さなお日記
2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
1月
2月
3月
4月
5月
6月
7月
8月
9月
10月
11月
12月
全1件 (1件中 1-1件目)
1
僕の娘はピアノをやっている。やっているとは曖昧な表現であるが、つまり常にピアノと接しているわけではなく週に一回お祖母さんから習うだけの、さようの付き合いである。ところでこの娘のピアノとの付き合いであるが、本人は特に前のめりに意欲を持って取り組んでいるようには見えなく、そして親はちゃんとやりなさいと煽るわけでもないのにしっかり毎週取り組んでいることに、“何かを継続すること“に関してふと考えさせられる。子供は親の思うように育たなことが示すように、親が子供に何かを継続してやらせることは相当の熱意が必要だと思う。しかしながら、ある思想をもって徹底して教育をすればそれは順当な結果を得ることだろう。(言ってみればある種の洗脳なのだと思うが)一方で洗脳までいかないで、“やっておいた方がいいよ“ ぐらいの説得では継続には至らないのは自明である。そこでうちの娘のピアノに対する付き合いだが、どういうことなのか理解に苦しむ。その継続に何か特定の目標があるわけではなく、親が強制するわけでもなく、それでも今日は行きたくないと不満を言うこともない。そこには僕には見えないお祖母さんのピアノ継続への熱意があり、それに誘導されているのかもしれない、いやないのかもしれない、謎である。ただ思うのは物事の継続に特別な意味がなくてもいいのではないかと思う。何となく続けていたことだが、ある日突然意味のあるものとして意義を見出される時期がくるのかもしれない、いや意味として問うた瞬間に俗物的価値に凋落してしまうものであろう。継続の本当の価値はいまここの快楽とはかけ離れた存在なのかもしれない。
2017.06.26
コメント(0)