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正岡子規日のささぬおどろがもとの花菫はなすみれ薄紫に咲きにけるかな菜の花に日は傾きて夕雲雀ゆふひばりしきりに落つる市川の里笛の音もそことも知らず須磨の浦夢路に似たる春の夜の月七年ななとせの旅より帰る我が宿に妹が声して砧きぬた打つなり潮早き淡路の瀬戸の海狭せまみ重なりあひて白帆行くなり明治31年
2007.04.20
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私は別に皇室・皇族フリークでも何でもないし、追っかけてる暇もないけれども、コンビニやスーパーマーケットで時々男性・女性両週刊誌の関連記事を立ち読みするぐらいの興味はある。秋篠宮さまは、あのお髭でスリムでスタイリッシュなシティボーイ然とした風貌と、青年時代の「やんちゃ伝説」が尾をひいてか、率直に申し上げて、やや毀誉褒貶が多いおん方とお見受けつかまつるが、私はご人格識見、物腰、挙措動作を含め、昔から大ファンなのである。――比較など申し上げては非礼の極みであるが、皇族男子たるおん方は、人前で箸より重いものは持って戴きたくないし、ましてやハイキング途中のブランチとはいえ、群れなす報道陣のカメラの放列の前で「日清食品・カップヌードル」などをお召し上がりになるのはいかがなものかと、衷心より愚考したてまつる。細かいことを言うようですが、やはり、せめてお結び/握り飯をお召し上がりになるべきではないでしょうか。(なお、お結びの三角形は、京都・上賀茂神社の庭にある謎の三角錐の土盛りと同様、神道・原始宗教的なニュアンスがある形態であるとする説もある。)・・・年輩者は嘆いております。さて、最新号の「週刊新潮」掲載の「(紀子さまのご実家)川嶋家のルーツは会津武士」という記事に、歴史好きとして少なからず驚いた。紀子様の曽祖父に当たる池上四郎という人は、歴とした会津藩松平家家臣の子で、戊辰戦争時にはまだ幼かったため、あの少年決死隊・白虎隊には入隊していなかった(したがって、ほぼ全員討ち死の飯盛山の悲運を辛うじて免れた)そうであるが、会津若松・鶴ヶ城に籠って、官軍(天皇・新政府軍)を向こうに回して、子供ながらに勇戦奮闘したという。戊辰戦後の苛烈な処分で、若き藩主・松平容保は謹慎(のちに許されて日光東照宮宮司)、藩士らは斗南藩(青森)に改易、さらに明治維新の廃藩置県で藩自体消滅、その後池上氏は明治政府の警察畑で出世し、各地の警察署長を歴任したという。一昨年のNHK大河ドラマ「新選組!」を見た方はすぐ分かるだろうが、会津といえば幕末に最後まで徳川幕府を護ろうとした「朝敵・賊軍」、すなわち皇室の錦の御旗の仇敵の筆頭であった。皇室に対してはともかく、新政府エスタブリッシュメントの覇者となった薩長土肥閥に対しては、未だにわだかまりが消えていないことが、しばしばメデイアでも伝えられている。会津藩祖・保科正之は、徳川第二代将軍・秀忠が側室に産ませた隠れもない実子で、三代将軍家光の異母弟。四代将軍の後見人として江戸幕府の枢機にも深く参与した。言わば、「御三家」の次席といったところであった。徳川本家への忠誠は幕末まで続き、幕府アンシャン・レジーム(旧体制)に殉じた「新選組」が会津藩お預かりであったことはもとより、会津藩本体も、打ち寄せる官軍に死力を尽くした総力戦で臨み、敗れ去った。その女子供まで総動員した死闘ぶりは、官軍の猛者たちをして「敵ながらあっぱれ」と慟哭せしめ、一目置かれたことはよく知られている。最も武士らしい武士集団であったといえよう。会津藩出身で、明治時代になって新政府で重きを成した人物も多い。現代でいうと、日本最高の知性の一人である政治・経済学者で保守派論客イデオローグでもある小室直樹氏などが直ちに思い浮かぶ。地元・会津では沸いているという。そのはずであろう。かつて心ならずも官軍/朝廷/天皇家に仇なし弓を引いた会津武士の末裔が、今天皇になられる可能性のあるお子様の母となられた。以って瞑すべきである。PS.皇室について書くと、どうしても多少堅苦しい文章になるのはイナメない。当面このぐらいにしときますね。
2006.09.11
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石原慎太郎 辞世灯台よ汝なんじが告げる言葉は何ぞ 我が情熱は誤りていしや石原慎太郎・曽野綾子共著『死という最後の未来』令和2年(2020)6月灯台よ(海の男である私に)そなたが告げる最期の言葉は何なのか私のとめどなき情熱は誤っていたのか(・・・いや、そんなはずはない)。昨1日、石原慎太郎氏が永眠された。享年89。作家として政治家として、戦後日本を駆け抜けた鮮烈な生涯だった。けさのテレビ朝日の報道によると、辞世(この世を辞するにあたり短歌を詠む伝統的風習、また、その歌)は上掲の通り。解釈の文責は筆者。註誤りていしや:反語的疑問形。強い詠嘆と確信のニュアンスを帯びる。
2022.02.02
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割と緊急を要する事柄なので、結論から簡明に書く。(なお芸能人につき、慣例により文中敬称略・呼び捨て。)起こった事実(現象)よりも、非常に気になるのが、山崎まさよしの今の精神状態である。きわめて心配される。おそらく「鬱」(抑鬱状態、あるいは軽度の鬱病)であることは、ほとんど間違いないと見ていいだろう。直ちに心療内科または精神科の受診と、一定期間の休養を勧めたい。人生は長い、焦るべからず。周囲の家族やスタッフは、とりあえず首に縄付けてでも病院に引っ張っていくべきだろう。最近ではいい薬(内服薬)もあり、早期の緩解が期待できると耳にする。フルオキセチン(プロザック)などはよく知られている。「鬱は心の風邪」といわれたこともあるが、風邪も極度にこじらせれば死に至ることもある。また、「鬱」というとかなり深刻な病気の先入観もあって、臨床の現場では「適応障害」とか「自律神経失調症」といった診断名でお茶を濁すことも多いように仄聞する。おそらく、脳科学的には、ストレスや加齢その他の原因でセロトニン、ドーパミン、オキシトシンなどの神経伝達物質(脳内ホルモン)のバランスが崩れている状態なのだと思うが、この辺はしろうとの悲しさで、正確なことは言えない。近年の研究によれば、とりわけ「幸福感ホルモン」セロトニンの、何らかの原因による分泌の減衰が最も大きく関与しているといわれる。私はしろうとだが、思春期からこういった分野に興味を持ち、メンタルヘルス・精神医学の中級ぐらいまでの書籍を読み漁ってきた。今こそ、くろうとの精神医学者・臨床医師・心理カウンセラーなどの出番であり、その発言が欲しいところだが、むしろプロだからこそ、診察もしないで軽々な発言は出来ないということもあるだろうか。残念な状況と思う。しろうとでも、すぐにピンとくることだ。報道によれば、歌うことが楽しくない、むしろ苦痛だ、歌いたくないという状態に陥っているようだ。山崎の近影(最近の写真)の表情が、この分野の教科書に載せたほうがいいぐらい憂愁に満ちていることも、一目瞭然であろう。典型的で、分かりやすいといえるほどの鬱の症状だと思う。躁鬱病は、主として内因的に(はっきりとした大きな外的原因がなくて)「躁」(はしゃいでいる精神状態)と「鬱」(沈んでいる状態)を繰りかえす病気である。私自身、病的というほどではないが、自分の精神状態(気分)にサインカーブ状の「躁鬱」=「循環性」=「双極性」の傾向(波)があることを、若い頃からはっきりと自覚している。これを書いている今現在は、やや「軽躁状態」(思考や直感・言動が発揚している、ただし、言い間違いや言い過ぎ・失言などのケアレスミスも多い状態)である。世界が割とバラ色に見えていて、モノを書いていても何となくノッていて楽しい。私は、特に山崎の大ファンというわけではないが、非常にクリエイティヴな仕事をしてきた実績と実力は十分に知っている。その作風(特に歌詞)は、「循環性気質」に特有といわれるマイルドな優しさ・繊細さや、現実的・妥協的・明朗温和な人間味(共感性)にあふれている。この性格傾向を持った世界文学の代表者は、文豪ゲーテである。これと対比される性格である「粘着性気質」の場合、いわゆるマッチョでストレート、ストイックで悲壮・戦闘的であり、芸術家であれば、その作風は荘重・深刻・深淵性、時には神秘性すら帯びる。循環性のライトな持ち味の産物とは対蹠的である。この性格の代表者は、文豪ドストエフスキーである。亡き谷村新司も、かなり典型的な粘着性だったと思う。「なんだかんだ言っても つまりは単純に君のこと好きなのさ」「我は行く 蒼白き頬のままで 我は行く さらば昴よ」どちらも、きわめて秀逸な代表作の歌詞のエピローグ(結語)だが、作者の性格傾向により、こういったテクスチャー(風合い)の差が出る。また、粘着性性格に比べ、循環性性格は(精神的な)スタートダッシュは利くが、疲れやすい、粘り強くないことも知られている。短距離の一発勝負には強いが、持久力はないのである。物事に対し、飽きやすいともいえる。・・・全く、私自身の性格を記述しているかのようである。芸能界のことはよく知らないが、そろそろ仕事を選んでセーブして、マイペースでのんびりやっていきたい本人と、稼げるうちに馬車馬のように働かせたい事務所サイドの間に強い軋轢があるだろうことは容易に想像できる。コロナ禍を経た業界の事情もあるのだろう。これは「働き方改革」にもつながる問題だろう。こういったメンタルヘルス(心の健康)に関する知見・概念・用語は、最近ではけっこう常識になっていると思っていたが、知らない人もまだまだ多いのかもしれない。この観点からの記事や言及が見当たらないのが残念である。・・・市川猿之助の悲劇も起こったばかりである。われわれは人の心の問題にもう少し敏感であるべきと、切に思う。■ 物議の山崎まさよしライブ「聞いていられる話ではなかった」トークばかりの異様・・・客明かす「一番悲しかった」発言【J-CASTニュース 24日】
2023.10.24
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正岡子規(まさおか・しき)よき妻を君は娶めとりぬ妻はあれど殊ことにかなひぬ君が妻 君に明治32年(1899)作歌集「竹乃里歌」(明治37年・1904)よい妻を君は娶った。妻にもいろいろあるけれども特にかなったね君の妻は君に。註俳句の弟子・福田把栗(ふくだ・はりつ)の結婚に際して贈った祝いの歌・連作四首の二首目。
2010.10.12
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正岡子規(まさおか・しき)瓶かめにさす藤の花ぶさみじかければたゝみの上にとどかざりけり(花瓶に挿した藤の花房は短いので、畳の上までは届かないのだなあ。)瓶かめにさす藤の花ぶさ一ふさはかさねし書ふみの上に垂れたり藤なみの花をし見れば奈良のみかど京きやうのみかどの昔こひしも藤なみの花をし見れば紫の絵の具取り出いで写さんと思ふ藤なみの花の紫絵にかかばこき紫にかくべかりけり(藤波の花の紫を絵に書くのならば、濃い紫に書くべきだろうなあ。)瓶かめにさす藤の花ぶさ花垂れて病やまひの牀とこに春暮れんとす去年こぞの春亀戸かめゐどに藤を見しことを今藤を見て思ひいでつもくれなゐの牡丹ぼたんの花にさきだちて藤の紫咲きいでにけりこの藤は早く咲きたり亀井戸の藤咲かまくは十日とをかまり後のち(この藤は早く咲いた。亀戸の藤が咲くのは十日余り後か。)八入折やしほりの酒にひたせばしをれたる藤なみの花よみがへり咲く(丹念に醸し出された銘酒に浸してみたところ、萎れた藤波の花が蘇って咲いたよ。)明治34年(1901)晩春、東京・根岸の自宅(現・子規庵)で詠む。遺稿歌集『竹の里歌』(明治37年・1904)所収。註若くして、当時としては不治の病といわれた脊椎カリエス(脊椎の結核)に臥した子規晩年の連作秀歌。一見淡々とした写生(写実)の中に、鬼気迫るほどの気魄が満ち満ちている名篇。
2010.05.22
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外では桜の花が美しく咲き乱れているというのに、なんともうんざりさせられる、やりきれないニュースである。 先ほどの注目の記者会見で、理研は「STAP細胞論文」の主要部分に捏造や改竄の不正があり、ほぼ全ての責任は小保方さんにあると発表した。 STAP細胞の生成と存在の事実そのものはまだ首の皮一枚つながっているという見方もあるが、これも今やほとんど黒に近いグレーといったところに追い込まれた。 やっぱりそうだったのかと、われわれも十分想定していた結論である。言っては悪いが、なんとも恥知らずな事件だったというほかはないだろう。 こうなってみると、われわれの関心の焦点は小保方さん本人のパーソナリティに移るわけだが、結論的にいえば、自己愛性または演技性などと分類されるパーソナリティ障害の一種と見て間違いないだろう。これらの症候群は広い意味で、また俗なニュアンスで境界例(いわゆる「ボーダーライン」)と称されることも多い。 一般的に、パーソナリティ障害と知能に必ずしも相関がないことはよく知られており、早大大学院で博士号を取得したインテリジェンスと、この幼稚ともいえる行動には精神医学的な見地での矛盾はない。 ウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメインカラヴァッジョ ナルキッソス * 画像クリックで拡大ポップアップ■ [STAP細胞問題] 理研、「小保方さんが捏造」と判断【毎日新聞 1日】 新たな万能細胞「STAP(スタップ)細胞」の作製成功を発表した英科学誌ネイチャーの論文に多数の疑問点が指摘されている問題で、理化学研究所の調査委員会(委員長、石井俊輔・理研上席研究員)は1日午前、東京都内で会見を開き、研究を主導した小保方晴子・研究ユニットリーダーについて「捏造にあたる研究不正行為を行ったと判断した」と発表した。 調査委は「小保方氏は科学的に許容しがたいプロセスによる2枚の異なるデータの切り貼りや、条件が異なる実験データの使用など、到底容認できない行為を重ねて行っている」とし「研究者としての未熟さだけに帰することのできるものではない」とした。
2014.04.01
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会津八一(あいづ・やいち)すゐえんのあまつをとめがころもでの ひまにもすめるあきのそらかな歌集『南京新唱』(大正13年・1924)水煙の天つ乙女の衣の袖の隙間にも澄みきって見える秋の空だなあ。註秋の古都を詠んで端正な調べが美しい、名匠の代表作。水煙:奈良・薬師寺東塔(国宝)上部の透かし彫りの装飾。二十四人の飛天の像が彫られている。けん家持さんによると、薬師寺にこの歌の歌碑があるようである。■ 薬師寺の風景とこの歌の歌碑(けん家持さんのブログ「偐万葉田舎家持歌集」より)あまつをとめ:飛天。天人、天女。歌集タイトルの「南京(なんきょう)」は、(京都に対して)奈良のこと。南都。* 作者特有の細かい分かち書き表記の原文は、今の目で見るとどうも読みづらく、情趣が殺(そ)がれるようにも思うので、まことに僭越ながら普通文に直した。
2010.09.26
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奥村晃作(おくむら・こうさく)自動車は自ら動く車ならず人が必ず動かしている次々に走り過ぎゆく自動車の運転する人みな前をむく運転手一人の判断でバスはいま追越車線に入りてゆくなり歌集「空と自動車」(平成17年・2005)註和歌・短歌には「ただごとの歌」という系譜が存在する。幕末の橘暁覧(たちばなのあけみ)などに始まり、明治期の巨匠・正岡子規によって継承された。何でもないようなことを、一見何でもないように詠むのだが、そこにはきわめて高度な精神作用が介在しているようにも見え、かつ何ともいえないトボケたおかしみが生じたりする。奥村氏は、現代歌人の中で、それを最も目的意識的に追求している異才である。蔭ながら尊敬している。
2009.08.17
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阿部みどり女(あべ・みどりじょ、明治19年-昭和55年)ざらざらと櫛にありけり花ぼこり春夜しゅんやの子起しておけばいつまでも大樽に糸瓜へちまつけあり水澄める大椎おほしひの中よりいでし梅雨の蝶黄を尽したんぽぽ絮わたとなりにけり物言はぬ独りが易し胡瓜きうりもみ光陰は竹の一節ひとふし蝸牛雑用の中に梅酒を作りけり頬白ほほじろの嘴はしより落ちし蝶の羽リラに鼻つけて踝きびすをかへしけりいのちより俳諧重し蝶を待つ註糸瓜へちまつけあり:ヘチマの果肉を腐らせ、残った繊維質を垢こすりなど(今でいうスポンジ)にした。今でもけっこう使っている人はいそうだ。光陰:時間。いのちより俳諧重し蝶を待つ:俳句としては、理に堕ちた、きわめて野暮な作品と言わざるを得ないが、言葉の力はある。いわば「辞世、遺言」みたいな感じか。詠まずにはいられなかったのだろう。近代女流俳人の草分けであった作者の、思わず居ずまいを正すほどの、厳粛な信念の披瀝。ここでいう「蝶」とは、まさに「詩」とか「霊感」などのことか。古代ギリシャ語の「プシュケー πσυκε psyche(霊魂、蝶。心理学 psychology などの語幹)」を連想させずにはおかない。
2007.05.23
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驚くべき訃報が飛び込んできた。世界的トップモデル、女優、ダンスパフォーマーなどとして活躍した、地上最高の美女であり我が女神でもある山口小夜子さんが14日に逝去していたことが、けさ明らかとなった。あまりの衝撃で言葉も出ない。身内の死以外でこれほどの衝撃を受けたのは、1980年12月のジョン・レノンの死以来という気がする。この場を借りまして、心からご冥福をお祈り申し上げます。年齢は非公開のため享年もはっきりしないが、リアルタイムで見てきた40代終盤の僕から見て、少しお姉さんであったことは確かである。・・・というか、女神に年齢はない。知りたくもない。最近ですら、眩暈めまいを覚えるほど美しかった。初めて彼女を見たのは、1973年、「資生堂ベネフィーク」のコマーシャル・フィルム(CF)だったと記憶している。この世のものとも思われないあまりの優美さに、思春期真っ只中の田舎の中学生は、たちまち“寝ても覚めても”状態に陥り、爾来(じらい)30有余年、変わらぬ隠れ崇拝(?)を捧げてきた。その神秘的な雰囲気を生かして映画でも活躍したが、その気になって見ているとテレビにもけっこうチョコチョコ出ていて、彼女が出演したテレビ番組は、能(あた)う限りこの目で見、エアチェック(録画)してきた。トーク番組などに姿を見せると、けっこうお喋りな地金が垣間見えて、真面目で優しい人柄とともに、永遠の少女のようなイノセントな素顔がたまらなく素敵で、心身ともに、骨の髄までチャーミングな人だと印象づけられた。日テレ「おしゃれ」などでは、久米宏と楠田枝里子に「カツ丼なんて食べるんですか?」などとツッコマれて、「食べますよ~、けっこう好きですよ~」とかムキになって答えていたのが可愛かった。・・・まあ、トップモデルさんだって、たまにはカツ丼ぐらい食べるよね。お風呂が好きで、毎日5回ぐらい入るとか聞いて、あ~、こりゃ一緒に暮らすのはちと困難かな~と断念したりした彼女の身体と、その身に纏まとった全てのものは、日本文化の粋すいである。文句なしに、無条件に世界に誇りうるものであった。努力もしただろうけれども、これはもう99%運命さだめである。美しく生まれちゃった女性は、もうしょうがないんだよね~。永遠を身に纏っちゃってるから。本人は孤独だったかも知れないし、そうでなかったかも知れないし、そんなことは外からは計り知れない。ともかく、空前絶後の日本女性であった。日本モデルの先駆者、山口小夜子さん急死 【日刊スポーツ】 黒髪のボブカット、切れ長の目の東洋的な魅力で、世界的なトップモデルとして活躍した山口小夜子(やまぐち・さよこ)さんが14日、急性肺炎のため死去した。葬儀・告別式は親族で済ませた。後日、お別れの会を開く予定。先月公開された出演映画の初日舞台あいさつには元気な様子で出席しており、所属事務所も急な訃報(ふほう)に驚きを隠せなかった。持病などは特になかったという。 欧米ファッション界で活躍する日本人女性モデルの先駆けだった。横浜市出身で杉野学園ドレスメーカー女学院を卒業後、71年にプロモデルとしてデビュー。70年代にパリ・コレクションやニューヨーク・コレクションに参加した。高田賢三氏や山本寛斎氏のショーにも登場し、77年には米誌ニューズウィークの「世界の6人のトップモデル」に選ばれた。 俳優活動にも力を入れていた。印象的な雰囲気もあって、故黒木和雄監督や、鈴木清順監督などベテラン監督の目を引いた。最後の出演映画「馬頭琴夜想曲」では、幻想世界で馬頭琴を弾く妖艶(ようえん)な美女を演じ、主役に近い役割を担った。同作の木村威夫監督は「とても熱心で研究心あふれる人でした。モデル出身なので、違う表現をしたいということもあったと思います。踊るように表現するのが印象的でした。また仕事ができたらいいと思っていただけに残念です」と話した。山口さんとは1週間ほど前に仕事で会ったばかりで、体調が悪い様子はなかったという。 映画以外にも寺山修司氏演出の演劇「中国の不思議な役人」やCMなどにも出演、コンテンポラリーダンスは欧米20都市で公演した。また、ファッションクリエーターとして「SAYOKO YAMAGUCHI」ブランドを立ち上げ、6月にはジュエリーブランドの発表を行うなど、精力的に活動していた。[ 2007年8月21日9時55分 ] 世界魅せた東洋の美の山口小夜子さん死去 【夕刊フジ】 14日、急性肺炎で亡くなった世界的トップモデルの山口小夜子さん(享年57)。70年代にはパリコレやニューヨーク・コレクションで、おかっぱ頭に切れ長の目の東洋美をアピール。当時“遊び仲間”だった歌手、美川憲一(61)が思い出を明かした。また、若い世代に山口さんのカッコイイ女優姿を印象づけた鬼才・鈴木清順監督(84)が、悲しみにくれた。 山口さんは、2001年10月に公開された映画「ピストルオペラ」で、女優の江角マキコ(40)とダブル主演を果たしていた。 山口さんは、江角さん演じる殺し屋に指令を出すエージェントを演じ、持ち前のミステリアスな雰囲気をただよわせながら、派手なアクションもあるサスペンスに挑戦。 メガホンをとった鈴木清順監督は、20日午後、訃報に接すると、「たいへんショックなので、コメントは少し後にしてほしい」としばらく時間をおいたあと、取材に応じ、こう振り絞った。 「身のこなしが軽やかで、気さくで気取らない人でした。えらいきれいな人だったなぁ…」 山口さんの演技について、映画評論家の小張アキコ氏はこう話す。 「堂々とした貫禄の中に美しさがあった。山口さんの猫目に黒髪のアジアンビューティーの原型とも言われる存在感が周囲の美しさも引き出した。鈴木監督特有の大正レトロの美しさにも見事にマッチした表現でした」 当時の映画スタッフのひとりは、「さすがパリコレなど本場で、ウオーキングモデルを経験しただけのことはある。見た目だけキレイな最近のグラビアモデル出身と違って、身のこなし、動きがカメラの中でも生き生きとしていた」と振り返った。 その鈴木監督が俳優・鈴木清順として山口さんと共演した映画が、最近まで公開されていた。美術監督の巨匠・木村威夫(89)が、ルルドの奇蹟の泉や長崎の原爆をモチーフに極彩色の幻想世界を描いた映画「馬頭琴夜想曲」。 山口さんは、7月21日には都内の劇場で舞台あいさつも務めていたため、突然の死にスタッフのだれもが驚いていたという。[ 2007年8月21日17時2分 ] 遊び仲間だった美川憲一が語る――山口小夜子さん死去 【夕刊フジ】今の若い人は知らないと思うけど、山口小夜子さんといえばあんた、日本のスーパーモデルの先駆け。すっごい人だったのよ。 もう30年以上も前になるけど、仲良くさせていただいていたファッションデザイナーの高田賢三さんが、パリで初めてブティック(現・ケンゾー)をオープンされたというので訪ねたら、紹介されたのよ、彼女のこと。ショーのときとは違って薄化粧だったけど、まぁ~、なんともいえない美貌でさ。見つめられて一瞬、ゾクッとしたのを覚えているわ。 お店でさんざんファッション談議に花を咲かせたあと、じゃ、ディスコにでも繰り出そうってことになって、3人でワーワーいいながら踊りまくったわ。それがまたカッコイイのよ彼女は。街を歩いていてもパリジェンヌの視線クギづけだもの。 そのあとクラブに移動して静かに飲みなおしたんだけど、当時の彼女はお酒も結構いけるくちだったわね。 以来、日本のパーティーなんかで会うと、「お久しぶりねぇ」なんて声かけあって…。あそこまで世界的なトップモデルに登りつめるとはねぇ。 最近はあまり噂を耳にすることはなかったけれど、ついこの間、ロスで夏休みを過ごしているときに、ファッション関係のお友達と彼女のことを話していたのよ。「彼女は時代の先駆者、私たちの憧れだった」って。 そしたらお亡くなりになっていたって…。虫の知らせだったのかしらねぇ…。 心からご冥福をお祈り致します。[ 2007年8月21日17時1分 ] 世界的モデルとして活躍した山口小夜子さんが死去【サンケイスポーツ】 パリ・コレクションなどで世界的なトップモデルとして活躍したファッションモデルの山口小夜子(やまぐち・さよこ)さんが14日に急性肺炎のため死去していたことが20日、分かった。57歳だった。横浜市出身。葬儀・告別式は親族で済ませた。後日お別れの会を開く予定。 関係者によると、17日夜、1人で暮らす東京都港区内の山口さんの自宅を訪ねた知人が部屋で倒れているのを発見。救急車で運ばれたが、病院で死亡が確認された。すでに14日に死亡していたとみられる。 杉野学園ドレスメーカー女学院卒。昭和46年にプロモデルとしてデビューし、パリ・コレクションやニューヨーク・コレクションに参加した。高田賢三氏や山本寛斎氏のショーに登場し、おかっぱ頭、切れ長の瞳の東洋的な魅力で注目を集めた。米ニューズウィーク誌の「世界の6人のトップモデル」に選ばれ、欧米ファッション界で活躍する日本人女性モデルの先駆けとなった。 女優活動にも力を入れ、寺山修司氏演出の演劇「中国の不思議な役人」、鈴木清順監督の映画「ピストルオペラ」などに出演。CMやコンテンポラリーダンス、衣装デザインでも活躍した。 神秘のベールに包まれた印象が強いが、一昨年9月、産経新聞「私の失敗」のコーナーに登場。パリでの初舞台前に失神したことや欧州を電車で移動中、うっかり非常用レバーを倒して特急を止めてしまったことなど、意外に“おちゃめ”な素顔を明かしていた。[ 2007年8月21日7時5分 ] 平凡パンチ1978年2月6日号(楽天ブログ「ともるー's ブログ」より無断転載)ともるーさん、すみません。・・・お、お慈悲を。
2007.08.21
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橘曙覧(たちばなのあけみ)たのしみは艸くさのいほりの莚むしろ敷きひとりこころを静めをるとき志濃夫廼舎しのぶのや歌集 独楽吟どくらくぎんたのしみは、粗末な草庵の筵を敷いて座り込んで独り心を静めているとき。註橘曙覧:夙(つと)に近代的感性を持ち、「月並和歌」ではない「近代短歌」を準備したと、明治時代になって正岡子規が絶賛した、幕末・越前(福井)の歌人。昨年の大河ドラマ「篤姫」に、勝海舟の後ろ盾として登場した福井藩主・松平慶永(よしなが)春嶽(しゅんがく)にも称揚され、「志濃夫廼舎(しのぶのや)」の雅号を賜った。明治維新を思想的に準備した国学者たちの群像の一人でもある。仕官せず、生涯清貧を貫いた。なお、「あけみ」といっても、もちろん男ですから、念のため三人の男児の父で、今でいう「家族愛」を詠んだ歌が多数。家集「志濃夫廼舎(しのぶのや)歌集」に収録された「独楽吟」連作52首は、ほとんど現代語訳もいらないほどの平明な表現ながら、まことに心温まる和歌史上の名作の一つである。僕の場合、読んでいるだけで、ほとんど法悦さえ感じる。本日から全文をご紹介する。 ■橘曙覧の世界奥村晃作 ただごと歌の系譜新井満 樂しみは 橘曙覧・独楽吟の世界
2009.01.25
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能因(のういん)秋の夜を長きものとは星あひのかげ見ぬ人のいふにぞありける後拾遺和歌集 243秋の夜が長くて退屈なものだとは牽牛と織女の星合いの光の切なさを解しない無粋な人の言うことなのであろうよ。註さすがに僧侶らしく少々理屈っぽいが、面白い趣向の歌。星あひ:織姫と彦星が邂逅すること。かげ:古語としては、ほぼ例外なく「光」の意味。* 本日は旧暦の七夕。
2009.08.26
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和宮親子内親王(かずのみやちかこ・ないしんのう)/静寛院宮(せいかんいんのみや)惜しまじな君と民とのためならば 身は武蔵野の露と消ゆとも身命など惜しむだろうか。あなたさまと民のためならばこの身は地の果ての武蔵野の草葉の露と消えても。註これはまた、皇女・皇妹(仁孝天皇の皇女、孝明天皇の妹、明治天皇の伯母)の歌とも思えないぐらいストレートで悲壮な覚悟の披瀝。幕末が、いかに激しい疾風怒濤の時代であったかが偲ばれる。当時一般的だった古今和歌集調の優雅な歌風からは程遠く、「道歌」(思想的な内容を表現した歌)に近い。ただ、このあけっぴろげなまでの率直さは、やっぱり内親王も関西人だった(?)・・・と同時に、下向した関東を草深い田舎の武蔵野呼ばわりし、「あたしを誰だと思ってんのよ」的なタカビーな含みもきっちり詠み込んであるように見える。これを読んだ天璋院(篤姫)・大奥勢が、かなりビビッたであろうことは、想像に難くないなお、和宮の実像は、今で言う典型的な「ツンデレ」だったという説もある。この「君」は、天皇であろうが、多少は未来の夫・徳川家茂の意味も含んでいる、か?吉田松陰辞世「身はたとひ武蔵の野辺に朽ちぬとも留め置かまし大和魂」(「留魂録」所収)を連想する。・・・というより、あまりにも似ているので、これは松陰の本歌取りかも知れない。
2008.10.27
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栃木・宇都宮市一番町に『寿司天ぷら 牡丹』なる日本料理店がオープン* 上の見出しをクリックすると当地の地域情報サイトに移動します。とりあえずいっぺん偵察に行ってみようやと社長のお供で海鮮丼と天ぷらを食べた。ひとことで言って第一級の味である。絶品と思った。海無し県の栃木県民は、逆説的に海への憧れが強く、口も奢っており寿司・魚介料理にはけっこううるさいことで知られている ―― 筆者を含めて。工夫を凝らした寿司の名店も多い。県庁所在地の中都市・宇都宮駅周辺は、飲食店が相食むなかなかの激戦区である。その中でトップクラスといっていいのではないか。駅ビルにある『すしざんまい』にはちょくちょく行っているのだが(さすが業界の覇者であり、味はもちろん悪くはないが)やや脂のうまみに頼りすぎているかなと感じることもある。脂っこくてちょっとくどい、しつこい、胃にもたれる、飽きるという意見が少なくない。魚の脂はDHA(ドコサヘキサエン酸)などオメガ3脂肪酸が多く、健康にはいいと言われるが、それも程度問題である。個人的には、やはり油脂系のうまみよりも、イノシン酸などアミノ酸(蛋白質系)のうまみ成分の味わいが寿司の王道ではないかと感じている。日本人の繊細な味覚の見地では、こちらが完全に勝っていると思った。オーナー店長(板前)の志(こころざし)、意識は高いと見た。立地はそんなにいいとは言えない。地元民ならともかく、けっこう分かりづらい。宇都宮駅西の大通りから一本南に入った裏通りといったところである。「比企クリニック/比企リベカ ばしょうふの家(老人ホーム)」の大きなビルの東側向かいで、もと酒屋さんだった大谷石の蔵を居抜きで使っている。コロナ禍でどこの飲食店も苦戦している模様だが、頑張ってほしい。前途に幸あれと、陰ながら祈っている。なお、価格は、地方都市の飲食店としては安いとまではいえないかも知れないが、もちろん法外な値段ではなく、むしろリーズナブル(合理的、安め)だと思う。〔ランチメニュー〕海鮮丼セット 2000円おまかせ握り 2000円(にぎり7貫、巻物1本、厚焼き玉子)特上にぎり寿司 3000円(にぎり10貫、厚焼き玉子)天丼セット 1500円*ランチメニューには、すべて小鉢、茶碗蒸し、味噌汁付き。〔夜のメニュー〕おまかせ特上握り(10貫) 5000円その他、単品オーダー 300円より〔天ぷら〕野菜天 一点 200円 三点 500円海老天 600円穴子天 1200円イカ天 300円*その他、当日入荷の魚介あり。専用駐車場はないが、南側のきわめて近くに上記の比企グループが経営する広大な駐車場があり、全く不自由はない。30分100円。駐車場から徒歩0.5分(=30秒)。
2022.11.26
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佐佐木信綱(ささき・のぶつな)春ここに生あるる朝あしたの日をうけて 山河草木さんかさうもくみな光あり歌集『山と水と』(昭和27年・1952)註「生(あ)るる」の読みは、作者の孫でやはり歌人の佐佐木幸綱氏が確認している。上古語動詞「生(あ)る」の連体形。「生(あ)る」は、「生まれる」の意味だが、「生まれる」が「生む」の受身形であるのと違い、能動的・自発的であり、また神秘的・超越的な存在が出来(しゅったい)するニュアンスがある。現代でも、短歌表現では比較的普通に使われる。語源的には「あり(存在する)」と関係があるかも知れない。したがって、韻律上「朝」は「あした」と読むと思われる。
2023.01.01
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北原白秋(きたはら・はくしゅう)池水に病やまふ緋鯉の死ぬときは音立てて跳ねてただち息停とむ物の葉やあそぶ蜆蝶しじみはすずしくてみなあはれなり風に逸れゆく虫の音の繁かるかなとしろがねの箸そろへをり苑の秋ぐさもみじ葉を月の光にながめゐてはららきしからに我はおどろく人は死に生きたる我は歩ありききて蛤はまぐりをむく店を見透かす歌集『橡くぬぎ』(昭和18年・1943)註はららく(散く):ばらばらになる。四段活用の古語動詞。現代語「ばらける」「ばら撒く」「はらはらと」「ばらばら」などと語源的関係があると思われる。はららきしからに:(風などで)不意にはらはらとばらばらに飛び散ったので(私は驚いた)。
2024.11.25
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【参考】 日本映画「火垂るの墓(1988)」に関する、アメリカの著名な映画評論家・ロジャー・エバート氏(「シカゴ・サン・タイムズ」紙記者)の評論文(2000年3月19日発表)第二次世界大戦末期、米軍爆撃機が日本の都市にナパーム弾(焼夷弾)を投下し、空襲火災を引き起こしていた。ナパーム弾は空き缶よりはちょっと大きいぐらいで、光を曳きながら落ちていく様は美しくもある。地表に衝突した瞬間、一瞬静寂が支配し、爆発と共に轟音と炎をまき散らす。日本の住宅地における脆弱な木と紙で作られた家屋は、火に対抗する術を持たなかった。「火垂るの墓」は、空襲によって住む家を失った、神戸の周辺都市の子供たちを描いたアニメーション映画だ。清太は10代の少年で妹の節子は5歳に満たない。彼らの父親は帝国海軍に従軍しており、母親は空襲で犠牲になった。清太は救急病院で熱傷に覆われた彼女の遺体に対面する。彼らの家も、隣人たちも、学校も、全てが失われた。いったんは小母が彼らを受け入れるも、彼らを食べさせることに残酷になり、結局は清太は二人で住むことの出来る丘の防空壕を見つける。清太は食料を調達するために、両親に対する節子の質問に答えるために、彼の出来ることをする。映画の冒頭において、清太が地下鉄の駅で死ぬ場面が描かれる。そして、我々は節子の運命を想像することができる。我々は少年の魂に導かれて過去を回想するのである。「火垂るの墓(Grave of the Fireflies)」は、アニメーションに対する再考を迫る圧倒的な感動すべき体験(emotional experience)をもたらす。当初アニメーションは子供向けの漫画に過ぎなかった。「ライオンキング(The Lion King)」や「もののけ姫(Princess Mononoke)」、「アイアン・ジャイアント(The Iron Giant)」等の最近のアニメーションはより深刻なテーマを扱っており、「トイ・ストーリー(Toy Story)」や「バンビ」のような古典は数人の観客を涙に誘うこともある。しかし、これらの作品は安全な一線を越えることはない。それらは涙を誘いはするが、痛みを伴うことはない。「火垂るの墓」は力強くドラマチックなアニメーション映画で、批評家アーネスト・リスター Ernest Risterが「火垂るの墓」を「シンドラーのリスト(Schindler’s List)」と比較して「この映画は今まで見た映画の中で最も深遠なヒューマンアニメーション映画である」と批評したことがよく理解できる。「火垂るの墓」は生き残ることをシンプルに描く。少年と彼女の妹は住むところと食べ物を見つけ出さなくてはならない。戦時において彼らの親類は親切でも寛容でもなく、彼らの小母が兄妹の母親の着物を米を買うために売り払ったときには、彼女はその多くを独り占めにした。結局清太は彼女の元を離れる時だと決断する。清太は少ないお金を持っていて最初は食料を買うことができたが、すぐに買えるものがなくなる。節子はどんどん衰弱していく。彼らのストーリーはメロドラマとしてではなく、シンプルに、ダイレクトに新写実主義の様式で語られる。そしてその中には静寂の時がある。この映画のもっとも素晴らしい贈り物の一つはそれが要求する忍耐にある。映画のショットは我々がそれらについて考えることが出来るよう留め置かれ、プライベートな時間の中にキャラクタの個性が覗き、雰囲気と本質はそれが確立するのに十分な時間を与えられている。日本の歌人は休止と区切りの中間のような「枕詞」を利用する。偉大なる映画監督小津安二郎は「枕ショット」──詳細な自然の描写を、つまり、2つのシーンを分割するために利用した。「火垂るの墓」もそれらを利用する。そのビジュアルはある種の詩を形作っている。中には爆弾が雨のように降り、通りを埋め尽くす人々を恐怖に陥れる時のように素早いアクションのシーンもあるが、この映画はアクションを乱用せずそれがもたらす結果を重視する。この映画は最も偉大な日本のアニメーションの供給元である「スタジオジブリ」の高畑勲によって監督されている。彼の同僚には宮崎駿(「もののけ姫(Princess Mononoke)」「魔女の宅急便(Kiki's Delivery Service)」「となりのトトロ(My Neighbor Totoro)」)がいる。彼の映画は通常このようにシリアスではないが、「火垂るの墓」はそれ自体でカテゴリを形成する。「火垂るの墓」は野坂昭如による半ば自伝的な要素を含む小説に基づいている。彼は焼夷弾が降った時代に少年時代を過ごしており、彼の妹は飢餓によって死亡していることから、彼の人生は罪の意識と共にあった。その原作小説は日本でよく知られており、実写による映画化の方がより容易く想起されるかもしれない。これはアニメーションの典型的な題材ではない。しかし、「火垂るの墓」にとって、私はアニメーションは正しい選択であったと思う。実写映画は特殊効果、暴力とアクションの重荷に悩んできた。アニメーションにすることによって、高畑はストーリーの本質に集中することができた。彼のアニメキャラクタにおける視覚的なリアリズムの欠如は、我々の想像力をより刺激する。現実の俳優による過度のイメージを排除し、我々は容易にキャラクタを我々自身に重ねることができるのだ。ハリウッドアニメーションは、矛盾した表現に見えるかもしれないが、数十年間「写実的アニメーション」の理想を追求してきた。描かれる人々は撮影された人々のようには見えない。彼らはより形式化され、より明確に記号化され、(ディズニーが骨の折れる実験の末発見したように)彼らの動きはボディランゲージを通して気持ちを伝えられるように誇張されている。「火垂るの墓」は「ライオンキング」や「もののけ姫」のリアリズムを追求していないが、逆説的には「火垂るの墓」は私が今まで見たものの中で最も写実的なアニメーション映画だ──心情的な面で。舞台と背景は18世紀の日本人浮世絵師、安藤広重と彼の現代の弟子エルジェ(タンタンの冒険旅行の作者)の影響を受けたスタイルで描かれている。その中にはアニメーションの枠に留まらない素晴らしい美しさがある。キャラクタは大きい目と子供的な体型、素晴らしい柔軟性の特徴(口は閉じているときには小さいが、子供が泣くときには巨大になって、節子ののどちんこまで見える)をもつ、現代的な日本アニメーションにおける典型的な描き方をされている。この映画は、アニメーションは必要ならば、現実を模倣することではなく、それを誇張し単純化することで、感情的な効果を与えることができることを証明している。そのため、映画のシークエンスの多くは経験描写ではなく、感情表現に割かれている。そこには圧倒的な美しさを伴った数多くのシーンがある。あなたは、子供たちが蛍を捕まえて、彼らの防空壕を光で照らした夜の中にいることに気付くだろう。翌日には、清太は彼の妹が虫の死骸を埋めているところを見つける──そのとき節子は彼女の母親が埋葬されたことを思い起こしていた。節子が泥を使っておにぎりと想像上のごちそうを作り食事を用意するシークエンスがある。砂浜で彼らが死体を見つけ、そして空の彼方にさらなる爆撃機が現れるシークエンスのタイミングと静寂の活用は注目すべきである。リスターはまた別のショットを挙げている。「清太がタオルで空気の泡を閉じこめ水中に沈めて解放することで、節子が破顔する瞬間がある。そのとき、私は特別な何かを見つけた気がした」「火垂るの墓」の表層の奥には古い日本の文化的な流れがあり、それらは批評家であるデニス・H・フクシマ Jr.Dennis H. Fukushima Jr.によって解説されている。彼はこのストーリーの源流を心中の伝統の中に見出した。清太と節子は公然と心中を約束したということではなく、人生が彼らの生きる意思をすり減らしたのだ。彼は彼らの防空壕と丘陵の墓との類似点についても言及している。フクシマは、著者の野坂昭如のインタビューを引用している。「たった独り生き残った。彼は妹の死に罪の意識を持っていた。食料をあさる時にも、彼はしばしばまず自分が食べ、妹は次に回した。妹の死因が飢餓であったことは否定できず、その悲しい事実が野坂を長年に亘り苦しめてきた。贖罪の意識が彼が体験を元に小説を書くモチベーションとなった」「火垂るの墓」はアニメーションであって日本の作品であることから、(米国では)あまり見られていない。アニメファンがどれだけこの映画が素晴らしいと主張してもだれもそれを真剣に受け取らない。しかし、今なら英語の字幕や吹き替え付きのDVDが簡単に入手できるし、もしかするとこの作品が受けるべき注目を得ることが出来るかもしれない。その通り、この映画はアニメーションであり、子供たちの目は皿のように大きいが、これは今まで作られた最も優れた戦争映画のあらゆるリストに加えられるべき作品である。〔この翻訳文のソース〕
2009.05.10
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松尾芭蕉(まつお・ばしょう)語られぬ湯殿ゆどのにぬらす袂たもとかな奥の細道陸奥・湯殿山の門外不出の秘密、それは、御神体が男女のまぐわいを示しているということ。決して他言を許されぬこの禁忌に思いを馳せながらありがたさに涙を滴らせる袂なのである。註一読しただけでは、何のこっちゃ(僕も)さっぱりワケが分からず、どうしても註釈が要るだろうが、これはなかなかエロティックな一句なのだといわれる。国語の教科書にもよく載っている芭蕉ではあるが、謹厳実直一辺倒の石部金吉だったと思うのはどっこい勘違いであり、けっこうこうした艶っぽい句も詠んでいる。伊賀の武家出身であるが、そこはそれ、やはり江戸の俳諧師の群れから身を起こした人である。湯殿山の御神体は、深い谷間の熱湯の噴き出る褐色の巨岩で、男女の性器を象徴するという。「湯殿」の名も、それを示唆しているのだろう。古代アニミズムの系譜も汲む日本の神道・修験道は、男女の性的エネルギーと豊穣を聖なるものとして崇めてきた。例えば、日光・金精神社の御神体も、その名の示すとおり、男性器を象(かたど)った物体であるという。各地に残る「道祖神」を含め、こういう例は、枚挙にいとまがないだろう。
2009.07.22
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○ 美少女の笑顔で栃木県をPR「国民的美少女」審査員特別賞の高村優香さん(16)未来大使に【下野新聞(栃木) 25日付朝刊】 8月の第14回全日本国民的美少女コンテストで審査員特別賞を受賞した本県出身の高校2年生、高村優香たかむら ゆうかさん(16)が24日、県庁を訪れ、福田富一知事から「とちぎ未来大使」に委嘱された。 委嘱状を手渡した福田知事は「いろいろな場で活躍して、ぜひ県のPRもしてほしい」と激励。今後の活躍に期待を寄せた。 高村さんは栃木のお薦めを「自然やお祭りが多い楽しいところ」と紹介。「みんなが知らないいい所がたくさんある。(自分自身で県内の)いろいろな場所へ行って、その良さを(県外の人に)分かってもらえるようにしたい」と、笑顔で未来大使としての意気込みを語った。 現在は高校に通いながら演技やダンス、歌、ウオーキングのレッスン中。本格的な活動はこれからだが「モデルでも女優でもマルチに活躍できる人になりたい」と、将来に思いをはせていた。 ことしの同コンテストの応募総数は8万1031人。審査員特別賞は過去に女優の米倉涼子さん、上戸彩さんらが受賞している。(大町浩美)
2014.10.25
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石川啄木(いしかわ・たくぼく)神無月かみなづき岩手の山の初雪の眉まゆにせまりし朝を思ひぬ第一歌集「一握の砂」(明治43年・1910)神無月故郷の岩手山に降る初雪が山の頭のてっぺんから「眉」のあたりまで迫った朝をふと思い出していた。註改行は原文のまま。神無月かみなづき:かむなづき、かんなづき。陰暦の十月の称。新暦のほぼ11月に当たる。
2011.11.05
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木下利玄(きのした・りげん)遠足の小学生徒有頂天うちやうてんに大手ふりふり往来とほる子供等らは列をはみ出しわき見をしさざめきやめずひきゐられて行く歌集「紅玉こうぎよく」(大正8年・1919)
2013.09.29
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けさ、近所で写す。一見すると、まだ青い小ぶりのホオズキ(鬼灯、酸漿)みたいですが、葉っぱの形が明らかに違います。なんじゃ、これは~?!? なんか好きだわ~、かわゆいぞ~どなたか分かる方がいらっしゃいましたら、ご教示下さいませ・・・と書きましたところ、早々にブロガー&和歌仲間のけん家持さんからコメントがあり、風船葛(フウセンカズラ)と判明しました。いつもありがとうございます~来年はぜひ、ウチでも育ててみたくなりました
2010.09.07
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伊丹十三監督『タンポポ』挿話(通称)「最後のチャーハン」井川比佐志 三田和代同 英語字幕入り「タンポポで最も悲しいシーン」映画全体の本筋とは別の、わずか4分間のシーンだが、深く心に残る。世界映画史に残るといっていいのではないか。井川比佐志、三田和代の鬼気迫るほどの入神の演技に加え、せりふのない子役の動きまで、ほぼ完璧である。涙止めえず。唯一、臨終を告げる医者役の演技が上手くないと思っていたのだが、医者も人間である。手立ては尽くした。精一杯やった。礼も尽くした。もう帰りたいよという気分を表現していて、これはこれでいいのだと思い直した。映画好きであれば直ちに気づくことだが、このシーンは巨匠・小津安二郎監督の代表作で、日本映画屈指の名作『東京物語』で母親が亡くなるシーンへのオマージュと挑戦が入っているのだろう。そこで大声を立てて泣くのは、大女優・杉村春子だったが、(・・・これがまた、書けば若干長くなるのだが、書いてしまおうか。当時のこととて、割と優しいけれどもやはり威張っている父親に忍従気味の古いタイプの母親に反発して、手に職をつけて自立して、今は天下の大東京で美容院の経営者として成功している長女・杉村は映画の初めから母親にクールでドライで冷笑的な言動を繰り返す。見事な脚本と演出を得て、歴史的演技派大女優の面目躍如の独壇場である。母親の危篤に際しても、ますますそのドライな怜悧さは冴えわたる。女って、女に対してこうだよなと、いちいち思い当たって男は苦笑する。ところがそれが、長大な伏線であったと気づくのが、くだんの母親の臨終シーンであり、この瞬時、魂の叫びのように杉村春子が泣き崩れる。「ああっ」という声だったか。そしてすべての伏線が回収されたのである。脚本・監督のたくらみであり、ドラマツルギー・作劇の見本であると思う)この長女役の子役の泣き声は、それに勝るとも劣らないと思う。長男役の子役もいい。母の死を目前にして茫然としつつ父の命に従い、その最期のチャーハンを黙々と食う。かなしみは、やがてじわじわと後から襲ってくるだろう。かなしい。
2021.09.05
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まさに「聖地巡礼」。日本映画史上に燦然と輝く、今なお忘れ得ぬ人も多いであろう名作『砂の器』(松本清張原作、野村芳太郎監督、昭和49年・1974松竹)のロケ地巡り動画。ふと何気なく見つけて、驚くべき労作とその情熱に感服。ロケ地の変貌ぶりにも驚きつつ、一本の映画を作ることがいかに大変かにも、改めて気付かされる。リメイクはもはや不可能だなと嘆息させる。投稿主ウォーキング・テットさんに深い敬意を表する。〇 映画 『砂の器』 ロケ地探索 島根県編〇 『砂の器』 ロケ地探索伊勢志摩・二見浦、大阪・通天閣編〇 『砂の器』ロケ地探索 茨城県編〇 『砂の器』映画評 圧倒的な映像叙事詩ちなみに、この映画における緒形拳は、僕にとって男の一つの理想像である。人格的、あるいは口調・挙措動作への影響さえ受けたと思う。人として、なかんずく男子として生まれたものは、かくありたいと、けっこうまじで思っている。人情に厚い善人そのものなのだが、惜しむらくは、いかにも明治男らしくやや直情径行なところがあり、あまりにも苛酷な「宿命」によって心に深い闇を宿してしまった犯人の逆恨みを買って殺されてしまうという悲劇的な役どころである。本当に気の毒である。その一方で、大きな声では言えないが、犯人役の加藤剛も最高にかっこいい。難しい役だと思う。音楽表現に憑りつかれて、道徳を超えてしまった男の深い悲しみを満面の表情に湛えて、こちらも名演。松本清張の原作(読売新聞連載)発表時から映画公開後にも、犯行動機の弱さに批判が燻っていたというが、これはもうしょうがないだろう。丹波哲郎の「癩病であったのであります」という衝撃的な台詞から始まる、クライマックスのダイナミックかつ悲痛な映像美の凄さが、すべての批判を吹っ飛ばす。殺人犯・加藤剛、被害者・緒形拳。大物演技派俳優同士の空前絶後の火花散る共演であった。その事件を追う丹波哲郎、森田健作の両刑事も、それぞれ代表作の一つと言えるほどの力演。もちろん、加藤嘉、春田和秀親子の名演は、もはや言葉を超えた真の伝説。■「砂の器」伝説の名子役、春田和秀さん43年を経て語る、子役という “宿命”一定以上の年齢の方はご存じだろうが、こういう気の毒な人や親子は、僕らの子供の頃にはけっこうそこらへんにいた。哀しい。〇 『砂の器』とハンセン病療養所〇 【妄想配役】 映画 『砂の器』 を2023年の俳優でキャスティングしてみたこれはもう、完璧だね。一杯飲みながら見ていたら、これだけで泣けた。この投稿者は、明らかに素人じゃないね。芸能界インサイダーのプロだろう。このキャストで、本当に見てみたい。
2024.10.20
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橘曙覧(たちばなのあけみ)たのしみは朝起きいでて 昨日きのふまで無かりし花の咲ける見る時志濃夫廼舎しのぶのや歌集 「独楽吟どくらくぎん」連作楽しいのは朝起き出してきのうまでなかった花が咲いているのを見る時。橘曙覧全歌集 岩波文庫【送料無料】 価格:1,134円(税込)
2012.03.22
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橘曙覧(たちばなのあけみ)たのしみは雪降るよさり 酒の糟かすあぶりて食くひて火にあたる時志濃夫廼舎しのぶのや歌集 「独楽吟どくらくぎん」連作楽しいのは 雪降る夜に酒粕を炙って食べて火鉢に当たっている時。註よさり:もと、夜が来ること。転じて、夜そのものを指す。「さり」は動詞「さる」の連用形体言。「さる」は、現代語「去る」の語源だが、古くは方向を問わず移動することを指し、多くの場合「近づく、来る、訪れる」の意味に用いられた。
2011.02.13
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AIKO桜の時今まであたしがしてきたこと間違いじゃないとは言いきれないケドあなたと逢えたことで全て報われた気がするよ降ってくる雨が迷惑でしかめっ面したあたしに雨上がりの虹を教えてくれたありがとう「春が来るとこの川辺は桜がめいっぱい咲き乱れるんだ」あなたは言うあたしはうなずく作曲:AIKO唄:aiko* 歌詞全文
2014.03.29
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明治天皇睦仁陛下 御製(おおみうた、ぎょせい)あさみどり澄みわたりたる大空の広きをおのが心ともがな明治37年(1904)初冬新緑のように生き生きとした青が澄みわたった大空の広大無辺を自分の心と出来たらなあ。註欧米以外で初めてこの国に偉大な近代化を齎した英邁なる君主にふさわしい、まことにおおどかで気宇壮大な名歌。『明治天皇御集』の時系列の配列から見ると、初冬(年の瀬)の作品と見られる。もがな:詠嘆を込めた強い願望を示す終助詞。「・・・であったらなあ」「・・・と出来たらなあ」。願望を表わす上古語終助詞「もが」に、詠嘆の終助詞「な」が付いたもの。上代では「もがも」の形で、万葉集に見られる。この語尾の「も」も詠嘆の終助詞。
2009.01.17
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毎回、いかにも有吉らしいひねりの利いた深夜番組『有吉クイズ』(テレビ朝日系)だが、さきほど5日深夜(6日未明)に何気なく見ていたら、こちらも生成AI(生成的人工知能)特集をやっていた。時代の尖端を走るテレビマンやタレントたちも、人類がついに生み出してしまったこの究極のテクノロジーに驚愕し、戦々兢々としていることが察せられた。出川哲朗、銀シャリ橋本ら本人を前に、Chat GPTを使って「出川の芸風の改善点/新しい仕事の展開案」、「橋本の関西ローカルの冠番組のタイトルと内容案」などを面白おかしくやっていて笑えたが、ある意味で心底は笑えなかった。複雑な心境になった。この番組の場合は他愛もない話題ではあるが、それらの回答はかなり高度であり、プロの芸人や放送作家がうんうん唸ってやっと考えつくような内容が瞬時に多数、精緻に出てくる凄さ。さらにもっと遥かに重大かつ深刻な分野、すなわち政治・経済・社会・教育・軍事・文学・芸術などに、すでに間違いなく応用されつつあると推論するのはたやすいだろう。現在でこの水準なら、3年後、5年後、10年後にはどこまで進化してしまうのか。囲碁・将棋、チェスの棋士たちがコンピューターに太刀打ちできなくなってすでに久しいが、大げさに言えば、人類(の創造的な部分)はもう終わるのではないかとさえ思ってしまう、機械文明の行きつく先が、もうすぐそこに来ているとも思った。ついに機械は神になってしまうのか。もちろん、産業革命以来、この種の問いは常に繰り返されて来た。人類はそうした世界に適応しながら、なんとかかんとか生きてきた。だから今後も大丈夫と言える、・・・だろうか?私が勝手に暗澹たるペシミズム(厭世観)にとらわれているだけなのかもしれないが、とりあえず現時点での正直かつ大雑把な感想である。
2025.10.06
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窪田空穂(くぼた・うつぼ)春の日のうらうら照ればそのうちに生まれて蝶のあらはれ舞ふもつばくらめ飛ぶかと見れば消え去りて空あをあをとはるかなるかな歌集「濁れる川」(大正4年・1915)註うらうら:うららかに。つばくらめ:燕(つばめ)。
2010.04.19
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与謝野晶子(よさの・あきこ)ああ皐月さつき 仏蘭西フランスの野は火の色す君も雛罌粟コクリコわれも雛罌粟歌集「夏より秋へ」(大正3年・1914)註スタジオジブリの最新作は「コクリコ坂から」だそうなので、何となく便乗してコクリコの歌を一首。コクリコ:Coquelicot. 雛罌粟(ひなげし)のフランス語。■ Prairie de Coquelicot(コクリコの野原)
2011.07.23
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日曜夜、いつものようにNHK大河ドラマ「江 姫たちの戦国」の第12話「茶々の反乱」を見た。結論からいうと、かなり楽しめた。「評判悪いけど面白い」というpopy5333さんの意見に一票。評判が悪いのは、ひとえに田渕久美子原作・脚本の時代考証・歴史解釈(歴史改変・・・捏造?)が奔放すぎる、あるいは戦国時代を描くのに現代の民主主義・男女同権的な価値観を安易に持ち込みすぎているといった側面であり、「フェアリーテイル(お伽話)ファンタジー大河」と揶揄されていることにも、かなり同意する。今回も、身分こそ高いが寄る辺なき哀れな孤児(みなしご)の三姉妹が、秀吉に反抗して「ハンガー・ストライキ」だって!?深く考えなくたって、それ絶対あり得ませんから。田渕氏が、古代ギリシャ喜劇、アリストパネス「女の平和」を読んでいることは分かったが、これを戦国乱世に換骨奪回するのはどう見ても強引すぎると思った。女の平和価格:2,100円(税込、送料無料)・・・とはいうものの、「NHKスペシャル」の歴史捏造・政治的偏向問題などとは異なり、娯楽時代劇としては、諸手を挙げて賛成とまでは言わないが、ストーリーの膨らませ方としてはギリギリ受忍限度内といえるかな~?ホームドラマ風予定調和的な展開だったが、面白かったことは面白かったし、クライマックスでは泣けもしたので、まあ今回は不問に付すとしよう。・・・すいません、なんで俺こんなに上から目線なんだろ?閑話休題、それにひきかえ、役者の演技面では今年の大河は相当スゴイなと思う。まず、なんと言っても岸谷五朗の“チョイ悪”秀吉。全てのシーンで、一挙手一投足、一台詞一表情に至るまで研究し計算し尽くされ、ほとんどの芝居においてリアルさの上に微妙なデフォルマシオン(意図的誇張)を乗せていることがありありと分かる。気合い入りまくりである。それでいて、全体の間と流れは全く不自然さがなく、超スムーズ。かねがね上手いとは思ってたが、ここまでとはね~。独壇場ではないか。こりゃ「男杉村春子」だと感服。多少やりすぎ・作りすぎ・コミカルすぎという意見もあるし、見る人それぞれの好みもあろうが、何せまだまだ伸びしろのある演技派俳優の岸谷のことである。あまたの名だたる歴代名優が演じてきた豊臣秀吉という「超大役」を演じるに当たって、これぐらいやらなくちゃ埋没してしまうぞよ~という、芸能「業界」的な玄人筋の評価の“大人の事情”があることも斟酌しなくては気の毒であろう。そういった消息は、どこの世界にもあることだ。わが「歌壇」(短歌業界?)といえども、もちろん例外ではない。俵万智さんが「サラダ記念日」を引っ提げて颯爽と登場した直後、たちまち多数の熱心な信者を獲得する一方、守旧派のバッシングたるや凄まじいものがあり、25年経った今もなお記憶に新しい。「こんなものは短歌でない」という、旧陸軍内務班系、もしくは小姑お局さま系の定番新人若手いびりはもちろんのこと、「いい子ぶりっ子」などの人格攻撃や「タヌキ顔のクセに~」なんていう顔面攻撃まであり、俵さまフリークの僕としては同情を禁じえなかった当時、誰が俵さんをいじめたか、ファンはきちんと記憶している。その後、声望高まる一方の歌の女神の前に、理不尽な攻撃者は全て滅んだ、自滅した。ちなみに、当時も今も歌壇重鎮の岡井隆「未来」主宰が、俵さんをいち早く評価して、自らも批判者のとばっちりの火の粉を満身に浴びた武勇伝は、改めて特筆大書に価するといえよう。この事績によって、岡井氏の選歌眼も評価されたという「逆七光り効果」があったのは事実と思う。このように、誰が勝利者であるかは、時の流れが解答する。表現者は、すべからく気を強く持つべきだ。気が強いことは、あらゆる表現者の「いろはのい」の要諦である。現在では、思想史的な観点から、俵さんはたった一人で「反体制的な全共闘運動の余燼とジェンダーフリー・フェミニズムにとどめを刺したジャンヌ・ダルク」といったあたりが、彼女の驚異的な業績の最大公約数的評価であろう。このように、新基軸には賞賛と批判は常に付いて回る。岸谷も戦っているというべきだ。ともあれ、岸谷の表現意欲と意気込みを、もちろん僕は評価する。まだ先は長い。彼の大胆な挑戦と冒険を温かく見守りたいものである。そのやんちゃな秀吉の正妻・お寧を演じる、現在日本演劇界のトップ女優・大竹しのぶの落ち着いた演技も、定石通りながら巧まざる巧みの極み。彼女の手綱の締め具合が、役柄の上でも演技の上でも成否を握っているといえる。加えて、萩原聖人の、ちょっと気弱でオロオロしがちだが、ソツなく知的で気が利いて心優しいナンバー2の三成が、破天荒秀吉とのベスト・マッチングで、まさに天の配剤。そしておあとに控えしは、北大路欣也の家康のさすがの貫禄。ただ黙って坐って映ってるだけでも、何を考えているのか分からないが最後には必ず勝者となるだろうな~と思わせる圧倒的なカリスマ感を醸し出して、重量感溢れる人物造形。・・・僕は性的には全くノーマルだが、こりゃ男も惚れますわ~石坂浩二の千利休は、この人については常に言われる通り、やや優男の二枚目にすぎるが、余人を以て代えがたいというほかはないハマリ役。現在のベストなキャスト。・・・鑑定士・中島誠之助さんもご納得だろう。そしていよいよ、輝く女優陣 鈴木保奈美のお市の方亡きあと、ここ2回ぐらいは実質的な主役といえる宮沢りえさまのお茶々様の、楚々として凛たる意志の強さを秘めた美しさが、もののあわれの極致。最近少しダイエットしすぎではないかと、女性週刊誌などで陰口を叩かれていたりえさまだったが、この役柄には全くもってうってつけ・もってこいのはまり役となった。・・・で、ここまで環境諸条件が整っていて、しかも今やおのれの掌中にある珠玉のごとき彼女を、手付かずでほっとくわけがないだろうな~と、完全に秀吉の目線に同化して見てしまった(笑)そういえば、お市の方、淀殿(茶々)、お初の方、お江与の方(江)には、それぞれよく知られた立派な肖像画があり、今に伝えられている。詳しくはないが、戦国時代当時の係累の女性の肖像画が、これほどまとまって残っているのは珍しいことなのではないだろうか。やはり美人親子・三姉妹として当時から有名だったのだろうな~と想像を逞しゅうしてしまう。江の肖像画も、剃髪後の晩年のものだろうが、当時の美人の条件である切れ長の眼と下ぶくれの輪郭を備えており、母・お市の方の面影も確かに感じられる気がする。伝えられる通り、さぞや気が強くて気位の高いお姫様だったろうなと思わせる美しさと凄みを湛えている。敵に回したくない感じだ。その江を演じている上野樹里さんは、今のところ錚々たる役者の芝居の狂言回し的な役どころであり、まあ当分はこんなもんでいいんじゃないんですか~と思って見ている。わがまま勝気な次女の初姫は、後に天下を巡って対峙した徳川方と豊臣方の調停・つなぎ役に奔走した誠実・真摯さを思えば、たぶん史実の人物像とはまるっきり違うんじゃないかと思うが、演じている水川あさみさんは可愛くてキュートでお茶目、見ていて楽しい
2011.04.05
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江國香織(えくに・かおり)無題どっちみち百年たてば誰もいないあたしもあなたもあのひとも詩集『すみれの花の砂糖づけ』(平成11年・1999)
2022.10.02
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橘曙覧(たちばなのあけみ)たのしみはまれに魚うを烹にて子等こら皆が うましうましといひて食くふ時志濃夫廼舎しのぶのや歌集 独楽吟どくらくぎん連作楽しいのは、たまに魚を煮て子ら皆が「うまいうまい」と言って食べている時。註作者・橘曙覧には男ばかり三人の子がいた。長男の井出今滋(いで・いましげ)は、明治維新後教育畑を歩み、のちに山梨県師範学校(現・山梨大学教育人間科学部)校長。明治天皇の行幸(ぎょうこう・みゆき)の供奉(ぐぶ・お供)などを務めた。また、父・曙覧の遺稿をまとめ、「志濃夫廼舎(しのぶのや)歌集」として明治11年(1878)上梓。俳句・短歌の巨人・正岡子規の激賞を受け、近代短歌の魁(さきがけ)と目されるに至った。特にこの「独楽吟」連作52首は、和歌史上の珠玉の名作といわれる。こうした、いわば卑近な日常生活、家庭・家族愛を詠んだ歌は、万葉集の山上憶良の数首を除けば、日本の詩歌1300年の伝統にほとんど欠けていた要素であり、大きな盲点であったといえる。こうした歌風を称して、現在の歌壇では「ただごと歌」という。「ただならぬこと」の対語であり、時代の趨勢のリアリズムである。ドラマチックなことなんて、普通そんなに起こらない。
2022.11.20
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私も、世界映画史上の最高傑作は『ロッキー』だと思っている一人である。そう思う理由が、名もない名文家によってここに完璧に解説されている。どうやらだいたい同世代っぽい。同好の士がいて本当に嬉しい。読んでいて感動したので、リンクしてご紹介したい。□『ロッキー』がなぜ人生ベストムービーなのか?【ヤマトさん『シネマの流星』 2026年6月27日付】
2026.07.24
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当地、栃木・奥鬼怒温泉郷の入り口にある女夫渕(めおとぶち)温泉(日光市)は昔から大好きで、独身時代の若い頃には、オートバイのツーリングがてら冬を除いてしょっちゅう訪れ、結婚してからも妻と「夫婦(めおと)」で宿泊した思い出の場所である。特に、鬼怒川上流の渓谷沿いにある12もの広い露天風呂の四季折々の風情は、かけがえのないすばらしさだった。 やむを得ない事情とはいえ、まことに残念至極だ。第3セクター方式などで、何とか復活できなかったのだろうか。経済情勢がよければ何とかなったような気もするが、・・・などと今さら言っても繰り言にすぎないか。■ 女夫渕温泉ホテル廃業 地震被害で復旧断念【下野新聞(栃木) 1日付朝刊1面】 日光市湯元で2月に震度5強を観測した地震で被災した、同市川俣の女夫渕温泉ホテルの山越稔社長(58)が31日、下野新聞社の取材に7月末で廃業したことを明らかにした。本館や源泉が大きなダメージを受け、地震直後から営業できない状態が続いていた。 本県を代表する秘湯の一つとされ、全国的にも知られる同温泉ホテル。東日本大震災に続いた自然の猛威に、開業から43年で幕を閉じた。 山越社長は「再開も考えたが、ホテル全体が被災した。復旧費用も相当な額になり、苦渋の決断をした。自然の中で多くのお客様に楽しんでいただいたが、自然の力にはかなわない。これまで利用していただいたお客様には感謝の言葉しかありません」と話している。 同温泉ホテルは1970年、奥鬼怒温泉郷入り口の渓谷沿いにオープン。本館のほか12の露天風呂や日帰り入浴施設を備え、県内外から多くの観光客らが利用していた。 しかし2月25日の地震で激しい揺れと突き上げに襲われ、本館などが大きく損壊。直後から営業はストップし、加盟する奥鬼怒・川俣温泉旅館組合や県旅館ホテル生活衛生同業組合も5月末に脱退していた。7月からホテルの解体工事が進められている。(茂木信幸)[下野新聞 1日]
2013.08.02
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浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみ ながのり) 辞世風さそふ花よりも猶なほ 我はまた春の名残をいかにとかせん元禄十四年(1701)旧暦三月十四日(新暦4月21日)風を誘って自ら散る桜の花よりもなお急せいて(散ろうとしている)私はいったいこの春の心残りをどうしたらいいのだろうか。註日本史上、最も有名な辞世歌である。桜は散り際がもっとも美しい。それにおのが身をなぞらえて潔く死す、が、残念と怨みをのんで死ぬこともあわせて示唆している、凄絶な歌といえる。あの四十七士は、これに殉じたか。武士の嗜みとして最期に和歌を詠むという慣習も、美しい伝統であった。紀貫之「桜花さくらばな散りぬる風のなごりには水なき空に波ぞ立ちける」(古今和歌集 89)を踏まえていると思われる。春の名残:季節の春と自らの青春の残影を掛けている。享年35。いかにとかせん:「いかにと」(どのようにと)+「か」(疑問)+「せん」(せむ、・・・しよう)、反語的疑問形。強い詠嘆のニュアンスを帯びる。意味としては、現代語「いかんともしがたい」に近い。なお、「~とやせん」とする異本もあるが、意味は同じ。 長谷川貞信画 仮名手本忠臣蔵四段目ウィキメディア・コモンズ パブリック・ドメイン * 画像クリックで拡大
2016.04.04
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坂本龍馬(さかもと・りょうま)世の人はわれをなにともゆはゞいへ わがなすことはわれのみぞしる世の人は我を何とも言はば言へ我がなすことは我のみぞ知る自筆詠草(京都国立博物館蔵・重要文化財)世間の人々は私を何とでも言うならば言うがいい。私が為すことは私だけが知っている。註龍馬十八歳頃の作と伝わる。青春の逸はやる客気かっきと、「栴檀せんだんは双葉ふたばより芳かんばし」を地でいく悲壮な覚悟が漲みなぎった見事な一首。ゆはゞ(ゆはば):原文のまま。「言はば(言わば)」の土佐弁(訛り)という。「言ふ」の未然形「言は」に仮定条件の接続助詞「ば」が付いたもの。もし言うのならば。■高知県立坂本龍馬記念館* 論語・学而篇冒頭「人知らずして慍(うら)みず、亦(また)君子ならずや。──世間の人々が自分を認めてくれなくても恨まず憤(いきどお)らず、穏やかな心でわが道を貫く。これもまた立派な人ではあるまいか。」などを踏まえる。【参考書籍】宮地佐一郎 龍馬の手紙(坂本龍馬全書簡・関連文書・和歌詠草)かの有名な「日本を今一度洗濯いたし申し候」の文言を含む姉・乙女宛書簡全文などの肉筆原文写真版や、その読み下し文などの第一次史料を網羅した、龍馬・幕末維新史ファン必携の名著。(・・・ただし、文章は比較的平明ながら、現代語訳が付いていませんので、古文の知識がないと、細かい言い回しなどで少々ハードルが高い部分はあるかも知れません。)
2010.11.24
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トランプ次期大統領はレーガン後継者か【嶋津洋樹氏 ロイター日本版 15日】 ありうる見方ではないかと思う。けさの文化放送ラジオ『くにまるジャパン』でも火曜レギュラー・コメンテーターのエコノミスト・吉崎達彦氏が、ほぼ同趣旨の比較的楽観的な見通しを述べた上で、トランプ氏就任は意外に「大吉」かも知れないとまで言っていた。 もう30年も経つが、ロナルド・レーガン大統領の雄姿は今なお記憶に新しい。今のトランプ氏の姿は、選挙中のブラフ(はったり)気味の暴言を別にすれば、我々が持っている伝統的な共和党アメリカ大統領のイメージにけっこう近いような気がするのは、私だけだろうか。トランプ時代の不確実性と確実性【韓国・中央日報 コラム 15日】「いなり寿司」さんのコメント アメリカが共和党政権の時は日本にはなぜか強い首相がいて、経済、日米関係、軍事も上手く行く。 翻って、佐藤栄作=ニクソン、田中角栄=ニクソン、中曽根康弘=レーガン、小泉純一郎=J.W.ブッシュ、安倍晋三=トランプ。 なんか時代の巡り合わせを感じるね。 レーガンもかつては俳優だったが、立派な大統領になった。 案外安倍=トランプも行けるかも。
2016.11.15
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川崎八重(かわさき・やえ、のちの新島にいじま八重) *あすの夜は何国いづこの誰たれかながむらむ なれし御城に残す月かげ明治元年(1868)旧暦九月二十二日(新暦11月6日)夜明日の夜はどのお国のどなたが眺めるのだろうか。慣れ親しんだお城に(われらの思いを)残す月光。註川崎八重:作者がこの歌を詠んだ(会津藩降伏の)時点で、苗字は川崎姓だったとする説(NHK大河ドラマ『八重の桜』はこれを採用)と、夫・川崎尚之助との婚姻関係は(ドラマの潤色と異なり)動乱の中ですでに解消していたとする説があり、後者の場合旧姓の「山本」となるが、厳密にはいずれとも定めがたい。ここではひとまず通説に従っておく。作者は、戊辰の役の重大局面であった会津戦争で、男たちに交じってただひとり敢然と、最新式の七連発スペンサー銃を携えて戦い、新政府軍の現場指揮官の一人だった薩摩藩砲兵隊長・大山弥助(のちの陸軍元帥・大山巖公爵)の右太ももに貫通銃創を負わせたと伝えられる女傑で、のちに人呼んで「幕末のジャンヌ・ダルク」「ハンサム・ウーマン」と称えられた。勇戦奮闘空しく会津藩が降伏した夜、下弦の月を眺めながら作者が若松城内の雑物蔵の外壁に簪かんざしで刻書したと伝えられる悲痛な一首で、一箇の和歌としても万感の思いの籠った絶唱といえる。作者は新島襄夫人となった明治時代には教育者・赤十字などの社会事業家として名士となり、多数の肖像写真が残されているが、この優しそうな女性のどこにこれほどの闘志が秘められていたのか、不可思議なほどである。御城:「みしろ」と読むか。会津藩・若松城(鶴ヶ城、現・福島県会津若松市)。「みそら(御空)」とする異伝もある。おそらく、口伝くでんのため異同が生じたものと思われる。→ ■ 会津戦争
2013.02.15
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NHK「おかあさんといっしょ」(教育テレビ;午前8:35~、午後4:20~)の「今月の歌」に、きたやまおさむ作詞、加藤和彦作曲の(たぶん)新作「ありがとう お母さん」が登場して数日経った。彼らの新譜を聴くのは、本当に久しぶりだよおっかさんである。一聴して、名曲だと思う。お父さんは感激である。朝の子供たちの世話は僕の担当なのだが、楽しみが増えた。さすがというべき作詞者・作曲者は1960年代末に一世を風靡したあの伝説のグループ、フォーク・クルセイダーズ(フォークル、正式表記は「フォーク・クルセダース」)の名コンビである。加藤和彦のメロディ・アレンジは、定石ながら、閉所恐怖症のない伸びやかなメロディーと、夢見るような感じの山下達郎・高中正義系ポップチューンのノリで酔わせてくれる。きたやまおさむの詞は、豪速球の直球ど真ん中ストレートな愛の吐露であり、子供からお母さんへのラヴソングといったテクスチャー(肌触り)が、凡百の幼児向けソングに屹立する“胸キュン度”で、一聴に値する出来になっている。「あなたなしでは生きてゆけない。 I can’t live without you.」なんていう恋愛の常套句は、なるほど、実は母と子の関係にこそふさわしい言葉だと気付かせてくれる歌詞である。目からウロコです。タカラジェンヌ出身の“うたのおねえさん”はいだしょうこと、劇団四季のミュージカル俳優出身の“うたのおにいさん”今井ゆうぞうの歌唱も、優等生的ではあるが、もちろん完璧。・・・ただ、これを加藤和彦の、あの独特のエロキューションのヴォーカルで聴いてみたいと思うのは、僕だけではないだろう。なお、幼い子供たちは、必ずしもこの曲を喜んでいない。むしろ、嫌がり、やや怯えてさえいる(笑)。実は、子育てをしているとこういうことはしばしばある。僕ら大人が聴いていいなと思う曲には、一定の緊張感・緊迫感、研ぎ澄まされた美しさがあり、それが幼児の耳で聴くとコワイらしいのだ。この曲も、おにいさんおねえさんがいつになく緊張の面持ちで歌っており、それが伝わったようだ。ある意味では、子供たちの耳がいい証拠といえるかもしれない。一般的に、教育的配慮の行き届いた幼児向けの歌というと、やはり表現としては大きな制約があり、片肺飛行になりがちと思われるが、時々、その規矩を突き抜けてこちらの魂に届き、胸震わせる名曲が出現してきたのも見やすい事実である。野口雨情「赤い靴」、「赤とんぼ」、「シャボン玉」、「証城寺の狸囃子」とか、現役の文部官僚であった高野辰之の手になる「朧月夜」、「紅葉」、「故郷」、「春がきた」、「春の小川」、「虫の声」などの天才的な作品群、中村雨紅の不朽の名作「夕やけ小やけ」、さらにいちいち書かないが北原白秋やサトウハチローの作品群などは、もはや日本人の魂のふるさとともいえるスタンダードナンバーである。きたやまおさむが、’60年代から一貫して追求してきたのも、こういった湿潤な、おしぼりウェッティでセンティメンタルなロマンティシズムであり、日本人の心の奥深くに放置されがちなこうした素朴実在的な情緒纏綿さである。きたやまおさむって人は本当に変わった人だと思う。知ってる人は知ってるだろうが、著名な精神分析学者で九州大学教授の北山修氏と同一人物であることは、隠れもない事実である。 すばらしい創造者であり頭もいいのだが、本質的に変人であり、反時代的異端者であり、どこまでも夢追い人のさすらいびとである。しかも、僕の見るところ、この人にはいい意味でも悪い意味でも“照れ”がない。普段の話し方などでは“露骨さ”を嫌い、含羞・恥じらいを感じさせつつも、いざ詩的表現の場(トポス)においては、全く臆面がなく、堂々としている。あんたが一番ロコツなんだよと、突っ込みの一つも入れたくなるのである。“キザ”というのとは少し違うと思うのだが、いわゆるステレオタイプな情緒を含め、普通の大人だったらとても書けないだろうと思われるような、オケツがこそばゆくなるようなおセンチな詩やら、逆に誰もバカバカしくて思いつかないようギャグを平気で書いたりやったりできるのが、最大の個性であり特徴である。フォーク・クルセイダースの代表曲とも目される「帰ってきたヨッパライ」をはじめ、あの突拍子もない発想の数々は、今思うとやっぱりきたやまのカラーだったんだなと思われる。決して、腐しているわけではない。詩的表現やその他表現一般に興味を持つ者にとっては、まことに範とすべき資質である。照れていては、何も書けず、何もできない。四の五の言う前に、まず表現することだ。自己アセスメントや反省はその後でいい。我々の世代には、まさにナツメロそのものである。遠い昔、僕たちが思春期に差し掛かったころ、フォーク・クルセイダースはすでに解散していたが、加藤はサディスティック・ミカ・バンドなどで瞠目すべき活躍を見せ、北山は作詞家として驚くべき名作の数々を量産しつづけた。二人とも、短期間ながら、天下を取ったといって差し支えなかろう。その後のポピュラー音楽シーンに与えた影響は計り知れない。・・とは言っても、同窓会とかでカラオケで歌うのは勘弁してほしい。ジョン・レノンならいくらでも歌っちゃうから。親友K(お前のことだよ!!)はやたら歌いたがるが、・・・命かけてと誓った日から素敵な思い出残してきたのにあの時同じ花を見て美しいと言った二人の心と心が 今はもう通わないあの素晴らしい愛をもう一度(「あの素晴らしい愛をもう一度」北山修作詞・加藤和彦作曲)・・・な~んていう歌詞を、40ヅラしたいいオヤジが、恥ずかしくって肩なんか組んで歌えないっての!!!泥酔すれば歌えるかも知れんが、それはそれでみっともないだろうし。ところで、きたやまと加藤の友情関係も、いったいどうなってんだろうと、オールドファンとしてはいぶかしまずにはいられない。加藤和彦って人は、音楽的才能はものすごいものがあるし、特に若いころはルックスもカッコ良かったのだが、文学的才能、すなわち作詞能力がないようである。さらに、どうも人徳がないのか何だか知らないが、初代サディスティック・ミカ・バンドのミカには去られ、ドラムスのつのだ☆ひろに去られ、ギターの高中正義に去られ(今思うと、すぎょいメンツだす)、作曲家としては多少の実績は残したが、長い間何をして食ってるのかよくワカランという感じもあった。この人のことだから、霞を食って生きていたのかも知れないが、いつまでも未完の大器という憾が拭えなかった。その間、あれよあれよという間に北山は天下の旧帝大の大学教授になってしもうた。加藤の方は、なんかやる気を失ってたようにも見えた。最近は“ミカ役”に、人気絶頂の木村カエラを迎えてミカバンドを再結成するなど、再びヤル気を出してるようなので、大いに期待しているところである。この人が妙に考えすぎずに本気を出せば、まだまだ凄いポテンシャル・エナージーを秘めてると思うんだけどね。それにしても、端田宣彦(はしだのりひこ)はどこへ行ってしまったんだ?・・・いわく人生、奇妙奇天烈摩訶不思議。
2006.11.09
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■コトノハ○×「自分の子供に凝った名前を付けたい(付けた)」凝った名前より、練った名前を。・・・なるほど、その通りだっ!ヤンキーっぽい文字の使い方を「暴走万葉仮名」と呼んでいる人がいるようだ。・・・うまいっ!! ワロタ~■DQNネーム(子供の名前@あー勘違い・子供がカワイソ)■珍奇な名前の人は(親や家庭環境がDQNであると判断され)面接で落とされる僕は決してしつっこい性格ではなく、むしろ淡白な方だが、読めない名前、いわゆる「DQNネーム」の氾濫について批判的なこともあり、逆にいい名前だと思ってるものもあるわけで、この話題、もうちょっと続けることにする。なお、独断と偏見につきましてはご容赦を。ランダムに思いつくだけでも、例えば島田紳助の本名、長谷川公彦。これは立派な、いい名前だな~とかねがね思っている。どの世界に進んでも、上司の覚えめでたく部下の信頼厚く、出世しそう。公彦といえば、短歌結社「コスモス」幹部である高野公彦氏、社業を順調に伸ばしているアミューズメント企業「ラウンドワン」の杉野公彦社長もいる。舛添要一厚生労働大臣が、現下の喫緊の要職にあって大活躍の日々である。けさ未明1時半の記者会見にはビックラ恐れ入りますた~。実に頼りになる頼もしい男の名前だ。舛添氏が毅然とした表情で何か発言するたびに、麻生内閣支持率はV字型回復うなぎ昇り急上昇だ~っ所ジョージの本名、芳賀隆之もいいね。平凡な中に味がある。実直な人柄が連想される。・・・料理研究家として知られる福島出身の奥さん、知ってる?すごく地味ななかに底光りがするような日本的美人。一見ヘラヘラしてるようで、ああ、こういう女性を生涯の伴侶に選ぶ人なんだと、心洗われる心地がする。いやホント。戦後日本をリードしてきた石原慎太郎・裕次郎兄弟なんて、まさに名付けの見本じゃないだろうか。親の深い教養と愛情が籠っている。田原総一朗の名前もいいね。本田宗一郎もそうだが、やっぱり男の名前には明朗快活さや聡明さ、爽やかさ、リーダーシップが感じられないとね~。ジャパネットTAKATAの高田明社長の名前。商人(あきんど)の名前として完璧だ。読みやすく、言いやすく、親しみやすい。まさしく、一代で「ジャパネット帝国」を築き上げた男の名前だ。そのほか、楽天の三木谷浩史社長、福山雅治、山下達郎とか。気の毒にも、今ちょっと時の人になっつまってるSMAPだが、彼ら5人の名前もみんないいよね~。平明でありつつ平凡すぎず、覚えやすくて親しみやすい。適度にスタイリッシュでもあるし。やっぱり名前(本名)は、基本平明な方がいいと思うよね。本人の努力と実力で大きくしていくのが望ましい。鈴木一朗なんて、まさに好例だね。平凡と言っていい名前が、世界のビッグネームになってしまった。不世出の大横綱・双葉山はその名の通り、下っ端力士の名前のままで大出世した。この場合は四股名だが、人が名前を大きくした典型例である。「若乃花」なんてのもそうじゃないかな。秀ちゃんこと中山秀征は、その名のとおり、秀でたシャベリの才能で昼帯生放送を征服したわけだが、ただ、こういう気宇壮大な名前は、場合によっては「名前負け」で本人が押しつぶされる場合もあり得る。僕が個人的にミスターNHKだと思っている川野一宇(かわの・かずいえ)アナウンサー(現在も「ラジオ深夜便」や早朝のニュースなどで活躍中、聴いてますだよ~)の名前も凄いな~。モロ「八紘一宇」の戦中派って感じ。共産党の論客・佐々木陸海氏も同様。親は軍人か何かですかい?今のDQNネームと別の意味で、ちょっと言葉のインフレーション。同様に、女の子の名前であんまり麗しすぎるのも、将来が危ういと思うね。伊東美咲や桐島かれんは、結果としてあの通り絶世の美女に育ったからいいようなものの、かなりハイリスクなギャンブルだと思うよん。命名の際には、親は必ず自分たちの顔を鏡でじっくりと眺めてからにした方がいいだろうね。
2009.04.30
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■ 石川 能登半島地震・津波 緊迫生放送NHK 山内泉アナウンサーに称賛の声低い声で強く「今すぐ逃げること!」「東日本大震災を思い出して下さい!」一部「怖い、不快」の声も「緊迫感伝わる素晴らしいアナウンス」「プロフェッショナルの真髄を見た」【デイリースポーツ 元日ウェブ配信】〔記事引用〕NHK・山内泉アナウンサーが1日、スタジオで緊急出演し、緊急地震速報を伝えた。 午後4時過ぎ、サッカー日本代表の中継から切り替わり、山内泉アナが登場。石川県の中継画面とともに、「緊急地震速報です。揺れているのが確認できました。石川県の皆さん、テーブルや机の下に隠れて下さい。安全な場所にいてください」と呼びかけた。 「4時6分頃、強い地震がありました」と、石川県に震度5強があったことを伝えたが、その4分後、再び緊急地震速報。山内アナは「新たに出ました。新たに緊急地震速報が出ました」と繰り返すと、「緊急地震速報の地域が拡大されました!非常に広い範囲で緊急地震速報が出ています。姿勢を低くして頭を守って下さい」と呼びかけた。 緊迫感が漂う中、津波警報が出ると声のトーンが変わり「津波警報です!すぐに逃げて下さい!いますぐためらわずに逃げて下さい。東日本大震災を思い出して下さい!」と強く呼びかけ続けた。 さらに、大津波警報が発令されると低い声で強く「大津波警報が出ました!今すぐ逃げること!高いところに逃げること!」と伝えた。 SNSでは「怖い」や「落ち着いてほしい」との声もあがったが、多くの人は東日本大震災の教訓から「これが災害時のアナウンス。逃げるように促して流石だなと思った」、「『怖い』っていう人は東日本大震災を覚えてないの? 緊迫感が伝わる素晴らしいアナウンス」、「NHKのアナウンスは適切」、「危機感を伝えながら冷静さを失わない。プロフェッショナルの真髄を見た」と称えていた。〔引用終わり〕元日午後の突然の自然災害の報を、私もリアルタイムで見て聴いた。私が確認しただけでも、NHKは、少なくとも総合テレビ・教育テレビ、ラジオ第1・第2(英語の同時通訳付き)4波のサイマルキャスト(同一内容の同時生放送)で流し続けた。確認していないが、衛星放送(BS)でもやっていたのだろう。地震発生直後から、少なくとも数時間、山内泉アナウンサーがほとんど一人で喋り続けた(途中から解説委員が加わった)。怒鳴るように強く話すだけではなく、状況説明の部分では冷静な声で、緩急をわきまえた話し方をしていることも明らかだった。見事だった。その敢闘と高い職業意識に感服した。深い敬意を表する。NHKが誇る、「歴史的名放送」列伝の一つに加えていいんじゃないかと思った。(ちらちらザッピングして見た民放も悪くはなかったが、やや混乱・間延びして悠長な憾があった。)もちろん、私はあれで良かったと思っている一人である。良識ある成熟した大人の社会人として、100%評価・支持する。確かに、「怖い」という人がいたのも分からないではないが、こういう重大な災害時には、一定の恐怖感を惹き起こすぐらいでいいのだと思う。こういったことに、ネット上などで口汚い言葉を使って文句を言っている人がいるのを私も見ているが、どんなことに対してもケチをつけるばかりの「不平不満居士」ではないかと思ってしまう。本当に不快なら、テレビを消すかチャンネルを変えればいい、のひと言に尽きる。多くの人たちの生命と、こういう人たちの瑣末でくだらない「不快感」を天秤にかければ、無視して差し支えないと、即座に思った。■ 当該放送 (2024.1.1 16:06~)
2024.01.02
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北原白秋(きたはら・はくしゅう)君かへす朝の舗石しきいしさくさくと雪よ林檎の香かのごとくふれ* 不倫の恋を真っ向詠った。相手の令女を、真冬の雪の降る朝に帰したらしい。・・・ なんという(このあとの適切な単語が思いつかない)。歎けとていまはた目白僧園の夕ゆふべの鐘も鳴りいでにけむ吾が心よ夕さりくれば蠟燭に火の点つくごとしひもじかりけり冬雑木ざふきこずゑほそきに照りいでて鏡の如く月坐ませりとふ
2026.02.15
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The BeatlesTicket To RideLive At The BBCTicket To Ride 2025 Remixザ・ビートルズ涙の乗車券 和訳CarpentersTicket To Ride
2026.02.26
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坂本野原繰り返し夢に出てくる面影の野菊の墓の君をしぞ思うすいません、こないだ会ったばかりだね当分死なぬ初恋ぼくら〇〇ちゃんは俺の女と怒鳴りたり一瞬あとは笑いになれど夢が好きなので眠りが一番と小野小町のようなわたくし鉄道がしばしば夢に出てくれば鉄道マニア本物である短歌とは傷のめぐりを歩くこと治ることなく消えることなく白鷺も亀も泥鰌も満ち満ちてわが宇都宮田川殷賑にぎわう帰宅する前に少しの時が要る外の論理と内の情理と* 麒麟川島明、オードリー若林正恭が異口同音に同じことを言っていた。(テレビ東京『あちこちオードリー』4月15日放送)。川島は約1時間ネット動画を見て時間を潰したりしており、若林は実に数時間にわたってコメダ珈琲店でクロスワードパズルや高校受験の現代国語の問題集を解いたりしているという。川島によれば「スーパーサイヤ人から黒髪に戻るための時間」。若林によれば「宇宙船から降りるために減圧している」のだそうである。見事な比喩だ。おぎやはぎの小木博明や徳光和夫御大も、つとに同趣旨のことを語っており、これはけっこう普遍的な現象かもしれない。家庭は女(妻)の城であり、外界とは別の論理が作動している。非常に共感できる感覚である。「角打ち」とか、一杯飲み屋がある理由がよく分かる。梅雨寒に飲む日本酒は甘露にて下手な短歌うたなど詠みたくなりぬ梅雨もまた良き季節なり稲育ち緑濃くなる宇内なりけり生見愛瑠よりもかわいいわが娘 防虫剤は欠かすべからずトランプも妥協を知りて事実上負けるが勝ちの顛末なりきイスラエルなおも攻撃継続す世界を敵の長い戦争ヤハウェ神わりと好戦的らしい善と悪との二元論にて
2026.06.21
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坂本野原生き死にに親ちかき職場に勤めいて人の一代ひとよの夢の儚はかなさあっけなく死んでゆく人あまたいてしょせん生物だからと思う内臓を壊す豚骨ラーメンや酒池肉林の自業自得か若き日の冒険ばかり夢に見て俺も老いたな涙の寝起きタウリンが長寿の鍵と知りてよりドリンク剤を欠かさずなりぬ* タウリンの老化防止・健康寿命延伸効果(米・コロンビア大学発表)。タウリンは、自然界では魚介類、とりわけイカ・タコ・貝類などの軟体動物が分泌するアミノ酸系の物質で、これらを比較的多く日常的に摂取している日本人の長寿の一因ではないかと囁かれている。著名な市販品では、「リポビタンD」、「キューピーコーワα」シリーズ、「チオビタドリンク」などの、いわゆる「栄養ドリンク」に豊富に含有されている。ウィキペディアでは、この効果について今のところ明確には認知していないが、遠からず記述されるのではないかと観測される。なお、コロンビア大といえば、僕らの世代にとっては映画『いちご白書』の舞台となった米・ニューヨークの名門大学である。懐かしい。
2026.06.30
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趣里(福来スズ子)ハバネラ『ジャズカルメン』よりNHK『ブギウギ』29日放送。昭和22年(1947)1月、ドラマ設定。(実際の放送分とは映像の編集が違います。)
2024.01.29
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