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毎年誕生日にいただく図書カードのプレゼントだが、しばらくネットで本を買うのが常になっていて使わずに置いて置いたのだけれど、ネットで注文して本屋に取りに行くというルートを開発してからは、あっという間の一万円分だった。図書カードだから、このカードの取引は本としか交換できないので気兼ねなく本を買えるという(ちょっと高い本でも買ってしまう)僕の数少ない贅沢である。ご馳走さまでした、ありがとうございました。本気だしたら一万一瞬やでまじで。
2017.11.15
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最近の休日は買い物へ出かけて帰ると本を読んだり動画を観たりとまったりと過ごすことが多かったのだけれど、今日は出かけたい衝動にかられてひろさんと箕面の滝に散歩に行ってきた。箕面の駅に着くと絶景の滝でお弁当を食べようとビールとおにぎりを買って散歩道を歩き出した。道のりは滝まで2キロほどある想定であったが、道半ばで先日の台風の影響で道の安全性の問題で通行不可になっていた。途中の紅葉写真を撮るうちにひろさんとどっちがいい写真を撮れるか競争に。。どっちが上手いか?わからないけど、、ひろさんの写真もアップしたい、けど今歯医者にいっていていない。
2017.11.13
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最近読んだ本で愛とは愛するとはどいうことかという考えを描いた本を読んで思ったのだけれど、愛する、またそこに愛があるのかという真実は何かの形で瞬間的に現れるものではないと思った。こうでないと愛が足りないとか言えないともいえる。子育てでいえば子供が親になったときに色々な豊潤さを備えていなければそれは豊であったとはいえないのかもしれない。そうするにはどうしたらよいのかそれは様々な方法論があるのだろうだけれど。そしてまた、それが愛があったかの事後的観測になるものだと思う。こういう考察は僕の親の団塊世代の擁護にも捉えられるかもしれないけれど、とはいえ言葉で伝えることも大事だと思うよ。お父さんへ
2017.11.13
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ある程度歳をとって親に感謝するというのは一般的なことだと思うが、そのタイミングはいつだろうか?人生には様々な節目があると思う。自分で考えて自らの意思で物事を決定できるようになる。アルバイトをして自分のやりたいことは賄えるようになる。生活のすべてを自活する。結婚する。などなどそれぞれの段階で微妙に親への感謝に気づくきっかけは様々にあると思うけれども、僕的には決定的な瞬間があると思う。それは、自分の人生は自分の決定と自分なりの忍耐と自らの努力によって今があると思う時期があると思うけれども、その努力できる才能は親によって作られた環境により培われたものだと気づく瞬間ではないだろうか?そうだろう、うんそうだろう。。。
2017.11.10
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