく驚いたようだった。 『トイレのしつけは出来ているのね?もしかしてやっぱり迷子ちゃんかな?』おいらがミルクを飲んだり、ちっちをしたりするのを、面白そうに黙って見ていた桃がその時心配そうにママに聞いた。 『この猫返さなきゃいけないの?』 『迷子ならね。もし桃が迷子になったらやっぱりおうちに帰りたいでしょう?お母さんお父さんだって桃を必死で探すよ。』ママはそういって桃のオーバーと自分のジャケットを脱いで、おいらの体をタオルでちょっと拭いてから、桃とおいらをリビングのこたつにいれ、どこかに電話をかけ始めた。 『もしもし?すみません子猫を拾ったんですが、迷い猫の届出がないかと思いまして・・・。え?保健所じゃなくって警察に?わかりました。失礼します。』がちゃん。 『おかしいな~こういう時、お話とかだと保健所なんだけどな~。なんで遺失物?』ママはぶつぶついいながらもう一度電話をかけた。こんどはうまく話が出来たみたいだった。 『では、明日そちらに連れて行って届出をだせばいいんですね?』ママは、はいはいとか言いながらうなずいていた。そして電話が終わると桃とおいらに、 『猫ちゃんのおうち探しは明日にして、今日はもう遅いから猫ちゃんはお泊りね。』と言った。おいらはもう半分夢の中でそれを聞いたんだけど、ママの声がなんとなく嬉しそうで、桃がバンザイを言いながらおいらを抱いてクルクルまわっていたのは覚えてる。
March 23, 2005
おいらが着いた先は白い冬薔薇の咲いている小さな家だった。ママはおいらごと桃を自転車から抱き下ろして、玄関の中に押し込んだ。そこはおいらとママと桃でいっぱいいっぱいの狭いところだったけど、脇にはこじんまりと下駄箱があって、赤い花瓶に家の前に咲いていたのと同じ白い花が挿してあった。 『おなかが空いているわよね。』ママはばたばたと奥に上がりこむと、すぐお皿もって戻ってきた。桃は玄関に靴を投げ出し、さっそくおいらをポケットから出してくれた。おいらの前にはママのもってきてくれたお皿。とたんにおいらは顔ごと突っ込む勢いで急いで舐めた。 ミルクだ!それはとても冷たかったけど、おいらは舐めるのをやめなかった。おいらのひげも耳の先までミルクのしぶきが飛んだ。おいらは息をするのも忘れて飲み続けた。苦しくなると顔を上げプルプル振って息をつぎまたのみ続けた。おなかはいっぱいになったけど、おいらは飲み続けた。おなかが空いて苦しい思いはもう二度とごめんだった。それでもたくさん入っていたミルクが全てなくなった頃は、おいらもぽんぽこになったおなかが床につきそうになって、へたんと座り込んだ。
March 22, 2005
おいらはどうしてこんなに寒いのか、どうしてこんなにおなかが空いているのか、どうしてこんなに一人ぼっちなのか、その時初めてわかったんだ。そうか、おいらは捨てられたんだ。誰に?それはわからなかった。おいらは小さすぎてあんまりたくさんの事は覚えていられなかったから。 『お母さん。この猫うちの子にしようよ。』とそのとき桃が言った。桃のママはちょっと困ったような顔で桃を見ておいらを見た。 『お父さんが反対するよ。』ママはそういったけど、おいらを抱いた手はそのままだった。 『お願いっ。お願いっ。』ママはまた、桃とおいらを交互に見て、そうして自分の顔の高さまでおいらを持ち上げて笑って言ったんだ。 『不細工だなぁ~。』おいらは思わず眼をパチパチさせた。でも、その声はなんだかあったかかったので、おいらは思わずごろごろ答えてしまった。 『お父さんが良いと言ったらね。』ママはそう言いながら、おいらを桃のセーターのど真ん中にあるおっきなポケットに入れた。おいらは突然狭くて薄暗いところに入れられてびっくりした。おいらがもごもごそこから逃れようとすると、桃がその上からおいらを押さえ込んだ。 『落ちないようにちゃんと捕まえていてね。』ママの声と共にふわりと浮き上がったような感じがあった。おいらはようやくピョコリと桃のポケットから顔を出した。とたんに眼にしみるような風の流れが顔に当たった。おいらは空を飛んでいた。びゅんびゅん流れる家やお店や電柱や散歩中の犬。そいつらを尻目にして、おいらはぐんぐん前にすすんでいた。目の前にはさっきの氷のような薄青い空でなく、赤や黄色をした雲がキラキラと輝いて広がっていた。ちゃりんちゃりんとどこかでベルの音がした。おいらは天国に行くのかな?もし、おいらがもう少し大きな猫だったらそう思ったかもしれない。
March 21, 2005
桃が逃げていった先には葉を落とした大きいばかりのいちょうの木があって、その木の下には、この小さな公園でひとつだけのベンチがあった。そこには大きい女の人がいて、いきなり飛び込んできたどろんこだらけの桃を抱きあげた。それが桃のママだった。うしろからおいらを追いかけてきた子供たちは、桃のママを見てちょっと決まり悪げに立ち止まった。 『この猫。あなたたちの猫?』ママが声をかけると子供たちは順番に首を振った。ママは桃を下ろすと、おいらの背中を優しくなでた。 『ずいぶん痩せているわね。それにずいぶん泥だらけ。』おいらはもう逃げる気力もなかったから、そのまま手のひらに包まれて持ち上げられても、弱々しくもごもごしただけだった。手のひらの思わぬ温かさに喉のおくが自然にごろごろという音を立てた。 『迷子かしら?』困ったようなママの言葉に、一人の子が、 『おとといもその猫見たよ。』といった。 『捨て猫だよきっと。』そう、おいらは誰かに捨てられたんだ。
March 20, 2005
劇的シーンという奴かもしれないが、実をいうとそんときの桃の顔は覚えていない。おいらの頭は桃の持っている白い茶碗でいっぱいだった。おいらのしっぽがぴんと立ち上がりまるで武者震いみたいにブルブル震えた。おいらは声も出さずに啼きながら(実をいうと声が出なかったんだ)警戒心も忘れて茶碗に飛びついた。一人前の猫ならみっともないが、おいらはちびの半人前だったし、何より恐ろしいほど空腹だったんだ。においを嗅いだがおいらの鼻は熱く乾ききっていた。そのくせひっきりなしに鼻水がたれて、おいらはべろべろと舐め上げなきゃならなかった。それでもすぐその茶碗の中身が、ただの泥と苦いどんぐりで締められているのがわかった。おいらがどんなに悲しかったかわかるかい?おいらはわずかな水分を求めてちょっと泥を舐めた。熱い舌が驚くほどひんやりした泥に触れた。 『駄目っ!おなか痛い痛いだよ。』おいらはいきなり舐めてた茶碗を取り上げられた。おいらは必死ですがったけど、その時桃は立ち上がって、手に持った茶碗を頭のてっぺんのうんと高いところへ持ち上げ、爪先立ちでおいらから逃げ出した。 『おかあぁさぁん!』桃が駆け出したのに惹かれるようにおいらも追いかけた。 『あっ!猫だ!』 『猫だ!猫だ!』周りの人間の子供たちがおいらに気づいて追いかけてきた。桃を先頭においらと人間の子供たちがグルグル公園を駆け回った。まるでさっきの鳥かごみたいに。おいらの頭もグルグルしてもう何がなんだかわからなかった。
March 19, 2005
おいらがここにやってきたのはなんと12月25日。世間じゃクリスマスって奴だ。ターキーだの生クリームたっぷりのケーキだのを食べる日だって、今のおいらは知っている。でも、その頃のおいらはそんなことも知らない、いたいけな産毛だらけの子猫だった。その前はなんだかほわほわしてあったかいもんに抱かれていたような気もするけど、そいつはおいらの感傷って奴かもしれない。感傷って奴は厄介なもので、いくらぺろぺろ舐めてみてもいつまでもちくちく痛いもんだ。人間は胸のあたりについてるようだけど、おいらのはしっぽの付け根についている。おいらはまだちびすけだったから、うまく舐められなくってなおさらちくちく痛かったんだと思う。寒かった。空は晴れていたけど薄い水色の空は綺麗な氷みたいだった。おなかがぎゅっと冷たい手でつかまれるようなそんな変な気分だった。早くおなかになんか入れないと握りつぶされちゃう。そんなことを思って怖かった。おいらがいたのは公園というところだ。クルクルまわる鳥かごみたいなのに乗った人間がキャーキャー喚いていた。2本の紐に揺られて前後に揺れながらおーいと叫んでいるのもいた。それを見てると、おいらの世界もクルクル回ったり大きく揺れたりするから、おいらはそいつらには近づきたいとは思わなかった。でも、隅っこで小さな入れ物にせっせと何かを入れている人間は別だ。その入れ物は白くて小さな赤い花がついていて、なんだか懐かしい気がしたんだ。 ゴハンダヨ イラッシャイいつか聞いた魔法のような人間の声がした気がした。おいらの耳がぴくぴくした・・・本当にそう言っている!おいらは枯れた草むらから飛び出した。それがおいらと桃の出会いだった。
March 18, 2005
よお。おいらはこにゃん。8歳の茶トラだ。おいらの名前はママが付けた。にゃんこ→こにゃんなんててきとーなんだ。もうちょっと格調高い名前はなかったのか?だいたい世の中間違っている。『名犬ラッシー』『マリリンに会いたい』『南極物語 タロージロー』犬・犬・犬ばかりが映画化されている。『子猫物語』なんてのもあるけど、圧倒的に犬が多い気がする。『名猫こにゃん』『忠猫こにゃん』『南国物語こにゃん』(やはり暖かいところがいいにゃ)なんて名作が生まれてもよいと思う。・・・にゃ?何だかんだいってけっこうその名前気に入っているじゃないかって?おいらは庶民派だからな。おっと。そろそろディナーの時間だ。おいらの話はまたこんど気が向いたらな。じゃあな。今夜はツナ&チキンで決まりだぜっ。にゃおん!
March 17, 2005
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